表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/134

第49話 対・魔法結界

 


 こんにちは。


「え、ええ。こんにちは」


 第一村人を発見したので俺は天使のような笑顔で挨拶をした。第一村人は若い娘だ。攻略組の連中はいかにも怪しい雰囲気を醸し出しているので警戒されては敵わないと離れたところに置いてきて、レイトと二人で村の中に入っていた。攻略組には襲撃してきた三人組プレイヤーを見張らせている。


 ここはいい村ですね。のどかで、とても落ち着きます。ニコニコとしながら俺が言うと、第一村人はニカッと快活な笑顔を返してくれた。


「でしょう? 二人は……似てないけれど、兄妹か何か?」


 うふふ。ただの幼馴染です。彼が仕事で休暇をもらったって言うから、一緒に旅行しているんです。

 まるで湯水のように嘘を溢れさせる俺にレイトがドン引きしているが、それを無視して俺は村人の娘の警戒心が薄れた事を確認し、俺達に対しての良感情だけを増幅させた。

 初対面ということもあって、警戒心などがどうしても生まれるのでそれを相対的に薄める為である。ペロリと俺は唇を舐めた、チョロいぜ。


「チ、チノ。君は一体何がした……」


 シュバッとレイトの口を塞ぎ、俺は村人娘に問う。

 ところで、こちらにマルクスという魔法使いは来ていませんか? 私達知り合いなんです。彼とは長い付き合いで。

 俺がそう言うと、その名前を聞いてレイトは驚愕に目を見開き、村人娘はパアッと顔を輝かせた。対照的だが、何よりその反応は予想外である。あんな陰気野郎の事だ、評判は悪いと思っていた。




「マルクスさんは、まず私が盗賊に襲われていたところを助けてくれたんです」


 三人連れ立って村の中を歩く。長閑な景色がとても俺のスタイルに合っている。つまりほのぼのスローライフだ。それはともかく


「へぇ。そうなんですか、アイツがねぇ……。変わらないなぁ、そういうとこ」


 はにかみながら語り出した村人娘へ俺は相槌を打つ。気分は幼馴染の成長した姿を誇らしく思う……なんかそんな感じだ。つまり今の俺の表情は昔を懐かしみ優しく微笑むような、なんかそんな感じだ。

 横を歩くレイトは難しい顔をして黙っている。


「その後も、病気になった子を治療してくれたり、土砂崩れで埋まった人を魔法で助けてくれたり……もうほんと、色々助けてもらっているんです」


 ……なんか普通に良い奴じゃね? だが俺は自身に受けた屈辱を忘れていない。ゴブリンにミンチにされた時よりも辛い、虫さんによる俺の陵辱シーンは地上波放送禁止待った無しレベルだ。やはり許せない。

 俺は少しふっかけることにした。

 あのぉ、アイツって幻覚魔法が得意らしいんだよね。知ってた?


「……近所に重い病気で苦しんでいたお婆ちゃんがいたんだけど、マルクスさんが魔法をかけたら嘘のように元気になって。病気は治らないけど、苦しくないんだって。その時に使ったのは幻覚系の魔法だって言ってた」


