第二章 エピローグ
聖公国が世界へ向けて大々的に発表した。
魔王は討伐された、と。
殆どの人にとって、訳がわからんまま終わった魔王騒動。もはや正確な情報を知っているのはプレイヤーを除けば極小数。
筋書きとしては聖公国に再び乗り込んできた魔王を、神託により集められていた『聖痕の勇者』や聖女が協力して討伐……そのような流れになった。
という事で、国を挙げてお祝いする事になった。特に魔王を『絶対の敵』としている聖公国が主体となって、各国から人を集めてパーティーをするのだという。
ちなみに、各国とはつまり龍華やアルカディアの国々。迷宮都市は蚊帳の外である。あそこ国じゃ無いしね。
数日後、街中では某遊園地のパレードのようなお祭り騒ぎだ。『聖痕』の勇者達が神輿に担がれて手を振れば、キャーキャーと黄色い声が飛ぶ。
神輿の進路の両脇には屋台のようなものが連れ並び、勝利に浮かれた人達が昼間から騒ぎ散らしている。
街中とは打って変わって、大聖堂の広い部屋では各地の偉い人の集まる立食パーティーが高貴な雰囲気で行われていた。
その立食パーティーに、龍華からは王であるサトリやそれに準じた力を持つモモカさん。あとはリトリとか騎士団の一部が来ている。
アルカディアからは本国とか属国とかのそれぞれ偉い人達、興味がないので俺はよく知らん。
知る人から見れば、壮々たるメンツなのだろう。中でも立場が低めの人は緊張でガチガチになっていたりする。理由は、もしもやんごとなきお立場の人に粗相を働けばどうなるのか……というものだろうか。
そして俺は、別に呼ばれてもいないのにその偉い人が集まるパーティーに潜り込んでいた。
サトリと肩を組み、顔を真っ赤にしながらバイキング形式の食べ物をもしゃもしゃ食べる。ついでにワインもグイーっ。
基本的に上品な人たちが集う会合だ。俺達の下品な食い様に周囲はドン引きだった。しかし、何かを言いたくても相手は超武闘派国家である龍華王国の長。
しかも酔っ払っているサトリ王に対して、関わりたくないなぁと思うのは万人で共感出来るらしい。誰もが目を逸らし口を閉ざして見て見ぬ振りをした。
「おっ、いい男ジャーン。あれっ? もしかして異端審問のリーダー!?」
ワインをボトルでラッパ飲みしているサトリが、聖公国の大公……まぁ要は偉い人の横に並ぶ精悍な顔つきの男を見つけて唇を舐めた。
ロードギルか、俺は既知の仲だ。紹介してやろう。俺がふふふっと不適に笑いながら言うと、「マジでぇ!?」とサトリが歓喜の声を上げる。
善は急げ? と俺達二人は覚束ない足取りでロードギルに近付く。途中、大公とかいうのに挨拶をし終わって振り返った所の奴と肩がぶつかった。
それはやはりどっかの偉い人だ。しかし俺からすれば相手が偉いとか偉くないとかは全く関係がないのでキレ散らかす。
てめっ! 何ぶつかってんだおらぁ!
