第50話 不死なるプレイヤーズギルド
「ねー、ちょっとぉ。なんなのココ。なんかカビ臭いんだけどぉ……汚いし、うげっ」
鼻をつまみながら、薄暗い洞窟の様な所を恐々と歩く褐色白髪の女……プレイヤーのk子がツタの様なものを払いのけながらぶちぶちと文句を言っている。
洞窟……劣化する前は綺麗な白い石造りの通路だったそこは、所々崩れ、足元も酷い有様だ。明らかに人工物だが、長い期間生命が存在した形跡はない。
k子の前には二人、先を歩く者達がいた。それらもプレイヤーだ。歩くのは遅いわ文句を言うわ鬱陶しいk子に対し、それを隠さず顔に出して一人が振り返った。
「罠の類が発動しないだけマシだろう」
その言葉を聞いて、もう一人がポツリと言った。
「恐らくだけど、『この世界の生き物』に対して発動するんだろうね」
ここは、いわゆる遺跡の類だ。不毛の地にポツンと存在しており、入り口にたどり着く前から中に入って少しした所まで、この遺跡に入ろうとした生き物は全て死んでいた。
やがて、三人組は開けた空間に出た。そこはやたら明るくて、今までの通路に比べてとても綺麗な状態である。中心に謎の台座があり、そこから血管を思わせる形で溝がいくつも伸びて天井まで至っている。何かしらの儀式場である事が伺えた。
「ここだ」
ガサガサとリュックからボロボロの本を取り出したプレイヤーが感動混じりにそう言った。ペラペラと、崩れそうなページをめくり視線をキョロキョロさせながら何かを確認している。
「なんなのココ、いかにもって感じ」
部屋の雰囲気に呑まれたのか少し大人しくなったk子。本を持つプレイヤーがウロウロとしているのをじっと見ていると、ふと視界に違和感を感じた。
「……? ん?」
その本を持つプレイヤーの、輪郭が蠢いている様に見えたのだ。もう一人のプレイヤーの方へ視線を向けてみると、そちらは違和感を感じない。見間違いではなさそうだ。
「ねぇ、ちょっと。あんた」
流石に気になったのでk子は、謎の台座を触ろうとしていたそのプレイヤーに声をかけようとした。ちょうどその瞬間、台座に手が触れる。
バチっ。空間に稲妻が走る。
「っ!」
古い本を落とし、驚くプレイヤー。台座から手を離そうとするが……まるで接着剤でくっつけられたかの様に手が離れない。
「な、なにしてんの?」
「おいおい、今のなんだよ」
k子ともう一人のプレイヤーが心配になって近付こうとすると、突如また稲妻の様な明滅がプレイヤー達の頭に直下した。
ゴン! まるで鈍器で殴られた様な衝撃が頭蓋に響く。思わず腰が砕けそうになるほどの衝撃の後、視界に映る『システムメッセージ』。
《プレイヤーが『魔王の祭壇』に到達しました。侵食を開始します》
地鳴りと共に遺跡が大きく一度、振動する。血管の如き溝に、台座から黒い液体が溢れ出して満たされていく。ゆっくりと、溝に流れていく液体。床に到達し、そこからも徐々に広がっていく。
「ちょっとなに! だれかなぐったでしょ!」
「なんだこれは、一体?」
甲高い声で騒ぐk子に、同じ様に戸惑うプレイヤー。唯一、台座に手を置くプレイヤーだけが感動した様に頬を震わせていた。
