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不死なるプレイヤーズギルド  作者: 笑石
本編……?
124/134

第121話 破滅の所以



 迷宮都市にいるとこっちまで頭がおかしくなりそうな連中ばかりなので、バカンスがてら久々に龍華に帰ってきた。

 落龍街と呼ばれるスラム街に赴き、俺の第一の家とも言える薬屋のハゲ親父のところへ顔を出すと、何やら慌てた様子で荷物を纏めていた。


 おいおい、どうしたよ?


「おお、久しぶりだな。ペペロンチーノ。どうしたもこうも、近いうちに『双龍』同士の抗争が始まるんだよ。巻き込まれちゃいけねぇ」


 なるほどな……龍華のスラムは、かつて様々なクソ共が勝手に組織を作り縄張り争いを繰り広げまくる群雄割拠ともいうべきクソっぷりだった。

 俺がこの世界に来て間もない頃なんて、数えるのも馬鹿らしくなるくらいアホな組織があったものだ。まぁ不思議なことに? 数年もすればその数は激減してたんだけどな。政治を切り盛りし始めたリトリの手腕ってやつなのかな……俺も巻き込まれて何度しょっ引かれたか。


「はぁ〜……。お前の巻き添えで国からの監視が厳しくなった今更、こうも大きな抗争に発展するとはな」


 巻き添えってなんだよ。どちらかと言うと俺が巻き込まれてきたんだぞ。そりゃ「混ーぜーて♡」とはやったがね、皆ちょっと軌道に乗ると調子に乗ってやらかしよるのよ。


「お前と絡むと悪運にすら見放されるから最悪の『サ《自主規制》』ってみんな言ってたな」


 言ったやつ誰だ? ゴウカに頼んで殺してくるわ。


「ん? おおそうだ。ペペロンチーノ、お前ちょっくらあいつらのとこに遊びに行ってくれよ、そしたら勝手に破滅するだろ」


 俺の扱いが酷過ぎる。まるで不幸を運ぶ貧乏神みたいな口振りである。こんな可憐な妖精ちゃんにそんなマイナスパワーがあるわけないだろ。この俺はむしろ幸運を運ぶが、その結果調子に乗って滅ぶあたりがこんなスラム街でしかイキれんゴミっぷりを象徴してるんだよ。


「不幸そのものなんだよなぁ」


 そんなわけあるかい!

 ちょっくら証明してくるわ!


 そういうことになった。



 *



 俺の目の前で、落龍街の『双龍』とまで呼ばれた二つの組織のうちの一つ、その本丸がタケミカヅチと呼ばれるクソでかいマッチョな竜に破壊されている。

 タケミカヅチの頭の上に乗ったサトリ王は随分とご立腹で、俺の事を雷でなんか上手いこと宙吊りにしながらぷりぷり怒っている。


「今回は許さないからな! 魔女! お前の仲間は皆殺しにしてやる」


 俺の仲間認定されたならず者のゴミクズどもが、悲鳴に近い声を上げる。


「俺らは関係ねぇよ!」

「そいつが勝手に来たんだ!」

「許してくれェ! てか俺ら本当に何もやってないって!」

「確かにヤクは俺達が下ろしていたものだけどさぁ!」


 おいおい、こんな可憐な美少女が空中で電撃くらって小刻みに痙攣してるのに、誰一人庇おうって漢気のある奴は居ないのかよ? あばばばば


『サトリの所有物オトコに被害が行ったあたりでもう手遅れなんだよなぁ』


 タケミカヅチは可哀想なものを見るように眉あたりを下げ、しかし容赦なく足元のゴミどもを蹴り飛ばす。


「魔女ォ〜お前の弱点は特定済みだ、簡単に逃げられると思うなよォ」


 いかん、頭が痺れて《スキル》が上手く扱えない。電撃の威力をなぶり殺すにも弱い、ただ思考を乱すだけに留めるコントロール。まさかサトリのやつめ、プレイヤー対策を仕上げてきやがったな!


 俺が乱される思考のせいで身動き取れずにいると、バチバチと火花が俺の服を焼き始める。

 ?? 俺は困惑した。服だけが焼かれて、俺の可愛いヘソが見え始めた時点で何だか嫌な予感がする。破れた部分は上へ上へどんどん広がっていく。


「くくく、お前の可愛い乳を露出してやるゥ」


 !? こんな男どもが大勢いる中で!?

