表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死なるプレイヤーズギルド  作者: 笑石
本編……?
114/134

第111話 崩壊の種



 感情を糧として力を為す。後に《呪槍ペペロンチーノ》と名付けられた《呪装》を使用していた男が、自らその力を放棄した直後の……騒動の原因とも言えるペペロンチーノが飽きてその場を去った後の話だ。


 呪装を使っていた男を、彼の通っていた彼の破壊した学園の人間達が取り囲む。その瞳には畏怖と……殺意が漲っていた。あまりにも、呪装を使っていた彼の力は驚異的だった。

 今はその片鱗すら無くとも力の源であった呪装の本は未だ彼の手元にあり、いつまた先程までの力を手にするか分からない。殺さなければならない。そうしなければ、自分達が殺される。


 一方で、呪いの力に溺れた彼は諦めていた。力に溺れた事でも、あの自分の身に宿っていた《者》に遊ばれた事でもない。ただ、自らを自殺に追い込んだ相手にすら復讐のできない甘ちゃんな自分にだ。殺しはいけないのだとか言う綺麗事抜きにして、彼は咎を背負う覚悟と強い心がなかったのだ。

 少なくとも彼はそう、自分に感じていた。


 取り囲む者達が、魔力を練った。魔法で彼に近付かずに殺す。その意図が見えて嘆息した彼は天を仰いだ。綺麗な空だ。死ぬには、ちょうど良いのかもしれない。ぼんやりとそう思った。


 空から何かが降ってきた。


 ドッと、軽い着地音。男だ、顔は整っているがどこか作り物めいた印象を受ける不思議な男。

 男は彼に言った。


「君は、悪くない」


 それは、心からの言葉だった。

 直後にその男を中心に、宙から光の粒子が溢れ出す。呆然とする彼を覆い尽くす程の光はやがて複数の人型を取り、まるで暖簾をくぐるようにこの世に顕現する。彼らの名を、その世界では『プレイヤー』と呼んだ。

 彼を今まさに殺そうとしていた者達は突然現れたプレイヤー達に大いに驚いた。手を止めて、一度成り行きを見守る。その隙にと言わんばかりにそれらは動き出した。

 円陣を組み、彼を中心に据えて……それぞれが隣に立つ者へ隠し持っていたナイフを突き立てる。傷口から溢れ出した血が生き物のように動き出してなにかを地面に描き出す。それは、魔法陣と呼ばれ『魔法効果増強』効果を持つ。


 彼の側に、最初に現れた男が寄り添う。肩に手を回し、彼を安心させるように柔和な笑みで大丈夫だと呟く。


 《セーブポイント・コントロール》


 誰が言ったのか、無機質な声が響く。

 果たしてそれは誰に語りかけたのか、彼かあるいはその周りのいるプレイヤーたちか、それを更に囲う人間達か。もしくは、世界か。

 血の魔法陣が怪しく輝いた。その光は《何か》を代償とした魔法の顕現。その者(プレイヤー)達にとって魔法とは、《スキル》と呼ばれる力だった。

 一般に魔法と呼ばれるものより世界の《根源》に近い《スキル》は、時に常識外の結果を生み出す。


 魔法陣から溢れ出す血で出来た触腕が彼を包む。彼を囲んでいたプレイヤー達が次々に絶命する。最後に、彼の側で笑顔を浮かべていた男の身体が崩れ始めた。


「我々も、ようやくここまで来た。君は悪くない。悪いのは」


 男の姿が完全に崩れ去る前に、残ったのはその名前。


「ぺぺロンチーノだ」


 血の輝きが消えた頃、呪装に囚われた彼……ロックの姿は消えていた。転移魔法。世界アルプラでも限られた上位存在のみが可能とするそれを見て、残された人間達は訳も分からず呆けるしかなかった。




 プレイヤーが発足した────今やアルプラ人をも取り込んだ……この世界でも異色の組織、『最害』対策委員会。

 彼らの掲げる至上の命題こそ


 ペペロンチーノ殺害計画である。



 *



 青年ジェットは、アルカディア連合でもそこそこの大きさの国……の中でも、有力な貴族の長男だ。


 齢にして18歳。既に成人として扱われ、跡継ぎとして社交界でのお披露目も済んでいる。輝かしき未来が待っているかに思えた彼の身に、しかし不幸は舞い降りる。


 両親が死んだ。

 最近アルカディア連合には不穏な空気が流れており、傘下国として首都でその対策会議をする為夫婦で領地から出かけた……その矢先の話だった。

 竜に襲われたという。アルカディア連合において竜とは不吉の象徴だ。竜と言えば龍華王国を連想させる。ゴウカ王の侵略こそが連合が誕生した経緯であり、しかし龍華の頭がサトリ王に代わってからしばらくその侵攻は落ち着いていたはずだった。それが連合内の不穏の種でもあるのだが、今更になって自身の両親が竜の被害に遭うとは……。