「すごい! ファンタジーだね! でも、魔王の祭壇だって? 別世界への転送装置って書いてあるんだけどなぁ……これガセなのかな?」
首を傾げながら、離れない手を一生懸命伸ばして本を拾うプレイヤー。片手で何とかページを捲り、もう一度読み込んで顔を上げる。
「うーん。たしかにそう書いてあるんだけど……」
「てか何なの? キモい黒いのあんたから出てない?」
k子の言うキモい黒いのとは台座から溢れる黒い液体の事だが、件の液体はある程度進んだ所でピタリとその動きを止めた。それを三人組が不思議に思っていると、突然弾かれる様に台座にいたプレイヤーが吹っ飛んだ。
驚いたk子達が慌てながらも駆け寄って首の脈を取る。
「し、死んでる……」
また遺跡が振動を始めた、先程よりも大きく長い。継続的な振動の最中……台座から赤い液体が流れ出し、黒い液体を押して溝に満たされていく。
やがて液体が壁を登り天井まで達して、溝の全てを満たした時、ようやく振動を止めた。一転、静まり返る遺跡内。黒と赤が混じらず押し退け合いながら満たされた溝、k子がそれを不思議そうに見つめていると、またも視界に『システムメッセージ』が表示される。
《侵食停止……『魔王』の『適格』を一部獲得しました。プレイヤーの獲得経験値が一定値に達しました》
*
俺は両手を広げて笑みを浮かべていた。魔法結界を吹き飛ばした俺の力にマルクスは絶望し、膝をついている。
レイトは、「チノは、こんな力を隠していたのか」的な顔で驚いている。さて、ここからどうするか……『迷狂惑乱界』は弾切れだ。俺が次のアクションを考えている、その時、バチっと火花の様な音が響いた気がした。
んごっ。
その直後、変な声が出た。突然、頭をぶん殴られた様な衝撃が襲ってきたのだ。な、なんだ? 攻撃か? 誰か殴った?
キョロキョロと周りを見ようとした時、俺の視界に文字が浮かび上がる。『システムメッセージ』だ。今までに二回しか見たことがない、《何者か》からの俺達に対する言葉だ。
魔王の祭壇? どうやら俺の預かり知らぬ所で何かしらのストーリーは進んでいるらしい。それにしても、魔王……ねぇ。なんだかテンプレだが、よくゲームとかに出てくる魔王の事なのかな?
それはともかく、突然視界を汚染された為周囲がよく分からないが、これは全てのプレイヤーに表示されているのだろう。文字の隙間から見える攻略組の様子から俺はそう判断した。
何かしそうな雰囲気を醸し出しながら何もしない俺に周りが戸惑っているのが分かる。どうしたものか、そんな事を思った時に新たな『メッセージ』が表示される。
獲得経験値……以前はパーティ機能とかいうショボいものだったが……。メッセージが急に切り替わる。
《……緊急! 》
直後に、ある地点から何かの力が登り天を波打たせた。不思議な波動が広がり、ピリピリと肌を刺激する。
「な、なんだ?」
レイトが驚きの声をあげた。空気が変わる。何かが始まる予感がした。
流れ星だ。光が何処からともなく降ってきた。その光は小さく、俺達の近くに……レイト、マルクス、そしてぽてぽちに着弾した。
仄かに輝く三人の右手の甲。レイトは、一本線。マルクスは二本線、ぽてぽちは五本の線が中心から花の様に伸びた模様だ。
