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第13話 嫉妬の魔女の森

 

 フガフガと鼻を鳴らしながら俺は地面の臭いを嗅ぐ。おやおや、こちらから芳しい香りが……ここ掘れワンワン!俺は身体の内側から迸るパワーに任せて地面を掘る。すると、土の中から菌類が。そう、キノコだ。これは……何だろう、わからん。魔女トリュフと呼称しよう。


 現在俺は、愛竜オリーブと『嫉妬の魔女の森』と呼ばれている異境を散歩している。この森の中では魔力というべきものが乱れるらしく、知能の高い生物は基本的に足を踏み入れない。俺にはよく分からんが、魔力が乱れると思考や肉体の操作まで乱れるらしい。船酔いの様なものだと仮定しとこう。

 そんな理由から普通の人間は近寄らない森の中を散歩のついでに、オークヘッドを装備してトリュフ豚よろしくキノコ集めに精を出している。力が増すだけでなく、鼻が効く様になるのではないかと試してみたのだが……これがまたいい感じに効果が出た。


 この森にはもう一つ特徴があって、それは植生がこの世界においても特殊な事だ。周りを見渡して目に入る木々や草花は、本来なら気候などの違いから共存できるはずがないものばかり。

 しかし、何よりも……ここで取れるキノコは特に珍しい特殊なものばかりだ。例を挙げるならば、精力増強に特化した黄金キノコ。理性を少しばかり飛ばして身体能力を上げる狂化キノコ。日本人的な感性で言えば、とてもゲームのアイテムっぽい。


 ということで、森の中で取れるキノコはそのほとんどが薬の材料として優秀なので、知り合いが高く買い取ってくれる。不気味がって他の人間は入ってこないので、競争相手も少ない。俺の主な収入源となっている。


 魔女トリュフをオリーブに近付けてみる。毒の類には目がないこのバカ竜が無反応だ。つまり毒ではない……。とりあえず薬屋のハゲ親父に届けるかと鞄の中に仕舞い込む。


『う、ま』


 馬?オリーブが何かを喋っている。


『うま、うま、美味』


 よく見たら謎の草を食っている。多分毒草なんだろうな。薬屋のハゲ親父が怪しいエサを与えるものだからすっかり悪食になってしまった。コイツが壊れたラジオみたいにしか喋れないのもまさかそれが原因では?


「ギギッ」

「ギケー!」


 突然草むらからゴブリンが!二匹現れたうちの一匹は機敏な動きで木の棒を振り回してくる。ちぃ……クソ野郎どもが、今の俺は一味違うぞ!

 俺はそれをスウェーで避けようと側頭部に食らい、転がったところに追撃がかかる。追撃の木の棒をさらに転がる事で躱し、即座に立ち上がってタックルをきめた。オークヘッドを被った俺のパワーはオーク並(当社比)だ、ゴブリンを抱えてタッチダウンを決め込んだ。頭から地面に突き刺してやったと思いきや、まるで逆立ち腕立てをするが如く直立するゴブリン一号。


「な、なにっ!」


 俺が驚いていると、今まで静観していたゴブリン二号が俺の顔面にストレートをぶち込んできた。腰の入った一撃に、俺はよろよろと尻餅をついてしまう。

 ど、どうなってやがる……。ゴブリンとは思えんパワーだ。身体能力ではこの世界において雑魚とされるゴブリン。それなのにオークの力を得ても勝てないとはどういうわけだ。


「ギギゲー」

「ギーギー、ガ」


 ゴブリンどもは勝ちを確信したのだろう、余裕の表情で何やら会議を開いている。チラチラとオリーブの方を見ている事から、どうやらオリーブに対しては脅威を感じていることが分かる。


『…………』


 一方オリーブ自身は、すぐ近くでバトっていた俺達の事などまるで興味がなさそうだった。主人がボコられてるのになんだその態度は。俺は憤慨してオリーブに掴みかかったが、頭を咥えられて背中に乗せられる。そのままくるりとゴブリン達にケツを向けた。


