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第58話 喫茶店モモカ二号店(非公認)

 

 目指すべきはスローライフだ。それを痛感した。


 真っ白な雲と青い空。元の世界となんら遜色のない……綺麗な空が広がっている。ここは迷宮都市。この世界において最も特殊な立ち位置である場所。

 迷宮と呼ばれる不思議空間に、一攫千金を求めて今日も探索者達は潜っていく。それはさておき、俺は店の前に立て看板を置いて汗を拭った。


 今日は記念すべき俺の喫茶店の開店日だ。そろそろ店の経営にでも乗り出そうと考えていたところに、偶然土地と建物を手放すという心優しい人が居たので格安で手に入った。

 そしてまた心優しい職人による改装によって、元のオンボロ家屋は見事シンプルにシックな雰囲気のお洒落な店内となっている。外見がちょっと蔦が生えてて古臭いのも、味があると言えるかもしれない。


「店長〜、俺緊張してきたっすよぉ。お客さん、くるんすかね」


 十代後半くらいの活発な少年店員がテーブルを拭きながらそんな事を言ってくる。それに対して、同じ年頃の少女店員が眉間に皺を寄せた。


「こら! あんた、そんな縁起の悪いこと言うな!」


 つり目でキツイ顔立ちだが美人で、かつ巨乳の彼女は俺がスカウトした。するとそれに引っ付いてきたのが少年の方だ。どうやら二人は同じ田舎出身の幼馴染で、最近迷宮都市で探索者となったらしいが迷宮潜りだけではまだ生計を立てれないらしい。


「えぇ、でも。来なかったらどうすんだよー」


 そうだねぇ。その時はその時考えようか? いつお客様が来てもいいように綺麗にしてようね。

 本気で心配している様子の少年店員に、俺は優しく微笑みながらそう言った。すると彼は少し緊張がほぐれたのか仕事に戻る。

 前髪を上げて後ろでまとめ、大きな丸眼鏡をつけた店長こと俺ペペロンチーノはカウンターテーブルの裏にある椅子に座り、柔らかな笑みを浮かべて頬杖をついた。


 すると、早速一人の来客があった。


「いらっしゃいませ!」


 元気いっぱいの、少年店員の声が響く。少女店員が席に案内をし、注文を取って俺が珈琲を淹れる。

 軽食の注文もあったので料理長が調理を始める。豆から挽いていれる俺の珈琲はモモカさん直伝だ。彼女の熟練の技には及ばないが、そこそこの腕にはなったと自負している。

 軽食と珈琲を運んで、それらを口にしたお客様がにこりと笑う。


「美味しいですね」


 ありがとうございます。俺も笑顔を返す。ゆったりとした時間が流れた店内、ぽつりぽつりと客も増えていき、静かな店内に食器のぶつかる小さな音が響く。

 ふむ、音楽とか流すのも乙かも知れないな。開店初日がうまく行きそうな、確かな実感を感じ始めた時、事件は起きた。


 ガシャァン! 俺様の店に相応しくない騒がしい音が突然響いた。どうやら二人組の男客が座るテーブルからだ。

 カップが落ちて割れたらしい。少女店員が慌てて駆け寄り皿を拾い始めると、ニヤニヤとしながらその客の男達は汚い口を開いた。


「悪いね〜、虫がさ。入ってたもんだから」


 そう言って、つまんでいた虫さんを床に広がる珈琲にポチャリと落とすカス野郎。少女がカッとなって顔を上げるが、何処からか飛んできた吹き矢により客の男達二人共がグッタリと背もたれに崩れていた。

 あら、いけない。心配になった俺は慌てて駆け寄り、料理長と共に客を肩に担ぎ甲斐甲斐しく店外まで案内する。

 吹き矢に塗られた毒はオリーブ特製の神経毒なので下手をすれば後遺症が残る。とても危険な状態だ、俺は本当に心配だった。声をかけながら店の外へ出て人気の少ない路地に入り込むと、ぽいっとゴミを捨てて店に戻った。


