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第10話 インスタントに愛の戦士

 

 俺は目の前でオークに殴られて死にゆくレッドをぼんやりと見つめていた。スラム街でチンピラにイキっていた姿がまるでつい先程の事のように鮮明に脳裏に浮かぶ。

 まるで見開きでアッパーを食らって吹っ飛ぶ敵キャラの様な散り様だ。地面に落ちる前に光の粒子となって消えていった。


 うーん、弱い。異世界転移モノだったら、転移後の最初か二番目くらいに狩られる様な魔物だぞ?しかし、俺はオークを見上げて考える。

 デカイし、ムキムキの二足歩行猪。石で殴っても勝てる気がしない。俺は身体を鷲掴みにされながらバタバタ暴れるが抵抗は虚しく内臓が口から出そうになっている。

 オリーブを連れてくるべきだったか……。それを最後に俺は息を引き取ったかと思いきや、突然俺を掴むオークの腕が切断された。


「ぐえっ!」


 腕ごと地面に落下した俺は潰れたカエルの様な声を出すがなんとか生きている、オークの腕から噴き出す血のシャワーがかなりグロいし臭いしで気分はとても悪いが、一体何が起きたというのだろう。


「おい、大丈夫かよ?ガキンチョ」


 気が付けば、すぐ目の前に何者かがが立っていた。筋骨隆々で、ワイルドな服装の男だ。年の頃は二十代くらいか?少しウェーブがかった髪は肩辺りまで伸びていて、肌もよく日焼けしている事からとてもサーファー感がある。

 その男は両手に大きなククリナイフの様な物をそれぞれ握っていて、どうやらそれでオークの腕を切断した様だ。


 ブモォォ!とオークは怒りの雄叫びを上げると踵を返して逃げようとするが、男はオークの頭を越えるほど跳躍しオークの脳天をカチ割った。その様子をボケッと見つめていると、振り返った男が少し驚いていた。


「お、逃げないとは肝が座ってるじゃないか。それとも腰抜けて小便でも漏らしちまったか?」


 まぁ、オーク臭くて小便の臭いはわかんねぇから安心しろよ!と続けて朗らかに笑う男に俺は顔を真っ赤にしてみせて、やだ!漏らしてなんかないもん!とポカポカ男の胸を叩いてみせた。

 とりあえず初対面の相手にはぶりっ子するのが俺の流儀だ、理由は特にない。男の服にはオークの血がたっぷりついた。


「おいおい、汚いだろ!しかし、殺されそうになってた割には元気だな。お前、こんな所で何をしてんだ?」


 実は、一緒に旅をしていた仲間をさっきのオークに殺されて……復讐しようとしてたんだ……。俺は目に涙を溜めてみせてそう言った。殺されたのは事実だしな。


「そうか……。それで、その仲間の……身体はどこにあるんだ?供養してやんねえとな」


 いやもう野犬に食われちゃった。プレイヤーの死体は残らないので適当な事を言った。レッドが死んでも悲しみは少しも湧いてこないのでもう演技が苦しくなって来た。涙がとっくに引っ込んだ俺の頭を男はガシガシと強めに撫でる。


「俺はヴァレンディ、お前……行くとこがねぇなら、ウチに来るか?おおっと、勘違いするなよ!まぁなんだ、お前みたいなんの寄せ集めなんだが、かなりの大所帯でな……寂しい思いはしないと思うぜ」


 なるほど……。まさかの展開だ。俺はとりあえず頷いてヴァレンディについていった。ちなみに殺したオークは解体して一緒に持っていく事になった。




 既に俺は龍華王国を出て、アルカディア連合国へ入っていた。連合と呼ばれる通り幾つかの国の集合体であるアルカディアの、おそらく最も龍華に近い国で俺とレッドはオークの襲撃にあった。


 という事で、ヴァレンディに連れられた少し大きめの街は龍華とは違う文化圏である事を感じさせる街並みだ。龍華の中華テイストから一転、牧歌的な雰囲気を醸し出している。

 日本人の想像するファンタジーと言えば、どちらかと言うとこちらだろう。諸々の事情で森か山か龍華とその牧場くらいしか俺は行ったことがないので、ちょっとテンションが上がる。


