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第35話 悪役令嬢物語

 

 何でもない日の昼下がり、ランスくんとカフェでお茶をしている時にふと気付いた。何たらかんたらフラペチーノを飲む為に下げていた顔を上げて、ランスを見る。


 俺は何故こんな奴とつるんでいるんだ?分からない、気付けば共に行動している時間が長くなっている。何かしらの精神攻撃だろうか。


「どうしたぺぺ?顔色が優れないぞ」


 店員のケツを追いかけていたランスが俺の様子がおかしいことに気付き、声をかけてきた。

 ああ……。俺は神妙に切り出した。何だか、俺の友人ポジに変な奴が居座っているんだ。そいつは金稼ぎしか目になくて、平気で嘘をつき、人を騙す様な奴なんだが……。

 ここまで聞いてランスくんが眉をひそめた。


「そんな奴がいるのか……?信じられないぜ」


 だろ?そいつ、ランスって名前なんだけどさ。


「マジかよ。くそっ……!俺と同名とはな。あらぬ風評被害を受けるかも知れねぇ。今すぐ改名してもらってくる」


 オメーだよっ!ガタッと席を立つランスに俺は吠える。対して、鼻を鳴らしたランスがドカリと椅子に座り口を開いた。


「俺もな……最近悩みがあるんだ。最近、利用していないはずの店に俺の名前でツケが溜まっているんだ。どう思う?」


 それはおかしいぞ。もしかして、お前の事を陥れようとしている輩がいるのかもしれないな。確かに、敵の多いお前相手ならばそう考える奴の一人や二人居るだろう。


「ああ、しかもまだ年端のいかない女児だと言う目撃証言があってな」


 マジかよ。お前ってやつはどれだけの範囲で恨みを買っているんだ。恨みのストライクゾーン広すぎだろう。


「ムカついたから、ソイツの隠れ家まで尾けて隠し資産を全て頂戴してやったぜ」


 貴様っ!なんて事を……っ。いや何でもない。思わず立ち上がった俺を見てニコリとランスくんが笑顔を浮かべた。


「隠し資産は複数の箇所に分けて隠されていてな。その中の一つ、魔道具屋のお姉さんは喜んで差し出してくれたよ」


 あのアマっ!許さんっ!

 俺は怒りに任せて店を飛び出した。道中、偶然にもショタと歩くヒズミを見つけた俺は野犬が如く吠えながら飛びかかった。



 しかし瞬殺されたので、俺は復活したその足でランスくんのいる店まで帰ってきた。


「おかえり、どうだった?」


 あいつ強過ぎるわ。気付いたら死んでた。


「ヤベーよな。ギーヴルの時は手加減されてたみたいだけど死にかけたわ」


 実はランスの奴はヒズミの事を知っている。オリーブ殺害未遂事件の際に隠れてランスの事を追い払ったヒズミの存在を、俺から聞いて後日ケンカを売りに行ったのだ。

 しかし物陰から奴の姿を見てすぐに諦めたという。その時に「俺くらいになると見るだけで相手の実力が分かる。ケンカを売ったら俺の葬式が盛大に開かれるだろう」と自信満々に言っていた。


 

 二人で店を出てぷらぷらしていると、近くに顔見知りを発見する。『帰還組』と呼ばれるグループであるプレイヤー三人組、通称ボンクラーズだ。何やらキャピキャピしながら歩いているので絡みに行った。


 ヌッと間を通り抜けて振り返る。よぉ、久しぶりだねぇ。


「げっ!ペペロンチーノっ!」

「うわっ、ランスもいる!『堕落コンビに遭遇』なう……と」

「じゃあ私はこれで失礼させてもらいま……」


 ちゃっかりとその場から去ろうとする一匹をランスが肩を組んで拘束する。


「なんか楽しそうにしてるじゃないか、一緒に遊ぼうぜ。暇なんだよ」


 ランスにそう言われて本気で嫌そうな顔をするボンクラーズ。俺はその中の一人が手に持っていた紙袋に気付いた。

 おい、なんだそれ。さっきまで楽しそうにしてたのはそれの事か?


