第125話 古き因縁
あらすじ
男になる術を探すランスくんことスピアちゃん。しかし未だに見つかる気配はなく、随分と時が経ってしまっていた……。余談であるが、作者はきちんと戻るルートを毎回用意しているのだが、キャラに展開を任せているせいかスピアちゃんは『ゴール』に辿り着けないのであった……。
これはランスくんのせいなのか、はたまた神強制力なのか……彼もとい彼女の真の姿を取り戻す戦いは、まだまだ続くのであった。
迷宮都市にて、機竜人の店長にやらせている俺の喫茶店でお茶をしている。同席しているのは、綺麗な蒼い髪を腰まで伸ばした美少女だ。
彼女はその端正な顔を泣きそうに歪めて机に突っ伏して言う。
「俺は一生このままなのか?」
元男のランスくんこと、スピアちゃんである。肉体に精神が引っ張られる傾向のあるこの世界で、ちょこちょこ自分のことを私と呼称しているスピアちゃんだが鋼の精神で何とか精神汚染に対抗しているらしい。
俺は鼻で笑って答えた。
別にいいじゃん。
「よくない!」
このやりとりも何回目くらいだろうか。
そろそろ飽きてきたよ。もう諦めろよ。TSLAだのフロイラインだの変態どもに絡まれはするが、見た目は良くなって男からチヤホヤされる生活も悪かないだろう?
「いや、男からチヤホヤされても言うほど面白くないんだよな。だっておっさんって可愛くないもん」
そうだな。
爆速で俺は同意した。
「ということで、次なる目標なんだが……」
まぁ待て、ランスよ。俺はあえてスピアちゃんとバカにせず本名で呼んだ。腕を組み、真剣な顔で続ける。
ここは一度、あえて男に戻る事をやめよう。
「……? いやなんでだよ」
お前はこれまでずっと男に戻る為に動いてきたんだろう? それでこの有様……収穫なし……。これは一度、流れを覆さなければいけない。立ち止まるんだ。押してダメなら引いてみろ、俺の故郷にはそんな言葉がある。
「気分転換でもしろ、ということか。その間に俺が戻れなくなってしまったらどうする。一刻を争うのかどうか、それすらも果たして誰に分かる?」
その焦りが、お前の目を曇らせてるんだよ、俺は何も諦めろと言っているわけではないだろ?
一度立ち止まる、大事な事なんだ。そうだな、遊びにでも行くか? そうすることで、逆に向こうから転がり込んでくるかもしれない。『縁』とはそういうものだ。
「……ちっ。まぁ確かに根詰めすぎても、なるようにしかならんか。でも、じゃあ何するよ?」
そうだなぁ……。俺は考えた。
迷宮都市で遊ぶか……他の所に行くか……。悩みどころだ。
ふと、近くの席の話し声が耳に入った。
「最近、見慣れないガキが迷宮荒らしてるらしいぜ」
「見慣れない……? この街じゃよくある事じゃねぇか」
「とはいえ、件のガキはクソ強いらしい。なんでも『三傑』級って話だ。そこまでのやつが野良でいるかよ?」
三傑とは、仙鬼、千壁、閃剣もとい断界の処女ら三人の事だ。それらに匹敵するということは、かつてのヒズミさんやハイリスやドイルにレックス……この世界における超越者と肩を並べ得るレベルという事だ。
天体魔法という超大な力に選ばれたフゥムスでさえ、そんな評価をされていない。
彼らの会話は、それほどの存在がなんの噂もなくぽっと出で現れたという意味だ。それは確かに違和感のある話である。
しかしまぁ、フゥムスのようにこの世界でひっそりと生きている(そもそもヒズミさんらも表立って行動していなかった)超越者は割とゴロゴロいそうなので、それこそフゥムスのように突然迷宮にハマっただけなんじゃねぇかな。
「ガキ、ねぇ。ということはモモカさんみたいな存在なのかもな」
一緒に小耳に挟んでいたスピアちゃんが特に感慨もなくそう言った。彼女としても、突然超越者レベルの人材が現れたなんてニュースは驚くに値しないらしい。迷宮都市とはそういう街なのだ。
そういえばスピアちゃん知ってるか? モモカさん……あと龍華のサトリも、昔はもう少し頭身がデカかったんだぜ、言い方を変えると育ってた。
「へぇ〜。力をつけ過ぎて逆に縮むなんてことあるんだな」
まぁなぁ。ヒズミさんも美人に整形してたけど強くなり過ぎて元の顔戻ったらしいし、この世界なんかそんな不思議パワー働いてるよね。
「もしくは、あの体型になる必要に駆られたのかもな」
ん? そういうパターンもあるのか?
