第102話 嫉妬狂いの鳥葬2〜情熱の胸板〜
「ジャックさぁん。ここなんですけどぉ……」
閉店間際の店内、猫撫で声でジャックこと鳥型獣人に身を寄せるのは胸ばかり育った少女店員だ。
テーブルに帳簿を広げ、計算の仕方をジャックから教えてもらう為に、不必要に接近している。
その様子をどこか底冷えする様な瞳で見つめている少年店員の手に、強く力が入った。洗い物の皿にヒビが走る。
ギリ……。本人も気づかぬ内に、少年店員は歯軋りをしていた。怨嗟の念は二人の方向へ向けられるが、しかしまるで届かない。二人だけの空間を作り、まるで少年店員だけが一人店内に取り残されているかの様な錯覚を覚えた。
「おい、落ち着けよ」
そっと、白くなるまで強く握られた少年店員の手に優しく大きな手が乗せられた。ゴツゴツとした、実に男らしい手だ。
だが、少年店員はそれを鬱陶しげに払い除けると、キッと強く持ち主を睨みつける。
「まてよ。俺は何もしていないだろう?」
そこに居たのは、最近雇われた料理人だ。白い衣装の胸元は大きく開かれており、逞しく豊かな胸板を惜しげもなく覗かせている。
緩くウェーブがかった髪は長く、後ろで縛ってある。強い眼光に彫りの深い顔に少し伸びた髭と日焼けした肌。背はかなり高く、そして全身の筋肉が服を破らんばかりに主張している……強く、雄を体現している様な男だ。
「ねぇジャックさん。この後……暇ぁ?」
少年店員と料理人が睨み合う中、ふと店内に甘ったるい猫撫で声が響いた。ジャックの胸に指を這わせ、少女店員が潤んだ瞳を上目遣いにジャックへ顔を寄せている。
ギョッとする少年店員、それを見て仕方がないとばかりに料理人がため息を吐いた。ぽん、と少年店員の肩に一度手を置いてから、二人の方へ歩き出す。
「待ってくれよ」
料理人の、低く……しかしどこか情熱を感じさせる声にジャックと少女店員が跳ねるように彼の方へ顔を向ける。
彼は二人が反応した瞬間のスキを突いて流れる様に少女店員とジャックを引き剥がし、空いたスペースに身体を滑り込ませる。ジャックの鋭い嘴……の多分アゴ辺りへ撫でる様に触れ、料理人は妖艶な笑みを見せてから少女店員へ振り返る。
「悪りぃが、先約がいるんだ」
瞬間、少女店員の瞳がまるで刃物の様に、彼を突き刺そうとでも言わんばかりに鋭く光った。
だが、すぐにこちらへ駆け出す足音に気付いて彼女は舌打ちをする。少年店員が、焦った顔でジャックの腕を掴む。
「ジャックさん……っ!」
少年店員の、まるで捨てられた子犬の様な哀しげな顔にジャックは思わず胸をときめかせ、グッと喉に何かが詰まった。
「少年、俺は甘くないぜ。若いのには出せない……大人の魅力って奴を、教えてやろうか」
「結構です……っ! 俺はあんたにも負けませんから!」
ポタリと、床に赤い染みが出来る。
怒りのあまり、握り込んだ手に食い込んだ爪が皮を破ったのだ。しかし拳を解かず、少女店員は忌々しげに呪詛を吐く。
「邪魔なのよ、あんた達……」
かつては幼馴染だった男、後から出てきた泥棒猫。少女店員の心は嫉妬の炎に焼かれている。
*
何故、俺はこんなものを書いているのだろう。
そう思いながらも、文庫本一冊分の原稿を担当編集に渡す。
ペラペラとその場で読み出したので、手持ち無沙汰に俺は珈琲を飲む。迷宮都市の俺の店だ。あの鳥男はすっかり珈琲を淹れるのが上手くなり、もはや嫉妬するのも無駄なので大人しく奴の淹れたものを飲んでいる。
俺の喫茶店は、結構客が入る割に静かでなんとなく雰囲気がある。内装にも気を使ったしな。
その静かな空間に、ペラリペラリと紙を捲る音が響く。そんな物音さえ、自然に空気に溶け込んでいる。
我ながら、良い店に育ったな……。その捲られている紙に書かれた内容は置いておいて、俺はぼんやりそう思った。現実逃避とも言える。
「良い味出してますね、このライバルキャラ。どこかにモデルが?」
半ば辺りまで読んだ編集が顔を上げて瓶底丸眼鏡の向こうから輝いた瞳を俺に向けてくる。
丁度、その瞬間に店のキッチンから一人の男が顔を出した。最近雇った、多くは描写しないがムキムキの料理人だ。客に出す料理をカウンターに置き、それを少女店員が客の元へ運ぶ。
編集もそちらの方を向いていた。チラリと彼女を見ると彼女もまた俺の方を見て、コクリと頷いた。
そしてまた、無言で顔を落として原稿を読み始める。俺は何となく気まずく珈琲を啜った。
「先生は、リアルを落とし込むのが上手いですよね。中々想像させる」
どういう意味かな?
