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第36話 ぺぺさんがぷんぷんしてる話

 


 俺とレッドは、最初敵対していた。

 何故かと言うと、俺達リリース組にとってβテスターは胡散臭い連中だったからだ。


 ポッと彗星の如く現れたゲーム、それも技術の確立されていない"五感フルダイブ"VRMMOという普通なら詐欺だと疑う怪しい売り文句。

 そんな怪しいゲームをプレイしようとした俺達リリース組も大概アレだが、聞いたこともないβテストに参加した奴等がとても怪しい集団に思えたのだ……今になってはβテスターは俺達とは違う経緯で集められたのだとわかるが、当時はそんな事知る由もない。


 ログイン直後、俺達は森の中にいた。便宜上、『始まりの森』と名付けられたそこは、いわゆるチュートリアルの為の空間だ。恐らくだがこの世界のどこでもない、隔絶された空間であった。

 あそこは迷宮ダンジョンの一種であるという仮説が立てられており、その仮説こそが最も正解に近いとされている。


 俺が草を食ってる頃に始まっていたレッドの演説の中に、ログイン地点のすぐ側にポツンと立つ……この世界の各地に繋がるゲート、迷宮都市の迷宮ダンジョンの入り口と似たモノの説明があった。ゲームでもよくある奴だ、最初に所属する国を決める的な。所属も何も何処に行っても俺達はただの不法入国者だけどな。


 しかし、レッドは続ける。すぐに世界へ飛び立つのは危険である。まずは自分達の現在の肉体を掌握する所から始めるべきだ、と。

 幸いにも、この『始まりの森』には様々な魔物モンスターが存在しているという。そこで戦闘訓練を行うべきである。そう言い出した。


 その辺りで俺が吠えた。

「何故、戦わねばならないのか」


 当然の疑問である。確かに人間は争いに生きてきた生き物であるからか、多くのゲームは基本的に殺し合いをメインに据えている。

 だが、俺達プレイヤーは無限の可能性を示されたのだ。その無限とは、いわゆる生産系やほのぼのスローライフ、あとは内政とか……戦闘にこだわらなくても良いはずである。


「何故、まず戦わせようとした?」


 レッドはすぐには答えられなかった。横に立っていたグリーンパスタが口を挟んでくる。


「この世界は、僕達がいた世界より残酷で、命が軽い。僕達は生き返れるといっても、怪我をすれば痛いし、死ぬ事は苦痛なんだ……こればかりは経験してもらわないと、分からないけれど」


 当時は《不死生観》の存在が知られていなかったので、出来れば死なない為に戦闘技術を磨くべきだという意見だった。


「知るか馬鹿らしいっ!そんなものは個人の好きにさせるべきだろ!命なんて自分のものだ!混乱している時にギャーギャーまくし立てて思考を誘導しようとしているのが気に食わん!今ここで!さっさと世界に飛び立ちたい奴らもいるだろう!?残りたい奴だけ残れば良いんだよっ!俺達は自由だ!」


 ここまで言って。なぁ?お前らもそう思わないか?と他の連中に同意を求める俺、今思えばここで《扇動》スキルの解放条件を満たしつつあったのだろう。


 そうして、リリース組やβテスターからも離脱者が多く出た。初日解散組だ。それでも、レッド達の言う戦闘技術の必要性の話は間違ってはいないので、残った者達の方が多かった。


「え、君も残るの?」


 その時はグリーンパスタと俺は互いの名前など知らなかった。奴は俺に対して驚いた様に言う。俺はこう答える。


「そりゃ、何が起きてるか分からんのに下手な行動は取れんだろ」


 慎重派なのだ。グリーンパスタは少し引いていた。あそこまで煽っといて?と小声で言ってくるのを無視してレッドの元へ行く。


「……なんだ」


 かなり不機嫌だった。自分の思惑通りに行かなかったのが気に食わないのだろう。この頃の奴はまだ人間味があった。

 太々しい態度に俺も少しイラッときたので何でもないとプイッとそっぽを向いてやる。あー、武器が欲しいなぁと言った。


「その辺に落ちてる。この空間でしか使えないチュートリアル武器だ」


 へぇ、と俺は呟いてトコトコ歩き草を掻き分けると、確かに装飾も何もない剣や槍など様々な武器が落ちている。

 雑いなぁと思いながら俺は最初に槍を取った。俺には武道の嗜みなど無いので、とりあえず槍なら間違いないだろうという判断だ。リーチこそが正義なのだ。


「さて、チュートリアルと行こうか」


 ガサガサと草をかき分けて森の奥へ向かうと、ひょっこりとキショイ緑肌の鷲鼻が現れる。いわゆるゴブリンだ。俺はその時はこう思ったものだ……やっぱ雑魚敵といえばゴブリンだよな、と。しかし、その考えは間違いだった。この時はまだ知らなかったのだ。