俺やレッドが興味深げにそれぞれの手を見る。まるで争っていた事を忘れたかの様に俺はマルクスの右手をとりまじまじと見つめた。
なんだこりゃ。レッドの方をチラリと見ると、謎の模様がついたぽてぽちを羨ましそうに見ている。
「これは一体?」
「線……花弁?」
レイトと怪力ハングライダーのそんな会話が聞こえた時、またもや視界にメッセージがでかでかと表示される。はっきり言って鬱陶しい。
《参加権の獲得! 条件達成! イベント『超・魔王祭』の開催! 世界に散らばった職業を手に入れろ!》
超・魔王祭だって? ……ソシャゲーかよ! 俺が心の中で突っ込むと同時、俺の腹に光弾が着弾し爆ぜた。
分断される俺の上半身と下半身。ぼとりと落ちて、仕方なく見上げた空の上、何か翼の生えた生き物が空を飛んでいる。
その生き物は、長い耳に真っ白な肌をした……人間に見えた。
「くははは! ついに始まったぞ! 魔王様の復活だ!……まずは、この村の命を手土産にするとしようではないか!」
急展開だ。ゴミの様に散らばる俺の元へレイトが慌てて駆けつけて、上半身を抱き上げ愕然とした表情を浮かべた。
「ち、チノ!」
レ、レイト坊ちゃん……。コテリと俺は力尽きた。少し離れた所で復活したのでトコトコ歩いて戻ると、先程の翼を生やした長耳が地面に降りた状態で戦闘していた。
翼を見ると、傷がいくつか入っている。
「ぐっ、まさか、こんな所に『剣士』と『魔術師』がいるとは……!」
手の上に光弾を浮かせながら長耳が唸る。対するのは、レイトとマルクス。あとレッドが両腕を失った状態でその辺に転がっていた。
俺は近くの岩陰に隠れる半裸男とぽてぽちの元へ歩いて行き、話しかけた。どんな状況なの? コレ。
「さぁ。分かんない。魔王がどうとか言ってるけど、そういう世界観なんだね」
俺も思った。魔王祭ってのと関係あんのかな。ちなみに呑気にお喋りをしている間にも交戦は続く。
レイトが斬りかかり、それに光弾を当てようとする長耳。しかしその光弾は明後日の方向へ飛んでいく。マルクスを見ると、何かをしてそうな動きをしている……幻覚でも見せているのだろうか。
レイトの剣が長耳の腕を切り裂いた。
「ぐぅ……! 鬱陶しい真似を!」
傷を抑え、怒りを零しながらマルクスを狙う長耳。光弾を飛ばすが、マルクスの前に魔法陣が浮かびそれが盾となって防ぐ。爆発音と共に衝撃が周囲に広がる。
煙が晴れると同時、四方から何人ものレイトが現れて長耳に斬りかかる。
「うおおおお!」
「ぐぅっ! どれが実体だ!」
なんでこいつら喧嘩してんだ? 俺はぼんやりと見つめながら考えた。なんか村の命がどうこう言ってたな、いかにも悪役過ぎて耳から通り抜けてたわ。
わちゃわちゃしている連中の戦いを観戦していると、劣勢の長耳が俺たちの方へ吹き飛んできた。ゴロゴロと転がってすぐに立ち上がる長耳が俺を見てギョッとする。
「え!? あれ!? 双子?」
本物だよ。正真正銘、お前に腹を吹き飛ばされた美少女だよ。
「ばかなっ! アレも幻覚だったと……!」
「隙あり! 幻覚!」
「ぎゃああああ!」
コテリと長耳がぶっ倒れた。ツンツンと突いてみるが、反応はない。死んだか?