 へぇ。怪しい魔法を使うんだねぇ、お婆ちゃんに何をしたんだろうねぇ。


「お婆ちゃんが喜んでて、それを見てマルクスさん、泣いてたんだよね。自分の魔法が役に立ったって。だから、多分悪い使い方はしてないよ」


 ふぅん。

 俺は外面はニコニコとしながら内心で悪態を吐く。くそが、何か責め辛いじゃないか。悪党なら悪党らしく居ろよ。ぐうぅ。

 ……まぁ、k子のクソが何か洗脳まがいの事をしていたのは間違いないから、その影響が無ければ悪い人間では無かったのかもしれないな。

 やはりプレイヤーは厄介だぜ。雑魚のくせに死なないもんだから、迷惑をかける能力だけは高めてやがる。


「チノ、俺は……」


 俺の耳に口を寄せて、レイトが弱々しく呟いた。顔を見ると、すっかり毒気の抜けたお人好しがそこにいる。俺は優しく微笑んだ。


「安心して下さい。私は、私にされた事を許すつもりはありませんから」


 俺が決意の言葉を口にしたと同時、プライベートチャンネルに書き込みがあった。



 23.ぽてぽち

 暇だよぉ。


 24.レッド

 まだか? ぺぺロンチーノ。


 25.ぽてぽち

 怪力ハングライダーが筋トレについて語り出してうざい



 まずいな、気まぐれな奴らが我慢できず動き出す可能性もある。これはパーティ専用掲示板だ。

 攻略組の連中とパーティを組んだのだ。その方が連絡を取りやすいし、なにより前回k子を逃した時のように情報漏洩する事もない。

 現状、ぽてぽちですらプライベートチャンネルを覗き見ることは出来ないらしい。他プレイヤーの視界までジャックする様な奴が出来ないのだ、その秘匿性は高いだろう。


「着きましたよ。ちょうど今なら家に居ると思いますけど」


 そうこう言っているうちに彼女の家に着いた様だ。どうやらこの娘と一緒に住んでいるらしい。犯罪的な年齢差だがもしかして手を出しているのだろうか、ロリコンめ。やはり害悪。


 扉を開けると、中には少し年を重ねたおじさんがいる。彼は村人娘に声をかけようとして、俺達の存在に気付き不思議そうな顔をした。

 ……このおじさんは知らない人だ。マルクスはどこだ?


「お父さん、彼女達はマルクスさんの知り合いなんですって」

「ああ、それはどうも。今彼は出かけていてね。もうじき帰ってくると思うが」


 ニコッと俺は普段通りの人畜無害な笑顔を浮かべた。

 こんにちは、初めまして。ご丁寧にありがとうございます。少し待たせてもらってもいいですか?


「ん? あ、ああ。大したおもてなしは出来ないが」


 ありがとうございます。……良い家ですね。

 俺はそう言いつつ家の中に失礼する。ジロリと怪しまれない様におじさんを見つめた。警戒心が高い……緊張している? 言葉ではそれを取り繕っている様に見える。

 娘がお茶でも用意すると少し離れた。

 おとうさん、突然押し掛けてすいません。私は、マルクスの……昔馴染みとでも言いましょうか? 私の横にいる彼もそうで、少し顔を見に寄っただけなんです。マルクスとは中々会えなくて。


 俺は寂しげな顔をしてそう言った。するとおじさんの緊張が少し解れたように感じる。くくく、俺の様な美少女が少し儚げにするだけで男ってやつは警戒心を解くのさ。

 しかし、引っ掛かる。俺の事を探っている様な、そんな違和感だ。いや、待てよ。そうか、もう一人……いるな?


「おじさん、騙されるな。そいつのそれは演技だ」


 ひょこりと、物陰から奇抜な髪色のガキが現れる。もはや髪色を説明するのも面倒くさい、言うまでもなくプレイヤーだ。多過ぎる。ゴキブリかコイツらは。

 チッと小さく俺は舌打ちをした。先程から黙っているレイトの位置を確認し、俺は素早くガキの肩を掴む。

 なんだ君も居たのか、演技だなんてひどいなぁ。おとうさんは私と初対面なんだから、そんな言い方されたら誤解されちゃうよ?

 コイツとも初対面だが俺は仲良さげにそう言った。


「くっ、ぶりっ子するな! おじさん! コイツは縛り付けておいた方がいい!」


 ベシッと俺を弾き飛ばすガキプレイヤー。コロリとおじさんの近くへ転がった俺は叩かれた肩を抑えながらウルウルと瞳を潤わせ、上目遣いで媚びた。

 おとうさん、私何もしてませんよね……? あの子は何でこんなひどい事をするのだろう……。

 おじさんは目に見えて狼狽えていた。オロオロとどうすれば良いのかと戸惑っている。するとお茶を持ってきた娘が戻ってきて、目をパチクリとしている。


「あれ? どうしたの?」


 あの子が私を殴ったの。俺はビシッとガキを指差して涙を流した。


「え? コラ! 喧嘩はダメだよ!」

「い、いや。違う。違うんですよ、コイツは……」


 何が違うと言うのかな? あー、痛いなぁ。俺がメソメソとしていると、レイトが急に玄関の方へ振り向いた。


「……来た、か」


 何が?

 ガチャリと扉が開く。新しく男が入ってきた。……猫背気味だった背筋はピンと伸び、不健康そうだった肌も健康的に焼けて、線の細かった身体も少しガッチリしたように見える。容貌は大分と変わったが、間違いない。マルクスだ。

 そして、レイトもはっきりと認識した様だ。かつて自身の国をめちゃくちゃにした原因の男を見て、心に憎悪が生まれる。

 彼は元々甘い男だ。理性が勝っている。恐らく事情を聞こうとしている。だが……。


 マルクスが開けたドア、そこから見える外の景色。いつの間にか家の近くに来ていたレッドがこちらに手をかざしている。


「俺を、覚えているか? 狂乱の魔導……」


 レイトに《感情抑制》スキルが飛ぶ。だが、効果は薄い。俺のスキルもそうだが、この世界の実力者にはあらゆる《力》が通用しにくくなる。最初の頃より成長しているレイトには、以前ほどの効果が見込めないと言う事だ。

