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第11話 リトリと行く

ちょっと迷走しました


 俺の名はペペロンチーノ、緑のふわふわした髪に翠眼の美少女だ。

 ある日、なんとなくカトリというイケメン店主の喫茶店へ向かっていた時だった。店の向かい、路地の影に怪しい人物が店内を凝視している。なんだか見た事があるような気がするので俺は近付いていった。


 その人物は、青みがかった黒髪に黒い瞳、お坊ちゃんカットの少年だった。身長は160を超えたくらいだろうか?前に見た時より大きくなっている、さすが成長期。

 俺はコソコソとしているその少年の後ろから抜き足差し足で近付いていく。ある程度近付いたところで少年がいつの間にか抜いていた剣が首元に。


「誰だ。これ以上近付けば斬……」


 少年は振り返ってギョッとした。俺はその隙に彼に飛びついて首に腕を回す。ギュッと抱きしめて口を開く。


「久しぶり、リトリ」


 俺が甘えた声で囁くと、リトリは顔を真っ赤にして俺を引き剥がそうとする。必死に抵抗するがステータスの差は歴然、肩を掴まれて身動きが取れなくなった。


「ぐ、くそ、魔女め。何の用だ」


 それはこっちのセリフである。コイツは現国王の息子、要は王子にあたる人物だ。この国は王様として武力的な意味で最も強い者を選ぶ、その為いわゆる王位継承権というやつがリトリにあるわけではない。とはいえ王子は王子。この国において特別な存在である。


「それはこっちのセリフだよ、もしかして私に会いに来てくれたの?」


「そんなわけないだろ!その喋り方はやめろ!」


 リトリはかつて俺に騙されている。色々あって王城の地下牢に閉じ込められていた俺の幸薄美少女っぷりに惚れ込み、その後それが偽りの姿だと知って大層激怒していた。

 なんやかんやで現国王と交流がある為、リトリは俺の本来の性格と口調を知っているが、おそらく俺のぶりっ子ボイスを聞くと当時の事を思い出して枕に顔を埋めて叫びたくなるのだろう。黒歴史にされている。


「お前の、分かっててそういう事をしてくるところが嫌いなんだ……!」


 嫌も嫌よも好きのうちってね。俺は満面の笑みを浮かべてから、カトリの喫茶店の方へ顔を向けた。


「ところで、用があるなら入ったら?店長とは知り合いだし、紹介してやろうか?」


 俺がそう言うと、リトリは妙に神妙な顔つきで首を横に振る。


「お前はそんなに鈍い奴じゃない。僕が何かしらの事情を抱えていることくらいわかっているだろ」


 何度も処刑されているが意外と付き合いが長い俺とリトリ。俺の性格に対してだろう、どこか諦めたような表情を浮かべるリトリに何か文句でもつけてやろうと口を開こうとして、突然身体が宙に浮いた。


「そういうわけだ、魔女。いいからさっさとどこかに行け」


 ラングレイだ。実は中々の地位にいるらしい中年竜騎士様が俺の首根っこを掴まえて持ち上げている。おそらく護衛として側にいたのだろう。しかし、王子の護衛につけるほど優秀な奴だとは思っていなかった。しょっちゅう仕事サボって喫茶店来てるし。


「今日はモモもがっ……!」


 その事をシレッと暴露してやろうとしたがすぐに俺の口を塞ぎリトリから離れるラングレイ、コソコソと耳打ちしてくる。


「おい、頼むから余計な事は言うなよ。リトリ王子は真面目で厳しいお人なんだ」


 ……ケーキ。


「ぐっ、わかった。好きなケーキを三日は奢ってやる」


 わーい!

