第18話 帰ってきたあいつ
わざわざ外国まで行って職人を連れて来る必要はあったのだろうか?そう、思う気持ちは最初からあった。国内の職人じゃダメなのかな、と。理由はある。
そもそもが、この家具探しは常連達のアピール大会みたいなものだ。よりモモカさんの気に入った物をプレゼント出来たら勝ちという、本人の意思を無視した勝手な店内改造計画である。
ちなみにモモカさんは現在、夜の店モードに切り替わっていてかつ無気力状態なのでもう勝手にしてと不貞腐れていた。
ちょうど今も、辛うじて壁が直された店内で彼女は椅子に座り項垂れている。横には酒瓶が転がっていて、とても退廃的だ。おや?破壊された床を誰かが修理している。こちらに背を向けて屈んで作業中。
赤い髪の男だ。俺は思わず眉をひそめた。ま、まさか……早過ぎる。神出鬼没なとある奴の事が脳裏によぎった。その男は店内に入ってきた俺に気付いて振り返る。ニヤリと、口角を上げた。
「久しぶりだな、ペペロンチーノ」
レッド……!俺は驚愕し、踵を返して店から出ようとする。ガッ、と。振り返ってすぐ何者かに正面から肩に手を回された。やたらマッチョな黒髪長髪の上半身裸体の変態だ。
「か、怪力ハングライダー……!」
俺の顔は、恐らくレッドだけを見た時より一層ひどいことになっているだろう。攻略組。元ではなく、現・攻略組だ。バカな、掲示板を覗いた限りここに向かうとは言っていなかったはず……。
「よぉ、久しぶり。色々と言いたい事はあるんだろうが、別にお前をどうこうしにきたわけじゃあない」
あぁ?何を偉そうに。そもそもお前ごときがこの俺様をどうこうできると思ってんのかぁ?いつの間にかレッドがすぐそばに来ていた。俺の首から提げられた中心に宝石の入った懐中時計に似たネックレスを掴んでくる。
「これは何だ?以前はこのような物を持っていなかったと思うが」
なんて目敏い!このストーカー野郎!俺はその手を振り払い二人から距離を取った。ふん、見せてやる。この俺は以前とは違うぜ。宝石に魔力を込めた。
『解放』
詠唱。これは単純に魔道具を起動する為のキーワードだ。声紋認証的なね。
直後に俺のネックレスから魔法結界が展開される。なんだか騒いでいるため、店の外から様子を伺っていたラングレイとむーちゃん、それに親方が膝をつく。椅子に座るモモカさんが嘔吐した。
「こ、これは……!」
ラングレイが地面に手をつきながら驚きの声を上げる。
「《迷狂惑乱界》……くくく、どうだ?」
しかしレッドと半裸男には全く効いていないようで、二人して首を傾げている。……そういえばあいつの魔法って、プレイヤーには通じにくいんだったな。あいつとは勿論、嫉妬の魔女の事である。俺は魔道具を止めた。
「すごいじゃないか、さすがペペロンチーノ。見ろ怪力ハングライダー、これはこの世界の人間に対抗しうる武器だぞ」
まぁ、チャージに時間かかるし効果時間に効果範囲も狭いけどな。それにオリジナルと違ってちょっと五感を揺さぶる程度の効果しかない。
ただ、それはつまり酔っ払いに吐かせる程度の効果はあるって事なんだが。
「おい、お前らのせいだぞ。片付けるの手伝え」
とりあえず色んな事は置いといて、モモカさんの吐瀉物を片付けるとしよう。
「まぁ、不本意ながらこいつらは俺の知り合いだ」
吐瀉物をみんなで片付け、唸るモモカさんを横にしてからみんなで集まった。
レッドはともかく、半裸男の方は誰も知らないので紹介する。こいつはキャラメイクの際に筋肉の造形に熱を入れたタイプだ。なのでそれを周囲に見せつける為だけに上半身裸体という奇抜なファッションをしている。
「あ、どうもこんにちは。すいません今日は突然押しかけて。これつまらない物なんですけど」
半裸男はその見た目に反して理知的な言葉を並べ菓子折りをラングレイに渡した。それを受け取ったラングレイはむーちゃん共々、とても驚いた顔をしている。そりゃそうか、いきなりこんな常時半裸の変態が現れたらビックリするよな。ちなみに親方は店内をウロウロしている、チラチラとモモカさんを見ている辺りそれが本人だと気付いているようだ。しかし流石に夜の店モードは見た事がなかったのだろう。とてもじゃないが話し掛ける事は出来そうにない。
「いや、お前の知り合いにしてはあまりにもマトモそうだから驚いた」
いや服装!その言い草もどうかと思うが服装を見てみろ!俺は至極真面目な顔でそう言ってくるラングレイに猛抗議した。
「まぁ、こんな人たまにいるし。闘技場とか」
なら仕方ないな。確かに知り合いの前例がレッドだったんだ。その落差もあって驚いているんだろう。
「いや、俺はそっちの人についてもよく知らないし」
そんな事より何しに来たんだ。何で筋肉自慢野郎まで一緒に?筋肉さんは真顔で答える。
「用事があって来ただけだ、ついでにお前の顔でも見ようかなって」
用事ぃ?だからそれが何だって言ってんだよぉー。
「今度、この街で闘技大会が開かれるって聞いたから参加しに来たんだよ。何ならレッドが、お前も誘おうぜーって」
い、嫌だよ。お前この国の闘技場を見たことあるのか?ゴブリンに四苦八苦する俺達じゃ、漫画で背景に溶け込むくらい一瞬でやられるモブくらいにしかなれんぞ。
「お前と一緒にすんなよ。ゴブリンくらいラクショーだって。まぁまぁ、お前も暇なんだろ?一緒に思い出つくろーぜー」
またもや肩に腕を回してくる変態。ええい!絵面がやばいんだよ!押しのけたいがコイツの方がレベルが高いのかビクともしない。ぐぅ、レッド!どうにかしろ!
