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第34話 取り戻せ、自らの矜持

 

 武骨の刃と呼ばれる探索者パーティに加え熊の様な大男を引き連れて俺はまた迷宮へ潜っていた。


「光栄です。あのガーランドさんと共に潜れるなんて」

「ふふ、いやこちらこそ。中々活躍しているみたいじゃないか。堅実かつバランスの良さが売りのパーティの、邪魔にならなければ良いが」


 和やかな空気だ。

 剣士が笑顔で剛剣だか守護大剣だか呼ばれている男に話し掛けている。ゾロゾロと向かう先は……憎き四本腕の魔物。新たに確認されたその魔物は一時期話題になった毒の竜ギーヴルを従えているという。


「ギーヴルって大人しくなってたのに、その四本腕の魔物のせいでまた暴れてるの?」

「そんな報告はまだ無いけどなぁ、とりあえず確認みたいなもんじゃ無いの?」


 弓使いと魔法使いの話を横から聞きながら俺は黙ってついて行く。やがて、例の毒沼がある所へ来た。魔法使いが風の魔法で換気をする。

 もちろんそれで相手には気付かれてしまった。また入浴中だった様だ。


「誰だっ!」


 嬉しくないサービスシーンに男勢はげんなりしながら、ザパッと出てくる四本腕の男に対し警戒を露わにした。


「しゃべるぞアイツ」

「人間……ではなさそうだが」

「対話できるのならば、まずは話をするべきではないか」


 俺はパーティメンバー達に四本腕に対して感じている負の気持ちを押し付けて増幅させた。

 瞬間にピリッとする場。ギスギスとし始めた空気に、俺に気付いたオニヤマがニヤリと笑う。


「なるほどな、弱者らしく……数をそろえてきたか。良いだろう。受けて立ってやる」


 何処からか、スッと出てきたオリーブがオニヤマの側に並ぶ。こちらも全員が武器を構えた。一触即発……オニヤマの頰がぷくっと膨らむ。


「くるぞっ!」


 剣士が叫んだ。直後にオニヤマの口から毒霧が噴射される。煙幕の様に撒かれたそれを魔法使いが再び風の魔法で散らすと、その霧が晴れた時には既にオニヤマは服を着ていた。着替える為の時間稼ぎだったのか……。


「オリーブ、お前は大人しくしていろ。俺一人で……十分だ」


 不敵な笑みを浮かべるオニヤマに、ガーランドが前に出て大剣を構えた。


「余裕だな。だが、どこまで保つかな」


 風を切る音がして、横から飛来した矢をオニヤマが手で掴む。魔法使いが詠唱を始め、剣士と槍使いが一斉に駆け出した。


『武具創造・破魔!』


 オニヤマが叫ぶと、四本の手全てに光の武器が出現する。剣士と槍使い、二人の攻撃を防ぎ残った二本で四方から飛来する矢を弾き飛ばす。炎の矢を模した魔法が放たれた、しかしそれもオニヤマが武器を振るうと切り裂かれ霧散する。


「うおおおぉおぉ!」


 雄叫びと共にガーランドの大剣が振り下ろされ、それを二本の武器を交差させて防ぐ。残った二本でガーランドの脇を狙うが剣士と槍使いがそうはさせまいと援護した。ガーランドへの攻撃を防がれて尚、オニヤマは不敵な笑みを浮かべた。


「やるな……ぬぅん!」


 四本の腕が複雑に乱舞する。まるで刃の結界だ。射程内にいたガーランド、剣士に槍使いの身体に防ぎ切れなかった複数の切り傷が作られる。

 思わず距離を取った三人を守る様に、矢と魔法がオニヤマを襲うが、それを軽く斬りはらうとまずはガーランドへ向け追撃に出る。


 普通の人間より圧倒的に多い手数。腕が二本増えただけで対応力が桁違いだ。ガーランドの重い剣撃も二本で防がれ、残りの二本はガーランドの身体に傷を生む。


 隙をついて、剣士と槍使いは二人で連携をしながら攻め立てるが、オニヤマの戦闘技術は卓越しているのだろう。それぞれを一本ずつで対応し、残った二本で防御の合間に攻撃をする。


 戦いは続く。


 普通に強い。気付けば弓使いの矢は切れ、魔法使いも疲労し、前衛の三人も息を切らしていた。しかし、オニヤマは無傷で息も切らしてはいない。


「くっ、強いっ!」

「はぁ、はぁ……やるじゃねぇか、この野郎め」


 剣士と槍使いがへへっと笑って地面に座り込んだ。


「ふむ、中々良い運動になった。どうだ?ここらでやめにしないか?ところでここから出るにはどうしたら良いのだろうか?何年もずっと彷徨っているんだが」


 良い汗をかきながら爽やかにオニヤマが言う。息を切らせているこちらのパーティ達も何やらスポーツの後の様な空気だ。疲れているけど、満たされている的な。あれ?殺し合いじゃなかったんだ。どうやら肉体を使った対話だった様子。


