第53話 振り回されるアイドル
迷宮都市に激震が走った……!
号外として爆発的に刷られた迷宮都市新聞の見出しはこうだ。
『堕堕堕SPによるアイドル誘拐!?』
ダダダSPってお前……。俺は新聞を読みながら眉をひそめる。これ書いたのプレイヤーだろ……。現実世界で聞いた事があるような気がするフレーズだ。これ以上はやめておこう。
アイドル誘拐の件は真実だ。そりゃ喫茶店内で他に客もいるにも関わらず、女を寝かせて連れ去ればそりゃもう誘拐扱いされても仕方がない。更には、俺に隠れてセイランの私物を裏で売り捌こうとしたゴミカス槍使いとゴミカス狼のせいで足がついたのだ。
そのせいでたった今、俺の目の前にいる熊の様な男がテーブルを強く叩いた。俺は指で耳栓をして鬱陶しそうに顔を歪める。
おい、喧しいぞ。
「貴様らっ! セイラン様をどこにやった!?」
ずいっと目の前に突き出されたのはセイランの持っていたポーチだ。お前が買ったのか。
「違う! セイラン様の化粧ポーチが出回る事など看過できなかったため、回収したのだっ!」
はぁ。そうですか。俺が興味なさそうに言うと苛立ちを隠さず背中の大剣を掴む『守護大剣』ガーランド氏。
俺はため息を吐いてやれやれと首を振る。お前はセイランの邪魔がしたいのか?
「なんだと?」
俺達は彼女を害そうなどとしていない。歌作りの手伝いさ。まぁ確かにあのカスどもが暴走して私物を横流しした罪は認めよう。奴らに制裁を与えてもいい。
「歌作り、だと?」
そうだ。
「お前達にセイラン様を任せてなどおけるか! それくらいならば、俺達『セイラン親衛隊』の方が何百倍もマシだ!」
ほぉ。俺は唸った。
中々の剛気。よくぞ言い切った。面白いじゃねえか。ガタッと立ち上がった俺に警戒をするガーランド氏。
勝負といこうか?
「勝負、だと?」
俺は置いてあったナプキンにサラサラーっと殴り書きをしてガーランドに押し付ける。
「これは……!?」
*
迷宮都市の広場に特設ステージが立っていた。奇しくもそれは、『クリームスフレ』がライブに使うものと同じ。しかしその中央には塔のような謎の建造物があり、その頂上ではセイランを後ろから抱く俺が凡夫どもを見下ろしていた。
緑髪の美少女が若く綺麗な女を艶やかに抱く様を見上げて、親衛隊の連中は吠えた。
「てめっ! そこ代われ!」
「……アリ、だな」
「セイラン様ー!」
烏合の衆どもを一喝する声が響く。
「我らが目的はただひとつ! セイラン様を解放し、作曲活動を支援することだっ!」
親衛隊隊長、ガーランド氏だ。ハートが散りばめられた羽織とハチマキが風になびく。不純な瞳を向ける者達がハッとした様に顔をキリッとさせた。……くくく、中々のカリスマ性だ。
塔の根元にはヤンキー座りで周囲を威嚇するランスくんと狼獣人が含み笑いなんかをして挑発している。
「おーおー。集まってるなぁ、ビビって手も出せない臆病者どもが」
「印税はオレ達のモンだぜェ」
手を出すといっても犯罪的な方向性のランスくんが嘲笑う。そしてこの騒動により完成した歌の権利を主張するつもりの狼獣人はニヤニヤとしていた。
「堕堕堕SP……!」
ギリ……ッ。と歯を噛みしめるガーランド氏だが、その呼び名はやめてほしい。このままでは定着してしまう。俺は苦肉の策を思い付いた。
