第114話 女子……?会
『元連合の戦火、衝撃の真実』
『龍華の魔女、その悪意が生んだ黒歴史』
『魔女、それは災厄の象徴』
モモカさんの喫茶店で、テーブルに新聞を広げながら俺は珈琲を飲んでいた。久しぶりの、もはや故郷の味とも言うべきモモカさんの珈琲は最近色々とドタバタしていた俺の心に落ち着きを与えてくれた。
俺と同じテーブルを囲んで座っている別の客に、モモカさんがラテを持ってきた。優しい手つきでそれをテーブルに置き、お盆を胸の前に抱えて俺に話しかけてくる。
「大変な騒ぎでしたねぇ。ケンロンさんとリトリくんが戦ったらしいですね? 見てみたかったですよぉ」
モモカさんにとってリトリは甥っ子の様な存在だ。その彼が、あの厄介チンピラのケンロンと決闘して勝利した時は立派になったと見ていたサトリも涙していたものだ。しかし、俺はモモカさんの言葉にため息を吐いて、その時周囲にいた者がいかに大変な思いをしたかを伝える。
元連合領での戦闘ですが、特にケンロンの野郎の攻撃の余波が酷くて酷くて……リトリも、初の竜人化が成功していなければ危なかったですよ。
「それです! 竜人化見たかったなぁ。サトリちゃんとセリナちゃんも行ったのに、私は誘ってくれなかったんですよぉ」
セリナとはラングレイの上司である騎士団長の妻であり、ケンロンと同じ『十華仙』の『銀灰戦姫』セリナのことである。彼女の飛竜は龍華でも屈指のスピードを誇り、暴れるケンロンを迅速に抑え込む為の人選でもあった。
それと、もしモモカさんとケンロンが全力戦闘を行えば……周囲への被害はより甚大なものになっただろう。広大な龍華の土地でそれを行うならともかく、アルカディアのような他国でその被害を出すのは流石に忍びないとの判断だろう。
「しかしケンロンさんもよくリトリくんとの決闘に応じましたね? そのメンツだと間違いなくサトリちゃんからいくでしょう?」
あぁ……。俺は複雑な顔を浮かべて答える。
もちろん、最初はサトリとなんならセリナさんも含めて全力戦闘ですよ。流石にサトリのタケミカヅチは呼びませんし、セリナさんも竜を戦闘には参加させませんでしたが……それはもう、凄くえらいことになりまして……。
そのどさくさでアルカディア本国の方が新型兵器やら新型改造プレイヤー部隊とか出してきて、めちゃくちゃな騒ぎになったんです。
結果、サトリとセリナさんはアルカディア本国の方の対応に追われて、負傷したケンロンに万全のリトリが辛勝した……というのが一連の筋書きですね。
「本国の方も、流石に龍華王相手には顔を出してきましたか〜」
「まぁ、いい実験になると思ったんだろうな」
いつの間にか同じテーブルに着いていたヒズミさんが不機嫌そうなツラで話に割り込んできた。
モモカさんが珈琲を用意してきます、とその場を離れるが俺は話を続ける。
負傷していたとはいえ、あの『十華仙』のケンロンに勝った事実はリトリにとってかなり大きい強みになったな。
「そうだな。この国の次期王はリトリにするべきと私も思うが、その後押しになる」
少し顔を変えたのか、以前よりも美人になったヒズミさんが答える。髪の毛も、普通の茶色だったのが少し深みのある艶が加わっている。
《化粧箱》か、もしくは普通に整形したのか……。俺がヒズミさんの顔をジロジロと見ていると、今の今までダンマリだった同じテーブルを囲む別の客ことk子がラテを飲み干してアホ面で口を開く。
「てか私はなんでここに縛られてるの?」
椅子と胴体を紐で縛られたk子が首を傾げる。その際にこの世で最も上質な絹よりも美しい白い髪がはらりと肩から落ちるが、その様子をヒズミさんは目で追って自分の髪を触る。
「ぺぺロンチーノに、お前……k子だったか。お前らは少し暴れすぎだ」
改まって、ヒズミさんは俺とk子に向かってそう言った。しかし、俺達二人は顔を見合わせて首を傾げる。
はて……アルカディアでの騒動のことを言っているのなら、k子はともかく俺は《化粧箱》で精神変容していたが故の暴走……つまり責任能力の欠いた状態であるとも言えるな?
