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第23話 まるで台所の黒い虫

 

 カツカツ、と。冷たく白い大理石の上を歩く足音が響く。高い天井の、装飾や調度品が全体的に白い通路。その先にある扉を開くと、教会の聖堂の様に厳かな空間に出る。

 奥には、この世界の創造神とも言われる女神『アルプラ』を模した……一般的には女神像と呼ばれるものがあり、その前に何者かが膝をつき祈りを捧げていた。真っ白い礼装を着た女性だ。


「来られましたか、ヒズミさん」


 その女性は振り返りもせず、この空間に入ってきた人物に声をかける。一方かけられた方といえば、巡礼者が座る為の長椅子にドカリと腰を落ち着けて足を組んだ。


「あんたが今代の『聖女』か。まずは初めましてだろう?」


 黒い肌の露出が少ない衣装の女……ヒズミが長い茶髪をかき上げながら不機嫌そうにそう言うと、祈りを捧げていた女性が立ち上がり振り返った。整った顔立ちに加え体毛と呼べるものが全て白く、肌もまるで雪の様な、幻想的な印象を持たせる……20代にも届かぬ様な少女。何故かその瞳は固く閉じられている。


「ふん、今代も相変わらず綺麗な顔してやがる」


 ますます不機嫌になるヒズミに、『聖女』は少し困った様に眉をひそめた。


「そうですね……初めまして。いけませんね、『知識』として知っているからと礼儀を欠きました。無礼を謝ります」


 綺麗な所作で頭を下げる少女。ヒズミは深くため息を吐いて手をプラプラと振る。


「いいから、用件はなんだよ?」


 ヒズミは聖公国において特別な位置にいる目の前の少女に突然呼び出されたのだ。本来はこの様な口の利き方をすれば、この国の大公や王族ですら立場を危うくする相手である。しかしヒズミは全くの気負いなく自然体でその様な態度を取っていた。

 生まれから『聖女』として扱われてきた身としては、彼女がこうだと『知識』では知っていても経験するのは初めてなので内心戸惑いを隠せないものの話を切り出す。


「それなのですが、そろそろ『魔王降臨』の神託があるはずなのですが……音沙汰が無いため、初代の『賢者』であるヒズミ様ならば何かを知っているのではないかと」


 それを聞いてヒズミは顎に手を置いて少し考える仕草をした。やがて何かに思い至った様にハッとした顔をする。聖女はちょっと期待した。


「そういやそうか、もうそんな時期かぁ。時が経つのは速いなぁ」


 ははは、と笑うヒズミに聖女は少し眉をひそめる。


『呑気なことを、死に時を失った老害めが』


 聖女の腰に提げられた剣が突然言葉を放った。ヒズミよりも持ち主である聖女の方がビックリして、努めて無表情を貫いていた顔が崩れてしまう。


「せ、聖剣様、突然何を……」

「なんだとこのクソ無機物、老害はお前だろうが」

『誰が老害か。私は本来からその様に造られた神器。貴様"達"の様に分不相応に生き長らえているのとは話が違う』

「アホか。好きでこうしてるわけあるか。それもこれも全部お前らの上が適当なせいだろうが」

『なんとあの方を侮辱するとは。何故貴様の様な奴を選んでしまわれたのか』

「それとレックスの野郎と一緒くたにされるのも気に入らん。あいつみたいな死に損ないとよぉ」

『だからそれは貴様も一緒だと……』


 口喧嘩を始める女と剣に、あわあわと聖女は取り乱していた。『知識』の継承の際には知的なイメージが強かった聖剣が、今はただの人間の様な醜い争いを繰り広げている。

 そもそも『賢者』ヒズミも、ここまで好戦的とは聞いていない。卑屈な所はあっても、もう少し大人しく理性的な人だったはず……。


『それこそ、此奴の抱える罪の一つ。永く生きた代償はあの頃の綺麗な心だ』

「はぁ?今でも綺麗に決まってるだろうが」

『何を言うか。内面は外見に作用する。聖女よ、見てみろ。あの陰気そうな面を』

「この私の外見を攻撃することの愚かさはまだ覚えられん様だなっ……」


 爆発的に魔力を上昇させるヒズミに聖女は背中に冷たいものが流れる。ああ、誰か助けて……。内心で神に祈る聖女。しかし無情にも神は何もしてくれない。それも仕方ない事か、彼女やこの聖剣は……この私よりも『神』に愛されている。