 この世界において、雑魚とは俺たちの事だと。


 せいやぁっと槍を突き出す。ゴブリンは俺のへちょい突きを軽々と躱して俺をぶん殴る。右肩でその拳を受けた俺は地面を転がり、うずくまった。

 右肩から電撃の様な激痛が走る。熱を帯びたようなその痛みは俺を混乱させた。え?凄え痛い。

 レッドの言葉を思い出す、俺達プレイヤーの肉体はこの世界において強くない。どころか弱い、そんな感じのことを言っていたはず。


 痛過ぎてちょっと涙が出てきた。腕ついてる?ついてた。そんな事を考えながら唸っていると、俺を見下ろすようにゴブリンがすぐ側に立っていた。

 ひぃっ、俺は引きしぼる様に悲鳴を上げてひっくり返った。腰が抜けた為、立てない。ずりずりとガクガク震える下半身を引きずりながら後退るが、ゴブリンがゆっくりと俺の腹を踏んだ。


 ちょ、ちょっと待って。

 ミシッという謎の音を自分の身体から聞きながら俺は命乞いをした。何でもするから許してーっ!し、死ぬって!

 ちょっと出た。何とは言わないが、俺は死を覚悟した。その時、二つの影がゴブリンを突き飛ばす。


「グゲッ!」


 βテスターは俺達より早くこの世界に来ていたので、少しレベルが上がっているのか二人がかりならばゴブリンに勝てる様だ。


「おい大丈夫かよ!一人で突っ走るなよな!」

「ちょっとどっかの誰かと似てるね…………」


 二人とは、当時はまだ名の知らぬ、怪力ハングライダーと"ぽてぽち"というプレイヤーであった。ガサリと、その二人に続いて新たなプレイヤーがその場に現れる。


「グゲェー!」


 そのプレイヤーは、雄叫びをあげて突進してくるゴブリンの前に立ち剣を振り下ろす。鈍い音がして刃が頭の半ば程まで埋まり、ゴブリンは絶命して光の粒子となって消えた。


「一度、痛い目に合うべきなんだ。それが効率的だ、コイツみたいな奴は足並みを乱す。早い段階で現実を知らなければならない」


 俺を冷たい瞳で見下しながら、レッドは告げる。虫の様に感情の感じられない瞳だった。俺は何も言えず腕を抑えてふらふらと立ち上がり、しょんぼりと元の場所へ戻って三角座りをする。痛いなぁ。何だよこれ痛過ぎでしょ、バカじゃないの?

 俺がブツブツと愚痴っていると、近くに誰かが立った。


「大丈夫?この空間なら、一晩寝ればすぐに治るよ。外では、そうもいかないようだけれどね」


 じゃあもう寝る。俺はゴロリと横になって優しく声を掛けてくるソイツに言う。


「さっきの奴らにありがとうって、言っといて」


 最初のイキっていた俺の勢いが無くなっている事が面白いのか、少し笑ったソイツはすぐ横に座り込んだ。


「僕は、グリーンパスタ。君の名前は何?」

「ペペロンチーノ」


 二人とも食べ物だね、しかもパスタ。そう、グリーンパスタは笑って、しばらく俺の側で座っていた。


 それが俺……ペペロンチーノのプレイヤー生活一日目の事だ。




 夜中、コソコソと隠れて密会するカス共を草葉の影から覗きながら、俺の心は怒りで溢れかえっていた。



「レッド。彼女……ペペロンチーノは使えそうだね。期待できる。第二世代だけでなく、第一世代すら動かすあの影響力に、あの容姿だ」

「ふん、どうだか。ただの考え無しに務まるとは思えん」

「……まぁいいや。今回の怪我で、どうなるかは心配だけど……上手く心が折れない様に調節するよ。ふぅ、 《痛覚制御》の解放条件がイマイチ難しいよなぁ。あれがあれば怪我なんて怖くないのに」


 なんかよく分からんが人を利用しようとしているゴミ共へは思い通りにはならんぞと、そして俺に痛みを与えたクソゴブリンには子孫をも根絶やしにしてやると復讐を誓い、一日目が終わった。



