第39話 魔女は龍華に舞い戻る
ヒズミさーん。
ノックもなしに店の中に入ってきた俺に、ヒズミさんは冷たい視線を浴びせてきた。それを無視してズカズカと入り込み、カウンター近くに置かれていた椅子を引っ張り出して座り込む。頼みがあるんですよぉ〜。手をスリスリしながら俺は切り出した。
俺と嫉妬の魔女さんは犬猿の仲だが、俺はこの女の能力を評価している。心の中で魔女えもんと呼んでいるくらいだ。とりあえず何か不思議な道具が欲しくなったらこの女に頼る。
「チッ。……そういや、プレイヤーってのは変な奴しかいないんだな。……『傾国』。あれもお前達の仲間なんだろ」
仲間じゃないね、敵だよ敵。あの逆恨み女め、プレイヤーの面汚しだよ。
「『破滅』とか『傾国』とかロクな奴がいない」
『嫉妬』のあんたが何を言ってんだ。ってそんな事はどうでも良いのだよ。
俺はニコニコと人の良い笑顔でヒズミの肩を揉む。バシッと払われた。
「早く要件を言え」
いやぁ、それなんだけどぉ。なんかさ、精神攻撃に耐性がつく様な魔道具無い?いや友達に苦しんでる奴がいてね?
俺はそう言いながら、懐からブロマイドを束で取り出してカウンターの上にバサリと広げた。これで頼むよ。プレイヤー・Akeyraをランスと共に引っ捕まえて撮ったものだ。
「ふん」
しかし、鼻で笑ったショタコンヒズミはそれを払いのける。バサバサと床に落ちるブロマイド……。貴様、まさかもう別の男に目を付けたのか……?どうやら違った。
カウンターの引き出しからゴソゴソと何かを取り出すヒズミさん。それは俺が先程見せたものと全く同じ写真の束だった。
……あのクソ野郎、ランスめ。
ボッと、急にヒズミの手に持つ写真の束が燃え上がった。それから蛇の様な炎も飛び出して床に落ちた写真も燃やしていく。な、なんだなんだ?
ガタリと音がして、思わず音の聞こえた方を見る。なんと棚の影から、光るロープでグルグルと巻かれて簀巻き状態になったランスが転がり出てきた。
口には布を噛まされていて、ムームーと何かを話そうとしている。俺はすかさず駆け寄ってその布を取ってやった、数度咳をしてランスは口を開く。
「ヒズミさん。違うんだ、俺はコイツに頼まれたから仕方なく」
いやいやヒズミさん。コイツこそ悪の根源ですよ。ヒズミさんに売り付けて魔道具掻っ払って売り叩いてやろうとか言ってました。
「お前らは……」
静かにヒズミが言う。
「私を舐めてる」
ダッと俺は床を強く蹴り逃げ出した。
「あっ!てめぇ!」
後ろからランスの怒りの声が届くが無視。さらばだ。しかし棚の影から人形の腕の様な物が飛び出して来て俺を捕らえる。すかさず歯に仕込んだ毒で自害しようとするが、黒い触手が俺の口の中に入ってきてそれも叶わない。
モゴモゴと俺は抗議する。しかしモゴモゴとしか表現できないので全く伝わらない。
「精神攻撃……か」
ボソリと呟いたヒズミが不敵な笑みを浮かべて俺に向けて歩いてくる。
「モゴモゴぉ!(来るな貧乳)」
「なんか、すごいイラっときた」
ガシィっと。ヒズミが俺の頭を掴む。
俺はニコリと邪気の無い笑顔を浮かべ、慈悲を求める。だが相手は魔女。俺のその様子を見て喜ぶだけだった。
*
「こいレイト。十発、俺に入れれば今日の飯は奢ってやる」
「言いましたねラングレイさん。今日は焼肉ですよ」
龍華の兵達が日々過酷な訓練を行う訓練場で、闘技大会にて才能を見出された期待の新人が熟練の教官と手合わせを行なっている。
野次馬に冷やかされながらも、新人は食らいつき、七発、八発。あと少しの所で顎に木剣を喰らい、力尽きた。
「やれやれ、うかうかしてられないな。お前はいい竜騎士になれるぞー」
軍に入った当初は、瞳に暗い闇を宿らせてまるでナイフのように尖っていた新人も最近は瞳に輝きが増してきている。
いい兆候だ。ラングレイは内心でほっと息を吐く。教育を任された時は、少し心配になったが……根は良い奴なのだろうな。
休憩時間になり新人レイトは近くにあったベンチに一人で座った。背をもたらせ、天を仰ぎ息を吐く。
自分でも思う。一時期は復讐に囚われていた。国をめちゃくちゃにしたあの……『生き人形』を、今は亡きギルティアにもたらした魔導師。
