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第52話 暇潰し



「ヘヘッ。アイツらの弱点……? そうだナ、ランスとペペロンチーノの隠れ家の一つデモ教えてやろうカ……ハッ!」


 大きい狼を立たせた様な獣人が、薄暗い人気のない路地裏で男二人にコソコソと内緒話をしている。それを俺とランスは建物の影から半身だけを出して見つめていた。

 そんな俺達に気付いた狼獣人がオロオロと取り乱しながら口を開く。


「へ、へへ。オイ、コイツらがヨ。オマエらの弱点を探ってんダ。オレはコイツらを泳がそうとだな……」


 ジッと死んだ瞳で見つめる俺とランス。狼獣人と話をしていた男二人は足早にこの場を去り、俺達三人だけが残された。

 プルプルと震える狼獣人、ギラリと眼光鋭くこちらを睨みつけて


「死に去らせヤっ!」


 ピャッと飛びかかってくる。応戦するランス、路地裏にて槍と爪がぶつかる。幾度か衝突し、狼獣人の顔面に向けランスの槍が突き込まれた。

 ガキィッ! と、狼獣人の牙は何で出来ているのか、槍を噛み締めた時にそんな金属音が響く。


「この『堕犬』めが。なぁ、ぺぺ。どうやら死にたいらしいぜ?」


 おう殺せ殺せ。何回目だこの野郎。俺は地面に落とされた金を拾う。また買収されやがったな。

 懐から札束を取り出し狼獣人の顔をぶん殴る。


「キャウンっ」


 特攻ダメージが入り悲鳴を上げるが、可愛くない。コロリとこちらに腹を向けてくるので足を乗せる。コイツはランスを優に上回る拝金主義者だ。

 定期的に餌をやれば使えるが、すぐに裏切るのが玉に瑕だな。クソ狼の腹の上に座り唸る。何故こんな奴の世話をしてやらねばならんのだ。


 しかし、コイツの戦闘能力は中々侮れない。ランスとまともにぶつかった場合、どちらが勝つのかと言われると難しい。

 それはどちらもすぐに汚い手を使い、勝ち目が無ければ逃げるからだが、よく言えば使い所と相手を選べば一定の成果を上げるという事である。

 すぐに買収されるが金で扱えるというのもデカイ。裏切られても買収し直せるからだ。尻軽過ぎて扱い易くなるとは驚きである。


 そしてもう一つ。俺達はここしばらくこのゴミ狼の世話が大変だった。フラフラと女に騙されて金を使い込んで怪しい奴の手先になったり、怪しい商売に騙されて気付いたら騙す側に回っていて俺達を標的にしようとしたのでシバいたり。

 そうこうしていたら俺とランスの評判が少し良くなったのだ。それは俺達よりも迷惑な存在がようやく目立ってきたからだろう。影に隠れていたゴミ共がクソ狼によって炙り出されたのだ。結果、相対的に俺達の評価が上がって、偏見が無くなり俺達……否、俺は正当な評価をしてもらえるようになった。大方そんなところか。


 更には、ふと……心によぎるのだ。これはランスも同じ事を思っているだろう。

 このクソ野郎よりはマシな存在でいたい。その思いが、俺達を少し優しくさせたのだ。コイツよりはよく見られたい。まるで脆弱な人間の様な気持ちを持ってしまった。


 それはさておきクソ狼はムカつくので折檻をしなければならない。


「グウゥ……! ペペロンチーノぉ! プレイヤーとか言う連中には変態しかいないのカァ!?」


 怪しい地下室で天井から吊るされたクソ狼が呻いた。俺は顔の上半分だけを覆う仮面をつけて鞭を振るう。

 小気味良い音が響き、クソ狼の呻き声が響く。ペロリと唇を舐めた。


 変態……? お前が誰と俺を比べているのかは知らんが、その言葉は俺には全く該当しない見当違いな言葉だ。もっと勉強したまえ。



 この世界では界力ファルナの総量が物を言う。例えば、同じ速度と筋力で放たれた拳でも、界力ファルナの強い方が相手に与えるダメージはデカイ。

 身体能力では小学生並らしいゴブリンに、俺達プレイヤーが苦戦する理由がそれだ。俺達プレイヤーはこの世界の全ての存在と比べて界力ファルナが小さい。要は俺達の攻撃力では防御力を突破できないのだ。

