第41話 個人迷宮
強くなりたい。
夕焼けを前に、迷宮都市の街並みを高台から眼下に収めながらボソリと言った俺に答えるのは、横に立つ青い髪の男。
「強く……?急にどうした?」
俺は、いつもいつも上手くいかない。なんかこう、不思議な力でも働いているのかの如く、邪魔をされる。そんな気がする。
良い所までは行く。しかし、その先には届かない。
「……そうだなっ」
それは何故なのか考えていた……。俺はそう続ける。
ランスが目を瞑り少し下を向いた。笑いを堪えているようにも見えた。
「分かったのか?」
真剣な瞳で問うてくるランスに俺は頷いてみせる。
俺が弱いからだ。弱いから、強き力を持った者に奪われる、理不尽に……!
「……うん?」
そんな奴らに対抗する為の力がいる……。ギリっと俺は歯噛みした。グシャリと手に持ったチラシを握り潰してから開いてランスに見せる。
「……!これはっ!」
ああ……。俺は真剣な眼差しで頷いた。
そこにはこう書かれている。
『あの高名な魔剣デュランダル!』
でかでかと書かれた太文字の下に、可愛らしいタッチで一振りの剣が書かれている。さらにその下にはこう書いてあった。
『この世に斬れぬ物は無い!(噂)』
『魔剣デュランダルを手に入れたくばここに集え!』
雑な地図に記された赤点。どうやらそこにいけば、魔剣デュランダルが手に入るらしい。
「なんて胡散臭いんだ……!」
ああ。しかしその話が本当ならば
「ああ……っ!高く売れそうだな!」
ちげーよ!俺が使うの!
地面を何度も踏みしめて不機嫌を現す俺。その肩を強く掴んでランスは言う。
「まぁいいや、行くか!暇だし!」
決まりだぜ!
*
という事で、俺はランスとモモカさんを連れて目的地へ出発した。何故か迷宮都市をうろついていたモモカさんをパーティーに加えた一行は街中を歩き始めたところで早速問題にぶち当たった。
「おいぺぺ、なんだこの巨乳おチビは」
ランスが俺に対して、急に知り合いに話しかけてあまつさえそのまま旅の道連れにしてしかし自分に紹介しない事への不満の声を上げる。
言うまでもなくモモカさんの事だろう。俺はキレる。
なんだその無礼な口振りは!これでも前龍華王の娘さんだぞ!
「えっ、ちょっと待って、それってつまり何さ……い」
ビシィッ!と急に地面が割れた。
おお?地割れか、地震なんてなかったと思うけどな。ねぇモモカさん。
「そうですねぇ。一体急にどうしたんでしょう」
うふふと笑い合う俺達。ランスくんがニカッと笑った。
「よろしくモモカ姐さん!」
この男は人の強弱を測る能力が高い。しかしモモカさんは実力を隠す術に長けているので流石のランスくんも一目では気付けなかったようだ。
俺はそのモモカさんの意識迷彩を『乳房迷彩』と呼んでいるとか失礼な事を考えていると、モモカさんが通りすがりの人にぶつかってしまう。
「あっ、すいません」
トゲのついた鎧を着ていたその男は、モモカさんとぶつかった所のトゲがへし折れていることに気付き憤慨する。
「てめぇっ!何してくれやがんだ!」
トゲ鎧男の連れである傷だらけの頭を晒したスキンヘッドがモモカさんを見下ろし目を限界まで見開いて舌を出す。
「おいおい、メガチチ嬢ちゃぁん。やってくれたねぇ……」
なんてガラの悪い連中なんだ。
迷宮都市は龍華の落龍街並みにふざけた連中が多い。そもそも街中を何故トゲのついた鎧で歩き回っているのかが分からない。
困っているモモカさんの横に並んだランスくんがギラリと怪しく光る槍の刃先を見せて舌をペロリと出した。
「どうします姐御?殺しやすか?」
更に横に並んだ俺も石を片手でお手玉にしながらニヤニヤとした。よくぞ喧嘩を売ってくれたなぁクソどもぉ……良い棺桶屋を知ってたら今の内に教えてくれなぁ。
「ほぉ〜堕落コンビィ……!オメーラの連れかよ?だったら、尚更退けないねぇ」
トゲ鎧が背中に括り付けてあったモーニングスターを構える。スキンヘッドも両手に短剣を持ちぷらぷらと脱力した構えでこちらを威嚇してくる。
「ぺぺ、お前は後方から奴等に妨害魔法だ」
ランスが槍を腰に構える。ランスの言う妨害魔法とは、俺の感情操作魔法の事だ。雑に言えば戦闘中に感情を刺激されると鬱陶しいらしい。
「堕天には精神系魔法が効く、俺が奴の気を引こう」
スキンヘッドが聞き捨てならない台詞を吐いてこちらへ向けて駆け出す。ちょっと待ってなんで知ってるの?
