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第51話 堕犬


 イメージアップをしたいと思う。


 迷宮都市の街を見下ろせる高台で、俺は綺麗なミディアムボブの緑髪を風になびかせて言った。少し癖の入った俺の柔らかそうな髪に全世界の女が嫉妬するだろう。

 横には手摺に肘を預ける青髪の男、クズでかつ槍使いのランスくんが同じように風を感じていた。彼のせいで世界中の槍使いの評判が落ちている事は言うまでもなく、いつか槍で刺されて死ぬべきである。

 ちなみにそんな彼はニヤニヤとした顔でギャンブルで勝ち取った金を数えている。


「ぺぺよ。俺達は『堕落コンビ』と呼ばれて久しい」


 そうだな。お前とコンビ扱いされているせいで俺の評判はダダ下がりだ。


「俺も同じ事をお前に言いたい。いやそれは置いておこう。時に、『クリームスフレ』は分かるな?」


 ああ、三人組の音楽ユニットだな? 女だけで構成されており、彼女達の人気ぶりからアイドルユニットとして扱われているあのクリームスフレだな。


「ああ、その『クリームスフレ』だが、セイランという女は最初、一人で音楽をやっていたという。しかし鳴かず飛ばずの有様だ。そこで新たに二人の仲間を増やした。その結果が今の人気だ」


 なるほど。それがどうした?


「つまり、だ。大事なのは仲間、いや新しい風とでも表現しようか」


 ……つまり、『堕落コンビ』をトリオにしようってのか?


「そうだ。そしてついでに悪印象を取っ払う事で新たな呼び名を得ようじゃないか」


 中々面白いじゃないか。採用。

 ならば早速新たな仲間をさがしにいこうぜ!



 *



 俺とランスが肩を並べて歩いていると、前方から肩を揺らしながら五人ほどのグループが歩いてくる。どう見てもチンピラだ。歩き方に品がない。

 しばらくすると、まるで吸い寄せられる様に俺達は道のど真ん中で向かい合った。互いに避けようとしなかったからだ。

 ビキビキとチンピラグループが青筋を立てて睨みつけてくる。それに対してランスくんは舐め腐った目つきで、顔がぶつかるのではないかというくらいの距離で睨み返す。俺はランスの脇腹を突いた。


「……!!?」


 チンピラ達が驚愕して、一人は腰を抜かした。

 俺達が道を譲ったからだ。笑顔で彼らの先を手の平で示し、コクリと頷く。どうぞ。


「……!! なんだ? 罠かっ!?」


 うるせぇな。はよ行けよ。ニコニコと俺は内心毒づきながら彼らに優しく言った。


「どうぞ。私達は急ぎではありませんから」


 しかし信用できない様だ。チンピラ達はキョロキョロと辺りを見渡して何かを警戒している。


「くっ! なんだ? なにを企んでいやがる!」


 ちっ。うぜえな。何も企んでねぇよ。いつものように道を譲っただけだろうが、早よ行かんかいボケ。


「ほっ、いつもの口調だ」


 いつも? 何言ってる。お淑やかな俺がこんな粗野な口調で喋るかよ。お前達の脳みそに合わせてやってんだよ。分かるか? あ?