 流石の俺もたまげた。と言っているうちにかなりヤバい位置まで焼かれている。

 ぐおおおおっ! 気合いと我慢でなんとか大事なところを死守するため腕を動かす。こんな下賎な男共に舐める様に見られるなど、この俺のプライドが許さない!

 例えサトリに殺されそうなこの状況でも、下にいる男共は間違いなく見る。それが男の性というものだ。


「ウォオオオオオオ! タケミカヅチ! 『竜人化』だっ!」


 叫んだサトリが眩く輝き出し、タケミカヅチと融合して頭から双角を生やす。金の鱗が紫電を放ち、彼女の力はステージを上げた。

 その瞬間! 俺の《痛覚制御》を突き抜けて全身に痛みが走る!


 ぎゃああああ! な、な、ななんで!

 痛い痛いッ! このクソ色ボケ女何しやがるッ!

 痛みで更に思考が乱されて、露出されそうになってる股間とお胸を守る腕が離れようとしている。電気で筋肉が硬直しているのだ。《化粧箱》で肉体構造を変えようにも、思考がまとまらず上手く発動させてくれない。ただ思考が纏まらないだけならば、なんとか変身することはできたかもしれないが……竜人化してから、《スキル》にまで干渉する雷撃を放ってくるせいで俺は完全に無力化されていた。


「くはははは! 出せ! 出せェ! みんなに見せてやれェ!」


 誰がみせるかァァ!

 アッ、ヤバい、見えちゃう! そ、それくらいなら殺してくれ! 俺の大事なところはこんなゴミどもには勿体無いって! く、くそおおおぉぉ! 目を瞑れカス共ォ! 潰れろ! ワァァ! 瞑って下さい!


 じわじわと痛ぶるように局部を晒そうとしてくるサトリに、しかし本気で耐えられなくなってきた俺はやむを得ず負けを認めた。


 ごめんなさい! でもほんとに俺は悪くないんだって! 聞いて! 聞いて!


「うわ、顔真っ赤にして泣いてる……ふふっ」


 何笑ってやがるっ!

 ここに至るまでにはかなり複雑な事情があったんだって! 俺は勝手に語り出す。


 実はサトリの逆ハーレムの男、その一人が頭ふわふわしちゃうお薬の被害に遭ったわけだが、実はその男は本物のサトリのオトコじゃないんだ。


「……? つまり、どういうことだ」


 まずは俺が薬屋の親父にふざけたことを言われたので、抗争しそうになっていた『双龍』の片側、名前しらねぇけどその組織に出向いたわけだ。

 そしたらみんなさ、俺のこと邪険にするわけ。近寄るんじゃねえって。最近のスラム街の連中はみんなそう。ゴミのくせに、それ以上のゴミを見る目で近寄るなって。ぺぺさんムカついちゃって、あの手この手で侵入しようとしたわけ。

 でも、俺は弱いから……とりあえずプレイヤー雇って構成員のフリさせて、俺自身はカバンの中に隠れて忍び込もうとしたわけだ。


 すると、サトリの逆ハーレムメンバーの一人がその場に出くわしてしまってな……俺の顔を知っていて、かつサトリの友人だと考えた彼の行動は早かった。

 カバンに入る俺を見て、拉致されると思ったのか一瞬でそのプレイヤーをしばいて俺を鞄から解放してしまってな。

 まぁ俺も説明が難しかったから、その場は助けてくれてありがとうって一緒に帰ったわけだ。


「……話が見えてきたな」


 するとだな? 残されたプレイヤーはそりゃ怒ったわけだ。なんだあの男、と。


「いやお前にじゃないかな」


 プレイヤーを敵に回すと怖いぜ……。俺を助けた彼を、俺に近しい人間だと考えたそのプレイヤーはまず彼そっくりに変身した。

 しかしここにきてまた不思議なことが起きるわけだ。

 なんと、その場を見ていた例のゴミ組織の構成員が近くにいたんだ。それは奇しくも俺を入り口で追い返した男だった……そして近くにいたので、サトリの逆ハーレムメンバー男が俺のことを鞄から出しているところを目撃してしまうわけだ。


