第120話 断界の処女vsぷち子
一触即発ってか、もう発しちゃったTSLA対『武鉄の乙女達』。
変態達VS変態達の戦いはおそらく血で血を洗う不毛な戦争へと達してしまうだろう。それはかつてのアルカディア大戦の悲劇を思わせ、その役者達が迷宮都市の人間だと考えると被害は計り知れないものになるのかもしれない。
『待て』
殺気立つ面々。荒れ狂う濁流が如きこの状況は誰にも止められないかに思われたが、しかしたった一言、きっと本人はそれ以上の意味は込めていないのに、その存在が持つ圧倒的な界力がこの場の全てを黙らせた。
全身鎧の集団から、一際大きな鎧が歩み出てくる。一歩一歩が、まるで空間を揺さぶるような錯覚さえ思わせた。
魑魅魍魎がひしめく迷宮都市の探索者。その頂点と目される三人の超越者。その一人であり、クラン『武鉄の乙女達』が首領。
断界の処女……もしくは『閃剣』と呼ばれる彼女は無言でクランメンバーを下がらせてTSLAの前に立つ。
『フロイラインからは、私一人が出よう。貴様達からもまた、一人代表者を出すといい。無駄な犠牲を出す必要はない。首領同士決着をつけて、それでこの件は終わりにしよう』
それは犠牲を減らす最善の提案に見えて、その実一方的な武力弾圧であった。『閃剣』の実力は同じ迷宮都市で生きる探索者なら疑いようもなく、並び立てる者は仙鬼か千壁しか居ないだろう。
すなわち、TSLAに彼女に匹敵するメンバーは居ない……。しかし、敗北が目に見えているというのにTSLAから一人が前に出た。
「くくく、随分と、自信をお持ちのようで……お前の実力は認めてやるが、かと言って私が劣っているとは思えないんでね……」
紙袋を被っている為誰なのかは分からないが、TSLAの中でも一番の実力者らしい男が一目で『魔剣』と分かる圧を放つ剣を肩に置いている。構えらしい構えではないが、彼にとって自然体であることがそうらしい。いつでも来い、彼の立ち振る舞いがそう語っていた。
『その魔剣は……なるほど……いや、名を言及するのはやめておこう。こちらも顔を隠しているのだ、フェアでないな』
対して、『閃剣』はただ一歩前に出る。その手には何も持たず、しかし鎧の一枚下からは爆発するような闘気を漲らせていた。譲れない、戦いがここにあるのだ。
もう一歩、『閃剣』が足を進め───TSLAの魔剣男が受け太刀をするように剣を盾にした。
『見事だ。よく反応した』
気付けば『閃剣』は剣の切っ先を地面に置いていた。苦痛に歪めた女の顔がシンボルの身の丈以上の大剣が、役目を終えたと無言で語っている。
『制圧』
TSLAの魔剣が、まるで紙細工のように裂けていた。彼女の代名詞とも言われる大剣を神懸りの技術で振り抜き、本来巨大な質量が高速移動する事で発生させるエネルギーを寸分違わず『斬る』事のみに集中させる事で、周囲に一切の影響を及ぼす事なく対象を破断する。
「ぐ……っ、うおおっ……」
そしてその化け物染みた『技』を、一番に思い知ったのは魔剣(元)男だ。自身の身体には傷一つないが、たった一撃(見えてないから多分)で戦意を喪失させられた。
『私達はよく、様々な人達から揶揄される事がある。しかしね』
スッと、まるで風船の如き軽やかさで彼女は大剣を持ち上げ突きつけた。
『皆、この剣を抜いて見せれば黙って認めてくれたよ』
それは認め『させられた』の間違いじゃないですかね? この場にいる全員がきっとそう思ったが、誰も文句は言えなかった。
チラリと、『閃剣』はスピアちゃんの方を見た。ビクリと身体を震わせるスピアちゃんに対し、多分だけど兜の下で微笑んで見せた。
『言葉にせずとも、伝わるのだろう……BLが嫌いな女子などいない。とね』
「わた、俺は男です……」
ランスくん時代から強い奴には弱いスピアちゃんは、自身が絡まれている集団のトップが一際ヤバい奴である事に絶望して顔は真っ青で小鹿のように膝を震わせていた。
ちなみに俺の横に立つ赤い髪の男も、ブルリと身体を震わせて感極まった声を出していた。
「素晴らしい……ッ! プレイヤーの観測能力を極限まで高めて尚、その斬撃が捉えきれないとは……っ!」
