第126話 ロリに理由なんてあったんですね
「はぁ〜〜……気まずい、気まず過ぎるぅ……あいつ怒ってるよなぁ?」
俺の隠れ家に勝手に入り込んでいたヒズミさんは床に転がってでかいぬいぐるみを抱きながら情けない声を出していた。
なんだコイツ、何歳だと思ってんだ。内心でクソほど馬鹿にしながら、ため息を吐いて俺は聞く。
ヒズミさん、アニエスに一体何をやったの?
「お前は知っているだろ。私はアニエスから親を奪ったんだ。ハイリスとドイルを勝ち目のない戦いに連れて行ったのは私だ」
大きくため息を吐いて、モジモジと指を弄るヒズミさん。今回の件に関しては珍しく罪悪感が強いらしい。しかしそこで逃げるあたりは相変わらずと言うしかなかった。正面から謝るとかできないのか?
「……今更? あいつを『流仙峡』に封印したのも私なんだが、果たして許してくれるかな?」
封印されてたのか……。ランスくんもあそこから出れないはずとかなんとか確かに言っていたな……。
しかし何故ヒズミさんが? どういう経緯だよ……。
「私達が神へ挑んで負けた後の話だ。成長したアニエスはハイリス達を探す為に世界中を回って活動していたんだ。『魔眼王クローシア』……如何なる権力者にも属さない、暴れ者だった。だから選ばれたんだ、二番目の魔王に」
魔王……ハイリス以外にも居たのか……。
「最初の頃はな。最近はハイリスばかりだったが、その理由がアニエスだ。あれは三回目か四回目の頃だったか……アニエスは魔王に選ばれると、当時の聖痕の勇者を皆……返り討ちにした。それは三回ほど繰り返され、神どもで何かやりとりがあったのか知らんが、アニエスは魔王から降ろされた」
魔王祭はソシャゲて言うところの期間限定イベントだ。毎回魔王が勝っていては面白くないと判断されたのだろう。
「しかしアニエスは、その後選ばれた別の魔王までも手にかけた。誰も止められなかったんだ……私を除いてな」
なるほど、魔王祭存続が危ぶまれたからヒズミさんがアニエスを懲らしめにいったと……いや、なんでハイリス達に会わせてやらなかったの?
「……あの頃、私はまだ神に支配されていた。つまり自由意志ではなかったんだ。まぁ、そんな事知らないアニエスからすれば私への恨みが増すだけだがな」
大体見えてきたな。
つまりアニエスから見れば、ヒズミさんは自分の両親を奪い、あまつさえ封印までしてきた完全なる敵ってわけだ。
「私としても、せめて封印あたりがなければ謝れたんだよ。でもさぁ、あん時いくら自由意志なかったって、本気の殺し合いをしてる最中にもなんか色々と訴えてくるあいつを無視して、以降数百年今まで放置だぞ? どんな顔して会えばいいのやら……」
本気で気まずそうだった。
そしてアニエス側の視点に立ってみると恨んでも仕方ねぇなとすら思う。
だがなぁヒズミさん。俺は優しい声で諭す。
アニエスも、あれだろ? ヒズミさん達より一世代下なだけでいい歳なんだ、誠心誠意謝れば許してくれるかもしれないぜ?
