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第30話 帰還組

 

「サインお願いします……」


 キラキラとした瞳で色紙を突き出す少女に、迷宮都市のアイドルグループ『クリームスフレ』のメンバーの一人、ギターのセイランは笑顔で対応した。

 自慢のツインテールを揺らしながらサラサラーっとサインを書いてみせて、輝く様な笑顔で色紙を返し、背の低い少女に視線の高さを合わせて頭を撫でる。


「応援ありがとうね」


 ニコリと笑えば、少女もニコリと笑い返した。一瞬チラリと、少女の視線がセイランの胸元と更にその下に移動した気がするが、まぁこの子も年頃なのだろう。しょうがない、これから大きくなるよ。


「セイラン?」


 後ろから、同じグループのメンバーであるアサヒの声が掛かる。黒髪ショートカットに、まるでサファイアの様な蒼く大きな瞳を持つ、一見地味に見えてかなり整った顔立ちの……クリームスフレのボーカルだ。


「ああ、アサヒ。いやごめんね今この子にサインを……」


 そこまで言って、先程までそこに居た少女の姿がない事に気付く。


「ん?この子って?」


 不思議そうに訪ね返してくるアサヒに、セイランも首を傾げる事しか出来なかった。それにしても、と。アサヒは続ける。


「ふぅん?セイランにしては珍しく、サイン書いてあげたんだ」


 そう言われて、ふと。確かにと呟く。


「可愛らしい子だったからかな?なんだか、書いてあげたくなっちゃって」





「ほぉ、あのセイランのサインか。ツンツンしていて中々サインをくれないと有名だが、小さい子には弱いみたいだな」


 ニヤニヤとクソ野郎ランスがサインを見つめる。それを頂戴してきた俺こと可憐な少女ペペロンチーノはせっせと次の金稼ぎの準備に勤しんでいる。おら!手伝え!



 *


 今回はオークション形式でいく事にした。怪しげな建物の一室を借り、数日かけて噂を流したりして集めた『クリームスフレ』のセイラン推しファンが立ち並ぶ。中には転売を狙っている奴もいるだろうが、とりあえず室内は熱気に包まれていた。

 本物なのかと疑う奴らも出る事を予想して、ファンの中でも発言力が高そうな奴に本物のサイン色紙を見せつけて噂を流させたのだ。もはやこのサイン色紙を疑う者は居なかった。


「えー、それでは。只今より『セイランのサイン色紙』のオークションを開始したいと思います」


 壇上に立って宣言する。

 《扇動》は大人数の集団に対して効果を発揮するスキルだ。その副次効果として俺は他人の感情を感じ取れる他、声が喧騒の中でも届きやすくなったりする。


「まずは十万から……」


 俺がそう言うと、一部から「え?高くね」と言う声が上がるのですぐさま怒鳴る。

 だったら出て行け!要らないって事だろ!そう言うと黙る。俺の前には槍(ワゴン売りの特売)を肩に担いだ青髪の男が立っている。護衛だ。

 実力と悪評の二つで有名なこの男が俺の前に立っているので、もし力でどうこうする不埒者が居ても何とかなるだろう。


 不満を押し退けて進行すると、なんやかんやで声が上がり始める。ふむふむ、余程サインはレアらしい。お高く止まりやがって、そこが良いらしいが。

 ぐんぐんと値段が釣り上がっていく中、突如オークション会場の扉が強く開かれた。大きな音が響き、一瞬で会場が静かになる。何やら熊の様な体格の男が頭に『セイラン命』と書かれたハチマキを巻き、ハッピの様な物を着込んで立っている。胸元には『セイラン親衛隊』の文字が。


「や、奴は。『セイラン親衛隊』の『守護大剣』ガーランドだ……!」


 近くに立っていた解説おじさんが丁寧に教えてくれる。ガーランド氏はズンズンと人垣を押し退けて、大きな剣を抜き放ちこちらに向けてきた。剣の側面に『セイラン命』と彫られた大剣だ。強面の顔に強く怒りを滲ませ叫ぶ。


