第19話 聖域の復活
カツーン、カツーン。陰気臭い森の中、俺達の振るう斧が木に傷を与えていく。
「そっちに倒すぞー」
「うぇーい」
見上げるほどの高さの大木が地面に倒れる。しかしどうしたものか、これをどう運べば良いのか。俺と半裸の男は顎に手をやり考え込む。ガサガサ、何かが近くの茂みから現れた。ゴブリンだ。
「ガガガ」
「グケー」
二体のゴブリンが歯を打ち鳴らしながら棍棒を振り回している、威嚇のつもりか?上等だ。隣の半裸男も棍棒を構える、ゴブリンなんてラクショー。そう言っていたこいつの事を信じて俺も戦闘態勢を取る。睨み合う両者。
しかし、ゴブリンは何故か棍棒を地面落とした。何やら友好的な態度で半裸男に近寄り腕とは胸辺りをべしべし叩いている。
「ま、まさかこいつらには俺の上腕三頭筋と大胸筋の美しさが分かるのか?」
お返しにと半裸男がゴブリンの腕を掴む。すると雷に打たれたような顔を浮かべた。
「何という上腕二頭筋……!」
何やら通じ合ったようだ。互いに身体をペタペタ触り合いながら笑っている。何とキモい絵面だろう。時折こちらに視線を向けてきては、ふっと鼻で笑ってくる辺りがとても腹が立つ。見た目だけのステータスの伴っていない偽筋風情が何様のつもりだと憤る。だが、貧相ロリの俺の身体には興味がないらしい。ぽかぽかと背中を叩いても誰も反応してくれない。
「なになに?かつてはこいつの事を鍛えてやろうとしたこともあったが、もう諦めた?……まぁこいつには堪え性てもんがないからなぁ」
何で言葉も通じてんだよ。筋肉言語か?気色悪い連中だ。俺はピーチクパーチク吠えるが筋肉愛好家どもは全く聞いてくれない。俺はいじけて切り倒した木の上に寝そべってふて寝した。
えっほらえっほらと、緩やかな揺れと共に変な声がする。目を開けてみると、何やら景色が動いている。なんだ?上体を起こすと、俺は不安定な所に横になっていたのか地面に落っこちる。ぐえっ!
「お、起きたか!見ろよ!このゴブリン達が運ぶの手伝ってくれてんだよ」
頭をさすりながら起き上がると半裸の男が興奮気味にそう言ってくるので、視線を向けてみると確かに、汚い肌のゴブリンが木を肩に抱えながらサムズアップなんてしている。
半裸野郎は俺と同じプレイヤー、つまり身体能力は低い。よってこいつらはたった二匹で大木と言って差し支えない木を運んでいるということだ。薄々気付いていたが、この森に住む魔物はちょっとよその魔物とは違うのかな?普通のゴブリンはこんなに力持ちではない。
「と、とりあえず森の外までお願いします」
思わず敬語になってしまうのもしょうがない事だ。そこからはチャーミーにお願いしよう。
「よぉ、ペペロンチーノぉ。不死身ってのは、本当だったんだな?」
黒い肌のゴブリンが、ヤンキー座りをしながら煙草をふかした。こいつ……また進化してやがる。
かつての薄汚い苔の様な肌はどこへやら、まるで台所に現れる人類にとって不倶戴天の敵である虫のごとき艶のある黒。身体も通常のゴブリンより一回り大きい。
久しぶりだなぁ?ゴブリン先輩よぉ。俺はギョロリと眼球を動かし睨みつけた。お礼参り……ってやつだ。俺を酷い目に合わせたゴブック牧場と呼ばれる、竜の餌を育てている施設に来た俺は早々に元上司の元へ尋ねた。
「……ほぉ?」
俺の後ろから二匹のゴブリンが現れる。通常のゴブリンに比べてやたら筋肉質な個体だ。それを見て黒ゴブリンは嬉しそうに口角を上げる。こちらから視線は外さずにすぐ側にあった棍棒に手を伸ばした。
