第113話 この後ぺぺさんは死んで龍華に帰った
領土は没収され、残されたのは私達がいる館のみになりました。侍女長は心労が絶えなかったためか寝込んでしまい、もう一人の侍女はジェット様の妹君の世話で精一杯です。
さて、今私は館の窓から外を覗き見ております。館の三百六十度周囲を確認して参りました。ええ、我々を裁きにきた大量の兵士に囲まれております。
私は怒りに声を震わせました。
「力で物事を解決しようとは……っ! 人の風上にも置けませぬ!」
うんうん、と横にいるケンロンが頷きました。更に隣のジェット様は遠くを見ております。この館を囲む大量の人間に紛れて幾つか非人間の気配があるのも気になりますが……。
外の人間どもが何事かをこちらに向かって叫びます。
「龍華に寝返った売国奴! 実の親を殺してまで何を考えている!」
なるほど。ケンロンの存在がバレたようですね。こいつも一応『十華仙』、我々が龍華の回し者だと思われても仕方がありません。
竜の事件をずっと怪しく思っていた人は多いらしく、ここにきて龍華の十華仙を連れてきた息子であるジェット様が全ての黒幕だと疑われるのは当然の帰結。
この結論に至るまでいってしまったのは、アルカディアの人々に根強く刻まれた龍華への恨みつらみが大きいのでしょうが……。つまりはまぁ竜絡みになると色々と複雑なことになるのです。
私は溜息を吐いて呟きました。
あの竜って、実は隣国の宰相が手配したものなんですよねぇ……。すっかり我々のせいになってしまいましたね。
「えっ」
ジェット様が凄い顔で私を見つめます。私はその強面具合に震え上がりました。ケンロンが、一度頷き、私を見ます。
「つまり、どういう事じゃいッ!」
こいつは喋る時に覇気を撒き散らさないと死ぬのか? それはさておき、私は説明しました。
ええ、まぁ。とある情報筋から得たもので、かなり信憑性は高いのですが……。なんかこの国の貴族の誰かと手を組んで、まぁ大雑把にいうと互いに利益を貪る為にですね。
まとめると、この国の貴族の誰かが本物の売国奴で、隣国と怪しい話し合いの結果……この国を潰す第一手として……事前に飼い慣らしていた竜使いを、ね。
「……それが本当なら、仇はこの国にも、居るのか?」
「しかしのぉ、龍華の人間でも竜を操れる者は少ない。チノぉ、貴様を疑うわけではないんじゃが、少し信憑性に欠けるの」
そうなのです。私としても、その情報を得たところで……手詰まり感があってですねぇ。
私はそう言いつつ小首を傾げて悲しさをアピールしました。
ちなみにその情報筋というのは、昔スマホなるものが流行った事があった時に掲示板と呼ばれる非人間どもしか接続できないものとアルカディアの一部の人間とが接続しているが故に存在しているものです。
私はそのあたりに精通しているのでこの情報が正しい自信はあるのですが、非人間どもありきの掲示板自体がこの世界の人間にとって信憑性のかけらもないので……私としてもこれ以上詳しく話せません。
むむむと頭を悩ませた私は言いました。
もう一度、何かこちらにアクションを起こしてくれれば……。むぅ、こうなっては、仕方がありませんね……。
「何か手があるのか?」
ジェット様が真剣な顔でこちらを見ます。私は頷きました。とりあえず、ここはもう龍華の回し者のふりをしましょう。
「な、なんだと? それでは、状況が悪化するだけでは……」
いえいえ、ここにいるケンロンが力を誇示すればはっきり言ってここらに居る雑魚どもなど物の数ではございません。
ジェット様がご存知かは存じませんが、この男は『十華仙』と呼ばれる龍華でもかなり立場の高いやつでしてね。
「な、何故それをッ!」
ケンロンが本気で驚いているが、私は無視して話を続けます。懐からスマホを取り出してチラリ、空を見上げながら私は口を開きます。
「ケンロンが暴れる事で、少なくともこの館の人は守れます。例え」
目をこらしても私には見えませんが、きっとどこかに剥き出しの眼球が浮いているでしょう。龍華の『千里眼』は千里以上を見通します。
「この国が滅びようとも」
余談ですが、私のスマホの画面にサトリという女から『なんでお前がケンロンと居るんだ!!』というメッセージが届いています。
*