「……そうかな、お前から見てどうだった? どんくらい怒ってた?」
多分謝っても許してくれないくらい怒ってたな。数回ぶっ殺されんじゃねぇかな。そう思ったが、俺はニコニコと笑ってヒズミさんを励ました。
「怒りの中に、躊躇いや焦燥感のようなものを感じたよ。きっと伝えたい言葉があるんだ」
嘘である。彼女からは純粋な怒りしか感じなかった。
しかし騙されたヒズミさんは、「そうかな、そうかも」と決意を新たに立ち上がった。珍しく心が弱った姿に俺は口角が上がる。
*
腹を拳でぶち抜かれたヒズミさんが口から血反吐を吐いていた。ぶち抜いたのはアニエスで、貫通した拳を突き上げてトロフィーのように掲げ、そこにヒズミさんはくの字に折れ曲がってぶら下がっていた。
「…………」
ヒズミさんが絶命しながら俺に凄まじい顔を向けてくる。俺はそれをニヤニヤしながら見ていた。
「なに? お前、なんで! 私が殺したかったのは……! こんな……ッ!」
金環の魔眼とやらがどういうものなのかは分からないが、少なくとも普通の人間とプレイヤーを見分けることは可能らしい。
よってヒズミさんがかつての強大な力を失い、軟弱なプレイヤーと成り果ててしまっている事実にアニエスは衝撃が隠せないようだった。でもとりあえずぶっ殺してた。
光の粒子となってヒズミさんが天に昇っていく、それを不服そうなツラで見上げていたアニエスが俺の方を見た。
「事情を説明してくれる? あいつは、なんであんなことになってるの」
あの人一回死んでんだよ。
俺があっさりとそう言うと、アニエスは流石に驚いたのか目を見開いて硬直する。
「死ぬのか……? ヒズミが?」
神様に消し飛ばされてたなぁ……。でもあの人ほら『加護者』だから、同じ加護神を持つ俺達プレイヤーに取り込まれることで復活したってとこかな。
「……そのまま死んでおけば良かったのに」
まさか復活するとは俺も思わなかったよね。
横で見学していたスピアちゃんがどうでも良さそうに話に参加してきた。
「ぺぺが無理やり生き返らせたんだっけ?」
すげえ勢いでアニエスが睨んできた。
スピアちゃん、余計なこと言わないでくれる? 結果論だよ。てかそうしなかったらこの世界滅んでたよマジで。
「滅べばいい……っ! お母さんやお父さんを苦しめる、こんな世界なんて!」
最近、色々解き放たれて幸せそうにしてるけどなぁあいつら。
俺が適当な感じにそう言うと、キョトンとした顔で俺を見てくるアニエス。ん? もしかして、アニエス側からも、あいつらへの認識が……?
「ちゃんと、意志があるの……?」
意志? なんかヒズミさんも自由意志がどうこう言ってたな……。ややこしいことになってる。めんどくせぇな……。俺は素直にそう思った。会わせるか、親子感動の対面だ。
脳内でおそらく共に行動しているであろうレッドに連絡を取りながら俺はニコニコと笑いながらこう言った。
「あるある。最近は子孫を見つけて喜んでたぜ。アニエスが生きていることを知ったら、泣いて喜ぶんじゃねぇかなぁ」
*
メンチを切り合う黒髪ロリと桃髪ロリ巨乳。黒髪ロリはもちろんアニエスのことで、ロリ巨乳とはもちろんモモカさんの事だ。
モモカさんは閃剣の素顔にハマったらしく、最近はよく迷宮都市に現れる。そのことをうっかり漏らした俺のせいで、ご先祖にあたるらしい黒髪ロリに絡まれていた。
「へぇ〜〜。コイツが」
「ぺぺさん、あの、なんですかこの方は……」
モモカさんからすれば、その辺を歩いていたら突然現れた謎のロリに眼前に立たれてガンをつけられるという状況だ。一度は睨み返したものの、混乱して俺の方へ助けてくれと視線で訴えかけてくる。
「……何故、『龍』の系譜と? てかさぁ……お母さんそっくり過ぎるだろ」
ブツブツと、ジロジロとモモカさんの顔を見ながらアニエスは何事かを呟いていた。なんなのこの人、怖いんだけど。俺はスピアちゃんに聞いてみた。この人、何がしたいの?
「いやわからん。師匠のこんな様子初めてみたな……自分の親に会いに行く勇気出ないのかな」
なんかそれな気がしてきた。
なんとも突っ込みにくい空気を出しているアニエスに困っていると、周囲が何やら騒がしいことに気付く。
視線を回してみると、遠巻きに探索者達が俺達の方を見ていた。なんだ? そう思っていると、その人混みがサッと割れる。その向こうから、巨体が現れた。
「あんたが、迷宮を破壊しているロリっ子ね……?」
凄まじい、闘気だ。ビリビリと皮膚が弾けそうになるくらいの闘気を飛ばしながら、獰猛な笑みを浮かべてこちらに近づいてくるのはなんと『千壁』のローズマリーだった。
