第22話 攻略組の毒牙
やってられるか……。
もちろん俺が修行パートなんて耐えられるわけがなかった。こんな時、大体いつもどうするかと言うとゴロツキを雇って場を荒らすのだが、いかんせん今は奴隷の身。金を持ち合わせていない。
俺は悩みながら今まで色々と、本当に色々と世話になった奴隷商の店に訪れていた。魔道具を取り返しにきたのだ。手元に戻らなければ俺はこの店に火を放つだろう。そう言うとすんなり返してくれた。
「こっちとしては、あんたを痛めつけただけで金をもらえたから、もう満足だ。関わりたく無いからね」
どういうことだ、やばすぎるだろ。俺を痛めつける商売が成り立つってお前……特殊性癖が過ぎるぞ。まるで厄介払いが済んだとでも言いたげにしっしと手で払われる可哀想な俺。腹いせに何か調度品をパクってやろうかと物色していると、綺麗な装飾のされたよく分からない筒を渡される。腕がすっぽり入りそうなよく分からない筒だ。
「これあげるから勘弁してくれ」
ほぉ。掲げてみると、日光を反射して装飾がキラキラと光を反射する。なるほどこれは高価そうだ。だが、怪しいな……。これが本当に価値のあるものならこんなにすんなりと渡すわけがない。
「いや、あんたに怨みを持たれたくないんだ。これで忘れてくれないか?」
本当かぁ?もしかして呪いの装備じゃなかろうな……。図星の様だ。表面上は隠しているが、俺は奴隷商に動揺と焦りの感情を見る。しかし、良いだろう。オークの頭よりは綺麗だし。
俺が大人しく引き下がると、ホッとしているのが背中越しでも伝わってくる。嫌われたもんだぜ。しばらく龍華から離れてほとぼりを冷まさないといけないかな。
「っていう、代物なんだけど。なんか変な感じする?」
所変わりモモカさんの喫茶店、腕に謎の筒をはめ込んだ鳥顔のむーちゃんがクリクリとした瞳をこちらに向けてくる。パクパクとクチバシを開いては閉じ、何か言いたげだ。機敏な動きで腕の筒を掴み、引っこ抜いて地面に叩きつけるむーちゃん。
「よ、よかった。今回はちゃんと外せるんだな」
おいおい、なんて事を。俺は以前作ったソファー席にドカリと座り込みながら溜息を吐く。すぐ隣にはこの店の修繕に貢献した親方が珈琲を啜っている。いつまでいるんだろうこの人。
「なんて事!?こっちの台詞だ!お、お前は何故俺がこんな姿になっているのか覚えてないのか!」
んあぁ?不幸な事故だったろが。半分くらいはモモカさんのせいだしな。
「え?呼びました?」
俺が突然名前を出した為、ちょうど自らお客さんに珈琲を提供しようと運んでいたモモカさんが驚いてこちらに振り向く。
その時、モモカさんがうっかり足を滑らせて珈琲が入ったカップが落下してしまう。持ち前の運動神経で転倒はしないが、咄嗟に動くと怪力で店を破壊する恐れがある為に、この様な場合モモカさんは身体を硬直させる。
コーヒーカップが地面に向けて落ちていく。俺にはその様子がまるでスローモーションカメラの様に間延びして見えた。ガシャン、と叩きつけられて割れるカップ。遅れて受け止めようと飛び込んでいたむーちゃんがその上にスライディング。
「ぐああぁー!」
割れた破片に自ら突っ込んだむーちゃんの右腕は羽毛ごと皮膚を切り裂かれ出血をしていた。大袈裟な動作でその腕を掲げている。モモカさんが心配して声をかけようとした瞬間、飛び散った血が例の謎の筒に降りかかった!
ガション!と複数の触覚が筒の表面から湧き出てくる。まるで蛙の様に飛び跳ねてむーちゃんの腕に絡みつくと、ブスリとその触覚が腕に突き刺される。
「ええ!?」
俺達は突然の展開に何も出来なかった。まるで捕食するかの様にむーちゃんの肘と手首の間に取り付いた謎筒はやがて触覚を仕舞い込んだ。
手首と肘の間だけ謎の金属に覆われた鳥男はその金属部分をカリカリと爪で引っ掻いて、腕の隙間に指を差し込み外そうと四苦八苦している。
「え?またこの展開なの?」
これは俺が悪いのか?どちらかと言うとモモカさん……いや、鈍臭いお前が悪い。そもそも怪しい品を持ってきたのは誰かという事は忘れ、俺はむーちゃんを責めた。モモカさんも口を開く。
「まぁ、とりあえず床を拭いて、割れたカップを片付けましょうか」
そうですね。
むーちゃん、痛くないのそれ?
