第42話 たった一つだけ出来る事
老人は立ち上がり、その辺にあったテーブルの上に紅茶と茶菓子を用意してくれた。その後、机の横に置いてあった装飾の少ない剣を手に取って鞘から抜いてみせた。使い込んだ鈍い鉛色の刃が、それでいて上品な輝きを見せる。
「デュランダル。これが私の相棒であり……人生だ」
そんなものを……こんな?
俺は恐る恐るといった様子で懐からボロボロのチラシを出す。
「ああ、広告代理店に頼んでみたんだが正解だったかな」
そことの契約はもうやめた方が良いと思いますよ。俺は真顔でそういってチラシに目を落とす。
ポップな文字と絵、いまいちよく分からない宣伝文句……これで釣られる奴はアホだと思う。
「それでじいさん、最期の望みとは?」
勝手に置いてある椅子に座り込んだランスがくつろぎながらそう聞いた。モモカさんは所在無さげにぼんやりと立っている。
俺達も座りましょうよ。お、いいとこにソファーが。ほら一緒に座りましょうとソファーを引きずってテーブルの前に置きドカリと座り込む。
「ああ、そうだな。まずは、何から話そうか……」
あれは、もう何十年も前になるか……老人はそう切り出した。横に来たランスが耳打ちして来る。
「あそこに飾ってある槍もくれっかな?」
ちょ、うるさい。黙ってろ。モモカさんがランスとは逆の耳で囁いてくる。
「このソファー、有名なブランドですよ」
そんなことどうでもいいですから!ほら!なんか回想に入ろうとしてますから大人しくしていましょうよ!
……この茶菓子、甘さは控えめだけど香りがとても紅茶と合うな。どこの店で買ったのだろうか?
「私は、ローラン。貧しい農村の生まれだった……。毎日食べるだけで精一杯で、たまに村人が狩ってきてくれた肉のお裾分けがたまらなくご馳走でな」
「ちょっとまってくれ」
老人が回想に入ったというのに割り込むランス。無粋な奴だ。しかし、なんとなく言いたい事は分かるので俺は黙って成り行きを見守る。
「あんたの生まれから入るのか?もっとこう、進んだところで頼む」
俺も思った。何歳かは知らないが、飛ばしてくれないと多分、集中力がもたない。紅茶を優雅に飲みながら俺は茶菓子を口にした。
紅茶か。なるほどな、悪くない。紅茶の淹れ方を覚えるのも良いかもな。どこか良い店はあるかなぁ?
「むっ、そうか。年寄りになると、そういう気遣いが足りなくなるな……。そうだな、なんやかんやで迷宮都市に来た。そこから話そうか———」
*
私は最初、ソロで迷宮に潜っていた。
端折ったが故郷を焼き払われ、少々荒れていたからな。他人とは上手く付き合えそうになかったんだ。
一人で出来ることなんて限られている。大した階層にも潜れず、その日暮らしが続いていた。
生活は乱れていて、食事も適当に迷宮へ潜っては魔物を狩って、帰って寝たらまた潜る。
そんな日々の中、彼女に出会った。いや、彼女達か。若い三人組のパーティが、当時の私を誘ってくれたのだ。
魔法使いの男ケルビム、斥候の女性アレンザ……そして私にとって最も特別な存在になる、同じ剣士であったオリヴィエだ。皆まだ当時の私と同じ十代で、血気盛んな歳頃だった。
ケルビムは大人しく、快活なアレンザに引っ張られていつも苦労していた。オリヴィエも……中々に粗野な気質でな、正直最初は男だと思ったくらいだよ。
アレンザとオリヴィエはとても強引で、捻くれていた私を無理に連れ出し探索を手伝わせた。嫌々だったが、回数を重ねるうち次第に私は自ら彼女達と行動を共にするようになっていく。
いつからか、心の奥に吹いていた荒涼な風が聞こえなくなっていた。まるで、草原に吹くどこか青臭い風に変わっていたんだ。
楽しかった。斥候のくせに迂闊なところがあるアレンザ、詠唱を噛むケルビム。猪突猛進で剣を振り回すオリヴィエ。自分で言うのもなんだが、戦闘面では私が支えているようなパーティだった。
独学だが、剣の才はあったようでね。大抵の強敵も、私の剣でなんとかできた。でも、その他の大事なものは全て彼女達が補ってくれたんだ。何かが欠けていた私に、食事の美味しさや何でもない会話と潤いを与えてくれる……私にとってとても大切な仲間だった。