 *



 アリアナちゃん!俺はチノモードで少し大きくなった幼女……否、飛び付いてくる少女アリアナちゃんを胸で受け止めた。


「チノちゃん!久しぶり!元気にしてた?」


 ぎゅうぎゅうと俺の腹に顔を擦り付け、アリアナちゃんはパッと顔を上げる。上目遣いの笑顔を見せる彼女の容姿は良い育成状態だ、将来有望だな。

 私背が伸びたでしょっ、と。胸を張るアリアナちゃんとキャッキャウフフしている横でレッドと怪力ハングライダーがその辺の石に座り込んでいる。


 ここはかつて、俺がシスターの真似事をしていた街だ。異端審問官という謎の職業に就いていた『先生』と呼んでいたシスターの元で愛を育んだ時にお世話になっていたところだ。


 さてさて、紳士同盟が解散してからはどうなったのかな?俺が早速街を散策しに行くと、何やら物々しい空気を感じる。おや?なんだこの空気は。


「んーとね、なんか……変な人達が、いっぱい来て、教会に立て籠もっちゃったの」


 何だと?

 よく分からないので現地へ赴くことにした。現在の孤児院は建て直しの際に教会から少し離れた位置に移動してしまったらしい、先生も何処かへ行ったきりほとんど帰ってこなくなった為に教会周辺に人気が無い時間が生まれたのだとか。

 その隙を縫ってか、何処からか現れた謎の集団が教会に住み着いているのだと言う。横でレッドが囁いてくる。


「おそらく、これがグリーンパスタの言っていた件だろう」

「解体吸収された元ギルティア領から、謎の集団が龍華に向かっているとか言う話か?」


 怪力ハングライダーのやたらと説明口調な台詞が続く。コクリとレッドが頷いて、宙を見つめて虚ろな瞳になる。掲示板を覗くプレイヤーの目はちょっと心配になる程何処かにイッている。


「奇しくも、以前ペペロンチーノが騒動を引き起こした街で今は潜伏しているらしい」


 なんでも、教会に隠された謎の地下室に怪しい宗教染みた団体が出入りしているのだと言う。


 そんなこんなで教会に着くと、その入り口を謎の武装した人間が警備していた。コソコソと草葉の影から覗きながらアリアナちゃんに視線で聞く。


「うん。なんか、怖い人達なんだ。街の衛兵さん達で今追い払う為に作戦練ってるとか言ってたけど……あそこは先生が大事にしていた場所なんだけどな」


 そうだね。許せないね。俺は胸の奥からドス黒い何かがせり上がってくるのを感じる……。レッドと半裸男に目で合図を送り俺は一人、前に出た。


「何奴だ」

「また街のやつか、ここより先には行かせない」


 槍を構えて俺に牽制する二人の男、中々上等な武器だ。ただの流れ者では無い。俺はオドオドとしながらお腹の前で手をもじもじさせた。


「あの、領主様がお話をしたいと仰ってまして……受け入れる準備ができたとか」


 俺が今考えた嘘をペラペラと喋ると、二人は顔を見合わせて頷く。


「俺が確認してくる」


 そう言って一人が教会の中に入っていき、もう一人は俺に槍を構えたまま残る事になった。……警戒は解かない、か。中の気配が遠ざかるのを見計らって、俺は掲示板に書き込んだ。


 するとその瞬間、何処からか火の玉が飛んできて槍に着弾する。小規模な爆発を起こし、槍が吹き飛ばされた。


「なんだとっ!?」


 男が驚くと同時、影から飛び出してきたレッドが黒い魔剣を振りかぶり突進する。男は落ちた槍を拾うことを諦め、正面からレッドと対峙する。すかさず俺は男に対して手をかざし……伸ばしたその腕を矢で貫かれた。

 キィッン。俺がぐぅっと呻くと同時、金属音を響かせてレッドは飛来する矢を撃ち落とすと男への攻撃を諦めて俺を小脇に抱えて距離を取る。


「弓がいたか」


 ボソリと呟くレッドが教会の屋根を見上げると、確かにそこにはもう一人弓を構える男が立っていた。奇襲は失敗だ、槍を拾った男がこちらへ警戒しながら大声を出そうとして……それよりも先に教会の扉が開いた。