 だが……。レッドがスキルの出力を上げた。俺は《扇動》スキルを任意発動。更に、感情増幅魔法を全力で注ぎ込む。


 これはきっかけだ。かつての自分を、思い出してもらおうではないか。


「マルクス……!」


 一瞬でレイトの瞳が狂戦士のそれに切り替わった。俺達がかつて彼に刷り込んだものを、簡単には振り払えない様だ。くくく、やれ! レイト!


「ほら! どう見ても悪の軍団じゃないか!」


 ガキプレイヤーが何事かを叫ぶと同時、レイトが素早く剣を抜いてマルクスに襲いかかった。その剣をマルクスは魔法障壁で何とか防ぎ、二人は衝突音を響かせて外へ飛び出していく。

 呆然とするおじさんと娘を放って俺も外へ飛び出した。後ろからガキプレイヤーが飛び掛かってきて共に地面を転がっていく。何しやがる!


「お前こそ! あの兄ちゃんに何したんだ!」


 背中を後押ししてやったんだよぉ〜……!

 地面を転がりながら取っ組み合いをしていると、突然ガキプレイヤーの首がコロリと落ちる。レッドだ。セーブポイントは?


「二人が張っている。恐らく、この村のプレイヤーは今ので最後だ」


 この村のね。

 俺はレイトとマルクスへ視線を戻す。何やら程々に距離を取って向かい合っていた。牽制し合っている。


「どうしても……お前を許せない! あの生き人形を持ち込み、人々の心を弄んだ! その結果ギルティアはどうなった!」


 吠えるレイト。

 生き人形? k子のことか?


「……すまないと思っている。あの時の私は、どうかしていた」

「それで許される事だとでも!?」


 しかし、レイトの奴まだまだ理性的だな。俺達の力ではもう、大した影響を受けないのかもしれない。


「思わない。だが、簡単に償える話ではない……この命をもってしても」


 何かに気付いたマルクスが目を伏せる。


「そうか、君は……。ふ、ここが、潮時かな」


 そう言って、完全に脱力した。まるで、全てを諦めた様に。レイトに対して命を差し出した。その顔はどこか満足気で……。よっしゃ、やれ。


「なんだよ! それは! 何一人で勝手に……!」


 しかしレイトは躊躇っている。悔しそうに顔を歪めて、怒りの行き先を見失っている様だった。

 一人で満足して完結している感が気に入らないらしい。恐らくレイトも俺と同じ事を思っていたのだろう。マルクスを、最後まで悪だと思いたかったのだ。


「マルクスさんっ!」


 事態をよく把握していない娘が飛び出してきて、マルクスに抱き着いた。強くレイトの方を睨んでマルクスをかばう様に両手を広げる。


「マルクスさんは良い人だよ! 昔何があったのかよく知らないけど、今の彼はっ! 私、何度も助けてもらって……!」


 語尾の方は涙混じりだ。彼女はマルクスの過去を知らない。それでも、今の彼を守りたいのだと、その顔は伝えてきた。


「お願い。私何も知らないの、せめて……何があったのか教えて欲しい」

「良いんだ、私はロクな人間ではない。殺されても、償えきれない罪を犯した」


 娘の肩を掴んで柔らかな笑みを浮かべるマルクスに、娘は涙をポロポロ零して胸に飛び込んだ。その二人の様子を見て、レイトの切っ先は緩やかに地面に落ちて行く。


「俺が追っていたのは、一体誰なんだ……俺の剣は……どこに」


 ……? よく分からない展開だ。俺はレイトの元へ歩いて行く。少し俯いていたので下から覗き込んだ。泣きそうな顔だ。顎を掴んでぐいっと上げた。

 おい、何日和ってやがる。なんかアイツ勝手に改心? してるけど、過去は消えないぞ。何故にあんな、女にケツ振りまくってる非モテ男に慈悲を与えようとしていやがる?


「チノ、しかし。彼は、あの時とは様子が違い過ぎる、まるで別人だ」


 男子三日会わざれば刮目して見よって奴だ。

 だが今、いくら良い奴になっていようが罪は消えん。罪は償わせる。当然の事だ、分かるな?

