第24話 主人公は魔法を使えるようになった!
TIPS
プレイヤーの衣服は着ている服を登録する事で、復活の際に同じ物を着た状態で復活できる。ただ、言うなればそれは皮膚の延長であり、魔法効果は失われる。強度もまたプレイヤーの皮膚と同等である、
「きゃー!誰かぁ!助けむぐっ……」
「へへっ、騒ぐんじゃねぇ。まぁ無駄な足掻きだ、誰も来やしねえぞ」
人気の少ない路地裏に追い込まれ、か弱き女性がアウトローに口を塞がれ壁に抑え込まれた。
ペロリと舌舐めずりをするアウトローに、か弱き女性は己の未来を悲観し涙を流す。膝は震え、立つ事もままならぬ。
「まちな!」
何処からか鋭い声が響いた。
「あんた、ダサいぜ」
「あぁ?!誰だ!?何処にいる!」
女性を抑えながら周りをキョロキョロと確認するが、何者の影も掴めない。アウトローは声の出所を突き止めようと上を向いた瞬間、空から一筋の光が。その光はアウトローと女性の間に突き刺さる。
バサっ。鳥が風を切るような音が響く。
「なんだテメェは?!」
建物の上から白い人影が見下ろしている。体中を羽毛に包み、その首から上は鳥頭。そして右腕にはまるで大砲のようなものを取り付けた、謎の獣人だ。
「女の涙を見たくない、ただの通りすがりさ」
右手の大砲が光を蓄える。
「舐めんじゃねぇぞ!」
アウトローも負けじと剣を抜く。バッ、と鳥男がその場から飛び立った。着地を狙ってアウトローが剣を振るう。しかし、アウトローの凶刃は右手の大砲によって防がれる。辺りに火花が散った。
バシューン!着地と同時に右手の大砲が光を放つ。光弾はアウトローの腹に突き刺さりその身体を吹き飛ばして、壁に叩きつけた。
「大丈夫か?麗しきレディ」
白い鳥男は羽毛に包まれた手を差し出して、地面にへたり込んでしまっていた女性を立ち上がらせる。目立った外傷がないのを確認すると、くるりと女性に背を向けた。
「待ってください!どうか、お名前を……!」
片手を上げ、鳥男は背中越しに振り返った。
「名乗るほどのもんじゃない。それでは、お気をつけて」
それだけ言うと、鳥男は跳躍する。建物の壁を蹴り、屋根まで登る。最後にちらりと振り返り、ニコリと(人間には把握し難い)笑みを浮かべ、サムズアップをして鳥男は去って行った。
*
最近しょっちゅう鎖に繋がれてるなと思いながら、フカフカのベッドに横になって俺は暇つぶしにメニューコマンドを開いていた。視界いっぱいに広がる文字の羅列。カーソルは視線誘導もしくは念じるだけで動かす事ができる。
慣れてくると、そのうちカーソルは必要なしに考えているだけで自分の好きなコマンドを選ぶ事が出来るようになる。
掲示板の他に、自身の状態……つまりステータスを見る事が出来る。レベルの他、所持しているスキルや自分の掛かっている状態異常なんかをここで確認出来たりする。
飽きた。掲示板も見る気分じゃない。最近は、掲示板を小説投稿サイトみたいに利用している奴らも居て、中々暇つぶしになるのだがそんな気分ではない。
チラリと横を見る。座禅を組んで瞑想している赤い髪の男がもう何時間も微動だにしていない。精神修行らしい。何時間もジッと座禅を組んでいる時点でもう十分だろうと思うがまだまだ悟りの領域には達していないらしい。
その領域に達すれば何かしらのスキルが得られる気がすると言っていた。
俺は《扇動》スキルから得た感覚を用いて俺の雑念をレッドに送るイメージを高める。更にそのイメージを高める為、嫉妬の魔女が使っていた魔法を思い出す。
ピク、とレッドの眉が動いた。ふむふむ。
「この世界の魔法だが」
突然喋り出した。
「NPC……いや、現地人が使う『詠唱』は、いわゆるショートカットキーだ」
現地人とはこの世界に元から住んでいる人の事だ。プレイヤー以外とも言える。
「以前、三角関数と関数電卓で例えたが。電卓に打ち込む行為が『詠唱』に当たる」
ジャラ……。レッドが自身に付けられた足枷をこちらに向けてくる。
