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第32話 おっさんに優しくない世界


 ヒズミさん、ちーっす。

 突然、迷宮都市にて自身が営む魔道具屋に押しかけてきた俺に対して、ヒズミさんこと龍華にて嫉妬の魔女と呼ばれている傍迷惑な女は射殺す様な視線で睨みつけてくる。


「……おい、気安く絡んでくるな」


 んー?アキラくんが居ないところでは口が悪いんですねー。もし俺の後ろに来てるって言ったらどうするよ?


「あの子が半径五十メートル以内に入れば気付く。そんなハッタリは無駄だ」


 え、怖い。

 この年齢不詳の女はどこまで拗らせているのか、その内発信機とか付けそうだなぁ。


「何の用だよ。……いや待て、ちょうど良い。これ飲んでみろ」


 不機嫌そうな面でぶっきらぼうな態度をとるヒズミさんが何かを投げつけてくる。丸薬?くんくん、無臭だ。怪し過ぎる。

 続けてもう一つ投げてきた。受け取ってみると、なんとお金だ。


「おら、金やるから飲め」


 雑っ。扱いが雑過ぎる。

 しかし……。俺は手の中のお金を見る。気付けば財布の中に入れていた。ハッ!

 しょうがないとばかりに丸薬を一飲みにする。……?特に何もないが……。いや、動悸が激しくなってきた。なんだなんだ?やっぱり毒?

 テンションが上がってきた。うおーーーっ!突然雄叫びを上げて店のカウンターによじ登った俺を無表情で見つめる魔女さん。


 今ならなんでも出来る気がするぞ!俺は店を飛び出した。勢いのまま走るが、すぐに人にぶつかってしまう。

 おらっ!どこ見てんだテメェっ!


「んだオラァ!このクソガキ!やんのか!?」


 上等だ!ぶっ飛ばしてやる!

 この街の奴らは基本的に性格が荒いので喧嘩早い。探索者には単細胞な奴が多いのだ。

 普段ならば、勝てるはずがない相手に俺も喧嘩は売らなかっただろう、多分。

 しかし今の俺は言葉に出来ぬ力に溢れ、何故か好戦的な気持ちになっている。目の前のチンピラ男をぶん殴ってやる為に地面を思い切り踏み込んだら足が砕けた。ええ……?


 足を代償に物凄い勢いで加速する俺の身体。だがこの世界においてプレイヤーの肉体は血の入った水風船に等しい。それを、鍛えられたこの世界の人間相手に凄い勢いでぶつけたらどうなるだろうか。


 ステータスの差は無情である。俺の身体はチンピラにぶつかって血を撒き散らして四散した。


「キャアアアアア!」


 突然のスプラッタにチンピラがギャルの様な悲鳴を上げた。一部始終を見ていた周囲の人間も、ドン引きである。


 俺は魔女の店の隠し部屋にある転移魔法陣で復活してすぐに店内に戻り、扉のガラスから先程の俺の暴走劇をほくそ笑みながら見ていた魔女にクレームを入れた。

 おら!どういう事だ!何飲ませやがった!


「え……なんでウチから出てくんの」


 いや知らん。なんか転移してからここもセーブポイントに選べる様になった。


「何だと?……ふぅん」


 いや一人で納得すんなよ。だからさっきのは何だ!お前っ……なんかどえらい事になっちまっただろうが!


界力ファルナを丸薬として摂取する事で一時的な強化を目指したんだが……やはり上手くいかんな。肉体が付いていけてなかった」


 なんかもう界力ファルナってのがよく分からなくなってきたのですが。どういう概念なんですか?


「……簡単に言えば、世界そのものへ干渉する為の力だ。あらゆる全ての事象を起こす為に必要な……原初の理だよ」


 うん?うん……。なるほど?分かった様な、分からない様な?てかそれって丸薬に詰めるとかそういう物理的なものなの?


