第2話 プレイヤー「ペペロンチーノ」
ペペロンチーノ
俺のプレイヤーネームである。
約一年前に元の世界でまだ技術の確立されていないVRMMOを銘打って突然発売されたゲームを手に入れた俺は、自分好みの女キャラをメイキングし、このプレイヤーネームを入力した。
その時点でおそらくもうこの世界に閉じ込められていたのだが、最初に放り出された森の中で考えていた事と言えばすごいリアルだなぁとかそれくらいである。
まさかフィクションでよくある様な事がこの身に起きているとは露にも思っていなかった。その辺の草を毟って食べながら味覚まで再現されてるぅとか考えていたくらいだ。
周りには同じ様にログインしてきたのであろう新規プレイヤー達がウロウロとしていて、多分大体みんな同じ事を考えていたと思う。
事態を把握したのは、先にこの世界に閉じ込められていたβテスター達が俺達新規プレイヤーを集めて説明演説を行ったからだ。
曰く、ゲームの様な世界に閉じ込められた。俺達は不死。元の世界に帰る方法は未だ解明出来ていない。魔法は存在するが使い方は分からない。レベルを上げないと身体能力は現実と大して変わらない。死んだらレベルはリセットされる。
多くの情報を怒涛の勢いで伝えてくる為、まぁ半数以上の新規プレイヤーは理解できていなかった。
その後なんやかんやあってβテスター含めてプレイヤー達は各地に散らばり頑張ってこの世界を生きている。多分。
俺はというと、しばらくは攻略組と呼ばれる廃人どもと行動を共にしていたが……。今はもう飽きて袂を別っている。
コントローラーによる操作と違い、自分の五体を自分で操作するのだ。戦いとか普通にめんどくさいし、剣術スキルみたいなものも俺達には使えないので、あらゆる行動全てがマニュアル操作だ。
ゲームとは違うのだ。自分の身体は自分で動かす、それがいかに大変なことか……。
ということで、俺は龍華王国と呼ばれている軍事国家の王都でだらだらと日々燻っている。
いや、今は玉座の前に座る国王殿の前で両脇の兵士から首に刃を突き付けられながら跪いていた。
「またお前か……破滅の魔女。やってくれたな」
玉座で偉そうに踏ん反り返っているのは、見た目的には俺とそう変わらない少女だ。肩ほどに綺麗に切り揃えられた金髪に、鋭い金眼。まだ成熟していないような体躯に大きな八重歯が更に幼さを際立たせるが、これでも大国の王である。お年は聞くものではない、多分首が飛ぶ。
そんな彼女は、いつもは綺麗に整えられている髪がどこかボサ付いていて、目元にはクマが目立つ。身体中から気怠さの様なものを感じるが、お疲れだろうか?
「お前が私の後宮に流したクスリのせいだろうが!!」
なるほど分かったぞ。この女は王宮に何人かの優秀な男を囲っているのだが、その男達が何処からか仕入れた精力剤でハッスルしている為、ここ数日の夜の生活が大変だと……。
「全部分かってるじゃないか……!」
いや、待てよ。そのクスリとやらの出所を俺だと疑っている様だが、証拠はあるのか?やれやれ、俺のような美少女がそんないかがわしいクスリを男共に流すわけがないじゃないか。
ところで、その、どうなんだ?実際すごいのか?黄金キノコって。
「黄金キノコだったのか……あんな物をよく見つけてくるな……」
心底疲れたように頭を抱える女王陛下殿に俺は刃を押しのけて近づいていく。すぐに押さえつけられたが口だけは動く。
「いやね、皆大好きな陛下殿を満足させたいと、そう言ってたわけですよ。その要望に俺は答えざるを得なかった……。この国に生きる者として雷竜王サトリ殿に潤いを与えたかったわけですよ」
「このセクハラ女め……」
溜息を吐く陛下殿だが、俺にはこの女の考えがわかっていた。この色女め……。とりあえず地面とキスしている状態から立ち上がる許可をもらい、服の埃を払いながら俺は懐からある物をチラリと見せる。
ピクッと陛下殿の眉が動くのを確認し、俺は口角を上げた。
「いくら出すんだ……?」
「……いくら欲しいんだ?」
互いにニヤリと悪どい笑みを浮かべていると、横槍が入った。
「母上!!この様な怪しい女と関わるのはもうおやめ下さいと伝えたはずです!」
玉座の間の大きな扉を凄まじい勢いで開けながらズカズカ入ってきたのは、サトリの息子……15歳だったか?