同時に天高く舞い上がったトゲ鎧男のモーニングスターはまるで新体操のリボンの様に鎖が伸びて、その先についたトゲ付き鉄球が空を踊る。
「魔弾流星・煌めき」
まるで隕石の如く、赤熱した魔力を帯びた鉄球が落ちてくる。伸びた鎖をトゲ鎧が少し弄ると、まるでナックルボールやサッカーの無回転シュートの様に鉄球の輪郭がブレて、まるで流星雨の如き残像を見せた。
しかし腰だめに構えたランスの口角は余裕と愉悦を見せつけるかのように上がる。
「爆閃突・礫」
高速の連続突き、しかもその全てが暴風の如き魔力を帯びて驚異的な威力を誇っている。それを確認する頃には俺の目の前に現れたスキンヘッドが小さく詠唱していた。
それに対して俺は《迷狂惑乱界》を展開しようとする。胸元に突っ込んだ腕を優しくモモカさんに掴まれ、彼女は空いた手でスキンヘッドを優しく撫でた。
かと思えば、次の瞬間には空から降り落ちる鉄球を掴み止めていて、逆の手の中にはランスの槍が収まっている。
撫でられて地面に沈んだスキンヘッドが呻く。
「今日はこの辺にしといてやんよ……!」
スタッと地面に降りたトゲ鎧がぺこりと頭を下げた。
「しゃーす」
槍から手を放したランスが溜息一つで苦笑する。
「まぁ、俺達も悪かったな」
そうだね。
そもそもがぶつかってしまったモモカさんとトゲ鎧にある。その二人に争う意思はなさそうなので和解した俺達は手を振りあって解散した。
「ぺぺさんの周りはこんな事にしかならないんですか?」
モモカさんが呆れ顔でそんな事を言ってくるが、俺はとんでもないと首を振る。そして横の男を指差してはっきりと事実を述べた。
発端はですね、この男は私がとある事情で困り果てているところにつけ込んで金稼ぎの道具にしようとしたのです。
「はぁ」
割とどうでも良さそうな相槌を打つモモカさん。俺は続けた。
それ以来、付きまとわれ、挙げ句の果てには周りの連中からこの男と同類という認識をされてしまう……。
その結果、多方から恨みを買っているこの男に巻き込まれて、先程の様な事になります。
「へぇ……ランスさん?でしたっけ、こんなこと言ってますけど?」
なるほど、俺からの発言では偏った情報しか手に入らないと考えたモモカさんはランスの意見も聞こうとしている。
対してランスは、ニヤリと楽しそうに顔を歪めた。
「姐さん、知ってますか?コイツはこの街で『堕天』とかいうアホみたいな名前で呼ばれているんですよ。それと言うのもね、この街に来た当初のコイツはそれはもう……大人しくてね」
「あら、珍しい」
珍しいとは何ですか。口に手を当てて大袈裟に驚いて見せるモモカさん。
「最初は、教会かどこかで勝手に懺悔室みたいなのを開いてまして、それがまた物珍しさもあってウケましてね。『天使』とか呼ばれ始めたんですよ。見た目は悪くないし」
ここで一度ブフッと吹き出すランス。俺は青筋を立てて蹴りを入れる。
「客が増えてくるとね、やがてお布施をねだる様になってきたんです。しかもその額は日に日に増していく。そしてある時、とある事件が発生したんですよ」
俺は思い出した。そんな事もあったな、と。懐かしい気分だ。
「とある冒険者パーティが三角関係を拗らせた痴話喧嘩の末に流血沙汰にまでなりまして。最初はただの痴情のもつれだと思われていたんですが、何やら話を聞いているうちに……三人ともがコイツの懺悔室の利用者だった事が判明したんです。少し前から、懺悔と言うより相談室みたいになってましたからね」
ああ。とモモカさんがそこまで聞いて納得した様な相槌を打つ。流石に俺との付き合いが長くなってきた彼女だ、この先の展開が読めたのだろう。
俺は気恥ずかしくなってポリポリと頰を掻く。
