第48話 襲来する最悪のストーカー集団
緩やかな丘にまばらに家が建っている様な、そんな田舎の村。家畜が道を歩き、行き交う住人達は皆仲が良さげに談笑する。ほとんどが昔からの顔馴染みだ、都会にはない空気というものがこの村にはあった。
何の変哲も無いこの田舎村は、閉鎖的とは対照的で、来るもの拒まずといった具合に外からも人を招き入れていた。その人間の素性に深入りしない辺りが、世間知らずやお人好しと言えるが……それでも平和な村である。
その村の乳牛を育てている家に一人の男が最近転がり込んだという。なんでも隻腕で……どこかの戦場帰りでは無いかともっぱらの噂だ。
「マルクスさん、片腕では大変でしょう。私がやりますよ」
隻腕の彼は乳牛達に食べさせる餌を慣れない手つきで用意していて、見かねたその家の娘が慌てて手伝いにきた。
しかしそれを視線で止めて、彼は汗を垂らしながら笑顔を浮かべる。
「いや、やらせて欲しい。宿に食事、世話になり過ぎている」
「そんな、気にしないで」
娘は、齢18になるか。以前、村の者達と近くの町まで買い出しにいった帰りに盗賊に襲われた。その時、窮地を救ってくれたのが彼だ。
当時の彼は片腕を失ったばかりの重傷で更には宿に困っていたので、助けてもらったお礼に現在まで家に住まわせているのだ。
盗賊から助けてもらっていなければ、今頃自身はどうなっていたか……考えるだけで身震いする様な状況から救ってもらったのだ、家にしばらく住まわせるくらい、娘の親ですら気にもしていなかった。
だが、彼自身がずっと何もせず世話を見てもらうだけの生活が辛くなった様だ。腕の傷が落ち着くと、自ら家業の手伝いを申し出てきた。
「マルクスさん、随分と良い顔立ちになってきたねぇ。細かった腕も少ししっかりしたかい?」
夕飯時、娘の父が感心した様に彼を見て頷いた。マルクスは世話になっている家の仕事だけでなく、付き合いで他の家の仕事も手伝う様になり、そのおかげか猫背気味だった姿勢もしゃんと背筋が通る様になって筋肉もついた。
(人生を捧げてきた魔法、それが通じず自信を失ったが故に別事に気を割いていたが……これはこれで悪く無い)
以前は魔法の研究ばかりで室内に引きこもっていた。それとは対照的な今の生活も、意外と悪くない。
人生を捧げたと言っても、まだマルクスは四十にも届かぬ歳。働き盛りと言える。
「うんうん、私も思ってた。顔色も良くなったしね」
娘が自分の事のように喜んでマルクスの頬に触れる。なんだかそれが気恥ずかしくて、彼は顔を強張らせた。
嘘のように、平和な日々だった。
流石に若い娘と恋仲になりそうな空気はなかったが、その父も含めて彼女達はマルクスの事をまるで家族のように扱ってくれる。
昔病気で亡くなったという母親の代わりにはもちろんなれないが、居候として充分な関係を築けていた。
マルクスは、平和な日常を過ごしながらふと思い出す。
彼は女性経験が乏しかった。全くないとは言わないが、人生をほとんど魔法の研究に宛てたというのは伊達ではない。
なので、突如研究室に現れた美貌の女に目が奪われたのも……仕方がない事だったのだろう。しかし、その先の記憶がイマイチはっきりとしなかった。覚えているのは間違いないが、なんだか熱に浮かされていた様な……いやまさしくそうだったのだろう。
国を一つめちゃくちゃにした。もちろん、マルクスはその一因に過ぎないが。それを思い出すと苦いものが心に広がる。今更償えるものでもない。そして償えば許してもらえるような……自身は上等な人間だとも思っていない。
だからこそ、今この村での安寧の日々が、彼にとっての幸せだった。
ある日、村を歩いていると近所に住む一人の男が慌てて駆け寄ってくる。その男はキョロキョロと周りを見て、誰もいない事を確認すると小声でマルクスに話し掛ける。
「すまない、俺のせいだ。あんたの場所が、ヤツラにばれちまった。本当にすまない。逃げた方がいい、ヤツラが……ここに来る……!」
ヤツラ? 男はびくりと虚空を見てわなわなと震える。