いや国を滅ぼすのはどうなの。って事で、周囲にいる人間を全て打ち倒しました。紛れていた非人間どもが私の命を狙っているようですが、ケンロンという男は戦闘の分野に関しては龍華でも上澄み。私に殺意を見せた時点でケンロンに吹き飛ばされて五体四散しておりました。
私は尋問を終えて、ジェット様の元に戻ります。
ジェット様、どうやら下手人はジェット様と同じ五大貴族が一人、スルペニーニョ家らしいです。このアームストトロニアン家に歯向かうゴミ野郎です。一家根絶やしにしてしまいましょう。
私が一息に言うと、ジェット様は膝から崩れ落ちて悔しそうに嘆きます。
「なぜ……! なぜだ……! 両親を殺してまで……彼らに一体なんの……っ!?」
正しい答えなどない人間のどうしようもなさと言うべき原罪を目の当たりにしたジェット様の肩を私は掴みます。
涙目で私は言いました。
ジェット様の様な素晴らしいお方を育てた父君や母君を、卑劣にも龍華に罪をなすりつけて謀殺した奴らに目に物を見せてやりましょう!
「兄さん、復讐に囚われるな! そいつらは悪魔だ! もう父様も母様も帰ってこない! これ以上、全てを悪化させてはいけないんだ!」
頷くケンロンと私を指差して、弟君のレオン様が涙を流しながらそう訴えました。なるほど、一理あるかもしれません。復讐は何も生まない。私は肯定しました。
しかし時には復讐をしなければ前に進めない人もいる。目には目を、歯には歯を。血には血の洗礼を。
ケンロンは血まみれで頷きます。この男は本当に物事を考えているのでしょうか。仮に空気を読んで頷いているだけなのならば、私は彼が空気が読める事自体に驚きます。
「そもそもそいつらは龍華に舐めた真似をしたんじゃ。もはや貴様らが何を言おうがワシがケジメをつけちゃる」
なるほど。つまりもうどうしようもありません。こいつは自身の出自を隠すつもりもなく、しかしほぼ私怨で荒らし回るつもりです。つまりこれは国家単位の問題。龍華との戦争待ったなし。ダメみたいですね。
ジェット様は立ち上がりました。館の外を見ると、ケンロンが残した破壊の後が周囲に広がっています。まぁすでに後戻りはなりません。国家的な反逆者となった我々一行は先に進むしかないのです。まさかこんなことになるとは。
最も軽い気持ちでこの場に立つ私は、そのふわふわっぷりがまぁつまり妖精の様なポジションに当たるわけですが、さながらマスコットキャラとも言えるのでジェット様の隣に並びました。彼は少し瞠目した後私を見ます。私は背中を押してあげることにしました。
非人間の操る《スキル》は慣れていない者によく効きます。
「我々はもう、進むも進まぬも地獄でございます。私も正直ここまでこじれた状況とは思いませんでした」
龍華が絡み、ケンロンがこの場に来て……私が、情報を渡した時点で止まれない超特急は走り出したのです。
「そうだな、俺はどうしてもレオンみたいには考えられない。憎い、全てが憎いんだ。破壊をもたらすケンロンさんを見て、俺はこの国を破壊し尽くして欲しいと思っている」
「兄さん! 自棄になるな! 兄さんがそう言えば、それこそこいつらはやるぞ! 龍華との戦争が始まる!」
もう手遅れである。龍華がこの国にケンロンを送りつけた時点でこの未来は確定していたと言える。誰だこんな奴を送り込んだのは。私はため息を吐きました。
忠臣チノモードとなった今の私は普段よりも忠誠心が高い仕様になっています。外見に精神性が左右されるプレイヤー、それは《化粧箱》の弊害です。そして所有スキルの影響で人の感情を察することに長けた私は、ジェット様の破滅願望を深読みして叶える為に行動してしまいます。
もしも、非人間どもが私の殺害に一度でも成功していれば……一度でも私が元の姿に戻っていれば……もう少し温厚な未来が待っていたかもしれません。しかし無駄に戦闘能力の高いケンロンの庇護下にある今……。私を殺す事は……。
「ワシも最初はここまでことを大きくするつもりはなかった。じゃが、卑劣な連中がのさばっとるのは我慢ならん」
私は頷きました。
時間が惜しいです。早速スルペニーニョ家に向かいましょう。
向かいました。しかし我々の動きは読まれており、なんと下手人の逃げ込んだ屋敷の前には巨大な竜が!