「はぁ〜? あんたは大体あんな感じでしょー。私だって、別に大したことしてないし。なんか勝手におっさん達がやっただけだもんねー」
k子の言うことは、俺に対する言及以外は概ね事実だろう。コイツの卓越した魅惑能力を前に、男どもは無様に醜態を晒すのみ。股間に脳が直結しやすい男が悪い。そう言っている。
しかし、と俺はk子に言う。
お前とて、どう煽れば男がどう動くのか理解しているはず。つまりお前がああなるよう誘導したわけだ。だというのに己の罪を認めない気か? だから災厄の象徴である『魔女』だのと言われんだよ!
「お前が言うのか?」
ヒズミさんが呆れた視線を向けてくるが無視をする。
そもそも、色恋本営鬼枕で男どもをたらし込んで何が楽しいんだ! 『傾国』という単語はカッコいいがその後に魔女がつくと一気にアバズレ女感が増すんだよ!
「色恋本枕?」
k子は俺の言っている意味がわからず虚空を見つめた。おそらく掲示板にアクセスして誰かに意味を聞いているのだろう。
そして意味がわかったのか顔を赤くして怒り出す。
「色恋本営はともかく、鬼枕はしてないもんっ!」
そうなんだ。素でびっくりして俺は普通に答えた。
「まぁ特に気にはしてこなかったけど……実際、男には餌として……その……鬼枕をぶら下げた方がよく働くんだよね」
掲示板で言葉を教わりながら、言い回しを工夫して解説するk子に、ヒズミさんは勉強になるなぁと言いそうな顔で「へぇ〜」と感心する。かくいう俺も素直に感心した。そこまでちゃんと考えがあったとは。
なんて恐ろしい女だ。この世界に来てから数年、精神年齢が肉体に追いつき始めて更に凶悪になっている。
元々は男をたらし込むことに関して、理屈抜きでそれを本能でやってきていた事の方が恐ろしいのかもしれないが。
「いや、そうじゃない。本題はだな、一度落ち着けという話だ。そもそも厄介な不死性を持ちながらも、プレイヤーがこの世界に置いて危険視されてこなかったのは……純粋に弱いからだけではなく、基本的に倫理観の高い者が多いからだ」
中々本題に入らなかったヒズミさんが疲れた顔でそう言った。
まぁおそらくプレイヤーのほぼ全員が日本人だからな。人種という意味で言えば日本人でないものも居ただろうが、感性という意味では間違いない。
つまり、この世界の人間と比べた時に自分の不死性にかまけて悪事を働く者が少ないという意味である。
「一部を除いてな……っ! しかし、こちらに現れた当初に比べてプレイヤーは随分と『強く』なっている。特に魔王関連や聖剣の《捕食》が大きいのだろう」
確かにな……俺は同意した。一部、つまりk子や他にもアルカディア大戦で暗躍していたゴミどもの事だ。
そして、プレイヤーが強くなっている……それは俺も懸念していた事であった。俺はヒズミさんの言葉を神妙に頷きながら肯定した。
今では、きちんと数年レベル上げを行えば多少鍛えている現地人だって仕留め得るだろう。かつてはあのレッドや無限しか辿り着けなかった境地へ、プレイヤー全体が届きかねない。
うんうんとしている俺をジロリと睨みながら、ヒズミさんは続ける。
「今や私も《プレイヤー》。かつての力はなく、その辺のチンピラにさえ負ける状態だろう……というのに、プレイヤー狩りが始まってしまえば……」
えっ? プレイヤー狩り?
「どさくさで忘れているかもしれないが、今期の『魔王』は二体いる。討伐された『ハイリス』と……『不死なるプレイヤーズギルド』だ」
そんな話は初耳だが、《聖痕》は消えたんじゃなかったっけ? いやグリーンパスタがそんなこと言ってたかな?