 悲しき誤解を生んだよ。構成員の男は恐らく、逆ハーレムメンバー男が俺の事を鞄に隠して組織に入り込もうとしている……と思ってしまった。

 これはいけないと、殺すつもりはなく……とりあえずそこにいた彼の首筋にヤクを打ち、無力化して連れて行こうとした。

 そう、打たれた彼とは、先程変身したプレイヤーだった。


 しかしまだ不思議なことは続く、何と次は更にその光景を見ていた者が現れたんだ。しかも偶然スラム内へ潜入捜査に入っていた騎士の一人だった。


 その彼が見かけたのは、仕えている仕事先のトップにあたるサトリ女王の囲う男が怪しいならず者に薬を打たれているところだ。

 これはいけない、と騎士は即座に制圧。更にすぐ治療にあたり、症状から何の薬を使われたのかを特定する。

 プレイヤーは基本的に人間の身体を模しているからな……薬による反応はほぼ人間と変わりない。


 これは大変なことだぞ、と。サトリ女王の男が害されたとなれば、これはもはや国賊だぞと。しかし事を荒立てるには判断材料が少ないと判断した騎士はまず彼を連れ帰り、上官に指示を仰ぐことにした。



 そしてそこからが、何ということでしょう案件だ。騎士団の医務室に連れて行き、医者と薬の種類を特定して、やはりスラムで流行っている薬だと判明する。そしてこの事実をどうすべきかと医務室で秘密の会議中に……サトリ本人がまたも偶然その話を聞いてしまったわけだ。


「じゃあ、まぁ私の男は無事なわけだ。なら皆殺しだけは勘弁してやるか。アジトは潰しちゃったし」


 俺の決死の説明のおかげでサトリは矛を収めてくれた。地面に降りてあられもない姿で息を荒くする俺を何枚か写真に撮ってから、肩をポンポンと叩いてくる。


「いやごめん。嘘はついてなさそうだし、お前の言い分を信じてみるわ。でも日ごろの行いが悪いせいだと思う」


 お前覚えてろよ!

 その後、俺を辱めてついでにスラムの裏組織を捻り潰したサトリは俺の言っていた通り無事だった自分の男を確認して、流石に悪いと思ったのか平謝りをしてきた。

 しかし俺の心は深く傷付いている。乙女の柔肌は安売りできないのだと懇々と説教するのであった……。



 *



 男は、物心ついた時から勝利に固執していた。そして、己が望むままにそれを手にしてきた。



 アルカディアの小国で生まれた彼は、自身が同年代の凡愚どもより優秀だと理解していた。知識や運動だけではない、何より頭の回転が違う自負がある。

 龍華の学校へ通っている時、この国こそまさに己の自尊心を満たすにふさわしいと気付く。

 何事も決闘で決める学校だった。それは力こそ全てを体現しているようでいて、龍華という国の馬鹿さ加減を象徴している風潮であった。


『正々堂々』を、どこか各々が誉としているのだ。しかし、例えば男に家族が人質に取られたことで精神を乱し負けた場合は、己の精神の未熟さ及び実力の無さを潔く認め相手を尊重するのだ。

 馬鹿正直に真面目に戦おうとして、男にそれを虚仮にされても負けを認める。



 バカの集まりだ。彼はずっと、今でも思っている。


 金も、地位も、権力も、女も、欲しいと思ったものは全て手に入れてきた。その為に例え周りの人間が不幸になろうが、彼には大切だと思える人間なんて自分以外にないから何も気にすることはない。


 邪悪、まさにそのものな男である。

 そして、何より彼には『強運』が味方していた。彼のやり方は、はっきり言って恨みを買う。そして勝負事とは時に運が敵となりうる。


 しかし、彼だけは違う。一度たりとして、運が敵になった事なんてない。例えば背中から刺されそうになっても、下手人は何かに足を躓かせて失敗した。上から物を落とされても、風が吹いて男から逸れた。



 やがて、成り行きから『邪龍会』と呼ばれる組織を作り、それならばとあらゆる悪事に手を染めた。古くからある『悪虎會』と並んで『落龍街の双龍』と言われる様になるのにも、たいして時間はかからなかった。