竜が咆哮し、対するケンロンも咆哮します。
竜は死にました。飛びかかってきたケンロンの拳を前に頬を撃ち抜かれ首の骨は持たずへし折れます、あまりの展開の速さに竜使いは腰を抜かせてガクガクしております。
「貴様……一体どこで竜を手懐けた?」
竜使いは白状します。かつて龍華を旅していた時に市場で売っていた卵、それが孵化して何十年も育て上げたのだと。家族だったと、彼は言います。涙を垂れ流し竜の死骸にしがみつく男を見て、私はオヨヨと泣きました。
愚かな、竜の掟は弱肉強食。死なせたくなければケンロンと戦うべきではなかった。空を飛べる飛竜をここまで育て上げたのは賞賛に値するが、こんなショボい仕事をさせる愚かな主人でかわいそうだと私は天に昇った竜に同情します
「いや、見事な最後じゃった。果敢にもこのワシに立ち向かった。龍華の誉れである竜の矜持。しかと見届けた」
殺しておいて何を言っているのでしょう。こいつは龍華の中でもより龍華らしい思想の持ち主の様です。こんな奴がゴロゴロいる国がこの後もう何十年で変われるとは思いません。敵は健在、なのにアルカディア連合内で内輪揉めをするとはこの国も馬鹿なのでしょうか。
ジェット様が、虚な眼で竜の死骸を見つめています。両親を殺した原因が消え去り、後はそれを指示した者達が残るのみ。
隣国と通じてこの国の転覆を図った下手人を前にして、ジェット様は子供が見ればトラウマになるような強面から感情を無くした視線を生み出します。無機質な眼力に、下手人は顔を青くして息を詰まらせました。
さて、燃える屋敷を背に我々は歩き出しました。
私はケンロンに言います。龍華に舐めた真似をしたのは、実質隣国とも言えますが如何します?