 ブッ!オリーブが屁をこいた。少し紫がかった煙がゴブリン達にかかる。その煙を吸い込んだ瞬間、目や耳から血が垂れ出した。痙攣が止まらなくなり、ゴホゴホとむせ始める。痰に血が混じり、やがて身体から力が抜けていってその場に崩れ落ちた……。


 俺はその様子をプルプルと肉食獣に目をつけられたウサギの様に震えながら見ていた。可愛かった頃のオリーブはもういない。その身体から出るものほとんどが毒である為、もはや動く劇物だ。煙が晴れてしばらく経ってから木の枝でツンツンとゴブリンを突いてみるが、反応がない。ただの屍のようだ。ほっとこ。


 そうしてキノコ探しを再開した俺だが、よく効く豚鼻に嗅ぎ慣れぬ匂いを放つものが近くにあることに気付く。何というか、人間の匂いだ。俺はこの森の中で浅い所ならともかく、ここまで深い所で人間に出会う事などなかった為、興味が湧いてその匂いを辿ってみた。

 音を立てないように気をつけて、少し移動すると思った通り人影を見つけた。シルエットから辛うじて女性である事が分かるが、顔などはまだ遠くて分からない。地面に手を当てて、何か呟いているので耳を凝らしてみた。


『……満ちて、惑い迷うは愛の花……』


 目に見えぬ力が、その人影の触れる地面から周囲に広がっていった。おそらく詠唱の第一節は地に満ちて、だ。魔法詠唱は基本的に自動翻訳を通して聞くと、大体言っている通りの事が現象として起きる。

 しかし、魔力に疎い俺でも分かる。先程の謎の魔法はかなり大きな力だった。思わず茂みに隠れた俺は様子を見る。例の人影は地面から手を離し今度は宙に手を構えた。


『天に満ちて、惑い迷わん狂い唄……』


 思わず顔を腕で覆う程の力の奔流がその人影の手から放たれた。その力に当たると、何やら五感が揺さぶられる様な、不思議な感覚がある。これが魔力が乱れるという感覚だろうか?ということは、もしかしてあの人影は……。


「だれか、いるな?」


 今の魔法がレーダーの様な役割をもって俺の存在に気付いた様だ。真っ直ぐこちらに視線を向けている。やはり女の声だった。俺はどうしたものかと、とりあえず茂みから姿を現した。


「……?オーク?変異種か?」


 今の俺はオークの頭に女児の身体の珍獣なので、謎の女も流石に驚いている。


「いや……それは、呪装だな?中身は人間か」


 普通の見た目をした女だった。地味目の顔立ちに長い茶髪、そばかすもあって芋臭い印象だ。陰気そうな目がまた地味さを増している。乳は控えめ。俺が外見チェックを素早くフガフガ鼻を鳴らしながらしていると、いつの間にか女はこちらに向かって手をかざしている。


『白昼夢の中、目は覚めず……』


 詠唱だ、しかしどんな効果なのかよく分からない。思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。……沈黙が周囲を支配する。何も起きない。何だ?何されたんだ?俺は顔を上げてキョロキョロと辺りを見渡すが何も変わっていない。


「……効果が無い?」


 どうやら相手さんにとっても予想外の結果のご様子。まるで初めて上京した田舎娘の如くキョドッている。一瞬考え込んで、こちらをジロリと睨んで女は口を開いた。


「まさか……プレイヤーか?」


 何故プレイヤーだと分かる?プレイヤーの事を知っているということか。

 何だかヤバそうな相手なので俺は逃げる事に決めた。一歩後退った所で女も俺が逃げようとしていることに気付いたのか、もう一度こちらに手を向けてくる。


『イラ・スプリード!』


 最早叫びだった。漢字にルビ振ってんだろうなって感じの詠唱と共に、今度は目に見えるモノが手から放たれてこちらに飛んでくる。それは、もやの様な……怒りという感情を内包した何かよく分からん力の塊だ。


 思わず仰け反って避ける。何だか当たったらヤバそうだもの。


「……バカな!何故見える!……ただのプレイヤーではない?スキル持ちか!」


 俺達の事に詳しすぎる。しかしコイツはプレイヤーではない。詳細は全く分からないが推定としては大魔法を使えるこの女がプレイヤーのわけがない。もし使える様な奴が居たならレッドが知っているだろうしな。という事は、プレイヤーの知り合いがいると見るのが一番高確率だ。俺は全力で走りながら後ろをちらりと見る。遅い。身体能力は大した事ないぞ。しかし俺はもっと大した事ないので追いつかれた。

 うおおお!オリーブ!