 中から現れたのは、銀に近い白髪をなびかせた宝石のような赤い瞳を持つ女。グラマラスな肢体を惜しげもなく見せるタイトな衣装は白が基調で、その艶のある浅黒い肌がよく映えている。


 槍を持っていた男が傅き、顔を赤くしながらその女を見上げる。女は満面の笑みだ、見た目にはそぐわない無邪気な笑顔を浮かべ口を開いた。


「こんにちわー!もーこんな陰気臭い所は飽き飽きしてたのっ……」


 そこまで言いかけて、俺とレッドの顔を見て女はその笑顔を硬直させる。突然黙り込んだ女に、見張りの男達はもちろん後ろから続いて出てきた男達も戸惑いを隠せない。


「ど、どうされました?」


 後からきた男達の中で一番偉そうな服を着た男が慌てた様子で問いかけると、ふっと女は無表情……いや、そのまま苦虫を噛み潰した様な顔をする。

 その様な顔を見る事が珍しいとばかりに周囲は動揺した。そして、放置されていた俺とレッドの方をジロリと見る。


「ペペロンチーノ……レッド」


 恨みがましい声を絞り出す様に、その美貌の女は呟く。


「よぉ、久しぶりだな。随分とこの世界を満喫してるみたいじゃ無いか……ええ?『傾国の魔女』さんよぉ」


 ニヤニヤとしながら言ってみせる俺に、傾国の魔女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「捕まえて」


 ぽそりと、傾国の呟いた声が上手く聞こえなかったのか周りの男達が顔を見合わせる。それに苛立ったのか怒りを隠そうともせずにヒステリックに叫ぶ。


「こいつらを捕まえてっ!殺しちゃダメよ!」


 空気が張り詰め、男達の視線が俺達に集中する。すかさず俺とレッドがナイフを自分の首筋に当てると、男達はすぐさま動ける様に身構えながらも指示を待つ。

 俺達の迅速な自殺準備に傾国は悔しそうに指を噛んだ。


「ちっ……ん?」


 ガサガサと、近くの草むらからまた新たに男が現れた。片手で上半身裸の男を掴み引きずりながら、肩には小さな女の子を抱えている。


「お姫様、何やら此奴らの仲間らしき者が潜んでおりました」


 アリアナちゃんっ!思わず叫んで、俺は迂闊だったと口を塞いだ。その俺の様子を見て自分の事を姫だとか呼ばせている痛い女が口元を自虐的に歪ませる。


「あらら?へぇ……。その子をこちらに」


 楽しそうにニヤニヤとしながら、傾国はアリアナちゃんを自らの所へ連れて来させるとビクビクとしているアリアナちゃんを優しく後ろから抱き締める。

 そしてすぐ近くに立っていた男に耳打ちをしたかと思うと、その男は剣を抜き放ちアリアナちゃんの首筋に当てた。ひっ、とアリアナちゃんが小さく悲鳴を上げる。

 その辺に投げ捨てられた怪力ハングライダーが立ち上がりながら吠えた。


「てめぇっ!それは外道過ぎるだろ!」

「なんとでも言えばー」


 飄々とした態度で言ってのける傾国を俺は睨んだ。自分でも驚く程の冷たい声で静かに言う。


 お前、そんな事をして許されると思うのか?


「許されなかったら何?あんたが私を殺すの?あの時の様に……!」


 バチバチと睨み合っていると、横のレッドが剣を鞘に戻して諸手を上げた。


「ペペロンチーノ」


 分かってる。分かってるさ。

 舌打ち一つして、俺も諸手を上げて降参する。その様子を見て怪力ハングライダーも唇を噛みながら降参の意を示した。


「ふんっ。そいつらを捕らえなさい」


 ワラワラと俺達を拘束する男達。身体中を縛られながら俺は言う。これで良いだろ?アリアナちゃんを離せ。


「いーやまだね。あんた達が何するか分かんないし、人質として預からせてもらうわ」


 ……そうか。なら丁重に扱う事だな。


 俺は己の中から溢れ出す真っ赤な感情を押さえ込みながら、何とか冷静に言い切った。


 教会の中に運び込まれながら、俺は心の中で呟く。このツケは必ず支払わせてやるぞ。


 俺が瞳をギラギラとさせている横で、俺の腕に刺さった矢をどうしようか男達は悩んでいた。







不穏な空気のまま続く模様

連れ込まれた先で一体彼らは何をされてしまうのか


執筆中にぺぺさんに矢が刺さっているのを忘れてた

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