「おーい!今日の肉だぞー!」


 ヴァレンディがそう言ってズカズカ入っていったのは、教会の様な建物……どうやら孤児院も兼ねている様だ。小さな子供が巣に水を入れられたアリの様に湧き出して来る。

 てかオーク食べるんですか?硬いって聞きましたけど。


「贅沢言ってちゃいけねぇ、なぁに……慣れればいけるぜ?」


 いやまぁ解体してる時点で分かってましたけど。あと毛皮は売るらしい。割とこの世界のオークは毛むくじゃらだ。創作では割と首から上以外人間をデカくマッチョにした感じで描かれること多いよね。


「あれー、ヴァン兄……この子だれー?」


 ヴァレンディは人気者の様で、子供達は肉よりもこの男が来たことに喜んでいる様子だ。砂糖に群がるアリの様になっている。

 そんな中、一人の幼女が俺に気付いた。俺はその子を見て衝撃を受ける。あら可愛い。もう少し肉付きが良ければ……そう思って子供達を見ると、皆どことなく栄養が足りてない感。なるほど……。何となく俺は事情を察する。


「ああ、こいつはな……旅の道中に連れを失くしたんだ……。行くとこが無さそうだから連れて来ちまった」


「そうなのー?よろしく!」


 次々によろしくの大合唱。差し出される手にアイドルよろしく握手して返していると、子供達が出て来た所から壮年の女性が現れた。修道服を着ている辺り、ここのシスターさんといったところか?少し老けているが、若い頃はさぞ美人だったろう事が容易に想像できる容姿だ。

 いや、スタイルはとても良さそうだし、今でも充分魅力的だな。何となく幸薄な雰囲気があって、それが彼女の魅力を増している。

 おそらくこの孤児院は金のやりくりに困っているのだろう、少し頰がこけ気味で疲れた表情をしている。彼女はふんわりと笑顔を浮かべてヴァレンディの手を握った。


「ヴァレンディ、久しぶりね。いつもありがとう、この前のお金もすごく助かったわ」


「いや、先生。また連れて来ちまったよ。むしろすまねぇ、また迷惑かける」


「迷惑だなんて……それがこの場所の存在意義だもの」


 とても物腰柔らかい人だ。しかも人が良さそう。俺は先生と呼ばれた女性においでと手招きされたので無邪気にその胸に飛び込んだ。むむ!か、かなりデカイぞ……。何がとは言わない。


「今日からここがあなたの家よ」


 はい!先生!

 俺はこの孤児院の子になった。


 賑やかな食卓、家事を協力しあう子供達。二歳程から十歳の子供が十人近く、その世話は先生一人には大変だ。皆それが分かっているため自分が出来る事を率先してやっている。

 そしてたまに現れるこの孤児院のOB……ヴァレンディもその一人だが、彼らも金銭の補助や子供の世話などを買って出てくれる為、楽しい日々を子供達は送っていた。


 ヴァレンディは護衛の仕事や狩りなどで得た収入のほとんどをこの孤児院に寄付している様だ、小さい時から世話になってきたからその恩返しだと言う。先生は涙を零して語ってくれた。


 俺がお世話になり始めて約一ヶ月、洗濯物を干しながらふと思う。何だか、暖かい日々を送っている。ここ最近の出来事が頭をよぎり、それと比べると刺激は少ないがどれほど落ち着いたものか。

 これがスローライフか。なるほど悪くない。幼女のアリアナちゃんと球遊びをしながらしみじみ思う。幼女かわええ。


 しかし、ある日の夜に家計簿らしきものをつけながらウンウン唸っている先生を見つけてしまう。どうしたんですか?後ろから突然話しかけると、彼女は大層驚いたのか慌てて家計簿?を隠そうとした。だが、俺の目は誤魔化せない。機敏な動きで隠した物を抜き取ってペラペラとまくる。

 ……薄々勘付いていましたが、お金……困ってるんですか?


「チノ、あなたは気にしなくて良いの」


 この教会は聖公国由来らしく、そのせいか外国でもあるこの街ではイマイチお布施が多くない。OBの仕送りがあってギリギリ子供達を養えているのだろう。

 まだ小さい子が多いとは言え、食費はバカにならない。俺は思案した。なるべく先生には負担をかけたくない。そこで良いことを思い付いた。


「先生、私に任せてもらえませんか?」


 ニコリと笑う俺を、先生は少し不安げに見つめていた。


 一週間後、突然始まった教会の工事に先生を始め子供達もかなり驚いていた。俺が現場監督の様にヘルメットを被って指示を飛ばしていると、慌てて先生が近寄ってくる。どうしました?


