第123話 攻略組の生態②
前回のあらすじ
ラーメン屋で太った客(豚野郎)と喧嘩になったぺぺと無限。
仁義なき戦いが今始まる。
「えー? んー? なんかそんな気分じゃないしぃ」
ヒズミさんを捕捉する為になんやかんやでぽてぽちの元へ行く事にしたグリーンパスタ。しかしぽてぽちからは、気分が乗らないというドストレートにお断りの返事をもらうのであった。
俺と無限は疲労感が強くゲンナリとしながら、困った顔を浮かべているグリーンパスタを眺めている。奴が困った顔をしていると、なにやら気分が良くなるからだ。疲れた精神が癒やされる……ほんの少しだけ。
ラーメン屋で始まった喧嘩は、その後醤油ラーメン対決に発展した。
先攻の豚野郎が作ったスーパーコッテリ激重ラーメンは、審査員の舌と胃袋を破壊することで後攻である俺達のこっそり出前で頼んだラーメンの味が分からなくなる……という極悪非道な策であった。しかしそれに対して俺達はその辺に転がっていたならず者を使用する事によって審査員を排除(物理)。
その後雇ったプレイヤーに《化粧箱》で審査員役を代替させる事にした俺達だが、なんとスーパーコッテリ激重ラーメンはその場にあるだけで周囲に激臭を撒き散らして嗅覚を破壊し、繊細な味覚を阻害するという二段構えの策であった。
その時点では既に俺達の鼻がイカれていた為にそれを見抜けず、あわや敗北するところであったが……あえて観客にもラーメンを振る舞い審査してもらおうと提案。
更に豚野郎のラーメンに毒を仕込み大量食中毒事件を発生させることで、豚野郎は警察的組織に捕縛された。そう、不正による勝負の不成立。俺達は勝利した。
だが、何故か食中毒事件の容疑者として拘束された俺と無限はつい先程まで取り調べを受けていたのだ。
長時間に渡る、ほぼ恫喝とも言える不当な取り調べを前に精神は疲弊し、泣き落としも通じない事から俺は世の理不尽を嘆き心中には怒りさえ芽生え始めた。
結果的に、ラーメン屋で最初に暴力を振るったのが豚野郎であるとの証言から俺達の正当防衛が証明されて、俺達は解放された。意外とあっさりした解決である。
警察的組織の皆さんも面倒そうな顔を浮かべていたので、ラーメン如きで揉め事起こしてんじゃねぇよ、とでも思っていたのかもしれない。いや、思っていたらしく一人がそれを口に出してしまった。
地獄耳でそれを聞いてしまっていた豚野郎が、如きだとッ! と、激昂したのが助けになった。まぁこんなんでキレる豚の方が悪いなって流れになって、か弱いレディーの俺達は解放されたのだ。
無駄な時間を食ったぜ。食いに行ったのはラーメンなのにな。
「それにさぁ、ヒズミさんってなんかこわいんだよねぇ〜私も敵に回す相手くらい、選ぶよぉ」
ぽてぽちは感性で生きているので、自らの心の思うがまま行動する。人の頭を覗く様なヤバい奴が攻略組の中では比較的嫌われていないのは、超えてはいけないラインを無意識に見極めているからだろう。あとなんかホワホワしてて何考えてるか分かんない無害そうな雰囲気があるから。
「そもそもよー。グリーンパスタてめぇ何が目的なんだよ? その、なんかヒズミに紹介したいってやつに借りを作って何をする気だ?」
同じ攻略組の仲間である無限からも、なんだか胡散臭いやつだと思われているのかそんなことを聞かれるグリーンパスタ。
好意すら疑われるグリーンパスタは、しかしそれを全く気にすることなく、ニコリと笑う。
「いやね、そろそろさ……『魔那』を甦らせてみようかなって、ぺぺがヒズミさんにした様に、いまや可能なんじゃないかなぁ」
「それは、面白い試みだ」
いつの間にか現れたレッドが腕組みなんかをして壁にもたれている。こいつほんとに神出鬼没だな……。俺は戦慄した。ドイル達と塔の迷宮に潜っているとかいう情報はなんだったのか。