「まだ、まだ。俺はまだいけるぞ」


 ガーランドが再び剣を構える。ニッと笑ってオニヤマも構えた。なんだろう、このスポーツ漫画感。


「来い。次で終わらせてやる」


 互いに口角を上げながら向かい合う。ガーランドが走り出した。剣が交差する。その時、そこはかとなくスポーツ漫画的爽やかさが漂うこの空間へ水を差す存在が、まるで闇夜を切り裂く流星の如く現れた。


 ランスだ。目にも留まらぬ速度で肉薄しガーランドの影から槍を突く。


「ぬっ……!」


 速く鋭いそれを何とか受け止めて、オニヤマは後退る。


「ランスっ!」


 ガーランドが叫んだ。それを無視してランスはオニヤマに襲い掛かる。俺の見る限りこの二人の戦闘能力のレベルは近い所にある。

 だが、スポーツマンシップだとか騎士道とかいう概念がランスには全く無い。つい先程までオニヤマの戦闘を覗いてその動きを観察したランスと、今初めて対峙するオニヤマとではそこで差がついたのだろう。


 金属がぶつかる様な音が何度も響いて、オニヤマの身体にいくつかの傷が作られた。防戦一方だ。いや、よく防いでいると言ったところか。連戦に加え、実力の近い相手との……相手は自分の動きを知っているという不利な状況で、何とか抑えているのだ。


「四本腕の人間か……剥製にしたら高く売れそうじゃないか」


 ペロリと唇を舐めるランスくん。殺す気満々だ。連戦のオニヤマと違い、今の今まで身を隠していた彼の体力は満タンである。しかし卑怯だとは思わないらしい。思っても気にもしないのかもしれない。


『オニヤマっ』


 オリーブの悲痛な声が上がった。俺はその声に少し胸が痛んだが……悪い虫は潰さなければいけないと心を鬼にした。

 ランスが腰に槍を構えた。大技を決める気だ。直前にランスの槍で上の二本の腕が弾かれたオニヤマの身体は少し仰け反っていた、絶好の機会なのだろう。チラリとランスが俺を見た。


「爆閃突」

「ぬおおおあああ!」


 無理矢理体勢を立て直そうとするオニヤマ。俺はボソリと『解放リリース』と唱えた。俺から魔法結界が広がっていく、その効果は本家本元に比べると貧弱極まりないが……体勢の崩れた相手には、多少の効果がある。そして、その多少は達人レベルの戦いにおいてとても大きな意味を持つ。


 そのタイミングを見計らってランスの爆閃突が放たれた。立て直そうとした所で五感が揺さぶられた事で、より悪化した姿勢でそれを受けることになるオニヤマ。

 彼の身体を暴風の如き刺突が飲み込んだ。周囲に血が飛び散る、誰かの息を飲む音がした。


 パキンっ。何かが割れる音が響く。

 巻き上がった土煙の中から、身体中に傷を作ったオニヤマが立ち尽くす姿が現れる。その手に持った武器は砕けており、先程の音はこの音だったのかと悟る。

 だがどこにも欠損はなく、傷も皮膚だけの軽傷と言えた。まさか、あの状況で防ぎきったのか?


「今のは、中々恐ろしかったぞ」


 オニヤマが不敵に笑う。ビシッ。そんな音が響いて、ランスの握る槍が砕け散った。高い戦闘能力に加え、勝つ為ならば情け容赦の無いランスには致命的な弱点がある。


 それは、基本的に金欠の彼が持つ武器はワゴンで投げ売りされている様な安物だという事だ。


 対してオニヤマは再び手の中に武器を作り出した。武器の差は、歴然だった。ニヤリと口角を上げたランスは機敏な動きでこの場から去った。


「に、逃げやがった」


 ガーランド氏の呆気にとられた声だけがやけに耳に残る。一体奴は何をしに来たのか。



『もうやめて』


 気付けば、傷だらけのオニヤマの前にオリーブがいた。心なしか、瞳からは涙が溢れている様にすら思える。俺は一歩前に出て手を広げた。


「オリーブ、そんな何処の馬の骨かも分からん奴の所には預けられん。帰ってこい……!」


 俺の悲痛な叫びに、オリーブは首を振って応えた。


『オニヤマは、オニヤマは……ボクと一緒にいても死なないから。他の皆は、ボクといると、危ないから』


 オリーブ……。まさか、お前。


『だから、オニヤマといると寂しくないから』


 そ、そんな……。俺は膝から崩れ落ちた。まるで自分の立つ地面が崩れ落ちていく様な錯覚を覚える。俺は自らの浅はかな心を恥じた、オリーブの為だと言いながら……俺はオリーブを苦しめていたのだ。


