第28話 ハートフルストーリー
心温まるお話を目指して書いた回
モソモソ。洞窟内の岩陰から大きなナメクジの様な魔物が現れる。キモすぎる、なんて事だ。俺は探索者という仕事を舐めていた。
よくファンタジー創作物で見る『冒険者』に俺もロマンを感じていた口だが、コイツを見て吹っ飛んだ。まだゴブリンの方がマシだ。
移動した後がヌメリとテカっている。ぞぞぞ、と鳥肌が立つのを感じた。これで、いわゆる最下級レベルの魔物か。確かに足は遅い、だが近寄れるどころか武器で攻撃を加えるなんて一生かかっても出来る気がしない。
大型犬並みの大きさのナメクジがここまで見ていて気分を害す存在とは。
「気をつけろよ。奴の粘液に触れると皮膚が爛れる」
横で青い髪の槍使いが得意げに解説する。俺はとりあえずどうやって倒すのか見本を見せてくれと頼んだ。
「こんな奴らは、こうよ」
風を切る様な音と共に、壁や床を張っていた何匹ものナメクジーズが身体の半分ほどを吹き飛ばす風穴を開ける。……見えなかった。どうやら槍を振るった様だが、俺の反応速度をはるかに上回っていた。
しかし、どう見ても槍が届く距離ではないが……。
「初歩的な技術だ。魔力を纏わせて、飛ばす。まぁ、俺くらいにならないとここまでの威力は出ないけどなっ」
へぇ。すごいなぁ。
俺はナメクジのせいでかなりテンションが低い。普段ならあざといチノモードでおべっかを使うところだが、そんな気持ちにはなれなかった。
「おいおい、なんだよ。あれくらいでビビってんのか?」
槍使いが快活に笑いながら頰を突いてくる。鬱陶しいので払いのける。しかしまた突いてくる。ええい!
と、二人でじゃれ合いながら進んでいると。
「ガガガ」
「グギ」
横穴からひょっこりと二匹のゴブリンが顔を出して、俺達を見て一瞬びっくりしながらも武器を構えようとして頭が吹っ飛んだ。
槍使いだ。一瞬で間合いを詰めた彼が二匹をほぼ同時に仕留めた模様。ひょぉ!やるねぇ!ゴブリンは見慣れているので俺のテンションは上がった。ゴブリンどもが持っていたボロい棍棒の様なものを拾い上げ振り回す。武器ゲットだぜ!
「ええ?ゴブリンだと良いのか?」
粘液系じゃないからな。
横穴からまたひょっこりとゴブリンが顔を出した。先程の連中の仲間だろう。こちらを見て怒りを露わにボロボロの短剣を振り上げて突進してきた。
ふんっ、雑魚が。俺は先程手に入れた棍棒を構え、舌舐めずりをしてから振り上げる。死ねぃっ!しかし俺の方が雑魚なので、打ち負けた。ゴブカスの短剣で棍棒を弾かれた俺は地面を転がった。
ハッ!ゴブカスが舌なめずりをしながら俺を見下ろしている。ぐぐ……こんな雑魚に……。悔しい……。しかしゴブカスは脇腹から槍に刺され宙吊りになってしまった。
ぽいっと捨てられたゴブカスを横目に立ち上がった俺はケツの埃を払う。さぁ!先に進むか!
「そうだな」
迷宮に潜るのは、俺にとって初めての事だ。だが、その探索速度は遅くない。他のパーティがどれほどの速度なのかは知らないが、もしかしたら平均と比べても速いくらいかもしれない。
というのも、この青髪の槍使いの実力がかなり高い。どれくらいかというと、俺を小脇に抱えながら鼻歌を歌い、槍を片手で操って魔物どもを瞬殺するくらいには強い。
子供の様に抱えられていては全く楽しくない、なので俺は腕から抜け出して走り出す。すると目の前にポトリと粘液の塊の様なものが落ちてきた。
その塊は青みがかっていて、モニョモニョと動く様はまるで動くゼリーだ。まさか、これはスライム?俺は槍使いに問う。これって強いのか?