「チ、チノ。これは一体……?」


 この前言っていた件ですよ。ああ、この工事費ですか?いやぁ不思議なもんですね。頼み込めば神のためならばって力を貸してくれることになったんです。

 ね?親方。俺が職人達の親方に話しかけると、苦虫を噛み潰したような顔をされる。

 先生がその顔を見て、あなた何をしたのと言いたげだが、誤解ですよ。彼は堅気な人間でして、無愛想なんです。だいたい腕利きの職人ってのは人付き合いが不器用ってパターンが多いですから。


「いや、私も親方さんはよく知っているけれど……普段から明るい人よ?」


 それは酒が入ってますね。ええ、間違いなく普段から入れているのでしょう。俺が適当な事を言っていると、コソコソと周りの職人達が噂話を立てている。


「親方、なんかあのガキに強請られてるらしいぜ。なんか奥さんに有る事無い事吹き込まれそうになったんだと」


 先生ここは危ないので離れましょう。俺は先生の背中を押してこの場から遠ざけた。その後すぐに職人達の元に戻り説明する。この後考えている方法で稼いだら払うってだけの話だよ?後払いだよ?そんな脅すなんて事してないよ?


「いやでも親方ロリコン疑惑が出てるんだよね……」


 それは可哀想だな。だがしかし間違いなく俺のせいではないはずだ。確かにこの仕事を頼み込む過程で一緒にいる時間が長くなってしまったが、俺のせいではないだろう。家にまで押し掛けたのは悪いと思っているが。


「おいチノォ、本当にお前の言う通りに稼げなかったら、売りさばいてやるからなぁ……!」


 怒りを宿した瞳でこちらを睨みつける親方に俺は口角を上げる。この俺にかかれば……金なんていくらでも、なんとでもなるぜ……!最悪奴隷落ちして死に戻って逃げよう。




 それからまた一週間、外見上は元の教会から変わりが無い。孤児院部分にも特に触れてはいない。ただ、礼拝堂にある女神像……名前は忘れたがナントカ女神様を信仰する宗派らしい。その女神像の裏に階段が出来ていた。元々この階段とその下の隠し部屋は存在していたが、今回の工事はその補修と新調である。


 その階段を降りていくと、受付があった。まずは入場料を払うらしい、大した金額ではないが。そこで金を払うと目元を隠す仮面を渡される。


「これより先は夢現、ここから出れば全て忘れます。良いですね?」


 これは確認だ。これを了承すれば中に入れる。

 扉を開けて中に入ると、そこそこ広い空間にソファーやテーブル。卓上遊戯を楽しめるスペースまで用意されている。

 壁際にはバーカウンターの様な物もあり、各種飲み物が用意されていた。直接そこに取りにいくも良し、近くを歩いている様々な国の衣装を身につけた女性に頼むも良し。尚この女性達も仮面で目元を隠しているが、露出が多い服装で胸元には源氏名の名札が付いている。あと、気に入った女性とはソファーでお喋りしたり卓上遊戯で一緒に遊んだりできる。別料金だが。

 最後に奥の方には壁に遮られたシークレットスペースがあり、更にプライバシーを守った状態で色々とお遊びができる。個室付き居酒屋みたいなものだと思ってくれれば良い。


 出だしは好調だ。後は従業員を増やさねばな。


 この日以来、教会に熱心に祈りを捧げに来る人は増えた。先生には子供の世話に集中してもらい、教会の運営は俺が全て行なっている。今月のお布施を先生に渡すと、何やら複雑な顔をしている。どうされました?