 俺とラングレイがコソコソキャピキャピしていると、不思議に思ったリトリがこちらに近付いて来た。


「なんだ?ラングレイ、お前も何か弱味でも握られているのか?」


 リトリが口を開く前に機敏な動きで姿勢を正すラングレイ、なんだかこいつの真面目に働いてる姿を初めて見たぞ。

 てかおい王子殿、何だよお前の俺に対する評価は。まるで俺が人の弱みに嬉々としてつけ込む奴みたいな口振りじゃないか。


「いえまぁ、大した事ではないので心配はありません。リトリ様も何かコイツとあったんですか?」


 ラングレイの奴は知らないのか。処刑云々辺りからは流石に知っているだろうが、その前段階のリトリのデレデレ時代は知らないと見える。チラリと俺はリトリの顔を見た。

 それと同時に彼は素早くこちらに背を向ける。気恥ずかしいのだろう、俺はニヤリと口角を上げた。


「お前の知る必要のない事だ、以後の詮索は禁止する」


 どこか突き放すような声色で言い放つリトリの背中に俺は優しく抱き着いた。相手が誰かすぐに気付いたリトリの顔は耳まで真っ赤になる。やれやれ、相変わらずウブな奴だせ。


「リトリー、そんなつれない態度をとるのはやめなよー」


「ええいっ!離せっ!」


 俺の顔をぐいぐい押し退けようとするリトリの姿に、なにかを察したらしいラングレイが瞳に哀れみの感情を浮かべて優しく見守っている。俺は引き剥がされてその辺にポイされた。


「ところで何だその格好は、お前はアルプラ教徒だったか?」


 今の俺は修道服姿である、女神アルプラという神様を崇拝する宗教の制服みたいなものだ。聖公国というデカイ宗教国家の主教に当たるもので、この世界において最もメジャーな宗教といえる。昨日調べた。

 ちなみに余談だが、今までは白が基調のチャイナ服やアオザイに似たワンピースを着用していた為、俺の印象はガラッと変わっている。どう?似合うかリトリ?


「あ、ああ、似合ってる。……じゃなくて!お前に聞いた俺がバカだった!ただの気まぐれで着ているってところだろ!」


 よく分かっているじゃないか。いつも同じ服だと飽きられてしまうだろう?こういう清楚な服を着て印象を変えていかないと。


「その服着て変な事してたら異端審問にかけられるぞ」


 ラングレイから有難いお言葉を頂戴したが、残念。既にその道は通っている。


「相変わらず生き急いでるな」


 それほどでも。そんなやり取りを路地裏でしていた折の事、何処からか女性の悲鳴が聞こえてくる。


「こっちだ!」


 聞くが早いかリトリが人気の少ない方へ駆け出した。護衛として側に居るラングレイは当然として、面白そうなので俺もその後を追いかけていく。しかし、早い。この二人早い。俺はあっという間に置いて行かれた。

 ようやく追いついた時には、何やら既に解決している様子。10代後半くらいの女を守る様にリトリとラングレイが立ち、その周りには身体の何処かしらを抑えている何人かの男達が囲んでいた。


「くっ、何だこいつら、強い……!」

「くそっ、覚えとけよ!」


 最高にテンプレな捨て台詞と共に男達は何処かへ逃げていった。俺はいまいち状況が把握できないまま皆の元へトコトコ歩いていく。


「大丈夫か?」


「あ、ありがとうございます」


 地面に座り込んでしまっていた女をリトリが起こしてやっているのを横目にラングレイに事情を聞くと、何でもこの女が先程の男達に囲まれていたらしい。


「乱暴目的にしては殺気立っていたし、奴等もそれなりにいい格好だったな」


 なるほど、ただのならず者による犯行とは言い難いわけだ。リトリとラングレイが目を合わせて、コクリと頷きあった。何だ何だ?


「良ければ何だが、事情を聞かせてもらえないか?その、大事そうに抱えている物と何か関係が……?」


 そう言っているのを聞いて女の方を見ると、確かに何か紙の束の様なものを抱えている。女はと言うと、その問いに対して少し警戒の色を見せた。


「し、失礼ですが、貴方方は?」


 リトリは王子ではあるが、市井の民にまで顔が知れ渡ってはいない。本来ならこんな街中を歩いているのが異常だ。そもそもお忍びで来ていたのかラングレイの方も私服である。


「すまない、僕はリー。織物問屋の息子だ。彼はそんな僕の従者となるランという」


 そういう設定なのか。俺はチラリとラングレイ改めランの方を見ると、少し戸惑っている。初耳かよ。

 それを聞いた女は、次に俺の方をチラリと見てくる。ふむ、俺は察しが良い女なので人懐っこい笑顔を浮かべて襲われ女の元へ駆け寄り彼女の手を握る。


「私はチノ。神に仕える身ですが、若様達とは懇意にさせてもらっています。この二人は誠実な人達ですので、力になれるかと思いますよ」


 自分より年下に見える同性がいるからか、警戒心が解けるのが見える。リトリもそれに感付いているのか、適当な事をぶっこく俺に対して珍しく何も言ってこない。

 俺の慈愛に満ちた瞳と言葉に懐柔された女は、ややあって涙をこぼし始めた。ポツリポツリと語り始める。


「急に姿を消した兄から手紙が届いたんです。手紙といっても、慌てて紙切れに書き殴ったような……そんなものでした。そこに書かれていたのは昔兄とよく遊んだ場所だけで、不思議に思ってそこに行くと……」


