第14話 海賊……ならぬ川賊
川の上にいくつかボートが浮かび、そこに乗り込んだ七人の内六人がオールを構えている。俺はとあるチームのボートを見ていた。
艇指揮と舵取りを兼ねた一人が声を掛けると、残り全員が掛け声を上げて一斉にオールを水に漬けた。そのまま身体を倒して水をかいていく。入水から出るまで綺麗に動きが揃っている、それを繰り返してぐんぐんと速度を上げていった。
俺はそのボートから視線をずらし、違うチームを見る。艇指揮が声を掛けた、それに合わせて他のメンバーがオールを動かすが微妙にずれている。オールの動きが合っていないと、それぞれが抵抗になりスピードが出にくい。先程見ていたチームと違いお粗末な速度でトロトロと進んでいる。
今は大会前の練習時間、これを利用して試合前にチームの調整を行うのだが……。
「モモカさん、これはまずいですよ」
俺は隣に立つモモカさんに真面目な顔で話しかけるが返事がない。チラリと顔を見ると、感情を失った抜け殻がそこに立っていた。ダメだ、もう気持ちが負けている。
一番目に見ていたチームが、今回の一回戦の相手であり……モモカさんが自分自身の貞操を勝敗にかけている相手のサトリチームだ。
そして後者のチームが……悲しいことに、我らが喫茶店常連チームである。実力の差は明白、まともにやれば万が一にも勝ち目は無いだろう。
「ふん、まだまだ浮ついているな」
すぐ近くにサトリが立っている。あの仕上がりでもまだ気に入らないようで、腕組みをしながら不機嫌そうだ。
「おお、どうだうちのチームは。私自らシゴいてやったんだよ」
しかし、我らのチームを見て勝利を確信したのだろう。ニヤニヤとこちらに話しかけてきた。モモカさんからあの逆ハー軍団はいがみ合っているとか聞いたが……何故あんなに息が合っているんだ?
「普段は私の寵愛を一身に受けたいが為に、奴らの仲は悪くなる。だがこの私が息を合わせろと言っているんだ、それに答えるのは奴らにとって当然の話だ」
仲が悪い理由はかなり女々しいが……そこで一致団結できるのは男だからこそか?サトリの自信満々な態度を見て、モモカさんは何も反応しない。
「おいモモカ、約束は守れよ」
うぐっ、とか息の詰まるような声を出すモモカさん。何も言い返せないようだ。何故あんな不用意な発言をしたのか……。やはりこの人、自分が出て勝利を掻っ攫うつもりだったな?
サトリは自分のチームの元へ行き何か指導をするつもりのようでこの場から去っていった。その背中を二人して見つめていると、ボソリとモモカさんが呟く。
「私もアルカディアに旅行に行きましょうかね?」
……。しょうがない。俺は腕まくりをした。
「モモカさん……私が出てはいけないとは言われていませんでしたね」
モモカさんは驚いて俺の顔を見る。
「まさか、ぺぺさん……」
「ええ、私が……奴らの指揮をしましょう」
自信満々に告げる俺にモモカさんは驚きすぎて言葉が出ないようだ。俺はその自信の元を告げる。
「秘策があります」
「さぁ、一回戦が始まります。両チームはスタート地点にて待機して下さい!どうやらチーム『喫茶店モモカ』は急病により艇指揮の方が交代するようです!この土壇場での交代はかなり厳しいものと思いますが、健闘を祈ります!」
そんなアナウンスを水上で聞きながら俺はボートの上に立ち、漕ぎ手のアホどもを見下ろした。
「おい、お前指揮なんてできるのか?」
どうやら急に現れた俺が心配のご様子。任せろ、お前らだけではゼロパーセントの勝率を……覆してやる。
「全員俺の指示に従え、そうすればモモカさんを守ることが出来る!」
俺がそう言うと、アホどもは真剣な顔つきになり唾を飲み込んだ。よし、掴みは上々。
「奴らは害虫。我らが女神を汚そうとしている。一輪の花に群がる害虫を、摘み取らねばならぬ!」
全員の意識が俺に集中する、敵は作った。俺には相手の感情が見える、敵意の感情がどこに向いているかを把握して言葉を選ぶ。
「サトリ様の庇護下にありながら、更に女神まで求める……欲が深いあのクソどもをコテンパンに叩きのめすぞ!」