「なるほど、たしかにそうなるのか。ならばワシのやることは一つ……」
「ケンロンさん。俺に考えがある」
ジェット様が決意を秘めた眼でケンロンを見ます。それは、ケンロンをしてハッとさせる漢の覚悟でした。
*
隣国の宰相からの理不尽な行い……その全てを明らかにしたジェットは各地で義勇軍を募り、意外と大軍となったので勢いのまま本国の首都を占拠した。
そして、そのまま本国の領土全てを奪いジェット帝国の建国を宣言。すぐさま隣国への宣戦布告を行った。
これに対してなんと隣国は大魔法による爆撃でお返事。さらにもう一つ隣の国が漁夫の利を狙って大軍でジェット帝国を狙います。
あれよあれよと、第一次アルカディア大戦が始まりました。
ちなみにアルカディアの名が冠されているものの、本来その名を名乗って良いただ一つの国である魔導国家アルカディアはこの戦争に関して興味がないのかノーコメントでノータッチです。
*
少し時を戻って
いきなりジェット帝国などと名乗り始めた隣の国が戦争を起こそうとしている。そんな他人事ではいられない国の玉座に座る一人の王。しかし彼の意識は横からしなだれかかる女にしかなかった
「ねぇ……お隣さんが向こうを攻め始めたらさ、こっちから背中をつついてしまおうよ」
王は、その女のことが不思議なくらい、気になってしょうがない。外見、口調、纏う雰囲気全てが彼の心を掴んで離さない。表情ひとつとっても、不自然とすら思うほど彼の好みのドンピシャだ。
「な、何故だ……ダメだ、小競り合い程度の話では終わらなくなる……そもそも最近の隣国は、いきなりジェット帝国などと名乗って気味が悪い、関わるべきでは……」
すっ、と。女の細い指が王の顎を撫でた。
「私が、欲しいの」
王からすれば、隣の国に侵攻する旨みは何もない。自身が治める国にとってもそうだ。
「だ、だが……」
「難しいことは言ってないじゃない。欲しいの。国が。そして敵の首が」
女一人の言葉で国を動かすなんて馬鹿げている。
なのに彼は抗えなかった。それは、王が男だからである。
もちろん、その蛮行を止めにくる臣下はいた。
国でもかなりの力を持った貴族だ。その貴族の影響力はこの国において王にすら匹敵する。その貴族が戦争に反対すれば、その意見が国全体の意見となり王は飾りとなる。そんな凄まじい権力者だ。
女は、あっけからんと言ってみせる。
「殺せばいいじゃん」
しかし、その貴族は国にとって殺してはならない存在。龍華と違って国とは、人の集まりとは単純な道理では動かない。
でも女が殺せというので殺してしまった。
あーあ、と女がどうでも良さそうに言う。代わりにプレイヤーをその貴族に変身させて誤魔化した。
そんな感じの事を何人にもしていった。止める者は居なくなった。
そうして、第一次アルカディア大戦の火蓋が切られたのだ。
事態を悪化させた原因とも言える女がジェット帝国の方角を見つめながら、瞳に強い意志を燃やす。
「ぺぺロンチーノ……! お前を殺すのは、私だ……!」
『傾国の魔女』
その女はかつて、そう呼ばれた事がある。
*
第一次アルカディア大戦は、それはもういろんな国を巻き込んでおります。もはや争う国々は当初の三国に留まりません。なんと言う事でしょう。
しかもあちらこちらで非人間どもの痕跡が見えます。
おそらく《化粧箱》によって国の重役に化けている……それをさせているのは、一体誰なのかというと、とある国ではk子というクソ女だったり、はたまた別の国では敵対貴族を暗殺させて身代わりを立てさせている、名も知れぬプレイヤーだったり……。
私が昔から恐れていた非人間ことプレイヤー達の台頭が始まったのです。
容姿の変更、そしてそれによる精神の変化。それを利用した他人への成りすましは人間社会にとって凶悪なものです。
個体差はあるものの、《化粧箱》を極めたプレイヤーは完全に他人に成る事すらできるのかも知れません。一匹だけそのレベルのプレイヤーを見た事があります。
そして、アルカディア連合はついに解体されました。
連合で実質的トップにあった魔導国家アルカディアは、元々研究者が集まって出来た国。龍華に怯えた国々を傘下にしていたのも、色んな研究をするのに言うことを聞く手下が増えるのは都合が良かったからです。元々アルカディアにとって龍華の侵攻など気にもしていませんでした。
戦闘でしか進まない類の研究をする為を思えば、むしろ龍華に対して好意的まであります。
しかし内輪揉めがひどくなれば、邪魔になってくるのでしょうか。もしくはある程度の成果を充分得たのでしょうか。
あっさりと、魔導国家アルカディアは連合を解体して実質的傘下の国々を適当に放置します。その果てにあるのは……乱世とも言うべき、不毛な争い……。
TIPS
《化粧箱》は自己を失いかねない危険な《スキル》です。皆さん気を付けましょう。