第54話 龍華の平和な喫茶店
「魔王の復活かぁ。なんか百年だか数百年に一回に定期的に起きる出来事とか言うけど、実感湧かないんだよね」
龍華のモモカさんの喫茶店にてお茶をしていた俺の横でメレンゲという少年プレイヤーがどうでも良さそうにそう言った。
俺も珈琲を啜りながら同意する。そうそう、それな。なんか『超・魔王祭』とか言うソシャゲーかって名前のイベントが始まったけど、何すれば良いかわかんねーし。
「攻略組の人達はなんか言ってないの? ほら、職業とか。あれかな? 剣士とかそんなんになれたら、剣使えるようになるかな」
あいつらは音信不通だな。俺がそういうことに積極的じゃないのをよく知ってるだろうし。
「そっかー。なんか掲示板見てもよく分からないんだよね。あと、この前のアップデートで何か機能拡張ってあったの? なんかごちゃごちゃしててよくわかんなくてさぁ」
アップデートとは、俺達の視界に突如現れる『一定の経験値を獲得しました』というシステムメッセージのことだ。前回はその際にパーティ機能が実装された。
メレンゲが言うのは、同じ様に何か新しい機能が増えたんじゃないかと言う話だ。だがあの時は次から次へとシステムメッセージが出てきたものだから、実際何が出来るようになったのかが把握できていないプレイヤーが多い。
俺は少し考えた。だが、まぁいいだろうと思い口を開く。
実は一つ気付いたことがある。
「え? 何々? 新機能の話でしょ? 教えてよー」
俺は無言である方向を見る。メレンゲがその視線の先を追いかけると、そこには大きなパフェを食べる客の姿が。
最近パフェ作りに興味を持ったモモカさんが、店員である鳥男に作らせたものだ。
「……分かったよぉ。すいません、あのパフェ一つ下さい」
パフェを一口食べてから俺は切り出した。
あの日以降、お前は何か気付かなかったか?
「え? だからそれが分からないんだって」
ステータスだ。レベルに対してのステータスが上昇している。恐らくだが、プレイヤーが全体的に強化されている。そしてレベルが上がった時の補正値も上がっているはずだ。
「うそぉ? そんなの分からないよ」
まぁ、雀の涙みたいなもんだけどな。
これはレッドに確かめたから確実だ。音信不通と言っておきながら連絡取ってるじゃんというツッコミは無しだ。俺が一方的に聞いて返事してないし。
「そんなこと言われても、ステータスなんて体調次第で結構変わるじゃん」
……復活直後の肉体は初期の固定数値だからな、死ねば分かる。
「あ、そっか。復活直後は身体が新品だしね……ってさ、ぺぺとかみたいにしょっちゅう死んでないとそんな感覚気付かないよ。あ、でも高レベルの人がリセットされた直後には感覚が違い過ぎて上手く身体を動かせないとかは聞いたことある」
その感覚は俺も知らない。だってそんなにレベル上がったことないし。
悲しい話である。これには理由がある、実は《死運》というマイナス効果を起こすスキルを俺は持っているのだ。その効果は曖昧なものだが、死に引き寄せられるとかなんとか。
つまり、俺はそんな理不尽なスキルによって死に易くなってしまっている。なんて可哀想な俺。同じスキルを持つレッドが近くにいるとその効果は顕著に現れてしまう。
「でもぺぺの言うことが確かなら、僕達プレイヤーには上方修正みたいな調整も入るんだね。それならファンタジーっぽく冒険者になって魔物と戦うみたいなのもそのうち簡単に出来るようになるんじゃない?」
まぁ知り合いが年寄りになるくらいはかかるだろうけどな。そう言って俺はパフェを平らげる。
と、言うのも今回のアップデートでもせいぜい幼稚園の年少さんから年中さんにレベルアップしたくらいなのでぬか喜びはするべきではない。
それに……俺達の様な不死身な連中があんまりにも強くなり過ぎると、生きにくくなるだろう。
「年寄りかぁ。僕達の寿命ってどうなってるんだろうね」
しんみりとした顔で将来を不安に思うメレンゲに、ここまで話を聞いていたモモカさんが入ってきた。
「でもプレイヤーさんって、見た目全然変わらないですよね。それは凄い羨ましいですよぉ」
……あんたが言うのか。年齢不詳のロリ巨乳さんに対して同じ事を思ったのかメレンゲが少し困った顔をしていた。
「あ、でも。僕達もちょっとですけど、変化していくみたいですよ。そこのリセットされまくってる人みたいなのは例外ですが」
そうなのか? これは俺も初耳だった。俺を含めて、俺の周囲のプレイヤーと言えば命を買い物後に貰うレシートくらいにしか思っていない連中が多いので気付かなかったのだろう。
へぇ、じゃあ。髪の毛とか伸ばせるのか。何となく髪の毛を指で弄る。
「伸ばしたいんですか?」
モモカさんが意外だと言いたげな顔で聞いてくる。普段の俺は自分の容姿に自信満々だからだろう。
しかしですね。俺はモモカさんの腰まである桃髪を見て言った。
私もこれくらいまで伸ばしてみたいなって、思うのですよ。気分転換? 絶対可愛いと思うんだよね。
「ぺぺの、その自信過剰なところは凄いと思う。いやまぁ、キャラメに張り切ったプレイヤーにそういう人は多いけどさ」
俺は自分のキャラメイクを完璧だとは思っているが、流石にもう数年も同じ髪型は飽きてきた。
なんなら最近は髪を結んだりして趣向を変えている。そんな今日の俺の髪型はツーサイドアップ。幼い見た目の俺がする事でロリ感が増す凶悪なものだ。
ところでモモカさん。話は戻りますが、魔王ってのがどんな存在なのか知ってますか?