「ああ。迷宮都市じゃよくあるぜ。迷宮に行き詰まった時、肉体ごと変容させるやつがたまにいるんだ。迷宮順応とか呼ばれてる」
なんでもありだなこの世界。というより迷宮がか。異世界に通じてるとかいう『憶測』はよくされているが、もしかしたら『法則』すらも『異世界』に通じているのかもなぁ。
しかし、モモカさんはまぁあれだが、ロリ体型になる必要に駆られることなんてあるか?
そう考えてふと、閃剣が仙鬼に対して言った『ロリコン』と言うワードが思い出されるが、いやそんな流石にねぇ……と俺はその考えを頭から出す。
「おい! 今あそこにいるのが例のガキじゃねぇか!?」
「し、しかも早速絡まれてやがる! 実力を見るチャンスだ……っ!」
俺とスピアちゃんがダラダラと喋っていると近くの席の奴らが急に騒ぎ出したので、俺達も気になってしまい後を追うことにした。
店を出てすぐのところだ。話の通り、件のガキとやらはその辺に転がっている模範的チンピラ探索者三人に絡まれていた。
ガキ、と呼ばれていたのは俺よりも幼く見えかねない程の少女だ。黒い髪を後ろでポニーテールに結っており、整った顔立ちだが何故か右目は大きな眼帯で隠されていた。
左の綺麗な桃色の瞳を見る限り、その無骨なデザインの眼帯がなければどれほど可愛らしい少女だったろうと残念にすら思う。
そんな彼女は、どこか余裕のある表情を浮かべてチンピラ探索者三人を見上げていた。見るからに彼らを侮った顔付きに、チンピラ探索者達は苛立ちを隠せない。
「おいガキンチョ……随分と力はあるらしいが、それだけではこの街で生きていけないんだぜ?」
「その乳臭え身体に教え込んでやろうか?」
幼女とまではいかないがロリっ子に対してそんな下卑た発言をするチンピラ達に周囲はドン引きである。
しかし助けの手を伸ばさないのは、少女が噂通りの実力を持っているのかどうか見極めたいらしい。
かくいう俺もそうなので、口角を自然と上げて事の成り行きを見守る。ふとスピアちゃんを見ると、何故か彼女は目を丸くさせて口をぱくぱくさせていた。
なんだ? あの子知り合いだったりするのか?
「へぇ〜……。お前らが、私に? ……勝てると思っているんだ」
鈴を転がすような綺麗な声音で嘲笑うように少女が言うと、チンピラ探索者達は堪忍袋の緒が切れたと一斉に武器を構えた。
「瞬間臨地」
少女の口が小さく紡いだ。
「瞬撃」
少女が素早くチンピラ達の懐に潜り込んで拳を振るう。それは的確に顎に叩き込まれ、三人ともがそれぞれ一発で地面に沈んだ。
一連の動きは確かに速く流れるようで淀みのないものだった。しかし違和感があった。確かに速かった、とはいえ閃剣のような『観測』不可能な速度ではなく、それこそチンピラ探索者達から感じる界力量からすれば充分反応できそうな速度だった。
なのに、彼らはまるで時が止まったのかと錯覚するくらい全く反応出来ていなかった。側からみていれば、少女が攻撃行動を取っているのに無防備のまま突っ立っているようにしか見えなかった。
「ザッコ〜、こんなんで私に喧嘩売るとかさぁ、身の程知らずにも程があるよね」
ぷぷぷ、と口に手を当てていやらしく笑う少女。生意気な態度だが、実力は本物だ。周囲からごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「し、師匠……? バカな……何故ここに」
横のスピアちゃんが愕然と呟く。俺は思わず「えっ!?」と驚いた。コイツに師匠が居たなんて話聞いたことが───いや、あの少女は今、『瞬間臨地』と言ったか?