 だが男は耐えられなかった。自分と並び立つものなどいらない。龍は一つでいい。『悪虎會』を潰すことを決めた。



 そして、それは上手くいった。

『破滅の魔女』と呼ばれる厄介者を誘導し、子飼いのプレイヤーを協力させて『雷竜王サトリ』を引き摺り出したのだ。

 全て偶然に見せかけて、巧妙に彼が仕組んだ事だった。見事サトリの怒りを『悪虎會』に向けることに成功し───『邪龍会』に並び立つ全てが消え去った。



 男は考える。落龍街は支配した。

 次は、『国』に行くか……。

 彼が『邪龍会』本部の自室でほくそ笑んでいると、贔屓にしているプレイヤーが報酬を受け取りに来た。


「今回は良い働きだった、ほら持ってけ」


 仕事を果たした者には相応以上の報酬を与える。それはある意味男の美学でもあった。彼にとっては勝利が全てであり、財すらもそのトロフィーに過ぎないからこそ、手放すことに躊躇いがないのだろう。

 男が机の上に数えるのも億劫になる量の札束を並べると、プレイヤーはニヤリと口角を上げてそれを鞄に詰め込んでいく。そしていつもは雑談に興じるのだが、今日はそそくさと帰り支度を始めていた。


「どうした、珍しい。急ぎの用事でもあるのか?」

「あぁ、なに……この金には《死運デッドラック》が憑いてらぁ。早いとこ、使わねェとな」


 プレイヤーの何かを恐れる様な言葉。

 シュボッ、と男が葉巻に火をつけて小さく笑う。


「くくく、随分と焦っているな。運ねぇ……お前はそういうのを気にするタイプだったのか」

「……オレは、実は以前占い師をやっていてねェ。そうだ、あンたとは今回きりで、さよならしようと思ってる」


 プレイヤーのその言葉に、男は思わず身を乗り出しそうになる。男はこのプレイヤーのことを気に入っていた、故に報酬は惜しみなく与えてきた。


「ほぅ、何故だ。欲しいものがあるなら言ってみろ」


 自分のお気に入りが手元から去るのは男にとって耐え難い。そのプレイヤーが望むものは、出来る限り与えてやるつもりはあった。


「……いやぁ、あンたもアレと関わっちまったんだ。悪運が強いと自分で言っていたが、気をつけた方がいいぜ……これは忠告さ、オレはしばらく姿を消すよ」


 まるで足早と逃げる様に、プレイヤーは背を向けてくる。


「待て」

「そうさなァ、もう……気付かれちまってる。いや……アイツを利用しようとした時点で、『破滅』の運命に巻き込まれるのさ」


 破滅───。

 それはとある魔女が冠する異名でもあった。


 運命、下らない。それは男が虚仮にしてきたものだ。『正しい』道を歩んでいた、男の前に立った誰もが……男の手によって潰されてきた。

 どんな正義の騎士であっても、大切な女を壊せば心が壊れた。法律家もそうだ、家族なんて持つから男に利用された。

 運命とは、『悪』と評される力に微笑むのだ。


 腑に落ちないと眉間に皺を寄せる男に、プレイヤーは振り返り最後にこう言い捨てる。


「あンた、背中が煤けてるぜ」



 *



 空を飛ぶ鳥から糞が男の肩に落ちてくる。思わず舌打ちをして、近くにいた部下に拭き取らせる。

 龍華王国の抱える暗黒地帯、落龍街スラムで最大の反社会組織『邪竜会』のトップである男の一日はそんな不運から始まった。


「ボスもツイてないっスねぇ〜」


 部下の、何気ないその一言にふと頭をよぎる───既に袂を分かった、プレイヤーからの言葉。

 馬鹿馬鹿しい、男は自嘲気味に口角を上げた。確かに肩に糞を落とされたのは初めてだが、生きていればそれくらいのこと一度や二度はあるだろう。今が偶然、そのタイミングだっただけだ。



「なんだと……?」

「す、すいません! しかしなにぶん、初めてのことで……っ!」


 部下から『仕事』の成果の報告を受けていると、男は思わず顔を顰めてため息を吐いてしまう。

 なんでも、『お薬』を運ばせていた売人が蒸発したらしい。完璧主義の男はそんな事が起きないよう、人選にはかなり注意を払ってきたが……。


「現場には竜の痕跡しか残されておらず、もしかしたら……野良にやられたのかも」

「野良……。この龍華のお膝元でか?」


 野良とは、野生の竜の事だ。野生とはつまり知性を持たない『魔物』であることを指しており、竜は強力な個体が多いことから野良に襲われることは災害のようなものだとよく言われる。

 しかし、龍華王国の近辺では知性竜の数の多さから野良が現れることなんて滅多にない。知性がないと言っても本能はある、わざわざ自身が危険な地域に住む獣はいない。


「これは、もう不運であったと思うしか……」


 その言葉を最後まで聞かず、男は部下の首を斬り落とした。秘書に顎で遺体の処理を命じて、剣に付着した血を拭き取りながら男は次の用事を済ませる事にする。


(不運だと? あいつの言ったことが、本当だとでも?)


