第25話 汚い忍者
「今回の参加者がここに集まっているんだ」
サトリが高い位置から大量の参加者を見下ろしている。広場の様な所に作られた高台の上、どうやら国外からも参加者を募る闘技大会の予選を始めるのだそう。
俺はサトリの後ろからひょいと顔を覗かせた。わぉ、血気盛んなモノノフどもがわらわらと。しかし数が多いな。
「自分の実力を試す……もしくは周囲に示す絶好の場だ。当然だろう」
まぁ、俺達の現実世界……特に日本と違って殺し合いが身近にある世界だもんな。しかも一騎当千がまかり通る世界観。就活にもなるって言うし。
ところで何故俺が普通に外をうろついているのか、気になる人は多いだろう。簡単な話だ。今日の朝いきなり押しかけて来たこちらの国王様が俺を解放して連れ歩いているのだ。
「よっ、ちょっと来いよ」の一言だけで牢に繋がれた犯罪者を解放できるとは、どれほどの権力なのか。強ければわがままが通るこの国の単純さに驚きを隠せない。まぁ犯罪者じゃないが。
止めようとした兵士が少し可哀想だった。俺を放流した罪でチクチクと嫌味を言われるのだろう。これはもう一種のパワハラだな。
「ここからグループ分けして更に選別してくんだが、魔女。お前に一つグループ任せてやる」
なに?どういう意図だ?
「なんか面白い事になりそうだろ?」
サトリの近くに控えていた騎士達がギョッとした顔をする。おいおい良いのかよ?一人の騎士が勇気を振り絞り意見を言った。
「サ、サトリ様!ロクな未来が見えません!」
「私もだ!ははは!」
賛同するサトリ。もうこう返されたらなにも言い返せない。騎士は見るからに落胆した。俺は抗議する。てめー、まるでこの俺が厄介事でも起こす様な口振りじゃねぇか。最近この国は俺の扱いが悪くないか?
「日頃の行いだと思うが……」
ボソリと少し離れた位置にいるラングレイが何かを言ったので睨みつける。
「はいはい、とりあえず進行するぞ。魔女、選考方法は任せる」
やれやれ、しょうがない。俺も流石にお祭りをめちゃくちゃにする様な真似はしない。盛り上げる方だ。任せな、俺がこの祭りをプロデュースしてやるぜ。
この国には闘技場がいくつかある。例えば剣闘士っぽい奴らを戦わせるのに使ってたり、いつだったかの競竜をしていたりとか。その時々で色んな用途に使っている。
その一つで、何十人かの腕自慢達を集めた俺は整列させ、そいつらの前に立った。
「おい嬢ちゃん!俺は世界最強だ、選考なんてする必要ないぞ!」
「んだとテメェ!俺が一番に決まってんだろ!」
「ふん……品のない奴等だ」
よしよし、イキのいい奴等ばかりだ。だがうるさい、静粛にしろ!《扇動》スキルを用いた俺の恫喝は蛮族達にはよく通じる、しん……と空気が張り詰めた。
「お前らは、己自身が最強だと……。そう確信しているわけだ」
当然だという顔をする者が半数以上。それ以外は自分の実力試しだと考えているのだろうか。甘い、甘いぞ。
「強さとは、腕力だけではない。どれだけ我を通せるか、その為に何ができるかだ。そこでこんなものを用意した」
パチン!と指を鳴らせば、赤い髪の男が大きな袋を持ってきた。地面に置かせる。俺はその中に入っているものを取り出してみせた。端的にいうと爆弾だ。
「これを他のグループの所へ放り込んでこい……大丈夫だ、この程度で蹴落とされる連中はゴミ。どの道先には残れん。先手必勝だ、わかるか?武術の世界には後の先なんて言葉があるだろう。バカめ、先手を取る事こそが大事なのだ。常在戦場、他の連中にそれを教えてやれ」
ゴクリ、と息を呑む音がした。ニコリと俺は笑顔を浮かべた。
「さぁ、チャンスを掴もうぜ?」
「馬鹿らしい」
む?何やら主張している奴がいるな?いいだろう、発言を許可する。
「爆弾?そんなもんいるかよ、俺はここに自分の腕を示しにきたのさ。火薬なんて野暮なものはいらねぇ」
ほぉ、中々漢気があるじゃないか。俺が感心していると、軽鎧を着た女が近付いてきた。爆弾を手に取る。
「私は使わせてもらおうか。使えるものは使う。それが私の流儀だからな」
それもまた正しい。お前は強かだぜ、女として上玉。先程の男も鼻を鳴らすが文句はない様だ。この二人を見て、何か刺激されるところがあったのか他の連中も戦意を見せる。
俺はさらに懐から石を取り出す……間違えた。もう一度懐をまさぐって袋を取り出す。
「もし反撃にあい、ピンチの時はこれを飲むといい」
俺がそう言って取り出したのは小さな丸薬。腕自慢達が疑問の視線を向けてくるので解説してやる。
これは、狂化キノコから作った強化薬だ。理性がちょっと飛ぶが、身体能力は上がる。切り札としてとっときな。
そうして強化薬ならぬ狂化薬が出回ったところで俺達は他グループの集合場所を共有する。そこからは自由だ、好きな所を襲撃するといい。さぁ、予選の開始だ。
*
