第一章 エピローグ
魔王城。
今まで何もなかった、荒れ果てた土地に突如出現した巨大な城。周囲には、ここ以外で見ることのない植物が森の様に密集して魔王城を囲んでいた。
その魔王城の見た目は、如何にも物々しく、やたらと天に向かって尖った部分が多い。その中でも一番高い尖塔の頂点に一人の人間が立っていた。
女だ。身体をほとんど隠す黒い衣装に身を包み、長い茶髪を風になびかせてその女は気怠そうに遠くを見つめていた。
「よぉ、ン十年ぶりか? ヒズミ」
彼女……ヒズミに突然話しかけた者がいた。それは魔王城の中心、最も大きな建物の屋根の上にいた。ヒズミの立つ尖塔よりも低い位置で寝そべるその影は、彼女よりも二回りは大きい体躯の巨漢だ。
短く刈られた髪をワシワシと掻きむしって、その巨漢はヒズミの方を見上げ、鼻で笑った。
「相変わらずだなお前のスッピンは」
巨漢が言葉を発した瞬間、ヒズミの周囲の空間は歪み尖塔にヒビが走る。元々悪い目つきが更に悪く、巨漢を睨みつけたヒズミは殺気を隠さない。
「そろそろ死ぬか? レックス」
顔の前でゴキゴキと骨を鳴らすヒズミの右手の甲には三本の線が並んだ模様が光り、彼女の魔力が急激に高まると耳鳴りの様な音が周囲に響く。
戦闘民族のトップである龍華の王とて、この状態のヒズミを見れば戦うことを諦めて死を受け入れるかもしれない。それ程の力なのだが、対する巨漢レックスは余裕の笑みを浮かべて彼女を嘲笑った。
「『支援』のお前が『戦士』の俺とやる気か? いつになったら無謀だと理解するんだ?」
そう言って立ち上がった彼が掲げた右手の甲には一本線の模様が光る。高まる魔力、レックスの周囲も空間が歪み、屋根にヒビが走って破片が舞う。
二人が睨み合うだけで空が割れる程の力が衝突し、実際にぶつかれば辺り一面は焦土と化す……それ程の力を二人は有していた。
「あのぉ。いちいち壊さないでもらえますかね」
一触即発。しかしその二人を止めようと飛び出した新たな影が。桃色の髪をショートカットにした少女だ。まだ二桁の年齢にもなっていないように見える。顔の右側に大きな黒い眼帯をつけている為、その綺麗な桃色の瞳は片方しか露出していない。
その少女の姿を見てヒズミとレックスの二人は目を丸くして硬直した。ジロジロと少女を頭のてっぺんからつま先まで舐める様に見つめて、一拍おいて爆笑する。
「なんだその姿は!」
「ちんちくりんだ! ちんちくりんだぞ!」
爆笑する二人に対して、諦めにも似たような顔で項垂れる少女。ため息をついて事情を説明した。
「なんだかよく分かりませんが、どうやら今回は不完全な復活の様で。界力も随分『掠め取られて』しまった様ですしね」
どこか哀愁漂う様子の少女をジッと見るヒズミ。
「……? なんでしょう?」
「……いや、別に。そういう事もあったなと」
勝手に納得した様子のヒズミを不思議に思いながらも少女は話を戻した。
「どうやら、今回はいつもとは事情が異なる様ですね」
「掠め取られたってどういう事だ?」
レックスが疑問を口にするが、問いかけられた少女は首を傾げるだけで何も答えられない。レックスの視線はヒズミに移るが、彼女は他所を向いて我関せずといった様子だ。
「おい、お前なんか知ってんのか?」
「さぁな。私も大しては知らん」
ただ……ヒズミは続けた。
「面白い事になるかもしれんな」
*
レッドが剣を構えて走り出す、眼前に二つの火球が生まれて牽制の為に前方へ撃ち出される。しかし、その火球は地面からせり出した土壁にぶつかり破裂した。
『解放』
レッドが小さく呟いた。命を捧げて一時的に身体能力を上げて跳躍する、直後に土壁の向こうから氷の槍が二本飛んでくるが既にその先にレッドはいない。土壁を越えたレッドが剣を振るう。
『火よ舞い纏え!』
レッドが狙っていたのは、クリーム色の長髪が特徴的な女プレイヤーだ。俺が合流した時は気弱そうな雰囲気だったが……。
その女プレイヤーの周囲を炎が竜巻の如く舞う。その炎に煽られてレッドは身体を焦がし狙いを外してしまう。
「ちっ」
舌打ちを一つしてレッドは剣を放り投げた。時間切れだ。死亡して復活したレッドが落ちた剣を拾う。
それらの様子を俺は両腕両足をなくした芋虫状態で仕方なしに観戦していた。傷口は凍らされて塞がれているので中々死ねないし、もはや参戦する事は諦めている。