「私はこの世界において……アルプラを除けば、最も界力ファルナの扱いに長けている。そもそも、界力ファルナへの干渉・・なんて普通は出来ん」


 えっ……。なんかさらっと凄い話をしている気がする。とりあえず俺は何となく分かったふりをした。レベル上昇によって得られる身体能力への補正値が、まさしくソレの事なのだろう。考えるのではなく感じるものだと自分に言い聞かせた。


「お前にあげた魔剣のデメリットを無くして、メリットだけを追求した結果がさっきのあれだ。分不相応な力にはそれ相応の代償を支払うことになると言うわけだな」


 むぅ。確かにあの命を捧げる魔剣には肉体も強化する効果があったな、その代わり死ぬけど。うーん、この丸薬を使えばプレイヤーでも強くなれたりしないかと思ったが、話を聞く限りどんなレベル帯の奴が使っても今の様になるのだろうな。

 あれではただのダイナミックな自殺だ。ところで店の前の通りが、先程の俺のせいで割と騒ぎになっているので俺は道化師の如く手を広げながら店から出て行く。


「えっ……!?」


 驚くチンピラと通行人。俺は叫ぶ。


「イリュージョン!」


 ワアアアァァ!と歓声が上がった。



 *



 いやイリュージョンじゃねーよ。ひとしきり騒いだ後、俺は店内に戻ってきた。中ではカウンターに肘を置いてつまらなさそうな顔で魔女様がボケっとしている。俺の顔を見て口を開いた。


「ペペロンチーノ、お前これからも実験体になれよ。良心が痛まなくて捗る」


 なんて言い草だ。龍華でもここまで酷い扱いではなかった。魔女と呼ばれるだけはあるな、心というものを失ってしまわれたらしい。


「それで何しにきたんだよ?」


 脱線してしまったから思わず忘れてしまっていた。そう、何を隠そうオリーブの事だ。結局迷宮から出て来ないじゃないか。どうしてくれる。


「飼い主が来たら出て来ると思ったんだが……」


 少しバツの悪そうな顔のヒズミさん、ここぞとばかりに俺はカウンターに座って踏ん反り返り偉そうに威張り散らす。

 てめぇ!人のペット勝手に連れてってあまつさえ放流するとはどういう了見だ!


「チッ……ウゼェ」


 コイツ……!なんてふてぶてしい奴だ。どうすればこう育つのか。しかしここで揉めていてもオリーブは帰ってこない。聞き忘れていた事情というやつを聞くことにした。


「最初は、私の研究の実験体のつもりだったんだが、それで一緒に行動していたらアキラくんがオリーブの事を随分気に入ってきたみたいでな。探索にも共に連れて行くようになったんだ」


 実験体というところに突っ込みたいが続きを大人しく聞く。


「あいつは餌がよく分からなくてな、だから迷宮内で何を食べても気にしていなかった……それでだ。あの階層には毒の沼があるんだが、私が用事でアキラくんとは別行動している時にオリーブを連れて迷宮潜りをしていて、あの階層から動かなくなってしまったわけだ」


 はぁ、と溜息を吐いて。


「あいつは身体そのものが毒の塊みたいな奴だ、私がいなければ無理は出来ない」


 何故あんな劇物に育ったんだろうね。


「飼い主が悪かったんだろうな。その証拠にアキラくんが連れていたら、日に日に瞳に輝きが戻って行ったよ。ただそれでも自分の飼い主は誰か……とはっきり認識はしているらしい。健気な子だよ、飼い主とは似ても似つかない」


 いやね?飼い主に類される奴がもう一人いるんだよ。ハゲたクソ親父さ。オリーブには申し訳ない事をしていたと思っているが、どちらかと言うとそのハゲ親父と一緒にいる時間の方が長かった。