「ふふふ、ようこそ。我ら『ペペロンチーノとゴミの様な仲間達』に勝利することが出来ればセイランを返すと約束しよう」
あえてグループ名を名乗るのだ。コイツらとグループになんてなりたくないが、否定しても俺が今も攻略組と一括りにされてる様に、聞き入れてはもらえないだろう。ならばこちらから名乗る。完璧だ……。
「そうだ、なんの勝負なのかはわからねぇが、この『ランス様とその舎弟達』の敵ではないぜ?」
「ククク。そウ。オレ達『ガロムとその他』にはナ」
ガーランド氏は大剣を俺達に向けて叫ぶ。
「堕堕堕SP! 今日がお前らの命日となろう……!」
どうやら俺達の出したグループ名の案は全却下された様だ。それはさておき、何やら殺気立って対立している俺達に、ぶっちゃけ最初から起きているセイランは戸惑っていた。
「え? え? 殺し合いでもする気?」
しませんとも。セイランからパッと離れて俺は笑顔を向けた。そのまま塔から降りようとして足を滑らせた俺は上から下まで転げ落ち、ボロボロの身体を引きずって立ち上がった。
「げふっ……まず、ルー……、かふっ。ルールから決め……」
「い、いや、落ち着け。まず治療した方がいい」
息も絶え絶えな俺にガーランド氏はオロオロと戸惑って駆け寄ってきた。抱えられた俺はヒューヒューとか細い呼吸で続ける。
くっ、ダメか。ガーランドさん……あとは、頼み……ま、す。
「うおおお! ペペロンチーノぉ!」
「いやもういいよ。早よ死んで帰ってこい」
熱く吠えるガーランド氏とは対照的に俺の死に姿にあまりにも慣れすぎてしまったランスくんの声は冷たい。ぺっ! と血反吐を吹きかけておいた。俺は死んだ。
「さぁ、気を取り直そう。ルールと言っても、ゴールは決まっているからただそこを目指すだけという簡単なものだ」
綺麗になった俺がそう言うと親衛隊から疑問の声が上がる。
「ゴールとは?」
そりゃあ、歌の完成だとも。コクリと俺は頷いて続ける。
テーマはこの街だ。だから各々でこの街をPRしていき、セイランの刺激となってインスピレーションの糧となるのだ。
「……結構フワッとしてるな」
ガーランド氏のツッコミが入る。俺はもう一度頷いた。
そう。思っていたより何をすればいいかわからない。俺はそんな壁にぶつかったのだ。
「……それを誤魔化すためにこの騒ぎを?」
誤魔化す? 何のことだ。
街のど真ん中にステージを作って何やら揉めている俺達を、なんなのこの人たち……と言いたげな視線を向けてから去っていく通行人。俺は天を仰いだ。
「いや、それより私の意思は?」
セイランの声が上から響くが俺は無視をする。
ふっ、と。ガーランド氏の隣にいた眼鏡のヒョロイのが鼻で笑う。
「いいでしょう。ならばこそ、この街の真髄は迷宮にあり。セイラン様、我々が迷宮潜りをエスコートしましょう」
確かに、それは面白い。ならば俺達もそうしよう。セイラン、行くぞ。俺が踵を返すと、セイランは流暢な動きで塔から降りてガーランドの横に立つ。……なんだと?
「いや、どちらかと言えば、こっちのがマシなのではないかと」
本当に苦渋の決断なのだと顔が語っていた。がくりと俺は膝から崩れ落ちる。ばかな、こんなオタクどもに、負けた?