 この件について、龍華側は「知らない」の一点張りだ。自国どころかアルカディア全体でも猛抗議をしているが、やはり「知らない、喧嘩売ってるなら買うぞ」と強気の返事が来た。


 こうなっては、こちらも強くは言えない。サトリ王になってから侵攻してくることは無くなったし、龍華との貿易は向こうから求めてきたことで、かなり有利な条件をアルカディア側は勝ち取ったりしている。

 だが、あの蛮族の住む国はサトリ王が一声「やるぞー」と言えばすぐに利益を捨てて戦争を始めるだろう。国民達の殆どが戦闘狂の蛮族だ。もう数十年大人しくさせて世代交代させないとまた元の木阿弥である。



 その後、事故の原因となった竜の捜索が行われたが、竜自体が見つからず断念された。

 そしてその間に……ジェットの家は、荒れに荒れていた。


 ジェットはすっかり家具の少なくなった家で項垂れる。使用人もほとんど居なくなり、彼らはこの家を去る時に様々な物をこの家から持ち去っていったのだ。


 ジェット本人は事故後に色々と忙殺されていた。その間家にはまだ小さな弟と妹しか残っておらず、彼が気付いた時にはもうこの有様だった。

 八歳になる弟は歳にしては大人びているとは言え、大人達からの悪意から三つになる妹を守るのが精一杯で……今は、ジェットが帰ってきたことに安心して寝込んでしまった。


 なぜこうなってしまったのか。ジェットは自らに責任を感じて塞ぎ込んでしまっていた。いきなり家を切り盛りする立場になった。そもそもの事件の調査、矢面に立たなければいけなかった。そして、それを狙ったかの様に……家が『荒らされた』。

 両親を慕ってくれていたはずの使用人達の裏切り。確かに両親の死は突然でこの家は落ち目だと思われてもしょうがない。とはいえこれはあんまりではないか。

 残された領地を狙って周辺貴族からの圧力も増した。口先では聞こえのいいことを言ってくるが、その裏の悪意は透けて見えている。国から派遣されている軍隊も、何やらきな臭い臭いがする。信じられるのは、父親が懇意にしていた私設軍しかいない……正直、規模としては治安維持で何とか、といったところだろう。



 家を出て、家の中とは打って変わって綺麗な庭を呆然した顔で歩く。庭師の老人はこの家に残ってくれた数少ない人間だ。職人気質の彼は庭弄りにしか興味がなく、口数も少ないがどこか心配するような視線をジェットは感じていた。


 ふと、家の敷地の外に何かが落ちているのを見つける。近付くにつれて、それは何か赤黒いボロ布の様で……しかしよく見ると、それは倒れている人間。しかもまだ若い少女だった。

 慌てて駆け寄ると、どうやら息はしているらしく薄い胸が上下している。だが、身体中傷だらけで……それは見るからに人為的な斬傷であった。

 血だらけで倒れ伏す少女を見ていると、ジェットの胸に焦燥感ともいうべきものが溢れ出す。自身の身体が血まみれになるのも厭わず少女を抱き上げて家に向かって走り出す。腕の中で、苦しそうに息をしている少女を見下ろす。

 どうやら意識が少し戻ったようで、薄く目を開けて何事かを呟いている。しかし今にも消え入りそうなその声はジェットの耳にすら届かない。ギュッと抱く力を強くして、ジェットは絶対に助けると自身に強く誓った。


 家には、昔から母を慕って勤めてくれている医師がいる。侍女長も兼任していた彼女もまたこの家に残ってくれた数少ない人間の一人で、ジェットが今最も信頼している人間だった。

 彼女は、突然血まみれの少女を抱いて現れたジェットに驚きつつも適切な処置を施してくれる。少女は次の日には歩ける様になり、ジェットが朝起きた時には侍女服を着込んで枕元に立っていた。

