第59話 衝突
「この街に魔王軍幹部をお前が引き入れたらしいな。どういう繋がりがある、吐け」
いつのまにか抜いていた剣を俺に突きつけ、謎の男がそんなことを言ってきた。
どうやらこの前のツェインくんの騒動の発端が俺だと言いたいらしい。やれやれ。俺は首をすくめた。
誤解もいい所だ。俺は弁解した。一から事情を説明したのだ。そう、なんか気付いたらあいつは酒を飲みに来ていたと。
「……私の聞いた話では、二人の少女がソイツを担いで来たと。その一人の特徴が貴様に酷似している」
他人の空似でしょうか。ほら、世界に似た人は三人くらいいるって言いますし。そもそも魔王軍とか名乗ってる意味分かんない奴を街に引き入れる理由が分からない。そんな事をするアホな奴が本当に居るんですか?
「写真もある」
そう言って取り出したのは謎の隠し撮り写真。何故か目に黒線が入っている。俺はそれを奪い取り吠えた。
なんだこれは! くそ、俺の知らない所で肖像権が侵害されている! 請求しなければ……。慰謝料を。
「やはり貴様ではないか」
俺はそろそろ腹が立ってきた。目の前の机に足を無造作に乗せて、偉そうに踏ん反り返った。
俺かどうかはともかくよぉ〜、お前は誰さんだ。ああ? 挨拶もなしに失礼な事をズケズケとよ。
男は剣を鞘にしまう。顎に手をやり、一理あると呟いた。
「いいだろう。私はアルプラ聖公国『聖女』直属、異端審問官の一人だ。名を、ロードギル」
淡々と自己紹介をしてくれる。異端審問……。何処かで聞いたことのある言葉だ。
異教徒は殺す系の人だろうか。ギルド職員の方がちょっとビクついているのが少し不安である。俺は手を祈りを捧げるように組んだ。
ふっ。少し笑みを浮かべて俺は言った。
何を隠そう私もアルプラ教の敬虔な信徒でしてね。首元に剣を突きつけられた。
「私に嘘は通じない。そして、冗談でもその言葉を許せる立場ではないと知れ」
さっきから剣を抜き差し忙しい奴だな。俺は諸手を挙げて大人しくする。やがてポツポツと話し始めた。
実はですね。龍華のモモカ……知ってます? その人と祭りで飲んでまして、あ、龍華でなんですけどぉ。飲み足りなくてぇ。ちょっとこの街に遊びに行こうぜって。そしたら、空になんか浮いてたのね? 面白そうだから拾ったわけ。
「……? 何の話だ?」
え? 魔王軍幹部ツェインくんの話でしょ? その空に浮いてたのがツェインくんだったの。んでノリが悪いから無理やり酒とか飲ましてさ。はは。
「……魔王軍幹部が人間と酒を? 正気か?」
ここだけの話だが、この街には青い髪をした槍使いでランスっていう……まぁ悪い方向で有名な男がいる。奴のことならばそいつの方が詳しい。聞きに行ってみるといい。な?
俺は近くにいた狼獣人を見て同意を得ようとした。狼獣人は迷い無くコクリと頷く。
「アア。アイツほど魔王軍幹部に詳しいヤツはいネェ」
そういうことだ。似顔絵でも書いてやろうか? 普段からいる店も教えてやる。だから行って捕まえて来るといい。
俺の即席で書いた似顔絵とメモを受け取ってロードギルは懐に仕舞う。それではこれで……と立ち上がった俺の腕をロードギルさんが掴む。
「待て、お前にはまだ聞くことがある」
このロリコン! 俺の叫びにキョトンとするロードギル。俺は続けた。今ドサクサに紛れて俺を手篭めにしようとしたな!?
ギルド職員達がコソコソと、え? やだ異端審問官のくせにとか言い始める。狼獣人とならず者のリーダーが吠える。
「ンなションベン臭えガキが好みなんて、とんだ変態野郎ダゼ!」
「姉貴を離しやがれ……! ロリコン!」
悪ノリの極みだった。だが盛り上がる周囲とは真逆の、まるで南極の氷の如き男は冷静に魔力を放射して周りを威嚇する。その濃密さから、この場にいる全員がロードギルという男の底知れぬ強さを思い知り屈服した。
一転、ゴマスリを始める狼獣人。
「へ、へへ。ダンナ、アッシは知りやせんがこのメスガキは魔王軍幹部が姿を消した時に最後まで一緒にいたんですヨ」
こ、こいつ……! 余計な事を!
ギラリと眼光鋭く俺を睨みつけ、俺の腕を掴む力が強くなる。
「やはり、まだ情報を隠し……」
だがこの男は俺達の脆さを知らないらしい。俺の腕は折れた。「えっ」と今までクールを貫き通していた男から間抜けな声が漏れる。即座に《痛覚制御》を解除して俺は痛みに呻く。
コイツは嘘を見抜けるというし、迫真の演技をする為に咄嗟にそうしたのだが、俺は長らくまともに味わっていなかった『痛み』というものを舐めていた。
ぐおおぉ! 痛い! 痛い!