 そこまで言って、彼女は抱えていた紙束を見せてくる。


「このよく分からない紙の束が隠してあったんです。二人の大切なものを隠そうって、そう言っていた宝箱に。その時思い出したんです、居なくなる前に、兄は働きに出ている先で変な事を頼まれたって。あそこは何かおかしいと……兄は真面目な人だから、急に居なくなるなんておかしいんです、きっと何かに巻き込まれたんだわ」


 その紙束を見せてもらうと、何だろう……数字とか文字とか色々ある……。やだ、意味わかんない……。ラングレイに横から奪われた。ぱらりぱらりと読み込んで一言。


「帳簿……?」


 要約すると、不当な収支のようなものを証明する書類らしい。成る程。大方、秘密を知ったお兄さんは証拠を持ち出して隠す事には成功したが、その後捕まって殺された……。といったところだろう。


「いやまて、お兄さんはまだ生きているんじゃないか?」


 なむなむと手を合わせている俺の頭をスパンと叩いてリトリが言う。確かに早計だったな、言い直そう。この書類の場所を吐かす為に拷問されているところだろう。もう一度頭を叩かれた。


「どうしてそう、不安を煽るような事ばかり言うんだ」


 ともかく、いつまたこの妹が襲われるか分からない。あえて攻勢に出よう。俺のその言葉で兄が勤めていた勤務先へ押し掛ける事にした。しかし妹の顔は割れていると考えた場合、連れて行くだけで相手側に警戒させる事になる。ラングレイを妹の護衛に残して俺とリトリの二人で向かう事になった。


「ここか」


 そこはそれなりに大きな建物だった。中を覗き込むと、多くの人間が慌ただしくしている。チラリと振り返ってリトリを見ると、何やらこちらに向かって手招きしている。何だ何だ?と俺が近付いていくと少し不機嫌な顔をしていた。


「先走るな」


 そう言うとリトリは右手を少し上げた。


「中に人を閉じ込める牢のようなものがないか調べてこい」


 それは俺に言っているのだろうか?よっしゃと腕まくりをしてみたところで何処からともなく男の声が聞こえてきた。


『了解致しました』


 え?まさか、忍者ですか?


「にん?よく分からんが、隠密の一人だ。……もう既に中まで入り調査を始めているだろう」


 成る程。そんな存在もあるんですね。ちょっとワクワクしてきた俺は腕まくりもそのままに店まで進もうとしてリトリに腕を掴まれ、身だしなみを整えさせられた。


「とりあえず、あの帳簿が本物かどうかも確かめなければならん、聞き込みをしてみよう」



 そういうわけで建物の中に二人で入っていく事にした。中には来客に対応するためのカウンターの様なものもあるが、基本的には倉庫を兼ねているのだろう。色んな荷物がごちゃごちゃとその辺に積んであった。

 紙と睨めっこをしながらその荷物を漁ったり、重そうな物を一生懸命と運んでいる様子から、要は商会の様なところなのだろうと当たりをつける。


 そんな中に突然見知らぬ二人組が入ってきたので当然目立つ。手が空いていたのだろう男が警戒心露わにこちらに歩いてきた。


「なんだいあんたら、何か用か?」


「ああ、いえ。知り合いがここに勤めていると聞いたもので訪ねてきたのですが」


 シレッとした顔でリトリは兄の名前を出して話をしたいと伝える。すると、男は顔をしかめて困った様に頭を掻いた。


「あいつかー、それがなぁ……何日か前からここにも来てないんだよ。連絡も何もなかったから病気でもしたんじゃないかって話になったんだが……家にも居ないって話でな」


 そこまで言って、男は周りを少し確認してから声を小さくする。


「上の人は夜逃げでもしたんだろうって言ってるが、真面目だったしそんな奴じゃないんだよ。居なくなる前にも飲みに行ったんだが、妹の為にも頑張らなくちゃいけねぇって……そう言ってたしな」


