第115話 ヒズミさんは語りたい
不死の身体を持つプレイヤー達。
その中で最強は誰かと聞けば、皆が同じ名を答えるだろう。
異質な才能を持った人間が集められた……と考えられるβテスター、彼らはその才能をより際立たせ発揮する役割を与えられた。
プレイヤーズギルドに経験値を積ませ、それを全てのプレイヤーに還元する為だ。
故に、βテスターは『癖』の強いプレイヤーが多い。そのほとんどが人格破綻者だと言われている。一般的な感性というものからかけ離れており、時折認識している世界が違うのではないかと感じることがある。
そんなβテスター達が……大人しく一度は従った狂気、それがレッドという男だ。
*
レッドに最も合う職業は、おそらく狙撃手だろう。狙撃のチャンスは一秒にも満たぬ一瞬だとして、それに条件を加えて身動き一つ取らず引き金を構え続ける事とそのチャンスがいつくるかわからない……そんな状況だとしてもレッドならば、数十年単位かけてもそれを成し遂げるだろう。
つまりはそう、思わせる狂気がヤツにはあった。
そしてそれを可能にするのが『プレイヤー』の肉体だ。先程の条件を仮に人間が行おうとすれば、食事や睡眠などといった生理現象や筋肉の硬直によるパフォーマンスの低下が発生する。それは『生き物』の構造上仕方がない事だ。
しかし、プレイヤーならば極論いつまでも全く微動だにしなかったとして何も問題がない。それは俺達の身体があくまでも人間の肉体を模しているだけの、その実もっと曖昧なものだからだ。
といったところで、普通のプレイヤーは……レッド以外のプレイヤーにそんな事は不可能なのだ。
何故なら俺達には肉体を動かす精神があり、その精神は人間と変わらないものだから。
つまり『暇』に耐えられない。何時間も狙撃銃を構えるだけで飽きてくる。それこそ本来ならもうどうしようもない事なのだ。
プレイヤーがレッドを恐れるのは、そこだ。
例えば今俺が辺りが暗く夜になった為に、就寝しようとしている。しかし、ベッドの横で俺が逃げないようレッドが目を光らせているとする。
その場合、レッドは本当にそのまま目を光らせたまま朝を迎える。腕を組んで身動き一つ取らず俺を監視するだろう。俺が自殺してセーブポイントに逃げたとしても、ヤツも同じ事をして追いかければ良い。俺の出来ることは、プレイヤーの出来ることは基本的にレッドも出来る。
なので俺がレッドから逃げる際は、俺を監視していることよりもヤツが興味を持つ他の事へ誘導するのだが……。
「天体魔法、俺達がこの世界に来てまず目の当たりにした『魔法』とそもそも成り立ちが違うらしい。いや、むしろ『魔法』の成り立ちこそが特殊で、天体魔法こそこの世界における……」
真っ暗な部屋で寝ようとしている俺にブツブツと、どこかウキウキした様子で語り始めるレッドに俺はイライラを隠せない。
寝ようとしてる女の横でごちゃごちゃと、常識ねぇのかコイツは……。
じゃかぁしぃわい! 俺がキレると、レッドはフッと鼻で笑ってくる。
「ぺぺロンチーノ……プレイヤーに睡眠は必要ない。生物としての母体が別にあるからだ。母体が睡眠を取っている様子はないがな。いやしかし、もしかすれば俺達プレイヤーが睡眠を取ることによって母体が睡眠を取らなくても良くなるのかもしれない」
なんだ? なんの話だ……? 俺は話しかけた事を後悔した。
「グリーンパスタと話になったんだが、俺達は母体の分身でありつつも、母体とは相互関係にあるのではないかと」
いやこれ聞かなくてもいい話だわ。俺は無視して寝る事にした。お前が何をどう言おうとも俺は寝る。睡眠は性欲・食欲に並ぶ三大欲求の一つ……つまり快感なのだ。
俺は《化粧箱》で耳の鼓膜を消し去って寝た。
『そうなってくると、不死なるプレイヤーズギルドと俺達に大きな差はなく、プレイヤー誰しもが母体となり得る……』
こいつ……っ! 脳内に直接……ッ!?