「チノ、何かやましい事をして集めたお金じゃないわよね?」


「そんなまさか!私は、実はこれでも修道女の経験がありまして、自分で言うと恥ずかしいのですが悩みを聞くのが上手いんです。するとお布施をいっぱいくれるんですね」


 無論、経験などない。

 そう、それなら良いのだけど……。少し眉をひそめながらも、彼女にとって俺も愛すべき子供の一人。その子供が頑張ってくれている姿を見ては何も言えなくなる。

 地下の懺悔室の売り上げ……ごふんごほん、もといお布施は中々好調だった。頑張って取り寄せた色んな国の伝統衣装を改造して着せているのが、良い感じに悩みを吐き出し易くなっている様だ。お酒や料理や趣味で出している珈琲類の売り上げが上がる上がる。

 気に入った女性を隣に座らせて、その女性分の飲み物を注文する事で懺悔の時間が長引くシステムもまた上手い事効果が出ていた。

 俺は今月の売りあ……お布施を確認しながらニヤリと笑う。気分も良いし、今日は子供達と外で遊ぶか。



「マスター、例の客がお見えです」


 俺が外で子供達とキャピキャピ遊んでいると、黒服にグラサンのゴツい男が俺に耳打ちをして来る。ちっ、ちょっと待たせとけ。すぐに行く。

 子供達に遅くまで遊ぶんじゃないぞ、と言い聞かせてから黒服と一緒に女神像の下に潜り込んだ。歩きながら黒服に毛皮のコートを俺に羽織らせる、顔には目元を隠す仮面を忘れない。

 向かう先はシークレットスペースだ。


「これはこれはマスター、随分と盛況な様で」


 中にいるのもまた仮面をつけた男、どことなくこの街の領主に似ているが、似ているだけだ。俺は向かい合うようにソファーにどっかり腰を落とした。


「この街には敬虔なる信徒が多いみたいですからね」


 男女問わず昼間から教会に祈りを捧げに来る人の多い事多い事。この世界でも、大人というやつは色んなものを溜め込んでいる。俺はそれを解放する場を提供する事で、より多くのお布施を得る事を可能にした。男ってやつは綺麗なねえちゃんが横で酌をしてくれるだけで財布の紐が緩くなる生き物だからな。

 そしてそのお布施は女性達への給り……施しに教会と孤児院の運営に回している。ふふふ、先生どうですか?余裕のできた金で子供達に腹一杯食べさせてやってください。


「それで、あんたの目的はこっちだろう?」


 パチン、と俺が指を鳴らすと、一人の少女が部屋の中に入って来る。第二次性徴がようやく来たかというくらいの身体つきだ。彼女の家は貧乏で困っているらしく、そこを俺が拾ったという経緯があるのだが……この世界でもそういう需要はあるだろうと考えていたところ、思った以上の太客がついた。


「ふふ、さぁ、おいで?何が飲みたい?なんでも頼みなさい。……マスター、この子の素顔はいつ見せてもらえるんだい?」


 いやそれは個々人に任せているので。歩合制なので、指名してお布施を渡せば渡すほど彼女達の懐は暖かくなる。多く捧げてくれた人には、彼女自ら仮面を取ってくれるかもな?

 人は見えないものを想像力で補う事が出来る。中身は見ない方が良いかも知れないぞ。


「それでも、気になるのが男というものだ」


 ならば何も言うまい。しかしウチの女はガードが堅いぜ?


「その方がより燃えるのがまた男ってものだ……!」


 さすが紳士58号だぜ!……この地下に潜った時点で人は名を失う、代わりに与えられる番号こそが個人を識別する記号になりうるのだ。

 このシステムこそが、この街の人々のちょっと火遊びしたい気持ちを上手く刺激して、教会に足繁く通う敬虔なる信徒を生み出したわけだ。



 だがこのような感じで、俺の元に入って来るお布施が増える事で発生する問題もあった。さらに数日後、俺は女神像の前で一人の女性と向かい合っている。何でも、最近毎日の様に教会へ通う亭主の様子がおかしいとかなんとか。家から出て行くお金も異常に増えていて、何が怪しい事に巻き込まれているのではないかと……。心配になって後をつけて来たと言う。


 ふむ……、そうですか……。俺は修道服を着込んで背筋よろしく手を組みながら殊勝に頷いた。お布施に関しては、当人のお気持ちを頂いているので、これを無理にお断りするのも神の意に反することとなりますので……私からは何とも。

 俺は表情を崩さず言い切るが、どうやらこの奥様は納得が行かない様子。


「あっそう、なら、あの人はどこに行ったの?連れてきなさい」


 そうは言われましても、これより先は神に忠誠を誓い、口を閉ざすと約束したものだけが至ることのできる領域。貴方は神に誓えますか?