「三人の証言をまとめていくと、懺悔室の『天使』によるアドバイスや励ましによって事態が拗れる様に誘導されていた事がわかったんです」
あったあった。AとBがCを好きで、Cも薄々気付いていてどちらを選ぶべきか悩んでる的なね。確かAにもBにも攻めの姿勢で行かせて、Cには両方と上手く付き合える様に助言したんだったかな?大変だったぜ、デートの予定が被らない様に三人を誘導するのは。
「それが発覚して、調べてみると似たような事例が他にも湯水の様に溢れ出てきたんですよ。そこからは早かった。お布施の金額が上がっていったことや、人の心を弄ぶ様な行いから『堕ちてる天使』とか言われて……『堕天』の誕生というわけです」
いやだってさ、なんか人間関係の相談多かったからさ。俺は相手の望む事を、聞こえのいい事を言っていただけだしぃ。それをみんな俺のせいにしてさ、酷い街だよ。
俺の言葉一つでパーティ解散とか、不倫関係に発展とかするわけないじゃん?元々鬱憤溜めてたりとか願望を持ってたりとか……そいつら自身にそうなる素質があったんだよ。
「相変わらず人を悪い道に引き込むのが上手いんですねぇ」
モモカさん、なんだか聞こえの悪い言い方ですよ。
そんなこんなで俺の迷宮都市での初期エピソードを語っているうちに目的地に着いた様だ。目の前には謎の門……ダンジョンゲートだ。
「どうやらここみたいだが……。他にも何人かいるな」
胡散臭いチラシを見て集まった連中が、ゲートの前に立てられた札を見てザワザワとしている。俺達も人混みを押しのけながらそれを見た。
『魔剣デュランダルはこの先。試練を乗り越えて見せよ』
試練?
ダンジョンゲートをジロジロと見つめていたランスが感心した様な顔をしている。珍しい、どうした?
「これな、個人迷宮だぜ。所有するにはかなりの金がいる。そもそも魔剣デュランダルの持ち主は有名な探索者だ。……真実味を帯びてきたな」
個人ダンジョン?
ダンジョンなんて個人で所有してどうすんだよ。
「迷宮ってのは、ゲートに対して中は広いだろ。色々便利なんだよ。まっ、作れる魔道具は迷宮でしか見つからないらしいからかなり高値で取引されているし。何故だかこの街でしか使えないらしいが」
ランスからの説明を聞いていると、ペイっと何人かの探索者がゲートから吐き出された。身体はボロボロで、中で何があったのかが少し想像できてしまう。
「ふん、情けない奴らだ」
それを見て、俺達より先に来ていた連中がそんな事を言いながらゲートをくぐり姿を消した。数分後、ボロボロになって戻ってくる。
……一体中はどうなっているのだろう。
「面白くなってきたな」
「なんだかよく分からないままついてきましたけど、これ私も参加する空気ですか?」
いつまでもジッとしているわけにはいかない。俺達も早速入る事にした。俺を真ん中に、ランスから先に侵入する。
ゲートの青い膜を通り抜けると、目の前には石造りで出来た謎の部屋。そして巨大な石で出来たヒトガタの巨大な影。いわゆる、ゴーレム。突如現れたそのゴーレムは今まさに俺達に向けてその巨大な拳を振り下ろそうとしていた。
ぎゃああああ!思わず叫ぶ俺。
「螺旋突」
しかし横のランスは不敵な笑みを浮かべ、まるで壁の様に迫るゴーレムの拳に真っ向から槍をぶつけた。
回転する槍はまるで掘削機の様に拳を穿ち、螺旋の衝撃がゴーレムの腕を貫いて粉砕する。
石と石を擦り合う様な悲鳴をあげてゴーレムは仰け反った。腰だめに構えたランスが狙いを定める。
「爆閃突・穿」
よく見るランスの必殺技を、今回は槍を投げ飛ばして放った。一筋の残像を残して飛来していった槍がゴーレムの胸に突き刺さると同時にその周辺を吹き飛ばす。
「へぇー、ランスさんは中々やるんですねぇ」
