リリーのお使い
店の男によってトナカイと分断させられたリリーは、お使いを無事に達成できるのか。
「となかいと離れ離れ……寂しい」
トナカイがダンジョンを目指して迷子になっていた頃、リリーは店の男から投げ飛ばされた先でしょんぼりしていた。
今までトナカイと出会ってから、一度も側を離れたことがなかったのだ。
学んだことを実践する試験で、お使い報酬もあるとはいえ、やはりトナカイがいないと寂しいのだ。
精神的に幼くなってしまっている気がするが、幼女の外見になったせいだろうか。
「早く終わらせて帰ろう」
リリーはここで嘆いていても仕方がないと思い直し、手早くお使いをこなすべく歩を進めた。
「元の姿に戻って飛んだ方が早いけど、絶対目立つからやめておこう」
うっかりさんなトナカイとは違い、しっかり者のリリーは特に迷うことなく、数日でダンジョンのある街に着いた。
「ここのダンジョンの情報が知りたいの」
「ん? お嬢ちゃん、お使いかい?」
「違う。私が行くの」
「何だって!? あれは子供の遊び場じゃないんだから行ってはいけないよ?」
「……もういい」
リリーは街でダンジョンの情報を集めようとしたが、結果は芳しくなかった。
見た目幼女のリリーがダンジョンに入ると聞いて、皆驚きやめさせようとするのだ。
「実力を見た目だけで判断すべきではないが……一人でダンジョンに行くのは自殺行為だぞ?」
「私は修行したから大丈夫。今回のダンジョン探索も試験だし」
「そうなのか? だが、やはり一人で行くのは危険だ。どこかのパーティに入って一緒に行った方が良いだろう。」
「いい。私、人間嫌い」
一人の冒険者からパーティを組んでダンジョンに行くべきと助言を受けるが、聞く耳を持たないリリー。
「そ、そうか……多くはないが人間以外のパーティもあるだろうから、探して一緒に行った方が良いぞ」
「前向きに検討する」
冒険者との会話を終えダンジョンに向かおうとしたリリーだが、周囲に会話が聞かれていたらしく、様々な人間が話しかけてきた。
「そこの君、話を聞かせて貰ったがダンジョンに行きたいんだって? 女の子が一人でダンジョンに行くのは危険だ。うちのパーティに入って一緒に行かないか?」
「間に合ってます。さよなら」
面倒見の良さそうなパーティのリーダーらしき人間の勧誘をバッサリと断るリリー。
「君、かわいいねぇ。お菓子をあげるからちょっとお兄さんと来ないかい?」
「私はとなかいじゃないからお菓子で釣られない。物理的にさよなら」
「ぐべぁっ!?」
「おい、今なんか飛んで行かなかったか?」
「さぁ? 何かあったか?」
「ちゃんと加減したから死んでないはず。別にどっちでも良いけど……師匠に何でもかんでも殺すなって念押しされてるから、ちゃんと守る」
明らかに犯罪の匂いがする男を物理的に退けるリリー。
今までトナカイと店の男しかリリーに接してこなかったため、話題にあがることが無かったのだが、リリーの容姿は、とても可愛らしかった。
腰まで伸びる白い髪を後ろで一つに束ね、大きく綺麗な紅い目をしており、男女関係なくすれ違う人を振り向かせていた。
しかし、人間だらけの環境のせいか、常に無表情、ジト目と、せっかくの容姿を台無しにさせていた。
ちなみに、本人は全く意識していないのだが、トナカイと接している時だけは表情豊かで普通の可愛らしい目をしていた。
容姿は変身の首輪によって、どのようにでも変えられるのだが、今の容姿は元のドラゴン姿を人間に置き換えただけなので、特に意識しなければこの姿になる。
リリーは美ドラゴンだったのだ。
今は幼い人間の姿なので美幼女といったほうが正しいかもしれないが。
幼く可愛い子がダンジョンに挑むという噂は一瞬で街に広がった。
幼い容姿の子は他に一人もいなかったため、一目見ただけで噂の人物がリリーであるとすぐに気付かれた。
そんなリリーに、男女問わず様々な人間が声をかけた。
あっちに歩くと、女性だけのグループ。
「そこのあなた、もしかして噂の子じゃない? 私たちと一緒に行かない?」
「間に合ってます」
そっけなく答えそそくさと立ち去るリリー。
こっちに歩くと、イケメンな青年と美女たちのハーレムパーティ。
「君が噂の「間に合ってます」……そ、そうか」
同じ内容の言葉ばかりが飛んできて、少しずつイライラし始めるリリー。
一々応えるのが面倒になったリリーは、人気のない裏路地に入った。
「お嬢ちゃん、一人で出歩くのは「間に合ってます」ぐえっ!?」