うわっ、めっちゃ喜んでる……。俺はレッドから一歩距離を取った。
感極まりすぎたレッドは耐えきれなくなったのか剣を抜き放ち宣言する。
「魔法結界」
そして死んだ。縦に真っ二つに割れて地面に崩れ落ちる。しかしレベル消費による即時再生を用いて巻き戻し再生みたいに生き返ってくるが、今度は横に真っ二つになって地面に落ちた。
そんな感じのやりとりを何回か繰り返すと、流石にレベルが尽きたのかレッドは光の粒子となって消えていった。
『先生、殺しても構わなかったですかね?』
俺の近くに立っている『閃剣』が戸惑いがちに聞いてくる。
全然良いよ。なんなら街中で見かけたら問答無用で切り裂いてやって下さい。
俺がそう言うと、少し嫌そうな雰囲気を出して元の場所に戻っていった。
『さて……ランス殿は我々がその身柄を預かる、という事でよろしいかな?』
仕切り直して、『閃剣』が言うとTSLA側からは悔しそうに歯を噛み締める音だけが聞こえてくる。先程の魔剣男は膝から崩れ落ち、敗北に顔を俯かせている。きっと彼が最高戦力だったのだろう、彼らにもう勝ち目はなかった。
勝負は決した。誰もがそう考えた。
しかしここにきて、数人の……プレイヤーが前に出た。
『……いいだろう。なんなら全員でも構わん』
一対一じゃなくても全く問題がないと『閃剣』が身構えるが、プレイヤー達は何故かお手手を繋いでいて、雰囲気からも戦う意思はなさそうだ。
「俺達は、代理を立てる。だがアレはある意味俺達の総意でもあり、すなわちTSLAの一員と言える」
何を言っているのか分からない。フロイライン側が首を傾げていると、プレイヤー達は突然手に持った刃物で首を掻っ切った。
「来いっ……! 不死なるプレイヤーズギルドッ!」
え? そんな感じ?
命を捧げた意味はあるのかないのか、地面に出来た血溜まりからヌルっとぷち子が這い出てきた。
そのまま首を切ったプレイヤー達を身体に収納し、相変わらずの感情が篭っていない目で『閃剣』を見る。
『なるほど』
《遥か故郷は遠き牢獄》
ボソリと『閃剣』が呟くと同時に、ぷち子は腹から数本の触手を飛び立たせて彼女を絡め取ろうとする。かつての《牢獄》と比べ相当に弱体化したものだ。
しかし囚われると厄介になりそうな気配は感じる。『閃剣』も同じ事を感じたのか、触手を全て《魔力》を相当量込めた剣で斬り払う。
『むっ!?』
初めて『閃剣』が動揺した声を出す。なんと彼女が持つ大剣の刃が、まるで虫喰いのように欠けているのだ。
《それは純粋な食欲》
世界の狭間にいた事で副次的に得た《牢獄》と違い、不死なるプレイヤーズギルドが唯一持つ《力》であり、存在そのものでもある《固有魔法》。
界力を取り込むだけのシンプルな、この世界のあらゆる『全て』を喰らい尽くす最悪の力だ。
それは『閃剣』の持つ、如何なるものを斬っても刃こぼれ一つないという魔剣も例外ではなく、まるでそこには元から何もなかったかのようにぽっかりと欠けていく。
ぷち子の右掌の表皮が鱗が落ちるように脱落した。中身は空洞のようで半透明の膜のようなものがあり、すなわち不死なるプレイヤーズギルドの真の姿に近いものがある。
つまり、今ぷち子の右手は《それは純粋な食欲》と化していた。
ぷち子が、大地を強く蹴って加速した。真っ直ぐ、『閃剣』に向けて右手を突き出す。触れれば如何なる存在をも喰い尽くすその手をだ。
それに対しての、彼女の反応は速かった。手に持つ剣に、ただただ『大きく』魔力を、否───界力を込めて振るった。
ぷち子の半身が吹き飛ぶ。同時にこの場にいるプレイヤーが二体ほど消し飛び、気付けばぷち子の身体は再生している。しかし衝撃で『閃剣』から大きく距離を空けられたぷち子は、その勢いのまま手近にいたプレイヤーの頭を掴んだ。
「ぐあああぁぁ!」
メキメキメキィッ! とぷち子に触れられたプレイヤーが肉体を変形させる。そして鉄の塊に似た質感の物に……。
「サブマシンガン!?」
「ウージー短機関銃だ!」
まだまだ残っているTSLAとフロイラインに所属しているプレイヤー達が僅かにざわめく。ぷち子は宙を舞いながらその手に持った短機関銃を軽快にぶっ放した。
ガガガガガガガ!