完全にタチの悪い酔っ払いと化した俺に、一瞬ギョッとするも偉そうな髭を蓄えたおっさんは顔を赤くして怒りを露わにした。
「何を……っ! 無礼な、私を誰だと……ひっ」
俺の様な小娘に急に吠えられたおっさんが何事かを言おうとしたが、俺の横にいるサトリを見て小さく悲鳴を上げる。
「おっ? なんだなんだ? やるかぁ? 戦争やっか? お前どこ国よ?」
国家単位のヤンキーみたいなものである龍華の長に、絡まれては敵わないとおっさんは即座に踵を返して足早にその場を去った。
ちっ、つまらんやつだ。冗談なのにね。
「ねーっ」
ニッコニコのサトリと俺に、先程から困った様な顔で成り行きを見守っていた大公が話しかける。
「こ、これはこれは、サトリ殿。えぇと、こちらのお嬢さんは……?」
「失礼、サトリ様はともかく、こちらの少女はもはやこの場に関係のないものです」
戸惑いがちに俺へ視線を向ける大公様。すかさずインターセプトしてきたロードギルがそう説明するが、俺はその言葉に対して心外だと声を大にして言った。
無関係? むしろ当事者だぞ? お前誰のおかげで今この平和があると思ってんだぁ〜? てかお前自分が何やったか忘れたぁ? 呂律の回らぬ舌で、ニコニコしながらロードギルの肩を叩く。
そもそもロードギルが神様をブッ刺さしていなければ、俺達は既にこの世にいないだろう。つまり、この俺様がこの場に居るのはコイツのせいということになるな? まぁその場合、地球さんの方の嫌がらせが悪化しているだろうけど……。この辺は思うだけで、わざわざ口にしない。
流石に信仰している神様刺したとか、言いふらしたらコイツがやばいよなぁ。俺ってば配慮できる子だなぁ。優しい美少女だなぁ。
トントンと、ロードギルにウザ絡みをしている俺の肩が叩かれる。振り返ると、若くなってますます美しくなったシャイナ先生が優しく微笑んでいた。
「チノ、あの、今日はこの辺にしてくれない? あとで埋め合わせはさせるから」
ふーん。まっ、先生が言うなら……。だが、俺は止まっても酔っ払いサトリは止まらない。
「連絡先教えてー」
猫撫で声で擦り寄ってくる猛獣よりタチが悪い生き物にロードギルは顔を歪ませて大公に助けを求めた。
聖公国も大きな国とは言え、国民まで武闘派揃いの龍華という爆弾はあまり刺激したくない。
つまりこの場に居る誰も酔いどれサトリ王を止められなかった。誰がコイツにこんなに酒を飲ませたのか。まぁ、俺なんだけど。
「母上ぇ! ペペロンチーノォ!」
そして醜態を晒す龍華の恥部にブチ切れたリトリによって、俺達は首根っこを掴まれて会場から放り出された。
俺の側から意図的に離されていた事で素面なモモカさんと、俺を懐柔するプロであるラングレイのコンビには流石の俺達も敵わない。
俺はラングレイから貰った貴重なフルーツが沢山盛られたパフェを食いながら、モモカさんに腹をぶん殴られたせいで嘔吐するサトリを横で見守る。
すると、俺の側に誰かが立った。チラリと視線を送ると、最近見慣れた知り合いだった。元・魔王のハイリスだ。頭の角は無くなって、どこからどう見ても普通の少女だが……その身に詰まる界力は会場内の誰よりも、多い。
あら、元魔王様。自分の子孫に会って行かなくても良いのかい? 俺がそう聞くと、ハイリスは穏やかな顔で答える。
「ええ。遠目に見るだけで……充分です。まぁ、お店をやっている様ですし、良ければまた一緒についてきてもらえますか?」
それは、喜んで。ところで、旦那さんは?
キョロキョロと周りを探すが、彼女の夫であるドイルという男の姿が見当たらない。
「また、塔を登るそうです。今度はレッドさんも連れて行くそうですが……」
あ、あぁ……あいつ、自分だけ神様とやらに会ってないって残念そうにしてたな……。いつか勝つ、とかも言ってた。
変なストーカーに見つかっちまったなぁアルプラさんや……。
「あのレックスさんを倒したらしいですからね。彼なら、いつか神に傷をつけられるかもしれません」
あの巨漢の強さよく知らないけど、どうやら余程凄いやつだったらしい。そんな奴にレッドは勝ったのだという。その後、レックスがどこにいるのか誰も知らないのだとか。
「さて、私ももう、いきますね」
どこに行くんだ? 俺の問いに、彼女は少し微笑んで答える。
「私はまだ、神に一発も入れてませんからね」
そう言って塔の方へ消えていく彼女の背を見守りながら、足を滑らせて溝に嵌って死んだ俺はアルコールが抜けてスッキリした身体で夜の街へ繰り出した。
*
魔王討伐、そして歴史に残る偉業である《神》の受肉。それを成し遂げた聖女はこれまで以上に、アルプラ教の頂点として祭り上げられる。