「セイラン様のサインをこの様な下賎な催しで売り払おうとは!許せぬ蛮行だ!そのサインに込められた想いを踏みにじる気か!」


 クレーマーが来たか。対応係のランスが槍をトントンしながら不敵な笑みを浮かべる。


「おいおい、失礼な事を言うじゃないかぁ。俺達はサインに恵まれぬ者達に、平等に手に入る機会を与えてやろうとだな?」


 そうだぞ。俺が続ける。同じファンなら、サイン色紙が欲しいと思う気持ちも分かるだろ……いや、そうか。なるほどな。まさかガーランドさぁん、あなたはサインを持っているんですね?

 努めてポーカーフェイスを維持しているが、俺の目はごまかせない。ペロリと唇を舐めて息を吸う。


「まさか自分は持っているからと!その余裕の気持ちから他のファンがサインを手に入れる機会を奪おうと言うのでしょうか!?」


 一息に言ってみせると、全員とは言わないが少なくない人数がガーランドに敵意を向ける。思わずたじろぐガーランド。ランスが嬉しそうに

 壇上から降りていく。


「なんて事だ!親衛隊とはセイランの寵愛を一身に独占する組織だったのかぁ?なるほどなぁ、親衛隊とはうまく言ったもんだ。聞こえの良い言葉で自分達だけ美味い汁を吸おうとは」


 額に手を当て、少し天を仰ぎながら言ってのけるランスさん。対してガーランドさんは目つき鋭く剣を振り上げ地面に叩きつけた。しん……と、会場内が静まり返る。


「親衛隊とは、セイラン様へ一方通行の愛を捧げる組織。ランス……!貴様、そんな我らを愚弄するか!」


 なんという気迫だ……!俺は気圧されて尻餅をつく。なんだか怒られている気分になったのか、集まっている客もガーランドと目が合わぬよう視線を下げている。だが、その魂の叫びもあの男には全く届かない様だ。


「愛とは、返されてナンボよ。否、男たるもの、相手からの一方通行を求めないとダメだろ?ぬるいぜ。親衛隊?アホの集まりじゃねぇか」


 なんて奴だ、俺を含めて周りの客もドン引きだ。そこまで言うか。会場の空気がガーランド寄りになっていく。流石に怒りの頂点に達したのか、眉間に深いシワを寄せてこめかみに青筋をビクビク立てたガーランドが熊の様な体躯を更に膨らませて剣を構えた。


「ランスッ!ここがお前の墓場となろう!」

「ほぉっ、面白いっ!やってみやがれ!」


 互いに武器を構えて一触即発になったその時、会場の扉から大量に同じハッピとハチマキをした男達が流れ込んでくる。


「お、お前らっ!」


 ガーランドが驚く。へへっ、と。入ってきた男の一人が鼻を掻く。


「俺達も、こんなの見過ごせねぇ」

「隊長。このクソ野郎を叩きのめしましょう」


 親衛隊の連中か……。流石に数が多い。だがその前にまだサインが売れていない。ランスの命はどうでも良いが金は大事だ。

 という事でこの場でオークションを再開した。


『はい、一番魅力的な金額を言った奴に売るぞー。欲しくないのかー』


 こんな状況でも欲しい奴は欲しいらしい。何人かが殺到すると、それを見た奴も口々に声を上げる。だが、親衛隊がそれを許さなかった。


「お前らっ!ファンなら考えやがれ!」

「お前らはファン失格だよぉ!」


 しかし、言われた方も黙っていなかった。


「うるせぇ!お前らには関係ねーだろ!」

「お前らどうせ持ってんだろ!」

「手に入るなら欲しい。それのどこがダメだってんだ!」


 するとあれやあれやという間に乱闘騒ぎが始まった。取っ組み合う意見の食い違った者達、なんと醜い争いか。やはり人間はどの世界でも醜い争いをやめられないらしい。悲しい事だ。