「いや、私の幻覚により一時的に意識を失っただけだ。君達に使った魔法とはまた違う。あれはケーコ様が、いや……まぁとりあえず君達をいたぶる為のものだったからな」
あぁ、そう。適当に返事をして、翼が消えた長耳を見る。病的に白い肌に、中々の美形だ。中性的な顔立ちなので性別は分からないし、髪は足まであるのではないかというくらい長い。そんで白金とでも言おうか……美しい髪色をしている。
エルフか? そう言えばこちらでそういうテンプレ種族を見ていない。でも魔王とか言ってたな、てか魔王ってなに。
「マルクス……俺はあなたを許したわけではない。だが、この村を守る……その気持ちは本物だったのだと、はっきりと分かった。だから、今日のところはここでやめておこう」
俺が考察している間にも、マルクスとレイトのストーリーは進んでいた。剣を鞘に仕舞いながら、そう言ったレイトにマルクスは気まずそうに視線を下げる。
「良いのか? 私は、君の国を」
「よせ。分かっているんだ、大元の原因は貴方ではないのだと。それをチノ、君はよく知っているのだろう?」
え? ああ、それね。プレイヤーっていう害悪存在……あ、俺は別ね? そいつらの一人、k子って奴だよ。あいつ洗脳まがいの事できるみたいだからさ。
「……そうか。まぁ、今はここまでにしよう。何か、大変な事が起きている様だしな」
自身の右手の甲、謎の模様を見るレイト。突然自身の手に刻まれた紋章、更には魔王とかなんとかほざく人間に似た謎の生き物。しかもそいつは無差別に人を殺そうとしていた。
何かが起こっている。空を見上げると、いつもと変わらない、しかしどこか先程までとは違う……そう、誰しもが感じた。
「マルクスさんっ!」
村人娘が駆け寄ってきた。どうやらいつのまにか遠くに逃げていたみたいだが、心配になって戻ってきたらしい。マルクスの元まで駆け寄り、不安げな顔で彼の傷を撫でる。
その真後ろに、血だらけの両腕をなくした赤い髪の男が口に剣を咥えて立っていた。レッドだ。器用に首を振り村人娘の首に目掛けて剣を振るう。誰かが小さく悲鳴を上げた。
「なにをっ!」
マルクスの反応は早く、腕を伸ばしレッドの前に魔法陣の防壁を張る。衝撃で跳ね飛ばされるレッド。何してんだと俺が聞こうとした時
「ぺぺ! 《化粧箱》、プレイヤーだ! あの人間じゃない!」
そう、叫びながらぽてぽちが走ってくる。
何だと? 驚くのも束の間、ぽてぽちが背後から何者かに襲われ地面に倒される。少し離れたところに村人娘とその父親が見えた。ん? じゃあ、
今マルクスの横にいるあの女は誰だ?
ポタリ、なにかの液体が地面に落ちる音がした。
「……君は、な、何者……だ」
マルクスが、絞る様に声を出す。その腹には、突き出された短剣が深々と突き刺さっている。
怪力ハングライダーが村人娘の形をしたものにタックルをかまし吹き飛ばす。ゴロゴロと転がる両者。
ぽてぽちを地面に抑えつける、ベリーショートの黒髪女が不敵に笑った。
「悪いね、k子からさ。あんたの使う魔法はおっそろしいって聞いてんだ。ねぇ、ペペロンチーノ。あんたみたいな奴ですら、倒しちまうんだって?」
失血が多かったのか、光となって散っていくレッド。腹を抑え、大量の血を流すマルクス。転がる謎のプレイヤーと怪力ハングライダー。青褪める村人娘とその父親。地面に倒されるぽてぽちとそれを抑え込む……かつて『死の一週間』で《不死生観》を解放させた女プレイヤー。
ドカリ、と。気絶する長耳に座り込み俺は女プレイヤーを睨みつけた。この女の名前は何だったか……。テメェ、ただでさえ混迷してるこの状況にまたぶっ込んできてんじゃないよ、俺もう混乱し過ぎえ……俺に空から降ってきた槍がぶっ刺さった。ええ?
串刺し状態になった俺はいつのまにか空にいた。何を言っているかわからないと思うが、刺された俺はそのまま空に連れていかれたのだ。
「ふん、情けない。まだ本調子でないとは言えやられるとはな」
「まぁ、コイツは俺達『魔王軍幹部』の中でも最弱……人間ども、調子にのるなよ?」
二人組の長い耳が宙に浮いていた。片方は気絶した長耳を小脇に抱え、もう片方は俺の刺さった槍を掲げている。
抱えてる方はすごい美人の白金長髪女で、槍の方はオカッパ頭だ。コイツらは翼無しで飛んでる模様。
ところで死んだ俺は、さっきレッドが死んだ辺りで復活する。え? セーブポイントがズラされてる。レッドか?
レッドがセーブポイントをズラす際、奴は本来のセーブポイントで身動きが取れなくなる。つまり俺に今このふざけた状況をどうこうしろと言っているのだ。え? どうしろと?