言葉少なく、しかし気になる発言がこの編集の持ち味だ。俺は一人弁解する。いやね? 俺が何かを見てそれを想像しているわけではない、こうあれだ、好きで想像してるわけじゃないよ? おふざけだからね? あくまでね、今回も求められてるからまぁ仕方なくというか。
「はいそうですね! いやぁそれにしても先生はやはり、男性同士の距離感が上手いですね! こう、爽やかさがあるんですよね。特にこの最後の、少年と料理人が拳を合わせる所。何故ですかねぇ……色気はないのに、何故か心にグッとくる」
女性にはね、分からない距離感っていうのをしかし私は分かるんですよ。男同士の、友情ってやつね。俺は編集へそう自信満々に言った。
まぁ逆も然りなのだが……男には女性同士の真の距離感は分からないものだ。だがその点俺は、いわばハイブリッド。いや、そうじゃない、なんかまるで俺が好きでこういう小説を書いているみたいじゃないか!
脳内で自分にツッコミを入れていると、編集が次にダメ出しをしてくる。
「でもそうですね、ジャックさんの台詞が減りました? あと少し……流されやすくなっている様な。彼には軸というものを持っていてもらいたいですね」
あ、ああ……そ、そうかな? 俺はカリカリと編集に言われたことをメモにする。確かに、昔のRPGの主人公の様に無口キャラみたいになっていたかもしれない。
読者が感情移入しやすいかなと思ってのことだったのだが……。恐る恐るそう言うと、編集はニコリと笑ってズイッと顔を寄せてきた。
「それは違います先生。ジャックさんが、異なる価値観を受け入れられず、しかし気付けば自身の価値観を根底から変えられている……そんな、過程にこそ意味があるのです。先生の爽やかかつ情熱あふれる友情が、ジリジリと灼かれる様に情念へと変えられていく。それこそが、先生の売り!」
な、何を言っているんだこいつは……。目を輝かせ、拳を振り上げて熱弁する瓶底メガネ編集に俺はドン引きする。
「先生、読者の事を考えるのは大事な事です! しかし、最も大事なのは先生の溢れんばかりのパトスを作品にぶち込む事っ! 分かりますか!? 読者が求めているのは! 真に求めているのは先生の情念なのです!」
新手のセクハラかな? まるで俺が腐の方とでも決めつけている口振りに不満を持ちつつも何も言い返せなかった。こう、勢いが凄いのだ彼女は。
「なので、構成はこのままでいいのですが、各編ごとに……」
そしてそのまま編集はダメ出しを続ける。俺は大人しくそれを聞きながらメモをする。
時には俺が意見を譲らない時もあった。言うなればこの作品は俺の子供……頭を痛めて生み出した俺の子に、やはり譲れぬ信念が宿っている。
この編集はその辺りの距離の取り方が上手い。俺から本音を引き出し、そしてそれは決して蔑ろにしない。優しく、導く様に自分の性癖を混ぜ込んでくる所がたまに傷か。
「ところで先生、サイン会の話が来ているのですが」
え? サイン会? ペンを片手にうんうんと唸る俺に編集がふと思い出した様に言った。パンっと両手を合わせ、またもや輝く様な笑顔で俺の手を取る。
「はい! 一作目の評判もありまして、続編ともなる二作目への期待はこの界隈では中々のものなのです。そこで宣伝も兼ねて、先生にどうかとうちの編集部から打診がありまして」
いや、ええ? サイン会……それってつまりお、私、顔出さなくちゃいけない感じですか?