しかし、『魔那』か……。俺はその名前にぼんやりと聞き覚えがあった。多分ヒズミさんから聞いたか、プレイヤーに取り込まれた際のヒズミさんの知識からのどちらかだ。
この世界で使うことが出来る不思議な力であり、実態は『願望実現能力』。すなわち、魔法。
そしてそれは本来ヒズミさん達と同じ『始原十二星』という神々からの加護を受けた存在である加護者の中でも、一際強力な十二体の加護者……『精霊』と呼ばれた一体だけが可能とした『固有魔法』だ。
本名を確か魔那といい、詳しい経緯は覚えていないがその身を捧げて世界中の人間全てを魔法が使える体質に変えたとかなんとか。
それを、復活……ねぇ……。
ヒズミさんのようにということは、もしやプレイヤーとして取り込むつもりか。
「しかしまぁ、ヒズミさんと違って『魔那』が世界に溶けたのはかなり昔の事だから、本当にそんな事が可能なのかどうかはこれから検証していく感じかなぁ」
「そんなことして何になんの?」
無限がどうでも良さそうに聞く。なんなら聞いておきながら呪装図鑑とかいう禍々しい装丁のされた分厚い本を開いて読み始めた。兄の話を適当に聞き流す妹かな? てかなんだよその本。
「なんに、なるのかなぁ。魔法に対する認識上がったりするのかな?」
「ふっ……。確かに魔法を扱うハードルが下がれば、より戦闘に活かせる」
グリーンパスタは本気で何も考えていないのか、キョトンとした顔でそんな返答をする。なんならレッドの方が乗り気になっているくらいだ。
そんな話を聞きながら、ヒズミさんに情報を流していた俺は彼女からの返信をコイツらに教えてやる事にした。
なんかさ、ヒズミさん曰く、今の魔法の在り方はヒズミさんが基礎を作って、それを実際に扱って来た現地人達が確立させてきたものだから、仮に精霊を蘇らせてもむしろ本来の『固有魔法』の性質に引っ張られてややこしくなるかもよ。だってさ。
「……なるほどねぇ。プレイヤー全体の底上げになるかと思ったけど、中々難しいものなんだね。でも実は、その動きをしているのは僕が発端ではなくて新興宗教みたいなのが」
「もーっ! うるさいうるさい! わけわかんない話しないでよも〜っ!」
俺達が真剣な顔で話しているもんだから、ついにぽてぽちがキレた。流石に無限も呪装図鑑から顔を上げて、ぽてぽちの方を見る。
「ぺぺっ! お詫びにちょっと私について来て!」
ぐいっと俺を引っ張るぽてぽち、俺も首を傾げ、他の連中も首を傾げる中俺は連れて行かれた。
*
「なんかさぁ、最近変なのに絡まれてるから助けて欲しいの〜」
そう言って連れてこられたのは、何やら怪しい教会だった。元はアルプラ教のものだったのだろう、よく見かけるアルプラ神像は半ばからへし折られていた。
ええ……。その時点で俺はドン引きである。この世界はなんか『信仰』そのものを厳重に管理しており、つまりはまぁアルプラ教以外存在は許しませんよって恐ろしい常識がある。
それに逆らえば世界最強の戦闘集団である異端審問官が文字通り根絶やしにくる……やだ、ほんとこの世界野蛮だわ。
そして、代わりに断面から建てられているのは木彫りで作られた謎の像だ。なんなのか、もはや訳がわからない。形容するのも難しいその木像はどこかで見た事があるような気がするが、少なくとも碌なものではない。
お、おい、ぽてぽち……なんだよここは。
俺がドン引きしながら聞くと、ぽてぽち本人も首を傾げている。
邪教ですね。異端審問にかけてもらうか……。俺は知り合いの異端審問官に連絡することにした。
「待ってもらおうか、ペペロンチーノ」
誰だッ!!
振り向くとそこには一人のプレイヤーが立っていた。
……誰だッ?