「お、お前。なんだその力は」
これは俺とレッドの台詞ではない。ぽてぽちを抑え込んでいた髪が短いプレイヤーのものだ。炎を操るプレイヤーの後ろで腰を抜かせて、目の前の状況を飲み込めていない様にポツリと零した言葉である。
「キリエちゃんは、私が守る」
そう言って、クリーム髪のプレイヤーが掲げた右手の甲には二本線の模様が光る。あれは……マルクスについていたものと形が似ている。
最初、俺が合流してすぐは俺達が優勢だった。魔剣を持ったレッドによるセープポイントを利用しての連続使用。レベル1のプレイヤーでは叶うはずもなく、髪の短い……キリエと呼ばれたプレイヤーは一瞬で腕と足の腱を切り裂かれた。生け捕りだ。
そこで、オドオドとイマイチ動きが悪かったクリーム髪のプレイヤーが突如覚醒した。キリエちゃんに手を出すな的な台詞とともに右手が発光したのだ。
俺が無駄な足掻きをするんじゃねえと石で殴りかかったが、なんとこのプレイヤーは詠唱を始めたのだ。
結果、俺は氷の魔法による返り討ちにあって四肢を失い、レッドは攻めあぐねている。
「……シロエ、何故詠唱による魔法の行使が可能なんだ?」
レッドが問う。シロエとはクリーム髪のプレイヤーの事だろう。何故知っているのかは誰にも分からないがコイツはほとんどのプレイヤーの名前を覚えているストーカー野郎だ。
それはともかく、俺もそこが不思議だった。俺達プレイヤーには詠唱したところで……というより詠唱に用いる言語を知らないと言うべきなのか、詠唱魔法というものが使えない。
この世界で使われる魔法のほとんどが詠唱魔法だが、他所から来た俺たちには使う才能……権利が無いのだと、かつてレッドは言っていた。
そこに来て、まさかのそれを覆すプレイヤーの出現。レッドが食いつかないわけがなかった。
「身体能力もレベル1とは思えない……魔力量もだ。それが『職業』か? 『魔法使い』と言ったところか」
魔法使い。何か引っかかるワードだな。あの模様もそうだ。
おい、シロエって言ったか。どうやってその力を手に入れた? システムメッセージは出たか?
「答えるなシロエ。コイツらと意思疎通をするな」
ひどいやつだな。そう言って俺は舌を噛みきり自害をして復活した。
単純な興味だよ。見ていて分かった。今の俺達では敵わない。攻め手に欠ける。なぁ? レッド。
「認めよう」
な? だから雑談したいだけだよ。同じプレイヤー同士じゃないか。よし分かった。シロエ、お前がさっきマルクスを刺したプレイヤーだろ? 俺の獲物を横取りした罪は流してやる。代わりに情報を寄越しな。
「なんで上から目線なんだ? これだからテメェらはよぉ……!」
「キリエちゃん!」
腱を断たれた為に立ち上がれないキリエが睨みつけてくる。
そんなに怒るなよ。《化粧箱》、なるほどな。後から容姿を変えるスキルが存在するとは。どうやってそこにたどり着いたのやら……。
俺は推測で語る。あの時マルクスを刺した女の見た目は完全に村人娘と変わらなかった。変身魔法的なものも存在するだろうが、その場合だとしたら仮にも魔法に長けたマルクスが気付かないというのもおかしい気がする。
それに、そもそもセーブポイントでレッドと争っていた時点で状況証拠みたいなもんだ。
俺の言葉を聞いても無視を決め込むが否定もしない二人を見てやはり正しいと俺は確信する。《化粧箱》、恐ろしいスキルだ。
レッドが掲示板で作戦を伝えてくる。奇襲をかけるつもりだ。だが向こうの二人も同様に掲示板で秘密の会議をしているのだろう。
俺達は無言で牽制しあった。ヒュッと風切り音がして俺の太ももに矢が刺さる。
「お前ら……! よくもっ!」
様式美プレイヤーだ。赤目に涙を溜め込んで俺達に向かってくる。後ろにはお仲間らしき二人の男プレイヤーが続いている。はっきり言って忘れていた。
「チッ」
横のレッドが舌打ちをした。キリエとシロエが逃げ出したのだ。逃すまいとレッドが駆け出す。俺は弁解した。
待て待て! たしかに俺はマルクスを害しにきたよ? でも殺したのは俺じゃなくてキリエだとかシロエだとかいうプレイヤーどもだ! 俺はあそこまでする気は無かった! ひどい奴らだ、同じ世界出身とは思えない……! 殺すだなんて……! 俺はちょっと話し合いに来ただけなのにっ!