*
龍華には最も高い山が二つある。
最もなのに二つとはどういう意味だと言われてもなんかその辺はそういうノリがあるじゃん。双子山なのかもしれない。しかし別に並び立っているわけではない。
まぁそれはさておき、片方は龍王ってのが住んでる……かつて俺も流れ着いたことのある、知性ある竜達が住む山だ。ゴウカとかも普段はそこに住んでいる。
ではもう片方は何か……その答えを、今から俺はヒズミさんとレッド、更に無限も加えた四人でそれを確かめに行く。
全員プレイヤーという、なんとも頼りない編成だ。グリーンパスタやぽてぽちはどうしたのかと聞けば、前者は忙しくて後者は興味がないから行かないとの事だった。筋肉ハングライダーは誘ってない。
ジャリ……。
踏みしめた砂利が足場の悪さを物語る。
麓に辿り着いた時、見上げた山肌の木々はまばらでもはや禿山という表現が良く似合う。
ここか……! 俺は先頭に立って語気を強くした。高い……! こんな所を登るのか? 見る限り身を隠せそうなものは少ない……強力な魔物と遭遇した場合、どうやって逃げる? 俺が逃走方法を色々考えていると、ヒズミさんがそんな俺を通り越して歩き出す。
「何も頂上までいかなくても良いはずだ。とはいえそれなりに登る必要はあるだろう。準備はいいな?」
そう言ってヒズミさんが俺達の荷物を見る。まず剣以外持っていないレッド。一見手ぶらだがふとした拍子に身体のどこかから謎の金属音が聞こえる無限。そして手ぶらの俺。
服装は、ズボンにシャツのレッド。少しダボついた上着にハーフパンツ、その下に黒タイツを履いた無限。そしていつも通り漢服にも似た白い細身ワンピースで可愛い俺。
登山愛好家の爺さんが見かければ一時間は説教してきそうな格好だ。山を舐めているとしか思えない。ヒズミさんもそう思ったのかため息を吐いて頭を抱えた。
「お前らな……飯すら持ってきてないじゃないか。てかペペロンチーノお前、プレイヤーに飯が要らない論のレッドは頭おかしいって言ってた癖に手ぶらかおい」
そりゃあヒズミさん、死ねば手荷物は全部無くなるしな。持つ意味ないじゃん。
余談だがヒズミさんは身体のラインがあまり出ないいつも通りの黒い服だ。もちろん手ぶら。
「ふっ。問題ない。どうしても食事を取りたければ現地調達すれば良い」
「レベル大分上げてきたからなぁ。魔物狩るぜー狩るぜー」
腰の剣に手を置いてドヤ顔をするレッドにどこからか取り出したヌンチャクを器用に振り回す無限。全く心強くないが、やる気は充分だ……っ!
いくぞッ!!
登り始めて数分、ぺちゃくちゃとどうでもいい事を談笑しながらピクニックもかくやという雰囲気で歩く俺達一行の前に、砂利を踏み鳴らして突然巨大な影が。
巨大とはいっても、まぁ体長三メートルくらいだろうか。岩のような甲羅を持つデカイ亀だ。眼は怪しく赤く発光し、口から漏れ出る瘴気はどこか見ていて妙な感覚がする。毒かな?
「ストーンタートル……!」
ヒズミさんが言うと、レッドは剣を抜いて無限は身構える。
『貫け炎』
ヒズミさんが右手を振るいながら詠唱。
『迸れ雷光』
続いて左手を振るいまた詠唱。虚空に炎を凝縮したような槍が生まれたかと思えば、空気中に火花が散る。腕くらいの太さをした雷が一瞬で亀の顔面にぶち当たると、口から漏れ出ていた瘴気が引火性だったらしく小さく爆発を起こす。
その衝撃で亀の首は大きく仰け反り、剥き出しとなった喉の辺りに炎で作られた槍が突き刺さる。
「ジァアアァァ!」
炎は貫通までいかずとも、皮膚を破って亀の喉を焼いた。声にならない叫びを上げた亀は大きく地団駄を踏む。
地面を揺さぶる程の振動に、しかしレッドと無限は怯まず亀へ追撃を行う。喉の傷に、無限がまたもどこからか取り出した鋸のような刃を持った双刀を突き立てて左右に引き裂く。
僅かに広がった傷を狙ってレッドが更に剣をを振るう。鋭く、刺すようなその一太刀は首の骨の間を通された。
ストーンタートルの骨は硬く、プレイヤーの膂力で断ち切る事はまず不可能だ。故に、レッドは隙間を通した。
僅かによろめいて、デカイ亀は力無く地面に崩れ落ちた。額に流れる汗を拭い俺は健闘を称える。
良い戦いだったな。
「お前何もしてねぇだろ」
ヒズミさんがつれないことをいうが、その通りである。しかし俺はたまげた。このストーンタートルとかいう亀、はっきり言ってプレイヤーに倒せるような存在ではないはずだ。少なくとも俺はそう思っていた。出会った瞬間、あーあセーブポイントからだよ……とか考えたものだ。
だというのに、ヒズミさんは華麗に魔法を操り、レッドと無限は近接武器でまともに斬りかかった。
「いや、流石にあの皮膚を破るのはヒズミさんの魔法が無けりゃあそこまで上手くいかなかったぜ」
「ふっ、だが無限は的確に骨までのルートを開いた。おこぼれをもらった様なものだ。俺もまだまだだな」
無限が手放しにヒズミさんを称え、レッドも口角を上げながら無限を称える。俺はなんだコイツらと思いつつも疎外感を感じた。さ、寂しくなんかないもんねっ!