 男の瞳には本気で心配している感情が見える。リトリが俺の方へ視線を送ってくるので、俺は頷いて答えた。これは嘘ではなさそうだな?という確認だ。


「実は、僕は彼から何か変な事に巻き込まれそうだという話を聞いたんですが……。何かその様な事は聞いてませんか?」


 リトリはこの男を信用できると見たのだろう、踏み込んだ発言をする。それを聞いた男は一瞬眉をひそめるが、やがて首を横に振った。


「悪いがそこまではよく分からん、すまんがこれ以上は……な」


 流石に見知らぬ二人と話しているのは目立つ、管理職らしき人物が睨みを利かせ始めたので男は仕事に戻っていった。このままここに居続けるわけにもいかないので、俺とリトリは外に出てまた話し合う。


「一人にしか話は聞けなかったが、妹さんの言う通り、中々真面目で誠実そうな人だな」


 ならば、やはり……。と二人で顔を見合わせる。これはもう、あれしかない……潜入捜査だ。



 という事で、修道服を脱ぎ捨てた俺は店の従業員に成りすまして先程の建物の中をうろついていた。すると、ある部屋から話し声が聞こえてくる。


「ちっ、まだあれは見つからんのか!」

「はい、なんでも……腕の立つ二人組に阻まれたと」


 ガシャン!と中で何かが割れる音がした,


「ふざけるな!次はもっと人数を増やせ!……くそーっ!あいつめ、余計な事をしよって、あれが見つかれば……」


「了解致しました。それで、例のあやつはどう致しましょう?」


「ふん、もう奴に価値はない。斬って捨てろ」


 ふむふむ、おそらく兄の事だろう。どうやら生きていたようだ。しかし、帳簿の行方が分かった時点でもう命の価値がなくなったのだろう、殺されてしまいそうだ。あの隠密さんは無事見つけたのだろうか。


「まぁまぁ、落ち着きたまえよ。無事に見つかったのだろう?ならばそれを迅速に処理すれば問題がない……アレが出回れば私とてタダではすまないのだからね」


 ここで新しい声が聞こえてくる、なんだろう……悪代官か?


「は、はい!た、た、大変ご迷惑をおかけしましては、申し訳ありません」


「君と私の仲ではないか……次はないがね」


「は、はははい!今の我々があるのも、全ては貴方様のお陰です」


 ふーむ、やはり何かしら強い権力を持った奴の力で不当に金を稼いでいたという感じの会話だ。そんな話をこんな大声でするなよ。


「ところで、ネズミが紛れているようだが」


 突如として壁に穴が空き、俺の肩に剣が突き刺さった。壁の向こうから攻撃されたようだ。ぐぅ、俺が風車とかを使う様な忍者だったら避けれたのに……。一生懸命刺さった剣を抜くが、ゆっくりと扉が開かれて中にいた人物に捕らえられる。


「さっきの話を聞いていたな?」


 これは妹の襲撃犯のトップだろう、最初に謝ってた奴だ。


「丁度いい、あの男と一緒に殺してしまえ」


 続いて商会のトップらしき男が冷たい瞳で言い切る、奥には椅子に踏ん反り返る男……俺が今悪代官と名付けた男もいる。

 こ、ここで普通俺は逃げ出して先程の会話をリトリに伝えるパターンではないのか……?しかし俺の性能ではどうしようもなく、肩に担がれてどこかに連れてかれていった。最後の抵抗で血で手垢を付けまくってやるが、俺を肩に担ぐのはおそらく汚れ仕事担当の男。全く気にしていない。


 連れて行かれたのはなぜか開けたところだった。見上げると空が見えるが、周囲は建物に阻まれているため助けは望めない。例えるならば学校とかの中庭っぽい所に俺は無造作に投げ捨てられた。俺の近くには大の字状の柱に縛られている男がいる。