 長いスカートの裾を摘み、優雅に一礼して彼女は鈴の様に可憐な声を出す。


「昨日は本当にありがとうございました。私、チノと申します。このご恩、貴方様のお世話をもって果たしたい所存です」


 そう言って顔を上げた少女チノの顔は、随分と整っていた。庇護欲をそそられる顔立ちに、少し癖がかった綺麗な緑髪は頭の後ろで結われているというのに腰まで伸びている。

 はて、昨日抱えた時は気付かなかったが、ここまで髪の毛が長かっただろうか。自然とジェットの視線はチノの全身を見るように下へ流れていく。胸元も、少し大きい様な……そこまで考えて、彼は女性の胸元を凝視するという大変な失礼をしてしまったと自身の顔を引っ叩く。


「え? あ、あの?」


 困惑したチノの声を何でもないと手で制しながらジェットは起き上がる。今日もやる事が多い。まずは、両親の残してくれた領地の管理だ。ため息を吐き、人も居なくなり荒れに荒れた家の中を歩く。

 まずは、家の掃除から、かな。値打ちのあるものは悉く盗まれてしまっていて、この国の人間はここまで荒んでいるのかともはや無念の気持ちすら湧かなかった。



 その後一週間、ジェットにとっては目まぐるしく過ぎていった。その間、彼の世話を主にしてくれたのはチノである。家事をしてくれるような使用人は医師兼侍女長と後はもう一人しかおらず、そのもう一人というのも弟や……特に小さな妹の世話を主に担当してくれている為、雑務を行ってくれるような存在はチノしかいなかった。

 物腰丁寧な彼女はすぐに周囲と打ち解け、侍女長ももう一人の侍女もすっかり彼女を可愛がっている。妹も、見かければ抱きつきに行くくらい懐いていた。


「兄さん、あいつには気をつけた方がいい」

「レオン……チノは良い子だよ。そんな言い方は良くない」


 しかし弟のレオンだけは、何か胡散臭いものを見るような瞳で彼女を見ていた。どうやら、ジェットの不在の間に随分な思いをしたらしい。歳頃なのもあって、人間不信となってもおかしくない状況なのだろう。

 ジェットは彼の行く末が心配にはなったがあまり急ぐようなものでもないかと、この場は優しく頭を撫でて流すことにした。


「違うんだ兄さん、アイツに心を許すな。あの溶け込み方は明らかにおかしい……魔法、いや……」

「レオン、分かったから。今はちょっと忙しいから、またな」


 いや、案外すぐに彼の心を癒さないといけないかもな。ジェットは魔法だなんて言い出した弟に少し焦りを覚えた。被害妄想がこのまま酷くなれば、彼自身に良くない。

 そもそも魔法を使われて何かをされていれば、流石に気付く。もし人に気付かれない技量の持ち主なら、こんな所にいる理由にならない。そしてする理由も分からない。

 だがまぁ、世の中には人に愛されやすい人間……というものはいる。それは纏う雰囲気や、話す言葉。気遣いや、立ち振る舞いなど様々な要因全てで人の好感を買いやすい人間は確かにいる。

 それはある意味魔法よりもすごく、単純なもので……まぁ、チノはそういう類なのではないだろうか。

 つまるところ、ジェットはチノという少女に悪感情を抱いていない。



 そしてまた数日後、ようやく色々と抱えている問題に向き合えるようになった頃。

 朝から庭に立つ謎の男がいた。その男はまるで岩のような筋肉を全身に付けて、山のような体格をしていた。全身に様々な傷が刻み込まれており、歴戦の戦士ですら一目合えば目を逸らしそうなくらい人相と目つきが悪い。まるで猛獣のような空気を放つ男であった。


 その男は、窓からジェット達が呆然と見つめていても微動だにせず、恐らくだがこちらからの動きを待っているのだろう事が分かる。

 逆立った髪はまるで金属のように鋭く。舞い落ちた葉っぱが突き刺さる。もしや、このまま放っておけばずっとあそこに立っているのだろうか。ジェットは冷や汗を浮かべるが、どうすれば良いか分からない。

 一睨みでジェットの事など消し飛ばせてしまえそうなくらい、強者だ。ぶるりと身震いをした。もしもの時のために自分以外の者を逃す算段をつけながら悩んでいると、後ろからチノが歩いてきた。