火薬はどこから用意したんだよ……。もはやツッコミが追いつかない。多分《化粧箱》の応用なんだろう。攻撃速度は実際の銃にも劣らず、しかし『閃剣』は銃弾を剣で消し飛ばす。
一発、消し損なった銃弾が彼女の兜を掠めた。すると、銃弾が通った場所だけ削れて無くなってしまう。
まさか、あの弾一つ一つが《食欲》なのか。
俺を含めた、その事を理解した者達が息を呑む。『閃剣』の強さは疑うべくもない。しかし、まさかプレイヤーの母体であるぷち子にこれほどまでの戦闘力があったとは。
ちなみにその辺を飛び跳ねながら銃を撃つぷち子は何度もその肉体に剣を受けており、その度にこの場にいるプレイヤーが身代わりになっているのか消し飛んでいく。
やがて『閃剣』の刃がぷち子の持つ短機関銃を捉えた。銃の作成にわざわざプレイヤーを掴みに行った辺り、武器の生成はぷち子単体では行えないのだろう。
崩れゆく銃を見つめ、興味を無くしたように投げ捨てたぷち子は一度立ち止まり、全身から脱力した。
『……この姿を晒すのは、仙鬼や千壁以来だ』
ぷち子の銃弾をいくつか躱し損ったせいで着込んだ鎧は虫食いが目立つようになっていた。そんな彼女は、一度剣を地面に刺して息を吐く。
ぷち子と『閃剣』、双方とも……次の一撃を構えているのだ。
バシュンッ。全身鎧の繋ぎ目全てから、一瞬だけ蒸気が噴き出した。そして各部位ごとに鎧は浮き出して、自然落下に任せて脱げ落ちていく。
おおっ! と、誰かが歓声を上げた。もしくはこの場にいた全員かも知れない。『閃剣』、今では『断界の処女』と呼ばれる彼女の代名詞とも言えるのが特徴的な大剣に加えてその容姿全てを覆い隠す全身鎧だ。
ついに、あの全身鎧の中身が……! TSLAもフロイラインも全ての因縁を忘れ、一瞬だけ同じ気持ちを共有した。図らずも自分達は背負う業が違うだけの、同じ人間なのだと感じられた。
ぷち子の身体が爆ぜるように膨らんだ。四方八方に半透明の触手を伸ばし、その全てが一瞬で斬り伏せられた。
疑問に思う暇すらなかった。遅れて鎧を構成していたパーツが地面に落ちて甲高い音を立てる。
ぷち子の本体が、触手を全て斬られて宙に浮いている。その身体が、一瞬で細切れになった。
やはりと言うべきか、ぷち子は近くにいるプレイヤーを消費して再生する。だがダメージに比例するのか流石にバラバラ状態からの復活には二桁分のプレイヤーを消費した。
そこまでしたぷち子が、再生した側からまた細切れになる。またプレイヤーが消えていき、また再生して細切れにされたところでぷち子はいつの間にか俺の横に立っていた。
「まま、かてない」
そ、そうか……。やめとけば……?