「……? 先生の様な美少女が何を恥ずかしがることが? むしろプラスに働くと考えていますが」
面と向かって美少女とか言われると照れるな。でも、俺って一部から評判が悪かったりするからなぁ……顔を出そうものならどの様な嫌がらせをされるか……。
不安が顔に出ていたのか、編集は俺の手をガッ! と力強く掴む。瓶底丸眼鏡を外して、露わになった大きな瞳が俺の目とかち合った。
紅く輝く魔性の瞳だ。k子の色だけついた紅眼とは格が違う、『魅了の魔眼』。
これは異性の精神を目を合わせるだけで揺さぶり、一種の催眠状態にさせる。だがまぁ俺の身体は女なのでそんな効力は無いのだが、この瞳に見つめられながら掛けられる言葉は妙に心に染み込んでいく……。
「先生の悪評は耳にしております。しかし、生み出された作品にそれは関係がない……そして、先生の事をよく思っていない輩は男性が多い事もあり、ぶっちゃけ客層ではありませんのでそういう意味でも大した障害にならないかと思われます」
そう言われてみれば、そうなのかもしれない。俺はぼんやりとそう思った。ならサイン会を妨害される恐れもないのか……? ならば、断る理由も……いつの間にか俺がサイン会を引き受ける事前提で話が進んでいる様な気がする。気のせいかな?
いや待ってくれ、俺は額を抑えて冷静になって言う。俺の事が嫌いなクソどもは、特に失うものの無いプレイヤーなんかは何も考えずに俺の妨害をするかも知れない。
俺の真剣な表情に、しかし編集はにっこりと快活な笑顔を向けてくる。
「大丈夫です。この『界隈』は、大丈夫なんです」
そ、そう……。力強い言葉だった。本当に何も心配がないのだと魔性の瞳が語っている。既に断れる状況ではなかった。
「では段取りの方は進めておきますね! はい、それでは原稿の直しの方もよろしくお願いします!」
原稿を俺に突き返し、編集は眼鏡をそそくさと掛け直して足速に去っていく。相変わらず嵐の様な人だ。
とりあえずサインの練習をしておくことにした。
*
サイン会当日。
『嫉妬狂いの鳥葬2〜情熱の胸板〜』という俺の書いた新作タイトルがデカデカと横断幕に書かれ、その脇には著者:ペペロンチーノとこれまた大きく書かれていた。主張が激しい。俺は羞恥の余り顔を真っ赤にして俯いている。
今の俺は足元近くまである長い髪を太く三つ編みにして、顔には大きな丸眼鏡を掛けている。そう、《化粧箱》による変装だ。ちょっと胸も大きくした。
プレイヤーは《化粧箱》で変身すると、基本的に性格まで一緒に変わってしまう。だが、根っこの自意識は余程の変化をさせない限りは変わらない。
なので、少し外見を弄ることで少しだけ自分の性格を変える事が可能なのだ。思考にまで影響が出るので加減が難しいのだが……髪を少し伸ばすくらいと胸を大きくしたくらいならば、少し照れ屋でお淑やかになるくらいだ。
「今日はおめかしですか? しかしその眼鏡は頂けませんね、野暮ったいですよ」
俺のものなんかより余程野暮ったい瓶底眼鏡を着用した編集が呆れ気味にそう言ってくる。
「はい取りましょう」
スパッと俺の眼鏡を取り上げる編集。くっ……今の俺は少し照れ屋なんだ、顔を無防備に晒すことに抵抗が……無言で、目の当たりを手で隠す。
「何を恥ずかしがってるんですか! もう始まりますよ! らしくない! しっかりしてください!」
という事でサイン会が始まった。
俺の前に列を成し、順番に俺の作品のファンだと言う女性達と握手やら簡単にお話やらをしていく。
それに対して俺は笑顔で、創作秘話などをちょろちょろ漏らしながら対応していく。数人相手をした辺りだろうか、ここに来ている人間は俺のことを好意的に見ていて必ずチヤホヤしてくれると気付いたので、自然と緊張が吹き飛んでいった。
「聖地巡礼もこの前行きました!」
「ここは事実ですか!?」
「こういう捉え方も……」
ファンの人達は余計な話題もなく、ただただ作品の話をして帰っていく。不思議な一体感があった。俺の幼い容姿に驚く人は多いが、しかしそんな事は作品に関係がないのだというファンの人達の態度は、逆に俺の承認欲求を満たしていった。
しかし、やはりというべきか水を差す輩はいるものだ。
「よぉ〜……堕天……。楽しそうなことしてんなァ? サイン、してくれんだって?」