頭の先から足の先に至るまであらゆる部位が太ましい、男なのか女なのか分からない原色が目立つ厚化粧の濃い顔。
少なくとも俺は奴が外を歩いているのを見たことがないくらい珍しい、そんな人物がこちらに向かっている。
「なぁに? 私に、喧嘩を売ってる……? 今、虫の居所が悪いんだけど?」
「そぉよぉ……。大人しく、迷宮を攻略するだけにすると約束できるなら───痛い目見なくて済むわよ」
空気が割れた。
そう錯覚するほどの、力……いや、殺気がぶつかり合った。間に挟まれたモモカさんは、二人の自分とはあまりに隔絶した力の衝突に口をあんぐり開けてドン引きしている。バレないようにコソコソと脇に避けていた。
てか迷宮って破壊出来るんだ。俺はそこに一番驚いた。
「厳密には迷宮そのものではなく入り口、その界力を乱すのよ……すると普通の探索者達が入れなくなってしまうわ。迷宮の発展のためにも、それは困るわ」
「へぇ……私に、本気で勝てると思っているんだ」
千壁が、ある程度の距離まで近付いた。
アニエスとの睨み合い、先に動いたのは千壁だ。
『魔法結界』
一瞬で、世界が切り替わった。
そこはまるで大海。見上げればまるで快晴の空のように蒼が広がり、足元には凪の海の如き深い蒼。海の上のようで、地面はしっかりと硬い。迷宮の中に入ったような感覚、今まで見た魔法結界とはまるで性質が異なる……もしくはこれこそがその極致なのかもしれない。
『蒼天光芒界』
魔法結界を展開してすかさず、千壁は魔法を発動した。
彼に並ぶように炎が球状に生まれる。その数はとてもではないが数えきれない。その後ろには氷塊が同じ数並んでいる。
パノラマ撮影しないと写しきれないような魔法の数、しかし本命は違う。アニエスの頭上から、まるで隕石の如く岩塊が降ってきた。
それを、アニエスは拳の一振りで粉砕する。その直後には既に、千壁の炎弾が彼女に向けて全て放たれている。そしてその周囲を囲うように氷塊が突き立てられ───着弾。視界の一切を奪われる閃光が周囲に広がり、とてつもない破壊が起きた。
「すごい」
誰かがそう呟いた。
魔法結界の中には周囲で見ていた人間達皆が取り込まれており、どういう理屈なのか二人の戦闘の余波は一切受けなかった。
おそらくこれは俺達を守る為ではなく、千壁の魔法の威力を全て対象に叩き込む為に余波すら逃さない効果がこの魔法結界にはあるのだ。
そして光が晴れた時、そこにはまるで無傷のアニエスの姿があった。今の一連の攻撃をこの世界で受け止めることができる存在なんて、数えるくらいしかいないだろう。
「化け物ね……」
千壁が冷や汗を垂らした。同時に極太の光線を放つ。アニエスはそれを一瞥し、突き刺すように手を伸ばす。そして捻る。
くんっ、と。光線が逸れた。
「瞬撃」
一言。その一瞬後、千壁の目の前にアニエスが立っていた。
「っな!」
千壁の、初めて聞く焦った声。その時にはすでに腹へ拳が突き刺さっており……千壁はまるでボールのように跳ねて吹っ飛んでいった。
だがやられて終わりの千壁ではない。地面から触手が伸びてアニエスを襲う。しかしそれを彼女はまるで舞う木の葉のように緩やかな動きで避け、もしくは触手に触れて滑らせるように軌道を変えて回避した。
パン! 音速が破られる音。全身を強化した千壁がアニエスの側に現れた音だ。あまりに豪快な速さだ。
千壁はすぐさま振り下ろす様に拳を振るった。それはあっさりと受け止められ、まるで時が止まったかのような一瞬。アニエスの足元が爆ぜて周囲に波動が広がった。
「瞬間臨地・山……だ」
横で呟くスピアちゃん。これは見たことがある。
スピアちゃんや、そういえばだけど仙鬼も使っていた技だ。おそらく物理攻撃の衝撃を体外に逃している。
「瞬撃」
散歩のような気軽さで、アニエスが千壁の脇に動いた。速さはない。なのに千壁はまるで反応できていなかった。
「瞬撃は、瞬間臨地……その体術の極致だ」
スピアちゃんが解説してくれる。
再び千壁に拳が叩き込まれ、およそ人体から聞いてはいけない音が俺たちの耳に入る。
「……ッ『星刃』」
しかし今回もやはりやられるだけの千壁ではない。吹き飛ばされながら掲げた手、振り下ろすと同時、アニエスの立っている位置へ光の柱が落ちた。
ただの光ではない、これは様々な効果を持つ魔法を柱の中へこれでもかと詰め込まれた……言うなれば超複合属性魔法だ。一筋の光に見えて実態は複雑なベクトルが組み合わさった幾千もの魔法の塊。アニエスは触れる事で魔法の軌道を逸らしていたが、流石にこれは……。