「ふざけたこと言ってんじゃないわよこのあばずれ!どきなさい!」


 俺の通せんぼなど、この世界の人間には通用しないので肩を押し退けられると俺は吹っ飛んでしまう。くそっ、この異教徒がぁ……!俺が指を鳴らすと女神像の裏から黒服のゴツい男が二人出て来た。


「お客さん、困りますよ、こちらも商売なんでね」


 おいこら!思わず口を滑らせる黒服に俺は怒る。商売じゃない!祈りだ!


「ほら!やっぱり何か怪しい事してるんじゃない!」


 黒服二人に腕を抑えられる女はキーキーとヒステリックに叫んでいる。俺は溜息一つ吐いて、ツカツカと近付いて女の耳元で囁く様に教えてやる。


「お前の旦那はな、ここに安らぎを求めているんだよ。わかるか?私は救いの手を伸ばしてやっているだけだ」


 くくく、くはははは。踵を返して高笑いをする俺を悔しげに睨みつけながら、黒服達に外へ追い出されて行く哀れな女。やれやれ、この調子ではクレーマー対策用の人員も雇わないといけないな。俺が心の中で密かに予算を組んでいると、女と入れ替わりに誰かが入ってきた。俺は背筋を伸ばして恭しく女神像に祈りを捧げるポーズをとる。


「チノ……」


 先生だ。彼女は最近俺を怪しく思っている。どこからか急に大金を持ってきたからだ。だがこれも先生を始め孤児院の子供達の為。愛の為に、俺は他の何者をも犠牲にできる。

 先生は俺に何かを言いたげだが、口を開く前に先生の影からアリアナちゃんが飛び出してきて俺の手を握って引っ張った。


「チノちゃんあそびにいこーよー!」


 うん!いこっか!外見に相応しい快活な笑顔で俺はアリアナちゃんと外に飛び出して行く。先生がすれ違い様に哀しげな瞳で俺を見つめていたのが、とても印象に残った。


 次の日、ヒステリック女は徒党を組んで再び襲撃に来た。何十人もの女性がプラカードなんて持ってデモをしている。


『人を堕落させる魔の巣窟!即刻取り壊すべき!』


 なんだとぉ貴様ら。俺は紳士58号に命令し、街の衛兵と同じ服を着た紳士達を集めて立ち向かう。従業員もとい修道女の女性陣は店の奥の隠し通路からいつでも逃げられる様に手配している。


「あー!あんた何やってんのよ!お小遣い減らすぞ!」「クズ男てめー!調子乗ってんじゃねーぞ!」「晩御飯抜くぞー!」


「我らは紳士、お主らの事など知らぬ」「そうだそうだ!俺達はお前達の旦那とは一切関係ありません!」「俺達の聖域から出ていけー!」


 争いはヒートアップしていくばかりだ。俺は皆の矢面に立ち演説する。


「彼らはただ神に祈りに来ているだけ!それ以上でもそれ以下でもない!謂れのない罪を押し付けるのはやめて頂きたい!」


 叫ぶ俺の前に立ち塞がる人物がいた、ヴァレンディだ。何してる、孤児院の為だ。お前もこちらに来い。


「チノ、もうやめろ……皆を巻き込んで、ここまでしなくちゃいけないのかよ?」


 バカなことを……!お前も気付いているだろう!ボロボロの食器、机、椅子……!壁もそうだ、所々剥がれている。早急に直さなければいけない、その為には先立つ物が必要なんだ!


「落ち着けって!俺ももっと頑張るからさ!」


 足りない。足りないんだよぉ……。黙って俺に任せておけばいいんだ!俺は指を鳴らして黒服を召喚した、コイツは腕っ節が立つので四人がかりで退場させる。


「チノ!チノーー!!」


 悪く思うな。お前には感謝している。俺に、愛を知るきっかけを与えてくれたのだから。俺はニヤリと口角を上げて喧騒の中へ戻っていく……。


 流石に深夜になると女達のデモも収まった。続きは次の日に……と言ったところだが、それを許す俺ではない。仕込みをする為に夜の街を徘徊しているところ、目の前に立つ人物を見つける。人気が無い、路地裏のことだ。


