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第38話 何故か揉めてるプレイヤー達

 

「おい。そこの女……その子を離せ、女にはなるべく手荒な真似はしたくねぇ」



 ケーコが答えるより早く、男達が徒党を組んで襲い掛かる。サーファーみたいな男……ヴァレンディは両手にククリナイフの様な大型の刃物を構え、残像を残す程の速さで男達を叩きのめした。

 次々と襲い掛かる男達を順に蹴散らしていくヴァレンディ、やがて猫背男を除いたケーコの配下全てが地に伏す事になった。


「ヴァレンディ……!これ程の強さだったのか……!」


 この中でヴァレンディの事を知っているのは俺だけなので、とりあえず知り合いが実力を見せた時にその強さに驚くキャラムーブをして場を繋ぐ。


「え?チノ?」


 峰打ちだったのか倒れた男どもの息はある様だ。それはともかく、吊るされている俺を見てヴァレンディは目を丸くしている。

 よっ、久しぶりー。俺は気さくに挨拶をした。


「なんなのよっ!マルクスやりなさい!」


 そんな呑気に話している場合ではなかった。猫背男が魔力を高める。


「ヴァレンディ!猫背の陰気臭いゴミ野郎を止めろ!」


 すかさず俺が叫ぶが、同時に動いた者がいた。身構え、踏み込もうとするヴァレンディの前にふらりと身を乗り出すケーコ。アリアナちゃんはその腕の中には居ない。


「まずいな。性別男には天敵だ」


 レッドが呟く。

 思わず踏み込みを戸惑ったヴァレンディの一瞬の隙を見て、ケーコは儚げな笑みを浮かべる。


「ちょっと待って……」


 ケーコに目を奪われて、ヴァレンディはちょっと待ってしまった。

 このバカタレ!俺が吠える。なんて事だ、猫背男は詠唱を終えた。


『魔法結界』


 猫背男を中心に、奴の魔力が空間に伝播して景色を塗りつぶしていく。仄暗い月のような球体が天に君臨し、部屋の屋根が消え去り紫の空が広がる。荒れた大地に枯れた木々、一瞬にしてただの大きな部屋が謎の荒地に変わっていった。


『心侵恐慌界』


 ざわり、と。俺の足を撫でる何かしらの感触。まさかと俺は、恐る恐る足元を見る。わぁ、虫さんが走るぅ……。俺の目は死んだ。

 横の怪力ハングライダーは痩せ細っていき、何故か幽体離脱して自身がみすぼらしい姿になって行く様子を見つめている。その顔はまるでFXで何千万も溶かした後のような……いや溶かした事ないから知らないけどそんな感じの顔をしてる。


 現実逃避をしている俺は助けを求めてヴァレンディを見た。すると、黒いモヤに顔を包まれて……何かを見せられているのか、涙を流して吠えている。


「うおあああ!」


 だが、ヴァレンディは一際強く吠えて、まるで獣のように跳ねた。驚くケーコと猫背男を越えて、その後ろで寝かされていた……何やら大量の骸骨に見下ろされるアリアナちゃんを抱え上げた。


「アリアナっ!」

「ヴァン兄!」


 ギュッと抱きしめ合う二人、アリアナちゃんに縋り付く骸骨達を蹴散らしてヴァレンディは強く猫背男を睨みつけた。


「グッ……強引に振り切るか、だが……これが最大出力とでも思ったか?」


 まさか、まだ……上があるのか?

 か、勘弁してくれ!ほら、もう足見えないよ!ぎゃー!ぎゃー!


「待ってくれ……これ以上……だと?俺の身体は骨になっちまう!」


 ピーピー喚く俺と怪力ハングライダーを無視して猫背男は魔力高めていく。


「ふ、ふん!やっちゃえー!」


 コソコソと影に隠れて煽るケーコに殺意を覚えていると、レッドがこちらをジッと見つめていた。


「あの男は、味方という事でいいんだな?」


 ヴァレンディのことか?相変わらずピーピー喚いている俺が必死に頷くと、レッドは静かに頷いた。


解放リリース強欲界奪剣グリード・エンド


 部屋の隅に、俺の魔道具やレッドの服が投げ捨てられていた。その、投げ捨てられた荷物の一つ、黒い魔剣がレッドに引き寄せられるように飛び出す。

 流星の如く、飛来するそれを受け止めたレッドは一瞬で俺と怪力ハングライダーの鎖を斬り落とし、その場から一気に駆けた。


 狙いはケーコ、しかし猫背の男が間に割り込み剣を抜く。


 数度、金属音が響き、レッドが距離を取った。どうやら猫背男は魔法だけでなく剣の腕も立つようだ。どうするレッド、プレイヤーに勝ち目はあるのか?