それは、確かスピアちゃんがランスくんの時に使っていた技……ゴウカとの戦いの際、なんとあの男に手傷を負わせたあの技だ。
そして、その技はゴウカにボコられてキレたランスくんが急遽修行をして身につけた技術のはず。
無限の紹介で、確か仙人が住む山だったかなんだかにまで行って、そう……辺境まで師事してきたのだ。確か、そこの名は『流仙峡』。
「ん? あれぇ? そこにいるのは、ランスじゃんッ!! 久しいなっ!」
少女の方も、ランスくんもといスピアちゃんに気付いたのかにこやかに手を振りながらこちらに歩いてきた。
……ランスくんは今、元の面影がほとんどない女の姿なのだが、一切の迷いもなく見抜いたぞ?
彼女のことを注視すると、何やら眼帯に隠された右目に違和感があった。おそらく、魔眼の類だ。だからなんだと言う話だけども。
少女は俺達の前まで来て、ジロジロとスピアちゃんの頭の先から足の先まで視線を上下させた。
「なんでそんな面白い姿になってんの?」
「これには深い事情があって……それより、師匠こそ何故ここに? 『流仙峡』を出れないって言ってませんでした?」
「……まぁ、最近普通に出れるようになったの。こっちの子は?」
苦い顔をした少女は話を逸らすように俺を見てスピアちゃんに聞いた。俺は人の良い笑顔を浮かべ自己紹介をする。
ぺぺロンチーノと言いますぅ。
「 ふぅん。ぺぺロンチーノ……プレイヤー、の? ぺぺロンチーノって、あの?」
すごい含みのある返しが来た。少女はチラッチラッとスピアちゃんの方を見ながら何かの確認をしていた。なんだよ? 俺のこと知ってるのかな?
「あのペペロンチーノです」
「あのペペロンチーノかぁ」
なんだよ。さっきから意味深だな。
思わず不満が口をついて出てしまった。
てかランス、俺にもお師匠さんを紹介してくれよ。
「あぁ……悪い、まさかこんなところへ急に現れると思わなくて動揺しちまったぜ……この人は、無限に紹介してもらった『流仙峡』で俺に『瞬間臨地』を教えてくれた師匠『アニエス』だ」
「アニエスだよ〜、よろしくぅ」
お師匠ことアニエスさんから握手を求められたので答える。俺はニコニコとしながら、どこか頭に引っ掛かるものを感じていた。
アニエス……? どこかで、聞いたことがあるような……。
彼女の名前がやけに引っ掛かった。顔をジロジロと見る。そうだ、顔もどこか誰かの面影を感じるのだ。間違いなく、知り合いの。顔と名前の二つが合わさって……何かを思い出せそうな、あのモヤモヤする感覚があった。
「? 私の顔に何か付いてる? それともこの眼帯の下に気付いちゃった? はい、察しの通り『魔眼』だよ」
顔を見つめて考え込む俺にアニエスが不思議そうに首を傾げてから、ピラっと眼帯を捲って眼を見せてくれる。
真っ黒な眼球に、瞳の輪郭だけ金色に輝く異形の目がそこにはあった。しかし、俺はそんなところはどうでも良くて頭に引っ掛かっていたものの正体に気付き、そのことで頭がいっぱいになってしまった。
『あっ……失礼、やっぱりアニエスでお願いします』
魔王ハイリスと初めて出会った時、彼女はハイリスと名乗った後咄嗟に偽名に言い換えた。あの時はなんの意味があるんだと思ったし未だにそう思うが、問題はそこではなく選んだ偽名の方だ。