その結果彼女の『自由』はこれまで以上に奪われるのだろう。今までどうかを知らんけど……。そんな彼女は、下町に降りるという事が滅多にない。
ましてや、騒がしく下品な奴等が屯する居酒屋みたいなところなんて、一生縁が無いのかもしれない。
だからか、お忍びで変装しつつ安い酒を煽る聖女は凄く楽しそうであった。味はどうでも良いのか、ニコニコと安酒を嚥下している。
隣には、やはりと言うべきかロードギルという男が連れ添っていた。安い酒をまるで毒とでも見ているのか、心配そうに聖女が飲むジョッキを見ている。
新しく置かれた酒も、まず匂い、色を確認し仕上げにペンダントのようなものをかざして何かしらの呪文を唱えていた。
「もぉ、ロードギル! そんなに心配しなくても大丈夫です。例え毒でも、私を殺せる毒などありませんよ」
ニコニコと細目をうっすら開いた聖女がロードギルを嗜める。その瞳は、まるで普通の人間の様な眼球で、星空の様な魔眼は何処かへ行ってしまったらしい。
「し、しかし、せ……いえ、アルナ様……この様なところは居るだけで貴方に毒です。早く出ましょう」
「まぁ! 折角、外に出れたというのに好きにさせてくれないのですか?」
「う、うぐっ! そのように目を輝かせても無駄ですよ!」
「良いじゃない……この先、このように自由に外を歩くことなんて出来ないかも知れないの。今日みたいに騒がしくなければ、隙をついて出る事なんて……」
「……どうしてもと言うのなら、また私が」
「でも、貴方、異端審問官を辞めるのでしょう?」
「その、私に資格はもうありませんから……でも、貴方の為ならこの命……!」
ハッ! と、ロードギルが何かに気付いた。生暖かい視線が自身に、聖女に浴びせられている。
視線の主を探し、勢いよくロードギルが首を回す。その先にいたのは……まぁ、俺だ。隣にいるワカメ頭の異端審問官も、元からイヤラしい顔をさらにイヤらしくニヤニヤとさせて自身の上司を見つめていた。
「お、お前ら……!? ……っ!? どんな組み合わせだっ!?」
ワカメ頭はかつて俺を拉致り、あまつさえ上空から叩き落としたような男だ。あれ? 自分で落ちたんだっけ。死んで逃げたんだっけ。
いやともかく、かつては敵だった俺達も、しかし夜の街で酒を伴えば当然ダチとなる。なので、二人でジョッキを軽く上げてロードギルと聖女に挨拶をした。
やぁ。ところでその、なんだ……やっぱり、お二人さんは……デキてんの?
「おいおい! よせって!」
俺がニヤニヤしながら聞くと、横のワカメ頭が額を大袈裟に手で押さえながらもう片方の手で俺の肩を掴んで言った。
その様子にイラッとしたのか見るからに青筋を立てるロードギルだが、聖女はキョトンとした顔をしている。
「デキて、いるとは?」
「アルナ様、こんな奴ら相手にする必要は……」
おいおい、そりゃもちろん、男女が二人揃えばカップルだろうが!? 俺が聞いているのはそう言う事だ!
イェーイ! とワカメ頭と俺のジョッキが強くぶつかる。飛び散ったビールの飛沫が服にかかり、露骨に嫌そうに顔を歪めるロードギル。
「げ、下品な奴らめ……」
お堅い職場で普段ずっと暮らしているロードギルは、下町の酔っ払いに対してドン引きしていた。
一応ワカメ頭は同僚だ。そんな彼に、聖女と蜜の関係になっているところを見られて恥ずかしいのだろう……というようなことを俺はワカメ頭に説明した。
「ははーん、つまりやはりやんごとなき関係……? 審問長〜……もう、ヤッたんすか?」
おいおい! よせって! 俺はニヤニヤしながらワカメ頭の肩を掴み彼の言葉を止めようとしたが、しかし間に合わずワカメ頭は言い切ってしまった。
ブチ切れたロードギルが腰の剣を抜き放つ……。それを見て、ぺろりと俺は唇を舐め、ワカメも腰の剣に手を置いた。
殺気立つ俺達だが聖女だけは、小首を傾げていた。
「ヤッた? 何をです?」
*
その後、夜の街に聖女を連れ回した挙句、街で喧嘩した罪で……本人の希望もあってロードギルは異端審問官としての地位を剥奪された。
まぁ、そもそもコイツ自分達の崇める神様を刺したんだし、普通にそっちがバレてたら打ち首もんだよね。本人も最初はそこに責任感じて辞めるって言ってたみたいだし。
しかし、どうやら彼は至る所で恨みを買っていたらしく《極光》の力とお偉い立場を失った事で、色んな意味で弱体化した彼を暗殺せんと日々、刺客が送り込まれている……らしい。
「なので、貴方達になんとか……ロードギルを逃してもらえないかと思いまして」
聖女が、俺とグリーンパスタの二人を呼んで、そう言った。
なぜ、俺達?