「おや、侍女長にジェットさん。おそろいで何を……」


 お盆にティーポットを乗せたチノが何気なしに外を見る。そして、庭に立つ男を見て少し眉を顰めた。

 数瞬の後、チノはビクッと身体を震わせる。「トカセン……」と何事かを呟いた気がするが良く聞こえなかった。いつも落ち着いている彼女がここまで狼狽えるのは初めて見た為、どちらかと言うとそちらにジェットは気を取られていた。

 しかし、仕方ないとジェットは外の男を見る。凄まじい、力の持ち主だ。きっとチノもそれを感じ取ったのだろう。恐怖に駆られても仕方がない。しかし彼女は驚くべき提案をしてきた。


「私が、あの不届き者に用事を聞いてきましょう」


 ジェットは驚いて言葉が出なかった。そうこうしているうちに彼女は踵を返して外へ向かおうとしており、ジェットはなんとかその肩を掴んで止めた。


「待ってくれ、チノ。俺が、俺が責任を持って彼と話をつけてくる。あの状態で何もしてこないということは、何もここにわざわざ揉めにきたわけではないだろう」



 ゴクリと、ジェットは自身の唾を飲み込む音がとても大きく聞こえた。心臓は早鐘を打ち、本能がその男から距離を取れと警告を上げる。

 目の前に立つと、周囲と比べて低くない身長のジェットすら子供扱いされそうなくらい体格差があった。彼の持つ雰囲気が更に大きく見せてくる。

 何から、言うべきなのか……ジェットが悩むうちに、いつの間にか目の前から大男の姿が消えていた。


 いや、地面に土下座をしていた。ものすごく綺麗な姿勢だ。謝罪というよりは、挨拶のようなものか。頭を上げ、見た目に反して丁寧な所作で彼は言う。


「ワシは『ケンロン』、事情があって身元を名乗れん。が、あんたの味方をする為に、ここにきた。ということで」


 ポン。瞬きの間に、大男ケンロンはジェットの肩をすれ違い様に叩き、勝手に家に向かっていく。


「この家に、世話になるけんな……ッ!」


 待ってくれ。ジェットがそれを口にする間もなくケンロンは家に向かっていく。こちらの話を聞こうとすらしていない。


「あ」


 一言漏らして、何かに気付いたケンロンは踵を返して家の敷地を出ていく。そして茂みを何やらゴソゴソ。

 ポイっと何かを投げ捨てる。ジェットの前に滑ってきたそれは何と人間であった。

 ポイポイッと、人間がどんどん投げ捨てられる。ジェットの前に、十人をゆうに越えた数の人間が積み上げられ、ケンロンがさも当然だといった顔で戻ってくる。


「コイツら、この家に攻め入ろうとしとったけん。シメときました。全く、舐め腐りおって」


 積み上げられた人間達を、改めて良く見ると命だけは何とかある様だが身体の至る所に酷いアザと、あらゆる骨があり得ない方向に曲がっている……。


「うっ……く、クソがぁ……」

「むっ!?」


 積み上がった人間達の一人が、別に死んではいなかったが息を吹き返した様に呻きだした。驚くケンロンへ恨みがましい視線を送り


「こんッ!! 死に損ないがァッッッ!」


 ブチ切れたケンロンに顔面を蹴飛ばされた。その勢いで人間の山は飛び散り、蹴られた本人の首は言葉にするのも憚る状態に。

 散らばった人間達を見下ろしながら、荒い息を落ち着けたケンロンがジェットに振り返る。


「さっ、家に行きましょか」


 ジェットを含み家の中からその様子を見守っていた面々が顔を引き攣らせている中、ケンロンは悠々と家の中へ入っていった。



 *



 アルカディア連合は、魔導国家アルカディアが龍華王国の侵攻から周辺諸国を守る為に結成した……アルカディアを本国として、その他を傘下国とする大小様々な国の集合体である。

 自治はそれぞれの国が元々持っていた領土をそのまま任されており、基本的にアルカディア本国からの干渉は驚くほど、無い。



 故に、龍華王国からの侵攻が途絶えてしばらく。


『平和ボケ』した国々は、より大きな利益を求めて互いに衝突せんとしていた。


 それこそが『魔王』討伐後にアルカディア連合全体で流れる不穏の空気であり、それは皮肉にも『竜』が関連する事件を発端として一気に燃え上がる事となる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] チノはいけません、完全に心を許しきる前に追い出さないと……。 ペペロンチーノとまともに付き合えるのは彼/彼女と同様にクズゥな方でないと。
[良い点] 久しぶりに新章が始まってワクワクします
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