「うん……痛くはないけど。心が痛いピヨな」
まぁまぁ、とりあえず性能確認といこうぜ。俺は割れたカップを丁寧に拾いながら笑いかける。
「ぐっ……腹立つ……!」
むーちゃんがプリプリとしている。そんなに怒ってると羽毛抜けるぞー。俺がケラケラ笑っていると、突然むーちゃんの右腕が大砲になった。
……え?流石の俺も驚きのあまり真顔になる。肘から先が、変形した謎筒によって大砲としか言いようがない形状になったのだ。しかも何やら発射口らしき所に蓄えられた光が徐々に大きくなっている。
「お、おお?うおおおー!」
バシューン!と、むーちゃんの右腕から発射された光弾が俺の頰をかすめ店の床材を破壊した。
……ロック○ンかよお前は。硬直する俺をみてニヤリとしたむーちゃんが右腕を掲げ力に溺れる。
「ピヨピヨ……これならばお前に一泡ふかす事も簡単そうだピヨ」
だから良いのか?そのキャラ付け。思い出した様にピヨピヨ言いやがる。そして調子に乗ったむーちゃんはモモカさんに締め上げられていた。腰骨あたりを物理的に掴まれて宙に浮くむーちゃん。
「ピ、ピヨ……」
モモカさんに持ち上げられてビクビクと瀕死のむーちゃんを見て俺が反応に困っているとモモカさんが笑顔を向けてくる。ひょえっ!と変な声が出た。
「むーちゃんさんは、この身体になってから自己治癒能力が高くなっているので大丈夫ですよ」
そうですか、大丈夫なんですか。ならオッケーですね。ミシッ……と音がして、ビクンと痙攣したのを最後にその辺にポイ捨てされるむーちゃんを横目に俺は珈琲を啜った。壊れた床材部分はすでに親方が採寸を始めていて、すぐに直してくれそうだ。
さて、あれだな。今ちょっと奴隷やってるんで、帰りますね。そう言うとモモカさんは笑顔ながらも何言ってんだコイツと言いたげな視線を向けてきたので、それを背後に感じながら俺はスラムに向かった。
「俺はなんて無力なんだ……!」
稽古を放っぽってシレッと帰ってきた俺に師匠が少し驚いた顔をしているが、それよりも地面に膝と手をついてなにかを悲観している男の方の対応にいっぱいいっぱいの様だ。何してんだこいつ?困惑する俺に師匠が詳しく説明してくれる。
「まず、俺達は昼飯を食べに街中へ繰り出したんだ」
そこで、街中を鎖に繋がれながら歩く奴隷行列を見かけたらしい。この街はゴミ溜めの様な所なので、売り物である奴隷ズを連れて歩き品定めをさせるという謎文化がある。
この世界の闇の様なものが煮詰まったこの街ではその様な事は日常茶飯事なのだが、本人から直接聞いていないものの外国から来た……しかもいい所のお坊ちゃんであるレイト坊にはかなり刺激的だったらしい。
そして途中、フラフラとその場に膝をついてしまった奴隷がいた。行列の先頭を歩く奴隷商が怒り、鞭を振るおうとしたらしい。そこで師匠の制止を振り切ってレイト坊ちゃんはかばう為に奴隷の前に立ち塞がったのだとか。
しかし、この街で扱われる奴隷は別にどこかから理不尽にさらわれて来たわけではない。借金のカタにされただとか、同情の余地がある者は多いがこの落龍街なりのルールの下で奴隷に堕ちた者がほとんどだ。
そりゃたまに俺の様に、他者に陥れられた者もいるが。しかし、あの一番真面目そうなメガネが裏の住人と繋がりがあるとは思わなかったぜ。詳しいことは省くが、とりあえずあのクソメガネは俺の復讐リストに存在を連ねたのでいつか酷い目に合わせてやる。
という事で、奴隷商ならびに周囲のカスどもに言いくるめられ何も言い返せずあまつさえちょっとボコられたレイト坊ちゃんは己の無力さを痛感し今に至るという。
「俺もここに来て日が浅いが……この街のルールは何となく分かる。確かにレイトの地元ではこういう事に馴染みが無いから、コイツがショックを受けるのは分かるんだが……」
おや?と言うことはお師匠さんは同郷では無いので?