「ふん。そういうことだ。迷宮都市、いや。世界の音楽は我々が牽引する」
愕然とする俺を嘲笑うかのように、強く風が吹いて、親衛隊とセイランはその場から去っていった。
ぐぎぎ。俺はハンカチを噛み締めて涙を呑む。親衛隊の連中が全員見えなくなった頃、俺はケロリとした顔で立ち上がった。
さぁ、行くぞ。顎でランスと狼獣人を引き連れて俺達もこの場を去った……。
*
壁の殆どが、水晶の様な鉱石で出来ている迷宮がある。魔物の素材よりは、鉱石などを採取して日々の糧とする為の迷宮だ。だが魔物が出ないわけではないし、探索者の全員が取れた鉱石の価値がわかる訳ではない。つまり、少し手間のかかる迷宮だと言う話だ。
それはともかく、中の様子は幻想的である。鉱石の中には自ら光を放つ物もあり、それが周囲に反射して洞窟の様な所なのに明るく、そしてどこか美しい。
つまり観光スポットとして優秀なのだが、その『晶石迷宮』をセイラン親衛隊という団体が進んでいた。
数十人に及ぶメンバーで、中心に神輿を担いでいる。その神輿の上には豪華な椅子に座るアイドル、セイランの姿があった。
その集団の先頭を行く熊の様な男ガーランドがくるりと振り返ってセイランに満面の笑みを向けた。
「如何ですか!? お疲れなら休憩を挟みますが!」
神輿に担がれているだけでそれ以外は何もしていないセイランは全く疲れていない。
「い、いえ。大丈夫ですから」
普段は気の強い方である彼女だが、親衛隊の余りの勢いにタジタジであった。それなら良かったとガーランドが前を向きまた進み始める。
はっきり言って異様な集団であった。近くにいた探索者カップルが、関わり合いになってはまずいとそそくさと退散する。
よいせ! よいせ! 親衛隊による晶石迷宮観光ツアー。むさ苦しい男どもに囲まれた、件の事の中心は苦笑いしかない。
とある親衛隊メンバーが近くの者にぶつかった。その時、ぶつかられた方がそのメンバーに対し激昂し胸ぐらを掴むという行為に走る。
「てめっ! どこ見てやがる!」
突然の喧嘩。一気にその場の空気が悪くなる。周りの者が宥めるが、ぶつかられた方は余程腹が立ったのか収まりそうもない。殴りかかる勢いだ。
ハッ、と。ガーランドが何かに気付く。キョロキョロと辺りを見渡しながら背中の剣に手をかけた。
「気を引き締めろ! 精神攻撃を受けている、ペペロンチーノだ!」
精神干渉系の魔法は気を張るだけである程度抵抗できる。無論、それはレベル差にもよるが。
俺程度の力ならば相当油断していない限りは大きな影響を受けることは無い。つまり、自分の好きなアイドルと触れ合えてかなり気が緩んでいたという事だ。そこを見逃すペペロンチーノ様ではない。
しかし、今は既に警戒されているので俺の魔法はもうコイツらには効かないだろう。俺の事を知れば知るほど警戒心が高まる為に魔法が効き辛くなるという弊害がある。
怒りに支配されたメンバーは周囲の者に気絶させられ、神輿を担ぐメンバーを守る様な布陣で親衛隊は武器を構えた。
高い位置にある水晶の影から覗く俺はその様子を見てほくそ笑む。そうだよな、俺が来たという事は……。
「むっ!」
ガーランドが何かを発見した。その視線の先、そこには壁に背を預けて何か石の様な物を片手でお手玉の様に投げて遊ぶ男の姿があった。逆の手には槍を持っている……やはりと言うべきか、評判の悪さでは他の追随を許さない男、槍使いのランスだ。
「パーティータイムだぜ。セイランちゃん、楽しんでくれよな」
ランスが石を天井に向けて投げた。ぶつかって砕けたその石から光が溢れ、地響きと共に蜘蛛のような巨大な魔物が出現する。
「総員戦闘準備……! くるぞっ……!」
バシュッ! と蜘蛛の魔物のケツから糸が飛び出して洞窟の壁に生えた水晶に隠れていた俺を巻き取った。
ぼとりと俺が落ちるのを合図にして、親衛隊と大蜘蛛の闘いが始まった。吐き出される糸を魔法使いが炎の魔法で応戦し焼き尽くし、繰り出された足による攻撃は盾が防ぐ。俺も火の煽りを受ける。