ドン、と。一つ大きな音がした。とある闘技場に突然爆弾が放り込まれたらしい。しかしそこに集まったのは己の腕に自信のある者達ばかり、すぐさま自身の武器を持ち突然の襲撃に対して身構えた。
直後に何人もの武装集団が雪崩れ込んでくる。いち早く反応した者達が反撃をしようとするが、何処からか飛来した魔法や爆弾で出鼻をくじかれてしまう。
予選だ!誰かが叫んだ。そういうことかと、混乱していた者達の顔付きが変わる。
その騒動は各闘技場で起こった様だ。ライバルを削る為の奇襲。初撃でそれぞれのグループが半数が削られることなった。そしてそれは奇しくも、文字通りの選抜として機能する事になる。
奇襲を仕掛けた側の人間が幾人も倒され始めた。残った半数……その中でもいち早く事態に対応してみせた者達に反撃されたのだ。
ある者は超至近距離で弓を放ち、またある者は高速で移動しながら魔法を撃つ。中には真正面から攻撃を受け、その上で己の大剣を振るい周囲に立つ人間を吹き飛ばす者もいる。
「く、くそっ!」
自身の実力がこの中において劣っていると気付いた者が小さな丸薬を取り出して口に入れた。すると、身体が一回り膨れ上がり鬼の様な形相を浮かべ先程までとは一線を画すスピードで動き始める。
それを見て、更に何人もが丸薬を口にする。それは理性を飛ばす代わりに一時的に爆発的な膂力を発揮するものだ。こと乱戦においては強く機能した……かに思われた。
強化幅は元の性能に依存するし、そもそも頭が悪くなり攻撃も単調になるのか最初こそ他を圧倒したがすぐに対応される。
「うーん、いまいちだなぁ」
それを双眼鏡で遠目に見ながら俺ことペペロンチーノはため息を吐いた。バフアイテムの作成は中々上手くいかない。もっと軍隊レベルの集団に一斉に服用させて突撃させれば驚異的かもしれないが、そもそも魔法とかいう広範囲攻撃が可能なこの世界で数の暴力が機能するのかも疑問だ。
双眼鏡の先で半裸のムキムキ男が両手に大剣を持ち狂化戦士達をなぎ倒しているのが見える。おおー、アイツは大成功だな。元々の素質が違うのかも知れないが、インスタントバーサーカーなど歯牙にもかけない。
俺はかつて育てた愛弟子の活躍を見ながら差し出された珈琲をズズと啜る。ゴクリと飲み込んで、少し違和感。むせる。
コホコホ、可愛らしく咳き込んだ俺は口元を抑えた手のひらを見てギョッとした。べっとりと血が付いている。咳は止まらない、ボタボタと地面に血溜まりが生まれる。俺は手に持っていた珈琲のカップをとり落す。割れたカップを見て、まさかと思い至る。
ぐ……。毒か。
『間抜けだな』
何処からか声が聞こえる。この声は……まさかいつぞやのリトリの護衛をしていた忍者か!くそっ、俺は珈琲に目がない。そこに毒を入れるとは……。汚いな……さすが忍者汚い……。
『いや普通突然渡されたものを飲まんだろ』
汚い忍者が呆れた様な声で俺をバカにしてくる。確かに。納得するところはあった。だがしょうがない、俺達プレイヤーは死んでも復活するのでそういう危機管理が甘いところがある。《不死生観》の弊害だ。
しかし何故俺を、サトリか?自由にさせると言っといて妨害するのか?
『一度殺して時間を稼げと言われた。それ以上は知らん』
ほぉ、お喋りな忍者だ。ベラベラと情報を漏らしていいのかよ?
『説明しておけと言われた』
そ、そうか。しかしなるほど、時間を稼げ、か。だから即死でなくじわじわと苦しむタイプの毒を盛ったわけだ。ちょっと酷くない?俺もう血だらけだよ?心が痛まないの?汚い忍者はこれだから嫌になる。
『本当に化け物だな。普通はそんなに血を吐きながら喋れないぞ』
いや苦しいよ。もう立ってられないし。がくりと膝をついて俺は天を見上げた。あ、血が喉に詰まって苦しい。更にむせた。地面に血が飛び散る。コロリと仰向けになって地面に転がる。やっぱり喉に血が詰まる。うつ伏せになった。でも血溜まりに顔をつけるのは嫌だなぁ、横向きになって頬杖をつく。うん、これがマシだな。
あーあー、あー。服が血だらけだー。
『早く死ねよ……』
いやテメェのせいだろ。もっと即死性のやつ盛れよ。俺はゲボゲボと血を吐きながら抗議する。何処にいるかわからないからとりあえず大声で。
こんなか弱い少女に毒を盛って弱る様を見て楽しむ変態忍者め。異常性癖だ。皆さーん!ここに少女をいたぶって悦ぶ汚い変態忍者が隠れてますよー!
『……サトリ様に追加でボーナス請求しようかな』
ああ……、目の前が真っ暗に……。俺は無常なる世を儚く思い、涙を流した。つーっと流れた雫は地面に落ちて、血の池に波紋を作るだけでこの世の何も変えることはできず。俺は血溜まりに眠った。
あ、そうだ。ガバッと起き上がって俺は言う。サトリに覚えとけよって言っといて。汚い忍者は目に見えないので了解したのか分からない。おい、なんとか言えよ。
『だから早く死ねって……』
忍者さんの言葉がどんどん汚くなっていく。人を殺しておいて何という言い草か、流石にHPが尽きたので俺は死んだ。