「あ、あの。店長、今の……」


 ニコッ。俺の天使のような笑みを見て安心したのか少し引きつった顔で頷く少女店員。肩を叩き労う。

 ごめんね、後始末ありがとう。すっかり綺麗になった床を見て俺は感動する。ついでに人型のクソが座っていた所を除菌しておく、これで安心して次のお客様に使って頂けるというものだ。


 カウンターの中へ戻っていくと、憤慨した少年店員が俺に近づいてきた。


「店長、さっきのわざとですよ! あんなひどい奴らがいるなんて!」


 そうだね。でも体調不良で帰っていったから、おおごとにならなくてよかった。ニコニコと笑みを絶やさない俺を見て、怒りが萎んでいったのか仕方ないとばかりにため息を吐いて


「店長すごいっすね。俺ならあの時殴りかかってたかもっすよ」


 ぐっと拳を握りこんでそんなアピールをしてくる少年店員を持ち場に戻らせて俺は再び穏やかな時を過ごした。

 少しして、慌てた様子で駆け寄ってきた少女店員が俺に耳打ちをしてくる。


「あの人、有名なクレーマーですよ」


 それは、今まさに珈琲と軽食を口にした客だった。それぞれ半分以上は腹に入れたかというところで、何やら大声で俺を呼び始めた。


「責任者ださんかいっ!」


 何でしょう?

 俺が近付くと、ギロリと睨みつけてくる。力強くテーブルの上のものを指差す。


「これ、人様に出せるような味じゃねぇぞ! クソまじいモン食わせやがって、客を舐めてんじゃねぇぞ!」


 これはこれは、失礼致しました。ぺこりと頭を下げて謝るが、怒りは収まらないご様子。色々と文句をつけて、しまいには店の外観や内装にまでケチをつけ始めた。

 ガッ! と大人しく立っている俺のケツを掴んでお客様は唾を吐き捨てる。


「そもそもお前みたいなしょべえガキが店長だぁ? だからこんなダメダメなんだよ、俺が指導してやろうか?」


 俺が指を鳴らすと、厨房から何かを持って料理長が出てくる。青髪の料理長が俺達の所まで来ると、その持ってきたものをテーブルの上に置く。それは、言うなればプリンだ。

 お客様、お口に合うものをご用意出来ず大変失礼致しました。これはサービスでございます、どうかお食べになってください。ぺこりと頭を下げて、少し近付き囁く。

 一日に限定数食の裏メニューでございます。

 仕上げにと俺は「美味しくなぁれ」とプリンの上に手をかざし、宙を撫でる。その際に俺の袖から魔法の粉がこぼれ落ちて、旨味成分がぐっと増すという設定だ。


「ふん、じゃあもらってやるよ」


 ニヤニヤと勝利を確信した顔で得意げにプリンを引き寄せて口に入れた。一口食べて動きが止まるが、すぐにガツガツと勢い良く、なんと一瞬で食べ切ってしまった。

 どうでした? 俺がニコリとしてから聞くと、お客様もまたニコリと満面の笑みを返してくれた。


「ウマイ! ウマスギィ! ハッピーな気分ダヨー!」


 目を限界まで見開き、よだれを垂れ流したお客様が諸手を挙げて感激して下さった。

 それは良かったデスゥ。お客様お気を付けてお帰り下さいねぇ。


「ウン! マタクルネ!」


 バイバイと手を振りながらお客様は帰っていった。しん……と静まり返る店内、俺は確かな足取りで元の位置に戻る。

 少年店員がすすすと近寄ってきた。


「あ、あの。店長」


 なにかを言いよどんでいるようだ。彼の手を優しく握り、うふふと笑う。

 最後にはこの店の事を理解してもらえてよかったね。


「そ、そうすね」


 何か腑に落ちないご様子。あぁ、魔法のおまじないが気になるのかな? 指を立てて唇に当てる。

 あれは企業秘密だゾ。料理とは気持ち一つで美味しくもなるし不味くもなる。つまり純粋に美味しくなれという気持ちを込めて手をかざせば、まぁ怒り狂ったお客もトリップする味を出せるというもの。不思議だね。