 ドスッとランスに脇腹を突かれた。

 ごめんなさい。少し口が悪くなっちゃった。もうっ。ほんと気にしないで? はい、どうぞ。


「気持ち悪っ」

「早く行こうぜ」


 まるで幽霊にでもあったかのような顔で慌てて去っていくチンピラ達の背中をいつも通りの優しい瞳で俺達は見送った。

 さっ、先を行こうか。仲間集めと言ったら酒場……だが迷宮都市ならば迷宮ギルドだ。そこへ向かうとしよう。


 迷宮ギルドについてさぁ入ろう、そうした時に丁度扉をあけて中から出てきた探索者にぶつかって俺は尻餅をついてしまう。

 いてて。


「あっ、すいませ……うげっ! だ、『堕天』!」


 うげっとはなんだと思いつつも俺は笑顔を浮かべて立ち上がる。

 私は大丈夫ですよ。こちらこそすいません。ペコリと俺が頭を下げると相手の男はかなり戸惑った。


「え? え? あ、ああ。ほんとごめんな、これ、慰謝料だから」


 そう言って懐から金を俺に握らせてくる。ニコリと笑ってそれを突っ返す。

 いやいや、貰えませんよ。怪我もしていませんし。ニコニコと笑う俺に、しかし変なものを見たとでも言いたげに顔をひくつかせて男は足早に去って行った。

 その背中を見つめて、真顔に戻った俺はぽそりと呟く。


「一体俺を何だと思ってるんだ?」


 無論、慰謝料の件である。


「……逆に自分を何だと思ってるんだ?」


 ランスが真顔でそんなことを言ってくる。心外だな、俺を金如きで懐柔できると思っているのかという話だ。


「できないのか?」


 まぁ、出来るな。


 ともかく俺達は中に入って行った。

 中は程々にざわついていて、いい塩梅の人混みだ。この中からとりあえず探すか……。


「まずは、どうだろう。やはり美女だな。ボンキュッボンの姉ちゃんがいいだろう。紅一点というやつだ」


 お前はまず言葉の勉強をしたほうがいいな。紅一点の意味を分かっていなさそうだ。それはさておき、お前のその着眼点はいい。ならばあの女はどうだろう。そう言って俺が指差した先にいるのはランスの言う通りの美女が立っていた。

 ウェーブした赤みがかった茶髪に垂れ目気味の優しい顔立ち。更にスタイル抜群と中々あざとい見た目をしている。

 しかし待ち合わせだったようだ。その彼女の元に一人の男が手を上げながら近づいて行く。まるで熊のような男だ。


「へっ、よくやったぜ。あいつはよ、『愛剣』のガーランドめ」


 近くに座っていたチンピラが恨めしげに呟いている。

 またあの人あだ名増えてる。俺はぼんやりとそう思った。ガーランドは、他にも『剛剣』とか『守護大剣』とかそんな名前で呼ばれている男で、セイランというアイドルの熱狂的なファンだ。