いかにもガラが悪いですといった頭の悪そうな見た目の男が律儀に列に並んで現れた。そして、俺の目の前にナイフをゴトリと置く。
あ? これにサインしろってか? 自然と巻き舌になって威嚇してしまう。
「おー? 怖い目してんなぁ……ったく、気持ち悪いもん書きやがってヨォ?」
腰に差した得物に片手を置きながらガラ悪男はイキった。瞬間、この場を殺気が支配する。サイン会に来ていたファン全員が鋭い目つきで悪男を睨みつけた。
だが、こいつはかなり自分の実力に自信があるタイプなのだろう。周囲から感じる圧に全く動じることはなく、楽しそうに口角を歪めた。
「くくく……楽しそうにしてんなァ、邪魔したくなっちま……っ!!」
突如として、殺気……という表現すら生易しい程の『圧』がどこからか悪男を襲う。無意識に身体は屈服したのか、顔面から冷や汗を垂れ流して膝をガクガク笑わせている。辛うじてその場で崩れ落ちずに済んだ悪男に、『圧』を放った人物が無慈悲にも近づいて来る。
ガシャン。ガシャン。
その足音は金属音だった。銀に輝く『全身鎧』が列の後ろの方から歩いて来る。頭部すら全て覆い隠されており、その表情は窺い知れないが……この場の誰もが理解できる程その鎧は怒気を放っていた。
人間らしい肌色は全く見えない鎧の隙間から瘴気が漏れ出すように、鎧の周囲の空間は歪んでいた。
『貴様……』
くぐもった声は、男にしては高く聞こえるので女性だろうか? 鎧の大きさは軽く二メートルを超えているし、身体のラインなんて全く分からないので断定はできない。
そして、『鎧』が放つ圧は『千壁』にも匹敵する。そんなもの迷宮都市では標準的チンピラの悪男如きが耐えられるわけがなく、『鎧』が近付けば近付くほど膝の震えは大きくなっていく。もはや失禁する勢いだ。やめてね?
ガッ! と『鎧』が力強く悪男の肩を掴んだ。ボキィっ! と肩の骨が砕ける音が響き、悪男は膝から崩れ落ちる。だがそれをまるで意に介することなく、『鎧』は悪男の耳元に顔(?)を寄せた。
『死ぬか……?』
放たれた短い言葉に、しかし悪男は鉄板で焼かれたかの如く地面からぴょんと飛び跳ねて叫び声を上げて逃げ出した。肩の痛みすら忘れた動きだった。
情けなく去っていくその背中を、この場に居た全員がポカンと見つめている。『鎧』はジロリと列を見た。すると、びくりとまるで悪事がバレた様に身体を震わせて目を逸らす輩が何匹か……。どうやら俺の邪魔をしに来たのはガラ悪男一人だけではないらしい。
ガシャン。ガシャン。ガシャン。ガシャン。ガシャン。ガシャン。
『鎧』は増えた。列の後ろから全身鎧を着込んだ集団が現れたのだ。どれもが初めに出てきた『鎧』よりも小さく『圧』も弱いが、集団の足並みは揃っており、只者ではない気配を放っている。
「ク、クラン……『武鉄の乙女達』……っ!」
誰かがそう言った。
簡単に説明すると、迷宮を潜る際に数人で仲間を組むのがパーティー。そして、そのパーティーが複数集まったのがクランだ。
ランスの様なソロ傭兵や『武骨の刃』の様な固定パーティーとは違う、多くの人間の集まりである。クラン内での情報共有、パーティメンバーの交換。人数が多いその分、対応できる迷宮が増えるという事であり、迷宮都市では入る事を推奨される団体である。
クラン『武鉄の乙女達』は女性限定かつ全身鎧の集まりだった。数十人の鎧達は、列を囲んで威圧する。すると、炙り出される様にチンピラ達が列からはみ出てきた。余談だがほとんどプレイヤーである。
「く、くそっ! やっちまえ!!」
チンピラの一人が叫んだ。腰から剣を抜き放ち、それを見て一斉に他のチンピラ達も武器を抜き放つ。なんでこいつらはサイン会に武器持ってきてんだ。
対して鎧達は武器を持っていない。ただ一人を除いて。
『退がれ』
一言。最初の『鎧』であり、この中で最も大きな全身鎧がそう言って前に出る。いつの間にかその右手には、苦痛に歪めた女性の顔の様なシンボルが特徴の大剣が握られている。
軽々と、自分の身の丈以上もある巨大な剣を全身鎧は振り上げた。まるで、発泡スチロールの如き気軽さで持ち上げられたその剣は、しかし見た目以上の重量……いや、質量を伴っていると、すぐにこの場にいる俺を含めた全員が思い知った。
『制圧』
