第127話 【封印】我々は悲願を達成した【完了】
「仙鬼って名前をつけてくれたのは師匠なのさ」
俺の喫茶店でしみじみと語る仙鬼。放心状態のモモカさんをチラリと見てから、俺は続きを催促した。
「『流仙峡』に囚われた師匠を、助け出すのは俺だと思っていたんだけどな」
仙鬼が迷宮を攻略するに至ったルーツはもしかしたらこれなのかもしれない。迷宮に囚われず昔を懐かしむ仙鬼の姿は初めて見るもので、つまりそれはアニエスが仙鬼にとってどれほど大きな存在なのかということを示していた。
「俺は鬼子と呼ばれ捨てられた子でね……その場所が当時、仙人が住むと呼ばれていた『流仙峡』だった。仙人とは、もちろん師匠のことさ。賢者ヒズミとの闘いに敗れ、封印されたことも知っている」
もしかして鬼子と仙人を合わせて仙鬼なの? もうちょっとイカつい理由があると思ってたわ。
「しかし何故今になって……?」
それは確かに不思議だよなぁ……きっかけといえばヒズミさんの死亡か? にしては随分と経っているが……『流仙峡』が距離的に遠いと仮定しても、アニエスのあの身体能力なら大した問題ではないだろう。
「師匠の戦いを見てて気付いたんだけど、ヒズミさんの使ってた力と似てないか? ということは、もしかしたら俺の身体元に戻せるんじゃないか?」
ふとスピアちゃんがそんなことを言い出した。俺はなんともない顔をしながら、内心で驚く。
コイツ、相変わらず無駄に性能が高いな。俺なんかプレイヤーの眼を持ってしてようやく気付けたというのに。
そう、確かにアニエスはヒズミさんの固有魔法に近い性質の力で千壁を圧倒していた。
根源たる概念、界力に直接干渉する……アニエスのあれは、技術にあたるのだろうか? おそらくはヒズミさんと対等に、いや超える為に……。
千壁の魔法がまるで通じなかったのは、奴の放った魔法の界力に干渉し軌道を逸らしていたからだ。
力の働く方向性、それを誘導しまるで台風の目のような不干渉地帯を人為的に作成する。口で言うのは簡単だが、並大抵の技術ではない。
「ということでさ、ちょっと師匠に頼みに行ってくるわ」
そういうことになった。
*
「ランスには悪いけど無理。どうやってそれほどの肉体変異が起きたのか知らないけど、そのレベルになるとかつてのヒズミくらいじゃないとね」
あっさり断られた。なんか普通にその辺で飯を食っていたアニエスを見つけたスピアちゃんは、彼女から告げられた残酷な真実に地面に膝をつき慟哭した。
「なんで力を失ってんだよあのボンクラはァァ!!」
お前ヒズミさんに聞かれたら何されるか分かんないぞ……。
ヒズミさんが弱体化していることを良いことにボロクソに貶すスピアちゃん。
それをアニエスは複雑そうな顔で見つめていて、俺はむしろその反応の方が気になった。
「態度はデケェのに貧相な身体しやがってよォ〜!」
それを、ロリボディのアニエスさんの前でよく言えたなぁコイツ。いや俺もヒズミさんより貧相だったわ……しばくぞ。
「……ヒズミは何故、あんなことに?」
アニエスからそう聞かれたので、俺は経緯を説明した。
神様を殴る為に生きてきたヒズミさんはついにその目的を達成し、反射的に神様に殺された。しかしプレイヤーの母体と俺に残っていたヒズミさんの残滓、そして世界が記憶していたヒズミさんと色々な要素が重なって奇跡の復活を遂げたのだと。
ついでに、多分ヒズミさん復活してなかったらアイツの加護神(俺達の)がまたいらんことしてたよ、そしたらハイリスもまた苦労してただろうねと。
「そうか……少なくともお母さん達を連れていった、その目的は達成したわけだアイツは」
そうなるのかな。まぁ代償は大きかったみたいだけどね。
ああ見えて、心中では本気で悔いていたぜ。ハイリスやドイル、そしてあれは今思えばおそらくお前のことだったんだろう……。でも逃げるのはどうかと思ったね。
「そうか……」
テンション低いなぁこの人。
流石にアニエス相手だと、俺の《スキル》を持ってしても感情は見えない。しかし一度ヒズミさんを殺したことで、少し冷静になった事は分かる。
元々、離別のことも母と父が選んだ道だと理解していたがどうしても感情的なところで───ヒズミさんがあの時来なければ、という思いがあったのだろう。
その鬱憤的なものも、ヒズミさんが何度殺しても生き返る以上どうすれば解消できるのか分からない、そもそも父と母に会おうと思えば会えるし。
それらの要因が心中にて複雑に絡み合って身動きが取れない、といったところか。
いや、てかハイリス達呼んでやろうか? さっきからレッドのやつが興味津々でめんどくせぇんだよ……明日になったら、ふっ……息災かぺぺロンチーノとか言いながら目の前に現れそうだ……。
「でも、私だって気付かれなかったらどうしよう」
そのナリで? 俺は呆れてつい口にしてしまった。ハイリス達と別れたのが何歳の時か知らんけどその見た目だったら然程変化が……あっ! もしかして、ロリボディなのってアイツらと別れた時と外見の変化が小さくなるように……? 気付いてもらえるようにってことか?