「だがまぁ、舐められたままというのも癪だな」
ぴゅんっと、槍を持った長耳……『魔王軍幹部』が、ぽてぽち達の後ろに瞬間移動する。ザクッと女プレイヤーを刺して、ついでにぽてぽちの腹を踏み潰した。
「ぐ、ぐおおお! ちょっと、んだよコイツらぁ!」
「私はついで!? ついでに踏んだ!?」
やかましく叫ぶプレイヤー二体。その醜態を見て満足そうに微笑んだ槍の幹部が次の獲物を見る。村人娘とその父親だ。楽しそうに笑みを浮かべ、槍を女プレイヤーから抜いた。
チラリと俺を見て、ギョッとする。なんかその反応に既視感があるぞ。
「え!? 双子!?」
その下りは二回目だよ! 本物の、さっきお前がぶっ刺した美少女だよ!
吠える俺、戸惑う槍の幹部。しかし、すぐに頭を切り替えたのか、もう一度ニヤリと笑みを浮かべて村人娘の方へ向いた。仕切り直すつもりだ。
だがそんなやりとりをしている間に、とある男の準備が整ったらしい。
「し、『心侵、恐……慌、界』」
ブワッとまた荒涼な世界が広がる。恐らく球状に広がるのであろうその結界は俺達を含め魔王軍幹部達も中に取り込み展開された。
黒いモヤが幹部達を包み込んでいく。目に見えて狼狽え始めた。
「ぐっ、なんだ!」
「何という、防御が追いつかない……!」
おお、通用してる。もはや例の如く、戦闘中は案山子になっている俺。死にかけのマルクスが血反吐を吐きながら魔力を練る。
「マルクス……! よせ、死んでしまうぞ!」
仇だと言っていたのに、甘ちゃんのレイトはマルクスに駆け寄り肩を掴んだ。しかし、マルクスの眼光は強く、手を震わせながらも前に突き出した。
『幻は、現実となる。真なる恐怖とは《死》の具現化なり……!』
詠唱。これは、レッドとの戦いの時に見せたものだ……! 効果は良く分からないが、何かやばいものを感じたのか顔を一気に強張らせて、槍の幹部が空へ飛び女幹部の元へ素早く戻った。
「ちっ。ここは退くぞ」
幻覚世界が歪み収束し、濃密な質量を持って幹部達に向かう。しかし、
「覚えておけよ、人間ども。それと良くわからん生き物。この借りは、いずれ返す」
そんな言葉を残し、気付けば幹部達の姿は跡形もなく消え去っていた。転移魔法か? もしくは高速で逃げ出しただけなのかもしれない。
とりあえず分かることは、この村は窮地を脱したという事だ。なんかいつの間にか村人娘に化けてたプレイヤーも居ないし、結局名前を思い出せなかった女プレイヤーも死んだのかぽてぽちの上からいなくなっていた。
瀕死のぽてぽちの元へ半裸男が近寄っていたので、俺も近付いて様子を見る。腹がぺちゃんこだった。レディーの腹になんて非道な事をするんだあの野郎。槍使いにはロクな奴がいない。
「これもうダメかな……ああ、死んじゃう。せっかくレベル上げたのに……」
「ぽてぽち……! しっかりしろ!」
コイツらはほっとこう。俺は踵を返してマルクスの元へ向かった。息も絶え絶えな彼を、村人娘が抱き上げて涙を流した。
「マルクスさん……っ!」
「……かふっ」
もう喋る事も出来ないらしい、震える手をなんとか持ち上げ、何かを伝えようとしているようだった。
次の瞬間、紫の空は青みの深い快晴に、荒れ果てた大地は溢れんばかりの輝くような花で埋め尽くされていく。
「マ、マルク……」
はらりと、村人娘が涙を零した。
わー綺麗だなぁ、とか死にかけのぽてぽちが呑気に言う。怪力ハングライダーもそうだねぇ、とか相槌を打っているが、お前らついさっきまで悲痛な雰囲気醸し出してたのは何だったの?