「俺はただの放浪の剣客よ。レイトの国にはたまたま行く機会があって……まぁ、色々あって関わりが生まれたんだ」
そうなんですか。見た目が少しみすぼらしいが腕は確かの師匠殿。なんだか漫画のキャラみたいでカッコいい。顔はちょっと冴えないけど、そこがまた主人公っぽい。くっ、中々に厨二心をくすぐるキャラ設定じゃないか。
「俺は世間知らずのバカだ……」
いつまでしょげてんだこいつは。しょうがないとため息を一つ吐いて俺はレイト坊ちゃんに近付いた。彼は俺に気付いて顔を上げる、おもむろにその顔を胸に抱いた。
「えっ!」
驚くレイト、俺はキャラメイクで自らの胸部を微乳にしている。その僅かな膨らみを堪能させてやり、俺は優しく語りかける。
「ご主人様、無力などと自分を卑下しないで下さい。私はあなたに助けられました」
「し、しかし……俺は……」
「人の手は、小さいです……。その手で守れるものはとても限られた範囲だけ。その中に私が入っている事に、とても感謝しているのです。だから、無力だなんて言わないで下さい。それに、これからもっと……その手を大きくしていけば良いではありませんか、私も協力しますから」
「チノ……」
どうやら少しは振り切れた様だ。俺から離れて師匠の元へ行き頭を下げる。
「師匠、俺は……やっぱり強くなりたいです。お願いします」
やれやれ、世話の焼ける奴め。師匠が少し微笑ましそうにこちらへ視線を向けたので、ニコリと笑顔を返した。
*
その日の夜、やはりまだ落ち込んでいるレイトの寝る部屋を訪ねた。
「俺は、復讐を誓ったはずだったんだがな……まだまだ心が弱いよ」
そんな、あなたが優しいだけですよ。優しさとは、弱さではなく……強さになるのです。
俺は笑顔でレイトに寄り添った。
数日後、また夜に訪ねた。少し悩んでいる様だ。
「俺は本当に強くなっているのだろうか……。このままで良いのだろうか。復讐か……。俺は……どうしたいのだろう」
ご主人様、強さとは一日二日で得られるものではありませんよ。迷っているのですか?あなたは優しいですから……今はただ、目の前の事に集中していきましょう。
更に十数日……。
少し本気を出した師匠に歯が立たず、その場では気丈に振る舞ったものの夜はやっぱり落ち込んでいた。
「はは、ダメだな俺は。チノに励まされなきゃ、前すら向けない」
私如きが力になれるのなら、いくらでも貸しますとも。誰になのかは知りませんが、復讐……するのでしょう?
「ああ……俺は、強くならなければならない」
そこから更に時が経つ。奴隷オークション的なものを観覧しに行って、以前見た奴隷が誰やらに買われていくのを見ていることしか出来なかった。
なので、また凹んでいる。
「くそっ!今の俺では、何もできやしない!」
俺はレイトの手をギュッと握る。大丈夫。強くなってる。私が言うのです。間違いないさ。でも、少しネガティブな所があるな?私の知り合いにカウンセリングさせましょう。奴に任せれば、前向きになれますよ。俺はニコッと笑った。
数日後。赤い髪をした男が俺に呼ばれて来た。
「初めまして。それでは早速やっていきましょうか」
ニカッと快活な笑顔でその男は握手をする。赤い男のカウンセリングが始まった……。
「複雑な事は考えなくて良い。ただ一つ、大事な事。それだけを胸に抱くんだ」
レイトにとっては何が大事なんだ?お前には、絶対に為さねばならぬ事があるのだろう?何しにここに来たんだ?
「俺は……俺は……」
復讐、するんだろ?