「強いか弱いかで言うなら、弱いかな。ほら、なんか石ころみたいなの見えるだろ?あれを潰せば一瞬だぜ」
なるほどな。俺は頷いて拳大の石を拾った。良かった、この世界のスライムは雑魚と見ていいんだな。このスライムってモンスターはファンタジー作品によっては強敵に描かれたりする事が案外多い。
雑魚相手ならば強気になれる俺は雄叫びを上げて突撃して、しかしどちらかと言うとやはり雑魚は俺だったのでスライムに頭をすっぽりと包み込まれた。ゴボゴボと気泡がスライムの体内を彩る。俺の苦しみもがく手は流動性のある身体を払いのける事が出来ない。
見かねた槍使いがサクッと倒してくれた。スライムが溶けるように俺から剥がれていく、地面に崩れ落ちた俺は世を儚んだ。
「これが、迷宮か……」
「いやすごいぜお前。そこまで弱くてよく迷宮に潜る気になれたな」
槍使いからお褒めに預かり光栄である。俺が好き勝手動いてはただの邪魔者なのでやはり小脇に抱えられて進む事となった。俺ももう抵抗はしなくなり、為すがままとなっている。おっ、他の探索者だ。数人のグループが前から来た。
ちーっす。俺は抱えられたまま会釈をした。一瞬ギョッとした目で見られて、次に槍使いを見てちょっと嫌そうな顔をする。む?なんだ?コイツって有名人なのか?そのまま探索者グループは去っていく。
おい、そういや名前を聞いてなかったな、槍使いさん。
「ん?あー、そうだな。ランスと呼んでくれ」
そうかいランス。ところで、あんたの顔見た反応がおかしかったが、なんかやったのか?
「ああ、俺もよく分からん。俺様の腕っ節に嫉妬しているのかもしれないな」
…………。厄介な奴ってのは、自覚なく周囲に迷惑をかけるところがある。コイツもそういう類なのかもしれないな。この件が終わったらあまり関わらないようにしよう。
そんなことを考えていたら、岩肌の露出する通路壁にスライムが大量に張り付いていることに気付く。ひょえぇ、キモいよぉ。
ウニョウニョとそれらは身を寄せ合い、巨大な一つのスライムとなって俺達を通せんぼするように君臨した。
ぽてり、と。俺が地面に落とされる。
「動くなよ」
一言、そう言って青髪の槍使いランスが腰に槍を構えた。ヒュッ、と息を短く吐いて。ランスが槍を突き振るうと、その目の前の空間に暴風が吹き荒れる。巨大なスライムはバラバラに吹き飛んだ。
「爆閃突」
くるりと踵を返してランスは俺を拾う。なんて事はないと言いたげだが、かなりのドヤ顔だ。決まった、とでも言いたげである。俺は素直に賞賛した。
すごい!カッコいい!わーっ!俺がパチパチと手を叩きながらはしゃぐと、ランスの鼻はぐんぐんと伸びていく。
コイツァ、迷宮都市での金ヅル一号に決定だな。これほどの腕前ならば、さぞかし稼いでくれるだろう。俺は内心ニヤついた。だから、俺を見下ろしながら唇をペロリと舐める槍使いのギラついた視線に気付く事は出来なかった……。
*
やがて、五階層まで来た。洞窟の様なこの迷宮だが、この階層はそれまでの階層に比べ広々とした空間が多く存在していた。壁のあちこちに苔や謎の植物も生えていて、迷宮内の雰囲気がガラッと変わっている。
「ここは、特殊な魔物が定期的に沸く階層だ」
なるほど。いわゆるボスがいる階層って事か。通路の様な所を通って、また広い空間に出た瞬間俺達は岩陰に身を隠した。人影を見たからだ。
四人組の男女二人ずつの構成、武骨の刃だとかいう探索者パーティが何かと対峙していた。その何かとは、毒々しい紫の鱗を持つ竜。毒怪竜ギーヴルと呼ばれ、つまりは俺の愛すべきペット竜オリーブであった。
「みんな油断するなよ!」
リーダーらしき剣士がそう叫ぶと、魔法使いの女が何かの魔法を詠唱した。すると、何らかの魔力がパーティ全員に纏わりつく。あれは?
