第45話 脱線ぺぺゴンチーノさん
あらすじ
回想にて、肉が食べたいぺぺさんは竜の巣に潜り込んで肉を奪おうとしています。
惨めな日々だった。
最初は素知らぬ顔で幼竜の横に並び、幼竜どもに齧られて絶命。気を取り直して服を脱ぎ捨て裸一貫で自然体に向かう。しかしまた絶命。
どうしたものかな。巣の近くをうろついていると、幼竜の一匹が脱皮しかけていることに気付く。……これだ。俺は天啓を得た。
数日耐えて、幼竜が脱皮し終わると同時にそれをかっぱらう。殺されかけるがなんとか逃げ出し、俺はその皮を着込んだ。
当然トカゲと俺では肉体の構造が違うので隙間にはあいつらの巣からパクった藁みたいなモノを詰める。
そして、完璧に完成した。竜の皮を着込んだ俺は仁王立ちする。
これこそペペゴンチーノ。俺は今ドラゴンの一員となったのだ。早速巣に潜り込んだ。
幼竜どもはまだ脳みそがちっこいのか、俺に対して一瞬違和感を感じる様だが、ぱっと見の印象とか匂いとかで騙されるのか先程みたいに噛み付いてくることはなくなった。バカめ。
あとは親竜だ、もしクレバーな奴ならば俺の完璧な変装もバレてしまうだろう。結論から言うとバレなかった。
所詮はトカゲよ。そしてついに俺の前に焼肉(?)が差し出される。長かった……! しかし横から飛び出た幼竜に奪われてしまう。
「き、きさまっ!」
思わず奪い取った幼竜に殴りかかるが一蹴される。いや、俺が甘かった。この世は弱肉強食、弱ければ何も得られない……!
それからは、あの手この手で肉を奪う。親竜が燃やしてすぐの段階で火傷を恐れず飛びついたり、他の幼竜が口を開けたその瞬間に掻っさらいすぐに口に入れたり。そうして手に入れた肉は、なんの下処理もされていないしただ表面を軽く炙ったようなクソ肉なのに……中々の充足感を俺に与えてくれた。
思わず溢れてくる涙を拭い、俺は更なる戦いへ身を投じた……。
そうやって日々過ごしていると、まるで自分が竜になったかのような感覚を覚える。些細なことや、メシを奪い合って喧嘩をする兄弟の様な……そんな錯覚だ。
いつのまにか俺は通じもしないのにベラベラと竜達に対して話しかけていて、自分でも気付かぬ間に竜達と意思疎通が取れるようになっていた。
やがて、幼竜達と俺は外で遊ぶ様になる。他の竜の住処に潜り込んで食料や何故か隠し持ってる光り物をパクったり、なんか高そうな宝石が肌に生えてる奴からむしり取ったり、喧嘩になった他の竜家族の寝ぐらを焼き払ったり……。
飽きてきたな……回想。
俺はテーブルに肘をつき、黄昏れた。珈琲を一口飲んで、沈黙と共に味わう。はぁ、もういいかな。
「え? ちょっと。なんでそう飽き性なの?」
あ? ウルセェぞメレンゲ。無駄に長い回想はダレるんだよ。ギャグ漫画だと浸りすぎってぶん殴られるわ。
「いや、確かにスキル解放まで話したけどさ。ここまできたらもうちょい話しなよ」
ええ? なんかその後はでけー竜になんかあいつらの街っぽいとこ連れてかれて、その話聞いたモモカさんとサトリに龍華に連れてこられたんだよ。
そんで地下牢に繋がれて、なんやかんやで今に至るわけだ。
雑に話し終えた俺から聞くのを諦めたのか、メレンゲはモモカさんの方を見る。
「なんか変なのが竜に紛れて問題行動ばかり起こすって、急遽呼ばれたんですよ。そしたら野生と化していたぺぺさんが居て、一応人の形をしてたので連れて帰ったわけです」
そうそう。まぁタケミカヅチとかにイタズラしたり、なんか龍神とか言うお偉いポジションの竜への献上品とかを頂いてたの。
酷いよね。それだけで牢に繋ぐんだもん。
「殺しても気付いたら生き返ってますから、苦肉の策ですよね」
ふふ。モモカさんだけはあの時から優しかったですね。くそ竜どもに引き裂きの刑にあってる時もこんな幼い子になんて酷いことをーって。
うふふと笑い合う俺とモモカさん。メレンゲはドン引きだ。
「プレイヤーの恥さらし……」
*
所変わって、俺はイケメン店主カトリの経営する喫茶店に来ていた。横には不本意ながらランスを連れている。天井でピーチクパーチク喧しかったからだ。こいつにはここの支払いをさせる。
「あれ、チノさん。久しぶりだね」
よっ。俺は気さくにカトリに挨拶をする。後ろからひょこりと現れたランスがジロジロと舐める様な目つきで見つめてくるのでその怪しさに思わず後退るカトリ。
「へぇ。龍華ではこんなヒョロイ優男が受けてんのかよ」
何てふてこい野郎だ。なんでこうお前はすぐに生意気な口を利くんだ? ええ? だからモモカさんにど突かれるんだよ。
「……いずれ姐さんを組み敷いてヒィヒィ言わせてやるぜ」
お前はどこへ向かってるの? その発言はただの変態だよ。しかしその台詞に反応したのはカトリだった。
「君が何者かは知らないけれど、やめておいた方がいい。今は落ち着いているけれど、昔はちょっかいを出して酷いことになる男がどれだけ居たか」
そんな時代が……多分モテないのはそのせいだな。そうか、龍華では力こそ全て。つまり、強過ぎる人間は色んな意味でハードルが高くなるのか、現実世界で例えるならば高学歴高収入かつ凄い権力者的なね。それはそれで良いという男もいるだろうが、そういう男はモモカさんのタイプではないのだろう。
それはともかくカトリ、私はDXゴージャスパフェを更に高い食材盛り盛りで頼む。支払いはこの男がするので。
「ふん。なぁあんた、ここって最悪時給いくらで雇ってくれる?」
そんな下らない会話はさておき、席に着いた俺は本題を切り出す。カトリ、幻覚魔法への対抗手段って何がある?
