第5話 レッド
「話があるんだが」
久々の再会、挨拶の次に出る言葉がそれか。髪や目が赤いキャラメイクをしてレッドというアホみたいなネーミング。
βテスターには、変人が多い。その理由は定かでは無いが間違いない。おそらく何かしらの基準で選ばれたのだろう、その基準を満たせるような奴は大体頭の作りが常人とは違うのだ。
しかしコイツ、あの目撃情報から一ヶ月だぞ?まだ王都に居たのか、しかもこの様子……俺のセーブポイントを読んで張っていた?
「セーブポイントに選べる地点はある程度の範囲内だと一ヶ所だけだ。ならば、お前の選択したポイントも何となく絞ることができる」
気持ち悪い奴だ。だが、この男の恐ろしい所はこんなものではない……。顔は笑顔だが、コイツから感じ取れる感情はえらく乏しい。あんまり関わり合いになりたくないが、とりあえず逃げる事は難しいと見た俺は妥協案を出して交渉する。
「中央広場ってとこに、でかい噴水がある。その前で待っといてくれないか?用事を済ましたらすぐ行くからよ」
「分かった、場所は大体分かる。北側に立っておくぞ」
そう言うと踵を返して去って行くレッド、相変わらず話が早い奴だ。俺は喫茶店に向けて歩いていった。
三日後、俺が近所の子供とサッカーの様な遊びに興じていた時だ。何となく中央広場の方に遊びに行くことになったのだが、俺はレッドの事などすっかり忘れていた。
奴は噴水の前で立っていた。北側だ。まさかずっと待っていたのか?奴ならあり得る、そういう男だ。
「お、おいレッド、まさか今まで待ってたのか?」
肩や頭には葉っぱや埃や塵が乗っている。まるでこの位置で微動だにしていなかったかの様だ。もはや子供からは新しい遊具だと思われているのかジャングルジムよろしく登られたり、腕をあらぬ方向に曲げられたりしている。
ほっといたらいつまでもそうしていそうだし何より、さすがにいたたまれなくなった俺はレッドに話しかける、するとこの男はこちらを見てニヤリと口角を上げた。
「お前は気難しい奴だ、気分屋で天邪鬼。そんなお前と話をするためにはこうするのが一番だったからな」
ぐ、ぐう!確かに天使の様な心を持つ俺は、こんなに可哀想な姿を見せられては無視する事が出来ない。な、なんて奴だ。まるでゲームを攻略するかの様に間合いを詰めてくる。
この男は自分の目的を達成する為ならば、他人だけでなく自分ですら蔑ろにできる。
「最近、旧知の仲のプレイヤーが竜を飼っていると聞いてな」
なんとなく目的がわかったぞ。
俺達プレイヤーはこの世界ではまだまだ認知度が低い。つまりは経歴不明の不審人物だ、信用というものが無い。
個人間の交流による信用は得られていても、家柄や職種などという名の信用が必要な事は多い。つまりこの龍華王国で言えば、ペットであろうと竜を売買するのに信用が必要となる。
「端的に言えば、俺も竜が欲しいんだよ。ペットじゃなく騎竜をな」
つまり、俺が持つルートを介してコイツは竜を手に入れるつもりなのだ。だが、騎竜が欲しいとはいうが日本で拳銃を一般人が手に入れろって言ってるようなもんだぞ。
「ペペロンチーノ、お前ならば……可能だと思っている」
買い被りすぎだろ……。昔からコイツは俺に変な期待を寄せて来る。もうめんどくさくなってきたので、とりあえず知り合いに紹介する事にした。コイツにいつまでも粘着されては非常に鬱陶しいので、さっさと諦めてもらうに限る。
「は?無理に決まってんだろ、ペット竜ならともかく……軍用可能レベルのサイズになると一気に厳しくなるんだよ」
親切丁寧に説明して拒否してくれるのは、俺の愛竜オリーブを飼う際にお世話になった竜商人。トカゲ顔のスキンヘッドの強面おっさんだ。なんだかおっさんばかりとエンカウントしている気がする。