知らない奴だった。知らないプレイヤーは気安く俺の肩に手を回し、親しげに話しかけてくる。
「邪教だなんて、不敬だよ。アルプラ教……あれはこの世界の発展を妨げる根源、界力の可能性を押し留めるものさ」
なんというくどい言い回し、グリーンパスタの様なタイプの奴かっ。
プレイヤーは掲示板のせいでやけにこの世界の事情について博識なやつが多い。例えば俺みたいな奴がヒズミさんとかから見聞きした情報を漏れ漏れさせるせいで、この世界で真面目に歴史研究している人間よりも詳しかったりする。
まぁ、アルプラ神なのか地球神なのか、そういう情報は世界観が壊れるからみだりに発信して欲しくないらしく、現地人に世界の秘密を語ろうとすると翻訳機能が邪魔をするのだが。
「《極光》……それは祝福する相手を選ばない。天体魔法の中でも最も純粋な力の方向性……我々は、それが与えられるべき存在はアルプラだけではないと考えている」
つまり、どういうことだってばよ……?
「『精霊《魔那》』。この世界の最も新しき法則であり、最も献身的な存在さ」
いつの間にか、この教会を埋め尽くすほどの人間とプレイヤー入り混じった集団が俺達を取り囲んでいた。
ステンドグラスから注ぐ光が、怪しい木像を不気味に照らす。
グリーンパスタが言っていたのは、コイツらのことか……。しかしなぜ、ぽてぽちを仲間に誘う?
そんな俺の疑問は何者かが、ガシャャャァァン!! とステンドグラスをぶち破って教会の中に飛び込んできたせいで聴くことができなかった。
「誰だッッ!!」
「コンニチハ。異端審問官デース」
俺の肩に手を回していたプレイヤーが聞くと、片言で返事をするアルプラ教の司祭服に身を包んだ謎の男。彼は、異端審問官を名乗った。
俺は片手に持ったスマホをチラリと見て、あーなんかごめんと謝った。ノリで通報しちゃった♡
俺がスマホでワカメ頭の異端審問官(今は異端審問の長らしい)に連絡してから、ものの数分で聖公国からぶっ飛んできたのは……中肉中背の特徴のない顔つきをした丸メガネの男だった。
歳の頃は初老に差し掛かっていて、シャイナ先生が異端審問官に返り咲いた際に若返っていた謎現象はやはり何者かの趣味だったのではないかと思った。
「ウーン。話は聞かせてもらいマシタ。ホロボシマース」
邪教殲滅認定早いな。
今飛び込んできたとこなのに、本当に話聞いてました?
「異端審問官めがっ!」
「なめんじゃねぇッ!!」
「ぶっ殺してやらァァ!」
対して邪教の皆さんは怒り心頭。でも発言がもう数秒後にはぶっ飛ばされていそうなかませっぷりで、実際にそうなった。
「それでは、さようなら」
異端審問官は、懐から杖を取り出した。《極光》が杖先に宿り、淡い光を放つ。
『オーダーセイヴァー』
天変地異。
そう表現する他なかった。
風の大魔法が教会を丸ごと竜巻に飲み込み、まるでミキサーにかけたように粉砕していく。人間についてはノーコメントで、プレイヤーはミンチである。
俺とぽてぽちは、別に台風の目にいたわけではないが無傷だった。俺がノリで通報したせいであまりに凄惨な結果を招いた事に、正直この世界の異端審問を舐めてたなぁ〜って思った。俺が悪いのかなぁ? でもこの世界では他宗教認めてないし、いずれこうなったよねぇ。
ヒズミ教を作った過去を忘れる事にした俺は、アルプラ教に入信する事を決めた。やべぇよコイツら。
「あー君たち? 通報してくれたの。ありがとぉ〜。いやー僕達のお仕事って基本ないからさ、暇してたの。あっ、君シャイナさんと仲良いんでしょ? ありがとねーあの人戻って来てくれて戦力アップだからさぁ」
そして件の異端審問官は謎のカタコトキャラをやめてフランクに話しかけて来た。
おいおい、さっきまでのアホみたいなカタコトキャラはどこにいったんだよ?