「幻覚系か精神系かぁ。竜契約は片方が正常ならそちらに解除してもらうという手が取れるんだけど……」
その話はもう済んでる。他にないの?
「同系統の魔法で対抗するかだね。幻覚にも色々あるから。五感のどれか一つに特化したものとか、複数同時に干渉するものとか。その時々によって対抗魔法は変わってくるんだよ」
思い返す限り、五感すべてやられていたような……。
「そういやマルクスとか言ってたな。そいつって、有名な魔法使いだぜ」
「マルクスですって!?」
ランスのその台詞を聞いて、ガターん! とその辺の椅子を吹っ飛ばすカトリ。なになに? 知り合い? 有名人なのか、あのカス野郎。
「ええ、ある筋では『狂乱の魔導師』という二つ名も持つ男です。現代の幻覚系魔法の使い手としては、最上級とも言えるでしょうね」
そ、そんな奴だったのか……。
俺はk子の謎の人脈に恐れおののく。さすがβテスターと言うべきか。でも次また会ったらぶん殴る。
「僕が知る限りでは、彼には並の魔法では対抗できないでしょう。魔法結界まで展開されたら……もはや更に強力な魔法結界を展開する事でしか対抗する術はないのかもしれません」
え? そんなに? なんか『ちんちんこうちょくかい』とかよく分からん下品な結界張ってたけど、あれそんなにやばい奴だったの?
「何そのストレートな下ネタ」
ランスがドン引きした様子で突っ込んでくる。俺は弁解する、決して俺の発想ではないと。だって、なんかそんな感じの事言ってたし。あれ? 『ちんちんぎょうこかい』だったかな?
しかしカトリは無視をした。
「でも、あのマルクスの幻覚魔法を受けてよく無事でいられましたね」
いやまぁ、正確には無事ではなかったんだけど……。そういえば、一人全く通用していない化け物がいたな。同じプレイヤーながら恐ろしい奴だ。やはり、マルクス攻略には奴も連れて行くしかないか。あんまし借りは作りたくないが。
「ぺぺ、魔法結界を阻害されると魔法使いには大きな隙ができる。だから、俺なんかは展開直後に攻撃を仕掛けて強引に解除させてそのまま仕留めるという手を取ることが多い」
得意げに話すランス。
「まぁ、お前には、アレがあるからこの助言は必要なさそうだがな」
アレ? 何言ってんだお前。
したり顔のランスにもったいぶってないで教えろと脇腹をつついていると、見たことのある奴が近くに座っていることに気付く。
でっぷりとしたお腹のおっさん……イケメン喫茶という変わった店を経営している奴だ。何やらため息混じりに軽食をつまんでいる。
俺はそそっと近くに擦り寄って肩を叩く。びくっと身体を震わせるでっぷり腹。俺を見て呆れたような息を吐く。
「び、びっくりさせないでくれよ、ペペロンチーノ。今君の相手をする気分じゃないんだ」
おいおいつれないねぇ。何悩んでる? 相談に乗るよ。そう言ってニコニコと天使のような笑顔で俺は小首を傾げた。でっぷり腹にブスブスと指を突き刺す。
一人で悩んでも事態は案外解決しない。必要なのは外の意見だ。ね? だから教えろってー。
「面倒ごとが増えた……」
誰が面倒ごとだ。でっぷり腹は俺を邪険に扱うが、やがて俺の粘着質な愛らしさに負けたのか話し出す。
「実は、新しい場所に店舗を構えたんだ。あ、この前のイケメン喫茶とは別のジャンルね? 料理教室的な奴さ」
料理、教室……?
「うん。そこでさ、俺は若奥様とか、そういうのが集まるのを期待していたわけなんだが……」
いや、皆まで言うな。
「え?」
直接見に行く。
「え?」
ランスがいつのまにか俺の横にいて、ニヤリと自身の槍を肩に担いだ。
「ほぉ、ぺぺよ。カチコミか?」
いや違うよ。お前って割と好戦的だよね。人が喧嘩してるとこ見るのとか好きでしょ。てかお前はどうでもいいんだよ。俺は今こいつで遊……いや違った、相談にのってんだよ。
「チノさん、もう話は良いのかい?」
うん、なんかちょっと方針を考えるから遊んでくる。ありがと、カトリ。
「お土産話期待してますよ。チノさんは有名な魔法使いとよく出会うようですから楽しみにしてます」
こいつって魔法使いフリークなのかな?ヒズミが暴れた時も興奮してたし、サインとかもらってたし。
「え? うちに来る話になってる。ちょっと待って」
さぁ行くぞ! おら! 早よしろ!
ゲシゲシとでっぷり腹をせっつきながら俺はその場を後にした。
「すぐ脱線するなアイツ……」
後ろからランスの呆れた声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。