「くっ、ダメだ。これ以上はいけない、許してくれ。あんたが何をしたのかはともかく、この村で接していて悪い気持ちは抱かなかった。だから、俺はあんたの味方になりたい」
必死だ、男は必死だった。何を言っているのかは要領を得ないがマルクスの身を本気で案じている事は伝わった。だが……どうしろというのか。彼にはこの村から逃げてどこに行くのか、想像すら出来なかった。
「ヤツラは必ずここに来る。逃げるんだ、どこか……遠くへ」
ザッ……。もう一人、男が現れた。先程からマルクスに逃げろと伝える男、彼と一緒に外から来た若者だ。そう、二人ともがマルクスと同じ様に外からこの村に来た者達だった。
新たに現れた男が暗い表情で口を開く。
「もうダメさ、『アイツら』からは逃げられない。ごめんな、おっさん。俺達だってさ、あんたを売りたかったわけじゃないんだ」
悲しそうに顔をうつむかせ、彼はそれだけ言って去っていった。残された男はマルクスから少し距離を取って、気まずそうに目を逸らした。
「許してくれ……」
それだけ言って、彼もマルクスの前から去っていった。一体……何が起きるというのか。それを、マルクスが知るのはもう少し先の話だ。
*
ザッザッザッザ。
レッド、怪力ハングライダー、ぽてぽち、ついでに若き龍華の騎士レイトを引き連れて山道を歩いていると、困惑した顔でレイトが俺に話しかけてきた。
「あの、チノ? 一体急に……何を? どこへ向かっているんだ?」
レイト坊ちゃん。私は、貴方のフラグを消化させてあげよう。そう思っているのですよ。
「そうだレイト。お前は最近雑念が混じっている。それは良くない、今一度原点に戻してやろうという話だ」
何故か偉そうにレッドがほざく。対照的に怪力ハングライダーはとても好意的な笑顔でレイトの身体を撫で回した。
「うん、いいよ。良い状態を保っているな。俺の言い付け通り、ちゃんとメニューをこなしているみたいだな」
いややっぱり何様なの? こいつら。この中で唯一レイトとは初対面のぽてぽちが興味深そうに俺達のやり取りを見守っている。
「えー、ペペロンチーノったら。このイケメンにツバつけてるのー? ぶりっ子しちゃってぇ、相変わらずちゃっかりしてるよねぇ」
なんだその舌足らずな喋り方は、ぶりっ子してんじゃねぇ。サトリを買収して無理矢理連れてきたレイトは、これを何かの任務だと思っているので疑問を持ちつつも大人しく付いてきていた。
その後も山道を歩いていると、ふと先頭を歩く俺の服をぽてぽちが掴んで止めた。うん? なんだよ。レイトが横に来て剣を構えた。なんだなんだ?
俺が足を止めた直後、目の前の地面に突然矢が突き刺さる。……襲撃か?
その矢を見て、レイトに続けて横に並んだレッドが腰の剣を抜く、怪力ハングライダーもファイティングポーズを取って警戒し始めた。
「……三人、かな」
ぽてぽちが小さく呟いて、俺が矢から目を離して顔を上げる。山道の先に二つの影があった。二人の男だ。
ひゅっ、と。風を切る音がしたと思えば横のレイトが剣を振るい矢を叩き落とした。どこかに狙撃手がいるな。
ぽてぽち、敵はどこだ。俺に問われたぽてぽちは横の大きな木の上を指差した。
「そこ」
チラリと上を見ると、確かに誰かがいる。高い、木の枝の上だ。弓をつがえている。……割と近いとこにいた。
「……気配が読み辛いな」
レイトが小さく呟いた。まぁそうだろうな。そう言って俺は頷く。コイツらは人間じゃないからなぁ……。
「攻略組、ここから先には行かせんぞ」
「俺達が、命をかけて止めてみせる」
前に立つ二人のプレイヤーが武器を構えた、片手剣と槍だ。剣の方は盾も持っていて、二人ともが中々様になった構えをしている。
レッドが駆けた。横の木をロックマンXの様な動きで登って木の上のプレイヤーに襲い掛かる。
「嘘ぉ! キモい!」
甲高い女の声が響き、レッドの振るった剣は弓を切り裂いた。女プレイヤーは辛うじて躱した様だが、バランスを崩して下に落下する。
よしっ! アイツは俺に任せろ! 他の二人は任せる! そう言って俺は草むらに突っ込んで落下したプレイヤーに襲い掛かる。死ねぃ!