ハッキリとした拒絶を受けてもどうやらレッドは諦められないらしい、トカゲ親父に近付いて食い下がる。
「どうすれば、俺を信用してくれる?何でもやるぞ」
レッドの言葉には凄みがある。コイツなら死ねと言っても死ぬであろう、相対する者はそんな雰囲気を感じるらしい。トカゲ親父はそこそこ大きな規模の竜商人なので、様々な客を相手してきている。
色々と厄介な客も数え切れないくらい相手してきているだろう。しかし、今彼はレッドに気圧されていた。
「そう言われてもだな、こっちも商売なんだ。信用を失うような事は出来ない」
だが、彼にもプロとしての矜持がある。突然現れた不審者にポンポンと大事な商品を売るわけにはいかない。ましてや、この国において竜というのは特別な位置にあるのだ。
俺はトカゲ親父とレッドの二人を放って散歩に出る事にした。オリーブも一緒だ。ハッ、視線を感じる。
俺が視線のする方へ向くと、そこには一頭の竜がいた。ピンク色の綺麗な鱗に澄んだ瞳、大きさ的に軽トラック並みなので成竜だな。翼はない。
コイツは……どこかオリーブの面影を感じる。まさか?
「キュウゥ」
ピンク竜が喉を鳴らす、瞳からは慈愛の感情が溢れている。まさかあなたは、オリーブの?チラリと俺は視線をズラしてオリーブを見た。
興味がなさそうだ、反抗期か?
おい!オリーブ!お前の母親じゃないのか!?濁った瞳を正面から見つめて俺は叫ぶが、オリーブは俺すらも見ていない。母竜(多分)の足元近くに置かれた箱を見ている。母竜(断定)さんはどうやら食事中だった様だ。
コイツ……久しぶりに会う母より食い気を優先するというのか……?なんて奴だ、そんな風に育てた覚えはありません!
ペロリと俺の頰が舐められる。母竜だ。俺が振り向くと首を小さく横に振っている。愛だ、愛が伝わってくる。
(元気な姿を見れただけで、いいの)
これが母の愛か……。思わず涙が溢れてきた。スパンと俺はオリーブの頭を叩く。お前って奴は!お母さんと呼んであげなさい!
オリーブが頭をちょいと振ると俺は壁に叩きつけられた。ぐぅ……。DVだ……。しかし、オリーブに俺の気持ちは届いた様だな。
見つめ合うオリーブとその母竜。これは何となくだが、目で会話してるのかな?と俺が吐血しながら考えているとレッドとトカゲ親父が近付いてきた。
「色々あって、レッドを雇うことにしたぞ」
「ということだ、見てろペペロンチーノ。立派な竜を育ててみせる」
そ、そうですか。
急な展開に俺はそれしか答えられなかった。まぁいいか、放っとこう。
それからレッドの事を忘れた頃に、女王サトリが競竜の視察に行くというので俺はついて行った。競竜とは翼を持たない地竜種の竜で競馬の様にレースをして競い合い観客はその順位に金を賭けるお遊びだ。
竜同士の競い合いはどの競技でも迫力満点なのでとても人気があり、国内外から人が集まってくるので龍華では重要な興行である。
闘技場にも似た大きな建物の中で、大勢の観客に見守られながら竜達がスピードを競っている。地鳴りにも似た音を響かせながら十数体の竜達が走り回る姿は見ていて気持ちが良い。
「おい魔女、いつの間にそんなもの買ったんだ」
馬券ならぬ竜券を握りしめている俺にサトリが呆れた様に声を掛けてくる。なに、気になる竜がいたもので。
「む?あいつか?……落ち着いてはいるがそんなに速くはないな」
そう言ってサトリは首を傾げる。俺が買ったのはロールスターという名の付けられた特に何の変哲も無い竜の竜券だ。ほとんどの竜が目を血走らせて息荒く走る中、その竜は常に冷静な瞳で集団の中ほどをキープしている。