更に数日。
鬼気迫る顔で剣を振るうレイトを見て俺はほくそ笑んでいるが、師匠の方は少し思う所がある様だ。俺に耳打ちをして来た。
「あいつ、少し思い詰めているみたいなんだ。ちょっと、気をつけてやってくれないか?」
ふむ……。
その夜。俺は、赤い男と共に剣を振るうレイトの元へ行く。
「俺は……奴に、復讐する。その為にここにいる」
そうだな。なら、何が必要か分かるか?
「必要なもの……」
もちろん、力だ。圧倒的な力、だよ。
「そして、不要なものは雑念だ。余計な感情は捨てろ。憎しみを糧とするならば、それだけを研ぎ澄ませるんだ。人は、何かを極める時何かを失うものだ」
赤い男も俺に続いて助言する。
よし、オッケーだな。
次の日。ハイライトを失った瞳で剣を振るうレイトを見て師匠が耳打ちをしてくる。
「悪化してないか?」
そうですか?まぁ師匠が言うのなら、そうかもしれませんね。しかし、そうか。ならば、もう一人……知り合いのカウンセラーを呼ぶとしましょう。
また夜になると、ご飯や睡眠以外はトレーニングをするレイトと赤い男の元へ俺は行く。今回は半裸の男も一緒だ。彼はまず怒った。
「それじゃダメだ!休憩がいかに大事か分かっていない!」
ただトレーニングすれば良いのではない。適度に休憩を取る事で筋肉がよく育つのだと。何故か筋肉の話になっている。
「……?健全な精神は健全な筋肉に宿るだろ?」
曇りなき瞳だった。半裸の男は粉の様なものを取り出して言う。
「ああ、これ。お前から勧められたプロテイン。中々の性能をしているので彼にも飲んで頂こう。任せろ、俺が完璧な筋肉をつけてやるさ」
うん?そうだな。
そこから更にまた時が経ち、レイトの身体は一回り大きくなった。師匠の剣に対して最初の頃とは比べ物にならない程、ついていけている。
「素晴らしい。やはりこの世界でも筋肉は無駄じゃない。次のトレーニングはどうしようかな……」
横で半裸の男が腕を組み満足気だ。モモカさんの様に小柄な身体でも、俺達にとっては理外の魔法的な何かで怪力を生めるのがこの世界の現地人だが……基本的には現実世界と同じ様に身体(筋肉)がでかいほど力が強い。そこに更に魔法で強化できるのだ、鍛える事は損ではない。
訓練だというのに全身全霊で剣を振るうレイトに師匠は少し気圧されている。
「中々見込みがあるな。あそこまでのめり込めるとは」
その様子を見て今度は赤い男が満足そうだ。最近はうわ言の様に「力だ。力が欲しい……」と言っているレイトは、前までと違って迷いと甘さが無くなった。
その結果、成長率がグンと上がっている。人間は集中すると、とてつもない力を発揮する。
中々仕上がって来たな……。ニヤリと笑う俺を、師匠が訝し気に見つめていた……。
夜、俺の元へレイトがやってくる。最初に会った時の優しい顔つきは消え、幾分か濃い顔立ちになった。瞳は冷たく、激しい炎が宿り、飢えた肉食獣の様にギラついている。
身体中の筋肉がバランスよくガチガチに鍛え上げられており、身体能力も爆発的に上昇した。そして、優しさという名の甘さを持っていた心は完全に消え去り、残ったのは深い憎悪……。
「ようやくオレは強くなってきた、だがまだ足りない……そうだな?チノ」
ああ。もっと、もっと力を手に入れないとな。
「オレはもう、何も失いたくない。何も奪わせない……その為ならば、オレは……俺は」
だが焦りは禁物だ。敵はお前の復讐相手だけか?違うだろ。
「敵……」
お前の心を害する者は全てそうさ。もしお前が、この世界を残酷だと思うなら、それは全部『敵』のせいだ。だから、どうする?