 俺の狙いはオリーブの元までたどり着く事だ。俺に気付いたオリーブがのっそりと顔を向ける。俺は背中に飛び乗った。よし、走れ!


『惑え!』


 女のその一言で、オリーブは動きを止める。止まるんじゃねぇ!とバシバシ頭を叩くが、怒って俺を振り落とすだけで先に進まない。落ちた俺はオリーブの頭突きによって吹っ飛び木に叩きつけられた。


「ぐ、ぐふっ……まさかオリーブを操るとはな……」


 俺は木にもたれて立ち上がり、息も絶え絶えに何とか声を出す。女は何故か困った様な目でこちらを見ている。


「いや……そこまでの効果はないから……そいつの意志じゃないか?それにコイツに私の魔法は効きが悪いみたいだし……」


 そ、そうなのか……。ところで、どこでプレイヤーの事を知った?


「先にこちらの質問に答えろ。プレイヤーが何故こんなところに?何故呪装を?何をしにきた?」


 ふん……せっかちな女め。残念だが、時間が来たようだ。俺はズルズルと木に背中を擦りながら座り込む。もう身体に力が入らない。やはり女の魔法を受けた影響だろう、普段とは違いオリーブの一撃には慈悲がなかった。俺は先に帰るぜ。オリーブ、自分で帰ってこいよ。


「まるで死を恐れない……『不死生観』スキル、攻略組か?」


 その問いに俺は答えない……。ガクッと頭が落ちて、俺の身体は光の粒子となって空に昇っていった。


 セーブポイントで復活した俺は、女の最後の言葉を思い出していた。あのスキルの名前を知っているという事は、おそらく『元』攻略組と知り合いなのだろう。

 それ以外のプレイヤーでは掲示板を見て存在を知っていても、先程のあのやり取りだけで俺が『不死生観』を解放していると察する事が出来るような説明ができない。もしかしたら、自分が死ぬ様子を何度も見せているのかもしれない。元攻略組ならば、おそらく俺も知っているし……相手も俺のことを知っている。

 オークヘッドは被っていて正解だったかもしれないな。顔を見られずに済んだ。なんか厄介事に巻き込まれたら嫌だし。死んだから森の中に落としてきたけど。


 一緒に魔女トリュフも落としてしまっているので、また取りに行かねば。でもまだ居るかもしれないしな……。トリュフに関してはカバンごとオリーブに括り付けておいたから大丈夫だと思うが……。オークヘッドは流石に拾ってきてくれないだろうなぁ。呪装とか言ってたっけ?




「嫉妬の森ですか?あそこはもう百年以上は昔からあるらしいですよ」


 かなり久々に、イケメン店主カトリの働く喫茶店に来た俺は森の事について聞いてみた。どうやら奥さんになら珈琲も淹れさせるし、ホールの仕事も出来るのでカトリの負担が俺の居た頃より減っている。後、イケメン店主に嫁がいる事が発覚して以前程の客足ではなくなったというのもある。味は良いので固定の客が増えているようで、特に問題はなさそうだが。


「なんでも、嫉妬の魔女と呼ばれた大魔法使いが……理由は定かではないけど、自身の魔法で土地ごと呪ったという話です」


 俺の前に珈琲を置いてカトリは続ける。


「その呪いの範囲や威力もさる事ながら、持続力が一番恐ろしいと言われています。百何年経っても風化しない呪い……一人の人間に扱えるとは思えません。僕は人外説を推してますね」


 ふむふむ、では例えばだが。弟子か何かがいて、定期的に呪いをかけ直しているというのはどうだろう?