「……こんな夜更けにどうしたのですか?先生」


 いつものように姿勢良く立って俺の事を見つめる先生に、優しい笑顔を浮かべて話しかける俺。先生は、一度目を伏せて、決意をした様に顔を上げた。


「チノ、貴方は人を惑わせ堕落させる……神の導きから逸れる、魔女よ」


 随分な言い方ですね、確かに……私は破滅の魔女と呼ばれる事もあります。しかしそれは過去のこと……愛を知り、変わった。どちらかというと愛の使徒です。

 俺の目を見て、本気で言っている事を察したのだろう。先生はもう一度目を伏せた。


「ええ、貴方なりの理由があるのも理解したわ。私も、覚悟を決めました。もう一度……血濡れた道を歩む覚悟を」


 次に顔を上げた時、彼女の瞳に宿っているのは強い意志だった。よく見れば腰には細い剣を提げている。修道女には似合わない物騒な物だ。


「先生、なんの事を言っているのか分かりませんが、何も心配は要りませんよ。私が全てなんとかしますから」


「貴方の行いは、私の立場として許されるものではありません。神の名を使い、人を堕落させる……異端審問官の一人として、見過ごせません」


 異端審問……?俺が、神の教えに背いていると?あるいはそうかもしれない。認めよう。目に見えぬ神など俺は信じない。


「いずれ貴方の元へは他の異端審問官が来るでしょう。それならば、せめて私の手で……」


 そう言って剣を抜く先生の瞳からは一筋の涙が流れていた。俺は先生に悲しい思いをさせた事に少し心を痛めた。それでも……俺は……。かふっと、胸を刺され吐血した俺は震える手で先生の頬に触れる。

 先生……女神像の中に……私のヘソクリがあります。それで、どうか子供達の家を綺麗に……。


「ええ、ええ……!あなたの思いは無駄にしないわ、私もこの仕事を再開する。そうすれば……もっと余裕が出るのよ、最初から……そうするべきだった」


 そんな、先生の事です……子供達のことを思ってでしょう……?……もう、最後の様です。俺は先生の大粒の涙を指ですくった。どうやら俺はもう長くないらしい。


「あ、愛を、教えてくれて、ありが……」


 そこまで言いかけて、俺はコテリと力尽きた。先生が嗚咽混じりに俺を抱きしめる……。やがて光の粒子となって俺は空に還っていった……。




 紳士同盟はトップを失いやがて瓦解した。女神像の地下の怪しい施設もそのまま封印され、街には平和が戻ったという。少々の禍根は残ったが、全ては魔女のせいという事で男達は辛うじて首の皮が繋がった。


「ねぇヴァン兄ぃーチノちゃんはどこに行ったのー?先生も最近忙しそうだし寂しいよー」


 建て替えたのか、綺麗になった孤児院に不満気な子供の声が響く、それを若い男が抱き上げてあやしながら寂しい瞳で空を見上げた。


「チノの奴は、多分元気でやってるさ」


 これは本心からだった。どこに行ったのかは知らないが、あいつならどこでもやっていける気がする。


「うー、また遊びたいなぁ」


「そうだな、あいつがここにまた来たら、俺も一緒に遊ぼうか」


 何だか、急にひょっこりと平気な顔して現れそうだ。ヴァレンディは初めて会った時のことを思い出して、懐かしくなって思わず笑みを浮かべていた。





「ただいまでーす!」


 俺が久々にモモカさんの喫茶店に入ると、俺に気付いたモモカさんがパタパタと走って来た。一緒に揺れる胸部装甲に客の視線は釘付けだ。


「もうっ、どこ行ってたんですかぁ!レッドさんから伝言もらってるんですよ!」


 渡された手紙には日本語で何かが書いてある、何々?アルカディアに先に行ってます?ああ、こいつのこと忘れてたわ。

 結局、さすがにあの街には居れなくなったので俺は龍華まで帰って来ていた。まさか外国でも魔女扱いをされるとは……。


「それで?今回は一体何をしていたんですか?」


 何を……、か。強いて言うなら、愛の為に戦っていた。ってところですかね。何となく疑わし気な視線を向けてくるモモカさんを不思議に思いながらも珈琲を注文した。



 後日、掲示板には『破滅の魔女、今度は連合国にて厄災を振りまく』というスレが建てられていた。




え?結局、魔法は学びに行かないんですか?

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[良い点] 清々しいまでの破滅の魔女ムーブ、そして美しくも切ないお別れ 笑うしかないわこんなんw [一言] たとえ愛を知ろうと、魔女は魔女なんだなって 火炙られろw
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