「敵か……。なるほど確かに、オレの復讐相手とは、『悪い人間』か……」
レイトは強く拳を握りしめた。迷いがなくなってきたな?俺はレイトの肩に手を置いてニコリと笑いかけた。
上半身を露出して両手に木剣を持ち、幾人もの人間を打ち倒し踏みつけながらレイトはコーっと息を吐いた。俺と赤い男、半裸男が脇に立ってニヤニヤと満足した表情を浮かべる。
地面に転がっているゴミどもはレイトの気分を害した奴隷関係の者達だ。用心棒もまとめてボコボコにしたレイトは怪しく目を光らせた。
「……まだだ、まだ足りない」
何が足りないのかはよく分からないが、身体から溢れる力を持て余している様だ。血走った目でギョロギョロ周囲を見るレイトを見ながら半裸男が口を開く。
「今日の彼の筋肉はちょっと調子が悪いな……」
何言ってんだこいつ。
「継承スキルだ。怪力ハングライダーは一目見ただけで相手の筋肉を把握し対話する事が出来る。その結果効率的なトレーニングを行う事が可能になる」
赤い男が解説してくれた。意味が分からんスキルを持っているところが攻略組たる所以か。次に赤い男は感心した表情をこちらに向ける。
「ペペロンチーノも、《扇動》スキルの使い方が変わったな」
分かるか?基本的には集団にしか作用しづらいスキルだったが、意識すると個人の感情を刺激する事が……って俺の詮索をするな!
ちなみに《扇動》とは、他者の感情を一定方向に増幅したりその方向を誘導しやすくなるスキルである。副次効果で俺は感情を読み取る事が出来るのだが、不安定なところが大きく自分の思い通りに扱える力ではない。
「嫉妬の魔女との接触がキッカケなのか?」
まぁそうだな……。似た様な魔法見たから……。
「やはり独学よりは、師事する相手がいる方が早いな」
いや師事なんてしてないけど。俺は独学だぜ!と横の半裸男が口を挟んでくる。
おっ、レイト坊ちゃんが新たな敵を発見した様だ。建物に突っ込んで行った。いやぁ、バーサーカーですわ。俺達も後を追うぞ!しかしそんな俺達を呼び止める者がいた。
「待て、チノ……いや。破滅の魔女」
師匠だ。一振りの剣を片手に師匠が何人かのゴロツキを従えて俺達を睨んでいた。俺は天使の様な笑顔を浮かべて話しかけた。
どうされました?今ご主人様が正義を為しているところですが……。何か問題が起きましたか?
「問題か……。そうだな、起きているよ。まさに今、目の前で」
レイトが入っていった建物から激しい戦闘音が聞こえてくる。皆の視線がその建物に集まる。
「ほら、あの時関わるなって言ったのに。言わんこっちゃない」
「あいつを見たかよ。人相すら変わってたぞ」
「なんか魔女の仲間増えてるし……」
ゴロツキ達が気の毒そうにボソボソと内緒話をしているがバッチリ聞こえている。師匠が悲しそうな瞳をこちらに向けた。
「聞いたよ、チノって言うのは偽名で、ペペロンチーノという名の……この国では有名人なんだってな」
まぁ、不本意ながら謂れなき容疑から魔女扱いはされておりますが。それがどうかされました?
「あいつを、お前の呪縛から解き放つ。今、ここで」
ギラリと鋭い視線で剣を構える師匠。なるほど……そう来ましたか。後ろのゴロツキ達も武器を構えた。対してこちらはプレイヤー三人……。勝ち目がない?否。
「ペペロンチーノ、お前にプレイヤーの可能性を見せてやる」
そう言って半裸男が前に出た。師匠が一瞬で掻き消える。ギィン!と金属のぶつかる音が響いた。いつの間にやら赤い男と師匠が鍔迫り合いをしている、しかしすでに赤い男の身体には幾筋かの傷が作られていた。
「あいつは確かに甘いところがあった!だが!それがあいつの強さでもあったんだ!」
師匠が吠える。
「それをあんなに病んでしまって……!」
病んでる……か。確かに俺も途中から思ってた。だが常人ではない二体の廃人には理解ができなかった様だ。
「研ぎ澄まされていて無駄がないと思うが?」
「あいつの筋肉は健康そのものだぜ?」
コイツらと喋っているとたまに自動翻訳が機能しない時がある。師匠がその場から離れて頭を抱えた。分かりますよ、そしてこういう相手には実力行使しかない。
「レッド、お前はあの速い人を止めろ、後は俺がやる」
半裸男がそんなことを言い始める。おい、俺達には一人でもキツイだろ。そんなにカッコつけてもいいのか?