「……命を捧げてやっと。どうやらプレイヤーは彼らと同じステージに上がれるらしい」


 何を言っている?

 気付けば、俺や他の連中にかけられた幻覚が消えていた。その為余裕ができた俺はレッドを見つめる。

 こちらを見ずに、奴は答えた。


「身体能力がようやくこの世界に追いついた。そして……そこまできて、俺の剣術は芽を出し始めるのだろう」


 レッドの独学で磨いた剣の腕。それに加えてラングレイに教わり基本を覚え、来る日も来る日も人間ではこなせない……不死なるプレイヤーであるからこその鍛錬の成果が、今ようやく発揮される事になる。

 猫背男は静かに構えた。


「ここで、この奥義を見せる事になるとは」


 魔法結界が収束する。猫背男とレッド、二人だけを包み込む荒地の世界。アリアナちゃんを抱えるヴァレンディは動くことが出来ず、雑魚である俺と怪力ハングライダーはもちろん見守るしかない。


『幻は、現実となる。真なる恐怖とは《死》の具現化なり』


 詠唱なのか、ただの宣言なのか。自動翻訳を通した俺達には分からない。


「そうか、ならば……俺達プレイヤーには届かない」


 荒れた世界が歪み、幻覚は濃密な質量を伴ってレッドを包む。すると、突如としてレッドの皮膚が溶け始める。しかしそれを意も介さず強く荒れた大地を踏み込んで、レッドは猫背男に肉薄した。


 猫背男は剣術も嗜むのか、鋭く速い太刀を放つ。だが、レッドは全てにおいて猫背男を上回った。身体を骨が見えてくるほど溶かされながらも、レッドの剣が相手に傷を生む。猫背男の傷が増えていき、ついにはレッドに剣を跳ね飛ばされた。

 それを好機とみたレッドが返す刃で袈裟斬りにしようとしたところで……死は具現化した。


 魔剣の影響なのか、猫背男の魔法なのか。対峙している本人達にすら分からず、レッドは自身の身体を霧散させていく。


「やったー!ヒヤヒヤさせるわね!クソレッドめ!」


 両手を上げてぴょんぴょん跳ねながら喜ぶケーコ。猫背男も、血を少し流しながらもホッと息を吐く。しかしヴァレンディへの警戒は解いてはいけないと考えたのか、すぐに剣を拾い魔力を練りながらヴァレンディの方へ注意を向けた。


 だが、当のヴァレンディが、猫背男ではなく何処かを見て呆然としている。そして、俺は見た。その視線の先、猫背男の背後に集まる光の粒子。やがて人型に集まり、そのプレイヤーは魔剣を拾った。


解放リリース


 レベルが一の場合は数秒で死ぬ。ステータスの上昇値も対した事がない。だと言うのに、先程までよりも鋭い剣技をもって、レッドはその数秒で猫背男の左腕を斬り飛ばした。


「がぁっ!」

「は!?セーブポイントは女神像の所でしょ!?」


 驚くケーコを横目に、俺は天井に阻まれる上を見た。この辺りのセーブポイントは教会の女神像周辺……その座標をズラした。

 他人のセーブポイントの座標をズラす事に長けたプレイヤーを、少なくとも一人……俺は知っている。来ているのか、グリーンパスタ。


 ガクンと膝をつくレッド、時間切れだ。腕を失った猫背男が即座に懐から謎の液体を取り出して傷口にかけた。なんらかの魔法効果が込められているのか、血が止まったようだ。


「もうっ!なに!何なの!」


 癇癪を起こすケーコ、俺はその肩をグッと掴む。驚いて振り返るクソ女の顔に握り込んだ石を叩きつける。


「ぎゃっ!」


 おらぁ!なめてんじゃねーぞ!