そして、自分の不甲斐なさから……直接は関係の無い相手にも怒りを覚えるようになっていた。
しかし、自分の目は曇っていたと言える。強くなる事とは、他の全てを捨てることでは無……
「レイト坊ちゃん」
ぞわりと、背中に冷たいものが流れる。
いつのまにか背後に立っていた人物が後ろから囁いてきた。
この声は、まさか。
「あの、魔導師マルクスめをすんでのところで見逃しました。しかし、左腕だけは何とか奪う事は出来ましたよ」
かちゃりと小さな金属音がして、指輪がいくつかレイトの側に置かれた。ぼんやりと、記憶にあった。あの魔導師の付けていた、悪趣味な指輪だ。ゴテゴテとした骸骨をモチーフにしたソレは、やけに印象に残っている。
「ふっ、お前が許すと言うのなら……次こそは、俺が仕留めてやってもいい」
もう一つの声がした。後ろの小さな影の横に、レイトと背中合わせになって腕組みなんかをして男が立っていた。赤い、髪が特徴的だ。
更にレイトの横に上半身裸の男がドカリと座り込んだ、気安げにレイトの肩に手を回しこちらに笑顔を向けて来る。
*
「こらー!何やってんだお前らー!」
ちっ、逃げるぞ!
コソコソと龍華の訓練場に忍び込んだ俺とレッドと半裸男が、目当ての人物に接近していたところを見つかってしまう。
まだ説得が始まってすら無かったのだが、やましい事をし過ぎている俺達は怒られると逃げる癖がついているのでスタコラと逃げ出した。
ちくしょー……。
なんとか逃げおおせた俺は、石ころを蹴りながらぼやく。
何とかして、あの猫背男への対抗手段が作りたい。まずはレイトを更に鍛え上げて、猫背男の所在を明らかにして襲撃をかける計画だ。
だが早々に見つかるとは、流石に不審者二人を連れていては怪しかったか。方法を変えよう。
おい、汚い忍者。
『……何故、気付いた』
うわ、本当にいたよ。
俺は虚空に話しかけたのに返事があってビックリした。もしかしたら俺の事監視してるのかなぁっと冗談混じりに考えていたのだが、本当に監視されてた。
しかし好都合。
忍者さん、サトリに会いたいと伝えてくれませんかねぇ。ちょっと話があるもんで、げへへ。
『いつもみたいに押し掛ければいいだろ』
いやあの女結構フラフラしてんじゃん、国の運営的なの部下とかリトリに押し付けまくってんじゃん。
『龍華の王は力の象徴であれば良い。サトリ様はその点完璧とも言える。あの方が気まぐれに街を歩いているとなれば、迂闊なことはできないだろう?』
そうだな。俺は納得した。
ここは抜き身の刀を持った暴れん坊将軍が身分を隠そうともせずにぶらついているという恐ろしい国だった。
しかしだぞ、逆に考えてみろ。もしサトリを圧倒出来るような……それこそ嫉妬の魔女の様な奴が居て、そいつが街中でサトリをヤっちまったらこの国ちょっと大変じゃない?
『サトリ様を殺せる様な奴がフラフラと街中歩いていたら、もはや天災だ。諦めるしかない。……一応、十華仙の千里眼が監視しているらしいが』
十華仙。サトリ直属の特殊な兵隊さんだ。名前の通り、十人いるらしい。千里眼とかいう覗き魔もその一人だ。多分監視とか言ってるけど趣味が入ってる。
「なんかそういう集団ってカッコいいよな」
横で半裸男が同意を求めてくるので頷く。悔しいが分かる。四天王的なね。数の決まった集団ってなんかカッコいい。俺も攻略組とかじゃなく、そういうので呼ばれたい。三狂……?知らない子ですね……。
「俺達の攻略組、帰還組とか探索組という呼び方も悪くないと思うが」
珍しくレッドが人の趣味趣向の話に乗ってくる。何気にコイツは、戦隊物でリーダーは赤。だから赤はかっこいい。なので髪も名前も赤。
そういう価値観を持っていたりする。
『そういえばだが、最近はモモカ様と共に行動しているらしい』
忍者がふと思い出した様にそう言った。
なるほど。久しぶりの龍華だし、喫茶店に顔を出してみるとしようか。
そういうことで向かった先には、店長不在の張り紙が。しかし、鍵は空いていたので中を覗いてみる。
「いらっしゃい」
カウンターの奥でグラサンをつけた白い鳥男が歓迎してくれた。キュッキュッとグラスを拭いて、片付ける鳥男。
とりあえずプレイヤー三人組で中に入りカウンターに座る。