 ただの口喧嘩をしている横でポロポロと儚く涙をこぼす聖女にギョッとするヒズミと聖剣はそこでようやく喧嘩をやめた。


「いや泣くなよ……。なんかちょっと困るだろ」

『そ、そうだぞ。落ち着け、な!』


 途端にしどろもどろになる一人と一本に、少し心が和んだ聖女はふふっと笑いを漏らす。それを見てホッと息をついた一人と一本。やがてヒズミが頭を掻きながら切り出した。


「それで?神託がないという話だったか?それならそんなに気にすることじゃないぞ」


 めんどくさそうな顔で続ける。


「今までいくらでもあった。そもそも奴の気分次第で日取りが決まるお祭りみたいなもんだ」


 それを聞いてまた聖剣が憤慨した。


『ヒズミィ!何なんだその言い方はっ!』

「話が進まんから黙ってろ!」


 ヒズミに一喝され、グッと口を(無いけど)噤む聖剣。聖女がそれを小声でなだめているのを横目にヒズミはさらに続ける。


「私達で言う所の寝坊ってパターンもあった。そんな事いちいち文献とか口伝には残していないだけでな。だから今回も……」


 そこまで言いかけて、ふと顎に手をやり考え込むヒズミ。彼女の、その様子が気になったのか聖剣が戸惑った声を上げた。


『な、なんだ?何か思い至ることがあるのか?』


 しばし沈黙して、ヒズミは真っ直ぐ聖女の方へ向く。


「そういえば、二年前になるのか?ある意味、特殊な事があったな。自分達の事を、"プレイヤー"とか言ってる連中がかなり多く、『こっち』に来てるだろう」


 ヒズミの言っている事は、聖女と聖剣にとってはよく分からない事だった。伝わっていない事をヒズミも察したのか、怪訝そうに眉をひそめた。


「は?知らんのか?随分な数を呼び寄せたようだから、それで力を使い過ぎたのかと……」

『ヒズミ』


 聖剣が、真面目な声質で問いかける。


『お前は何の事を言っている?』


 一層眉をひそめ、ヒズミが少し身を乗り出した。


「だから、異邦者だよ。しかも随分大量に……」

『聖女よ。そのような記録は?』


 急に問いかけられた聖女はあたふたとしながら、カッと目を見開き虚空を見つめ、何かを探すように瞳をギョロギョロと不自然に動かす。やがて、その動きが止まるとおずおずと話し出した。


「いえ、ここ十年程は……何者もこちらへは招待しておりません」




 一人と一本と別れ、ヒズミは難しい顔をして早歩きで帰路につく。頭の中に巡るのは生まれた疑問。


(たしかに、今までの異邦者とはどこか違うと思っていた)


 長い時を生き、この世界において……この世界の事を深く知るヒズミは今までに何回も『異邦者』と呼ばれる者達と会ったことがある。

 こことは異なる世界から、『招待』された者達。この世界に元からある生物とは違う、別世界の者。それが異邦者だ。だから当然……多少違和感はあっても、そこはプレイヤーも同じだと思っていた。


(こちらに呼ばれたのではない……ということは、つまり)


 向こうから来た?だが何のために?


 考え事をしながら聖公国の大聖堂を歩いていると、教会関係者が何人か話し込んでいるのが横目に見える。その脇を通り過ぎようとして、ヒズミは思わず二度見をしてしまう。どこか、見たことがある人影があったのだ。


「あれ?」


 その人影もヒズミに気付いたのか、声を上げた。


「ヒズミさん、お久しぶりですね」


 少年は笑顔を浮かべる。話していた大人達に頭を下げて、ヒズミの方へ歩いてきた。


「奇遇ですね。このような所でまた、お会い出来るとは」


 落ち着いた声色で近付いてくる少年。

 少し呆然としていたヒズミは、ポツリとその少年の名を口にする。


「グリッパ……」

「良かった、覚えていてくれたんですね」


 輝くような笑顔でグリッパは言う。


「ところで、ペペロンチーノと会ったそうですね。どうです?あいつはとてもめんどくさかったでしょう?」


 あはは、と。人当たりの良い笑顔のままペラペラと喋るグリッパ。


「何故、ここに?」


 戸惑いを隠せぬままヒズミが問うと、グリッパは少し考え込んだ。


「成り行きですかね?今はこの……教会?にお世話になっていまして」


 事もなさげにそう言うが、ここはアルプラ教の総本山であり聖公国の要。おいそれと入れるような場所ではないはずだが。そう思ってヒズミの背中に少し冷たいものが走る。


 ……プレイヤーは、一体どれ程この世界に潜り込んでいるのだろう。



 *



 俺達プレイヤーの精神は肉体に引っ張られると考えられている。キャラメイクで本体とは異なる性別で作成すると、自然とその肉体の性別に精神が寄っていくのだ。つまり、中身が男だろうと外身が女なら、心も女に寄っていく……ということになる。