気付けば、腹を抑えてうずくまる千壁の前にアニエスは無傷で立っていた。先程の光の柱、それすらもまるでパズルを解くようにほぐして歩いてきた。
「《千壁》」
そしてついに、千壁が奥義を発動した。
先程の超複合属性魔法───その、大量弾幕。つまりはゴリ押しだ。しかも一つ一つが別の組み合わせで編み込まれた魔法の光。
「はぁ……。『魔那』の力を使っている限り、私には届かない」
力の奔流、立ち向かうアニエスはまるで指揮者だ。彼女が優雅に手を振るえば、それに従うように千壁の魔法はその全てが対象から逸れていった。
「ザッコ……そんなよわよわのくせに、この私に喧嘩売ったんだぁ」
ガスっ! と、千壁の顔面を踏むアニエス。ぐりぐりと踵で頬を抉りながら、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「借り物の力で調子に乗っちゃってさぁ〜ほんと笑える。イキがるならもうちょっと強くなってからにしろよな」
いやそいつに勝てる奴なんかほとんどいないんだよなぁ……。俺達観客は皆そんなことを思いながら、顔面を蹴り飛ばされる千壁を見ていた。
魔那の力とはいうが、それはつまり《始原十二星》の力であって。魔那の性質が他者の願いを叶える事である以上、魔法とはつまり魔那の力そのものなのだ。
何が言いたいかというと、それをあれほどの規模で扱える千壁の魔法はすなわち《始原十二星》の力を振るっているということに近い
他の《始原十二星》である、かつてのヒズミさん達の力と同等なのだが……まぁヒズミさんをぶっ殺そうとしていたアニエスからすれば、それは別に大したことじゃないのかもしれないけど……。
パリィン、と割れるように千壁の魔法結界が砕けた。
『凄まじい実力だ。界力は私達とそう変わりはない、しかし相性があるとはいえ、千壁をああまで圧倒するとは』
なんか横から籠った声がするかと思ったら、いつのまにか閃剣が居た。何故か兜だけを被っており、首から下は普通の服だ。割と女性的な体付きなので、なんだかニッチな需要がありそうな姿だった。
久しぶりだな。閃剣さん的にも、勝てなさそう?
視界の端からモモカさんが目をハートマークにしてコソコソにじり寄っているのが気になる。それは置いておいて、俺は閃剣にそう聞いてみた。
『どうだろうな。魔法が主体の千壁よりはいい戦いができそうだが……しかし、どうも仙鬼と戦い方が似ているなあの御仁は』
あぁ多分、関係者なんだろうなぁ……年齢的には、アニエスが仙鬼の師匠だったりすんのかな。仙鬼の年齢知らんけど。あいつもこの前、瞬間臨地とかいう謎の技使ってたもんな。
「師匠ッ!?」
そんな会話をしているとまさにその仙鬼がどこからともなく現れた。とてつもなく嬉しそうな顔をして走り寄ってくる。
「仙鬼……久しぶりだね。随分と大きくなって」
犬みたいに尻尾を振っている幻覚すら見える仙鬼に対してまるで親のような慈愛を浮かべた顔で表情を緩めたアニエスに、俺達はとてもではないが先程千壁をゴミのように蹴り飛ばしていたのと同一人物とは思えなかった。
ロリババアでメスガキ仕草でママ味まであるなんて、属性盛りすぎだろうあの人。
「仙鬼が兄弟子ってそういや言ってたわ」
スピアちゃん、それ割とビックニュースだと思うがなんで言わなかったんだよ。
仙鬼の登場にモモカさんは目を見開いて驚いている。アニエスと仙鬼を交互に見比べて、アワアワと挙動不審に震えていた。……? 何あの反応。
「師匠、あそこを出れるようになったんだな。言ってくれよ、迎えに行ったのに」
「そんなの必要ないよ」
ふと気付く。仙鬼の顔は、親に対してするような表情ではなかった。例えるなら年上の憧れのお姉さんを見る思春期のオスガキみたいな……ッハ!!
さすがモモカさんだ、俺よりも早く気付いたのかッ!
仙鬼のあの顔は、間違いなくアニエスに惚れているっ!
待て待て待て、仙鬼のロリコン疑惑……もしかして、そういうことかッ!?
こ、こんなところに……サトリやモモカさんがロリになった理由が……? これは憶測なのだが、仙鬼を堕とす為に彼女らはその見た目になることを選んだんだ。
では何故、仙鬼はロリコンなのか。
その答えが、仙鬼の師匠と思われる……アニエス……?
この世界において強大な力を持つ存在である《始原十二星》。それを親に持ち、今の世界の成り立ちとも関わりが深いヒズミさんと確執があり、ロリでメスガキ仕草しててママ味も兼ね備えた属性盛り盛り女が……俺のプレイヤー歴において最も馴染み深い人物達の外見に深く関わっている事実に、俺はなんともいえない気持ちを抱えるのであった。