チンピラ達の武器が、それはもう紙細工の様に千切れ飛んだ。重い武器を、速く振る。ただ単純なそれに、針の穴を通す様な器用さを持って莫大なエネルギーを伴った全身鎧の攻撃は……チンピラ達の身体に害を及ぼす事なく武器だけを破壊する。
『見逃すのは、一度のみ』
目にも留まらぬ速さで、広範囲に散らばっていたチンピラ達を一瞬で制圧してみせた全身鎧が今度は何の威圧も乗せずに言う。
子供でも分かる。
先程の攻撃を我が身に喰らえば、タダで済むはずがない。チンピラ達は我先にと逃げ出した。やがて場を静寂が支配すると、全身鎧の集団は各々が列に戻っていく。
思わず俺は、立ち上がって一番大きな全身鎧の所へ行った。握っていた大剣は何処かに収納されたのか影も形もなく、空いた手を握る様に引き止める。
『何か?』
いや、その……ありがとう……。
俺は目を伏せて言った。照れ屋なので。
『気にすることはない。ああいう輩は……残念ながらこの街に溢れている』
それと、お礼を言うことは別の問題でしょう? ニコリと俺が言うと、頭の装甲のせいで見えないが、たしかに相手もヘルムの向こうで笑顔を向けてくれたと感じる。
そうして、この『界隈』では有名な有志による武力で、俺のサイン会はつつがなく終了していった。
*
後日、俺は自分の喫茶店でお茶をしながら『週刊・迷宮都市新聞』という雑誌を読んでいた。
ふと目に留まる記事があった。迷宮都市の探索者……その頂点と言える三人の『超越者』を特集した記事だ。
今回の記事は、『断界の処女』についてだった。基本的に高難度迷宮に潜っている事が多い『仙鬼』と、迷宮都市の裏社会を支配している『千壁』。そいつら二人は色々な意味で調査し辛い。
とはいえ、ならば最後の『彼女』は調査し易いのかというとそうではない。やはりというべきか、高位の探索者は迷宮に囚われているのでいつ何時も迷宮探索をしている事が多い。
だが、彼女には他の二人とは違う特徴があった。それは『クラン』の運営をしているという事だ。彼女自ら、低難度(彼女基準)の迷宮で仲間達の手解きをする事がある。
そのタイミングならば、迷宮都市新聞の記者も同行する事が可能なのだ。実力的な話である。
しかし、今回の記事は迷宮探索の事ではなかった。かつては『閃剣』と呼ばれた彼女が、二つ名に『断界』……それに加えて『処女』まで付けられたセクハラの理由だった。
簡単にまとめると、あちらの『界隈』に身を染めてかつ現実での男っ気の無さからである。しかし、俺にとって気になるのは別の部分だ。
それは、『とある小説家のサイン会を守る《断界》』という見出しだった。そこに貼られた大きな写真を見てから、俺は静かに雑誌を閉じる。
なるほど。と、一人呟く。
断界の処女って間違いなくあの全身鎧の事じゃねぇか……。そして、ついでと言わんばかりに目元に黒線だけで隠された俺がサイン会ごと晒されている。
掲示板を覗く。俺の専用スレが立っており、アンチとファンによる対立が凄まじく、炎上している。
俺は、元々は男だったと周囲に公言している。
そして、書いた小説は取り繕わず簡潔に言えばBL物である。
いや別にそれは、悪い事ではない。悪い事ではないが……。
「顔真っ赤だぞ……?」
不気味なものを見たとでも言いたげな顔で鳥男がそう言って横を通り過ぎて行く。
俺は今にも火を吹きそうになっている顔を手で覆う。そもそも始まりはあの鳥男への嫌がらせだ。それっきりの予定だったのだ、しかし担当編集の推しの強さと魔眼による催眠効果によりいつの間にか……。
ガタッと音がして、俺の目の前に誰かが座った事に気付く。手を顔から離して確認すると、そこにはサイン会で最初に絡んできたガラ悪男が居て、目が合うと彼は無言でナイフをテーブルの上に置いた。
「その……ちょっと心にもない事言っちまったというか……」
煮え切らない態度と言葉だった。首を傾げていると、意を決した様に一度深呼吸をして彼は言う。
「サインもらえませんか?」
無言でサインはした。
TIPS
『嫉妬狂いの鳥葬』シリーズの第一作はジャック視点の一人称だが、2は三人称になっている。
ジャックと少女店員は1の終盤でジャックから距離を取りたいと一度別れているが、少女店員はジャックのことを諦めていない。
2で復縁した。