後ろに続いていたモモカさんが呑気にそんな声を出すと、同時にゴーレムが力尽きて地面に崩れた。その身体は砂の様に解けていき、後には割れた大きい水晶の様な物が残される。
「久々に手応えのある相手だった。だが……」
ランスが槍を拾う。
「当然、試練ってのはこれで終わりじゃないみたいだぜ」
部屋の一部の壁が左右にスライドし、その先には石造りの通路が続いている。この先に、進め。そういうことか。
「なんだかワクワクしますね。こういうの」
ニコニコとして歩き出したモモカさんに慌ててついていき俺は思う。俺の出る幕はないな……。
ランスとモモカさんの後をトコトコ歩いていると、突然足元が沈んだ。えっ。直後に俺の頭上から天井が降ってくる。一度に俺百人は潰せるだろう。
「なるほど、罠もあるわけですか」
しかしそれを難なく受け止めるモモカさん。落下天井の有効射程外に立っているランスがキョロキョロと辺りを見渡して
「そこそこ数もあるな。こりゃ油断はできないぜ」
俺も真似してキョロキョロと周りを見るが全く分からない。なんで分かるの?いや、よく見ると壁に少し色の違う部分がある。
モモカさんが天井をぽいっと投げている横で俺はその色の変わった部分に近付き凝視する。スイッチか?刺激しない様に普通の壁に手をついて顔を近づけようとして、その手をついた場所が沈み込んだ。
ズドン!俺の眼前に鉄の矢が突き刺さる……。近くで様子を見ていたランスが槍で軌道を逸らしてくれたらしい。たらりと冷や汗が流れる。
「おいおい、危ないからウロチョロするなよ」
はい。大人しくモモカさんの背中に引っ付いて行動する事にした。
てかよ、入ってすぐに襲撃とか殺意満々の罠とか、出てきた奴らよく怪我だけで済んだな。
「いや、絶妙に手加減されてるぜ。ただお前に対してだけは全力で殺しにきてるな」
え?もしかして俺に恨みがある人が作ったのかな?恐ろしくなったので俺はランスの背中によじ登ってピタリと蝉の様にくっついた。死なば諸共だ。
「ちょっ、うぜえ」
しかしランスくんはステータスに物を言わせて貧弱な美少女である俺を思い切り吹き飛ばした。ゴロゴロと地面を転がる俺は罠に引っかかりまくる。
飛来する矢もしくは槍。俺の転がる速度に追いつかず地面に突き刺さっていく。続いて炎。俺のワンピースの裾を燃やした。思わず、ぎょえええ!と叫び、最後は落とし穴だ。落下先には見事に刃物がズラリと並んでいる。
と、すんでのところでランスの槍が飛んできて俺を壁に縫い付けた。
すぐに磔状態から助けてもらい、落ち着いたところで自分の全身を見る。
全身を埃塗れにし、ワンピースの裾は燃えてミニスカートみたいになっている。ついでに髪の毛も燃えたらしく、俺のキューティクルが自慢のミディアム緑髪さんは無残なショートカットに成り果てていた。
「ふふっ」
そんな俺を見て視線を逸らしながらも鼻で笑うランスに殺意を覚えたので、復讐を胸に誓いながらもモモカさんに泣きついた。
豊満な胸にダイブすると少し心が安らぐ……。
「あららぁ、こんな焦げ臭くなっちゃって」
流石にモモカさんは俺を慰めてくれた。頭を撫でるとパラパラと燃えた毛先が散っていく……。ひどい、あまりにひどい仕打ちだ。ランスがこの街の連中に嫌われている理由がよく分かる。
「なんかお前弱ってる?」
メソメソとしている俺に困惑気味なランス。何を言うか、髪は乙女の命だぞ。それをお前、こんな事になったらこうなるだろう。
ランスはモモカさんの方を見る。モモカさんは何か思い当たる事があるのか確信を持って言った。
「最近何だか、女々しくと言うか、女の子らしくなってますよね」
え……?
俺は驚愕する。いや、そんな……ええ?こんなもんじゃなかった?
「レッドさんなら何か分かるんですかねぇ」
モモカさんの中ではレッドはどんな存在なのだろうか?