 身体中傷だらけだが、なんとか生きているようだ。治療すればなんとかなるだろう。これが多分兄だ。


「お前には苦労をかけさせられた……だが最後の慈悲に黄泉への道連れを用意してやったぞ」


 商会のトップが手で合図をすると、剣を持った男が俺の傍に立った。おいおい、展開が早いな。


「あの世で私を裏切った事を悔やむがいい」


 どうやら兄は自分の手で始末をつけるつもりのようだ。商会トップのおっさんは兄の傍までいくと、おもむろに剣を抜いて振りかぶった。


「死ねぃっ!」


 もはやこれまでか、そう思ったとき……風切り音が耳に響いた。


「ぐぅっ!」


 棒手裏剣だ、何処からともなく飛んできた棒手裏剣が商会トップの腕に突き刺さった。その弾みで剣を地面に落としてしまう。


「何奴だ!」


 俺が叫んだ。するとそれに答えるように何処からか声が響いてくる。


「此度の悪行、見逃せるものではない」


 そう言って姿を表したのは、なんとリトリであった。その後ろにはラングレイと妹、あと知らない黒ずくめの男が立っている。黒いのは多分隠密だな。


「この商会と関税局員である貴様とで結託して、売り上げを改ざんし、税金を免れていたという所だろう?そして、その悪事の一端を任せようとし、それを勇敢にも断り告訴しようとした彼を口封じに殺そうとした……許せる行為ではない」


 な、なに!そうだったのか!?脱税してたのか〜。なんだか話が凄い勢いで進むがそういう事らしい。


「お兄ちゃん!」


「ば、ばか!来るんじゃない」


 兄と妹の感動の再会である。俺の存在は忘れられている気がするのでリトリとラングレイの元へ歩いていった。


「ふん、だからなんだと言うのだ。貴様何者だ?それを知ってどうすると言うのだ」


 悪事はバレたが、言うなれば相手にとってこの場所は自分の土俵。俺達からすれば敵地。商会トップと悪代官は余裕の表情である。それを聞いたリトリは溜息一つ。


「僕の顔を忘れたか」


 そう言われて、二人の男は眉をひそめて記憶を探る。やがて、悪代官の方が記憶に思い当たるものがあったのか、突然慌て出して跪き始めた。


「お、王子!」


 王子?商会トップや襲撃者トップが一瞬何かを考えて、やがて思い至ったのか周囲の人間と合わせて膝をつける。


「王子?」「王子様だと?」「何故リトリ様がここに」


 口々に戸惑いの声を上げる男達。俺は何となくどこかで見た展開だなぁと、ラングレイに剣で刺された所を治療してもらいながらぼんやり考えていた。


「我が母が治める国の、膝下であるこの街でそのような行い……許せるものではない、潔く自害せよ!」


 リトリが強く発言すると、悪代官と商会トップは悔しそうに顔をしかめて地面の砂を握りしめた。


「もはやこれまで……」


 ぼそりと呟いて、悪代官は立ち上がった。それに合わせて商会トップも立ち上がる。


「こうなれば、王子には黄泉への旅連れになってもらいますぞ!者どもであえい!であえい!」


 その声を聞いたのか、周りの建物から武器を持った男達がぞろぞろと現れる。こちらを囲うように広がって、全員が武器を構えた。ラングレイも身構える中、リトリはゆっくりと腰の剣を抜く。刀に似た、片刃の剣だ。


「こやつはリトリ様の名を騙る痴れ者よ!斬り捨てい!」


 男達は一斉に雄叫びを上げた。凄い威圧感だ……!俺は小さく丸まった。一方リトリは冷静に、剣を刃が立たぬように持ち替えた。


「おおお!」

「うらあぁ!」


 男達が一斉に襲いかかって来る、リトリは一人ずつ峰打ちを叩き込んで沈めていく。一人、背後から斬りかかる男の剣を避け肩を叩き、その男を掴んでもう一人横から来ていた男にぶつける。そうして怯んだところで胴を薙ぐ。四人、五人、六人。リトリに殴り倒される者が増えていく。ギロリとリトリが周囲を睨むと、周りを囲んでいた男達はその気迫に一瞬怯みを見せた。


 いつの間にか、離れた位置にいた兄と妹は抱き合っていて、その近くで黒ずくめの男が剣を振るっている。ちなみにラングレイと俺はリトリが討ちもらした敵を処理する係だ。俺は地面に倒れて呻いている男の頭を石で殴りリトリを見た。


「く、クソォ!」

「バカな、リトリ王子は文官肌のはず……!」


 気付けばリトリは悪代官と商会トップを追い詰めていた。あと身を守ってくれるのは、おそらく用心棒達のトップ……俺の肩を刺してくれた奴だ。


「リトリ!そいつは俺の肩を刺した奴だ、コテンパンにやってくれー!」


 俺はここぞとばかりに叫んだ。肩刺し男が他の連中とは比べ物にならないくらい鋭い太刀筋でリトリに襲い掛かる。俺は思わず息を飲む。勝負は一瞬で決した。リトリの剣が肩刺し男の首を切り裂く。血飛沫が辺りに舞い、男の身体は崩れ落ちる。

