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不死なるプレイヤーズギルド  作者: 笑石
本編……?
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第128話 新大陸編/ゴーストハンター・シルバ



 長い耳の戦士達はタコに負けた。

 砂浜まで後退した奴らはヒーヒー言いながら、勝鬨を挙げるように触腕を天に向けるタコから逃げている。

 タコが海から上がってきた。海から出れるのかよ。そのまま陸を這って長い耳の一人を捕まえる。そして持ち上げ、少し胴体を浮かせて触腕の根元にある口を大きく開く。


 それを、俺、アニエス、スピアちゃんの三人はボケッと見ていた。俺達のその様子に、いつの間にか起きていた聖女がギョッとしてから慌てて手を振りかざす。


『光あれ!』


 それはまさしく一条の光。長い耳を捕える触腕を吹き飛ばした。しかし触腕はあと七本あり、タコは怒りから俺達に敵意を向ける。

 直後に、跳躍。おいおい跳べるのかよ。俺が驚いていると、空中からタコは三本の触腕を俺達に向け放ってきた。


 それをこともなげに弾き飛ばすアニエス。更に二本追加で触腕が迫るが、スピアちゃんが槍を振るうとその触腕は半ばから断ち切られてしまう。


 残り二本。だがタコにはもうそれを振るう時間はない。タコが己の眼前に立つアニエスに気付いた時、既に拳は突き刺さっている。


「瞬撃」


 ズン!

 臓腑の奥まで響く重い音。その後静寂が場を支配して、糸が切れたようにタコさんはその触腕を地面に落とした。ついでに本体も地面に落ちてきた。凄まじい揺れで思わず尻餅をついてしまいそうだ。


 まぁこれで当面の食料に困らなさそうだな。いや腐るか? なんか魔法で何とかなんねぇのかな。

 あれ? もしかして今のメンツだと魔法使いがいない?

 拳で殴るところしか見ていないアニエスに、槍を振ることしかできないスピアちゃん。最後の望みは聖女だが、俺はこの女についてあまりよく知らない。


「こ、これを食べるんですか……?」


 その聖女といえば、食う気満々の俺と他二人に対して何故か物凄く引いた表情で後退った。

 チラリとタコの全容を見る。地球にいるタコとほぼ一緒だ。ただデカくて暴れん坊なくらいか。

 つまり見慣れていなければキショい。


 あぁ……美味いぜ……騙されたと思ってさぁ……。そう答えた俺は新鮮だし、生食もいけるか? と思いデッケェタコの破片を食べようとして思い留まる。

 地球には、イカのデッカい版であるダイオウイカ、という生き物がいた。まぁよく食べるイカとは種類が違うのだが、ダイオウイカはアンモニア臭がキツくて食用にはあまり適していないと聞いた事がある。

 このクソデカいタコも、ダイオウイカの例に漏れず美味しくないかもしれない……。プレイヤーは痛覚を遮断することができるが、その他の感覚器官は物理的に《化粧箱》で遮断するしか現状では方法がない。

 つまり、不味いと非常に辛い思いをする……。しかし、ここは異世界だ。地球とは違う法則が働くこの地において、なんか不思議パワーでめっちゃ美味いなんてこともあり得る。異世界生物は野生でも美味いって相場が決まってんだ。


 バクゥっ! と食べた俺。咀嚼する俺を聖女が恐る恐る見ているが、俺はそれを意に介せず無言でモグモグ。


 うっ!


「う?」


 聖女がびくりとした。


 美味いッッ!! 歯で噛み切れる程度のちょうどいい弾力に、噛んだ瞬間に花を思わせる芳醇な香りが口いっぱいに広がって鼻から抜けていく。そしてほのかに上品な塩気が舌を撫で、噛めば噛むほどまるで口の中で出汁をとっているかと錯覚するほど旨みが染み出してくる。

 美味しかった。この流れで、普通に美味いなんて正直俺も思っていなかった。吐くほど不味いパターンだと覚悟を決めていたのに、なんか拍子抜けなんですけど。


「本当だうめェ」

「中々いけるねぇ」


 続いてスピアちゃんとアニエスも食べ始める。しかし野生の化け物をぶっ殺し、あまつさえ生で食い始めた俺達がどうしても蛮族に見えるらしく、きっと箱入りで育ったのであろう聖女はドン引きしてまた一歩後退った。