まぁあの逆ハー軍団はサトリの言う事にホイホイ従っているだけの連中だが。男の敵は男の方がわかりやすい。それとさすがに国王殿には敵意が向き辛い。
チラリとモモカさんの方を見ると、その隣に立つサトリがこちらを指差して何事かを話している。なんであいつがあそこにいるんだとかそんな事を言ってそうな顔だ。くくく、見てろよ……。さぁ、スタートだ。
「それでは始めます、よーい」
パァン!と、空に魔法の炎が弾けた。両チームは一斉に声を上げて進み出す。
ところでコースについて説明しよう。会場は川なので流れがある。コースは川を横切る様に設定されている為、水の流れを横に食らいながら進む。これがなかなか難しい。
並んでスタートすると上流側に対して下流側が有利になる為、スタート位置は互いに向かい合った位置からになる。同じ距離を走ってそのタイムを競うが、外から見ているとよっぽどの差が無い限りどちらが勝っているのかが分かりにくい為ハラハラ出来る。
だが、今回に限ってはよっぽどの差があるのでスタートしてすぐに俺達が完全に負けていると周りからは分かる様だ。サトリの余裕の表情が水上からでも見えた。しかし俺はニヤリと笑う。
向かい合ってスタートするということは、いつか真横を擦れ違う所があるという事だ。俺はタイミングを見計らって号令をかけた。
「タイミングが早すぎる!」
「何故そこでスパートをかける!?」
観客がいい感じに場を盛り上げてくれる。俺は舵を操作した。たしかに後先考えず全力で漕ぐには早すぎるタイミングだ。このままではゴール前に疲れきって減速するだろう。しかし、俺の狙いはゴールでは、ない。
「ぶ、ふつかるぞ!」
「危ないっ!」
いい仕事をするぜ観客、状況を簡単に伝えてくれる。逆ハーチームのメンバーが驚いている、俺達のチームは漕ぐのに夢中で俺以外気付いていない。これは事故だ。
そのままボートは衝突した、勢いのまま俺は相手チームのボートに飛び乗り叫ぶ。
「オールを奪え!」
名付けて海賊ならぬ川賊作戦、オールを奪い戦線離脱させるのだ。いの一番に乗り込んだ俺は敵チームに真っ先に川へ投げ飛ばされる、これで先に手を出したのは……お前らだぜ?
モモカチームはようやく状況を把握した様だ。あくまでも事故でぶつかっただけなのに自分達の艇指揮が敵の魔の手にかかり川に落とされた……このままでは負ける。相手を落とすしかない。
二隻のボートの上で乱闘騒ぎになった、互いに掴み合って川に落ちたり落としたり。オールも宙を飛び交った、一度落ちたメンバーも即座にボートに登って復帰する。次第に相手チームのオールを破壊するという手段を用いる様になっていた。やがて両チーム失格となった。
両ボート及びオール数本の破損、及び暴力行為で秩序を乱したという罪は到底許されるものではなかったのだ。
「えー優勝はチーム『マッキーファンクラブ』の皆さんです!それでは、艇指揮のマッキーさんコメントをどうぞー』
そんなわけで、俺達は壇上に上がる巨乳美人をぼけーっと見つめていた。常連チームも逆ハー軍団もお通夜の様な空気を醸し出している。なんて辛気臭い奴らだ。
「艇指揮のmakitoでーす。いやーみんな頑張ってくれて私ほんと嬉しいです、いえーい!」
壇上の上で巨乳美人が大きく手を振り被ってピースなんてしてみると、優勝チームのメンバーが空気が震えるくらい雄叫びを上げている。暑苦しい、こちらの空気とは正反対だぞ。
「あー……、モモカ……とりあえず今回は、あれだ。無かったことにしようか」
「そうですね……、なんだか怒りも吹っ飛んじゃいましたよ」
気まずそうにサトリとそんなやり取りをして、内心ホッとしているだろうモモカさん。へへっ、俺のおかげかな?
「お前なんであいつを乗せちゃったんだよ」
「いやぁ……勢いに飲まれたというか……あんな事になるとは」
こちらを指差して何か会話をしているところを見ると、良かった。仲直りをした様だな。俺は腕組みをしてウンウンと頷いた。常連チームと逆ハー軍団の方へ向いて叫ぶ。
「おら!アホども!お前ら迷惑掛けたんだから片付けくらい手伝っていけ!」
ボートもオールもタダじゃないんだぞ!