「僕もまだ身体が本調子じゃないんですよね」
グリーンパスタは申し訳なさそうに言う。神様から受けたダメージは俺達といえどそう簡単に抜けないらしい。
「私の勘、ですかね」
ふぅん。……でも良いのか? 俺は言葉少なく聖女の目を見る。
「良いのか、とは?」
いや……。俺は言い淀んだ。ロードギルが聖女に対し、恋慕の情を抱いていることは既に彼女自身も分かっているだろう。
そして、それに対してあんたはどう思っているのかと聞いたつもりだが……そこまで首を突っ込むのも野暮かとそれ以上は口を噤んだ。
ニコリと、聖女は寂しげに笑った。
「また、お酒を飲みに連れて行って下さいと、最後に伝えておいて下さい」
……ふん。自分で言いな。俺はツンデレみたいにプイっと顔を背けて言った。だが大きな問題があった。
そもそも、俺あんたらの事よく知らないから恋愛っぽい流れどうでもいいし、なんかその甘酸っぱい雰囲気にもついていけないんすよ……。
という事で、色々省くとロードギルくんは迷宮都市へ行くことになった。あそこは言うなれば治外法権、後ろ暗い過去を持つ者が多く集まる。なので追われる者である彼にぴったりの土地だ。
見返りとして聖女から貰った凄く高そうなネックレスを手元で弄りながら、俺はロードギルを『千壁』に紹介した。
「ほぉ〜。良い男を連れてきたねぇ……っ!」
嬉しそうに破顔する『千壁』。
その肉体はもともと人外染みてデカイが、それを更にデカく感じさせる凄まじい威圧に数々の修羅場を潜り抜けてきたロードギルですら冷や汗を流す。
両手足が強力な魔道具で縛られ、身動きを取れないロードギルを『千壁』の前にポテっと置く。
「良い身体だねぇ……っ! 鍛え甲斐がある!」
舌舐めずりをして興奮する『千壁』に、震え上がるロードギル。猛獣の前に差し出されたウサギのようだ。
ロードギルを縛る黒い縄を、俺の手元の杖がシュルシュル回収していく。この男をここまで運んできた、あくまで謎のロリっ娘が機嫌良さそうに鼻息荒くしていた。
「センキの場所教えてもらおっと」
どうやら、あくまで謎のロリっ娘は『千壁』に用事があるようだ。ならば俺は先に帰るとしよう。
じゃあ俺はこれで。手を軽く上げて俺はその場を去る。後ろから悲痛な声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
魔王祭関係のイベントはこれにて終了だな……。俺は、今回で色々と変わったプレイヤーの仕様や、世界の成り行きについて思いを馳せた。
俺は殆ど巻き込まれた形だったが、濃密な日々であったと思う。気疲れも多い。
これは久々に、モモカさんの喫茶店に行くか。そう決めた俺は早々に迷宮都市を去る。もちろん向かう先は、俺にとってこの世界の故郷である龍華だ。
澄み渡った晴れの空、大きく分厚い白い雲を見上げながら喫茶店のドアを開く。
カランカランっ。小気味のいい鐘の音。新たな客である俺を「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた元魔王軍幹部ツェインくん。
ソファー席に座り、先客のラングレイが食っていたサンドウィッチをパクリ。
やがて、珈琲が届くと、鼻に近づけて香りを堪能してから一口。
ふぅ……。
「あの新店員めっちゃ魔族っぽくない?」
ラングレイがツェインくんを指差しながら言ってくる。何言ってんだコイツは。俺はラングレイのすっとぼけた発言を鼻で笑った。
アイツ魔族だよ? キョトンとした顔のラングレイ。俺はもう一口珈琲を飲む。少し考えた。
あれ? 結局魔族ってなんだったの? 魔王軍の残党が普通に居るんですけど……。
第二章『神と世界と魔王祭!』 終