『今までありがとう。また、会いに行くよ』


 俺は静かに立ち上がり、くるりと踵を返して背を向けた。オニヤマ……。俺はぽかんとしている四本腕の男に話しかけた。オリーブの事は任せたぞ。


「ん?ああ……?任せろ」


 オリーブ。いつでも帰ってこいよ。俺は、いつまでもお前を待つ。


 はらりと涙を零して、俺は走り去った。その俺の背中を、オリーブは見えなくなるまでじっと見つめていた……。





 しばらくして、ランスと一緒に飲み屋をはしごしていると、ある店に顔見知りがいたので絡みに行くことにした。


 よぉ、飲んでるかーい。熊の様な大男に肩を組み、その男が最近組んだパーティメンバーと共に食べていた軽食を奪う。


「ランスっ!またお前はこんな小さい子を連れ歩いて……!」


 熊の、改めガーランド氏がランスの顔を見て吠える。


「いや、俺はむしろ振り回されてる側なんだが」


 珍しくランスの勢いが無い。以前逃げたことを盾に俺に金を毟られているのだ。払う事を拒否しても俺が店側にランスにツケておいてくれと言えば店側も俺の見た目にほだされて言う通りにしてくれるのだ。恐らくランスへの嫌がらせも含まれているのだろうが。


「ガーランド!いいじゃ無いか!この街ではそういうお堅い所はないんだろっ!」


 上機嫌になって、片側に二本あるうちの一本で俺の肩、もう一本で頭を掴んでオニヤマが叫ぶ。声がデカイ。酔っ払っている様だ。

 どうやら十年近くも迷宮に閉じ込められていて、ようやく出れたものだからはっちゃけているらしい。その見た目と実力から迷宮都市でも有名になっていた。

 酔いのせいで力加減が怪しいのか俺の身体からミシッと軋む音がする。あばばば、や、やめろぉ!


『よせ、オニヤマ。ソイツは脆い。お前の力では強すぎる』


 そんな俺を気遣って、オニヤマの手を掴み離してくれる存在がいた。それは紫の鱗を持つ蜥蜴人リザードマン……文字通り人型の蜥蜴みたいな人種だ。


「ん?ああ、悪いな。酒にだけは強くなれないもんだから、不思議なもんだ。どうやら酒は毒じゃないらしい」

『だから飲み過ぎるなと我が普段から言っているだろう』


 この三人でパーティを組んでいるらしい。まだパーティ名は決まっていないらしいが。


「じゃあ俺はコレで」


 しれっと逃げようとするランスに俺は蛇の様にしがみついた。


「ぐっ、離せ!」

「逃すかよぉ〜行こうぜ、次はお姉ちゃんのいる店だろうがよぉ」


 悪態をつきながら渋々と言った様子で歩き出すランスに引きずられながら、俺は三人組パーティに手を振った。


「てかなんか感動的な雰囲気醸し出しながら別れてたけど再会早くないか?」


 後ろからオニヤマが何かを言っているが、聞いてない事にした。途中で何やらウロついているハゲ親父を見つけたので捕獲して、迷宮都市の夜は更けていく……。



 *



 芸術の国と呼ばれている、アルカディア連合のアレール領。その領主であるアレール三世は冷や汗を垂らしながら来客の対応をしていた。


「んー、何だかこれいい感じっ!ねぇ……これ欲しいなぁ」


 アレール領には国内外からさまざまな美術品が流れてくる。その美術品の中でアレール三世本人が気に入った物などは、来客対応用の応接室にも飾ってある。

 その応接室の中をうろうろとしている女がアレール三世に冷や汗を流させている相手だ。来客である……アルカディア連合のギルティア領の領主が連れてきた、若い女である。


 ギルティア……最近、内乱や経済破綻でアルカディア内部でも問題視されている領国だ。今話題になっているそのギルティアの領主が突然訪問してきたのだ……アレール三世はその対応に困っていた。


「うんうん、ちょっと待ってね。……アレール三世、あれは幾らで売ってくれるかな?」


 デレっとした表情から一転、キリッとした態度で聞いてくるギルティア領主にアレール三世は頰を掻いた。


「失礼ですが、ギルティアは今資金繰りに困っていると耳にしたのですが……」


 決して安くはない美術品の類を買う余裕などあるのだろうか?純粋に心配しているからこその言葉であった。


「ははは、心配などいりませぬ。金などいくらでも用意してみせますよ」


 とても信用ならない。内心ではそう思いつつも愛想笑いを浮かべておくアレール三世。面倒事は好きではないのだ。

 チラリと、謎の女の方を見る。この世の物とは思えない美貌だ。銀に近い白髪は常に燐光を纏ってさえ見え、吸い込まれる様な煌めきの赤い瞳はまるで宝石。

 少し浅黒い肌もしっとりとハリがあり、大きな胸の谷間を露出しているのも相まってそこはかとない色気を醸し出している。


 あくまでも噂だが、ギルティアの領主はこの女にぞっこんで、それが内乱や経済破綻の原因だと言われている。

 ギルティア領は近々アルカディアの本国から直々に解体を命じられる事が決まっているのだが……それを知ってか知らずか散財はやめていない様だ。


「ねぇ、おじさーん。これちょうだいよぉ。すごく可愛くなぁい?」


 女性にしては高い身長に成熟しきった身体。それにしては幼さを感じさせる声音に妙な感覚を覚えながらも、アレール三世は物理的な距離を近付けてくるその女からジリジリと後退する。

 彼女に近づかれると、その色気からかクラクラときてしまう。その感覚がとても恐ろしかった、何故ならば……。


『傾国の魔女』


 彼女はそう呼ばれる、特に男性にとって危険な存在だからである。



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