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第46話 料理教室……?



「うん、そうなの。こっちに来てさ、私って何も取り柄ないから……けど、料理は出来たのね? 」


 何言ってるの、料理出来るなんてすごいよ! それなのに取り柄がないなんて、自分に失礼だよ?

 場所は調理台やコンロがいくつも並ぶ大きな部屋。つまりは料理教室だ。

 俺はその料理教室の先生をしている女プレイヤーと談笑をしていた。俺が素直に褒めると女プレイヤーは照れ臭そうにはにかんで、アップにしている長い髪からチョロリとはみ出たアホ毛をクルクルと無意識に弄る。


「えーいやぁ、ありがとう!だからさ、あっ、こっちの世界ってね、魔力とかそういう不思議パワーのせいで元の世界とは色んな法則が変わってきちゃうらしくて。料理もそうなの。でも、最近になってようやく元の世界と同じ様に料理が出来るようになってきたんだ」


 そうなんだー。魔力のせいで知識チートが出来なくて嘆いてるアホどもがいっぱいいたよねー。うふふ、と俺は掲示板で嘆いていた連中を思い出し嘲笑う。

 例えばマヨネーズだの腐葉土などを作ろうとしても、魔力……いや、界力ファルナか? とりあえず現実世界にはなかった不思議パワーがあらゆる法則に絡んでくるせいで俺達プレイヤーの知識はこの世界においてあまり役に立たないのだ。

 といっても、一足す一が二.五になるみたいな話なのでコツを掴むと話は別らしいが、まぁそういうのは俺には全く関係がない。


「あの、槍はちょっと。ここ料理教室なんで」

「これはな、俺の相棒なんだ。手放すなんて考えられねぇ」


 和気藹々としている俺たちから少し離れた所ではでっぷり腹が、こんな所にまで槍を持ち込むランスにクレームを入れている。

 余談だが、迷宮都市ではよく命を狙われているランスくん。当然のように武器を肌身離さず持つ癖があるのだが、どうやらその悪癖はTPOに応じて使い分ける事が出来ないらしい。クズめ。


 そんな時。ガチャリと料理教室のドアが開かれた。


 ヌッと顔を出したのは、まずパンチの効いた短髪に鋭い眼光をグラサンで隠した男。派手なシャツとタイトなズボンをぴっちり気味に着こなし、脇にはセカンドバックを挟んでいる。

 その男が入ってきた後には、最初の男よりは若い五人程の似たようなイカツイ連中が続く。

 ゾロゾロと現れたその男達の醸し出す物々しい雰囲気と、単純に外見のカタギではない感じが料理教室を一転、ヤクザの事務所のように変えてしまう。


「こんにちわーっ。あれ? 新人さんですかぁ?」


 ギラリとグラサンをズラして挨拶をかましてくるパンチ男、その三白眼は軽く数人を殺してきた貫禄を俺に伝えてくる。威嚇してんのか? あ?

 俺はシンクの上に腰掛け、横に並んだランスは肩で槍をトントンと叩き、ペロリと唇を舐めた。

 おいでっぷり腹、コイツらが……つまりお前の言っていた事だな?


「いや言っていた事だなって。そもそも俺の話聞いてないじゃん」


 やかましい!