「てか結局帰って来てないし、そのハゲ親父連れて来るか」


 いやそんな事より、そのアキラくんはオリーブの事を全く心配していなかったじゃないか。以前、掲示板の前で会った時に話題にすらならなかった。


「ああ。アキラくんはオリーブの事を蜥蜴人リザードマンだと思っているからな」


 ……?いや、何を言っているか分からない。

 俺が本気で不思議に思っていると、ヒズミは店の棚からゴソゴソと何かを取り出した。それは、まるで寝袋の様な……肌色の謎の布の様なものだった。

 どこか、既視感があるのは気のせいだろうか。


「私の作った魔道具だ。これを被って、生き物の血を掛ければ一時的にその生物の形をとれる」


 どこかで聞いた事がありますね。似た様なものを他に作って市場に流出させませんでした?例えば人が着る様なタイツっぽい見た目で、体型は変わらないやつ。そして脱げない。


「なんで知ってるんだ?確かにそんな失敗作もあった気がする。売ってはないが、気付けば無くなってたんだよな」


 知り合いがそれ着てましたもので。鳥人間みたいになりましたけど。


「変わった知り合いだな。まぁ、肉体の強化という観点で見れば悪くない判断ではあるが。鳥でなくもう少し違う生き物にすれば良かったのに」


 事故みたいなもんだったからなぁ。

 俺が他人事の様にしみじみ答えていると、ふと何かが目に入った。店に飾られた写真だ。俺は思わずそれを手に取って見る。


「それそれ、ほら。これがオリーブだよ」


 それは、どこかで見た女(男)三人組とショタ、加えて普段からは全く想像できない物静かで貞淑な雰囲気を醸し出すヒズミさん、そして謎の蜥蜴人リザードマンが横並びになってポーズを取っている、写真だった。

 蜥蜴人リザードマンの外見は、オリーブをそのまま人型にした様な禍々しい存在だった。可愛くねぇ……。


 いや、普通さ……人化って言えばかわいい女の子か格好いい男になるべきだろ?それがお前……っ。これ、いやほんともうただ二足歩行してるオリーブじゃん。お約束はどうした?マスコットポジはあざといチビ竜に取られそうだからって色物枠にいくのはどうよ?


「元から色物だろう……」



 *



 というわけでハゲ親父の店にやってきた。しばらく姿を消していた癖に普通に龍華に帰ってきて、かつ突然嫉妬の魔女という大物を連れて店にドカドカ侵入してきた破滅の魔女に、ハゲ親父こと怪しい薬屋の店主は流石に狼狽えていた。