「毒への対抗魔法だな。だがギーヴルの毒は何種類にも及ぶ。どこまで防げるか」
オリーブが自身へ敵意を向ける存在に気付く。武骨の刃の連中がそれぞれ武器を構える。弓使いは少し離れた位置で低い姿勢を取り、魔法使いはモゴモゴと口を動かしながら前衛二人の影に隠れた。
オリーブの鱗が少し逆立つ。その隙間から勢いよく毒の瘴気が噴出した。辺り一面を覆う瘴気は煙幕の役割もあるようで、一瞬でその辺りの視界が塞がれる。
『舞うが息、掻き乱す』
魔法使いの反応は迅速だった。詠唱を終えると、瘴気の中心から風が吹き荒れて周囲を晴らしていく。
地味に巻き込まれそうになったので俺たち二人は慌てて距離を取る。晴れる瞬間、距離を取り低い姿勢で身構えていた弓使いの真横からオリーブが口を開いて勢いよく飛び出した。
「くっ!」
間一髪のところで弓使いはオリーブの甘噛みを避けて、その動作に加えて矢を放つ。しかしその矢は少し顔を背けたオリーブの頰に掠るばかりで、軌道が逸れて地面に落ちた。
「……!逸らされた!」
「後退!」
弓使いが体勢を整えている間に、オリーブの元へ槍使いと剣士が駆けつけた。それぞれが武器を振るい、オリーブの頭を狙う。カパァッと口を開くオリーブ。
「瘴気だ!」
離れた位置にいた魔法使いが叫ぶ。すると前衛二人はすぐさま方向転換し、弓使いを抱えて一気に距離を取った。直後にオリーブの口からは毒の瘴気が溢れ出す。オリーブは頭を振るって、瘴気を周囲に広げていく。毒の息吹といったところか。
弓使いと槍使い、剣士は魔法使いの元へ戻り、二手に分かれてオリーブ挟撃する形をとった武骨の刃。
むぅ、俺は唸る。無茶をしない、地味な戦いだが、堅実という評価も頷ける。互いに大きなダメージは受けていないが、純粋に数の劣るオリーブがこのままではやられてしまうかもしれない。
瘴気が少しずつ晴れる。オリーブと武骨の刃、双方に緊張が走る。互いが互いを警戒しているのが分かった。じり……、剣士と槍使いが少し距離を詰める。オリーブの爪に力が入った。
そこへ俺が飛び出す。オリーブっ!お前の主人だぞっ!ドタドタと戦闘区域に侵入して来た俺に武骨の刃はとても驚いている。
「お、おいっ!」
「危ないぞっ!」
危ないものか。俺はオリーブの主人。愛情を注いできた子供の様な存在だぞ。しかし子供は反抗期に入るものだ。俺は突進してきたオリーブの頭突きを食らって吹っ飛ぶ。こ、この野郎!何しやがる。
「まさか、毒に当てられない様に?」
弓使いが解説してくれる。なに?そういう事か。俺は顔を上げてオリーブを見た。感情の読めない濁りの無くなった、澄んだ毒々しい紫の瞳。うん、何考えてるか分かんね。
『お久……』
覚えているのか……!?俺はぷるぷると震えながらオリーブの頭を抱く。オリーブ……!大きくなったな!
突然始まった感動の再会劇に武骨の刃の人達はとても戸惑っている様だ。四人で集まって何事かと相談している。
『ここ、いい。住みやすい。草も美味いよ』
随分喋れる様になったなぁ。そんな饒舌だったか?
『ここ、ヒズミが連れて来てくれた。気に入った』
お前かよ。何がアキラくんがどうこうだよ。だが気付く。オリーブは魔女の森が好きだった。この迷宮というところはどこかあそこに似た空気を感じる。いや、あの森が近付けてあったのかもしれない。
しかし、迷宮に好んで引きこもっていたら、それはもう迷宮のモンスターだよね。いつか討伐されちゃうぜ。帰ろう。俺が説得を始めると、パーティを代表して剣士が俺の元へ来た。
「色々と聞きたい事はあるけど。君の知り合いだったんだな、ギーヴルは」
まぁな。ウチの子が迷惑をかけちまったみたいで、申し訳ない。
「いや、まぁ。それはさておき、君の様な子がどうやってここまで?まさか一人で来たのか?」
ん?ああ。あそこにいる奴が連れて来てくれたんだよ。俺が指でランスを指すと、彼はこちらに歩いて来て俺の横に立った。
「お前はっ!」
剣士が驚きの表情を浮かべた。ニヤリと口角をあげて、おもむろに放たれたランスの槍がギラリと怪しく光る。その白刃が向かう先は、オリーブ。解放。迷狂惑乱界。
俺を中心に展開された魔法結界の効果で周囲の全てが狂わされる。五感に魔力。それらが狂い、ランスの槍は地面を貫く。
……おい、どういうつもりだ?横でオリーブも牙を剥き出して威嚇している。槍を抜き、俺達から距離を取ったランスがニヤリとまた笑って槍を肩に担ぐ。