玉座の間だとかいう歴代の竜王どもがただ威厳を示す為だけに作った馬鹿でかい部屋にこれまた馬鹿でかい声が響く。
「ペペロンチーノ!貴様また性懲りも無く王城に入り込みよって!」
やれやれ、相変わらず喧しい奴だ。肩をすくめながら俺は彼の元へ歩いていき、ガッと肩に腕を回した。俺がどれだけ頑張ろうとこの場にいる何者にも勝てないことは周知の事実なので、今回は兵士に止められることはなかった。
「そんなに怒らないでよぉ、リトリは私のこと嫌いなの?」
身体を王子殿下……リトリに預けながら耳元にフッと息を吹きかけると、ウブな彼は耳まで顔を赤くして俺を突き飛ばす。
「この!気安く触るな!あと今更可愛こぶるな!」
全くこれだから女を知らん奴は。サトリと目を見合わせて、ふふっと肩をすくめあった俺は諦めずに未だに顔が真っ赤な王子殿へ近付き背中をバンバン叩く、ステータスの差か俺の手が痛い。
「反抗期か?やれやれ、反抗するのは母親だけにしとけよな。確かに、実の母親がああまで色ボケしているのを見るのは嫌だよな、分かるよ」
「いや、その話はまた別なんだが……」
突き飛ばされた際にゴロゴロと地面を転がったせいで服や顔が薄汚れている俺を見て罪悪感があるのか、少し対応が柔らかくなったリトリ。根っこは心優しい子なのだ、俺にだけやたら当たりが強いのだが……まぁ、気難しい年頃なのだろう。
「いやいや、お前のせいだろう」
サトリからはそんな言葉が飛んでくる。いやいや、いやいや。要因の一つではあるかもしれませんがね?
「幼気な息子の心を弄んでおいて……」
確かに。もう数ヶ月程前になるだろうか、とある事情でこの王城の地下に幽閉されていた俺は、この見た目を利用して時々様子を見に来るリトリ王子に幸薄な美少女を演じていた。
やがて俺の嘘八百に騙され、自らの母親に初めて逆らい俺を地下から解放し、解放された俺は涙を流しながら彼の頰にキスをしたものだ。懐かしい。
しかしその直後にリトリ王子を撒いて厨房に潜り込んだ俺が、女王に出されるはずだった料理に舌鼓をうっている所を取り押さえられ、玉座の間に連行され女王相手に啖呵を切っているところを偶然入ってきたリトリの目に入ることとなった。
多分、彼の中にあった謂れなき罪で幽閉される幸薄の美少女像が粉砕されたのだろう。それはもう情けない顔をしていた。更にテンションが上がっていた俺がその様子を小馬鹿にするという追い討ちをかけたのもいけなかったのかもしれない。
激昂した王子は自分の騎竜まで持ち出して俺を拘束し国民の前で侮辱罪で処刑するのだが、すでにセーブポイントとしてこの王都が登録されていた為、何度も舞い戻ってきて処刑される俺の存在は国民からは見世物の様な扱いになっていた。
そりゃぁ、実際に手を掛けている連中以外はヤラセだとしか思えないわな。
「とにかく!お前の様な怪しい女がこの国の中枢に簡単に出入りしている状況が良くないと言っているんだ!出てけーー!」
王城を追い出された俺は城門に唾を吐き掛けてからその場を去る。まぁいい、そのうちあの色ボケ女王からの使いが金を持って薬を取りにくるだろう。
***
龍華王国の代表的な名物がある。
それが、巨大な闘技場によって開催されている闘技士達による賭け試合だ。国内外から多くの人が集まり、試合観戦に金を払い、勝者を予想し金を賭ける。