レースが終盤に差し掛かったところで事件が起きた、集団の先頭をキープしていた一頭の竜が転倒したのだ。そのまま後ろに付いていた竜達も巻き込まれて転倒していく。観客からは悲鳴の様な歓声が上がる。
その瓦解の影響は集団全体に広がっていく。だがほとんどの竜が転倒したりペースを乱したりする中、とある一頭だけが異なった動きをした。転倒している竜を少しの動きで回避していく、避けきれないと判断すれば飛んで回避する。
そしてあっという間に先頭に出るとそのまま一位で通過していった。あまりに読めなかった展開に観客達のざわめきはかなり大きくなる。
「良い動きをしていたな、しかもあれで新入りか」
横でサトリが感心した様に言う、俺も単勝で当てたのでニコニコだ。お?次のレースも始まるぞ、よーしどいつにしようかなぁ。
「ちょっとさっきのロールスター?だったか、見にいってみるか」
一応視察という名目なのでサトリの権限があればどこでも見に行ける。俺も自分を稼がせてくれた竜様にお礼を言いに行く事にしよう。そうして走り終わった竜達が待機するスペースへサトリと向かうと、息を切らしている竜達とそのブリーダーの人間がサトリに気付いて挨拶をしに群がってくる。
「ああ、お疲れ様。皆良い動きだった、それでどうだ?何頭かはケガをしている様子だったが」
サトリがその様に対応している中俺はキョロキョロと周りを見渡して、先程勝った竜を探す。見つけたと思った時、近くにどこかで見た様な赤髪を一緒に見つけてしまう。
「よし、よくやった。そうだ、勝利するためには余計な感情など要らない。全て削り、勝つ為だけに思考を使うんだ。まだ動揺が見えたぞ、それではいけない」
何だが不穏な事を言い聞かせている。一気に近付きたくなくなったのでその場から立ち去ることにした。だが奴からは逃げられない様だ。
ガッと肩を掴まれる。だ、誰だ!振り向くと赤い男が立っている。この俺がまるで反応できなかった。コイツのレベルは俺を凌駕しているのか?
「良いところにきたなペペロンチーノ。あの後ろにいるのは、女王サトリか?やはり、お前の人脈は侮れないな」
ニコッと笑いかけてくるレッド。ええい触るな!
「どうした魔女、知り合いだったのか?」
遅れてやってきたサトリに、レッドが前に進み出る。不思議そうな顔をする見た目少女の女王様にキャラメイクはイケメンのレッドが笑顔を見せる。
「初めまして、龍華の王サトリ殿。俺の名前はレッド、コイツと同じプレイヤーと言えば伝わりますか?」
プレイヤー、そう聞いてサトリの眉がピクリと動く。ちなみに俺と関わるうちにサトリはプレイヤーの存在を何となくだが知っている。
「プレイヤー、成る程……お前含めて何人か知っているが……」
チラリとこちらを見てくるサトリ。何だ?不穏な空気を感じる俺、サトリの瞳からは面白がっている様な感情が見える。
「私に対してこれほど好戦的な目をしてくる奴は他に一人しか知らんな」
ニヤリと口角を上げるレッド。何だコイツ。なんか企んでやがる。
「この国は、実力が物を言うらしいですね。力を示せば要求が通りやすいとも聞く……サトリ殿、俺は自分の騎竜が欲しい」
「つまり、この私に要求しているとそう捉えても良いのか?」
空気が一気に冷え込むのを感じる。周りにいた竜達も落ち着きをなくし、一部は地面に寝そべる個体もいる。ただ、ロールスターという竜だけが怖いくらい無感情に突っ立っていた。レッドの野郎は一体どんな教育をしているんだ……。
「俺は、プレイヤー最強とよばれている男だ。その実力、見せてやる」
「この国において、しかもこの私に対して……冗談では終わらんぞ」
サトリの瞳孔が爬虫類の様に鋭くなる。金眼が淡く稲妻を放ち、金髪が少し逆立っていく。
「場所を変えよう、広い場所の方が……本気が出せるだろう?」