 鼻血を出して倒れこむケーコに覆い被さるように飛びかかり、マウントポジションでもう一度顔面を石で殴ってやる。

 もう一発!と景気良く叫んだ所でケーコの右フックが俺の左頬を貫いた。レベル差が大きい、俺は吹っ飛んで地面を雑巾の様に滑っていく。


「痛い!信じられない!このっ……、うぐぅ!」


 鼻を抑えて涙目で立ち上がるケーコ、俺も産まれたての子鹿の如く膝を震わせながら立ち上がり互いに睨み合う。


 ふん……俺の目的は既に達成してるんだよ。俺がニヤリと口角を上げて言うと、鼻を抑えながらケーコがその美しかった顔を歪ませた。


「ケーコ様……どうやらここまでの様で、また機会があれば会いましょう」


 どこか冷めた瞳で、猫背男がそう言って魔力を高める。景色がまた、歪み始めた。


「……待てっ!」


 またも人型に収束している光の粒子を見ていたヴァレンディが思い出した様に猫背男に向けて叫ぶが、虚空に溶けるように猫背男の姿は消えていく。

 ちっ、逃げやがったか。復活したレッドがキョロキョロと周りを見渡し、猫背男が居ないことに気づくとケーコに向けて歩いてくる。


「く、くるなっ!攻略組くそども!」


 みっともない姿だなぁ?ケーコぉ。よくもここまでやってくれたな……。ニヤニヤと拳を鳴らす俺。形勢逆転ってやつだ。


「外見を傷付けられると、スキルの効果が目に見えて弱体化するようだな」


 レッドが猫背男のケーコ置き去り逃亡について説明をしてくれる。

 そういうことだ。あとはまぁ俺達に対して素を見せ過ぎたな。お前の魅了チャームは仕草や表情も相手に合わせて変えてるんだっけか?そりゃあ、ぷんすかと不細工な顔を見せてりゃあ幻滅しちゃうわな。


 優位な立場に立った俺の口はよく回る。ペラペラと得意気に喋る俺をヴァレンディが微妙な表情で見つめている。


 無防備にトコトコと近付く俺を、恨みを込めて睨みつけてくるケーコはおもむろに懐からナイフを取り出して、自身の首に当てた。


 やめとけよ、手が震えてるぜ。《痛覚制御》は解放してないんだろ?へへへ、痛いぞー。もし死に切れなかったらどうするんだ?


「くそ……くそぉ……」


 ポロポロと涙を流す見た目は大人の女。ふん、勝ったな。さて、なんだか事態を把握する前に捕まってボコボコにされていたが、そもそもなんで俺達はコイツの所に来たんだっけ?


「K子は、ギルティアというアルカディアの領国で好き放題していた。当時の領主に取り入り、贅沢三昧だ。やがて、諌めようとした家族や有力貴族と対立し内乱が起きる」


 いやそんなのはいい。何故グリーンパスタがお前に俺を拉致らせてまで連れて来たのかという所にまで話を飛ばしてくれ。


「ペペロンチーノがいれば、まず間違いなくトラブルが起きる。そして俺とペペロンチーノが揃えば、俺達に恨みを持つK子が釣れるだろう……そう考えたらしい」


 失礼な奴だな。うん?それで、コイツがなんなの?俺はケーコを指差して、はてなマークを浮かべる。コイツがどこで何をしていようと別にどうでも良くない?


「《スキル》だ。グリーンパスタは経緯を調べるうちに、K子が何かしらの《スキル》を解放したと読んだ」


 またそれか。俺は頭を抱えた。コイツらはすぐにスキルを解放したがる。仮に、コイツのスキルが男を魅了するスキルだとして、そんなの要るかよ?


「……?どんな《スキル》だろうと解放したいだろ?」


 コイツはそういう奴だった。

 そうこうしているうちにまた外が騒がしくなって来ている。


「チノ、話の流れはよく分からないが、コイツらを捕らえるために領主が兵を手配したんだ。多分、上にもう集まっている」


 だとよ。しばらく捕まって、自らの行いを悔いるんだなぁ。俺がケーコに向けてそう言うと、往生際の悪いこの女はまだ反抗的な目付きで睨んでくる。


「舐めんなよ……!クソペペロンチーノ!あんたに負けたわけじゃないからな!」


 意を決したように唇を噛み、一思いに自害をするケーコ。首をかっ切ろうとするケーコを見て咄嗟にヴァレンディがアリアナちゃんの目を塞ぐ。飛び散った血が俺にかかる。

 馬鹿が……グリーンパスタがセーブポイントをズラしたって事を忘れてやがるな?それはつまり自殺による逃亡を防いだということだ。


 ニヤニヤとケーコの復活を待つが、しかし一向に現れない。


 ……?どういうことだ?