「そうする」
そう言ってぷち子は大人しくなった。感情の一欠片も篭っていない瞳でぼんやりと俺の横で立ち尽くす。戦いは、どうやら終わったらしい。
周囲は異常な沈黙に支配されている。皆の視線が、一人の人物に吸い寄せられて固定されていた。
輝く銀色の髪はクセのひとつもなく、肩先あたりで整えられている。横に流すような前髪から覗く髪と同じ銀色の瞳は海面反射の如く光を弾く。
大きくて切れ長の瞳が、ふっとフロイラインのメンバーに向けられた時、彼女達は皆が息を呑んでたじろんだ。彼女達の価値観が塗りつぶされる。
大雑把な表現をすれば、イケメン。高い背と均整のとれたプロポーションは女性的でもありながら、首上のとてつもなく整った中性的な顔と合わさる事で目の合った女性全てを虜にしかねない魅力を放っていた。いや、女性だけではなく男性も含めてだ。
空気が凍ったままで、身動きを取れるのは『断界の処女』一人だけ。優雅な動きで全身鎧の兜を拾い、スポッと被る。
誰かがホッと息を吐いて、ようやく時が動い出した。
『……みな、今見た事は忘れて欲しい』
恥ずかしそうに俯きながら、鎧の下に着ていた肌着に包まれた身体をモジモジさせている彼女はなんか変な性癖を目覚めさせそうな姿だった。
顔が隠れた事でなんとか意識を現実に戻した者は多い。ようやく話が前に進むと思われたが、でもなんとなく俺は『断界の処女』に近付いて兜を外してみた。身長差は《化粧箱》で脚を伸ばせば歪だがなんとかできる。
「ちょっ、やめて下さい、『堕天』。斬りますよ」
兜を剥がれると少しキャラが変わるらしい。しかしなんということか、生の声は細胞一つ一つに染み入るような、とてつもなく色気の持ったものだった。証拠に偶然その声を聞いてしまったこの場にいる女性陣の殆どが情けない声を出して顔を赤くしている。いや、男もだった。
俺の手から兜を奪い、もう一度被り直した彼女はため息をつく。
『……私が鎧を着込む理由をわかってくれただろうか。仙鬼や千壁のような連中ならともかく、まだ"途上"の人間には、私自身が毒になるのだ』
途上とはおそらく迷宮への呪縛の進行度の事だろう。コイツらは平気でそういう表現をする。
俺は神妙に頷いた。人を魅了する容姿は、人を狂わせる武器となる。k子なんかもその辺をよく悪用する。だが時にそれはコントロールできるものではないと思い知らされる。
俺は『断界の処女』の心中を察した。でもなんか商機を見たなって感じがする。多分この場にいた連中は、街に戻った時に彼女の事を噂すると思う。それは隠し通せるような類の衝撃ではなかったはず。
彼女の手を握り、俺は何度も頷く。
大変だったな……フロイラインの運営にも影響が出てしまう事になって申し訳ない。
『……まぁ、そうなるだろうな』
クラン『武鉄の乙女達』は一部の特殊性癖持ちが集まった集団であり、それは例えるなら宝塚が好きな人間とは異なるものだ。
しかし、『閃剣』としての圧倒的な戦闘力を魅せられた後に、『断界の処女』のあまりに蠱惑的な生身を魅せられた結果……フロイラインのメンバー達、彼女らのアイデンティティは崩れ去った───全員がそうとは限らないが、崩れ去ったメンバーは少なからず居るだろう。
俺はうんうんと頷きながら懐からカメラを取り出して、彼女に向けてキメ顔で言う。
「俺が何とかしてやる。なので写真を撮らせてくれないか?」
撮らせてくれなかった。
*
「はぁ……『閃剣』様……」
機械でできた竜人の持ってきた珈琲を一口も飲まず、目の前でモモカさんはうっとりした顔で頬杖をついていた。
俺はその様子をなんとも言えない顔で見つめて、珈琲をひと啜りしてから手に持った雑誌に目を落とす。
『断界の処女の中身は凄まじいイケメンだった!?』という見出しが一際デカデカと書かれた、表紙いっぱいに怪しい文章の見出しが並ぶ、迷宮都市内屈指のゴシップ誌だ。
今回は写真付きということで、今までにない爆発的な売上を記録している。男女問わず『断界の処女』の中身を見るべく購入し、胡散臭く思っていた人間も口コミからそれが真実だと知り購入する。需要にあまりにも追いつかないため増刷に増刷を重ねているらしい。
余談ではあるが、俺は関与していない。カメラは破壊されたのだが、俺達プレイヤーの中には他プレイヤーの視界をジャックできる奴が居る。
そして、最初の頃と違いそれをプレイヤー間でだけ使用できる掲示板に画像として投稿することもできる。
更に、プレイヤースマホ化騒動の辺りから掲示板を外部へ出力する可能性が示され、《化粧箱》の応用で人間プリンター出力機となったプレイヤーが作成した原本を利用して雑誌に載せる事すら可能になったのだ。
恐ろしい時代が来た……。俺は戦慄した。かねてよりプレイヤーが持つ最も厄介な能力ははその情報収集及び共有能力だと考えてはいたが……ついにその頭角を表し始めたのだ。
現状、他プレイヤーの視界を盗み見る事ができるのはぽてぽちだけなので、文句を掲示板を通して送信すると、《そんなことあったっけ?》と本気で思っている様子が返信されてきた。
一体、何者がぽてぽちに依頼してあの時あの場にいたプレイヤーの視界を出力したのか……一枚噛んでおけばよかったと悔しくなるが、下手な所から恨みを買うよりは良かったのか? と思い直す。
カランカラン。
店に新たな客が入ってきた。チラリとそちらを見ると、大きい全身鎧が真っ直ぐこちらに歩いてくる。
なんで近付いてくるんだアイツ……? そう思ったのも束の間、気付けば俺の首が吹っ飛んでいた。
それをすかさずキャッチして、切断面に置いた俺は誤解を晴らすために口を開く。
待て、多分お前は勘違いしている。今回この雑誌の件についてお
だが喋り終わる前に今度は縦に真っ二つにされた。左右から切断面を抑えて、俺はキレる。
話は最後まで聞け!!