しかしヒズミさんが詠唱しているのを聞くのは久しぶりかもしれない。初めて会った時以来ではないか。
「……プレイヤーはすでに、『魔法』を操る素質を得ている。今の程度ならば、プレイヤー誰にだって使える」
素質? 俺達プレイヤーは詠唱を真似したところで魔法を使えなかった。しかし最近になって……というより経験値獲得で機能拡張された辺りでいつの間にかできる様になっていたとか。
でも、例えばレッドとか一部のやつは詠唱抜きに魔法を使っていたが? 俺がそう聞くと、ヒズミさんは顎に手を置いて少し何かを考えた。
「ふむ……まぁある意味では、それは原初の『魔法』の成り立ちだな。『歴史』を積み重ねる事で強力になった『魔法』を、詠唱によって『再現』できるのが、私の今言った『素質』の話だ」
へぇ……。よく分からないので俺は相槌を打った。
レッドは興味津々で目を輝かせている。
じゃあ俺もヒズミさんの真似すれば同じこと出来るの?
「……中々そうはいかない。『魔法』とは本来『精霊』の『固有魔法』であり、それをアイツがその身を世界に溶かす事で……いや、魔法とは言うなれば『精霊』の力を借りる事だ。つまりこちらの要望を正確に『精霊』に伝え、そして実現するに足る対価を払う。その正確に伝えるってところが難しい……のだろうな」
無限は興味がないのか石を拾って積み上げ始めた。俺は亀の死骸から何か良い素材が取れないかと物色を始める。
「言葉と想い。本来は願望を実現する力だ。それを一般に流通させる為の『縛り』であり、世界に『歴史』を積み上げる為の『導』が『詠唱』だ。しかしどこまでいっても、個人差が出る」
つまり才能がいるって事?
亀の死骸を弄りながらもちゃんと聞いてますよとアピールした俺に、ヒズミさんは頷く。
「そう単純な話でもないが、人に分かりやすく話ができる奴と出来ない奴がいるだろ? そんなもんだ。だから、私程度の魔法は使えるはずだが、使えるとは限らない」
『貫け炎』
すかさずヒズミさんの真似をしたレッドが炎を生み出して亀の死骸にぶち当てるが、その威力は半分以下だ。
ふゥむ……翻訳を通している弊害も、レッドは限りなく無くしていると思われる。つまり発音や文章のニュアンスはほぼヒズミさんと一緒だった、はず。
化粧箱の局所使用によって声色さえ真似していた。しかし結果は半減……。
「なるほど、そう単純な話ではない……レベルはもちろんだが……」
「早く行こうぜ」
痺れを切らした無限が急かすのでとりあえず俺達は進む事にした。しばらく登山をして、俺はそろそろ聞いてみることにした。
あの、ヒズミさん。俺たちここに何しにきたの?
「ここに、天体魔法『地波壇』の使い手が居る、と思う。私の次に扱えそうな存在で思い当たりの人物がそいつくらいしか居ないからだ」
地波壇……!? あの、チハタンかッ!!
「知っているのか! ぺぺっ」
無限が驚愕の視線を俺に向ける、その視線に応える様に俺は勢いよく頷く。
知らない♡
「殺すぞ」
戯れる俺と無限を無視してヒズミさんは説明を続けた。
「私が保有していた天体魔法は、空を司る『空雷』、海を司る『万里海象』、そして大地を司る『地波壇』だ」
していた……ってのはどういう意味なの? 俺の問いに、ヒズミさんは特に未練もなさそうに答える。
「あぁ、天体魔法を扱う為にはそれなりの『格』が必要だ。私やハイリスが使用前に界力を全開まで高めるのはそれが理由だが……今の身体では、保有することすら許されなかった様だ」
ヒズミさんは一度死んでいる。本来ならそのまま消滅していた所を、その後様々な要因を持って《神様》ですら『奇跡』と認めた復活を遂げている。
しかしその結果、その身は『不死なるプレイヤーズギルド』の分身であり《スキル》の産物であるプレイヤーとなってしまっている。
所有権は『不死なるプレイヤーズギルド』にはいかなかったんだな。俺が疑問に思うと、それに対してもヒズミさんは答えを持っている様だった。
「グリッパなどもそこは残念に思っていたが、この世界から純粋に生まれた存在にしか天体魔法を扱う資格はないのかもしれない。昔、私達が天体魔法を集めていた時も、同じ『格』の加護者であるというのに、世界の外からきた奴らにはどうしても扱うことができなかったんだ」
「なるほど、つまり……やはりこの世界、この星の『魔法』。いや、『法則』ですらなく、それを生み出す力というわけだ」
レッドが勝手に納得して頷いているが、無視して俺はヒズミさんを見つめる。
「ちなみに炎を司る『始陽』と重力を司る『天蓋』は今もハイリスが持っていて、残りは『響震』と……信仰の『極光』はまた特殊だが……」
話が長くなってきたので、俺はそろそろ前に進みたくなってきた……。
TIPS
レッドとかのややこしい言い回しは深く聞かずに適当に流しておけばいいぞ!本当に理解しているのか分からないしな!