 痺れを切らしたレッドが腰の剣を抜いた。


「もういいペペロンチーノ。俺がやろう」


 ザッと、一歩踏みしめる。雑魚の癖に威圧感がすごい。レッドの異常性がその迫力を生み出しているのだ。

 突然レッドが背中に剣を回した。


 金属音が響く。レッドの剣が何処からか飛来した矢を弾いたのだ。


「くそっ!」


 様式美プレイヤーだ。銀髪赤目の女が弓をこちらに向けて構えていた。あの二人はどうやらヘマをしたらしい。その後ろからぽてぽちと怪力ハングライダーが追いかけてきている。

 それにしても、レッドの奴は背中に目がついてるのか? 後ろを振り返ることも無く剣を振るう姿は気持ち悪かった。


「ぽてぽちと《情報連携》により視界を共有したんだ」


 説明してくれた。よく分からないがぽてぽち視点があったから防げたらしい。すごいね。驚くのも束の間、ひゅんっと、レッドの投げたナイフが様式美プレイヤーに首に突き刺さる。ゴポリと血を吐いてぶっ倒れた。

 ええ……暗殺者みたいになってる……。俺はレッドの成長に驚愕した。ナイフを何処に隠していたのか。


「さて」


 その一言で場を緊張が支配する。レッドの剣は元々は俺がヒズミさんから貰った魔剣だ。見た目がなんかダークな感じのやつね。それに加えてレッドの放つ異様な気配、更に先程の投げナイフ。強そうな雰囲気を醸し出している。殺人を躊躇わないだろう、容易にそう思わせた。


「マルクス。俺と来い。そうすれば、お前の命を狙う事はやめてやろう」


 おい。急に何を言ってやがる。ゆっくりと距離を詰めながら突然そんな事を言い出したレッドに俺は慌てて声を掛ける。

 俺は以前のレッドの言葉を思い出した。確か精神耐性がどうこう言っていた。コイツ……プレイヤーの強化にマルクスを使うつもりだ。


「……君は、あの女と同じ匂いがする」


 娘をレッドから庇いながらマルクスは眼光を鋭くした。あの女とはk子の事だろうか。先程から奴を形容する言葉がたくさん出てくる。彼は自然と失った腕を摩り、レッドに対して警戒心を露わにする。

 ややこしいことになってきた。レイトも、突然でしゃばってきた赤い変人に戸惑っている。

 流れを読んでマルクスと娘を庇うために飛び出そうとしていたおじさんも、ウロウロと所在無さ気に困っている。

 ぽてぽちと怪力ハングライダーに至ってはその辺に座って談笑している。スポーツ観戦か。


「俺はお前を買っている。俺達が高みへ至る為の、礎となれ」


 なんかもう完全に悪役じゃねーか。俺は少し距離を取った。仲間だと思われたくない。


「……償わせては、もらえないのか?」

「償い? それはお前の自己満足だ。その娘も、あそこの男もそれを望んではいないだろう」


 レッドは娘を指差し、その次におじさんを指差した。何やら良いことを言っているように見えるが、この男にとって相手が過去に何をしたか等はどうでもいいことなのだ。自身にとって有益か否か、それしかない。



 53.ペペロンチーノ

 おいレッド。正直俺はそいつの魔法が嫌いだ。だから無力化したい。でもそんな方法は思いつかないから殺すしかない、そういう話だ。


 54.レッド

 ペペロンチーノ。彼の力は使える。お前も克服するチャンスだ


 55.ペペロンチーノ

 いやだ! 絶対いや! ぶっ殺すぞ!


 56.レッド

 お前が? 俺を?


 57.ペペロンチーノ

 舐めるなよ


 くるりとレッドが俺の方を向く。

 掲示板で牽制しあった俺達は睨み合った。


「ペペロンチーノ……お前は、弱点をそのままにしておくのか」


 あ? 何を偉そうに、何様だコラ。


「……ペペロンチーノ、人を殺す覚悟があるのか? 口では大きな事を言って、NPCの命を奪う事など自分には出来ない。それがお前の弱さだ。だから虫如きに狼狽えるんだ」


 虫如きだと? あんなキモい生き物と仲良くするくらいなら滅ぼしてやるね。

 それに、NPCって呼び方はおかしいって、以前言ったよな。この世界がゲームかどうかなんて俺にはどうでも良いが、少なくとも俺達プレイヤーなんかよりよっぽど現地人の方が生き物らしい。異物は俺達だ。

 それに、自分の手は汚したくないに決まってんだろ。こんな美少女には清廉潔白でいて欲しい。世界がそう、考えているんだよ。分かるか?