「ガガッ」
「グケー」
俺は筋肉ゴブリンに達に小包を渡す。薬屋のハゲ親父に頼んで作って貰ったプロテインだ。怪力ハングライダーに通訳して貰ってあるのでゴブリン達はいそいそとそれを受け取り腰布の何処かへ仕舞い込む。
コクリと頷いて、筋肉ゴブリン達は棍棒を構える。一匹は正眼の構え、もう一匹は二刀を上段と下段に構えた。対して黒ゴブリンことゴブリン先輩は、構えでなくただダランと棍棒を垂らすのみ。ピリっとした空気が場を支配する。
「オレに刃向かうゴブリンは皆殺しだ」
ベロリと先輩が棍棒を舐めた、それを合図に筋肉ゴブリン達が飛びかかる。ゴッ、と鈍い音が一回だけ響き三匹が交差した。直後に全員の棍棒にヒビが入る。
「グケッ!?」
「ガッ!?」
「チィ……!」
全匹がペイと棍棒を捨てて徒手空拳で構えた、互いに距離を取りまた空気が張り詰める。俺の肩がちょいちょいとつつかれる。なんだ?と振り返るとかつて俺をハメた牧場主がいた。無言で札束を出してくる。俺は無造作にそれを奪い取ると、指をペロリ。枚数を数える。
「ここまでにしよう」
俺は間に入って争いを止めた。必死に主張する。争いはよくない、話し合いをしようじゃないか。だが、所詮は下等な魔物。興奮したコイツらはこの昂りをどうすれば良いのかと詰め寄ってくる。
やれやれ、しょうがない。俺は懐からある紙を取り出した。
『龍華最大の闘技大会を開催!参加者募集!』
魔物は参加してはいけないなんて書いてない。なんなら魔物部門を作ってもらうよう口利きしてもいい。だからこの辺りで手打ちとしようじゃないか。チラリと牧場主を見る、笑顔で札束をもう一つ見せて来た。俺も笑顔を返す。
「……なるほどな、たまにはゴブリン以外を殴るのも悪くない」
「ギギッ」
「グケー」
何とか説得できたようだ。
「でも血が高ぶってしょうがねぇ。今日は多めにぶん殴るか。おい、お前らもどうだ?」
そう言ってゴブリン先輩は筋肉ゴブリン達と一緒に何処かへ去って行った。俺はトタタタと小走りに牧場主の元へ行き札束を奪い取る。ひーふーみー。ふん、悪くないな。
「オーク以外と混ぜるなら何がいいと思う?」
そうだな……虫系の魔物にしよう。見た目はヤバイかも知れんが栄養価は高そうだ。まぁ最初は馴染まんかも知れんが、どこにでも好き者って奴はいるからな。
*
「おい!どこ行ってたんだよ!」
ゴブック牧場を出て、森の前で筋肉ゴブリン達と別れた俺はモモカさんの喫茶店に帰ってきた。すると半裸野郎がプンプンと怒っている。うるさいな、お前と違って暇じゃないんだよ。
半裸野郎を押し退けて奥を見ると、既に仕上がりを見せるワニっぽい地竜革ソファーとローテーブルがあった。何やら微調整があるのか親方がゴソゴソとしている。
ふむふむ、中々お洒落な仕上がりだ。流石です。丸太からの作成を手伝わされていたラングレイとむーちゃんが誇らしげな顔をして近付いてきた。
「どうだ?こことか、この辺とかも俺がやったんだぞ」
「ここは俺ピヨ!」
へぇ。モモカさんの前だから張り切ったのだろう。チラチラと彼女の方へ視線を向けている。おや?モモカさんの服装が清楚なものに戻ってニコニコとしている。よく見ると、他の常連達も家具の手配が済んだのか店の内装が大分復活していた。
「どうやら、俺達の経験値はこういう作業でも溜まるようだな」
いつのまにか後ろにレッドが立っていてそんなことを言ってくる。目の下の隈は、ワニっぽい地竜に殺されて以降レベル上げの為に一睡もしていないからだ。別に聞いたわけではないが間違いない。ある程度上がるまでコイツは休憩を挟まない。