「なんて目敏い……」

「嫌がらせの天才だな」

「あ、あのそろそろ離してもらえませんかね?」


 俺達からその紙袋を隠そうとしたのがランスくんの悪戯心を刺激したのだろう。機敏な動きでそれを強奪するランス。袋をひっくり返してみると、何やら本の様なものが出てくる。

 なんだこれ?


「この世界のゲームみたいなもんだよ」

「本に書かれた物語の登場人物になって、実際にその物語の世界をロールプレイできるんだ」

「本の中に入れるんだよ、魔法ってすごいよねー」


 ほぉ、眉唾物だな。もしそれが本当なら、中々面白い代物じゃねーの。ランスくんが本を拾いあげてタイトルを見る。


「へぇ、悪役令嬢物か……いやお前ら全員男じゃん。なんでこれ選んだよ」


 悪役令嬢物とは、少女漫画や乙女ゲーのヒロインを敵視するライバルキャラが、ヒロインを陥れる為に行った悪事がバレて周りから糾弾される所から始まる事が多いジャンルの創作物だ。

 その悪事が誤解のパターンや、バレて底辺になった令嬢に別の精神が入り込む転生モノと色々なパターンがある。

 大体が、悪役令嬢の許嫁がヒロインの攻略対象なのがお約束だ。悪役令嬢が主役の場合、ヒロインがゲス女であるパターンも多い。


 ボンクラーズはあわあわと弁解し始めた。


「選べなかったんだよっ!偶然の頂き物だし!」

「そうだぞ、流行ってるからってミーハーな気持ちなんてないんだぞ」

「悪役令嬢が逆転していくのはスカッとするんだ!」


 まぁまぁ、じゃあ早速始めようぜ。ニコニコとしている俺にボンクラーズがびっくりした顔をする。どうした?早く早く。


「え?なんか一緒にやる空気出してくる」


 当然だろ?なぁランス。


「俺は追放する側の王子ね」


 ほら、俺はもちろん悪役令嬢役だ。お前らは?


「ええ?本当に強引なんだけどこの人達」

「厚かましさの頂点じゃね?」

「じゃあ僕ぁ、寝取った女の方ね」


 という事でその……名付けてゲームブックを使用する事になった。取り扱い説明書の通り安全な場所で本を開き、本に込められた魔法を発動する。



 *(ここから先は外見が変化しているが何となく中身が分かる)




「……と、ここで明らかになった罪状全てを認めるのだな」


 景色が変わり、何やら豪華な広間で大人数に取り囲まれた所でスタートした。ランスくんが高貴な人っぽい服を着込んでなにやら俺に宣言している。その横に寄り添う様にボンクラーズのボンクラ三号が腕を組んでいた。

 いきなり糾弾シーンからか。俺が何かを言おうとしたら、ランスが腰にさげた剣を目の前に放り投げてくる。


「よって、今ここで腹を切るがいい」


 時代劇かよ。

 ちょっと待ってくれ、周りを見た感じ西洋風だよな?俺はおずおずと剣を拾う。どうやらここからは自由に動ける様だ。なるほど……俺は鞘から剣を抜き放つ。ギラリと、怪しく刃が輝く。

 ペロリと刃先を舐め、俺は笑顔でボンクラ三号を見た。この泥棒猫ガァ。


「ヒイっ」


 息の詰まる様な悲鳴を上げてランスの腕を離し逃げ出すボンクラ三号。俺は剣を振りかぶり飛びかかった!