 しかし、それはあくまでも寄る、という話であり完全に変わってしまうわけではない。個人差はあるが、ちょっと思考が片寄ってしまう程度の者もいる。


 ところで、俺の好みの話をしよう。俺は中身男で外身女の、プレイヤーで言う所のネカマである。だから直球で言うと、性的に魅力を感じるのは女性相手だ。

 キャラメイクのせいで……あと一時期のモモカさんへの執着のせいでロリコン扱いされる事が多い俺だが、普通に大人の女性も好きなのである。


 キャラメイクに関しては、プレイヤーとして操るなら微乳ロリが一番美しいと考えているだけであり、断じてそこがストライクゾーンど真ん中であるという事実は無い。

 いや、今はそれはいい。とりあえず俺は美人な姉ちゃんにさらに巨乳とくればとても魅力的に感じると言う話だ。

 しかも、外身が幼い俺は精神に加え味覚も少し子供っぽくなっている為に、甘いお菓子に目がない。


 結局のところ何が言いたいのかと言うと、美人のお姉さんが甘ーいお菓子をくれると言ってきたら、ホイホイついて行ってしまう。そういう話がしたいのだ。



「それで、まんまと釣られたわけだ」


 牢の前に椅子を置いて、中年騎士のラングレイがアホの子を見る目で俺を見ている。足首を枷と鎖で繋がれながらも俺は身体いっぱいでお菓子を抱え込みラングレイに威嚇した。


「いや、取らないって。好きなだけ食えよ」


 ええー良いのぉ?後で請求されたりしない?


「しないしない」


 わーい!

 俺はムシャムシャとお菓子を食べ始めた。


「闘技大会が近いだろ?」


 ラングレイは一人で喋り始める。


「以前、闘技場で揉め事起こしてるのもあって、運営委員会からお前の捕縛が依頼されたんだよ」


 ぬ……だからわざわざ釣りみたいな真似をして俺をこんな豚部屋にぶち込んだのか?


「お前だけじゃないがな」


 何だと?俺がどういう事だと問い詰める前に、脇を兵士に固められた男が連れてこられ、俺と同じ牢屋にぶち込まれる。


「ふっ、こんな所にいたのか」


 髪が赤い男が澄まし顔でそんな事をほざいた。あの、ラングレイさん……コイツは……?


「破滅の魔女の部下と噂のレッドさんだ」


 部下じゃないんですけど……。あの、せめて別の部屋というのは。


「まとめて見張れるから都合が良いんだ」


 そうですか。

 赤い男は壁にもたれながら話しかけてくる。


「この前の一件で、俺の《感情抑制》も他者へ干渉出来るようになったんだが」


 ラングレイ、悪い事は言わない。俺を出せ。闘技大会、楽しみにしてたんだ。幼気な少女の、その想いを踏みにじる気か?良くないよそういうの。


「じゃあな。しばらく大人しくしろよ。飯はそれなりのものを用意させるから」


 そう言って手を挙げてラングレイは去っていった。俺はその背中に罵声を浴びせかける。おらー!出せハゲー!最近うすくなってきたろー!ガンガンと鉄の格子を蹴るがビクともしない。


「ちっ!」


 ぺっ、と。唾を吐き捨てて俺は地面にケツを落とす。ふざけやがって、祭りに参加できないなんてよぉ。


「この前の一件で、俺の《感情抑制》も他者へ干渉出来るようになったんだが」


 くそっ、どうする?見張りの兵士も位置が遠い。懐柔するには手札も少ない。それに差し入れとして甘いお菓子を用意されようものなら数日で俺は逆に懐柔され、牙をおられるだろう。こんな時見張りの兵士が何処ぞの狼獣人のような奴なら話が早いんだが……。


「この前の一件で、俺の《感情抑制》も他者へ干渉出来るようになったんだが」


 ……分かったよ。だから同じ事喋るのはやめてくれ。怖いから普通に。




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