何やら不服そうな顔でこちらを一瞥して、撤収準備を始めた運営のお手伝いを買って出る敗北者ども。たとえやらかしても最後に良い印象を与えておけばヘイトも減る。くるりと振り返って満面の笑みを浮かべた。
「さっ!帰りましょうかモモカさん!サトリもまたな!」
ギョッとするサトリとモモカさん。おや?どうされました?
「おい、こいつ自由すぎるだろ。お前ちゃんと躾けろよな」
「サトリちゃん……私の手には負えませんよ」
躾けるだなんて、まるで動物扱いだな。お前そんな事ばっか言ってるとまたリトリにちょっかいかけるぞ。
「そうだモモカ、助けてくれよ。ウチの息子の幼気な純心が弄ばれてるんだ」
ええ?ちょっと楽しんでるくせに。息子が困っているのを楽しむとはひどい親だぜ。
「困らせてる自覚はあるんですね」
モモカさんから鋭いツッコミが入る。何分、察しがいい女なもんで。
まるでバカなことをして失格になった後の連中の様に辛気臭い森の中、俺はその辺に落ちていた猪とか豚っぽい魔物のフェイスマスクを拾う。一緒にカバンも置かれていて、何だか置き手紙も並べてあった。何々?
この竜は借りていく?……なんでだよ。オリーブは拉致られた様だ。そもそも結局あんたは何者なんだよ。
とりあえずオークヘッドを被ってフンガフンガと鼻を鳴らす。通常時では分からない匂いが知覚できる様になり、それが俺にある情報をもたらした。俺はフガフガと匂いを辿って行く。
「ボロい家だなぁ」
やがて辿り着いた先で思わず漏れた呟き。鬱蒼とした森の中、木々の合間にポツンと一軒の家が建っていた。とにかくその家に入ってみる。
入ってすぐの部屋は、倉庫感が溢れるくらい色んなものが散乱していた。天井や梁に乾燥させた植物やキノコが吊るしてあったり、棚の様な物にはよく分からない物が詰め込まれている。足元にもそれらが散らばっていて、持ち主はあまり掃除が得意でない事が伝わってくる。
人の気配はない。せっかくなので色々と物色してみると分かってきた事がある。この部屋に干してある植物やキノコ類は全てこの森で取れるものだ。薬か何かを調合しているのだろう。薬屋のハゲ親父の所とよく似ている。
いくつか見た事がないものまであるので、むしって鞄に詰め込んだ。他の部屋も見に行ってみると、やはり人が住んでいるのだろうか?キッチンや寝室、書斎の様な部屋まである。さっそく寝室のベッドに寝転んでみる、うむ。中々よいベッドだのう。
次は書斎だ、色んな本が置いてあるが……大量にあるしよくわからないので放置。机の上に一冊、本が置いてあるので手に取ってみたり、色々と物色してまたその部屋を出た。
ウロウロと、そんなに広くない家の中を探索している時に気付く。とある床の一部分、不自然に埃が途切れている。これはまさか……。案の定隠し扉があった、ハシゴで地下へと繋がっている……いかにも怪しい。入るしかないな。
ハシゴの奥には、上の部屋と同様生活感溢れる散らかった部屋……唯一違うのが床に大きく描かれた魔法陣。怪しいのだが……血が飛び散ってるとか、そういう黒魔術感が無い。ちょっとがっかりしたが、実際そういうのを見つけたら反応に困っていたので良かったのかな?
ペタペタと魔法陣に触れてみるが……何も反応が無い。魔力を注いだら発動するタイプのやつだろうか?だとすれば俺は上手く使えないな。
ここを森探索の際の拠点にしよう。俺は勝手にそう決めて、今日のところは退散することにした。
○○○
『プレイヤーという存在』
今日、不思議な存在と出会った。今までに出会ってきた、異邦者と似ているが……その本質が違う。異質な存在だ。
彼……否、彼らは自らをプレイヤーと呼称している。彼らの世界で、遊戯をする人。こちらの世界で使う意味と同じだと思っていいだろう。ただ、彼らの言葉はこちらに伝わるまでに翻訳されているので発音などは違うのだろうが。
私も、今まで出会ってきた中でも特別異質な彼らの事を、プレイヤー……そう呼称する事にする。
少し調べてみると、彼らは思った以上に多くこの世界に来ている様だ。色んな土地へ行く商人から、噂話として各地でプレイヤーらしき存在が確認されている事が分かる。
私が最初に出会ったプレイヤーは、グリッパと名乗った。グリッパからは、様々な事を教えてもらう。代わりにこちらからも情報をいくらか提供した。こいつは臆病者の皮を被った、とんだ食わせ者だ。
グリッパは、プレイヤーには第一世代と第二世代で分ける事ができるのだと言う。前者の方が何ヶ月か先にこの世界に来ている様で、プレイヤーの中でも特殊な……方向性の偏った才能に溢れるらしい。グリッパ自身は第一世代だと言うが、曰く自分は第一世代でも凡才だと。本気で言っているのなら、大したものだ。
自分が凡才の様に、何事にも例外はある。グリッパは続けた。第二世代にも特殊なプレイヤーは居る。
…………
プレイヤーは、基本的に身体能力が低い。我々と同じ様に界力……彼らの言う所のレベルを上げる事で能力は上昇する様だが。その成長はかなり遅く思える。
彼らは死んでまた生き返る事ができる様だが、レベルが下がるということはつまり、界力を失っているということだ。果たして同じ個体なのだろうか?