「日和ったのはお前だ。いつの間にか暗器を持ち歩くこともやめた、キレたナイフのようなお前はどこに行ったんだ」


 なんだよその、グレてたみたいだろ。恥ずかしい表現するな。んなもん、金もかかるしそもそも邪魔だし、感情操作魔法もあるから前ほど自衛の手段に乏しいわけじゃないんだよ。悪名も広まってるしな!

 あのなレッド、お前に他人の繊細な機微が分かるわけないだろ? その癖分析しようとしやがる。不向きな事に気付け。


「……ふん」


 んだよ。困ったら鼻鳴らしやがって、スカしてんじゃねーぞ。お前の強みは感情に乏しいところだ。俺に対して感情的になってる時点で勝てないんだよ。

 やれやれと俺は肩をすくめる。突然口喧嘩を始めた俺達に戸惑う周囲。いつの間にかマルクスの元へおじさんも居て、自身の娘とマルクスの二人をこの場から逃がそうとしていた。

 逃すかよ……。俺はおじさんに手をかざす。するとその俺の動きに反応したのは、騒動の中心マルクスであった。


「私以外の者には手を出すな……!」


 おじさんと娘、二人の前に立ち俺に身を晒すマルクス。しかし、正直俺には大した攻撃手段は無いので庇うほどでも無いのだが……。少し格好つけることにした。


「どけ、死にたいのか?」


 イキる俺に無表情を向けてくるレッド。ぽてぽちと怪力ハングライダーはクスクス笑っている。レイトは、俺に隠された力があるのか……的な期待と不安が混ざったような視線を浴びせてくる。

 攻略組の反応が何となく感じ悪い雰囲気を醸し出している、それがむしろ不気味さを演出しているのかマルクスは怖気付いたように顔を緊張させた。

 その反応が少し楽しくなった俺は更に調子に乗った。


「レイト、私はもう痺れを切らせたよ。ふん、出来ればこの力は使いたくなかったがな……あの親子には何の罪も無いのだから」


 びくっと身体を震わせる娘とおじさん。

 ククク、と。口角を上げて俺は一歩近付いた。


「やめろ……! お前達の目的は私だろう!?」


 そうとも。しかし、時には仕様のない事情というものがあるものだ。そう、しょうがない。残念だよ。

 ニヤニヤしながら俺は言う。そして困る、思ったより強者扱いされている。慣れていない扱いに俺は戸惑った。



 58.ぽてぽち

 ぺぺの奴、また粋がって引っ込みつかなくなってない?


 59.怪力ハングライダー

 どうすんだよこの空気



 ええいっやかましい! 走り出したら止まれねぇんだよ!


「チノ! 一体何をする気なんだ」


 複雑な気持ちを抱えたままのレイトが俺に向かって聞いてくるが、俺が聞きたい。どうする。どうすればいい。誰か俺をぶっ飛ばしてオチをつけてくれないだろうか。てかマルクスの奴が精神攻撃してきたら俺は……どうしよう。


「何を? 決まってるだろ。私は……俺は破滅の魔女だ」


 ゆっくりと両手を上げる俺。威嚇の際に身体を大きく見せるのは生き物に共通する本能的なものだ。

 見せてやる。俺は『迷狂惑乱界』を展開する準備をした。その時の事だった。


「ぐ、うおお! 『魔法結界・心侵恐慌界』!」


 追い詰められたマルクスは魔法結界を展開してしまったのだ。なんて事だ。やり過ぎた。

 直後に奴の中心から荒涼した大地が広がり、紫色の空が天を覆う。以前も苦しめられた魔法結界が周囲を染めていき、俺達は飲み込まれた。


「これはっ!」


 レイトの驚愕の声が響く。

 くそったれーっ! 苦し紛れに俺はヒズミさんの魔法を展開する事にした。


解放リリース・迷狂惑乱界!』


 荒廃した世界にヒビが入る。空間に入ったヒビは、広がり弾けてガラスを割るような音と共に魔法結界を吹き飛ばした。降り注ぐ魔力の残滓は宙に溶け、世界は元の姿を取り戻す。


「バ、バカな……私の、魔法結界が」


 愕然として、膝から崩れ落ちるマルクス。魔法結界と共に自信やプライドが砕け散ったかのようだ。彼の心を絶望が支配していた。


 両手を広げたまま、俺は天を仰いだ。


「無駄な抵抗はやめるんだな……」


 俺の脳裏をランスの言葉がよぎる。


『まぁ、お前には、アレがあるからこの助言は必要なさそうだがな』


 ヒズミさんって、やっぱ凄い人だったんだな。


 しかし、そのおかげで行き先不明の争いは延長戦に突入した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