そうして生まれた隙を、ガーランド氏を筆頭とした攻撃役達が攻め立てる。強靭な毛の生えた表皮を持つ蜘蛛だが、親衛隊の中でも精鋭揃いの今回のメンバーは難なくそれを貫いていく。
断末魔の声を上げる蜘蛛の魔物は俺を蹴飛ばして壁を蹴り天井に張り付くと、ぴゃっとまた糸を出した。
「……!」
その糸の狙いに気付いた親衛隊の一人が跳躍し糸を受ける。しかし何とその糸にはまるで酸の様な液体が付着しており、肉が焼ける様な音を立てて親衛隊の装備及び剥き出し部分の皮膚を溶かしてしまう。
「ぐ、ぐうう……!」
蜘蛛が狙ったのは、セイランだった。それを守る為に飛び出した親衛隊メンバーは当然の如くセイランのいる神輿の上に落ちる。
身を焼かれる痛みで呻く親衛隊、流石に自身を守ってくれたのだと気付いてセイランが慌てて駆け寄った。
だが、糸には身を溶かす毒がある。強く腕を伸ばし、手を大きく開いてセイランが近付き過ぎない様に止める。
セイランはその手をぎゅっと握り、少し潤めいた瞳で心配そうに言う。
「大丈夫!?」
ファンを想う、アイドルの鑑であった。いやまぁこんな所に連れてきたのは親衛隊のアホどもだが、セイランは自分の身を守ってくれたファンに精一杯の感謝を示したのだ、
しかしそれは余計な行動であった。そのやり取りの最中にも、蜘蛛は天井から魔法で叩き落とされて地面でボコられていたのだが、急に蜘蛛の攻撃を受けてセイランの近くに吹っ飛ぶメンバーが増え始めた。
そいつらは一様に、ダメージを受けた部位を抑えて過剰に呻く。戦線は崩壊した。決して蜘蛛の魔物は親衛隊からすれば強い魔物ではなかったが、それが逆に油断及び慢心を招いたのだ。
不自然に吹き飛び神輿に直撃する輩まで現れた。親衛隊とは名ばかりの馬鹿ばかりである。
ついにはガーランド氏を含む数人の最精鋭のみが蜘蛛の魔物と対峙していた。その他のアホどもはセイランの神輿の周りでアウアウ言っている。最初に糸を受けた奴もいつのまにか解いてる癖に痛がっている。
「くっ……! 軟弱者どもめが!」
剣を構えて怒りを露わにするガーランド氏。蜘蛛は既に満身創痍である。足を何本か失い、身体から垂れる体液もかなり多い。
蜘蛛の口に生えた牙に引っかかりながら俺はほくそ笑んだ。
くくく、ガーランドさぁん。果たして貴方はセイランを守りきれるかな? はっきり言って蜘蛛も好きではないので、青白い顔をしているであろう俺は冷や汗を垂らしながら強がった。
そんな俺を助ける事はなく、蜘蛛の脇から流星の如く飛び出した影がガーランドの剣とぶつかる。槍使い、ランスである。
「第二ラウンドだ」
「ランスっ! お前らは何がしたいんだっ!」
残り四人程の最精鋭親衛隊がガーランドのカバーに入る。しかし、蜘蛛を飛び越えていった新たな影が俊敏な動きでそれを妨害する。
最精鋭の一人が剣を振るうが、それを爪で受け流し空いた胴に膝を入れる。更に魔法の使い手が詠唱途中に腹を殴る。そのまま大地を蹴り壁を跳ねてもう一人の顔面に蹴り、その勢いのまま最後の一人を地面に叩きつける。
ついに、親衛隊はガーランド一人になってしまった。蜘蛛の魔物が動き出す、方向はセイランの神輿だ……! すぐさまガーランドはランスを弾き飛ばし、ランスが体勢を整えている一瞬の隙に自身の大剣に魔力を注ぎ込んで投擲する。
「爆ぜろっ!」
蜘蛛の胴体に突き刺さった大剣は炎の様な魔力の奔流を蜘蛛の体躯から零す。直後に剣を中心にして爆発が起きる。
魔力を武器に注ぎ込み時間差で爆発する様に解放する『術式』が刻まれているのだろう。シンプルだが単純に強力なものだ、込めた魔力の量に応じて威力が増減する。
かなりの魔力を込めたのだろう。一撃で蜘蛛の身体を大きく消し飛ばしたが、脱力感からかガーランドは膝をついてしまう。だが、蜘蛛は絶命した様だ。身動き一つとる事なく地面に横たわっていた。
闘いは終わっていない。すぐさま懐に手を突っ込んだガーランドは狼獣人に向けて何かを投げつける。言うまでもなく金だ!