やがて、多くの死線を乗り越えた私達は実力をつけてきた。ケルビムは詠唱を噛むことがなくなったし、アレンザは落ち着きを持って行動をするようになった。オリヴィエもアレンザもいつしか短かった髪を伸ばすようになってね。
驚くくらい綺麗になっていった。稼げる様になって食事の質が良くなったのもあるんだろう、痩せぎすだった身体も肉付きが良くなって……まぁ、とても女性的になっていったんだ。
その頃からか、もっと前からなのか。ケルビムがアレンザと恋仲になる頃に、私もオリヴィエと恋仲になっていた。
自信に満ち溢れていた私達はより深く迷宮に潜り、何度も危険な目にあった。それでも、何とか乗り越えられた、皆がいたから。
恋を知り、家庭を持っても良い年齢になった。それでも私達は迷宮に潜ることをやめなかった。
今でもそうだが、この街に来るものは皆が夢を見る。言葉にするのは難しい、形のない……あやふやなものだ。憧れと、言えば近いだろうか。私達はそんな呪いの様なものに蝕まれていたのだろう。
……私は、とある迷宮を踏破している。知っているかな?迷宮は踏破すると、役目を終えたかの様に消え去ってしまう。それは、とても名誉な事で、恥ずかしながらそれ以来私は少しだけ有名になった。
その迷宮の話だ。そこは、死霊の魔物が多く出る迷宮だった。周囲からも認められ始めていたパーティだった私達は、そこの踏破を目指して潜っていく。
私達は強かった。やがて、最深部まで辿り着いたんだ。初めてだった。私達は共に喜び合って、最後の戦いに臨んだ。
最深部には、特殊個体の魔物がいる。それを倒した時、迷宮は私達に褒美をくれる。
結論から言うと、私達は負けた。
まずはケルビムが倒れた。死霊系の……ゾンビの頂点の様な魔物は大きな身体と剣を持っていた。多くの手下を連れていて、私とオリヴィエで特殊個体を凌ぎ、何とか手下達の数を減らしていたが……特殊個体の剣と打ち合って私の剣が折れてしまった。
その時に、パーティ全体に隙が出来た。皆がいい奴だった。だから、私を庇うために動きが乱れてしまったんだ。
その隙を突かれ、特殊個体にケルビムが殺された。動揺したアレンザは手下の槍に貫かれ、私とオリヴィエだけが残された。
予備の剣を抜き、手下を全て殲滅したが……私達はもうその時には心も身体も限界を迎えていた。
死を覚悟した。特殊個体の魔物は死体を操る力を持っていて、ケルビムとアレンザの死体が私達の前に立ち塞がったんだ。
考えない様にしていた二人の死が、最悪の形で目の前に突き付けられた。私は、正直ここで皆と死ねるのならば悔いは無いとまで考えたよ。
ただ、オリヴィエは、違った。
迷宮では、時に不思議な魔道具を拾うことがある。その拾った中に、魔物を封じる結晶体の様な物があったんだ。
魔封石、と言うべきか。高度な封印術を内包した結晶だ、オリヴィエは……私が死を覚悟して動きを止めた時、おもむろにそれを取り出していた。
それを見た私が何かを思う前に、彼女は走り出していて、最後に……私の方を少し振り向いてからその魔封石を使った。
そこから先は、良く覚えていない。
残されたのはポツンと床に落ちた魔封石と、この『不朽の魔剣デュランダル』だけだった。
*
「その後の私は皆の後を追うこともできず、デュランダルを握ってがむしゃらに生きてきた。やがて『剣狼』ローランとまで言われる様になり、巨大な富も得て今に至る」
老人は寂しそうに最後をそう締めくくって話を終えた。無言で聞いていた俺とモモカさん。ランスは聞いていたのかいないのかよく分からないが部屋のものを物色していた。
重いな。重い話が飛び出てきたぞ。
「これが、その魔封石だ」
老人は、何やら大事そうに飾られていた宝石を見てそう言った。その宝石を飾り棚から取り出して、大事そうに握り込む。
「恐らくだが、この中には……あの時の魔物が封じられている」
なんとなく話が見えてきた。俺は困った様にモモカさんを見る。彼女は涙を零していた。
「うっ、うぅ……」
も、モモカさん。意外とそういうので泣ける人だったんですね。
「あの時から、ずっと今まで、心の中にまた荒涼な風が吹いている。恐らく、この風は……この魔封石の中にいるものを倒さない限り止むことはないのだろう」
つまり、あんたは今からそれを解放すると?