「そして、これはその電卓への打ち込みを封じ込める為の物だ」
この世界には魔法がある。素手でも何かを破壊する事が出来る為、罪人などを捉える際にはそれを封じる為の措置が取られる。
俺やレッドに付けられた足枷がそれに当たる。ん?しかし待てよ、先程俺はレッドに対して……。
「だがそもそも俺達プレイヤーにはその電卓を使用する権限が無い、だからこそ……こうなる」
おもむろにかざされたレッドの右手、そこから拳大の炎が生み出される。狭い牢内、普通に熱い。俺はレッドの顔に枕を投げつけた。全く気にする事なくレッドは続ける。
「どうする?出ようと思えばすぐに出られるが」
炎を消してレッドは言う。先程の炎に鉄格子を溶かす程の熱量があるとは思えないが、俺を殺す事は容易だろう。コンテニューだ。死ねばセーブポイントに戻れる。
そうだな……。俺はベッドに腰掛け少し考えた。今のやりとりを見ていた見張りの兵士が口を挟んでくる。
「そのお菓子の中には外国から取り寄せた珍しいものも含まれてるぞ」
俺のベッドの枕元には大量のお菓子が積んである。
ちょっと考えさせてくれ。俺がそう言うとレッドは分かったと一言。直後に頭がガクンと下がり光の粒子となって消えていった。
ええ……?あまりに早いノーモーション自殺に、俺も勿論だが見張りの兵士なんかは幻でも見ていたのかと自問してるような顔をしている。
ちなみに余談だが、プレイヤー以外が死んだ場合普通に死体は残る。なので実は俺達の死に方は違和感バリバリだと思うのだが、何故かその事を言及された事はない。推測だが、謎の催眠効果か何かで違和感をなくしているのだと思う。
「おい、あいつに逃げられたけど良いのか?」
俺は見張りの兵士に話しかける。奴のセーブポイントなら把握しているのですぐにでも場所を教えてやる所存です。
「いや彼に関しては、ラングレイさんからただの嫌がらせだと聞いているから問題ない」
覚えとけよあのハゲ騎士……。おかしいと思ったんだ。怪しい奴らを二人で同じ牢に入れるわけがないって。なんかあの二人地味に仲が良いんだよな。
*
「レッドォ!今日という日をテメェの命日にしてやるよっ!」
「俺はお前を認めている。だが、それは戦闘技能に関してではない」
数日後、何故かは知らんが雑談でもしにくる程の気軽さで牢に閉じ込められに来たレッドと俺は喧嘩の真っ最中だった。
「そのスカした態度、いつまで保つかよ?」
「やれやれ。ペペロンチーノ、お前が一番よく分かっているだろう。腕力では俺には敵わない」
ふん、いつまでも俺がか弱い少女のままだと思うなよ。ダッと走り、ガシッと掴む。俺は鉄格子越しに叫んだ。
「オマワリさーーん!変態に犯されそうになってますー!たすけてーーっ!」
仕事をサボって昼寝をしていた見張りの兵士が飛び起きてこちらに来た。
「何だ何だ、一体何を騒いでる」
あいつを殺してくれっ!奴は女の敵、否。人間の敵だ!レッドと兵士が顔を見合わせる。レッドが頷いた。兵士はにこりと笑う。兵士は椅子に腰掛けた。
おい!何してんだおらっ!兵士は小さく笑う。
「ふふっ、じゃれ合ってるだけなんだろ?」
こ、殺すぞ……。俺は怒りに震えた。あまりの怒りに身体中の血管が破裂しそうだ。兵士が腹立つ顔で話しかけてきた。
「で?何をそんなに怒ってんだ?」
お前に話して伝わるか分からんが、そうだな……俺はキノコ派でコイツはタケノコ派だったんだ。この国風に例えるならサトリ派かモモカ派という感じだ。
しかし俺は寛容な心を持つ聖女のごとき女。ただ好みの違いだけならばここまで怒っていない。
「タケノコこそ至高、クッキー生地こそ正義」
見ろ、これだ。遠回しにキノコを馬鹿にしている。そんな大層な味覚や口内感覚でないくせに一丁前な発言ときた。
お前はサトリ派かモモカ派どちらだ?
「モモカ派閥です」
巨乳などただの脂肪、無駄なき肉体美こそ至高。微乳こそ正義。下品な乳は消えるべき。とか言われたら腹立つだろ?
「いや、別にそこまでは……」
憤怒・発芽!