それを受け取った狼獣人はニヤリといやらしく口角を上げてランスの方を見て爪を構える。跳ねる様に飛び出した狼獣人は両腕を大きく振るい切り裂いた。
「ぐはっ!」
呻き声を上げて切り刻まれたガーランドが地面を転がる。何故と言う顔をしているので、蜘蛛の身体と一緒に吹き飛ばされた彼の大剣を杖にした俺がニヤニヤと解説をしてやる。
当然、買収対策はしているさ。俺がそう言うと、親指と人差し指を合わせて丸を作った狼獣人がズボンのポケットをパンパン叩いた。
大剣の術式の巻き添えを喰らい既に満身創痍の俺だが、ほぼ万全のランスと狼獣人を脇に従えて勝利を確信した。
ボロボロの身体、使えない仲間ども。武器はこちらの手にある……勝負はあったな。
そう宣言してから俺はニヤリと口角を上げる。
セイランは俺たちのものだ。命が惜しけりゃ差し出すんだなぁ。
同じくボロボロの身体でも不敵な態度をとる俺を睨みつけて、ガーランドは呻く。その目は、諦めていない。
「セイラン様は、俺の光だ。迷宮という弱肉強食で殺伐とした世界に住む俺にとって、彼女の光こそが俺の前を照らしてくれた」
震える足を殴りつけて、立ち上がるガーランド。
「その彼女を、闇への道連れになんてさせはしない。お前達の様な奴らの、好きになどさせんっ!」
威勢良く叫ぶガーランド、その叫びを聞いてなお顔色一つ変えないランスと狼獣人は目も合わせずに彼に向けて同時に踏み込んだ。
もはや、ガーランドには二匹の攻撃を躱す余力はない。勝負は決した。誰もがそう思った。
「負けないで!」
響き渡る、セイランの声。一瞬で活力を取り戻したガーランドの眼前に何処からか光で出来た大剣が突き刺さる。間髪入れずそれを引き抜きガーランドはそれを振るう。
ガキィン……! なんと一太刀でランスと狼獣人を弾き飛ばしてみせる。ごくりと息を飲んだ俺が視線を移すと、水晶の影で四本の腕を器用に組みながら「お前の愛を見せてやれ」とでも言いたげな顔で立つスキンヘッドの男が見える。
それはさておき、ただ立っているだけでとてつもない圧をかけてくるガーランドを前にランスと狼獣人が俺の元へ戻ってきた。
「あなたは私のファンなんでしょう?」
セイランがガーランドに向けて声をかける。
「おい、なんか言い始めたぞ」
横でランスくんの戸惑いの声が上がる。俺は大人しく聞こうと目配せをした。
「だったら、私に勝利を捧げなさい! 私のファンを公言するなら! 勝ちなさい!」
どういうテンションでそうなったのかは分からないが、彼女はどこか吹っ切れた様子で楽しそうに言う。
セイランから割と理不尽な宣言をされたがとても嬉しそうなガーランド氏が強く剣を構えて、こちらに燃える様な眼差しを向けてくる。
「フン、一人で何ができるってンダよ!」
「そんなボロボロの身体でよぉ〜」
チンピラ二匹がニヤニヤと煽る。どう考えても負け筋だが、俺も含み笑いなんかをした。
くくく、そうだぜ。大好きなアイドルに無様な姿を見せないでいれるうちに逃げ帰ったらどうだ?