「いいじゃないか、せっかくなら四人パーティで臨みたいな。他にこの街にプレイヤーの知り合いはいないのか?」
ダメだ。話がまるで通じない。だから攻略組の連中は嫌なんだ。チラリとラングレイとむーちゃんの方へ視線を向けると、何やら二人でコソコソ話しながら物珍しげにこちらを見ている。
「すごいな、お前をここまで狼狽えさせるのが」
「何だか見た目通り可愛らしく見えてきたピヨ」
失礼なっ!俺はいつでも可愛いだろ!
「あ、そうそう。微乳ロリ派のお前が、邪道とか言ってた巨乳ロリ派に鞍替えした理由のモモカさん。すごいなあの人」
ふと思い出したように耳打ちしてくる変態。むむむ、そうだろ?あれこそ神の造形、神の悪戯。俺のチャチな価値観は破壊されちまった。ニヤニヤしている変態の顔は気に入らんが意見は賛同する。ただし、俺のモモカさんに近づくんじゃないぞ?
「何でだよ、ちょっと交友深めるくらい、いいだろ?」
ダメ!お前みたいな変態と話したらモモカさんが汚れる!
「いやもうあの人に綺麗なキャラ付けは無理でしょ。吐いてたし」
まぁそうなんだけどさ。そうこう言い合っていたら、完全に忘れ去られていた親方が近くにきた。
「イメージは出来た。それで?一体どれくらい、何を作れば良いんだ?」
忘れていたが俺たちはこの店の内装を復活させにきたのである。しかし冒頭に言ったように、これは常連同士の意地のぶつかり合い。それぞれに担当区域がある。
なので、俺とラングレイが担当している範囲を案内した。
「ここにソファー席を作りたいんだけど」
俺がそう言うと、顎に手を置いて沈黙する親方。
「そうか……」
ボソリと呟いて、紙を取り出し何かを書き出す。覗き込んでみると、それは図案だ。ソファーに机、成る程職人っぽい。ぴたり、親方の手が止まる。
「……材料があれば、すぐここで作れるがな」
チラリとモモカさんをみる親方。滞在する気満々じゃないか、と俺が突っ込みを入れる前に反応した奴がいた。半裸の変態だ。
「なになに?なら俺達で材料ってのを取りに行こうぜ」
「なるほど、採集クエストだな」
それに乗っかるレッド。ふぅん、あっそ。なら頼むわ。ガシッと、俺の腕が両方から掴まれる。右にレッド、左に変態。お、おい……待て。何なの?お前ら暇なの?
「いいじゃん、行こうぜ。色々と積もる話もあるだろ?」
いや俺はないよ!しかし抗う術はない。ラングレイとむーちゃんも無言で見守るばかりだ。俺も連れて行かれる事になった。
というわけで、やって来たのは見渡す限りの大平原。日本人からすれば中々見慣れない光景だ。そこに俺とレッド、怪力ハングライダーが並んで立つ。てか長いんだよお前の名前。
「お前に魔法を見せてやる」
おもむろにレッドが剣を抜いてそう言い放つ。なるほど、察した。やたら俺を外に連れて行きたがると思ったら、ただ自慢したいだけだったんだろ。
レッドが向かうのは、ワニみたいな四足歩行の魔物。ぶっちゃけ地竜の眷属なのだが、龍華において知性のない竜はケダモノと同じなので問題はない。まぁ、その辺の基準はよく分からない。
ギケーっと可愛くない声でワニが口を開いて威嚇をする。レッドは左手を開いてワニに向けた。すると、手のひらの先に火の塊が生まれる。おおっ、と俺と半裸男の声が重なる。ピンポン玉級の大きさだ、まるでロケット花火の如く飛んでワニの口の中に入った。
「ギキャー!」
熱そう。
怯んだ隙に一気に駆け寄りワニの首目掛けてレッドは剣を振り下ろした。ガキン、と鈍い音が響くものの、なんとその刃は鱗を断ち肉まで届いている。
「ちぃ……」
舌打ちをしながら後退するレッド。俺はもっと柔らかいところを狙えよと思いつつも静観する。ワニは怒り狂っている。首から血を流しながら、鼻息荒く地面を掻いた。一気に加速しレッドに向かう。
それに対し、レッドは跳躍して回避する。真上を過ぎる瞬間、もう一度火球を出してワニの首の傷に当てる。な、なんてえげつない。
しかし、闇雲に振るわれた尻尾に弾き飛ばされその辺をゴロゴロと転がるレッド。追撃がかかる。ワニが距離を詰め、赤い鬱陶しい奴を踏み潰そうと前足を振り上げた。
「うおぉおぉぉ!」
それに合わせて剣を突き出すレッド。その刃はワニの腕をすり抜け顎から脳天へ突き刺さる。空気が漏れるような音を立てて、ワニは絶命した。ちなみに何やかんやで振り下ろされたワニの前足でレッドの左半身は粉砕されている。
「ふっ、どうだペペロンチーノ。これが魔法だ」
いや、どうだとか言われても……。
ヨロヨロと血濡れの剣を持ってこちらに歩いて来て、第一声にそんなことを言うレッド。魔法なんてゆで卵にかける塩くらいの役割しか無かったじゃないか。普通に羨ましいけどさぁ。
とりあえずワニ皮は剥いで持って帰った。レッドは死んだ。