それはともかくとして、とりあえず進む事にした。気を持ち直した俺が先導し、見事に罠を踏みまくるもんだから危険な道中だったが、ランスとモモカさんのポテンシャルの高さは異常だった。
通路の先から岩の大玉がゴロゴロ転がってきてもモモカさんの拳一発で粉砕され、刃物が大量に降り注ぐ罠もランスの槍さばきで全て落とされる。
これがボンクラーズだったならば最初のゴーレムで死亡。その先に行けても天井に潰されて死亡。奇跡が起きて進めても矢で死亡。更に更に奇跡が重なっても炎に焼かれて死んでいるだろう。
比較対象が悪過ぎたので、『武骨の刃』という四人組の連中と比較し直すと、通過できてもおそらく何倍……いや何十倍もの時間を要している事だろう。あの面子なら大玉が転がってきた時点でどうしようもないかもしれないが。
だが、その通路の先。大きな部屋に佇むとある魔物には、並の探索者レベルでは太刀打ちできないだろう。
『キイイィィ』
甲高い耳障りな鳴き声を出すデカイ謎の虫。硬そうな黒光りする甲殻が特徴の、カブト虫に似たツノを持つ虫さんだった。
カブト虫の手足をゴツくして立たせたような虫の魔物は、ガチガチと口を開閉して威嚇してくる。
ひょえっ。
「くくく、中々……やりがいのある奴がきたじゃないか」
自分の槍の腕に自信を持つランスがニヤニヤとしながら槍を構える。モモカさんの影に隠れて俺は声を張り上げる。
ランス!クソ虫を殺せ!気持ち悪いっ!
「コイツの素材は高く売れるからな、儲けだぜ」
ぼけーと様子を見るのに徹しているモモカさんの後ろは安全地帯だ。カブト虫が腕を振り下ろすと轟音とともに地面が弾け飛ぶ。
破片をベチベチとモモカさんは弾きながら解説をしてくれる。
「キングカブトですか。龍華では中々お目にかかれないんですよ、あんなデカくて目立つのは竜が殺しちゃうので」
「迷宮でも、そこそこ潜って特殊個体として出てくるような奴だ」
キングカブトの拳をひらりと避けたランスが余裕たっぷりに言う。特殊個体とは、一定の階層を潜ると先へ進む為の階段の前に居座っていたりするような……つまり階層ボスを指す。そいつを倒さないと先に進めないよ的な。
避けられて怒り狂った短気なカブトがブンブンと頭をパンクロッカーみたいに振り回す。まるで嵐、ただ闇雲に振り回すだけで周囲に破壊をもたらしていく。
このツノの一振りでおそらくプレイヤーは千人束になっても瞬殺されるだろう。その凶悪な一振りがモモカさんを襲う……!
しかしまるで蚊を払うようなモモカさんの裏拳で自慢のツノはポッキリと折れてしまった。立ち上がって怒りをあらわすデカいカブト虫、立って仰け反るもんだからお腹の気持ち悪い所が丸見えになる。
「ぺぺ。ちなみに言うとコイツのツノの一振りは城壁を一撃で破壊すると例えられる事もある」
あまりにあっさりと折られるもんだからフォローを入れるランス。謎の気遣いだ。だが容赦はしないらしい、カブトの頭の上に乗っているランスが槍を大きく振り上げた。
「爆閃突・穿」
カブトの頭部に思い切り突き刺さった槍は外殻を難なくブチ抜き、体内を破壊エネルギーが突き抜けていく。原理は良く分からんがとりあえずカブト虫は頭をぐちゃぐちゃにされて死んだ。
「コイツの外殻は魔力を通すと強度が増す、その硬さは竜の爪をも防ぎうると言われている」
ひょいと降りてきたランスの解説は続く。誰に説明しているのかは分からない。
「でもこれ、どうやって持って帰りましょうか」
モモカさんが困ったように自身の頬を撫でる。確かに、成竜に匹敵するデカさだ。このままでは無理だろう。つまり解体する事になるのだろうが……俺は二人から距離を取った。とてもじゃないが参加できそうにはない。
「へっ。それは、この迷宮の持ち主さんに聞くとしようぜ」
瞬きの間に、ボロボロになった石造りの部屋からもう少し小さい、まるで誰かが住んでいるような生活感のある部屋に移動していた。
壁に飾られた武器、大きな本棚、テーブル。書斎というのが近いだろうか、その奥の椅子に誰かが腰掛けている。
老人だ。静かにこちらを見つめている。
「素晴らしい実力だ。君達にならば、私の最期の望みを託せるかも知れない」
落ち着いた口調で、老人……彼は話し始めた。
「デュランダルは譲ろう。しかし、その前に私の話をどうか聞いてもらえないだろうか」
コクリとランスは頷いて言う。
「あのキングカブトも貰って帰っていいか?」