演技抜きで、床にひっくり返って痛みでのたうち回る。涙が出てきた。そしてふつふつと怒りが湧いてくる。何故俺がこんな目に合わなければいけない……。
少し気まずそうにしたロードギルの野郎が指で宙に何かを描く。
『神よ、この者に神力の恩恵を』
パァァっと俺に何処からか光が差し込む。柔らかく暖かなその光は、かすかな心地良さと共に俺の腕を治癒させていった。痛みはすぐになくなる。
お、おお……。周囲から感嘆の声が。治癒魔法というものを使えるものは珍しいらしい。俺の周りには意外と居るからそんなイメージはないのだが。
「……しばらくこの街に調査の為に滞在する。今日の所はここまでにしといてやろう」
流石に俺のような幼気な美少女を虐めた事に引け目を感じるのか彼は言う。ランスに会いに行くためか、俺の渡したメモを片手に部屋から出て行った。
異端審問官……。この世界においてどれほどの権力を持っているのか知らないが、迷宮ギルドというアルプラ教に関係の無い組織でこれだけ好き勝手出来るというのは、つまりかなり高位の位置付けにある事が想像に難く無い。
「厄介なのに目を付けられたな」
ならず者のリーダーが額から流れる汗を拭いながらそう言った。
*
ロリコン野郎に目を付けられた俺は龍華に来た。とりあえずサトリの元へ遊びに行く為に王城に入り込む。そして玉座の間にて難しい顔をしているサトリの側でちょっかいをかけていると、何やらゾロゾロとこの国の頭脳担当っぽい人達が大きなテーブルと共に入ってきた。
最後に、大きな地図と謎の筆記道具を持ってきた若き王子リトリがズカズカと入ってくる。
「サトリ様、つい先程アルカディアに魔王軍襲来の情報が入りました。援軍を出しますか」
「情報のあったアルカディア領と言えば、旧ギルティア領か。なるほど、以前の内乱騒ぎが尾を引いているようだな」
「しかし、アルカディア本国やその他領国で十分対応できるのでは?」
「いや、魔王軍は神出鬼没。奴らめ、自分の領土を守りたいが為に怖気付いているのだろう。情けない」
「しかしそれは龍華も同じ。本国の守りを手薄にしてはそこを突かれるやも知れん」
やいやいと何事かを話し合うおっさんども。リトリは地図を広げて思案していたが、顔を上げて手を叩く。パン、と。高い音が響くと全員が黙った。
「龍華は武の国。アルカディアには怨みを多く買っている、ここで援軍を断れば、我らが弱くなったと勘違いして舐めてかかってくる馬鹿どもが現れるだろう。そうなれば、国民の気質的にも今の政治に不満が生まれるかも知れん」
少し背も高くなったがまだまだ幼さの残る少年の声は強く、凛としていた。
「我らが飛竜の速さを持ってすれば、充分間に合う。魔王軍だけではない、アルカディアや聖公国にも我らが力を誇示する良い頃合いだ」
ちらりとリトリがサトリを見た。無言を貫いていたサトリが頷く。
「最低限の人材を残してぶち込め。王都の防衛はこの私とモモカがいれば良い」
自信満々に、サトリはニヤリと口角を上げる。
「皆もそろそろ、暴れたいだろうしな」
ふふふふ。集まった皆が楽しそうに笑う。
俺は玉座の後ろからひょっこりと顔を出してドン引きする。やだ、国全体が戦争狂なの?