「話が早くて助かる。老いによる死が目前と迫るまで、勇気が出なかった。老いた身体で封印から解き放たれた奴を倒せる確証はない。だから……君達のような強者を求めたんだ」
もしも、あんたが負けた時の尻拭いをして欲しいと?
「……そうだな。情けない話だ、私を英雄だと憧れてくれている街の子供達に知られたら、どう思うかな」
さぁな、それは自分で確認すればいいんじゃない?
俺は紅茶を飲みきってテーブルに置いた。
「見届けてやる。俺達の役目はそれだけだ」
モモカさんが涙を拭いて立ち上がった。
「任せてください。もし万が一があったら私がそいつを灰燼に帰してやりますよ」
あの、モモカさん。私が格好つけたところだったんですけど。ほら、遠回しにローランさんの勝利を信じてるぜ的なさ?
「死霊系かぁー、あんまり高く売れねぇんだよな。そいつ武器持ってんだっけ?それ次第だな」
なんでこいつはすぐに金の話をするの?
俺はランスの分の紅茶とお菓子を引ったくる。
「ふふ……そうだな。君達の様な探索者にとって、壁なんて物はただ乗り越えるだけの存在だ。その前で立ち尽くしている私は、馬鹿者だよ」
ふん……。乗り越えるんじゃねぇ、壊していくのさ。あんたの未練、あんた自身が壊していこうぜ。
でも一応、なんだけど。この紅茶とお菓子どこで買いました?ほら、あの……もしね?口が聞けなくなってしまったら困るので……。
*
個人迷宮内の、キングカブトをぶっ倒した大きな広間が壁の向こうに現れた。書斎の様な部屋から直接でかい無機質な広間が続く様は何やら不思議な感覚を与えてくる。
俺は教えてもらった店の名前と場所の書かれたメモをいそいそと懐に仕舞いながら拳を握った。俺は焼けて短くなった髪とワンピースを震わせて叫ぶ。
ローラン……!
「ケルビム、アレンザ……オリヴィエ。何十年もの時を経て、ようやくお前達と向き合う事が出来そうだ」
広間の中心に行き(キングカブトはモモカさんが端っこに片付けた)、魔封石を懐かしむ様に見つめてローラン老人は苦笑した。その足は、どこか震えて見えたが気のせいだろう。
「解放」
ガラスの割れる様な音が響いた。ローランから少し離れた位置に、瘴気の様なモヤが立ち込める。
その中に、何かの影があった。大きい影だ。巨大な剣を持つ、骨に腐った筋肉をつけた黒い血液を流す醜悪な魔物。
そして……
「久しぶり、だな。皆」
そのデカゾンビを守る様にして立つ三つの人影。古びた装備と、元の姿も分からぬ程に崩れた身体のゾンビ達。
ローランから、懐古の感情が流れ込んできた。ほんの少しの寂しさを滲ませて、その感情は覚悟へと変わっていく。
かつてないシリアス展開に横で口笛を吹いているランスが無性に腹立つ。こいつには情というものが無いのか。
横で小石をお手玉して真剣な瞳をしているモモカさんもなんか怖いが。モモカさんの投石は人の身体をいとも容易く破壊する。
「許してくれ、今までお前達を解放できなかった私を。そして、すぐに私も後を追う……!」
戦闘が始まった。デカゾンビの膂力は凄まじい。しかしどこか力任せな動きなので、単体ならば大した相手では無い様に見える。俺には到底倒せそうに無いが。
問題はその取り巻きだ。手下ゾンビの一人が魔法を使う、火の壁が生まれてローランの動きを制限した。すかさず距離を詰めた剣士らしきゾンビが鋭い剣技を持って肉薄する。