「昼間は店の修繕を手伝ってくれたんですよ。レッドさんありがとうございます」
モモカさんが笑顔でレッドにお礼を言うのを見て俺は焦る。レッドへの好感度が上がっているだと?まずい、コイツはプレイヤーなので外見上は普通にイケメンだ。面食いのモモカさんが万が一にもレッドに惚れようものなら俺はコイツと戦争を起こさなければならない。どちらも不死の不毛な戦いだ。
「ペペロンチーノには、こういう形で恩を売るのが一番効果的だ。だから気にすることはない」
ピシャリと言ってのけるレッドにちょっと引いているモモカさん。良かった、心配した俺がバカだった。しかしキモイ発言だ。それを普通本人の前で言うかよ?レッドはレベル上げに行ってくるとこの場を去った。
「相変わらずお前に対してはストーカー染みてるよな」
コソコソと耳打ちしてくる半裸野郎に俺は頷く。ちょっとどうにかしてよ。無理無理ーと半裸野郎は離れていった。くそ、使えねぇ。
ともかく、モモカさんの喫茶店は復活の兆しを見せた。親方の元へ行きカメラを預かりパシャリと記念撮影。ついでに握手をしてもらっている親方。うふふふ、と和やかな雰囲気が店内に流れ始めたところで来客が来た。
長い茶髪に陰気そうな瞳、そばかすが目立つ地味目な顔。すらりとした貧相な身体を黒いローブに包んだ怪しい女だ。
「な、嫉妬の魔女……!」
すぐに俺は魔女の前に立つ。よぉ、一体何の用だ……?ギロリと睨む俺の頭を掴みぽいと投げ捨てる魔女さん。モモカさんの元へ行き、何かを渡す。
「あー、悪かったな。これを修繕の補填にでもしてくれ」
小袋だ、モモカさんが不思議そうに中を取り出すと……何とそれは拳大の大きな宝石だ。キラキラと周囲の光を反射して幻想的な美しさを惜しげもなく晒している。その宝石の中心には、まるで炎の様な揺らめきを持つ不思議な光が灯っていた。
「え、こ、こんなものを?」
モモカさんも突然、魔女とか呼ばれている厄介者からその様な物を貰ったことに戸惑っている様だ。たしかに、何か怪しい魔道具かも知れませんね。俺は起き上がってその宝石を見せてもらう。むむ、これは……。
「先代の『龍王』が体内で生成した『竜結晶』を私が加工してみたんだ。この国では、貴重だろう?だから、やる。ちょっと不恰好になったから要らないんだ」
それはもう。もし婚約指輪に使おうものなら嫌だなと思っていた相手でも思わずオッケーしてしまう様な貴重品だ。高位の竜が体内でごく稀に生成するという、ファンタジックストーンである。胆石みたいなものだ。
しかも『龍王』だとか言うヤバそうな肩書き、売れば日本円にして億はくだらないだろう……。もしかするともっといくのかも知れない。
「あばばばば」
モモカさんも流石にたまげたらしい、ガクガクと震えるがその宝石は絶対に離さないぞと胸に抱えた。大きな胸にすっぽりと隠れた手と宝石に魔女さんが凄まじい視線を送るのが分かる。
「今の王と上手いこと分けて街の修繕にも使ってくれ。カッとなってやり過ぎたからな」
サトリと分けろと言われて目を逸らすモモカさん。……。この人絶対サトリには黙ってるぞ……。
最後にとんでもない物がぶっ込まれたせいで、常連達の争いは何となく有耶無耶になった。だが俺達が求めていたのはモモカさんの笑顔。つまりは一件落着、ってやつだな。俺は親方や常連に渡された請求書を握りしめて投げ捨てた。今回の件、別に俺のせいじゃないと思うの。