サトリに代替わりして以降、侵略戦争をぴったりやめて大人しくなった龍華だが、そこに住む人の本質はなかなか変わらない。
実際に訓練風景を見ていたら思うのだ……あ、この国の人達って何か理由をつけて暴れたい人種ばっかだなって。ラングレイの様な奴は稀なのだ。
前王様がきた時に喧嘩をふっかけてきた騎士団長が居たが、あんなのが割とスタンダードなのである。
それはさておき、シレッとこの場にいる俺に対してリトリがギョッとしている。
「な、何をしてるお前! 母上も放置しないで下さい!」
「え、だってめんどいじゃん。ほっとくのが一番楽」
なんと失礼な物言いか。リトリー。うぇーんと俺は彼に泣きついた。涙目で抱きついてみせると、微かな抵抗を見せつつも大人しく俺を受け止めるリトリ。
最近、異端審問官とかいうロリコンにも目を付けられるし散々なんだよぉ〜。
「異端審問……!? どうせアルプラ教の名を使って変な事でもしたんだろう。あそこはそういうのに厳しいから」
「へぇー。ロリコンって、どいつになんだ?」
一瞬驚くが、すぐに呆れた表情を見せるリトリ。心配のしの字も無かった。俺悲しい。
悲しいがサトリの質問に答えてやる。ロードギルとかいう、なんか背の高い奴だよ。
「おお! あのクールなイケメンね!」
イケメン……イケメンかな。まぁ顔は整ってたかな……。頰を上気させてサトリは身をよじらせた。
「攻められたいけどぉ、攻めて屈服させたいタイプなんだよな。異端審問官には序列なんて無いんだけど、ロードギルって言えば実質指揮官みたいななんかそんな感じのはず。まだまだ若いから公国内での人気も高かったはずだぞー」
大事な会議の場が一転、サトリの男談義が始まってしまう。リトリを始め、頭脳派連中は皆呆れ顔だった。
大丈夫なのか? この国。
「ともかく、早速向かうとしよう。助けられる命は多ければ多い方がいい。各所に伝達だ」
母親を無視してリトリが仕切り出した。彼の顔の横に淡い薄緑の風が収束する。彼の騎竜であるシルフィーネの能力だ。空気を操る力で拡声器の様な事が出来るのだ。
『アルカディアに魔王軍出現! 直ちに鎮圧に向かう! 龍華の力を見せる時だ!』
そして瞬く間に竜騎士達と、大量の兵士達が集められた。騎竜を持たぬ者達は竜籠と呼ばれるゴンドラみたいなのに詰め込まれ、戦地にそのまま輸送される。
その様子を王城の高い所からサトリと共に見下ろしている。なんだか置いてけぼりだった。
『出陣せよ!』
サトリの一声を皮切りに竜たちが飛び立っていく。あっという間に見えなくなり、妙に静かになった王城内。
「十華仙の連中も全員行かせたのはやり過ぎたかな」
笑いながら言うサトリ。めちゃくちゃだなこの国と俺は思った。他国にそんなに戦力送り込んでいいのだろうか。てかアルカディアの連中も急にあんなに竜が飛んできたら怖くないのかな?
「ゴウカ様だったらそのまま侵略戦争するだろうな」
もしかして罠なのでは。
俺がそう言うと、しかしサトリは小さく笑った。
「まぁ、そんときはそんときって事で……」
*
アルカディア連合国の旧ギルティア領近辺に突如として幹部三体の率いる魔王軍が侵略。後手に回ったアルカディア連合の各国が対応に追われる中、真っ先に援軍として龍華軍が到着。
熾烈な戦いの末、少なくない被害を被りつつも龍華軍は勝利を収める。若き竜騎士見習いが幹部一体を撃破するという偉業も成し遂げ、残りの二体も決して軽くは無い傷を負い逃走。
人類と魔族の戦いは、ひとまずは人類側に軍配が上がった事になるが……旧ギルティア領及びその周辺の国の受けた傷は深く、聖公国は魔王討伐軍の結成を急ぐ為にまた声明を出す。
『魔王に対抗できるは神の寵愛を受けし者のみ』
「神の寵愛とは、すなわち『職業』だ」
レッドが手元のメモに絵を描いていく。
どこかで見たことのある、一本線、二本線、花びらの様な五本線。
「この模様は、言うなれば聖痕だ。そしてその持ち主同士でしかそれを確認できない」
例外はある。
「それが、俺達と魔族。それぞれが人類側の聖痕……職業の持ち主を見ることが出来る」
覚えているか? そうレッドは続けた。
「俺達が初めて魔王軍幹部と遭遇した時、彼はこう言った。剣士と魔術師。レイトが剣士、マルクスが魔術師だろう。そして、彼らの能力はあの時あの瞬間に向上している。成長速度もな」
新聞に書かれた、『若き見習い竜騎士が魔王軍幹部を撃破』の文字をレッドがなぞる。
「まぁ、この功績はもちろん一人の力では無いだろうが……いや、それは置いておくとして、俺が話をしに来たのは別の件だ」
超・魔王祭。プレイヤーに求められたのは、職業の収集。
「そう。そして、俺達は既に、『職業』の収集方法をこの目で見ている」
『魔術師』だったというマルクス。そして、その直後に現れた彼と同じ二本線を持つプレイヤー。まるで現地人の如く、詠唱魔法を使っていたあのプレイヤーの事だ。
「『職業』持ちの殺害。それがおそらく条件だ。お前は、どうする? ペペロンチーノ」
……ぽてぽちの、五本線はどういう事だ。
「調査中だ」
あっそう。ところで、ここはどこか分かるか?
「ここはお前の家だ」
今何時?
「日付がそろそろ変わるだろう」
ンな時間に淑女の寝室に入ってくんじゃねぇ!
俺はキレてレッドを叩き出した。何故俺の居場所が特定されたのかはわからないが、コイツのストーキング能力はプレイヤーでもトップに位置している。逃げる事は難しい。
また場所を変えなければ。
ベッドに入って考える。
そういや俺の店ほったらかしだな……。