ローランはそれを受け流し、半身横にズレた。すると剣士ゾンビが跳躍し直後にデカゾンビの大剣がローランの目の前に叩きつけられる。風の魔法がつむじ風を起こしてローランの体勢を崩した、直後に上から小柄なゾンビが両手で短剣を振り下ろしながら落下してくる。
「さらばだ、アレンザ……!」
ローランは崩れた姿勢のまま強引に身体を動かして、その手に持ったデュランダルを二つの短剣の間に滑り込ませて少し捻る。
短剣の軌道を逸らした勢いでそのまま小柄ゾンビの首を断ち切った。しかし止まる事なく、飛来する炎弾の魔法を火の壁に突っ込みながらも大きく回避する。
着ていたマントを焦がしながら火の壁を突き抜けると、その先には大剣を振りかぶるデカゾンビが。真っ向からデュランダルをぶつけ、刀身を滑らせて地面に受け流す。
ローランが突き抜けた火の壁から剣士ゾンビが追いかけてきたが、そのゾンビから振るわれた剣をスウェーでかわしてデュランダルを彼方へ放り投げる。
デュランダルは石の槍とすれ違い、魔法使いゾンビの顔面を貫いた。石の槍をローランは跳躍して躱したかと思いきや、それを足場にデカゾンビと剣士ゾンビから距離を取る。
息を切らしながら走り、デュランダルを回収する。一瞬、刺さったゾンビの顔を見てローランは口をきつく引き絞った。
「ケルビム。どうか安らかに」
そう呟いて、あと二体。ゴクリと俺は息を呑んだ。残った手下ゾンビを見つめるローランからは、懐古と悔恨。そして後悔。それらの感情が静かに伝わってくる。
キッと目つきを鋭くするローラン。覚悟は決まった、そう聞こえた気がした。
「行くぞっ!」
ローランは、老人だ。一瞬の攻防の中、既に息を切らし、汗を酷くかいて身体を震わせていた。だが、強い瞳は衰えていない。
剣士ゾンビは疾い。まるで刃の檻の様な剣撃……だが、ローランの積み重ねた経験は、とうにかつての仲間を超越していた。
キィィン。甲高い音と共に剣士ゾンビの剣が弾き飛ばされた。それは秒にも満たぬ時間の中。ローランは剣士ゾンビと見つめ合い……躊躇した。様々な感情をローランはその内に潜ませていた。何かが彼の決意を鈍らせる、しかしそれは人にとって大事なものなのだろう。しょうがない事だ、俺はそう思った。
それは秒にも満たぬ時間の中。ローランの勇気はその躊躇いを上回った。強い愛情と共に、デュランダルが振り下ろされる。
切断される首。既に顔なんてものが認識できる状態ではなかったのに、そのゾンビは笑っていた様な気すらした。
しかし、そこに至るまでの躊躇が、致命的な隙を生んでいた。
剣士ゾンビの身体をぶち抜いてデカゾンビの大剣がローランに迫る。
「ぐおっ!」
なんとか防御姿勢は取れたものの、デュランダルを握る手は大きく後ろに飛ばされ、辛うじて取りこぼすことは無かったがデカゾンビの蹴りがローランを跳ね飛ばした。
ゴム毬の様に地面を跳ねていくローランの身体、俺とモモカさんの喉から引き攣った様な悲鳴が出る。
横のランスがニヤリと笑った。勢いよく立ち上がり、壁に掛けてあった高そうな槍を掴んで飛び出した。
「借りるぜ爺さん!」
「待ってくれっ!」
ローランの声が大きく響いて、駆け出していたランスが思わずブレーキを掛けた。デカゾンビは、ランスを警戒して動きを止めている。
恐らく骨が何本か折れているのだろう。フラフラとした足で、デュランダルを杖にしながらローランは立っていた。ランスの方へ手のひらを見せて、静止させながら笑顔を作る。