 それを解決する手段がレベルアップだが……実はもう一つ簡単な方法がある。道具を使うのだ。魔道具と呼ばれるものが一般的だが、あれは意外と持ち主に依存する。

 だが、俺達プレイヤーでも……いや、プレイヤーだからこそ十全に力を発揮するものがある。


『呪装』


 つまり呪われた装備だ。何かを代償として捧げる事になるが死ねば元通りの俺達プレイヤーには実質ノーリスクと言える。

 そりゃもちろん持ち主が強い方が……つまり代償とする界力ファルナが大きい方が効果的だが、とりあえずの効果を得られると言う話である。


 何が言いたいかと言うと、俺が今持つこの鞭もその類だと言う事だ。与えた痛みと同等の痛みを自身も得る事の出来ると言う特殊なプレイ用としか思えないバカ装備だが、《痛覚制御》を上手く使えば被害は最小に抑える事が出来る。

 何故か痛みを無くすことはできなかったので、分散するのだ。するとちょっと全身がむず痒いだけで心置きなく振るえる。こんな風になっ!


 バシィっ! と身体が痺れる様な音が響く。


「グウゥ! フッ! フッ!」


 こりゃ癖になりそうだ。しかし何だかダメな世界に入ってしまいそうなのでやめた。クソ狼を下ろす。

 おい、もう裏切るなよ。約束するなら焼肉奢ってやる。


「ヘヘッ! 悪かったな。もう裏切らネェ!」


 全く信用できない。

 横にランスくんが並んで槍を構える。


「新技を考えたんだ」

「ごめんナサイ!」



 *



 カフェでお茶をしながら、俺は手で短剣を弄んでぼんやりと考えた。

 これはマルクスという『魔術師』を殺した曰く付きの代物だ。プレイヤーが扱っても、自身より高位の現地人を殺害する事を可能にした呪装である。


 これレッドに押し付けたら良かったな……。


 なんか縁起悪そう。店の中で刃物を弄る少女というのは周りから見ていてとても痛々しいので懐に仕舞う。

 暇だなぁ……。俺は暇を持て余していた。


 やる気のあるプレイヤー達が『超・魔王祭』というイベントを張り切っているが、俺はあまり乗り気ではなかった。

職業ジョブ』というものには興味がある。以前、急に詠唱魔法を使える様になったプレイヤーがいたが、恐らく『職業ジョブ』を手に入れたのだろう。

 奴は復活直後とは思えない力を持っていた……『職業ジョブ』による補正だと俺達は読んでいる。


 しかし俺は、もう少し情報が出てから動くとしよう。なんかめんどくさそうならほっとく。勝手にレッドとかその辺が頑張るだろう、しばらく見ていないし。


 ボーッとしていると、近くの席に誰かが座ったのでそちらを見る。どこかで見たことのある奴だった。そいつは、ハァッと大きくため息をつくと顔にかけたグラサンを少し弄ってから買った飲み物を一口啜る。

 金髪の女だ。スラリとした体躯で、特に長い足が綺麗で思わず見惚れてしまう。しかし顔の殆どがグラサンに隠れているし、帽子を深く被っている。芸能人が外でファンに見つからないようにするファッションだ。というかまさにそうなのだろう。

 ニヤリと口角を上げて俺はその女に近付いた。ガタッと突然横の席に座ってくる俺に、女はギョッとした様子で見つめてくる。


 こんにちは。


「……こんにちは」


 ここはいいカフェですよね。ちょっと人の通りが少ない路地にあって、かつ緑に囲まれていますし。この通り客足も少ない。隠れた名店って奴ですよ。騒がれずにゆっくりするのに最適ですね。


「貴方、どこかで会ったことが?」


 さぁ? 強いて言うなら、ライブの客として。とかそう言ったところでしょうか。はじめましてセイランさん。私、チノと申します。

 ニコニコと人畜無害な天使の笑みを浮かべて俺は右手を差し出した。おずおずと握手をするアイドルのセイラン。こんな所でこんな有名人と会えるとはな。

 俺は、諸事情でプライベートではサインを断ると言うこの女からいかにしてサインしてもらうかを考えたが、思い出されては敵わないのでやめておこうと考え直した。


「あの、悪いけれどプライベートだから。放っておいて貰えると嬉しいのだけど」


 きっぱりと物を言うセイランに、俺は少し好感度を上げる。そういうのは嫌いじゃないな。だが俺は心配だった。物憂げにため息なんて吐いている姿を見てしまった以上、関わらずにはいられないのだ。それを力説した。