「…………まぁ、そう」
俺の周りのロリボディ達の因縁が回収されたな。大元を辿ればヒズミさんだったのか。あの人華やかな見た目じゃない癖にあらゆる因果の大元にいやがる。さらに大元は地球神さんのせいか……。
「あの地味顔整形女がァ〜!」
まだ言ってたのかよ。それ以上はやめとけ。女性の外見をとやかく言うもんじゃないぞ。俺は美少女だが。
話は変わるんだけど、アニエスはどうやって流仙峡ってとこ出てきたの? 仙鬼のやつが気にしてたけど。
「分かんない。一週間前に急に出れるようになったから」
一週間前か……魔王祭のゴタゴタ辺りではないのか……。
そもそもアニエスのことをヒズミさんが封印したって話だから、もしかして一度ヒズミさんが死んだ時かな? と思っていたのだがあっさり外れてしまった。
他になにか、あったかなぁ?
「そういや『魔那』の気配感じたかも」
……。また、魔那かよ。なんか最近多くない? 魔法の法則がなんだとか願いを叶えるだとかさぁ〜。
口振り的にアニエスも魔那のこと知ってるんだな? アイツって何食べるの? 人の願い? それか、なんかこう叶えたときに出てくるエネルギー的なやつ?
ふと、気になったことを聞いてみた。皆が魔那は俺達の常識では測れない生き物的なこと言うから、じゃあ活動するエネルギーはどこから得ているの? と言う疑問が生まれたのだ。
ちなみにプレイヤーはこの世界に存在するだけで界力を取り込んでいる。存在が害悪ということだな。まぁぷち子の弱体化もあって些細なもんだが。
「へぇ、鋭いねー。そうそう……なんか願いを叶えた時に、叶えた相手から魔那に対して何かしらの……例えば感謝とか、もしくは思った通りに行かなかった逆恨みとか、そういうのが向けられるじゃん?」
ふーん。つまり、願いを叶える行為自体が食事でもあるわけだ。
「まぁ、私達じゃ理解し難いけどそんな感じらしいよ。異邦者の中でも一際変わった生態なんじゃない?」
俺の知ってる異邦者は腕が四本あるだけのほぼ人間だからなぁ。って思ったけどぷち子みたいなのもいたわ。アイツも大概だな、ガハハ。
「あぁ〜不死なるプレイヤーズギルドだっけ? 確かに単純過ぎて異端だねぇ。それより四本腕のやつとかいるんだ」
オニヤマって言ってな……。なんかよく分かんないけど初めて会った時には毒の沼みたいなんに浸かってたな。迷宮で十年くらい迷子になったとか言ってたわ。
「四本の腕で毒の沼がお風呂なんだ、キワモノ〜見たら絶対笑っちゃうじゃん」
突然、談笑する俺達の側の空間が異音を立てながら裂け始めた。
??
「??」
「あの陰険根暗女がァ〜!」
未だに陰口が忙しいスピアちゃんをよそに俺とアニエスは目を見合わせて首を傾げる。
裂け目からヌヌヌと出てきたのは金髪の女、纏っているのは白い法衣。左目は硬く瞑っており、空いた右目はまるで星々が輝く夜空のような異形のそれだった。
極星の魔眼……それの持ち主は、まぁ勿体ぶってもしょうがないが聖女である。
……何故?