 峰打ちでのされる奴が多数の中、突然のあまりに凄惨な殺人に悪代官と商会トップは恐れ慄いていた。俺もちょっとびびっている、煽った手前言うのもなんだが。


「成敗!」

「抵抗はやめろ、お前達にはまだ尋問しなければならないからな」


 俺の成敗は無視された。その後、悪党二人は忍者に斬り殺される事もなく、普通に捕縛され尋問を受ける事となった。二人は大人しく悪事を認め、後は余罪を調べている。


「いやー、しかし、良かったですね。お兄さんも無事で」


 ラングレイが心底嬉しそうにそう言った。関わった相手が取り返しのつかない事になっていたら後味悪いしね。そう言ったらラングレイに頭を叩かれる、なんか今日叩かれてばっかりだな。ムカついたので背中に血の手形をつけておいた。

 俺達の目の前では今回酷い目にあった兄と妹が涙ながらに何かを話していて、何となくほっこりとした気持ちになってくる。ドラマのハッピーエンドを見た気分と言えば分かるだろうか?兄の方は至る所に怪我をしているが命に別状はないそう。まぁしかし、実際タイミング的にはギリギリ間に合ったと言える。


「てかさ、リトリっていつもこんな事してるの?」


 何かこう、国のお偉いさんが市井に降りて悪党を討伐するって……凄くかっこいよね。俺も王子とかそういう立場だったらそういうのしたい。そんで女からモテモテになりたい。あ、今はどちらかというと姫だった。


「……僕の母は、武に優れる一方……少々、文に弱い」


 すこし目を伏せてリトリが言う。俺は少々という部分に少し引っかかったが、色にも優れるよねとだけ答えた。無視された。


「だから、この様に腐った連中も生まれ出てくる。母の武力が圧倒的だからこそ、影に隠れてタチが悪い」


 ぐっと、リトリは決意を表す様に拳を握った。


「母の代わりに僕が世を正す……までは言わないが、せめて少しでも母の力になりたいと思っているんだ。それに、母も昔は似たようなことをやっていたというし」


 ……そういえば本人から聞いた事がある。街を練り歩いて悪い事をしている奴を、それを口実にボコってたと。うん、まぁ……動機はどうあれ結果は同じだな、うん。ストレス発散だとか言っていたが、まぁ彼女なりの照れ隠しだな。そういう事にしておこう。


「見事な志です、リトリ様。流石はサトリ様の息子、その国を思う心は立派でございますな」


 何だかよく分からんがおべっかを使うラングレイ、こいつ……露骨に出世を狙っているな。邪魔してやりたい。俺はリトリの握り拳を両手でそっと包み込んだ。


「うん、リトリは立派だよね。私、見直しちゃった。でも……あんまり無茶しちゃダメだよ?ケガしたら、悲しいよ」


 上目遣いで俺が言うと、ウブな王子様は耳まで真っ赤にして俺の手を払い除ける。くくく、これでリトリの関心は俺に集まったぜ……。


「ああもう!とりあえず実際に目で見て知る事は大事だと思っている、という話なんだ!いつもと言っても時間が空いている時にな。これでも次期王の座を目指す身だからな!色々忙しんだ!」


 律儀にそう言い切ってリトリはこちらに背を向けた。照れちゃってもー。


「ああやって、自分の権力を私利私欲に使う輩は少しでも減らしていかなければならない。いままで武力一辺倒で来たツケを払うときがきた」


 リトリの言う通り、龍華王国は武力至上主義で今まで発展してきているという背景がある。だが、国が大きく長く続くと権力を持った人間は腐敗し、ズル賢い連中が出てくる。多分その様なニュアンスのことを言っている。


「リトリ様は文武両道をその身に体現しようと言うのだ、お前も見習うといい」


 なんだこいつ……何故か偉そうにそんな事を言う中年騎士さんが続ける。


「ところで、気になってたんですけど、リトリ様はペペロンチーノのこと好きなんですか?」


 ラングレイは減給になった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ぺぺさん終始リトリくんには好意的だしからかうためとはいえ多分唯一体をくっつけるレベルのスキンシップするしペペロンチーノ×リトリという概念を推していきたい
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