ニコリ。マルクスは笑みを浮かべた。震える手で村人娘の頰に触れて、何事かを言おうとするが言葉は出ない。
「綺麗です! 綺麗ですよ! やっぱり、マルクスさんは素敵です……っ!」
必死に、村人娘がマルクスにそう言うと、やがて満足した様な……安らかな顔でマルクスは力尽きた。
俺の横にレイトが立つ。ちなみにだがレッドは、掲示板を見る限り死に戻りした連中と交戦しているらしい。
「チノ……彼の事を、俺は憎んでいたよ。でも、何故こんな気持ちになるのだろう」
……そりゃ、目の前で弁当をトンビに掻っ攫われたら気分も悪いだろうよ。俺はレッドの落としていった魔剣を拾い上げながら言った。
まぁ、俺はトンビを叩き殺すがね。
解放。セーブポイント方向目掛けて全力で投げた。直後に死亡。復活し、レッドがベリーショートのプレイヤーと知らないプレイヤー二体と殴り合っているのを横目に剣を取りに走る。
その辺に刺さっていた剣を抜き、解放。もう一度投げる。その剣は見事レッドにぶっ刺さり、ギョッとした連中がこちらを見た。
俺は怒っていた。レッドに言われたが、正直奴を殺す気があったと聞かれれば答えは難しい。だが俺にだって考えはある。全力で現地人とぶつかり合おう、そう考えた場合殺す気で行かねばならぬ……それがレッドの問いに対する答えだ。
その結果が殺しになるのか半殺しになるのかなんてものはどうでもいい。俺が全力で戦う、それが大事なのだ。それを……他の人間ならともかく、プレイヤーに邪魔されるのは我慢ならん。
俺は拳を鳴らしながら唸った。お前ら、覚悟はできているんだろうな……?
色々と新展開でカオスな状況だが、とりあえず俺は目の前のプレイヤー達をぶち殺す事にした。
*
聖公国にて『聖女』と呼ばれる少女が、巨大な礼拝堂……その奥のまるで玉座の様な椅子に座って、天を仰ぎ目を瞑っていた。
パチッと。聖女がその大きな瞳を開いた。その眼球は、まるで星空の様。どこに焦点が合っているのかよく分からないその瞳は宙の一点を見つめ、やがて首を下ろす。
すぐ側に膝をつき控えていた、白に金の刺繍が入った立襟の祭服を着た男が不思議そうに彼女を見上げていた。
「どうされました?」
静かな凛とした声で彼が問うと、聖女は少し困った様な顔をして首を傾げた。
「異端審問官を集めて下さい。『魔王降臨』……ついにその神託があったと」
思わず、といった様子で男が立ち上がった。
「つ、ついに……やはり我々の代でしたか。それで? 一体、猶予は……」
そこまで言って、ハッとなった彼は慌てて膝をつく。咎めることもなく聖女はまた困った顔をする。
「いや、それが……もう復活したそうで」
「え? 神託から数年後、というのが定説だったのでは……いや、それ自体が間違い……?」
二人してむむむ、と唸るが答えは出ないし、もうそうなったものは仕方がない。これは早急に対策を取る必要がある。
「ならば、すぐに居場所を割り出しましょう」
意気込む男に、聖女は三度目となる困り顔を見せた。まだ何かあるのか、ゴクリと男は息を飲んだ。
「一体じゃないんです」
一体とは? 口に出さずとも顔に出ていたらしい。聖女は続けた。
「今回の《我々》の仇敵、それは『魔王ハイリス』。それともう一体」
星空の如き瞳が、虚空にいる何かを強く睨む。
「不死なるプレイヤーズギルド」