「あとはコイツだけなんだ。やれる、やれるさ、やらせてくれ!」
口から血を垂らして、震える手で剣を構えた。まるで狼を連想させる構えだ。ランスがやれやれと溜息を吐いて槍を下ろす。戦闘態勢を解いたランスを見てデカゾンビの注意は、またローランへ戻る。
「最後だ。お前は最初で……最後だ」
剣狼ローラン。彼の物語。これは最後の戦いだ。同時に駆け出した二つの影、巨人に立ち向かうたった一振りの剣。
その剣は、バネの様に地面を飛んで、その巨人の喉笛を切り裂いた。
「無茶しすぎですよ、ローランさん」
あーあ、骨の一本や二本とかそういうレベルじゃないですよぉ。モモカさんは溜息混じりだ。まぁ、あそこで躊躇った爺さんが悪いわな。
全てが終わり、ボロボロのローランをモモカさんが応急手当てをしていた。俺はその手伝いだ。
ランスは、キングカブトを部位ごとに解体するのに忙しそうである。
「ふふ、ここで死んでしまおうとすら思っていたのに……どこか、いまは清々しい」
そうかい。そりゃ、人間ってのは過去を想い出にしていける生きもんだからな。まぁローラン爺よ、死に所を探すのもまた難しいもんだぜ。
知り合いに回復魔法使える奴いるけど、呼んでこようか?
「いや、この傷とはしっかり向き合っていきたい……デュランダルは、約束通り君達へ譲ろう。この剣は、決して朽ちぬ魔剣。どうか私の半身を連れて行って欲しい」
何でも斬れるんじゃないの?
「いや?ただ頑丈なだけな剣だが。……ああ、だからこそ斬る技量さえあれば斬れるだろうな」
へぇ。
俺はデュランダルを持ってみた。重いな。重い。壊れない魔剣か、でも俺が使っても俺が先に壊れるよな。
「ふふ……しかし、どうだろう。未練を果たし、半身を譲っても、尚まだ生きる気力が湧いてくる。新しい風が、吹いてきた」
ここが死に所じゃないんじゃない?まぁ、人間未練なく死ぬって無理だろうしね。まだやりたい事とかあるんだろう。
「そうか、そうなのかもしれないな。たしかに、後進の育成というのにも、興味が……」
「あら、寝ちゃいましたね」
流石に老体には厳しかったのだろう。少し笑みを浮かべて、静かにローランは寝息を立てていた。
帰りたいけど。これ、おいてったら死んじゃうかな?起きた時に食うもんとかあるのかな、と周りを見るが自分の部屋でも無いのでよくわからない。
「ぺぺさんって、天邪鬼ですよね」
突然モモカさんがニコニコとしながらそんなことを言ってくる。どういう事でしょう?俺は首を傾げた。
「破滅の魔女って、面白い異名ですよね。本当にそれを望む人には叶えさせてあげないんですから」
それだと望んでない人は破滅させてるみたいな口振りですが。いや違うんですよ、勝手に調子に乗って自滅していく奴が多いのですよ。
俺は自身に付けられた不名誉なあだ名を否定した。
「ローランさんが躊躇ったあの時、魔法を使いましたね」
モモカさんは確信を持って言ってくるが、俺は特に何も答えなかった。
「精神系魔法が得意でしたよね?」
ニコニコとしたモモカさんから顔を逸らし、俺はランスの方へ歩いていく。何だか気恥ずかしくなったのだ、別に大した事はしてないし。
強い意志を持った相手には俺の貧弱な感情操作魔法なんて大して通用しない。出来ると言ったら、精々……背中を押す事くらいだ。
すぐに横に並んできたモモカさんのしたり顔に何かを言いたかったが、言葉が出てこなかったのでやめておいた。