兵士はムカムカと見張り用の椅子を蹴り飛ばした。大きな音を立てて椅子が吹っ飛んでいく。
「乳の無い女に価値はねェんだよぉっ!!」
お……おまっ、本人に聞かれたらぶっ殺されるぞ。聞くところが聞いたら大層お怒りになる発言をする兵士。俺は乳がどうこうとかは何も気にしないので、そういうの良くない。このモブ兵士の考えですから、俺は全くそうは思いません。
俺は魔法を使う際に自身の感情を使用する為かなり冷静になっていた。まぁ、あれだな。キノコもタケノコも美味しいよね。どっち派閥とかアホらしいわ。な、レッド。
「ほぅ、すごいな。これがペペロンチーノの魔法か。面白い」
……コイツ、もしや俺の魔法を引き出す為にわざと煽ってたな?ようやく扱えるようになってきたとっておきをあっさり披露してしまい俺はどこか勿体ない気持ちになっていた。
こうなったら使いまくるしかねぇ。俺はイライラしている兵士に手をかざした。
傲慢・発芽。
と言いたいところだが、これは本家の魔女さんが扱う場合だ。元々は七つの大罪に応じた欲情を植え付ける魔法だが、俺は無から有を生み出すことは出来ない。先程のように、溢れそうな感情を押し付けるか……元ある感情を増幅させる事くらいだ。
兵士の抱えていた仕事の鬱憤を増幅してやる事にした。くくく、社会人がストレスを溜めるのはどちらの世界も一緒だな。
「くそっ!何で俺がこんなよく分からん連中の見張りなんぞしなきゃならんのだ」
ほら、仕事に対する鬱憤が溜まってるぜ。
「デートキャンセルしてまでする仕事がこれかよ!破滅の魔女だぁ?!この淫売がぁっ!」
そう言って鉄格子を蹴ってくる兵士。ぎょえっと声を出して俺は尻餅をつく。え、怒りの対象俺かよ。てか誰が淫売だよ。俺は抗議をしようとするが、顔のすぐ横に剣が突き刺さった為腰が抜けた。
「お前さえ居なければ……」
俺は剣を投げつけた兵士の話を聞くことにした。何故、人間は言葉を使うのか。それは話し合う為だ。武器を持ち殺し合うのは話が通じないからだ。俺は、お前と話が通じると思っている。
地面にへたり込みながら俺は力説した。兵士に少し冷静な感情が生まれる。チラリとレッドを見る。《感情抑制》を使用させ、兵士の怒りを和らげた。そこを狙って兵士の理性を増幅させる。魔力が空になった。
「初デートだったんだ……」
おかげで兵士は落ち着きを取り戻した。何と初デートの予定が急遽入った仕事でダメになったらしい。なるほどな、上司が悪いな。ラングレイって奴だろ?うん、俺からも苦情を入れとくよ。
あれだよ、もう一回誘おう。何だったら、もうすぐ交代だろう?すぐ誘いに行けよ、ディナータイムだ。いい店を知ってる、紹介状を書くよ。
俺はカトリの店を紹介した。あそこは嫁が来て以来夜も遅くまで開いていて、中々にお洒落な雰囲気を醸し出しているのだ。ディナーにはもってこいだろう。
「急に誘って大丈夫かな」
ばっきゃろう、女には多少強引な男がモテるもんだ。だが持ち上げるのも忘れるなよ、相手を一国の姫だと思え。それくらいの気持ちがなくてはいけない。
「そうか、そうだな。男はガンガン行かなきゃな」
ああ、草食系はモテない。自然の摂理だ。
やがて交代人員が来た。兵士は張り切っている。俺は呼び止めて手を握った。
おまじないだ。成功を祈ってる。俺は天使のような笑顔を浮かべた。とある欲情を増幅してやる。魔力は回復しきっていないので生命力をギリギリまで使用してまで俺は増幅した。
「行ってくるぜ!」
彼は股間をギンギンに固くして去って行った。無駄にビビらされた俺がその事を恨んでいないわけがなく、嫉妬の魔女さんにならって色欲を全力で増幅してやった。はっはっは、がっついた男は嫌われるぜ。ビンタでも食らうんだな。
二日後、兵士は満面の笑みで見張りの仕事に来た。
「師匠の言う通りでしたよ。やはり男は肉食系。ガツガツ攻めたら、一晩で上手くいきました。あ、もちろん女性を立てるのも忘れていませんよ?」
ば、バカな……。俺としては顔に紅葉を作ってくるのを期待していたのだが。くそっ、とんだ期待外れだ。それと勝手に師匠にされてる。なんかすごい嫌だ。
「ところであのおまじない。すごいよく効いたんで、もう一回してもらえませんか?」
もちろん。ニコリと笑って俺は手を握った。な、レッド?俺は視線で合図した。
後日。一度関係を持った途端に、態度が冷たくなったと言われてフラれたらしい。クズ男だな。俺は消沈している兵士にはっきりとそう告げた。
冒頭の鳥男の活躍は、全く話の流れには関係ないという。