第98話 産声
不死なるプレイヤーズギルドはついに世界へ現出する機会を得た。とりあえず《スキル》を解除して分身を回収し、自分がどの場所に出現するべきかを考えた。
まだ、知能らしいものがはっきりと育っていないソレは自分の分身が多く居た所に出る事にした。
答えは単純である。
プレイヤーが多く居た所なら、《餌》が多いのだろうと、産まれたての知能がそう判断したのだ。
不死なるプレイヤーズギルドには、定まった『形』というものが無かった。
不定形の、ゲル状が一番近い表現の生物が次元の狭間から顔を出す。そこは、奇しくも世界の管理者である《神》の目の前だった。
その場にいた神、ハイリスにドイル。そして唯一意識のある異端審問官ロードギルは、その存在の持つ異様な《力》を身に感じて……恐怖した。
世界のあらゆる全てを構成する最小単位、界力を喰らい、取り込む力。単純で、しかしこの世界にあってはならない力だった。
不死なるプレイヤーズギルドが身動き一つ取るだけで世界の均衡が崩れるだろう。その歪みがどの様な影響を及ぼしていくのかは、全く予測がつかない。
神は、即座にその存在を消し去る事を決めた。むしろ、姿を現したのが自身の目の前だった事に心底から安堵した。
何故なら、不死なるプレイヤーズギルドはその分身と同じく不死身……正確な手順を踏めばその限りでは無いが、神がその権能を用いて問答無用で消さない限り……恐らく『間に合わない』。
『オーダーセイヴァー』
だから、神は突然自分の胸から剣が生えたことの訳が全く分からなかった。それ自体は、例え《極光》の力が乗っているとはいえ、神に対してほんの一瞬の足止めにしかならない。
しかし今この状況では、その一瞬こそが致命的だった。
《オギャァァァ!!》
産声が世界に響く。近くの界力がそれだけで取り込まれ、聖公国の大聖堂周辺の界力の総量が減った。
結果、神がこの世に在る為の均衡が崩れる。500m/ℓのペットボトルに1ℓの水が入らない様に、神がその場に留まれる程の力を世界そのものが保てなくなった。
聖女の命を代償としていた顕現術式が解除され、命とその肉体全てを消費されるはずだった聖女だけが、神の立っていた位置に残される。
気を失い倒れる聖女を、抱えたロードギルは自らの行いに驚愕した。
気付いたら自身が崇めている神に刃を突き立てていた。無意識の行動だった。ただ……直感したのだ。奇跡の可能性が目の前にあると、何をどうしても、尽き果てるまで使われるはずの聖女の命を残す、可能性がそこに。
そして彼の行いは世界にとって最悪の結果を生む。不死なるプレイヤーズギルドが変幻自在な身体を捩らせた。触れる界力を喰らい尽くす触手を、大量に生み出して周囲に向け勢い良く伸ばす!
「させるか!」
『天体魔法・《天蓋》!』
しかし、殆どの触手群は地面に叩きつけられ、重力の力を逃れた分の触手はドイルの剣によって全て斬り裂かれる。
「くそっ! こんなやつを野放しにしたら……っ!」
ドイルが頰に汗を垂らして忌々しげに歯軋りを立てる。
視線の先には、重力の天体魔法すら分解し咀嚼する姿がある。触れた地面が、空間そのものがホロホロと崩れて取り込まれていく。
「まさか、あの神を必要に感じることがあるとは……!」
重力の檻で不死なるプレイヤーズギルドを抑え付けているハイリスは、自身の全能力を懸けて決意する。
「私達の子が残したものを、壊させるわけにはいかない!」
*
え、えらいこっちゃ……。
俺はグリーンパスタの見せる映像を見てあわわわ、と戸惑う。不死なるプレイヤーズギルド。これが、俺達の親玉……。
てか、ヒズミさんとか、そもそもハイリスなんてこの親玉を育てようとしてませんでした……? プレイヤーを育てるってつまりそういう事だし。
なんかまた決め台詞っぽいのを口にしてたけど、実はあの人良いとこを見せていない……。
「ハイリスさんも、ドイルさんも長くは続かないだろう。アレは、世界全てを喰らい尽くすまで止まらない。食欲しかないんだ。生まれた意思は、全て食欲を満たす為だけにある」
グリーンパスタが淡々と言う。
「食べることしか出来ない。その全てに《力》を割いている。だから、分身であり先遣隊でもある僕達プレイヤーには自我が必要だった」
先遣隊……世界を渡ることが出来なかった親玉が、それでも少しずつ世界を食らう為に必要とした存在。
「分かる? 元人間の精神。それを代償に不死なるプレイヤーズギルドは世界へ侵略していた」
いや、今はそんな裏事情とかどうでもいい。回りくどい話は無しだ。俺はアイツを止めたい。何か方法があるのか?