現在も、ひょろ長い体躯だが鋭い気配を放つ男と二本立ちの狼の様な獣人が多くの観客に見守られながら激しい死闘を演じていた。
死闘といっても、刃のついた獲物の使用は控えられている為ひょろ長い男は二本の木刀を構えている。獣人に至っては素手である、己の身体こそが武器ということか。
ひょろ長い男の方は闘技場でも有名な男で、対して獣人はこの試合が初めての出場である。よってオッズも必然的に獣人の方が高くなっていた。
その試合の決着を見届けた俺は腹の底から込み上げてくる笑みを抑えながら立ち上がった。
数時間後、俺はクリムゾンゴート(赤い羊の魔物)の高級毛皮のコートを羽織り首と腕にジャラジャラと装飾品を着け、筋骨隆々な男を二人左右に侍らせながら牢屋が立ち並ぶ通路を歩いていた。
ここは、闘技士の中でも地位が低めの借金奴隷や犯罪奴隷が閉じ込められている。こいつらは社会的立場が低いのと、闘技士堕ちした理由が理由な為にこの様な扱いをされているのだが、それでも闘技士として地位を上げ借金を返し切ったりすればシャバに戻れたりより良い暮らしになれたりする。
そんなゴミ溜めの様な所で、俺はある一つの牢の前で足を止めた。
「んだぁ、ガキィ?オメェみたいな奴が来るところじゃねぇゾォ?」
中にいるのは二本立ちする狼獣人だ。ニヤリと口角を上げた俺は用件を告げる。
「お前の事は俺が買った、これからは俺の言う通りにしろ……俺ならば、お前をスターにしてやれる」
今日の賭け試合では勝ちに勝ちが続き、元々精力剤の件で小金持ちになっていた俺はもはや成金と言ってもいい。
とりあえず、闘技士の所有者となり更に荒稼ぎをする為、目を付けたのがこの狼獣人だ。先程のひょろ長い男との試合では手傷は負ったものの勝利を収め、その姿にスター性を感じた俺は、自らマネージメントすることを思いついたのだ。
しかし、獣人は小馬鹿にした様な態度でくつくつと笑うと、こちらに近付いてきて鉄格子に顔を押し付けた。
「面白れぇ冗談だ……、このオレを手懐けるつもりとはなァ」
プッとこちらに唾を吐いてきてゴミ野郎は続ける。
「狼牙族の誇り高さを知らねー様だな、お前みたいなクソガキにオレの牙は扱えねぇゾ!」
吠える狼獣人に、俺は顔を伏せ笑いを漏らす。侍らせていた男に牢の鍵を開けさせ、俺は中に入った。コイツが闘技士堕ちした理由は調べてある、お前の誇り……試してやろう。
「ほぅ、肝は座っているみテーだな……なんだその目は、俺を屈服させるつもりか?ヤッてみろ!!俺を力で……!!?」
スパァン!とこ気味良い音が響く。俺は懐からある物を取り出して、それで狼獣人の顔をひっぱたいた。返す刃でもう一発食らわせると、まるで産まれたての子鹿の様に足を震わせて膝から崩れ落ちた。
「ぐ、ぐおおぉ、バ、バカな身体が……」
札束である。まるでレンガの様な厚みの札束で狼獣人の頰を往復ビンタしてやると、やがて金の魔力に負けた哀れなゴミが腹を見せ服従の姿を見せた。
ギャンブルと酒で借金苦に陥り挙げ句の果てには食い逃げで犯罪奴隷と化したこの馬鹿は、札束を腹においてやるとくぅーんと可愛こぶった声を上げる。
素晴らしい、狼牙族の誇りとやらも金には勝てないということか。
「失礼な口を聞きました。ご命令をマスター」