と、最初は思っていたが、彼らには死して尚引き継ぐモノがある。グリッパは『スキル』と呼んでいた。実際に検証させてもらうと、それは我々の扱う魔法の……より起源の形に近いと私は考える。
…………
『不死生観』スキル。これは特別なスキルだという。これを解放しているか否かで、そのプレイヤーの性質は大きく変わる。
曰く、不死……どちらかというと不滅だと私は考えるが。彼らとて、一時的な死とは恐ろしいものだという。あくまでも、『不死生観』を解放するまでは。このスキルこそが、プレイヤーを真なる『不死』にさせるのだと。
…………
グリッパはいつの間にか居なくなっていた。最後に、現状警戒すべきプレイヤーを何人か挙げていたのを思い出したのでメモ。
まずは『三狂』、プレイヤー達の中でそう呼ばれたプレイヤーだと言う。
ペペロンチーノ、第二世代にて『不死生観』の初解放者。プレイヤーの中でも特に面倒くさい。
レッド、第一世代の頭のネジが一際外れた奴。ペペロンチーノと絡むと厄介な事になる。
もう一人は何だっけな……。
他には
マヒロ………
…………
またプレイヤーに会った。彼らは、自分の容姿を好きに決められるらしい。とても羨ましい、妬ましい。
…………
くそっ、好みの見た目だ!うーん、中身はとても良い子の様だ。
…………
むむむ、可愛い過ぎだろぅ、いやこんな事を書く為のものではない。しかし溢れるこの思いを書き留めざるを得ない。
…………
よし!よしよし!
(この下はぐちゃぐちゃの字で読み難い)
…………
なんかよく分からんが、猪人の頭を被ったプレイヤーがいた。側に連れている汚い竜は、何だか私の魔力が良く馴染んでいるので連れて行く事にする。それにしても、アレは何だったんだ?あの頭を剥がしてみるべきだったか。
○○○
俺は自室のベッドに転がりながら、あの怪しい家からパクってきた日記帳の様な本を読んで、やはりあの家の持ち主は森で出会った謎の女だと確信する。そして、プレイヤーについて詳しい理由もはっきりした。
グリッパ……か。間違いなく、奴だ。あいつめ、偽名まで使って人の事をペラペラ喋りやがって。何が三狂だ。レッドと並べられるなんて屈辱だぜ。
*
とある地下室にて、床に大きく描かれた円。その中に文字と記号で複雑な模様が作られている……魔法陣と呼ばれるものが強く光を発していた。
その光が収まると、今まで影も形もなかったはずのその部屋に一人の人物が現れていた。その人物は勝手知ったる様子で地下室を移動しハシゴでそこから上の部屋へ上がる。
上がってすぐに、部屋が少し荒らされている事に気付く。バカな……思わず口からついて出る。まさかこの場所に辿り着くものがいようとは。
慌てて書斎に向かうその人物は、書斎にある机をまず一瞥して、何かがない事に気づき部屋中を探し回る。
「……ない!ないぞ!」
机の引き出しをひっくり返しても出てこない。なんて事だ……、あれが、見られるなんて……。
「あいつか……?」
脳裏によぎるのは、猪の頭を被った小さい女。恐らく、奴だ。プレイヤーならば、ここに辿り着ける可能性はある。
「くそ……やってくれたな」
ギリ……その人物は強く歯を噛み締め、強い怒りを顔に浮かべてそこから飛び出した。