 ドッ……。しかし、その凶刃がボンクラ三号を切り裂くことは無かった。俺の目の前で鮮血を撒き散らし崩れゆくランス……。


「そんなっ……ランスっ」


 悲痛な声でランスに駆け寄るボンクラ三号。傷を抑え、血塗れの手を見て……もう致命傷であることを悟る。


「そんな、ランス……置いていかないで」

「さ、三号……お」


 ここで俺がランスの首を落とした。ごろりと転がる首。俺はそれを拾い、大事そうにお腹に抱えた。


「これでもう貴方は永遠に私のもの……もう誰にも渡さないわ」


 おそらくとても穏やかな笑顔を浮かべているだろう俺を見て、兵士役の一号と令嬢の取り巻き役っぽい二号がボソリと呟く。


「え?こういうお話なの?」

「展開早すぎません?」


 bad end……


 そのまま視界は暗転して、俺達は現実に帰ってきた。



「おいおいもう終わりかよ?とんだ不良品だぜ」


 帰ってきて、ランスの第一声がこれだ。ボンクラーズが口々に言う。


「いやあらすじ読めって!」

「ほら!なんやかんやで追放された令嬢のなんやかんやの逆転ストーリー!内政的な意味でね!」

「突然、サスペンスになったからびっくりしたよー」


 ちっ、やかましい連中だ。キャストミスだな、俺の様な負けん気の強い美少女が追放されようものならああなるのも仕方ない。負けず嫌いだからな。


「いやそういう問題だった?さっきの」


 一号を無視して俺はもう一度やるぞと促した。ランスはもう一度王子役で、今度は俺が泥棒猫だ。一号が令嬢役な。二号は令嬢の取り巻きお嬢様で三号は王子の取り巻きだ。



 *(変化した外見は何となく令嬢や王子っぽいのを想像して下さい)



「そんなっ!王子っ、私はその様な事をしておりません!」


 熱演だ。一号の意外な才能に俺は驚きつつも、涙を流して顔を手で隠した。


「ううっ……!私を突き落として、それを見下ろす一号様の顔……っ!今でも夢に見るというのに!」

「おらー見苦しいぞー、さっさと罪を認めろー」


 王子の取り巻きこと三号が援護射撃をしてくるがかなりの棒読みだ。先程のヒロインの熱演ぶりはどこにいったのだろう。令嬢役の後ろでオロオロする役割の二号が思わずと言った様子で噴き出している。


「見苦しいぞ。俺はお前には失望したよ……今、この俺自らの手でその罪を償わせてやろう」


 今度は自分で処刑する事にしたランスくんが腰の剣を抜き放つ。その剣が振り下ろされる前に一号令嬢がランスの腰に必死な様子で抱きついた。


「王子様っ、信じて下さい、無実なのですぅっ!」


 涙で顔をぐしゃぐしゃにして迫真の演技をする一号にランス王子もほだされたのか、剣を握る手が少し緩む。ここで情にかられた王子がこの令嬢を追放すればストーリーが進む、しかしそう上手くはいかなかった。

 ドカッと一号令嬢を蹴飛ばして、転がった先でそのお腹を踏みつける者が現れたのだ。


「見苦しいと言っているだろう?この雌豚がぁ」


 もちろん俺だ。しゃがみこんで一号令嬢の髪の毛を掴み、視線の高さを同じくして俺は囁く。


「大人しく死んでおけ、弟の命が惜しいだろう?」


 ここで急に弟がいるという新設定が生まれた。完全にノリで喋っている俺の悪ノリだ。さぁどうくる。


「……!ケインに何をする気っ、この女狐!」


 一瞬も戸惑う事なく一号はアドリブに乗ってくる、なんて奴だ。誰だよケイン。俺は底知れない才能に恐怖した。


「やめろーっ!ストーリーを進めろーっ!」


 このままではまたバッドエンドに行ってしまう事を危惧した二号取り巻きお嬢様がドレスを振り乱しながら飛びかかってくる、しかし軍服っぽいのを着ている三号が押さえ付ける。