 袖を調整してから俺も業務に戻る。

 だが心配もあった。俺の魔法の粉は少しだけ人に正気を失わせる。どこかで事故にあっていないといいが……。



 *



 喫茶店経営は順調で、一週間ほど過ぎた。忙しいというほどではないが客もそこそこ入っている。最初の方こそ、新規の店にちょっかいをかける客が多かったが今はもうそれも無くなった。

 店員は料理長を抜いて二人しかいないので交代で休暇を与えたりしている。このまま俺のスローライフが完成するのだ、そう思った俺の考えが甘いのだと現実が教えてくれる。


 開店準備中の事だ。

 バァン! と俺の店のドアを蹴破る勢いで開けて三人ほどの黒スーツを着込んだ男達が入ってきた。

 肩で風を切りながら歩く三人組はズカズカと店内を真っ直ぐ俺のところまで来て、グラサンをずらしながらガンをつけてくる。


「アンタが店長かい?」


 大きな丸メガネを指で押し上げて俺は答えた。

 そうですが、何か?


「いかんなぁ、これはいかんよ。お嬢さん、この辺で商売するならウチにね、護衛料とでもいいますかね。それを払ってもらわんといかんのですわ」


 バン! とカウンターに謎の書類を叩きつけてくる男。二人の取り巻きが左右からガンをつけながら、お? お? とか言ってる。

 みかじめ料ってやつかな? 俺は書類を見て、男を見る。

 迷宮都市ではある程度の商売の自由があるはずですが? 迷宮ギルドの方には許可もらってますけど。

 俺の言葉を聞いてため息を吐いた男が頭を抱えるが、すぐに眼光鋭く腰から抜いた短剣をカウンターに突き刺した。


「あのねぇ。お兄さんも手荒な真似はしたくないんだよねぇ。お嬢さん、おじさん相手に身体で稼ぐ事になったら嫌でしょ?」


 睨み合う俺達。ぶつかるのではないかという距離でピキピキと血管を浮かび上がらせる両者。互いに手が出かけたところで、ちょうど出勤した少年店員が慌てて介入してきた。


「何やってんだあんたら!」


 職場に来てみれば、大の男三人がとてもか弱い店長を囲んで睨みつけている。これはただ事ではないとすぐに剣を抜き構える少年店員。男達はそれをチラリと見て、短剣をしまい踵を返した。


「まぁ、お嬢さん。しっかりと考えといてくれや。身の振り方ってやつをな」


 なんだお前ら、と言いたげな少年店員を俺が手で制す。三人組は肩を揺らしながら去っていく。少年店員に肩をぶつけ、一つ舌打ちと唾を吐き捨てて店を出て行った。

 少年店員が床に落ちた唾を拭きながら憤慨する。


「なんなんすかあいつら!」


 俺は懐からあるものを取り出して、とある狼獣人を召喚し耳元で囁いた。

 奴らを追ってアジトに火をつけろ。

 コクリと頷いた狼獣人がすぐに姿を消した。

 床を拭いてくれている少年店員の肩を叩き、ニッコリと不安をかき消す笑みでもう心配ないと告げた。

 その夜、迷宮都市で火事が発生した。



 次の日。

 俺の店の前には武装したどう見ても堅気でない集団がたむろしていた。俺は店外に椅子を出して、踏ん反り返りながら座って足を組む。今日は特に髪も縛らず丸眼鏡もかけなかった。