俺はグリーンパスタの話に興味が無かった。
「……今から、君を外に叩き出す。ぺぺロンチーノ、君が、止めろ」
真剣な眼差しだった。
おい、まるで俺を主人公の様に扱ってくれるが、俺はお前らと違って大した力なんて持ってないぞ。
「だが、お前にしか出来ない事がある」
レッドも腕組みなんかをして俺を持ち上げた。いいのか? 調子乗っちゃうぞ? 俺ってやっぱ凄いのかぁ?
「まぁ、実際に特別だったのはヒズミさんだったわけだけど、その影響を大きく受けた個体が君だしさ」
グリーンパスタは頰を掻きながら言う。なんでそのまま持ち上げておかないの? だが……ヒズミさんの名前が出たと言う事は、アイツのおかげで使える様になった力が必要だと言う事か……。
しかし、ヒズミさんがいなくなった今、俺に同じ力が振るえるとは限らない。少なくとも『迷狂惑乱界』はもう使えないだろう。つまりそれを代償に『心壁崩理界』も使えない。
「難しい話じゃないよ。僕達は、《スキル》によって生み出された存在だ。だけど、《不死なるプレイヤーズギルド》と僕達には大きな違いなんてない。一緒なんだ、何も変わらない」
だからと、グリーンパスタは続けた。
「ぺぺのさ、正直な気持ちをぶつけたら良いんだ。この世界を、壊されたくないんでしょう?」
グリーンパスタは、俺の背中を押して言う。
「だから、僕やレッドには無理なんだ。三人の中で君の想いが一番強い。それが理由だ。そして、他にもそんなプレイヤーは居る」
俺は《扇動》スキルを発動した。その力で、グリーンパスタがとあるプレイヤーに刺激を与えて叩き起こす。
今、プレイヤーは俺たちを除いて眠りについている。起きるには刺激が必要だ。
ぽてぽちの意識が僅かに反応を見せる。『全プレイヤー』を叩き起こすには、ぽてぽちの力が必要だった。
「もう少し待って、ぽてぽちが起きれば……とりあえず《扇動》の力が皆に届く。レッド、君にもやってもらう事がある」
「何でもやろう。俺だって、まだこの世界を壊されるわけにはいかない」
顔色を変えずに即答するレッド、それを見て少し微笑んだグリーンパスタ。コイツなら何を頼んでもやり遂げるという確信があった。
「ぺぺを外に出した後、恐らく《不死なるプレイヤーズギルド》は《牢獄》でぺぺを捕らえようとする。プレイヤーが外にいるだけでアレの力は減っちゃうからね」
そして、プレイヤーに《無限に近しき牢獄》から逃れる術はない。だが、グリーンパスタはずっと奥に鎮座する牢獄の主を指差して言う。
「だから、レッドにはアレを止めておいて欲しい。方法は一つ……『負けるな』」
何一つ、心配をしていない顔で言い切ったグリーンパスタに、レッドは不敵な笑みを返して踵を返す。
「良いだろう。ちょうど、新たな力を試したいと思っていた」
そう言って、レッドは自分の手を親玉に向けてかざし、笑みを崩さないまま宣言する。
『魔法結界』
レッドと牢獄の主の周りに、虚空から壁が生まれていく。
『俺と君だけの闘争』
外観は透明な壁に覆われた長方形の箱。中には、何も無い。武器は一振りの剣が互いの目の前に刺さっている。
何故か分かってしまうのだが、どうやらこの箱型空間に囚われるとレッドとの戦いを強制されるらしい。
「す、凄い……」
グリーンパスタが心底から感動していた。俺も心底から慄く。何という恐ろしい結界だ。この箱の中から出たければレッドを百回倒さなければならないらしい。つまり百回分もこの廃人と二人きりで過ごさなければならない。
そして、中に流れる時間がとても遅い。
俺達の今いる《無限に近しき牢獄》は外より体感時間が長いが、レッドの魔法結界は逆に囚われている間に何倍もの時が過ぎていく。
恐ろしい力だ、時間を無為に使わせる最強の足止め能力……。嫌すぎる……。