その俺の問いに、モモカさんは少し首を傾げて考える。
「うーん。私も、前回は流石に生まれていませんから、これは聞いた話になりますが。何でも魔族を従えて災厄を振りまく存在なのだとか」
魔族ですか。俺の脳裏に長い耳をしてなんかピーチクパーチク喚いていた連中がよぎる。
「本来なら、復活前に聖公国の『聖女』さんが神託を受けるらしいんですけどね。だから今慌てて討伐軍を編成しているみたいですよ。サトリちゃんが言うにはリトリくんが苦労してるって」
なるほど、面倒事をリトリに任せっきりなわけね。俺は内心で彼に同情した。親が奔放なばかりに多大な苦労をかけられている。仕方ない、また労ってやるとしよう。
「今までは急に復活する事なんてなかったんですか?」
「記録されている限りはその様な話ですけどね。周期的にそろそろだろうと何十年も言われてましたけど、そんなのはアテにはなりませんから神託があるまでは誰も気にしてませんでしたよー」
……今回は何か特別なのだろうか。思い当たりと言えばまさに俺達の存在。そして、この前のシステムメッセージだ。
どっかのプレイヤーがいらん事したんじゃないかな。封印を解く的な。だが確証なんて無いので黙っておく。
「てか軽いですねモモカさん。魔王って、ほら世界が滅ぶ的な、そういうヤバイ敵じゃないんですか?」
メレンゲが心底不思議そうに言ったのを、パチクリとした瞳で聞くモモカさん。ニコリと笑って
「もし龍華を攻められる事があればもちろん全力で対応しますよ。それで、負けるならばそれまでという事です」
元の世界の精神をまだ引きずっているメレンゲには理解ができないだろう。俺はメレンゲの肩に手を置いて説明してやった。
あのなメレンゲ……この国は特にだけど、俺達と違って命に対しての覚悟が違うんだ。いやほんと特にこの国はさ、実力主義な所があるから。むしろ強敵が現れて喜んでる奴すらいるかも知れない。
「あー、それはあるかもしれませんね。ほら、どうしてもしがらみってものはありますから」
そう。俺達の世界でもどこかれ構わず路上戦闘してたら怒られるだろ? まぁ、どっかにそんな人いたけどさ。
「我が父ながらお恥ずかしい限りです」
一部を除いて、何も相手を気にせず全力で戦える人は少ないって事だ。その点、人類の敵の様な分かりやすい相手を喜ぶ者もいるって話。
「そんなの龍華だけでしょ」
そうだろうね。メレンゲのツッコミに俺は同意した。
外から歓声の様なものが聞こえてくる。そういえば先程から街中で喧嘩している馬鹿どもがいたのだが、その決着がついたらしい。最近はこの様に街中で喧嘩する奴らが多い気がするなぁ。
「聖公国から各国に勧誘に来ているみたいですから、実力を誇示しているんでしょうね」
呆れた様に言うモモカさん。俺は少し驚いた。
え? 討伐軍って勧誘とかそういう話なんですか?
「そういう部隊もあるって話ですよ。とても待遇がいいんです。それを、民衆に紛れて秘密裏に選定してるんですって」
それは良いのか? 要は外国の工作員が潜入してきているって事では?
「何か悪さをするなら叩き潰すだけですから」
王が変わって何十年。まだまだ脳筋国家の名は捨てれそうにない。
*
陰気臭い森の中。
もはや行き慣れた森の中の怪しい家に侵入して、その中の大きな魔法陣の前に立ち懐中時計型の魔道具をかざす。
ふむふむ、十分溜まってるな。魔道具を起動して転送が始まる。そして即座に俺は自害した。
するとどうだろう。復活地点として迷宮都市の魔道具屋さんの地下室が選べるのだ。すかさずそちらで再生した俺は足元に落ちていた懐中時計を拾って鼻歌を歌う。
もう慣れたものだ。理屈は知らんがこのやり方ならば俺一人でもこの魔法陣で移動する事が出来る。
いそいそと地上階に出ると、魔道具屋はしばらく開いていないのか少し埃を被っていて薄暗い。
この店の魔道具には謎の術式により万引き防止策が張られているのでかっぱらう事は出来ない。いやそんな事は清廉潔白な美少女である俺には縁のない事だが一応の情報である。
しかしお茶類の使用は家主から許可が出ている。一度珈琲を淹れてやったら不本意そうな顔をしていたがそういう事になった。
勝手に高級茶を淹れてカウンターの上に置き、家主が気に入って使っている革張りの椅子へ勝手にドカリと座ろうとして誰かの手が俺の頭にブッ刺さりガツンとした衝撃と共に俺の意識は暗転した。ひっくり返った俺の視界に最後に見えたのは長い…………
おや? いつの間に迷宮都市に来たのだったか。
気付けば俺は迷宮都市の通りに突っ立っていた。メレンゲやモモカさんとだべっていた所までは覚えているが、その先が少し曖昧になっている。
酒でも飲んだか? しかしその様な形跡はないが。まぁいっか。
覚えていないものは仕方がないと俺は歩き出した。今日は何して遊ぼうかなぁ。
TIPS
転移魔法陣はヒズミの魔力によってのみ発動できて、かつヒズミがいないと上手く機能しない。
ペペロンチーノは懐中時計型の魔道具をとても気に入っている。ちなみにプレイヤー以外が使うと使用者も被害を受けるので誰も拾いたがりません。
まぁ、無駄に丈夫で壊せないので現地人から見れば呪装ですよね。