「グリーンパスタから連絡がきた。妨害が入ったらしい」


 なんだと?あの間抜けがヘマをしたってことか。ちっ!ケーコのやつを探しに行くぞ!グリーンパスタも呼べ!

 踵を返して部屋を出ようとすると、逆にドカドカとこの街の兵士が雪崩れ込んできてそれに呑まれる俺。ちょっ、ちょっと邪魔邪魔!



 というわけで、突如この街に居座った謎の男達は拘束された。子供が一人……つまりアリアナちゃんの事だが、監禁されていたもののそれも無事救出できた事から、何とか犠牲無く問題は解決した。


 これから尋問などをして、事の次第を追求していく予定らしいが、それはこの街の問題であるので早々にその場から離脱した俺達は街の中を移動していた。

 もちろん目的は見失ったケーコの捜索だ。


「グリーンパスタは殺されたらしい。今はリスキルを警戒して身を隠しているようだが、敵戦力は全くの不明だそうだ」


 リスキル……復活直後の殺害を警戒している、か。グリーンパスタは戦闘タイプのプレイヤーではないが、どこか抜け目のない奴だ。その奴をして……。

 コロコロと状況が変わりやがる。そもそも何が起こっているのかが分からん。ケーコを助けた何者かがいるということか?


「恐らくは、プレイヤーだろう」


 レッドが確信を持ってそう答える。


「しかも、グリーンパスタ以外に、セーブポイントをズラせる奴がいるのか」


 すっかり復活した怪力ハングライダーが驚いた様に呟く。他プレイヤーのセーブポイントの座標をズラす事は、レッドを含めた俺達には不可能な技術だ。

 人のスキルは詮索する癖に、グリーンパスタやレッドは自分のスキルを公開しない。幾つかは隠し持っているだろう。


 その隠しているスキルの中に、恐らく座標変更に関するスキルがある。


「俺は、自分の座標ならば復活時に多少出来るが……驚いた事に今回はグリーンパスタに匹敵する技能の持ち主だ」


 ふっ、と鼻を鳴らしてレッドが嬉しそうにする。


「この世界に来て三年近く……思った以上に早くプレイヤーは成長している」


 なんか黒幕みたいな事言ってる。まぁ、実際復活地点が多少変わったくらいで俺らの雑魚具合は変わらんがね。

 今回のレッドの不意打ちはかなり条件がよかったと言えるだろう。猫背男の魔法が精神攻撃に偏っていた事と、すぐ近くに周囲に実力を見せつけていたヴァレンディがいた事。

 その二つの要素が上手く噛み合った。


 しかし……俺には一つ疑問があった。


「レッド、お前は何であの猫背男を殺さなかった?」


 あのタイミング、そして復活直後の動き……おそらくコイツは何らかのスキルを解放した。

 レッドならば、腕を斬り飛ばすだけでなく、首を掻っ切るなりもっと急所を狙えたはず。

 俺は思いやりと正義感に溢れた人情味溢れる美少女だが、コイツは冷徹な虫の様に非情な男だ。いくら現実世界と遜色ないこの世界の人間だろうと躊躇なく殺害出来ただろう。


「イベントを回収出来ていないからな」


 よく分からない。あいつはお前みたいな例外を除いてプレイヤーを無力化出来る人材だぞ、野放しにどころか怨みまで買っちまってどうすんだよ。


「あっ、そういう事か」


 俺がグチグチ文句を言っていると、少し何かを考えていた怪力ハングライダーが思い至った様にそう言った。

 そういう事とは?


「ほら、レイトだよ」


 ……レイト?


「俺達の鍛え上げたあの現地人だ。奴の仇の名前がマルクス……そして、レイトはギルティアの関係者。恐らくK子の起こした騒動にマルクスが関連しているのだろう」


 あっ。あのバーサーカーね。俺が奴隷ムーブをしている時の彼だ。師匠とバーサーカーと俺の三人での修行の日々を思い出す……俺は一度も訓練してなかった。

 マルクス……ケーコが確か猫背男の事をそう呼んでいた。てか、待て。イベントって、あいつの復讐イベントの事か?