 次の用事とは、『農場』の見学だ。

 お薬を作るための葉っぱを栽培している農場に出向いた男は、担当者からの説明を受けながら農場内を視察していた。

 ふと、土が気になり男はひとつまみ掴んでみる。そして、匂いを嗅ぐ。


「……おい、すこしこの土を調べてみろ」

「え? は、はい!」


 そして約一時間後、この『農場』の全ての土が汚染されているという結果を知らされる。葉っぱの毒性が増し、とてもではないがお薬として運用できるレベルではない。使えて毒薬だろう。

 原因は水だ。上流で何者かが不法な魔法研究を行っていて、それを国が気付き視察が入った際に慌てて川に流したらしい。そのすぐ下流が、男の『農場』だった。

 葉っぱを育てる為には上質な水が不可欠だった。故に水の管理は徹底していたはずだが……よりによって今回に限って、人員交代中に件の毒が流れ込み全てが台無しになった。


 この農場は、いくつかあるものの中でも最大のもので、資金の調達に最も効率が良い『お薬』の生成に非常に問題を抱えることとなった。


「おい、全ての農場を今すぐ調べさせろ」


 男は嫌な予感というものを、生まれて初めて感じて秘書にそう命じた。秘書が慌てて指示を出しているのを横目に、『邪竜会』の持つ他の仕事の確認を自ら行う事にした。



 結果は、惨憺たるものであった。

 暗殺稼業は複数抱えている暗殺者の、最近仕事させていたほぼ全員が返り討ちにあっており重傷者や死者が多数。

 裏で流通させる武器やお薬のルートが物理的に魔物によって破壊されていたり、賊に襲われて駄目にされていたり、天災に巻き込まれていたり……。


 更には、表でさせていた『綺麗』な仕事も時勢が悪いとしか言えないような不景気で倒産寸前にまで追い込まれていた。


 これら全てがここ最近のことで、裏で何かが働きかけているのかといくら調べても、裏で何かがつながっている様子もないし、それぞれ不運としか言えないような事情だったりする。



「ボス……あの…….報告なのですが……」


 全てを調べ終わり、柄にも無く消沈していた男の元へ農場の件を任せていた秘書が帰ってくる。

 力無い言葉に、またかと思いつつ報告を聞くとやはり農場の全てが、それぞれ別の理由で運用ができないレベルになっていた。


「バカな……そんなわけが……」


 思わずそう呟くが、ともかく状況を好転させる為にも男は自ら動く事にした。

 まずは、小さいくせに裏切ってお薬を横流ししていた組織へお礼参りだ。男自らが先陣を切ってカチコミへ向かう。彼は、腕立つ上に……まるで神風に守られているかの如く飛び道具が当たらない。


「ぐあぁっ!」


 故に、カチコミ先の組織の構成員が放った矢が肩を貫いた時、男は情けなく声を上げてしまった。

 慢心はなく、男自らが矢を叩き落とそうと剣を振るった時の事だ、偶然矢羽に付いた傷が軌道を変え、偶然男が意識を薄くしていたところへ刺さったのだ。



 木っ端な組織を潰した後、治療を受ける男に闇医師が悲痛な声を出す。


「ボス、不運な事に、当たり所が悪く障害が残るかと」


 男はかつてない憤りを感じて壁を殴る。こんな、こんな事があってたまるか。不運、そんな言葉でこれほどの屈辱を身に受けるなど、認めてたまるか。



 破滅。かの魔女が裏で手を回しているのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。あの魔女が潰した組織は数知れず、我らが裏の世界の人間からは国からの密偵とすら疑われている。