「なんだ、面白い隠し球を持っているじゃないか。お前には驚かされるぜ。まさか、ギーヴルを飼い慣らしていたとはな」
剣士が俺の前に立ち、剣を構える。
「堕槍のランス!こんな小さい子まで利用する気か!」
吠える剣士にランスは不敵に笑うばかりだ。
「金の匂いがしたもんでな。ギーヴルを討ち取って報酬を頂ける、そんな予感がしたんだ……まぁ、予想外の展開ばかりだがな」
「このクズ野郎!」
魔法使いの援護射撃が飛ぶがランスはまるで意に介さない。くそ、なんてゴミ野郎だ。
「ここまで来たんだ、ガキンチョ。お前には悪いが、ギーヴルは俺が狩るぜ」
ヒュン。槍を一振りして腰に構えるランス。俺は怒りの感情を武骨の刃の連中に押し付けて、かつランスに対する悪感情を増幅した。
俺とオリーブの前に武骨の刃四人が立ち塞がる。
「ランス、この子がいればギーヴルはもう危険ではないだろう。それに、ギーヴルは元々刺激しない限りは大人しい魔物だった」
「だから、ここは見逃してやれ。という事だ」
剣士と槍使いが口々にそう言うが、ランスは構えを解かない。
「それがなんの関係がある?お前達で、俺様が止められるとでも?」
くっ、と。弓使いが悔しげに唸った。他の面々も苦そうな顔をしている。やはりクソ槍野郎はかなりの実力者の様だ。迷狂惑乱界は打ち止め、オリーブだけでも逃す時間を稼ぎたいが……。
ランスの魔力が爆発的に上がった。
「来るぞっ!」
剣士が叫ぶと同時、一瞬で間合いを詰めてまずは魔法使いを狙ったランスの槍を剣士が盾で何とか逸らす。衝撃で体勢を崩した剣士の横腹をランスが蹴り飛ばした。すぐに横に飛びながら弓を構えていた弓使いの矢がランスの足を狙うが、少し足を下げるだけで回避され、詠唱していた魔法使いの腹へ槍の石突きが刺さる。
槍使いの槍がランスに向けて突き出されたが、それを回転しながら躱して槍使いの足を払い地面に叩きつけた。そのままランスは方向転換して俺とオリーブの方を向き、一気に駆け出す……!速い!ダメか!せめて盾になるべくオリーブの前に立つと、一瞬ランスが勢いを緩めた。
「おい、ケガをしたくないな……」
そこまで言い掛けて、突如オリーブの口から紫の触手の様な手が何本も飛び出したのを後退しながらランスは躱していく。その触手はまるで……どこかの魔女さんが使っていたものと似ている。
「おいおい、お前もそんなのを隠していたのかよ!」
ボッ!空気が切り裂かれる音が響き、オリーブの触手が全て斬り落とされた。剣士だけが体勢を整えてランスへ切り掛かるが、回し蹴りでまた弾かれてしまう。
「もらった!」
ランスが腰に槍を構える。あれは……爆閃突!スライム相手だったが、かなりの威力である事が伺える技だ。まずい、防げない。
しかし、突如ランスの足元から黒い触手が飛び出した。
「なにっ!?」
オリーブの物とは比べ物にならないくらい速く、硬く柔軟なそれはランスの槍に数本斬り裂かれるも彼の身体を叩き吹き飛ばす。
これは、アイツの!俺がキョロキョロと周囲を見れば、岩陰にこっそりと隠れた黒ローブの人影が指をちょいちょいと動かしている。その動きに合わせて、黒い触手に加えて地面が隆起し、岩で出来た巨大な手がいくつも生まれてランスへ襲い掛かった。
「うおおおおおお!」
雄叫びと共に飲み込まれていくランス。やがて岩と謎の黒い触手の奔流で何処かへ流されていった。
「な、何だったんだ?」
武骨の刃の連中が戸惑いの声を上げる。黒い人影は音もなく身を隠して、この場から去った様だ。……あいつめ、しょうがない。後で礼を言ってやるか。俺は息を一つ吐いてオリーブに向き直った。
オリーブ、お前は。お前はどうしたい?俺と一緒に帰るか?ブフォアっとオリーブが毒の瘴気を吐いた。えっ?
ひょいっと舌で俺は高い所へ持ち上げられる。突然瘴気をかけられた武骨の刃の連中がドサリドサリと地面に崩れ落ちていく。お、おい。流石の俺も良心が痛むぞ……。
『眠っただけ』
そうか。なら良いか。そのままオリーブは俺を背中に乗せて何処かへ歩いていく。ん?どこにいくんだ?
『いつもは森に連れて行ってくれるから、案内する』
オリーブ……!お前っ!俺は感動のあまり涙を流し、優しく鱗を撫でた。全く、ちょっと見ない間に大きくなりやがって。そのまま毒の沼に連れていかれた俺は空気に含んでいた毒素で死んだ。
でもやっぱり死んじゃう。