 おいおい、ビビってんのか? そう言いながら俺は少し楽しくなった。ゲテモノ食いさせてぇ〜。


 そんなふうに聖女を囲んで三人でニヤニヤしていると、足を引きずりながら長い耳をした男が一人近づいてきた。


「失礼。あなた方は、一体……?」


 薄汚れた灰色の髪に、日に焼けた肌。長く尖った耳は『魔王軍幹部』のあの連中を思い出すが、あいつらが隔絶した美貌を持っていたのに対して、目の前の奴はまぁ整ってんなぁくらいの顔だった。


「魔族か……?」


 横のアニエスが首を傾げながらおそらく俺と同じような事を考えている。スピアちゃんはジロジロとその相手を不躾な視線で眺めて品定めをしている。コイツのこの様子を見る限り、この長耳はスピアちゃんより実力で劣るらしい。

 聖女はと言うと、まるで彫像のように固まって言葉を発しなくなった。


 仕方がないので俺が対応する。


 一体、というのは? 返答次第でお前達からの対応が変わるのか?


「い、いえ……我々の伝承にある、異郷の徒と外見が酷似していたものですから……すこし、戸惑いまして」


 彼の後ろを見ると、恐る恐ると言った様子で遠巻きに俺達を見ている長い耳達が大勢いた。そのどれもが先程のタコにいいようにやられていたわけだが、そんな雑魚どもの中でも勇敢な一人が俺達に伺いを立てに来た、といったところだろうか。


 ふむ……俺達にはその伝承とやらは知らんがね。俺達から見ても、あんた達は少し……見慣れないんだ。わかるか? 争うつもりはなく、仲良くしたいと言っている。


「なんだその喋り方」


 スピアちゃんを無視して俺は続けた。


 ここは一つ、あんた達の拠点に案内してくれないか? 俺達には情報がない……あんた達が何者で、どのようなルーツを持つのか……ただ一つ言える事があるとすれば、俺達は……強い。


「なるほど、敵意は無い──私にはそれが分かる。案内しましょう。そこの海神を頂ければ……貴方達を上手く皆に紹介できるのですが、どうでしょう?」


 いいぜ。話はまとまったな。


 俺は不敵な笑みを浮かべつつ、あっさりと俺達のような不審者を迎え入れるこの連中に違和感を覚えた。

 しかしまぁ、ここがどこなのか分からないし、できる事ならある程度文明力のあるところで俺は寝たい。


 ということで、海神とか言われたタコをコイツらに献上し、俺達はその功績で長耳達の王に紹介してもらえることになった。



 *



 自らを『森の民』と自称する、俺達で言うところの魔族と呼ばれる人種は耳が長い以外は人間とほぼ相違がなかった。

 天に届くかと思わせる巨木を中心に、木材を利用した住居で作られた集落は中々の広さだった。

 住んでいる森の民もかなりの多さで、街と呼んで差し支えがないレベルの文明力だ。


 容姿は、耳が長い以外は人間と変わらない。大小様々で美しいものもいれば醜いものもいる。

 まぁ少々、人種が違うかなぁ? って程度には顔つきが違うが、龍華やアルカディア、聖公国にも様々な人種がいたっぽいし誤差みたいなもんだ。

 みんながみんな、魔王軍幹部みたいな容姿だったら俺はエルフだエルフ! と興奮していたかもしれない。いやてかまぁ、コイツらこの世界アルプラのエルフ枠だよね。

 そう考えると、元々いた地域より美形が多いかもな。



 フッ……と。俺は牢屋の中で不敵に笑った。

 ここに来て約一ヶ月。それなりに調べた結果、やはりここは俺達の元いた場所からは遠く離れた地である事が分かった。しかも、どうやら空間としては別の位置にあるらしい。


 これは俺のプレイヤーとしての感覚、そして世界アルプラでは古株のアニエスとの意見交換の末辿り着いた結論だった。


 アニエスはかつて世界中を旅した事があり、多少の地殻変動等があったとしても今俺達が居る地域は存在し得ないとの事だった。

 だが、俺がここは間違いなく世界アルプラだと断言する事、魔族に酷似した人種、そしてアニエスによる界力ファルナへの干渉によって、世界アルプラではあるが、そうではない地───すなわち、新大陸(エリア)だと仮定するに至った。