 やれやれと肩をすくめる。何ですか? 一体。こんな物々しい格好でそんな大量にゴミが置いてあったら営業妨害ですよ。

 その集団のリーダーらしき強面が血管を浮かせながら前に出てきた。


「クソガキィ、よくもやってくれたな? 俺達をナメると、どうなるか知りたいらしいなぁ」


 後ろ手を縛られた狼獣人がゲシッと蹴られて転がった。その上にドカリと座ってリーダーは懐から出したドスをベロリと舐める。


「お前は風呂に沈めるだけじゃ収まらねぇ、俺達がボロボロになるまで可愛がってやるよ」


 ほぉ。面白い奴らだなぁ。

 しかし困ったね、ゴミはゴミ箱に突っ込まなくちゃあな。ねぇランスくん。

 横に立つ青髪の槍使いが肩で槍を叩く。


「いい棺桶屋を紹介してやんよ」


 それと聞きました? ガーランドさん。あの人達私の身体を狙っているんです。嫌がらせの果てにそんな事をしてくるんですよぉ、助けて欲しいなぁ。

 熊のような男が汚い言葉が書かれた張り紙をぐしゃりと潰して怒りに震えた。


「お前ら、不当に金銭を巻き上げようとして、それに抵抗すれば嫌がらせ……挙句恐喝。許せん……」

「え? この店にはまだ……」


 まだやり足りないだとぉ!? 俺はなにかを言おうとしたチンピラ一人の声をかき消すように叫んだ。

 ゾロゾロと俺の店から人が出てくる。紫鱗の蜥蜴人と四本腕の生えた男だ。突然の二体の異形にならず者達がたじろぐ。

 後ろから更に『武骨の刃』と呼ばれる探索者パーティ四人も出てきて、その手に持つ写真を握りしめて怒りに震える。


「この外道どもが……」


 剣士が震えた声で言うのもしょうがない事だった、その手に握られる写真は俺が際どい服を着せられて縛られなんか鞭っぽいので叩かれた後みたいな写真で、まぁぶっちゃけ自作自演だが、ならず者達がやったと思っている。


 ピキピキとならず者のリーダーが血管が破裂しそうになりながらドスを肩に乗せて、舌をベロリと出して立ち上がった。


「上等だ、ヤルぞおめーら」


 狼獣人が身体を器用に動かしてならず者の集団の中に何かを投げ込んだ。その丸い何かからはプシューっと毒霧が噴出しており、吸った者の動きを鈍らせる効果がある。


「行くぞァ!」


 そんな事を知る由もないリーダーのその掛け声とともに、少しの違和感を覚えながらならず者達が走り出す。そして、俺達も同様に武器を構えて動き出し、集団と衝突する!


「え? え?」


 何も知らずに出勤してきた少女店員が戸惑っているので俺はニコリと笑って駆け寄ると店内に案内した。

 まぁまぁ気にせず。すぐに終わるからさ。パタリと店のドアを閉めて振り返ると、もう既に戦いは収束していた。

 ランスくんに槍を突きつけられ地面に伏せっているリーダー格に駆け寄り、しゃがんで耳元に寄る。

 どうだい、気分は?


「ぐっ……! クソがっ」


 おーおー、負けたのに元気だねぇ。死にたいのか?

 俺が凄むと言葉を詰まらせるリーダー。俺はニコリと笑った。

 まぁな、分かるよ。そう言って頷く俺。

 この街は特殊だ。探索者という変わり者達が多くいて、中には化け物みたいな強さのやつもいる。

 探索者にはチンピラ崩れみたいなのも多い。金に困った奴でも、とりあえず誰でもなれるのが探索者だからだ。そして、色んな国から集まってくる。

 地位なんてものがこの街には元々ないので、皆ゼロからスタートだ。

 だからこそ、この街で商売する為の後ろ盾として、必要悪というものが確かにあるのだろう。彼らはそういう存在だったという事だ。金を払う代わりに他から守ってもらう。

 強い探索者の庇護を受けられることは少ない。何故なら大体のそういう奴らは迷宮潜りに取り憑かれているからだ。あてにならないことが多いのだろう。

 元々は迷宮ギルドがそういう役割としてあるのだろうが、うまく機能しない所があるのはどこの役所も変わらない。

 ニコニコとする俺に、リーダーは訝しげに尋ねてきた。


「何が言いたい」


 見逃してやると言っている。ランスくんが槍を首元にぐいと押し付けた。薄皮一枚切れて、血が少し流れる。


「俺に上納金を収めるならな」


 ペロリと俺は唇を舐めた。



 *


 営業中。

 俺はテーブルの一つに座ってのんびりと金の勘定を帳簿にまとめていた。客はまばらで、落ち着いた空気が流れている。うむ、これぞスローライフという奴だな。俺に似合ってる。