「ロックで」
「俺水割り」
「オレンジジュース」
少し待って、俺達の前にグラスが置かれる。カラン、と。レッドが氷を鳴らす。皆で一口、飲んで。ふぅ、と一息。
「あれは一週間前の事だ……」
もはやピヨという語尾を付けずに鳥男が聞いてもいないのに喋り出した。
「隣の通りに新しい店が出来たんだ……」
なんでも、その店は色々なタイプのイケメンを従業員として雇い揃えている飲食店だそうだ。イケメン達は様々な性格で、それぞれ特徴的な接客をしてくれるらしく、それがまた大繁盛しているとか。
他にも、何時間に一回か行われる寸劇の様な……胸がキュンと来るようなシチュエーションをイケメンと共に演じることが出来たり、一緒にツーショット写真を撮ってもらったり出来るらしい。その際のポージングも指定できる。
モモカさんはそこにどハマりしているのだそう。龍華はサトリやモモカさん、嫉妬の魔女ことヒズミなど、強い女性が多く台頭している国である。
そんなお強い女性が多い国で、女性をメインのターゲットに据えた接客サービスは意外と少ない。いや、そもそもこの武力こそ全てという脳筋国家で育った奴らのサービス業という概念は俺達とは異なる。
極端な話をすれば、問題が起きると殴り合いで解決する国なのだ。相手の機嫌や気分を過剰に伺うという考えは出てこない。
だから、こういう接客を売りにした店というのは外国から来た人間の発想だ。主には様々な国が一纏めになっているアルカディアとか。
しかし、俺は確信があった。
これはプレイヤーの発想である……と。間違いなく一枚噛んでいる。何故ならアルカディアの人間がわざわざ龍華まで来て新しいジャンルの商売を始める理由なんて無いからだ。
そもそもアルカディアの成り立ちからして、そこで育った人間が龍華の空気とソリが合うとは思えない。
「俺は悔しい!モモカさんは顔さえ良ければ何でもいいんだ!」
ポン、と。鳥男むーちゃんの肩に手を置いて、俺は優しく微笑んだ。
「そんなの最初の方で分かるだろ」
いや、それはまぁ置いとこう。笑顔で毒を吐く俺を涙目で見上げたむーちゃんに、真剣な表情を浮かべて俺は続ける。
「この俺様のシマで、許可無く商売を始めるのは気にいらねぇな……」
これは、一回挨拶しておかないとね?
*
「いらっしゃいませ。麗しきお嬢さん。……なんてことだ、君の髪はとても綺麗なんだね。清らかな緑が風に流れる様は、今まで見てきたどんな美術品をも霞ませる」
そ、そお?俺は来店早々に出迎えてくれた細身の金髪イケメンの柔らかいボイスにデレデレと髪を手櫛で梳く。
思わず、と言った様子で俺の髪を触ろうとして引っ込めるイケメン。
「あまりに魅力的なものだから、つい」
優しく微笑むイケメン。
ふ、ふん。騙されないんだから、会う人みんなにそう言ってるんでしょ。さりげなく席に案内されながらツンツンする俺に、しかしイケメンは気分を悪くした様子もなく俺の手にまるで壊れ物でも扱う様に触れて、いつの間にか引いていた椅子に腰掛ける様に誘導される。
座り込んでから、俺は踏ん反り返って足を組む。
この俺を懐柔できると思ったか?生憎と、男にちやほやされて喜ぶ趣味はねぇ。突然態度が悪くなった俺に、しかしイケメンは笑みを絶やさない。
「美しいものには棘がある。それは、何故か……美しいものには傷つけられたいと人は思うからさ」
柔らかな手つきに反して機敏な動きで俺の姿勢を正していくイケメン。不快さを与えない誠実なタッチに俺は逆らえず淑女の如き姿勢になる。
「君のはしたない姿は、二人きりの時に見せてほしいな」
ここに来てどこか淫靡さを感じさせる口振りに思わず顔が赤くなる。二人きりで会おうとも言えるその大胆な発言、こいつ……出来る。
「おい……女にばかり色目を使いやがって。男は眼中にないってかぁ?ああ?」
そんな俺とイケメンの寸劇を横で見ていた鳥の様なチンピラが急に絡んでくる。クリクリとした瞳をギョロギョロ動かして、腰を曲げながらも下から掬い上げる様にイケメンを睨み上げる。
オロオロとするイケメン。
「す、すいません。隣の花の輝きに埋もれて見つけることができなかったみたいで」
あくまでも女性を立てる徹底ぶり。
「アァ?俺は客だぞ?客は神様だってしらねぇのか?」