腹を見せたまま札束をしっかり掴んでキリッとした顔をする狼獣人。馬鹿だが実力は本物だ……俺が上手く使ってやるぜ。
その後は破竹の勢いといっても良かった。中身はアレだが実力のある狼獣人は、その動きも荒々しさの中に華があり見る者を楽しませた。
何より、彼の戦いにはドラマがあった。勝てないと思われた敵にボロボロになりながらも勝利したり、格下の相手に不覚を取りそうになるなど、見ている者をハラハラさせる。
その塩梅が絶妙で、多くのファンが生まれた。だらしない私生活が一部の女性の心をグッと掴んだ様だ。男性ファンからは親近感が湧くと話題である。
しかしそんな彼の人気に、とある噂が立った。
八百長疑惑である。
「証拠は上がっている。貴様を八百長試合の疑惑で拘束する」
最近大稼ぎしている俺が闘技場のVIP席で、何人かの見た目麗しき男女を侍らせながらワインを片手に踏ん反り返っていると、ズカズカと多くの兵士どもが周りを取り囲んできた。
実力主義の考えが強い龍華王国において、八百長などのヤラセは割と罪が重い。俺はその様な疑いを自分にかけられていることに憤慨した。
「ふん、何を馬鹿なことを。証拠だと?下らない……神聖な闘技場でその様な罪を被せようとはな」
ぶっちゃけかけられた疑いは事実である為俺はシラを切った。ドラマ的演出の為には必要な事だったのだ。俺には余裕しかなかったが、兵士どもの影からひょっこり現れたゴミを見て顔色を変える。
「オレは、こんな事嫌だって言ったんだ……でも、コイツには借金があるし、でもいくら稼いでもほとんどコイツがガメていくからいつまでたっても奴隷を抜け出せなくテ……」
こ、こいつ!
悲劇のヒロインの様にしおらしい演技をする狼獣人に俺は掴みかかった、裏切ったな!俺の話に乗って良い思いをしてきたくせに、何故今更……ハッ!
ある事に気付いた俺は周りを見渡す。すると、少し離れた位置にアタッシュケースの様な物を持った女性が一人立っている。ま、まさかこいつ……。
「すまない……俺の牙は折られてしまった……」
小声でペロっと舌を出す金の亡者に俺は戦慄する。こいつの誇りとやらの売女ぶりに開いた口が閉じなくなってしまう。
「ほら、これ以上は時間の無駄だ。さっさとこい」
俺を両脇から持ち上げて連行していく兵士達。バタバタと暴れるが振りほどけるわけがなく為すがままに俺は何処かに連れて行かれる。
クソがー!この俺を誰だと思っているー!呪詛を辺りに撒き散らしながら俺は連行されていった。溜め込んだ資産は全て賠償金に当てられ、闘技場の新たな発展の礎となる。
こうしてペペロンチーノの成金計画は一瞬で泡の様に消え去っていくのだった。
451.破滅の魔女、またもや破滅する。
1.名無し
龍華で、またペペロンチーノが捕まってる
2.名無し
懲りない馬鹿
3.ペペロンチーノ
んだと?馬鹿にしてんのか、お前名前出せ
4.名無し
あの人いつも捕まってない?
5.名無し
もはや伝統芸
6.名無し
>>3
しれっと本人いる
7.名無し
プレイヤーの面汚し
8.ブラック
今度、闘技士として魔物と戦わされるらしいよ
9.名無し
>>8
死亡不可避
〜〜
112.龍華に住む巨乳美女
秒殺だった
113.名無し
まぁ、そうですよね。俺達じゃ、攻略組くらいじゃないとまともにやりあえないと思うわ