「うーん、それは嫉妬の魔女複数人説と並べられて語られる事の多い説なんですが……呪いって、性質上ふつうの魔法よりも個人の色が強く出るんですよ。今でも定期的に調査が行われているんですが、分からない事ばかりの中でもその性質が変わっていない事だけは判明しているんです」


 そういうものなんだなぁ。俺は森で見た人影の事を伝えようかと思ったが、やめておく事にした。なんかあの森を巡る大騒動になっても困るし、あそこで素材取れなくなると食い扶持が無くなる。それに多分その呪いとやらのおかげで、あの森の植生はおかしくなっているのだろう。ならおかしいままでいいや。


「僕の人外説なら、今尚生きてかけ直す……なんて事出来るんですよ。やはり有力なのは伝説の吸血鬼、その真祖とか……」


 ……そういう事なのだろうか?それにしては、あの女の見た目は普通の人間だったが。しかしカトリは学者肌なのだろうか、すごく目が輝いている。

 しばらくあの森についての持論を語られた。

 いい加減辛くなって来た辺りで適当な理由をつけて帰路に着くが、それはもうとても疲れた。森であった件についてはまた明日考えよう。




「えー、本日はお日柄も良く……」


 次の日、俺は大きな川の河川敷のような所に来ている。大勢の人が集まる中、台の上に立って演説をしているおっさんを遠目に見ながら手元のパンフレットを確認した。


『水龍川ボートレース大会のしおり』


 六人の漕ぎ手と艇指揮兼舵取りの七人でチームを組んでボートに乗り込み、川に作られたコースを他のチームとどちらが早く完走できるか競争する大会だ

 俺の隣にはラフな格好をしたモモカさんが同じ様にパンフレットを持って、ペラペラと中の確認をしている。


「あ、一回戦からみたいですね」


 朗らかな声でモモカさんがパンフレットをこちらに突き出してきた。それはトーナメント表が書かれたページで、モモカさんが探していたのはとあるチームだ。


 名前は『喫茶店モモカ』

 店の常連が組んだチームらしい。まるでスポンサー協力しているかのごとくモモカさんの名を主張するチーム名に何か思うところは無いのだろうか?見た感じ嬉しそうだ。

 対して敵チームは……


『逆ハー軍団』


 なんだこのアホみたいな名前は……。と思いつつも、一つの可能性を考えながらいやそれは無いかと頭を振る。そうこうしていると開会式が終わったのか、出場チームとして列席していた『喫茶店モモカ』の連中がぞろぞろとこちらに向かってきた、その人数は七人だ。いずれも何処か見たことがある顔立ちなのは、俺も常連だからだろう。


「モモカさん、勝利を必ず届けますよ」

「優勝賞品の焼肉食べ放題は一緒に行きましょうね」

「モモカさんの応援があれば負ける気がしねぇ」

「モモカさん……


 このままでは七人全員の台詞を聞かなくてはならないので俺は踵を返した。普段は店の中で大人しくしているだけだが今日はやけに饒舌だ。テンション上がってんのか?

 ふと、何かこちらに向かっている一団を見つける。同じ出場チームだろうか?先頭を率いているのは、少女かと見間違う様な金髪の……。


「ふん、チーム名を見てまさかと思ったが……モモカ、お前の子飼いのチームか」


 その少女は鋭い金眼でこちらを睨みつけ、やけに伸びた八重歯をチラリと見せながら不敵に笑う。その少女に気付いたモモカさんが、珍しく顔を顰め絞り出すように言った。


「サトリちゃん……」


 そう、まさかの女王様だ。こんな、大した規模じゃ無い大会に何故か来ている女王様が鼻を鳴らす。その女王様の後ろに控えている男どもは後宮で囲われている奴らだ、俺の存在に気付いてギョッとしてる。逆ハー軍団……ね、まさかの予想が当たってしまった。


「モモカぁ、男の趣味が悪くなったか?なんだ、私にあいつを取られてからか?」


「サトリちゃん、この人達はそういうのではないし、趣味じゃない」


 モモカさん……、あんまりはっきり言うもんだから常連の人達ショック受けてますよ?しかし、いつになく好戦的だ。こんなモモカさんは初めて見る。


「ふーん、ならどれか貸してやろうか?お前と私の好みは似てるからなぁ。モモカにならいいぞ」


 そう言って後ろの連中を指差すサトリ。何人か満更でもない表情をしている奴らが居るので、後でEDになる薬を盛ってやる事を決意した。

 対して、サトリにそう言われたモモカさんは一瞬何かを考え込んで、やがてギュッと拳を握りこんだ。


「私はサトリちゃんみたいに軽い尻はしてないので」


 ちょっと悩んでませんでした?