 そんなアイドルオタクのあいつがあんなに美人な彼女を……? そんなバカなと言いたげにランスくんが近付いていった。


「よぉ、ガーランド。お前、美人な姉ちゃんを連れてるじゃないの」


 親しみのある声で、ランスはにこやかに言った。しかし普段の行いからか何か悪い事を考えていると思われたらしく、ガーランドはギラリと目つき鋭くランスを睨みつけた。


「ランス。彼女はお前が考えているような、相手ではない。だが、もし何か害しようと言うならば容赦はしない」


 全く信用されていない。一体どのような生き方をすればここまで嫌われるのか、むしろ教えて欲しいくらいだ。

 そこまで言われてもランスはまるで気に留めた様子もなく右手をガーランドに差し出した。


「何を言う。俺とお前の仲だろ? 祝福するさ、おめでとう」


 ニカリ、と悪意ゼロパーセントの笑顔でランスは握手を求めているのだ。その余りに現実味の無さにガーランドは思わず目頭を抑えて天を仰いだ。

 深呼吸して、連れの女の方へ向き直ったガーランドが真剣な目で言う。


「行こう。何か企んでる。よく見たらペペロンチーノも後ろにいる」


 おい。何で俺も混ぜるんだ。ふざけんじゃねぇ。

 だが現在の俺たちはイメージアップ運動中だ、まかり間違ってもそんな粗野な口調では話せない。しょうがねぇ。


「ガーランドさんっ! 美人さんを連れているんですね。彼女さんですか?」


 まるで今までのやり取りを見ていなかったのかの様に俺はにこやかに駆け寄って行った。俺のその言葉を聞いて女の方が恥ずかしそうに頬を染める。


「彼女だなんて……っ」

「ペペロンチーノ、彼女とはたまに迷宮潜りをする仲なだけだ。彼女が初心者だった頃に手ほどきをしてな。ところでお前達今度は何を企んでいるんだ?」


 嫌だなあ。普段からこんな感じですよ? ただ、なんていうか、最近私達のイメージが悪いなぁっと思って。


「えっ、今更?」


 それでぇ。ちょっとだけ、ちょーーっとだけ、普段より、よりね? 優しくて人の良いところを見せて行こうかなって。だから普段より媚びて見えちゃうかもね。


「なら俺に絡まないという選択肢はなかったのか……?」


 ガッ! と、ランスが腕をガーランドの肩に回した。


「そんなつれねぇ事言うなよー!」


 うぇーい! 俺も拳を振り上げてテンションを上げる。


「お前ら間違ってる、間違ってるよ」


 それより、迷宮潜るの? 手伝おうか?

 俺は天使の様な笑顔を浮かべたが、ガーランドは本当に嫌そうな顔で両手をフリフリしてくる。


「か、勘弁してくれ。そもそもお前はただの足手まといになるだろう」


 失礼な人っ! ぷいっと俺はそっぽを向いた。もういい! ランス行くよ!

 飽きたので別の所へ向かう事にした。



「中々見つからないな」


 そうだな。この支部は顔見知りが多いというのもある。別の支部に顔を出すか。

 余談だが迷宮ギルドは一つではない。迷宮都市は割と広いし、迷宮自体が何個もあるので管轄を決めて支部に分けているのだ。


「お、あいつは?」


 そう言ってランスが指を指したのは、灰色の髪を肩まで伸ばした細身の男だ。黒い甲冑を着込んでおり、横の椅子に黒兜を置いてテーブルで食事をしている。

 背中に背負ったままの黒剣と、育ちの良さを伺わせる綺麗な食べ方に少しどきりとする。くっ……格好いい。俺の中二心が刺激された。


「ちっ。あれ程黒で染まるやつは中々いねぇぜ」


 奴の名は『黒剣』のブラッド……! な、名前まで格好いい!

 しかし、ダメだ。


「そうだな」


 ランスも同意する。

 奴はソロで有名な探索者。ソロだから、キャラが作り込まれてる感じがして良い。以前の俺ならばちょっかいをかけに行っただろうが……天使から大天使に昇格した俺は更に慈愛に満ちているので彼をそのままそっとしておく。


 孤高の探索者を俺達が生暖かい目で見守っていると、突然彼の肩に腕を回す男が現れた。


「よっ、ブラッド! 一緒の席いいか?」

「ふん……どうせ断っても座るだろう? 好きにしろ」


 横のランスが槍を構えた。


「ちっ。この俺が、引いたというのに……」


 どんな嫉妬の仕方だ。止める間もなくランスが二人の元へ行き勝手に席に座った。足を組んで腕を背もたれに乗せて偉そうに言う。


「俺達は今パーティメンバー募集中なんだが、ブラッドくんどうだね?」


 スパン! と俺はランスの頭をひっ叩いた。突然現れた俺達『堕落』コンビに絡まれた二人は戸惑っていた。先手を打って謝っておく。

 ごめんね? うちのバカが。ニコッと笑う。この二人は俺の事はあまり知らないのか、「あ、おう」と戸惑いがちに答える。

 俺はランスの耳をぐいっと引っ張って口を寄せる。


「彼をよく見ろ」

「彼……? 泥棒猫の事か?」


 ブラッドくんはお前の彼氏なのか? いやそれはさておき、その彼の髪型はソフモヒで袖なしの服から覗く腕は筋肉質でいい感じに太い。長ズボンの下も、タイトなわけではないので分からないがガチガチの筋肉が隠れている事が分かる。

 しかし服を着込んだ全身のシルエットは、長身の為か太過ぎる印象はない。そんな彼と少し細めに見えるブラッドくんのコンビだぞ?