セイランの声が響く。
「貴方達も! 私に勝利を捧げる為に命を賭けなさい!」
それを聞いたセイランの周りの親衛隊の連中が活気付く。大気が震える程の雄叫びを上げて、皆が武器を手に持ち直した。
流石の迫力に思わず後退りする俺達。だが……甘いな。俺の《扇動》は本来、集団の感情を操るスキル。この様に集団の意志が同調していて勢いがある際はその方向性を変えることで……
セイランの右手の甲に、三本線の紋章が光る。
『この歌を、貴方達に捧げるわ』
そう言って歌い出したセイランの歌は、その言葉通り親衛隊へ向けた応援歌であった。熱く力強い歌声と連動する様に親衛隊どもの士気が跳ね上がっていく。奴らの身体に力がみなぎっていくのが目に見えてわかった。
慌てて俺は《扇動》スキルによりその集団をコントロールしようとする。だが……。たらりと俺の鼻から血が垂れた。
弾かれた。干渉することすら出来なかった。その負荷により俺は膝をつき鼻血を垂れ流す。
「面白ぇ!」
「返り討ちにしてやんヨォ!」
勢いに当てられてかこの多勢に無勢の状況で戦う気満々の二匹。これは……。俺は天を仰いだ。もう引けない。
「ふん。アイドルオタクどもが束になったところで、俺達に勝てると思うなよ……!」
立ち上がり、懐中時計型の魔道具を構える俺。
同じく、光の大剣を構えたガーランドが、その切っ先を俺達に向けた。
「我々は勝利の女神を味方につけた。お前達の、負けだ」
言ってろ……このゴミカスどもがああぁ!
水晶の如き鉱石が淡く光を反射する幻想的な景色は見る者を穏やかな気持ちにさせて豊かな気分にさせると言う。そして、それとは対照的な暑苦しい闘いが幕を開けた……。
*
「へぇ。ファンへの感謝ソングにしたんだ。……何この歌詞、ふふっ。セイランらしいね。感謝とか応援って言うよりは、叱咤激励?」
黒髪の少女が、サファイアの様な大きな瞳を輝かせてそう言うと、照れ臭そうにセイランは頬を掻いた。
「うん、色々悩んだんだけど。このまえ結構、刺激的な事があってさ」
「ああ。そう言えば怪我とかは無くて良かった」
例の誘拐事件では随分心配をかけた。結局大したこともされてないし、彼らが勝手に盛り上がっていただけなのだが。それにセイラン自身も最後の方は少し楽しくなってきていた。
「迷宮には少し興味が出たかも。ここにずっといるのに、そんなに関わったことはなかったから」
意味不明な流れで連れていかれた晶石迷宮だが、現実離れした景色はとても良い刺激になったと思う。
危険だからと、戦闘能力に欠ける自分は避けていたが……勿体なかったかもしれない。今はそう思う。
「ふぅん。私も興味はあるんだけどね。ちょっと怖いんだよねぇ」
「なら、探索者の護衛でも連れて今度行ってみようか。良い歌が書けるかもしれない」
ニコリと黒髪の少女アサヒは笑う。
「そうだね。それも良いかもしれないね」
ところで。そう区切ってアサヒはセイランの右手を握った。
「これはどうしたの?」
これとは、セイランの右手の甲に突如現れた三本の線を並べた様な模様だ。セイラン自身も急に現れたので分からない、なので首を傾げる。
「……まさかね」
アサヒの、その小さな呟きはセイランにも聞こえることはなかった。
*
『クリームスフレ』の新曲が流れる喫茶店内。そこは店主がクリームスフレのファンなので、常に彼女達の音楽が流れている。
そこの常連である熊の様な男、ガーランドが満たされた気持ちで雑誌を眺めながら珈琲を飲んでいた。
その雑誌ごと目の前のテーブルを叩く小さな手。
「どう考えても俺のおかげだろ! 何でお前の手柄みたいな顔してる!」
緑髪の小さな女の子だ。粗野な口調と素行の悪さが無ければ可愛らしい容姿なのだが……それはさておき、ガーランドは吠える少女の口に指を持って行き静かにしろとジェスチャーをする。
「そんな事はもう良いだろう。セイラン様がファンの為の曲を作った。それが答えだ」
うぐぐと唇を噛みしめる少女の顔を見て、幾分かすっきりとした気持ちになれたガーランドは珈琲を一口啜り、その香りを存分に味わった。
彼の前に置かれた雑誌には、迷宮都市の新曲ランキングで一位を取ってインタビューを受ける『クリームスフレ』の記事が載っており、その横には『セイラン親衛隊』が取り上げられた記事も載っていたという。