「ああ。だからここでマルクスを殺すわけにはいかなかった」


 本気でそう言っているレッドに俺は蹴りを食らわす。アホ!変なフラグ立てんじゃねぇ!俺もうあの幻覚魔法食らいたくない!


「理由はそれもある。精神耐性を上げる《スキル》も存在すると考えた時、《痛覚制御》の解放条件からして一定以上の精神負荷とそれの克服が予想される」


 つまり、それにうってつけな奴の魔法を失うわけにはいかなかったと?


「さすがペペロンチーノだ。話が早い」


 ぶっ殺すぞ。これだから人の心を持たない廃人は。横を見ると怪力ハングライダーも顔を青ざめて首を振っている。


「俺はあいつにはもう会いたくないな」


 同感。おいレッド、お前が一人で相手しろよな。


「ああ、彼にはもっと精進してもらわないとな」


 少し、変な奴に目をつけられたあの猫背男に同情した。



 そんなこんなで、結局ケーコは見つからず、俺達は諦めて帰る事にした。少しヴァレンディ達のいる孤児院に顔を出して、雑談などをして泊めてもらってから帰る事になる。


「明日には、教会に居座っていたあいつらを排除するために異端審問官が派遣されるところだったんだ。それもあって、慌てて兵を派遣したってわけ。流石に他国の……しかも異端審問官なんて大物を簡単に国内に招き入れるわけにはいかないらしい、アルカディアの本国にどやされるんだと」


 夜、ヴァレンディからその様な説明を受ける。異端審問……。


「アリアナが拐われたと聞いて、俺が一人飛び出しちまった。そこでチノ、お前もいるとは思わなかったがな。元気にしてたか?」


 え、うん。まぁ。そのー、先生……は?