「おかげで僕の負担は無くなったな……《牢獄》をこちらからも発動しようと考えていたのだけど……まぁ良いや、ぺぺ、早速続きをしよう。てかレッドの奴、まだ始めなくても良かったんだけどな」
再び《扇動》スキルを使う。グリーンパスタを介してぽてぽちが、全プレイヤーに対して俺の力を浸透させる。
「これは呼び水だ……。起きるかどうかは分からないし、個人差も大きいと思う。そして、それに意味があるのかは分からない。でも打てる手は打っておかないとね」
一仕事終えたとグリーンパスタは息を吐いた。そして、俺を真剣に見つめ、ふっと笑う。
「ぺぺはさ、なんで……《不死なるプレイヤーズギルド》を止めたい? 質問の意味は、分かってるでしょ?」
グリーンパスタが何を言いたいのかは、何となくその時点で分かっていた。一度、《プレイヤーズギルド》という俺達を生み出すスキルが解除され、《不死なるプレイヤーズギルド》の中へ戻ってきた時点で、俺……いや、俺を含めたプレイヤー達は自分達がどの様な存在であるのかを思い出していた。
「もし、元の世界に戻れる可能性があるのなら、それは今しかない。《不死なるプレイヤーズギルド》に界力をもっと喰わせて、強力な存在に……そうすれば、また世界を渡れるかもしれない」
実際、それを望むプレイヤーは多く居る。そんなプレイヤー達は全てが終わるまで眠り続けるだろう。決して数は少なくない。
「ぺぺも、かつての自分をよく思い出したでしょう?」
思い出したも何も、そもそも別に忘れた事も無かったが、そりゃあ……帰りたくないわけじゃない。現実世界……心の中で、そう呼んでいた時点で、俺にとってこっちは幻想であっちは現実だった。
「それでも、君は迷いも悩みもなく、止めたいと言った」
向こうでのあらゆる繋がり……縁が脳裏を駆け巡る。簡単に捨てられるものでもない。そりゃあそうだ、そういうものだろう。
向こうにいた時は、無くても構わないと思っていた繋がりでさえ、いざこうなると寂しく思ったりもする。
俺は、一度瞑目した。それはさておき、だ。そんな繋がりだどーだなどは、こちらでも言える話である。
つまるところ、俺の出した答えは難しくもない。ただ、まだまだ……遊び足りていないという話だ。そこを世界丸ごと壊されては、気に入らない。
「同じだよ、僕もそう思った。レッドも同じだよね」
トンっと、グリーンパスタが俺の胸を押した。このセクハラ野郎がとは言える空気で無かったし、すぐに視界が歪んで俺は自分がどこに居るのか分からなくなったのでそれどころではなくなった。
気付けば、俺は不死なるプレイヤーズギルドを見ていた。それは、スライムの様な不定形生物だった。
触れるもの全てを喰らう、その生き物は……定まった形を持っていなかった。そして、俺はコイツがどの様な存在として産まれたのかを悟る。
『プレイヤーには無限大の可能性がある』
脳裏をよぎったのは、その言葉だった。
「ぺぺちゃん!?」
ハイリスの声が俺の耳に入る。暴れ狂う触手を重力で押さえつけ、額から大量の汗を流す彼女を見た。
次に、その辺をピョンピョン飛び跳ねながら重力から逃れた触手を斬り飛ばすドイルを、聖女を抱えて呆然とするロードギルを見る。
近くに倒れている異端審問官数人は使い物にならないだろう。
もう一度、俺は自分達を生み出した存在を見た。
何もない……与えられた《スキル》以外、何もない存在だった。それは、つまり……。俺は、自分の出来る事が分かった気がした。
「俺がコイツを止める!」
俺は叫んだ。
何を意味不明な事をと、ドイルとハイリスが俺を見た。その二人に頷いてみせて、本気だと目で語った。
そして、俺はロードギルを見る。
「お前にも、重要な役目がある」