 この騒ぎは、迷宮都市でもそこそこ話題になった。


 後に『クリームスフレ』のライブで、セイラン自身がその騒ぎを聞いてとても悲しい想いをした……と涙ながらに語った事が大きな要因だろう。


『堕槍のランス』という男が今回の一件の首謀者であり、幼子を利用してサインを手に入れた……そう、今俺が読んでいる迷宮都市新聞に書いてある。


 うん。間違ってないな。お、なになに、アルカディア連合のギルティアだとかいう所が財政破綻しそう?むむ、なんか聞いた事あるような……。まぁいっか。


 他には龍華の記事もあった。闘技大会が終わったらしいが、何やら一悶着あった様だ。大会中に暗躍していた大臣ねぇ。何々?爆弾で要人暗殺を企んでた?けど爆薬が明らかに足りてない間抜け?はははっ、バカだなぁ。

 ん?そういや、予選前にお菓子をご馳走してくれたおっさんがごちゃごちゃ言ってたなぁ。そんで、なんか爆弾くれたんだよな。

 まぁいっか!


 そんな風に、迷宮ギルドと呼ばれている役所っぽい所に併設されている食堂で椅子に腰掛け新聞を読みながら軽食を摘んでいると、俺の視界に影が差したので顔を上げる。


「これはこれは。掲示板に噂が流れてはいたが、もしや、有名なペペロンチーノではないか?『攻略組』がわざわざ何の用でここに?」


 なにやら男が三人立っている。安物の装備に身を固めたおっさんが雁首揃えて俺を睨みつけている……なんだこいつら……独特の違和感。もしや、プレイヤーか?


「ようやく、攻略組(廃人ども)は我々『帰還組』が正しいと認めたわけか?」


 おいおい、突然なんだよ。俺は立ち上がりギロリと睨む。

 廃人とは失礼だな、攻略組とはとうの昔にさよならしているんだ。一緒にしないでもらいたいね。


「はっ!『三狂』とまで呼ばれた奴が今更だろ、俺達からすりゃお前はずっと攻略組へんたいどもと同じだ」

「この厄介者が、何しに来やがった」


 口々に俺を責め立てる三人組のプレイヤー。陰湿な奴らだ、お前ら如きに俺の行動にケチつける権利があるとでも?

 プレイヤーは基本的に雑魚なので俺は強気だ。


「お前は行く先々で問題を起こすという。我々『帰還組』の邪魔をするつもりなら、さっさとこの街から立ち去ってくれないか?」


 先頭に立つダンディなおっさんプレイヤー。そもそも自由なキャラメイクが出来るのに若いイケメンや可愛い女キャラをメイクせず、おっさんメイクをする奴らとは感性が合わない。


 つまりこいつらとは間違いなくウマが合わない。だから言う事を聞く必要がない。俺はいきなり因縁をつけられて腹が立ったので言い返す。


「邪魔だと?確証のない憶測に期待を抱いて、ビクビクしながら低階層をウロついているだけの奴らの邪魔をする方が難しいと思わないか?」


 迷宮の最深部に行けば願いが叶うだとか、元の世界に帰れるとかいう根も葉もない噂が掲示板には流れていて、『帰還組』と呼ばれる元の世界への帰還を至上主義とした連中の多くが迷宮都市に来ているという。


 しかしほとんどが大した事を為せずリスクの低い所でちまちまレベル上げに勤しんでいるのが実態だ。最深部なんて何百年かかるやら。

 なので、嫌味たっぷりに言ってやる。すると、グググと口をつぐむ雑魚ども。身の程を知りな。てかそもそも正しいとか正しくないとかいきなり言われても困る。何の話だよ。


「まさしく『攻略組おまえら』の一人が、同じような事を言ってバカにして来たのさ、そんな事している暇があるならスキルを解放しろとな」


 くっ、同じ様な台詞だと。今のはダメージが入ったぞ。俺は訂正した。いや、お前らは堅実だよ。堅実、大事な事だ。俺達は死んでも生き返るからってそこを忘れがちだよな。

 あ、でもお前らは《不死生観》を解放していないな?それだけはした方がいいぞ。迷宮潜りは俺達には厳しいだろ?トライアンドエラーさ。レベルなんて余裕が出来たら上げればいい。