魔王祭は神様や不死なるプレイヤーズギルド本体の顕現辺りのドタバタで完全に終わったものだと思っていたし、聖公国も終わったと宣言していなかっただろうか。俺が首を傾げると、ヒズミさんもそこは説明が難しいのか頭を抱える。
「今回は例外ばかり起きていたからな……今までと比較すべきではないのかもしれないが……とにかく、お前らを筆頭としてプレイヤー全体に一度落ち着いて身を隠して欲しいんだよ」
「えー? 私大したことしてないしぃ。てか私達だけ止めたところで、他の連中はもう歯止め効かないでしょ」
k子の言うことも一理ある。まぁ一度ぶっ殺して回って、レベルを下げてしまえば《不死生観》解放者以外のプレイヤーなら数年単位で大人しくなるだろうが。
「《不死生観》……厄介だな。プレイヤーを生物として定義するための『死の恐怖』という縛りを解く《スキル》……これが無ければまだ対策のしようもあるのに」
悔しそうに唇を噛むヒズミさんに、俺を睨みつけてくるk子。俺も悔しそうに唇を噛んだ。
確かに。《不死生観》の解放者は『人間性』を失っていく。生物として、『人間』としてある為には《死》の概念は必要なのだ。
「しかも誰かさんがそんな面倒な《スキル》を解放して回ったらしいな?」
ギラリとした目で見つめてくるヒズミさんにへへっと俺は照れた。すぐ真顔に戻って、正直に思っていることを口にする。
「まぁ、俺も失敗だったと思ってる。ゴメンネk子」
多分この件について初めて謝罪した俺に、k子は口をあんぐり開けて硬直した。いやその反応は大袈裟すぎだろ。さすがに俺もあれはやり過ぎたと思ってるよ。
顕著な例としてはレッドだ。《不死生観》は死の呪縛からの解放。すなわち『本来の』プレイヤーとしての生に気付く《スキル》だ。
レッドは、かつて言っていた。
『プレイヤーに、食事も睡眠も必要ない』
奴がまさしく『人間らしさ』を失っていったのは、そこからだろう。プレイヤーは人間ではない。つまり人間らしい生活をする必要もない。ただ、そこに在るだけでプレイヤーは活動できる。
「でも楽しくないよね、それ」
k子の言葉に俺は頷く。そう、楽しくないので俺はレッドみたいにはならない。
ある意味それは、『俺達』の証明なのかもな。『個性』だ。ただの《スキル》の産物でしかない俺達に、しかし存在する《魂》……それが産む『個性』だよ。
「あーウルセェウルセェ。とにかく名前が知れ渡ってて、目立つお前らは大人しくしとけよって話だ」
また脱線しかけていた話を強引に戻したヒズミさんの言葉に、噛み付いたのはk子だ。
「そんなこと言ったって、私は私らしく生きてるだけだもーん。その結果なんか色々あっただけで、大人しくしとけってそれ何年くらい? って話じゃん? そんなの楽しくないじゃん」
ブーブー文句を垂れるk子に、ヒズミさんは懐から何かを取り出した。一枚の紙だ。俺とk子はそれを覗き込む。
「龍華にある……まぁ、学校の入学推薦書だ。k子、お前は一度学校に通うべきだ。お前の素性はある程度調べは付いてる。良い機会だと思わないか?」
こんなものをどこで……しかも龍華の闘いしか教えない軍学校ではなく、最近設立されたきちんと勉学をする系の学校だ。
よく見ればサトリの印章が押してある。
紙を見つめて、目を丸くしたk子は少し目を輝かせていた。
俺達プレイヤーには、いわゆる戸籍やこの世界における信用のようなものがない。なので学校というものに通うのは中々ハードルが高かった。しかもk子は『傾国の魔女』、そんな奴をまともに受け入れてくれる場所はない。
k子は、この世界に来た時おおよそ十代なりたての年齢だったと思われる。つまり、故郷ではまだ小学生……。そんな彼女にとって、学校とは心のどのような位置にあるのだろうか。
「……ふ、ふーん。学校……ねぇ」
瞳の揺れているk子を見てニヤリと口角を上げるヒズミさん。k子が素直じゃない事は、俺はもちろんのことヒズミさんにも既にバレているだろう。
k子はヒズミさんの策に堕ちた。成る程、掲示板か? もしくは既知のプレイヤーを通じて下調べしたのか。k子の事を随分調べ上げてきたらしいな……流石は『魔法使い』、調べ物はお手の物だな。
ふっ。俺は鼻で笑って腕を組みついでに足も組む。
それで? 俺はどう、黙らせるつもりだい?
俺の言葉に、ヒズミさんはより笑みを深くした。ふと、背中に気配を感じる。嫌な汗が流れたので振り向いてみると、赤い髪の男が無表情で立っている。俺は一度前を向いて、目が壊れたのかもしれないと擦ってからもう一度振り向く。先程見たのと全く変わらない男が立っている。
「ぺぺロンチーノ、お前は私と共に……失われた『天体魔法』を探してもらう」
ヒズミさんの方に向き直り、俺は真剣な顔で問う。
天体魔法……おそらく、現代における極大規模の魔法の名称ではなく、なんかあんたらが使ってたなんかすごい魔法のことだな?
「そうだ。この世界を構成している『魔法』の事だ」
まぁよく分からんが、それは良い。
俺は一度頷き、親指を立てて自分の後ろを指す。
それと、この男に何か関係が……?
「いや……なんかついてくるって……」
ふゥん、成る程ね……。
TIPS
アルカディアのアレコレは『破滅』と『傾国』のせいという事でヘイトコントロールしたぞ!
現状は本国と龍華の干渉により休戦中だ!
でも予断を許さぬ状況なんだってさ!