 ははーん。分かったぜ、コイツらみてぇなのが入り浸ってるせいで俺の様なか弱い他の客がやめちまったか入ってこれないわけだ。

 おい、迷惑なんだよ。人の捌き方はここでは教えてくんねーぞ? なっ、でっぷり腹ちゃん。


「いやいやそんな、兄さん。わてかてそんな迷惑かけたいわけじゃありませんがな。なぁ? お前ら」

「そうっスよ」

「アニキは純粋に料理を学びに来てるんだ、言い掛かりはよせ」


 困った様にでっぷり腹へ弁解をするパンチ男に対し、やはりこちらに喧嘩を売っているとしか思えないくらい威嚇してくる後ろの若いの。


「それに、周りを威圧しているのはわてらじゃのうて、『あの人』でしょうよ。お、ほら噂をすれば……」


 俺達と若いのが睨み合っていると、またまたガチャリとドアが開いて何者かが入ってきた。大男だ。獣耳を生やし、ゴリラと見間違うかのような体躯に服を着せた狼獣人。

 俺の五、六倍はありそうな体積の身体には大小様々な傷が刻まれていて、牙の覗く顔は幼子ならば必ず泣き喚くであろう強面で、瞳はギラギラと金に輝いている。


「チーッス。お? 新人か?」


 歩く度に地鳴りがするのではないかと錯覚させる威圧感。こらまたすげーのが来たな。おい、こいつは何もんだよ? でっぷり腹に俺は聞く。


「『十華仙』の『狂狼』ガインさんだよ」


 十華仙……あの千里眼の変態と同じサトリ直属の精鋭部隊か。何でそんな大物がここに……?


「ミタキちゃん、これ……お土産なんだけど」


 ガインとかいう狼獣人は照れ臭そうに料理教室の先生である……女プレイヤー・ミタキに何かを手渡した。

 液体の入った瓶? 俺はこそっと盗み見る。酒じゃねーか!


「あ、ありがとう……」


 ちょっと引き気味のミタキちゃんに、しかしガインは照れ臭そうに鼻頭を擦る。その照れ臭そうな顔は、まるでロリを見つけたロリコンの様に犯罪的だ。先程までイキッていた若いチンピラ達も思わず離れて目を合わせない様俯いている。

  パンチ頭の男がニコリと邪悪な笑みを浮かべて俺に言う。


「な? わてとちゃいますやろ?」


 いやお前も充分カタギの人間には辛いオーラ持ってるよ。カオスな空気に飲まれ始めた料理教室。だが女プレイヤーミタキは現実世界で高いスルースキルを培ってきた様で、戸惑いながらも早速料理を始めていく。


「はい、とりあえず今日は肉じゃがを作りたいと思いまーす」

「「はーい」」


 でっぷり腹と並んで俺は成り行きを見守る。コソコソと話しかけてきた。


「なぁ。頼むから余計なことはしないでくれよ。もう分かるだろ? この空気。ヤバくない?」


 ヤバい。エプロンつけた強面達が手を挙げて可愛らしく「はーい」とか言ってる時点でここを爆破させたいもん。

 それより、ランスのアホも参加しているのが気になる。何故槍を担いでいるのだろう。じゃがいもをポイっと宙へ投げた。ピュンっと風を切る音、空中で綺麗に等分されたじゃがいもがランスの手に持つ皿へボトボト落ちていく。

 ……アイツ、じゃがいもの芽はきちんと取ったのか?


「え? それよりあの槍って食材以外の物を絶対切ってるよね? 汚くない?」


 無駄に凄い技術を見せたランスは何故か得意げだ。狼獣人ガインは、何を下らないと言いたげに鼻で笑う。


「わー、すごい!」


 だが、ミタキがきゃっきゃっとはしゃいだその時、ガインの眼光が鋭く光る。咄嗟にじゃがいもを複数掴み宙へ投げるガイン。舞うじゃがいも、それを追う様に地を蹴った彼は腕を縦横無尽に振り回す……!

 着地後気付けば両手に持っていたボウルに切り裂かれたじゃがいも達が落ちてくる。真剣にじゃがいもの皮を剥くパンチ男の手下である若い連中が歓声を上げて拍手を送った。俺の横ででっぷり腹が頭を抱えている。


 ニヤリと、不敵な笑みでランスを見るガイン。それを宣戦布告とみなしたランスがペロリと唇を舐めた。面白れぇ。そう口が動いた様に見えた。突然始まった隠し芸大会にミタキは戸惑っている。


 次は玉ねぎだ。いくつもの玉ねぎを調理台の上に順に並べていくランス。並べ終わると、その前に立ち槍を掲げる。一息、ランスが強く呼吸して、目にも留まらぬ速さで槍を振るう。