 そう言うと三人組は俺から距離を取り周囲をキョロキョロとし始めた。なんだよ、どういう事だ。


「気を付けろ、近くにレッドが潜んでいるかもしれない」

「『死の一週間』……!」

「やはり『攻略組キチガイ』……!」


 なんだなんだ、レッドがいたらなんだってんだ?『死の一週間』か、あれはまぁ悲しい事件だったぜ。

 だが必要な事だった。スキルの解放に死は必須。いちいち死ぬのにビクビクしていたら時間がかかってしょうがないだろ?


「だからといって復活直後に捕縛殺害はひどすぎるだろう」


 うん、まぁそんな事をしたよね。だが、お前らの顔は俺の記憶にない。つまり初日解散組……いや、中間解散組だな?だったら、その情報は掲示板情報なわけだ。つまり、ガセさ。


「ガセだと?」


 ああ。俺もさっきまで偉そうな事を言っていたが、実は主導者なんかでは決してない。レッドさ。奴と愉快な仲間達(攻略組)が全てやった。俺はスケープゴートに過ぎない。

 奴らは自分達が各地に潜伏するにあたって他のプレイヤーからの妨害を受けない様にする為に、俺という悪の旗印を印象操作で作り上げたんだ。

 陰謀だよ。非道な連中さ。


「そ、そうなの?」


 そうなんだ。三人組の一人がそうだったのかと信じ込む。だが他の二人は懐疑的だった。


「いやまてまて、火の無いところに煙は立たない」

「こいつは『三狂』、平気で嘘をつくって掲示板に書いてあった」


 その『三狂』っていうのもすごく恥ずかしい、ダサいよ。確かにレッドとグリーンパスタは頭おかしいから良いけどさ、俺は違くない?ただのエンジョイ勢だよ?

 こんな毒にも薬にもならない雑魚で可憐でプリティーキュートなペペロンチーノさんが本当に噂通りの非道な奴に見えるか?


 俺は瞳を潤ませて嗚咽混じりになっていく。それを見て狼狽え始めた三人組。俺達は肉体に精神が引っ張られているところがある。つまり成人男性メイクのコイツらは幼い女子の涙に戸惑う様に出来ている。


「だからさ、同じプレイヤー同士。いがみ合うのはやめようよ。そうだな、せっかくの迷宮都市、一緒にダンジョンでも行こうよ」


 ニコリ、と。涙を拭きながら俺が言うと、まだ警戒心を持ちながらも三人組は照れ臭そうに頰を掻いた。


「確かに、噂だけで人となりを判断するのはダメだ。直接関わって、もし本当に噂通りなら掲示板に書き込んでやるからな」


 もちろん。まぁ、そんな未来は無いと思うけどね。俺は屈託の無い笑顔でそう言った。


「でも、今掲示板に書き込んだら信用するなって返信きたよ」


 あのねキミ。現実世界でもそうだったのかな?ネットの情報だけを信じていてはバカになるよ?

 掲示板なんて見ずに現実見ようよ。さぁ、行こう。ここに来て日が浅いからパーティを組めていないんだ。ダンジョン、ワクワクするじゃないか。


 俺はしょうがないとばかりに準備を始めるボンクラ三人組を見つめていると、いつの間にか横にランスくんが立っていて指を五本立ててくるので、こちらは指を三本に立てて互いにニコリと笑顔を浮かべた。




攻略組と言う単語が悪口みたいになってる。

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