「とらぁ!」
しかし寝転がった体勢からの蹴りを喰らいあっけなく俺は吹っ飛んだ。ゴロゴロと転がってすぐに立ち上がり石を握る。
ぐっ、雑魚風情が調子に乗りおって……。俺は死に損ないに悪態を吐く。目の前で銀髪赤目の少女が腰をさすりながら、震える足で木にもたれて立ち上がった。
「え、ちょっ。いったぁ……。死んぢゃうこれ」
銀髪赤目の少女キャラメイク、と言うことは……俺は確信を持った。このネカマ野郎がよぉ〜。俺がそう言うとネカマ野郎は心外だと言いたげに吠えた。
「お前がそれをいうか!?」
ふん。銀髪赤目だなんて没個性的なキャラメイクする奴と俺を一緒にするな。
「何を言うか! 様式美だよ! お前みたいな不人気キャラ筆頭緑髪メイクのが理解不能だ!」
き、貴様……! この俺のキャラメイクをバカにしたな!? しかも不人気キャラだと!? なめやがって……どう考えても魅力的な髪色だろうが! ちょっと光沢のある薄めの緑髪、至高の存在だ! お前みたいな様式美とかいう言い訳とは違うんだよ!
「様式美ってのが生まれるという事は、つまり一番良いって事なんだ! 数ある女体化モノでも黒髪か銀髪の圧倒的な人気を見ればわかるだろ!
あーあー! 出た出た! この変態野郎が! まさに今っここに緑髪の最強ヒロインがいるだろうが!
「えっ……本気で言ってる?」
死にたいらしいな。俺は石を構えた。
キャラメイクは性癖が出る、そこをいくら揉めても答えは出ない。勝ったほうが正義だ。異教徒は殺す。
しかし俺達の問答に飽きたレッドがあっさりと様式美プレイヤーを捕まえて連れて行ってしまった。見た目が完全に婦女暴行だが、そんなことを気にする男ではない。
大人しく付いていくと、残りの二人もあっさり捕まっていた。レイトの仕業だ、プレイヤーが現地人に勝てる道理はない。
「え? どうすればいいの?」
レイトは困っていた。なんだか俺達が知り合いなのに揉めてる感があるからだろう。知り合いと言うほどの関係ではない、種族が一緒なだけだ。
俺達に喧嘩を売ってきた不届き者どもを三人並べてから縛り付けて、俺はレッドに言う。このまま村まで連れて行き、セーブポイントを特定次第殺す。理由を聞くのはそれからだ。
プレイヤーと衝突した場合、まずは相手をぶっ殺してレベルをリセットさせるのが常套手段だ。それを説明するまでもなく分かっているレッドが静かに頷く。
俺は他の皆が静かに見守る中、ゆっくりと三人のプレイヤーの元へ向かっていく。右手に小さな皮袋を持って、ニコニコと近付いてくる俺が不気味だったのか三人で寄り添って後退りをする。
そんなビビるなよ。ちょっとお前らがいるとかさばるから、この中に入ってもらうだけだって。そう言って俺はゴウカの置いていった『アイテムボックス』を見せる。
な? 俺が同意を求めると後ろから疑問の声が。
「え? そういうのに生き物って入れれるの?」
プレイヤーは生き物じゃねぇんだよぉ〜。
でもちゃんと生き物だったらしく入れる事は出来なかった。ちっ。
ぺぺ「銀髪TS少女は可愛いが! テイルズならファラ! ギアスならc.c. ! マクロスならランカだろうが!」
※あくまでもぺぺさんの意見です。