「……まぁ、確かにモモカは尻がでかいからな」


 挑発するようなサトリの言葉に、モモカさんは目に見えて青筋を立てている。この場にいる男連中の視線がサトリとモモカさんの臀部を行ったり来たり、それに気付いたモモカさんは恥ずかしそうにお尻を手で隠した。


「サトリちゃんが貧相なだけでしょ……胸も」


 最後はかなり小さい声でボソッと呟いたが、しっかり聞こえていたようだ。眉をピクピクさせながらサトリが苦々しく笑う。


「ほぉ、まぁさすがに無駄に育っている人と比べれば貧相かもしれんがなぁ……?これくらいが好きってやつは多いもんだぞ?あいつだってそうだった」


 ビキっ!となにやら普通に生きていればおおよそ聞くことがない音が何処からか聞こえて来た。音の出所を探してみると、おや?モモカさんの足元の地面に亀裂が……何処に力を入れればそうなるんです?


「さっきから、あいつあいつって……私がいつまでも昔の事を引きずっているとでも?」

「ああ、悪かったよ。だからそんなに怒るなよ」

「怒ってない」

「その割には、眉間にシワが寄っているが」


 なんだろう、すごく揉めてる。二人のぶつかる視線の間に火花が散っている様な、空気がピリついている。いや本当に空気が震えているぞ。


「強者同士が対峙すると、空気中の魔力が反応することがあると言う」


 いつの間にか薬屋のハゲ親父が、ほぼ無い髪の毛を吹き飛ばされない様抑えながら俺の側に居た。


「しかし、雷竜王サトリと炎竜姫モモカが揃ったのを見るのはあの時以来だ」


 何か知っているのか?ハゲ親父。


「もう二十年は前になるか、王座を賭けての一騎討ち……俺もその戦いは途中までしか見れなかったが、その結末は現国王がサトリ様である事を鑑みるにそちらに軍配が上がったのだろう」


 王座を賭けて……?モモカさんがその座に興味がありそうには見えないが……。俺はモモカさんとサトリの方へ向き直る。まだ何かしら言い合っている。


「二十年前の事をいつまで引きずっている?あいつが私に靡いたのがそんなに気に入らないか?」

「卑怯な手を使っておいて、よくそんな事を……!」

「卑怯?いつまでもお高くとまって許してやらないからだ」

「お高くなんて……!サトリちゃんが早すぎるだけでしょう」


 ………。多分だが、二人は王座とかどうでも良くて、男関係のもつれで喧嘩してただけなんだろうな。俺はこのまま放っておけばいつまでも喧嘩してそうなので止めることにした。どうどう。


「なんだよ魔女、モモカが突っかかってくるんだぞ」

「突っかかってくる?最初に喧嘩腰だったのはサトリちゃんでしょ」


 この人達は見た目はともかくいい年した大人のはずだが……俺はJKを相手している気分になって来た。

 そもそも何でそんなに険悪なんですか?