「お嬢さん、貴方には関係ないから。気持ちはありがたいけれど」


 迷惑だなぁという気持ちは流石に表には出さないが俺には伝わってしまう。ふむ……。俺はセイランの手を優しく握った。


「無関係な人だからこそ、吐き出せるものもあると思います」


 天使の笑みのまま俺はセイランの感情の内、安心感や信頼感の様な辺りを増幅し、更に安らぎもプラスとしようか……。

 するとどうだろう。俺に対する警戒心はゼロとまではいかないが、あっなんだかこの子の声を聞くと落ち着くな。案外、悩みを話してみてもいいかもしれない。なんて感じの事を考えてそうな顔になる。


「そう、ね。ちょっとは気が晴れるかもね」


 そうでしょう。ニコリと小首を傾げてみせる。俺の外見は幼げな美少女なので、謂れなき罪による先入観、偏見を持っていなければ警戒を解きやすい。可愛いとは正義。


「実はね、新曲の歌詞が中々思いつかなくて」


 歌詞ですか。俺は素直に頷いた。

 セイランさんが書いているのですね。感心した様に俺が言うと、少し気恥ずかし気にセイランは答える。


「その時々かな。アサヒやキャラメリーゼが考えてる事の方が多いかもね、曲なんかはほとんどキャラメリーぜだし。もちろん、一人でじゃなくて協力しあって書くことが一番多いんだけど……」


 大きくため息をついて続ける。


「久しぶりに、曲から歌詞まで一人で作りたいの。二人にはいつも頼ってばかりだからね」


 なるほど……。俺は涙を零した。面を食らった様な顔をするセイランの手を両手で包む。


「無から創造する『創作』の苦悩は他者には計り知れないもの、素晴らしいです。私は歌については門外漢ですが、容易ではない事だけは分かります」


 しかし、と。俺は続けた。


「無から創造するとは私が今言った言葉ですが、この世に完全なる無から生まれるものなど存在しません。一人で抱え込まず、曝け出すこともまた必要な事なのです」


 ギュッと一度強く握ってから俺は手を離した。


「不思議な子ね。何だか、心が晴れた様な気がする」


 やんわりとした笑みを浮かべるセイラン。平時から気の強そうな彼女のその笑みは、なるほど熱狂するファンがいるのもしょうがない事なのかも知れないと思わせるギャップ萌えを体現していた。

 ふむ……。俺は唸った。カラン、と。店への新たな来客を告げるベルが静かに響く。


「それで、一体どの様なテーマで歌を作成するつもりなのでしょう?」


 俺の問いに、セイランは悩まずに答えた。


「そう、ね。この街、そして出会った二人の仲間……ちょっと大雑把だけどこんな感じかしら?」


 なるほど。

 パン! と俺は手を叩いた。名案があります。


「名案……?」


 スッ……と。何処からともなく現れた二つの影がセイランの横に並ぶ。しかしその気配に彼女が気付く前に、俺では見逃してしまう手刀、ではなくハンカチになにかを含ませたものを嗅がされて眠りにつくセイラン。


「ヒズミさんの薬はよく効くなぁ」

「コイツァ、アイドルってやつダロ? なんだヨ。売るのカ?」


 ほくそ笑む怪しい槍使いと怪しい狼獣人だ。

 売らねーよ。セイランを支えながら俺は言う。

 なに、暇だし、歌作りを手伝ってやろう。そう思ったんだ。


「歌、作り。だと?」


 本気で謎そうな顔をする怪しい槍使い。

 そうだ、だから寝かせろまで言ってない。何だよお前は、誘拐でもする気だったのかよ。


「あ、ああ。てっきり身代金でも」


 ダメだコイツは。俺はドン引きした。犯罪が骨の髄まで染み付いてやがる。とりあえずセイランを怪しい狼獣人に担がせた。


 まぁ、いい。今の内に準備と行こうか。何を隠そう、俺の特技はプロデュースなのだから。待ってろよ、ランキング一位は俺のモノだ!



 フハハハハ! 一体何のランキングなのかはともかく、俺の高笑いが静かな店内に響き渡った……。




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