 上納金もいい具合に俺の懐を温めてくれている。優しい俺はその金額をほどほどに抑えているので周囲の店のみかじめ料が上がってしまったりとかそういう事はない。

 あくまでも奴らが今まで自分達のものとしていた分から頂戴しているのだ。動かずとも良い副業、素晴らしいね。


 すっかり常連となったならず者のリーダーが店内に入ってきて目の前の席に座った。立ち上がって珈琲を淹れてやると、小声で話し始める。


「姉貴、最近生意気な奴がいるんですが。どうしやすか」


 なんだと? まずは詳しい事情から聞こうか。

 そう言うと何かのメモ書きを畳んでカウンターに置くリーダー。俺はそれを自然な仕草で手に取り開く。ふむふむ。

 どうやら腕の立つ人物を後ろ盾にみかじめ料を出し渋っている奴がいるらしい。

 リーダー。まずはその探索者を調べて行動パターンを把握しろ。迷宮に長く潜る時を狙って直接出向け。舐められたら終いだぞ。


「それが、どうやら探索者ではないようで」


 どういうことだ。


「旅の者、だとか」


 なるほどな……。俺は少し考えた。どれほどの腕かは知らないが、腕試しとか言って迷宮潜りに訪れる化け物は多い。

 例えば前龍華王ゴウカみたいな奴だったら手に負えないだろう。静観だな。旅の者ならそいつが去ってから攻め立ててやろう。


「堅実ですね。舐められませんか」


 何でもかんでも噛み付いてたら痛い目にあうぜ? それをよく知っているだろう?

 ニヤリと笑いあって、リーダーは帰っていった。俺は再び座り込んで背もたれに身体を預ける。

 スローライフの鉄則は、無茶をしない。だぜ。



 しかし俺に迷宮ギルドの監査が入った。取調室でギルドの職員と向かい合う。その部屋の端っこにはリーダーと狼獣人が大人しく立っていて、コイツらから情報が漏れたのだとすぐにわかった。


「勝手に護衛料だとか言って、金銭を受け取っているようですね? それらの行為は我々の方で禁止しているはずですが」


 真面目そうなギルド職員が静かに威圧しながら俺にそんな事を言ってくる。ひどい誤解だった。俺はそんなことしていない。

 ちょうど誰かが取調室に入ってくる気配を感じながら俺は弁解した。


 そんなことしていません! その件でそちらの方と揉めたことはありますが、それからは何も知りません!


 ウルウルと瞳を潤ませて俺は必死に訴えた。少したじろいだギルド職員がリーダーと狼獣人の方をちらりと見たところで、先程入ってきた人物が俺の前で足を止めた。


『拘束せよ』


 詠唱。その文言に俺はギョッとする。

 直後にその人物……何処かで見たことのあるような白い衣装を着込んだ男から光の縄のようなものが飛び出して俺に巻きつき、簀巻き状態になった俺が地面に転がる。

 その男は、怜悧な瞳で俺を一瞥し、鋭い黒髪を搔き上げてため息を吐く。


「つまらない些事に時間を割くな。嘘をついているのは明白。裁けばよい」


 冷たく硬い声だった。腰の剣に手を添えて彼は続ける。


「規律を乱す者には容赦をするな。大小関係なく。冷徹に罰せよ」


 その剣には、ささやかな装飾があった。アルプラ教。創造神である女神を掲げた、この世界の最大宗教派閥を示す紋章が光を反射する。

 異端審問官。誰かが小さく呟いた。

 彼は俺の顔を見て、何かメモ書きの様なものを取り出し読み始めた。無表情のままメモから目線を逸らし、俺を見る。


「しかし、この少女は私の目的・・でもあったようだな」


 そう告げる彼の表情筋は全く動いていないのに、何故か笑った様に見えた。




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