「つまり、どういう事だ?」


 つまり、アリって事だ。


「そうか、アリか。俺はたまにお前がよく分からなくなるときがあるぜ」


 お前がそこまで言うなら仕方がないとランスは立ち上がって俺の肩に手を置き、二人の元から去っていく。もちろん俺もそれに続く。


「ちょっと! 変な種撒いてくなよ!」


 何のことだろう。後ろから焦った声が聞こえるが俺達は邪魔をしないと決めたのでその場を去った。


 次の標的は『武骨の刃』の皆さんだ。剣士、槍使い、魔法使い、弓使いで構成された男二人女二人の色恋沙汰で揉めそうな構成でバランスの良いパーティだ。


 ちーっす。

 ちょっとガラが悪くなった俺達がパーティ会議をしている四人組のテーブルに割り込んだ。


「今日は一体どんなバカやってるんだい?」


 呆れた声で剣士が言う。恐ろしいのが今日会った中でこの反応が一番マシだと言うことだ。魔法使いが俺の前にお菓子を置いた。


「これ、最近ハマってんの」


 クッキー? パクリと一口。うーん、少し草っぽい。なんか身体には良さそう。独特な臭みがある。


「デトックスよデトックス」


 デトックスかぁ。あ、化粧水か何か変えた? 肌の調子良さそう。


「あ、分かる? しょうがないから今度見せたげる」


 うん、頼むわー。そんでさ、ついでに俺とランスとパーティ組まない? 臨時でいいからさ。


「え、やだ」


 真顔で言う魔法使いさん。つれないなぁ、うふふ。


「うふふ」


 じゃあ弓使いさんはどう?


「……む、無理」


 うふふ。つれない。

 まぁ分かる。ランスと一緒なのは嫌だよな。うんうん。


「え、用事ってそれ? パーティメンバー探してるの?」


 剣士が驚く。それに対してランスは真剣に頷いた。


「ああ、出来れば評判の良い奴を入れて俺達のイメージアップでもしようと思ってな」


 真面目な顔のランス。俺もうんうんと何度も頷いた。


「それは無理だと思うけど、オニヤマとオリーブがさ、誰かに任せたい奴がいるって探してたんだよ。聞いてみたら」


 へぇ。なるほどね。ありがとう、行ってみる。

 オリーブか、久しぶりだな。元気にしてるかな。今日は何だかいろんな奴と会って忙しないぜ……!



「お前達パーティメンバーを探しているんだって?」


 壁に貼られた『新人探索者はコイツに気を付けろ!』と書かれた俺に酷似した美少女の写真を引っぺがしているとオニヤマに話しかけられた。

 その写真の俺に似た美少女は目の辺りを手のひらで隠しているので、色んな意味で俺のイメージが悪くなってしまう事を危惧したからだ。いやそれより話しかけてきたオニヤマの方へ振り返る。


 四本腕のツノの生えたスキンヘッドというちょっと人間とは違う感じの生き物が、蜥蜴人リザードマンを引き連れていた。久しぶりだな、オニヤマにオリーブよ。


「……久しぶり」


 かつては小竜として俺のペットをしていたオリーブもデカくなったもんだ。なんか人型になってるしな。

 へへ、と鼻を掻いて懐かしむ。


「そんで? なんか受け入れてやってほしい奴がいるんだって?」


 横で、目に黒線を入れられた自らの写真を引っぺがしていたランスが聞く。オニヤマが頷き、後ろに控えていた者を呼んで俺達に紹介した。


「コイツは龍華から来たらしくてな。何やら後ろ暗い事情があるようだが……お前達なら大丈夫だろう」


 どんな信頼の仕方だ。オニヤマに物申したい気持ちはあるものの、俺はその連れてこられた奴を見る。

 フサフサの毛並みをした獣人。なにやら何処かで見た事がある狼獣人であった……。



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