 まぁそんなわけで今アニエスは界力ファルナへの過大な干渉により寝込んでいる。そのため俺たちは一ヶ月この地に留まっていた。

 他に行くとこもないんだけどな。自嘲気味に俺はまた含み笑いをする。片膝を立てて、岩作りの牢獄で冷たい感触に背を預けていた。


「フッ。可憐な少女よ、一体なぜこのようなところに?」


 向かいの牢獄にぶち込まれた男が片膝を立ててニヒルに笑いながらそう聞いてきた。俺は不敵に笑い返し、視線を鋭く答えた。


 まっ、詐欺かな……?

 おたくは?


「私か? 私は、まっ……食い逃げってやつかな?」


 ゴミじゃん。俺は内心バカにして鼻で笑った。情けねぇ、飯の金すら払えねぇのか。


「しかし、警邏の連中も荒っぽいもんだ。見ろ、俺のほっぺに傷がついてる」


 そう言いながら男は俺に向けて頬を突き出してくる。しかし距離もあることと、牢を挟んでいることからいまいちよく見えない。プレイヤーの観測能力を持ってようやく確認できたそれは、かすり傷だった。


 大変だな……。なんかめんどくさそうなので俺は適当に流した。



 数日後、俺とその男は偶然にも同じ日に釈放された。

 牢獄の管理人が素敵な笑顔で俺達を送り出してくれる。


「もう戻ってくんなよゴミども!」


 ゴミはテメェらだ! その耳千切ってやろうか!

「この私を二度も捕まえられると思っているのか? やってみろ」


 俺達は管理人にボコボコにされた。

 その後平謝りをして、立ち去ってから見えなくなったあたりで口汚く罵る程度に済ましてやった。


 俺達は、惨めに思った管理人が地面に投げ捨てた路銀を早速飯を食うために使うことにした。

 二人で居酒屋みたいな店に入り、つまみと酒を頼んで世間話に興じる。


「私はかつて王国の騎士にも推薦されたほどでね、何故なら魔物狩りのシルバと言えば、そこらを歩く知性の無い魔物ですら恐れ慄くほどだったからだ」


 どうやら自分のことらしい。酔うと自分の自慢するタイプか……見た目からして、くたびれた中年と言ったところ。食い逃げで捕まってたくせによくもそんな大言壮語を吐けるものだ。


「しかし昔、膝に矢を受けてね……それ以来、私の栄光も地に落ちたわけだ」


 そう言ってズボンを捲って膝を見せてくれる。毛深い毛の下の皮膚、ちょこんとしたどう見ても矢傷じゃ無い跡を見せられた。

 てかお前ボコボコにされてた時、隙を見て全力ダッシュしてたじゃねぇか。クソ早かったぞ。


「まぁ、私ほどになると今でも魔物ハンターとして名を馳せているのだがね。食い逃げの件も依頼帰りでちょうど路銀が尽きていたところでね……ツケ払いで頼むと言ったのだが聞き入れてもらえなかったのだ」


 さっきから言ってること支離滅裂なんですけど。俺がジト目で適当に聞き流していると、シルバの奴は突然何かに気付いたように目を見開く。血走っててキモい。


「そういえば、頼まれてた依頼一個やり忘れていた」


 そう言って、もらった路銀を懐に入れたくせに金を払わず去ろうとするシルバを店員にチクってボコった後に、俺は彼の言う依頼とやらについていった。



「あれだ。依頼人の妹の意識を乗っ取り、今や依頼人以外の家族を全て掌握してしまった。典型的な悪霊ゴーストだ」


 辿り着いたのは、結構大きな屋敷だった。しかし外から見ても陰鬱な空気を纏っており、俺はこの世界に来て初めての感覚に戸惑った。


「おっと、言っていなかったな。俺は《悪霊ゴースト狩り》のシルバ。君は聞く限りこの辺りの民では無いのだろう……ふふふ、世界広しといえども悪霊ゴーストを斃す能力において、私の右に出る者はいないだろう」