イキる鳥男。音も無く近付いた女性客の一人が背後から鳥男の耳元で囁く。
「死にてーのか?」
鳥男はギロチン台に立つ自分を錯覚した。ガクガクと膝が震え、今にも崩れ落ちそうだ。もう一人、客の女性が鳥男とイケメンの間に立ち、抉るように鳥男を睨みつける。
「……殺すぞ」
ボソッと呟かれたその言葉には鋭い刃の様な殺意が乗せられており、殺意に挟まれた鳥男はついに膝から崩れ落ちた。
「おい、その辺にしておけ。そいつは俺の連れだ」
俺は腕組みをしながら助け舟を出す。
女達の視線が俺に移った。目を逸らす俺。いや、見間違えでした。連れじゃないです。俺は鳥男とは無関係であると主張した。ニコリと女性達は笑顔を向けてくれるので笑顔を返す。
「み、見捨てやがった」
うるせーぞ謎の鳥男。ここは皆で楽しむ空気を作ってんだ。それを壊そうとするたぁ、許せる行為じゃない。
おもむろに立ち上がった俺は鳥男を蹴り飛ばした。うんうんと頷いている女性達が、満足気に去っていく。
ふーっ。額の汗を拭いながら俺は嘆息する。
「この裏切り者〜」
やかましい。あんなん命がいくつあっても足りんわ。
それはさておき、せっかくなので早速注文するとしよう。ふむ、普通の飲食店だな。とりあえずオムライスでも食べるとしよう。しかし高い、相場の三倍近いぞ。
すっかり大人しくなった鳥男と注文して待っていると、やがてオムライスが二つ届く。ちょっと筋肉質なワイルド系イケメンが俺の前に皿を置く。
そのまま勢いよくスプーンでオムライスをすくい取り、意外と優しい手つきで俺の頬を掴んで口を無理矢理開けさせると、そこにオムライスをこれまた優しい手つきでぶち込んでくる。
「へっ、さっさと食いな!……それとも、まだ俺に食べさせて欲しいのか?」
そう言って、いわゆる『あーん』を強要してくる。どんな需要だこれは。強引とかそういうレベルじゃねーぞ。
しかしオムライスに罪はないので仕方なしとばかりに俺は差し出されたスプーンを頬張る。
「あの、俺のは?」
モグモグとイケメンから餌付けされている俺の横で鳥男が寂し気にそう言った。すると、そちらを一瞥したワイルドイケメンさんが厨房らしき所に戻っていって、もう一枚皿を持ってくる。
そしてまた乱雑にテーブルに置くと、スプーンを投げ捨てる様な勢いでオムライスに突き刺した。
「はいどうぞ」
物凄くぶっきらぼうな態度だった。男には厳しい方針なの?これは、対応の差でより女性側に特別感を持たせるという高度な心理テクニックなのかもしれない。
そんな風に考えていると、何やらまた新しいイケメンがホール内を歩いていた。キャーキャーと他の女性客に話し掛けられると
「ちっ、うるさいんだよ、おめーら」
「キャンキャンよく鳴く豚じゃねーの」
とかひどい口振りだ。しかしそんな所が逆にウケているのかウットリしている女性も何人かいる。なんだこの店。
その冷血イケメンがちょうど通りかかった時、鳥男がうっかりスプーンを落としてしまった。俺にオムライスを食べさせているワイルドイケメンがチラリと一瞥して無視を決め込むのに対し、機敏な動きでそれを拾う者がいた。
「落としましたよお客さん。今すぐ変えてきますね」
ニコリと、気の良い笑顔を見せる冷血イケメンに鳥男がちょっとビックリしている。そして凄まじく早い動きで厨房に戻り新しいスプーンを持ってくると、鳥男の手を優しく掴んでその上にスプーンを置いた。
「ゆっくりしていってくださいね」
さっき豚とか言ってた奴が鳥には優しい。いや……俺は別の席へ移動する冷血イケメンを目線で追い掛ける。
「あいつ良い奴じゃん」
むーちゃんが機嫌をよくした顔でそう言った。冷血イケメンは、女性客には厳しい口調である一方、付き合いか面白がって来たのか分からないが数人だけ来ている男性客には物凄く愛想良く接客していた。
そのやり取りを見て、男には優しーいとキャーキャー言う女性客……。
だからどんな需要なんだよ?
不死プレで書けないことを思いついたので短編で書いてみたんです。
投稿してから、タイトルも中身もやべえなってなったんです。
実はむーちゃんの腕に筒がついてロック○ンみたいになったのはその短編の設定を思いついたからなんです。