涙ながらに真相を語り出した俺にしかし三人組は全く信用していなさそうだ。だがそんな時、フラフラと四人目である奇抜な髪のガキンチョプレイヤーが姿を現した。
「そいつの言うことは本当だ。なんだかよく分からない奴が、マルクスさんを……!」
ポロポロと涙を零しながらガキンチョプレイヤーが声を絞り出す。流石にそれを聞いて三人組は狼狽え始めた。
「ど、どういうことなんだ。どうせ攻略組の仲間がやったんだろ!」
「k子の名前を出してたから、それはないと思う……」
確かにそう言っていた。お前らも知っているだろ? k子が俺達とつるむことは絶対にないし俺も無理だ。
こんな所であの女が役に立った。見事に誤解は晴れた。様式美プレイヤーが膝をつく。
「一体、何が起きているんだ」
やはりと言うべきか、仕損じたレッドがセープポイントで復活する。無言で首を振るレッドを見て、俺はため息を一つ吐いた。
*
ゴリゴリ。
龍華の怪しい薬屋にて、俺はすりこぎで変なキノコと変な草をすり潰して混ぜていた。
「……何してんの?」
黙々と作業をしている俺を胡乱な目で見つめていた薬屋のハゲ親父が聞いてくる。コイツは最近迷宮で手に入れたという怪しい眼鏡を掛けていて、いつもそれで色んな薬の素材を熱心に見つめている。
俺は得意げに答える。これはな、痺れ薬でも作ろうと思っている。乾燥させて粉末にして、吸うだけで身体の動きを止めるような代物だ。殺したら逃げられちまうからな。
この世界の毒物は、通る相手と通らない相手の見極めが難しい。界力の総量もあるだろうが、耐性みたいなものが……それこそ人によって大きく違う。基本的に身体構造は同じなので『この毒がどう効く』のかは同じなのだが。
しかしプレイヤーは、基本クソザコなので毒物はなんでも効くが……実は人間とは効き方が違う。
今更だが人間とプレイヤーは別生物なのだ。これは、この世界において凄腕の魔法使いと思われるヒズミの魔法が俺達に通用しなかった時に確信した事だった。
恐らくヒズミの魔法は『人間』に特化し過ぎていたのだろう。皮肉にも凄腕過ぎたのだ。まぁ、既に対策できてるみたいだけど。
という事で、俺はプレイヤーに特化して効く毒を目下開発中なのだ。俺は実感した。この世界において最も厄介なのはプレイヤーだ、奴らをいかに無力化するか……俺が気持ち良く生きる為にはそれが重要になってくるだろう。
「そんな事ばかりしてるから嫌われるんじゃね?」
まぁね。でももう戻れない。俺は俺らしく生きるのだ。
今作っていた物は寝かせる事にして、既に完成していた薬を持って来て一吸いしたら絶命しちゃった俺は店に戻ってきて高笑いをする。
ふははは! まだまだ改良の余地ありだな! 俺の戦いはこれからだ!
第一章 『プレイヤーは異世界に蔓延る』 終
まさかの一章完結。
活動報告に理由を書きます。