 悪霊ゴースト……聞いた事がない、魔物だった。

 つまりは幽霊なんだろうけど、言われてみればだがこの世界でそういう心霊的な話はあんまり聞かなかった……気がする、多分。

 死者の霊のようなものが信じられていないわけでは無いけど、それが悪霊化してーなんてのは剣と魔法の世界のくせに案外なかったよなぁ。


 突然、シルバが俺に向けて何か小袋を投げつけてくる。受け取って中を見ると、そこには白い粉が入っていた。塩か? 続いて水の入った小瓶も渡される。


「君も私の勇姿を見たいのだろう。それも仕方あるまい。念の為にこれを持っておくといい、教会で清めた塩に、同じく清められた聖水だ」


 別に見たくはないが。

 しかし断る理由も無かったので黙ってついていく。

 シルバはまるで友人の家に赴くような気軽さで扉の前に立ち、ノックした。蹴破るとかそういうのではないのか。

 ガチャリと扉が開き、中から男が出てくる。俺が早速塩を投げようとするがシルバに手で止められた。


「依頼人だ」

「遅すぎる……依頼から何日経ったと思ってる」

「ふふ───プロにはプロの準備がある」


 捕まってただけだぞコイツ。俺はその言葉をなんとか内心に留めた。


 ───キャァァァァァァ!!


 突如として、悲鳴。


「ミヌカ!!」


 依頼人の男が悲痛な顔で叫び、駆け出そうとするがシルバはそれを肩を掴んで止める。


「待て! ここからは私の領分だ!」


 そう言って家の中、悲鳴の聞こえた方へ向かって颯爽と駆け出した。俺も置いてかれまいと慌てて追いかける。

 やがて二階の一室の前に辿り着く、バァン! と扉を蹴破ってシルバが中に侵入すると、可愛らしい雰囲気の部屋の中にある大きなベッドの上、縛られた女がおよそ淑女のしていい顔ではない白目を剥いて歯を食いしばって虚空を見つめていた。


「こ、これは!」


 どう見ても、平常じゃないな。まさに取り憑かれたよう、だ。俺が驚いていると、俺達に追いついてきた依頼人の男が息を切らせながら白目を剥いてシルバを後ろから花瓶で殴った。

 ゴシャア! っと派手にぶっ倒れたシルバ。俺は突然の出来事に目を見開く。ええ?


「ふふふ、貴様が《悪霊殺し(ゴーストハンター)》シルバか……どれほどの男かと思えば、他愛もなかったな」


 どうやら依頼人はすでに悪霊の手に落ちていたらしい。というかシルバのやつ自分の異名全然違うじゃねぇか。肩書きどんだけ持ってんだよガーランドかテメェは。


 依頼人の男がふらふらと妹に近付いて拘束を解く、見ている限りは拘束しているフリだったようだ。あっさりと解いて悪霊は自由を得た。


「ふっふっふ。やはりそうだったか、読み通りだな」

「何っ!?」


 取り憑かれた妹が驚きの声をあげる。視線の先、不敵な笑みを浮かべながらシルバが立ち上がったのだ。


「くっ! まさか、泳がされたのか!?」


 妹が一歩後退り、ベッドの陰からナイフを取り出し構えた。シルバはというと、頭からダラダラ流れる血を全く気にする事なく、膝をガクガク震わせてニヒルな笑みを浮かべて言った。


「泳がされたのはこっちの方だが?」


 どうやら兄である依頼人まで悪霊の手に落ちていたことは全くの予想外だったらしい。とりあえず虚勢を張っていたようだ。


「ふんっ。ならば、今度こそトドメを刺してやる」


 そして妹が苛立った様に言ってナイフを構えると、更に俺達の後ろから少し歳をとった男女が現れる。おそらく彼らの父母だろう。完全に挟まれてしまった。シルバは片手をあげて彼女に向けて手のひらを向けた。

 止まれ、そう言っているようだった。


「なんのつもりだ!?」

「フフ……君も私が立ち上がったのは予想外に見える。ここはどうだ、また後日やり直すとしないか?」


 何言ってんだコイツ? 俺と悪霊の意見が合った気がした。

 耐えきれず俺が割り込んで口を挟んでしまう。


 なに? つまりはそれ、命乞いなの?


 俺のストレートな問いに、シルバはキリッとした顔を一度俺に向けて胸を張り、妹の方へ向き直り言った。


「だとすれば、どうする?」


「殺す」


 ですよね。



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