「……?とりあえず止めたらいいんだっけ?」


 流れがイマイチ把握できてない様だ。戸惑いながら取っ組み合いに発展していった。


「ああ、上出来だ」


 俺はそう三号に伝え、一号令嬢の方へ向き直る。


「さて、王子様。早くこの雌豚を処分してしまいましょう」


 ニッコリと、ヒロインに相応しい天使の如き笑顔で俺がそう告げる。ランス王子も静かに頷いて、剣を構えて一号令嬢を掴む俺の腕を切断した。


「ぐうぅっ!お、王子様っ!な、何故!?」


 ペロリと刃を舐めるランス王子、下品な笑みを浮かべている。


「なぁに、バカが炙り出せたなぁ……そう、思ってね」

「な、何だと……!」


 腕を掴み苦しむ俺を蹴飛ばして、ランス王子は一号令嬢の手を取った。


「済まなかったね。さぁ、共に真なる悪を処刑しようではないか」


「うおおおお!このままやられてたまるかーっ!三号!」


 俺は血を撒き散らしながら叫ぶが、しかし三号は取っ組み合いの末に、二号取り巻きお嬢様に敗北していた。


「こ、ここまでか……」


 ガクリと、膝を折った俺は天を仰いだ。ランス王子と言う名の死神が、首筋に剣を突きつけてくる。


「王子様……私は、ただ、あなたの事を……」

「済まない。俺は巨乳派なんだ」


 ちなみに悪役令嬢は巨乳で泥棒猫は貧乳設定だ。そうして泥棒猫令嬢が処刑され、ランス王子は二号取り巻きお嬢様と結婚した。


 true end……


「これが正規ルートなのっ!?」



 *



 あー飽きたっ。

 十分楽しんだ俺達はゲームブックを放り投げて伸びをする。中々楽しかったな!


「いや最初の場面から全く進んでないじゃん!」

「てか何で最後俺の方……取り巻きお嬢様と結婚してんの?」

「多分そっちの方が胸大きいからルート分岐しちゃったんだね」


 ボンクラーズの三人も楽しんだ様だ。良かった良かった。やっぱりこういうのは大勢で楽しまないとな!感謝しろよ!


「ちっ、濡れ場はないのかよ」


 ランスくんは少し不満がある様だが、これは全年齢版なのでしょうがない。世の中には抗えないものがあるのだ。


 元々一緒に行動していたわけではないのでボンクラーズとは別れ、俺とランスとレッドは共にまた街へ繰り出した。

 三人でラーメン屋で夕食を取り、食べ終わったらそれぞれ別れて帰路に着く。俺は歩きながら空を見た。現実世界での星座なんて覚えていないが、あちらと同じく綺麗な星空が広がっている……。ぼんやりと考える。


 気付いたらレッドがいたな?


 あまりにも自然にいるものだからツッコミが遅れてしまった。ランスの奴も普通に受け入れて餃子取り合ってたし。


「ペペロンチーノ」


 ハッ!

 神出鬼没のプレイヤー、レッドが俺の行く先に立っていた。……ど、どういう事だ?もはやホラーだ。


「グリーンパスタがアルカディアで呼んでいる……一ヶ月前に滅びてしまったギルティアの件だ」


 言い方が物々しいが、要はアルカディア連合国のギルティア領が解体されたという件だ。ややこしいからアルカディアで一纏めにされてはいるが、ギルティア単体でも一応は国と呼ぶらしい。

 しかし、ギルティアがついにその名前を失ったのが、一ヶ月前だ。これでこの世界からギルティアという国が消えてしまったという事になる。


 まぁ長い説明になったが、一体それが何だと言うのだろう。


「それに、プレイヤーが関わっている……グリーンパスタはそう読んだのだろう」


 だから何だよ、知った事か。


「まぁいい、後で攻略組の掲示板を覗け。グリーンパスタが直接説明するだろう」


 やれやれ、相変わらずだ。コイツが現れるとほのぼの日常系が消え去っていってしまうぜ。


 そして掲示板は荒らされて炎上していたので何も書き込まずに寝た。






ボンクラーズ

自分の事を棚に上げたペペロンチーノにボンクラ呼ばわりされる被害者達。


一号、アルフレッド

二号、ジョージ

三号、マクレガー


それぞれ名前はあるが、面倒くさがったボンクラ作者のせいで作中ではあのような呼び方をされる。


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