「言ったろ?ペペロンチーノ、プレイヤーの可能性って奴を……見せてやるってな」
レッドが斬りかかる。師匠がそれを受け止めたかと思えば次の瞬間にはレッドの左腕が折れた。峰打ちだ、弟子と同じで甘い人だな。痛みを操作できるレッドは怯まずそのまま抱き着いて動きを止める。
その隙に半裸男がダッシュでゴロツキーズの元へ走った。
「来たぞ!」
「返り討ちにしてやらぁ!」
「死に去らせっ!」
師匠と違いこの街のゴロツキは容赦がない。各々が自分の武器を半裸男に突き立てた。それを何も出来ず受け止める半裸男……。剣山の様になってボタボタと地面に血溜まりが生まれる……。しかし、大量に吐血して尚、半裸男は不敵に笑う。
「うおおおおお!南無サーーーン!」
半裸男の全身に淡く発光する紋様が浮かび、それが一際強く輝いた瞬間、半裸男は爆発四散した。つまりはそう、自爆である。
「「「ぐあああー!」」」
ゴロツキーズが爆破の余波で吹っ飛んでいく。俺は少し戸惑っていた。グロ……自爆かよ……。《不死生観》の解放者は自分の命を軽く見るところがある。それにしても酷い、何が酷いって相手を仕留めきれないところが酷い。ゴロツキーズはボロボロになりつつも息はあるようで地面に寝そべって呻いている。
ドサッ、と。音がしたのでそちらを振り向くと、首の飛ばされた男の身体が地面に倒れ伏す所だった。前に立つのは、師匠。レッドが、シレッと死んでる……。
「魔女、俺もどうやら甘くなっていたようだ。もう、容赦はしない。お前を殺し、レイトを解放する」
そうは言いますが、もう奴は自らの足で歩んでいますよ。確かに、私が彼を修羅の道へ誘導したとも言えなくもないですが。それを望んだのは、他でもない彼自身ですから。まぁ、終ぞ誰にどう復讐したいのかは知りませんでしたけどもね。
「お前の御託は聞かなくていいと教わった」
誰が言ってました?ちょっと許せないな……。
「許せ」
ふぅ、師匠。魔女とまで呼ばれるこの俺が、貴方ごときに遅れをとるとでも?俺はおもむろに腰に提げていた剣を抜く。刃も持ち手も全て真っ黒のいかにも魔剣といった見た目で、よく見ると内部で紫色したモヤっぽいのが揺らめいているという怪しさマックスの剣だ。師匠は怪訝そうな顔をする。
「お前が剣を使うのか?」
いかにも。これはとある厄介者から頂いた魔剣でね、俺の様な貧弱でプリティーな美少女でも……一発逆転を狙えるすごい剣なのさ。
この剣はな……。そこまで説明したところで肩から袈裟斬りにされた。ドサリと俺は地面に倒れ込む。し、師匠……あの、今のは説明を聞くところでは?
「お前の手口は何となくわかる。正面よりは搦め手を使うタイプだ」
そうっすね……。ダメだ、致命傷だな。くくく、俺は不敵に笑う。師匠、あなたでは奴を止めることはできない。建物からバーサーカーが顔を見せた。
奴が選んだ道です。もうあなたには止める権利など無いのですよ……手遅れ、あなたは遅すぎた。
「く、チノォ……!」
今まさに、邪魔者は殺すという手段でもってあなたは問題を解決しようとした。ふふふ、さすが師弟ですね。弟子もしっかりその教えを継いでいる。ハッとした師匠の顔を瀕死の俺が見上げた。
ここが最後の分水嶺。あんたは選択を間違えたのさ。くくく、ははははは。ただ殺されるのは癪なので精一杯の悪態をついて俺は力尽きた。
「これが、破滅の魔女か……!」
最後に化け物を見る様な目を向けてくる師匠を不思議に思いながら、俺は光の粒子となって天へ登っていった。
その日、落龍街に現れた謎の狂戦士がいくつかの奴隷商を襲撃し、多くの奴隷が流出した。襲撃された中には街での権力者も混ざっており、落龍街のパワーバランスは大きく崩れ……泥沼の勢力争いが激化することになる……。
その原因はまた破滅の魔女とされており、落龍街において彼女は龍華から派遣された特殊な工作員では無いかという噂が流れた。ちなみに龍華の軍部からは逆に落龍街からの工作員を疑われているとか。
奴隷編とは何だったのか