そう聞くと、ため息を吐いて異端審問官は頬を掻く。
「異端審問官って、恐れられる事がお仕事だからさぁ……例えばロードギルさんとかは素でそういうの出来てたけど、僕はキャラ作りしないとねぇ。不気味でしょ?」
自分で言うのか。
まぁ不気味さで言ったら今の方が不気味だけどな。しかしぽてぽちは違うのか拍手をしていた。
「わぁ〜ありがとうございますぅ〜」
異端審問官の過激な制裁を見て尚、ぽてぽちはキャピキャピとしている。目の前で人がゴミのように蹂躙されていたのに、それを為した人間が平気な面してヘラヘラしている不気味さを前にしても彼女は何も感じていないようだった。
これがβテスターか……。俺はプレイヤーの中でもより異常である彼らの底知れない人間味の無さに戦慄した。やはり俺達リリース組とは違う……。グリーンパスタはリリース組の方がヤバいってよく言ってるけど。
「まぁこんな感じで痛めつければ、アルプラ様も許してくれるでしょ。あ、そうだペペロンチーノくん。聖女様が神託を聞けなくなったからさぁ、代わりに『巫女』が現れたんだけど……あれって君の知り合いだったりする?」
異教徒どもの状態をザッと見渡して、満足そうに頷いた異端審問官はニコニコとしながら帰り支度を始めて、ふと思い出したように振り返ってそう言った。
寝耳に水、である。俺とぽてぽちは目をパチクリとさせて見合わせた。
なんの話? 唐突すぎて訳がわからなかったのだ。
「いや、多分……君達の同胞だと思うんだけど……果たして本当に神様の言葉を聞いているのかどうか……いくら《極光》があっても基本は神託を受けることはできないから」
……知らんがな。
正直どうでもよかった。
《本当ですよ。ヒズミや貴方達のせいで世界への干渉が不便になったので、『巫女』にはその代用となってもらっています》
どうでもよかったので聞き流して適当に去ろうと思っていたのに脳内に直接神託を受けた。
俺は顎に触れて思案した。聞こえてないふりしといた方がいいのかな? てかさぁ……アース神もだけど勝手に脳内で喋らないでくんねぇかなぁ……。
《貴方達が聖剣を取り込んだせいでしょうが。そもそも星神地球からの干渉もそのせいですよ。聖剣は元々、神から世界への回線回路です。星神地球はそれを利用して貴方達へ語りかけていたのです》
そっかぁ。
俺は一人うんうんと頷き、ぽてぽちを見ると何やらキョトンとした顔をしている。異端審問官も足を止めて俺を見ていた。
……これ、俺にしか聞こえていないのかな?
《たとえ聖剣の力を得ていたとしても、神託は強烈な負荷です。『巫女』と『貴方』以外のプレイヤーには少し荷が重いでしょう》
……なんで俺?
《貴方は星神地球と直接会話した個体ですからね。覚えがありませんか? 一度霧散しかけた《魂》を固縛する際に、星神地球から手を加えられているはずで》
神託を受けている途中で俺の身体は首の上から爆散した。先程、神自身が言っていたように神託はそのものが強大な界力を伴った負荷であるらしく、耐性があるらしい俺の身体も流石の長会話には耐えられなかったらしい。
復活後もマイナスレベルに至る程のダメージを受けており、死に体でぽてぽちと異端審問官の元へ戻った俺は息も絶え絶えに言った。
「とりあえず、『巫女』は本物らしい」
でもだからなんなのだろう。俺は耐え難い倦怠感に襲われながらぼんやりとそう思った。
*
聖女や異端審問官達、魔王ハイリスやヒズミ達を始めとした『始原十二星』、そしてそんな彼らが俺の事を《神》と会話した事のあるプレイヤーだと知っていたせいで……俺のこの発言は『巫女』の神託を証明することになってしまう。
それがつまりどういう事になるのか……。俺はその日の夜にベッドの中で恐ろしい想像をしたが、まぁしゃあねぇかと思って寝た。
TIPS
木像の製作者はJKダイスキ神像と同じだと考えられます。