「おらおら行くぞ!」


 騒ぎ立てる俺にハゲ親父は困惑しつつも動こうとしない。


「なんなのいきなり……。そんな急に言われても……」


 ドン!嫉妬の魔女さんがカウンターを強く叩いた。びくりとハゲ親父は身体を震わせる。


「おい、いいからさっさとしろ」


 別名、歩く災害さんに凄まれた小市民はしどろもどろに何かを訴えようとしている。


「いや、あの、だから、そんな急に」


 しかし、そんなウジウジした態度に腹が立ったのだろう。目に見えて災害さんがイライラし始めた。


「チッ……黙ってついてこればいいんだよ、このハゲ」


 ニヤニヤしながらゴクリと俺は唾を飲んだ。痺れるぜ……ハゲ親父は別に容姿に優れているわけではない。ただのおっさんなので可愛くないからか魔女さんの当たりが強い。

 この龍華という国では面食いの女が強過ぎる。なんて国だ。


「ええ……なんなの、このペペロンチーノに暴力性を付加した様な人」


 おいおい、聞き捨てならねぇ。暴力性どころかほとんど、いや全てこの女と違う。関連性すら見当たらんだろうが。

 ビクビクしながら暴言を吐くハゲ親父に俺は噛み付いた。歩く災害さんも気に入らない様だ。


「侮辱するのも大概にしろよクソハゲ、ぶっ殺すぞ」


 嫉妬の魔女さんがキレる理由は思い至らんが同じ気持ちだぜ。こんな問答をしている暇はないんだよ。だから、もういいだろう……ヒズミ。


「呼び捨てにすんな」


 素っ気ない魔女さんだが意図は伝わったようだ。謎の光で出来た縄の様なものを手から生み出して、その縄は空中を自ら動いてハゲ親父を簀巻きにする。

 ポトリと地面に落ちたハゲ芋虫をヒズミは肩に担ぐ。さぁ、行こうか。


「いやー!誰かぁ!拉致されるーっ!」


 うるさい奴だ。ガッ、と口に布を突っ込んで黙らせる。更に耳元で囁いた。無駄だ、お前自ら選んだ店の立地だ。人通りの少なさはよく知っているだろう?綺麗な身体でお家に帰りたいなら、大人しくするんだな。

 そう言うとモゴモゴとしながら暴れていたハゲ芋虫は大人しくなった。

 

 そうして白昼堂々とおっさんの拉致事件が起きたが、だからと言って特に何か起こるわけでもなく龍華の平和な日常は流れていく……。



 *



 まぁそんなどうでもいいハゲ親父の拉致事件は置いといて、俺達はまたまた岩窟ダンジョンへ来ていた。

 そこでようやくハゲ親父を解放し事情を説明する。


「まだまだ奴には仕込みたい事があるからな、何とかして連れ戻せ」


 何やら怪しい事を考えているヒズミさんを警戒しつつも俺も頼み込む。出来なかったら、どうなるか分かるな?ハゲ親父の肩に手を回して囁く。なぁ頼むよ、オリーブの事はお前も可愛がっていただろ?


「何だそんなことか、俺もあいつの為に新しく調合したくす……エサがあるんだ。喜んでくれるかなぁ」


 コイツもなんか怪しい事を考えているぞ?お前らオリーブを何だと思っていやがる。任せてられないぞ……俺が守らねば……。


 三人で毒沼のある方へ行く。ひょいと物陰から覗いてみると、いたぞ。毒浴びをするオリーブの姿だ。


 しかし、オリーブだけではなかった。上半身裸体のヒトガタの生物が毒沼に浸かっている。何故ヒトガタなどという妙な言い回しをするかというと、その生物には四本の腕があるからだ。

 俺が困った様に引き返すと


「誰かいるのか?」


 気になったのか同じ様にひょいと覗き込むヒズミさん、少し見つめてから振り返る。


「なんだアレ」


 俺が聞きたい。今まで生きてきて四本腕のある肌色の人間っぽい奴なんて見た事がない。しかも毒に浸かってるぞ、どういう身体構造なんだ。もう少し近くで見たいが、前回ここの空気を吸うだけで死んだ俺にはこれ以上近付けない。


「何者だ!」


 三人で困っていると、逆に向こうから声をかけられてしまった。言葉話せるのか。

 毒の瘴気に当てられてはすぐに死んでしまうのでヒズミが魔法で何とかしてくれる。要は歩く空気清浄機だな。


「何という力……化け物か……?」


 四本腕の……どうやら男の様だが、その男はヒズミの方を見て何やら恐れ慄いている。俺達が近付いていくと、その四本腕男はザパっと立ち上がりこちらを睨みつけてきた。


「人の入浴を覗くとは、この破廉恥な連中めが」


 心外な事を言ってくる謎の生物。スキンヘッドで腕が四本である以外は、耳がエルフっぽく尖ってるのを除き、あとついでに小さい角が二本額に生えているのを除けば普通の人間に見える。


「……異邦者」


 ぽそりとヒズミが呟いた。よく聞こえなかったので、何だって?と俺が聞き返す前に目の前の謎生物が怒りを露わにする。


「俺の身体を狙う変態どもがっ!やるなら抵抗させてもらうぞ!」


 何やら腹の立つ勘違いをしているその謎生物を、俺達は困惑しながら見つめていた。



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