あの時は、本当に咄嗟に口に出たのだろう。おそらく実在の人物の名前だったのだ、『アニエス』とは。
そして、目の前のアニエスが眼帯を捲った時に俺はようやく気付いた。
似ているのだ、アニエスは俺の知る『二人』に。そう……まるで……。
黒髪に桃色の瞳。どちらかと言うと顔つきは『彼』の方に似ているだろうか。つまり、そういうことだ。
い……生きていたのか……。何歳なんだよ……。
「金環の魔眼。まぁ見てて気分が良くなるものじゃなかったかや? 違うね……お前、私のことを知っている? もしくは……私の、親のことを」
魔眼の名を教えているうちに、彼女の顔は険しくなっていく。おそらく俺の顔色を見て、俺がとある事実に気付いたことを悟ったのだろう。
「なに? ぺぺと師匠知り合いだった? まぁ元々、無限と知り合いだもんなぁ」
スピアちゃんがキョトンとした顔で俺達を見ている。俺としては気付いたとしてだからどうしようと言う話なわけで、てかヒズミさんの記憶を覗いた時のことを思い出すとハイリスやドイルはまさか生きているとは思ってなさそうなんだよなぁ。子孫のモモカさん見つけて感極まっていたしな。
ふと、アニエスが俺の後ろに視線を送った。そして硬直する。なんだ? と思ってその視線の先を追うと、何やらあくびをしながら歩いているヒズミさんの姿があった。
ちょうど良い、ヒズミさんにアニエスのことを───そう思って声を掛けようとして、背中から凄まじい殺気が放たれた。
え? と思ってアニエスを見ると、眼帯を取り払って憤怒の表情でヒズミさんを睨みつけている彼女の姿があった。流石のヒズミさんも殺気に気付いたのかムッとした顔でこちらを見て
「うわっ、嘘だろ……」
そう呟くと顔を真っ青にして、逃げた。
それはもう一瞬だった。おそらく自殺してセーブポイントに飛んだのだ。それを見て俺は眼を丸くさせた。ヒズミさんは自らそんなことをするようなタイプではなかったからである。
「っく! ヒズミィィ……! 逃すかッ!」
まるで爆弾のようだった。地面を強く蹴ったアニエスは一瞬でその場から姿を消す。その衝撃波で俺とスピアちゃんはころころと地面を転がった。
「なになに? ヒズミさんも知り合いなの? 世間って狭いなァ」
困惑した顔のスピアちゃんに俺も困った顔を向けて言う。
知り合い、程度で済めば良いけどねぇ。
アニエスの正体、そしてヒズミさんとの確執。大体の経緯を知っている俺はアニエスの怒りの理由がなんとなく察しがついた。
ヒズミさんは初代聖女が神によって殺された数年後、復讐の為にもう一度仲間を集めている。
その時にはすでに居たのだろう。ハイリスとドイルの間には『娘』が。ヒズミさんの再招集に彼女達が娘を連れて行くとは思えない。きっと、置いて行かれた。
そして、ヒズミさんの記憶の中でハイリスは嘆いていた。彼女は自分がどれほどの時を経たのか……時間感覚、そして娘に連なるものへの認識を失っていた。
俺の知る限り、外見が瓜二つのモモカさんですら子孫だと当初は認識できていないようだった。それはきっと神からの罰だったのだろう。
すんげぇ、ややこしい関係性だぞあれは。
どうか変な感じに巻き込まれないと良いなぁ、と俺はぼんやり思った。
TIPS
第63話 ガチャスキルと都合の良い女
第79話 再戦!見せよ新技!
のあたりに一応、布石が打ってあるぞ!!