『先生、貴方の言葉は聞かないほうがいいと教わった』
誰だそんなこと言ったやつは!
誤解で何度も惨殺されてはかなわないので、俺はなんとかして無実を証明したいが『閃剣』とはよく言ったものだ、俺の口が回るよりも早く斬ってきやがる。
チラリとモモカさんに視線で助けを求めると、彼女は目をハートにしてまるで祈りを捧げるように全身鎧を見上げている。なんて使えない人だ……。
『フロイラインは壊滅状態……なるほど破滅の魔女という異名はここからきたわけだ』
ここでは堕天なんだけどなぁ。
しかもフロイライン解散危機問題は、頭目がカッコ良すぎて性癖破壊され改宗した奴らが多いってだけの話で、まだ解散までは行ってないはず。
今回の件は俺じゃないんだよぉ〜。メソメソと泣きまねをするが、全く信じてくれない。
『皆が、やりそうなのは先生だと言っていた』
今回は間に合わなかったんだよなぁ。思わずこぼした俺の言葉に僅かに首を傾げ、でもやっぱりとりあえず斬っとこうと俺の首スレスレで剣を止めた。
「まぁまぁ、許してやれよ。メーデ。その全身鎧を脱ぐいいチャンスじゃないか」
いや、止めたのではなく、止められた。
まるで今この瞬間にその場に発生したかのような自然さで、俺の後ろにいる男が剣を指で止めていた。
「センキさん!?」
横でモモカさんが素っ頓狂な声を上げている。後ろにいた仙鬼はモモカさんに手を上げてからウインクをすると、当然のように俺の隣に座る。
『仙鬼……久しぶりだな』
「ああ。君の剣が壊れたと聞いてな。新しい剣を迷宮に探しに行こう」
まるでコンビニに行こうぜくらいの感覚で迷宮を誘ってくる仙鬼に、メーデと呼ばれた閃剣は露骨に嫌そうな雰囲気を出した。
『断る。私はクラン運営に忙しい』
「そっちも上手くいってないって、聞いたよ。お遊びはやめて迷宮に早く行こう」
その瞬間、閃剣の方から凄まじい殺気が放たれる。
『殺すぞ、ロリコン』
「千壁も誘うさ、モモカも行くだろ?」
グイッと、モモカさんの腰に手を回して引き寄せる仙鬼に、怒りが沸点に達したのか閃剣は構えた。
『爆閃華』
「瞬間臨地・山」
俺が捉える事ができたのは、仙鬼の左手が閃剣の剣を掴み、逆の手を彼女の腹辺りに置いている。
その一瞬の静止画のような光景だけだった。
次の瞬間には、全身鎧が風に煽られるビニール袋のようにぶっ飛び店の壁を粉砕して外に出ていて、仙鬼の左手には僅かに切り傷が残されている。
「流石に、メーデの剣は流しきれないな」
どこか嬉しそうに仙鬼は呟くと、全身鎧が吹っ飛んだ方へ追いかけるように歩いていく。
「おっと、店長。これは迷惑代だ、受け取ってくれ。モモカ、またな」
最後に振り返り、竜機人の方を見て懐から取り出した袋を無造作に地面に置き、モモカさんをチラリと見て仙鬼は去っていった。
袋の中身は、迷宮で手に入れた財宝だ。飛び付いた俺が中身を確認すると、凄まじくレアな物がたくさん入っていた。
お、おお……っ、この魔道具は高く売れるぞ……っ。
「くっ。センキさんはサトリちゃんと子供を捨てたダメ男……くっ」
抱き寄せられて満更でもなさそうだった顔のモモカさんと、目を輝かせて地面に落ちた袋を漁る俺を見て、店長である竜機人がボソリと呟いた。
「迷惑料払うだけマシだな……」
こら、機械音声っぽく喋らねぇか。キャラ忘れてんぞ。
ちなみにランスくんはどさくさに紛れて逃げた。
TIPS
閃剣表記と断界の処女表記に大きな違いはないが
戦闘中に断界表記は長いのでテンポが悪くなると神様が言ってた。