 おずおずと聞く俺にヴァレンディが優しく笑みを浮かべた。


「お前には言っておこうか。先生は昔、異端審問官だった事があって、今はその教育係みたいな役割なんだと……ここだけの話、多分派遣される異端審問官は先生とその生徒だ」


 俺は早めの帰宅を決意した。



 *



「なぁに?あんた達ダレ?」


 攻略組へんたいどもの反攻。自害を余儀なくされたケーコが目覚めたのは教会から少し離れた草陰。

 そこに居たのは数人のプレイヤー達。有無を言わさずその場から連れ去られ、馬車に乗って街を脱出した所でようやくケーコは聞くことが出来た。


「お前の味方だよ。『傾国』……プレイヤーK子」


 プレイヤーの一人がそう答えた。また別のプレイヤーが口を開く。


「君は貴重なスキル解放者だ。『攻略組』の連中は得体が知れないし、何を考えているか分からないからね……奴らの手に落ちる前に助けてあげたと言うわけだ」


 敵意は無さそうだ。ケーコはそういう気配に敏感である。なので、警戒を解いてくつろぎ始めた。


「なるほどね。あんた達も、あいつらにはちょっと思う所があるって事」

「ちょっと、どころか」


 ケーコが軽口を叩くと、即答する者もいる。要するに、攻略組が嫌いなのだ。


「それで?私をどうするっての?」


 その問いに、集団の恐らくはリーダー格のプレイヤーがニヤリと口角を上げた。


「なに、共に頑張ろうっていう……勧誘だよ。ゲームには、『ギルド』というシステムが付き物だろう?一緒に、同じ目的を目指して切磋琢磨しようと誘っているのさ」


 ギルド……。ケーコは小さく呟く。


「我々が、このゲームを『攻略』し、帰還クリアする。『攻略組』より早く、いや……他のどのプレイヤーよりも早く……何をしてでも」



 *



「グリーンパスタ。今回は下手を打ったな」

「そうだね。正直言って、舐めてたよ。ペペロンチーノの例があったというのにね」


 辺りが静まり、空を闇が支配する。

 人知れず会合しているレッドとグリーンパスタ。後者は座り込んで恥ずかしそうに頬を掻いた。

 レッドが落ち着いた口調で話し出す。


「俺達第一世代がスキル解放条件を緩和させ、第二世代はより多くのスキルを獲得する。とはいえ未だ解放スキルは多くない」

「だけど、着実にスキルの解放者は増えている」


 一息、グリーンパスタはため息を吐いて項垂れる。


「今更だけど、《不死生観》を無理に解放させたのは失敗だった。お陰で……ケーコの様に精神年齢が成熟していないプレイヤーは自重ってものを知らない」


 ケーコの実年齢は下手したら一桁台だ。あくまでもグリーンパスタの予想だが。


「ペペロンチーノだけならまだ取り返しがつくけど、他にこんなプレイヤーが出てくるようなら大変な事だよ」

「大変、とは?」


 グリーンパスタの言いたい事がイマイチ分からずレッドは問う。


「聖公国がプレイヤーという存在に警戒し始めている。なんだか、それが良くない予感を感じさせるんだ」


 真剣な眼差しで続ける。


「プレイヤーはまだまだ発展途上、力不足だ。もしかしたら早々に"この世界"に潰されてしまうかも知れない」


 その言葉を聞いて

 ふっ、と。レッドは小さく笑みを浮かべた。


「いいや、むしろ追い詰められるべきなんだ。俺達プレイヤーは」


 どこか楽しそうにそう言ったレッドに対して、呆れたような瞳をグリーンパスタは返す。すぐにまた溜め息を吐いて


「君はそういう奴だったね……」



 *



 なんでこう、あいつらはすぐに意味深な会話をしたがるんだ。


 俺は草葉の影からレッドとグリーンパスタの秘密の逢瀬を覗き込みながらぼんやり思う。昔からそうだ、ちょっと厨二が入っているあいつらはすぐにコソコソと隠れて色々と遠回しな言葉を使う会話をしたがる。


 まぁいい。俺はそんなアホどもを放っておいて夜の街へ繰り出した。歩く事数分、少し人通りを避けた位置にある隠れ家的バーの様な店に入り、席に着く。

 スッと横に座った男が囁いてくる。


「お久しぶりです。魔女殿」


 紳士58号だ。仮面舞踏会の様な目元だけを隠した怪しいおっさんがジュースを俺に奢ってくれる。

 ふん、まさかこの街でも魔女と呼ばれようとはな。それで?準備は出来たのか?


「ええもちろん。魔女殿の名前を借りれば、すぐに」


 くくく、俺が居ない間に、きっと皆ストレスを溜め込んでいるだろう。さぁ、今夜限りのパーティを始めようか。

 徐に立ち上がった俺が店から出ようとしたところで、新たに仮面をつけた男が転がり込んできた。


「ええい!何事だ!」


 紳士58号が声を荒げる。息も絶え絶えに男は言う。


「ぐっ、すいません……女房……いや、街の女どもに今回の計画がバレました」

「なんだとっ!?」


 狼狽えるんじゃねぇ。俺が落ち着いた声でそう言うと、しかし男は焦った様子で続ける。


「いやそれがもうそこまで来てるんです」


 え?


 ドタドタと仮面の男達を引きずる大量の女達が店に雪崩れ込んできた。ほぼ全員がボコボコにされても仮面を外さない徹底振りに少し笑えてくる。


「また出たわね!魔女!」

「今回こそはとっちめてやる!」

「この守銭奴!」


 チィ……俺がイベントの元締めとしてたんまり稼ぐつもりがよぉ……。58号が最初に駆け込んできた男に何やら話を聞いて、俺の元へ来て囁いてくる。


「どうやら雇った女達は無事逃げ切れた様で」


 そうか。それはよかった。彼女達を傷付けられるわけにはいかないからな。大事な金の成る木だ。


 女達の魔の手から何とか抜け出せた仮面の男達が何人か俺達の方へ逃げ込んでくる。隠れ家的バーの中を、一触即発の空気が支配する。

 対立し合う俺達、カウンターの中で静かにグラスを拭いていたマスターが、コップを置いて静かに言う。


「迷惑なので外でやってもらえませんか?」





 *




 プレイヤーの獲得経験値ファルナが一定値に達しました。


 メニューコマンド機能を拡張します。


 ……プライベートチャンネル開設


『パーティー』機能を実装しました。







事の経緯


ケーコ「ドラゴンが欲しいなぁ」

男達「ならば龍華に行きましょう」


次回からはまた日常編が続きます。多分。


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