 これほどの、手腕なのか。


 男は、生まれて初めて感じる強い怒りと共に自然と口角が上がっている自分に気付く。彼にとっては、かつてない強敵なのだ。人生という勝負の舞台に現れた、最大の強敵。


 男は勝利に固執している。


 不運などという、弱者の言い訳を自分が使うわけにはいかない。


 彼は、勝利する為にどんな手だって使う。



 *



 ぺぺさんは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のゴミクズ野郎を除かねばならぬと決意した。ぺぺさんにはそいつが誰なのか分からぬ。ぺぺさんは一般的プレイヤーである。笛を吹き、羊(意味深)と一緒に遊んで暮らしてきた。けれども邪悪に対しては、人一倍敏感であった。

 何故なら清廉潔白という言葉はぺぺさん、つまり俺に相応しい言葉であり、そんな俺を利用したゴミクズ野郎がこの世に存在することなど許してはならないのだ。

 でも掲示板で、俺を利用して敵対組織を潰した奴がいるよ(笑)とリークしてきたプレイヤーは詳細を教えてくれなかった。多分わざとだ。楽しんでやがる。

 俺はサトリに想像を絶する恥辱を与えられたが、その原因こそ件のゴミクズであるという。


 とりあえず、傷心から龍華を離れていた俺は野を越え山を越え十里離れた落龍街スラムへやってきた。

 歩いているうちに俺はスラムの様子をおかしく思った。もう既に日も落ちて、スラムの暗いのは当たり前だが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、スラム全体が、やけに寂しい。のんきな俺も、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、以前はそこら中にゴミクズがのさばっており賑やかであったはずだが、と質問した。

 若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いてジジイに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。ジジイは答えなかった。

 俺は両手でジジイのからだをゆすぶって質問を重ねた。ジジイは、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。


「ボスは人を殺します」

「なぜ殺すのだ、てかボスって誰だよ」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ」


「見つけたぞォ! 破滅〜ッ!」


 こんなスラムで悪心抱いてねぇ奴いないだろと思ってたら、なんか知らんボロボロのおっさんが狂気を目に宿して、俺を指差しながらこっちに向かってくる。左手には血濡れの剣が握られていて、右手は怪我でもしてるのかだらんと力無く垂れている。


 えっ、やだ怖い。俺は普通にビビった。だって目が据わっているのだもの。なんか足も引きずってるし、返り血と……多分自分も怪我してるのか自身の血も合わさって全身に血を纏っているのだ。


「全て、全てお前の仕業なんだなッ! そこのジジイもお前の手先かァーっ!」


 ヒステリックに叫びながら、引きずる足で血の跡を残しながらこっちに向かってくる。ゾンビかな?

 ジジイが悲鳴を上げながら逃げていく。俺も逃げようかな、と悩んでいると、近づいて来る男の頭にどこからか降って来た鉢植えが直撃した。

 そのまま地面に崩れ落ちる。死んだか?


「やっべ〜。落としちゃった〜。うわっ、下に人いる……」


 鉢植えを落とした張本人は事故だったのかヘラヘラした顔で窓から顔を出したが、人に当たったと気付いて慌てて逃げていく。



 なんか、怖いなこの街。

 俺のヒートアップしていた頭が冷えていくようだった。決してビビったわけではない。しかし復讐は何も生まないのだと、それを果たす前に気付くことができたのだ。

 俺は逃げるようにその場を去った。やっぱスラムは駄目だわ。リトリに早くなんとかしろって伝えなきゃ、そう心に誓って、夜寝る時に目の据わったボロボロのおっさんが夢に出てこないと良いなぁと思いながら走る。


 走れぺぺさん。


 終。





 後日モモカさんの喫茶店で寛いでいると、とある噂話を聞いた。なんでも、落龍街を支配していた二つの組織が『破滅の魔女』によって壊滅したらしい。俺そんなことしたっけ? と首を傾げる。

 なんか、サトリが潰していたが……二つもあったっけ? まぁあんな街のことなんてどうでも良いか。


 窓の向こうには突き抜けるような青の空。

 やはり俺にはお天道様が照らす道が相応しい。


 怖いのでしばらく落龍街に近付く気は無かったので、その噂話の事はすぐに俺の頭から抜けていった……。






TIPS

ぺぺさんは本当に何もしてません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「あンた背中が煤けてるぜ」は、「ハードラックとダンスっちまった」と、同じくらい人生で一度は、使いたい言葉だじぇ!
[良い点] どう考えても何もしてないほうが怖い
[一言] いつかビッチのサトリにぎゃふんを言わせたいね
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