「ふん、モモカがいつまでもぐちぐちとうるさいからだ。連絡も無視してくるし」

「むっ!そもそも約束破ったのに意味不明な言い訳してたのはサトリちゃんでしょ!」


 約束?連絡?よく分からない。一から説明してくれ。


「この前、ご飯食べに行く約束してたのにドタキャンされたんです」

「だから謝ったろう!」

「態度が悪すぎますー!」


 仲良いじゃん……この前っていつだよ……。


「まぁ、その話は数ヶ月前の事ですけど……言い訳が、あの……よ、夜が激し……寝かせてくれなかったからとか言うんです」


 急にモジモジと恥ずかしそうに言うモモカさん、横でサトリがポンと手のひらを叩いて俺を指差す。


「思い出したぞ!そもそもこの魔女のせいだ!」


 えっ、飛び火して来た。何故俺のせいになるんだ。しかし、少し考えて何となく察した。多分黄金キノコの時だな。最近じゃないか。

 俺はクレバーな女だ、すぐにどちらにつくべきか判断した。


「やれやれ、一国の王ともあろうものが……こんな小市民を言い訳にするとは……」


 な、なにぃ!?と急に敵に回った俺にサトリは驚く。素直に謝ったらどうだ?男にかまけてモモカさんを蔑ろにしたんだ、彼女も真摯に謝れば許してくれるのは分かっているだろ?


「むむ、そうですよ。そもそも開き直った事に私は腹立てているのですから」


 モモカさんもちゃっかりとした性格をしているので俺に乗って来た、二人でやいのやいのと責めているとサトリは悔しそうに呻く。


「ぐぐ……、おまえら……。私のチームでコテンパンにしてやるからな」


 上等だ!俺は後ろの逆ハー要員達を指差して叫ぶ。お前らヒモ野郎どもをボコボコにしてやりたいと常日頃から思ってたんだ!


「そうだな。こいつらが負けたら、中から一人やるよ」


 腕組みなどをして不敵に笑うサトリ。いや、要らないよ。何故か急に賞品にされたヒモ軍団が慌てている。


「え!うーん、ならこちらが負けたら……」


 律儀にこちらからも賞品を用意しようとするモモカさん、俺は相手が勝手に言い出した事だから放っておきましょうと進言するが、モモカさんがそれでも悩んでいるのを見たサトリが爆弾発言をした。


「だったら、モモカが負けたら一晩付き合えよ」


 俺含めた常連チームがざわついた、つまり……どういうことだ?狼狽える俺達を見てニヤリと口角を上げるサトリ、グググ……セクハラにおいてこいつには敵わん。しかし、モモカさんの返答も中々の爆弾投下であった。


「追加で一ヶ月焼き肉食べ放題コースも追加してくれるならば考えましょう」


 まさかの条件追加である。


「良いだろう。決定だな、忘れるなよ」


「ふふん、勝てば良いのでしょう?ね!皆さん!」


 バッと常連チームに輝いた笑顔を向けるモモカさんに、思わず常連チームの皆さんは雄叫びなどを上げてアピールしている。おいおい、大丈夫なのか?俺は不用意な発言をするモモカさんに近付いて耳打ちした。そんなこと言って良いんですか?


「ふふふ、サトリちゃんのハーレム軍団は普段から運動なんて大してしていないはず……それに、この大会で使うボートはその性質上メンバーの息が合わなければ大して進みません。常日頃からいがみ合っている節のあるハーレム軍団は……いくら頑張っても息なんて合いませんよ」


 意外と考えてはいるようだが……。


「最悪、私が紛れ込めば……一人で優勝すら容易いでしょう」


 確かに、複数人で漕ぐボートは息を合わせる事が最も大事な事だ。しかし、それは一般人の話であって……この世界でも怪力と言われる部類に入るモモカさんならば一人で覆す事が可能なのだろう。

 モモカさんには脳筋な所がある。それは既知の仲であるサトリも知っているのだろう。先手を打ってきた。


「これは当然の話だが、私やモモカの参加は無しだぞ。競技が変わってくるからな」


 えっ!とモモカさんが驚く。


「この大会のために練習してきた他のチームや、運営を頑張っている皆にも申し訳が立たないだろう?」


 そういうまともな事を言われるとモモカさんも何も言えなくなる。あわあわと何かを言いたそうにしている彼女を見てもう一度不敵に笑ったサトリは踵を返して去っていく。


「さぁ今から試合前の練習時間だ、私のチームの動きをみて負けを悟るが良い!」


 そう言い残して去っていくサトリの背中を見つめながら、モモカさんは小さく呟いた。


「う、迂闊な事を言ったかな……」


 言ったと思いますよ。



続くようです

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