不敵な笑みを浮かべるレッドが踵を返して歩いていく、その姿にサトリは少し楽しそうに口角を上げた。うーん、これは俺も付いていった方が良いのかなぁ。
というわけで、少し開けた場所に集まった俺達。向かい合うレッドとサトリから離れた位置で俺は適当な物に腰掛けて事の行方を見守っている。
レッドが腰の剣を抜いた、両刃の西洋剣だ。対してサトリは素手のまま立っている。彼女は武器を持たない、それを知ってか知らずか特に言及する事もなくレッドは剣を正眼に構えた。
「好きな時に始めると良い」
サトリが余裕たっぷりにそう言うと、フッと軽く笑ったレッドが一気に踏み込んだ。速い……まるで矢の様に突き進んで剣を振るう。その鋭さたるや、プレイヤー最強と自分で言うのも納得だ。
だが、何度も言うが俺達プレイヤーはこの世界において雑魚である。速いとか鋭いという俺の感想はプレイヤー基準であって、この世界基準なら多分大した事ない。
振るわれた剣が不可視の壁に阻まれる、接触面からは火花が飛び散りバチバチと花火の様な音を響かせる。サトリが指を振るった。
身体の芯まで響く様な轟音と共に雷がレッドの身体を貫く、その衝撃で胴体には穴が空き手足は根元から千切れた。え……グロい。
瞬殺だった。飛び散ったレッドの五体は光の粒子となって天に昇っていく。それを追いかける様に俺とサトリは空を仰ぐ。
「これで最強かぁ」
瞳孔も元に戻り、どこか不完全燃焼の様子のサトリがそう呟くのを聞きながら、俺はふふっと少し笑った。空はとても青く晴れていて、どこか清々しい気持ちにさせてくれた。
「ペペロンチーノ」
王都の一角で突然後ろから話しかけられる。レッドだ。バラバラになっていたがすっかり元に戻っていた。
「あれが雷竜王サトリか、良い経験になった」
え、一秒くらいしか対峙してないじゃん。
「この世界でもトップレベルの実力者の……全力ではないとは言えその力の一端を知れたんだ。おかげで分かった事もある」
満足気な顔をするレッドさんが、続ける。
「俺達は、どうやら数十年……、いや百年単位での育成を想定しなければならないという事だ」
どこまでもゲーマー思考だなぁこの人は。どうやらこの男はあのサトリレベルにまで上り詰める気の様だ。あれほどの領域まで俺達が何年かけても辿り着ける気がしないんですけど。
「実績スキルと継承スキル、まぁ後はレベルか。ある程度スキルを集めたら今みたいにポンポンとコンティニューするのをやめろと言う事だな」
まぁ、やりたい奴が勝手に頑張れば良い。俺は今を楽しくおかしく暮らせればそれで良いのだ。
「俺は、もしこの先俺に並ぶ……いや俺の上に立つ者がいるとすれば、それはお前だと思っている」
いやだから買い被りすぎだろ……普通はただのゲーマーだった奴が一年かそこらであんなに鋭く剣を振れない、そんなお前みたいな奴と一緒にしないで欲しいんですけど。
俺はまだ何か言いたそうなレッドを無視して歩き出す、それを流石に追いかけてくる様な事はなかったが最後にこう言った。
「お前は、俺達第一世代を差し置いて初めて実績スキルを解放した。それは、お前が思っている以上に重要な事だ」
何だか意味深な事を言って消えていったレッドだが、未だにあの竜商人の元で働いているらしい。本当に騎竜が手に入るまで粘るつもりだ。どれだけ竜が欲しいんだ、男の子って好きよねドラゴン。まぁ、たまには顔を出して冷やかしに行ってやるか。
俺はモモカさんの喫茶店でニコニコと珈琲を飲みながら、何だか今回は酷い目に合わなかったなぁとのんびり思った。
いや待て待て、何だかまるでいつも酷い目に合ってるみたいじゃないか。俺はなんて不幸なんだ。
「え、大体自業自得じゃない……?」
横でボソリと呟くラングレイの服に指で珈琲染みを作っておいた。