 バラバラっと花を開く様にくし切りされていく玉ねぎ。どこか芸術を感じさせるその技に、ゴクリと若いの達が息を呑む。だがガインも負けていない。玉ねぎが大量に入った箱ごと宙へぶん投げた……! 雨のように降り注ぐ玉ねぎ、真下に立ちイカツイ外見に反した流麗さで切り裂いては調理台の上に並べていく。凄い、ライン工に向いているのではないか? 俺は思わず唸った。パンチ男は丁寧にじゃがいもを切っている。


 ミタキがついにキレた。


「食べ物を粗末にしないっ!」



 二人は叩き出された。

 残されたのは無駄に大量に切られた玉ねぎ達と、まだじゃがいもを切るパンチ男とそれを見守る若いの。でっぷり腹は困ったような顔で俺を見る。


「な? もう生徒はこの二人しかいないんだ」


 若いのは生徒じゃないんだね。散らばった玉ねぎの皮を拾いながら俺はぼんやり思う。何しに来たんだアイツら。

 切ってしまった物はしょうがないと、ミタキが鍋に玉ねぎを放り込んでいる。外からは何やら争っているような大きな音が響いていた。どうやら先程の二人が喧嘩をしているようだ。結局暴力でしか会話ができないとは、何というどうしようもない連中だろう。

 窓からひょっこりと顔を出すと、外は通行人を巻き込んだ大規模な戦闘となっており、地面は所々抉れて周囲の建物もかなり被害を受けていた。


 高速で地を駆けて四方八方から爪を振るうガインに、それを円の動きで受け流すランスは防戦一方に見えた。悔しげに顔を歪め、中々攻めに回れない様子。


 未だに恨みを持っている俺は懐から石を取り出してランスに向けてぶん投げる。はっはっは。死ねぇ!


「てめっ! ぺぺぇ!」


 妨害によりガインの攻撃を防ぎきれないランスに俺は高笑いを返す。あはは! バーカバーカ!


「あーあー。もう収拾つかないよこれ」


 もはや諦めの境地に至ったでっぷり腹が天を見上げた時、阿鼻叫喚の地獄絵図となりつつあった前の路地を突然沈黙が支配した。

 ガインが動きを止めて、ある方向を凝視する。いや、その場にいた通行人ですら同じ方向を見て硬直している。


 男が、一歩。大地を踏みしめる音が響く。まるで深夜の住宅街の様に静まり返った街を男が歩く。竜の如き鋭い瞳孔を細め、少し口角を上げてギョロリと騒ぎの中心であるランスとガインを睨みつけた。


「中々、楽しそうだな? 私も混ぜてもらえないか? ふっ……路上戦闘ストリートファイトは久々だよ」


 皆が硬直する中、真っ先に反応したのはランスだった。すぐに背を向けて俊敏な動きで逃げ出した。建物の壁を蹴り、屋根に登ると何処かへ走り去っていく……。


 ギラリと、新たに現れた男の瞳が強く光った。男は怒りに口を身体を震わせ、迸る殺気は脆弱な者の意識を奪い取る。


「軟弱千万……! 闘わずして背を向けるとは戦士の恥よ……!」


 男が地面を蹴ると、爆弾でも破裂したかの様に地面は爆ぜて男の身体を加速させた。建物の屋根に乗った男はランスの消えた方角へ向けて弾丸の様に駆けていく。あっという間に姿が見えなくなっていた。


「な、なに? 何なの? 誰あの人」


 まさかの急展開にでっぷり腹は戸惑っている。対して俺はと言うと、突如現れた男が見知った顔だったのでそちらに驚いている。なぜ、アイツがここに?


 その場にポツンと残されたガインが呆気に取られた様子で呟く。


「ご、ゴウカ様が何故ここに……」



 あー、モモカさんの所に戻ろうかな。お父さん来ましたよって。俺は面倒な事になったとため息を吐いた。







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