「……」
横のアニエスも眉をしかめながら様子を見ている。
「っく! なんとか『極星』を引っ張り込むことができましたが……ッ」
独り言を言ってる。俺にはそもそも《極星》ってのがなんなのか分かってないので、目が丸である。
極星とは、夢幻の星々が瞬いている天上が如く世界の泡沫の中から己が巫女を見つける為の神の視線である。
あぁ、やめてやめて、誰かが俺の脳内に情報を送ってくるぅ〜ちょっとロマンチックな文体なのやめてぇ。
言い換えると、存在として位置が違う神様達には俺達への干渉が難しいので、それを容易にする為の目印ですよって事だ。
そして極星の持ち主は、その神の管理している世界において『距離』を無視することが出来る。
そういや、ヒズミさんに遠距離攻撃してたけど、あれはいわゆる空間転移的なものだったのか……。
バチっと、聖女と目が合った。いや虹彩とかないから多分になるけど、目が合った感じがする。
「っ! えっ!? しまった!! 罠ッッ!?」
俺の顔見て、罠!? ってなんだよ。今まで数回しか言われたことないわ。
「いけません! 貴方達逃げ───
*
《───エラー。プレイヤー《ぺぺロンチーノ》の未実装エリアへの接続を確認》
未実装エリア……ねぇ。
俺は視界を塞ぐシステムメッセージをぼんやり眺めながら、砂浜に立って海を眺めていた。綺麗な透き通った海だ。
横には死んだ目でスピアちゃんが槍を持って立っていて、そのさらに横には腕を組んで凛々しい顔つきで海を睨むアニエスが居る。
俺の後ろには、砂に埋もれるように眠る聖女がいた。
……。掲示板に繋がらない。それはつまり、《プレイヤーズギルド》との接続が切れている……ということになる。
そんなこと───プレイヤーになってから初めてだった。
「ぺぺ……」
スピアちゃんが抑揚の無い声で呼んできた。
「ここどこ……」
さぁ……?
聖女が俺達の目の前に現れた直後、まるでテレビの電源を落としたように視界が真っ暗になったかと思えばここに立っていた。
目の前に広がるのは海だ。後ろには見渡す限りの森……その先に、何があるのだろう。未実装エリア、というのが気になってしょうがなかった。
「ランス、ここはもしかしたら……私達の知る世界とは違うかもねぇ」
アニエスが不適な笑みを浮かべながらそう言った。凄まじい余裕だ。彼女にはそう確信を得る何かがあったのかもしれないが、俺は俺で感覚としてここは変わらずあの世界だということが分かる。
しかし、何か違和感がある……アニエスが感じたのもそこは同じなのかもしれない。
三人でぼんやりと海を眺めていると遠くで、突如として海面が爆発した。いや、それは爆発ではない。何か巨大なものが海中から顔を出したのだ。
それは、タコ……だろうか。艶のある丸い胴体を露出し、近くの海面から吸盤付きの触腕が八本飛び出てきた。
スーーッ、と。海面を滑るようにどこからか人間が現れて数人でそのタコを囲む。そして、『魔法』のようなものを放つ。
海面を凍らせ動きを止め、炎と風の矢がタコを貫く。しかしタコは氷を砕き、矢が刺さりながらも暴れ回る。
触腕を、海面を滑りまたは跳躍して空を舞うように回避したり、その合間にまた『魔法』を放って攻撃をしている。
描写はもうめんどくさいが、まぁ激戦だ。
「な、なんだ、一体……」
横のスピアちゃんがごくりと唾を飲んだ。
俺達プレイヤーは観測能力が高いので遠くてもよく見える。巨大なタコと交戦している人間には、一つの特徴があった。それは、耳が尖って長いことだ。
「……ふゥん」
と眉を顰めるアニエスに
「ぺぺ……」
と、信じられないものを見たというスピアちゃんが俺の顔を覗き込んでくる。俺も神妙に頷き、答えた。
あぁ……あのタコ、美味そうだよな。
TIPS
全然関係ないし前回で言及するのを忘れてただけなのだが、第77話で『千壁』は大地の魔法が得意的なことが書いてあるが、実際にはあらゆる魔法に精通しているので得意不得意なんてないぞ!
ただ大地を操る魔法を使う機会があったという描写だが、もはや意味のない伏線なんだ!!