人気のない所に行くのを見計らって声をかけてくる、ガラの悪い男を一瞬で退けるリリー。
もちろん手加減はしておいた。
「さっきはよくもやってくれたな! こっちが下手に出てりゃ良い気に「間に合ってます」ごべぇっ!?」
「今、路地裏から何か飛んで行かなかったか?」
「またかよ。お前きっと疲れてるんだよ……」
少し前に吹き飛ばした男が報復に来るも、リリーの記憶にすらとどめられておらず、同じように吹き飛ばされていた。
「みんな声をかけてくるけど、即座に殺しにかかっては来ない。この姿になれて良かった。……はやくとなかいをもふもふしてとな分を補充しないと」
改めて自分の姿を変えてくれたトナカイに感謝しつつ、はやく会って存分にトナ分を補充したいと思うリリーであった。
そして、誰にも話しかけられないよう足早でダンジョンへと入っていった。
「……」
無言でダンジョンを進んでいくリリー。
このダンジョンは通路が枝分かれしているので、普通はマッピングをしなければならないのだが、リリーはとても記憶力が良かった。
頭の中で道を覚え、自分がどこにいるのかを正確に把握できるのだ。
どこぞのトナカイとは頭の出来が違うのである。
「となかい、ダンジョンで迷子に……そもそもダンジョンにたどり着いてるのかな? すごく心配。もしとなかいが失踪しても、お守りの魔力を辿ればきっとすぐ見つけられるけど」
トナカイの心配をしつつ、どんどんダンジョンを進んでいくリリー。
「魔物が邪魔……どいてね」
途中に出てくる魔物は全て、小さな体のどこから出しているのか突っ込みたくなるほどの怪力で、なぎ倒していた。
店の男から戦闘に関する手解きを受けているため、どの魔物もたいした脅威ではなかった。
「あまり疲れてないけど、一応休んでおこう。油断大敵らしいし」
数時間ほどダンジョンを進んだ後、リリーはダンジョンの片隅で休憩していた。
早く終わらせたい気持ちが強いのだが、疲れや焦りが油断につながり、思わぬ事態に発展することもあると店の男から教えられたので、念のために休んでいるのだ。
リリーは教わったことをちゃんと実践できる優等生であった。
ダンジョンは奥深くまで続いているため、一日や二日では踏破できない。
それはいかに強大な力と体力を持つリリーでも、同じであった。
「……何か聞こえる。誰かいるのかな?」
不意に、遠くから微かな音が聞こえてきた。
金属が硬いものにぶつかる音や、何かの叫び声のようである。
「見に行ってみよう……あっちだね」
リリーは音の正体に興味を持ち、早足で進んでいった。
「非常にまずいな。一体どの階層に飛ばされたのやら」
ダンジョンのかなり深いところまで来させられた冒険者たちは、絶体絶命の危機に遭遇していた。
このダンジョンには、様々な罠が仕掛けられている。
袋小路になっており、入った途端に隠れていた魔物が襲ってくるモンスターハウス、巧妙に隠された強制転移の魔法陣、落とし穴に、仲間を分断する仕掛け扉など。
この冒険者たちは、強制転移の魔法陣によってダンジョンの奥深くまで転移させられてしまったのだ。
そこそこ腕が立ち、経験も豊富なため油断などしていなかったが、隠れて襲ってきた魔物に体勢を崩され倒れ込んだメンバーの先に、隠された転移魔法陣が設置してあったのだ。
付近にいたメンバー全てを巻き込んで転送されたため、分断されなかったのが幸運なのか不幸なのか。
「まだまだやりたいことが沢山あるのに……どうしたらいいのよ!」
「まずは落ち着こう。取り乱しても良いことはなにも無いからな」
「神に祈りましょう」
「おまえはいつも通りだな。とりあえず何でも祈っておけ良いという考え、どうかと思うぞ」
「うわああぁぁ! もうだーめだー!! 誰かお助けぇぇ!!」
皆、常に死と隣り合わせであることを承知の上で冒険しているため覚悟はしていたが、やはり死に直面すると怖くもなる。
取り乱すメンバーを落ち着かせるリーダー。
「うるせぇ! 死期を早めたくなかったら大人しくしてろ! 魔物が寄ってくるだろうが!」
「……わかったよ」
しばらくゴタゴタしていたが、次第に落ち着きを取り戻し、脱出のための相談をし始めた。
「まずは慎重に周囲の魔物を調べよう。それによってある程度の階層の予想がつく」
「なぁ? あれ……」
「何だ? ……どうやら調べに行く手間が省けたようだな。かなり深い階層にいるらしい」
「さっきいた所より数十階層は下にいるはずの魔物ね……運がないわ。」
「どんどん来てるじゃないか! やばいぞ!」
ダンジョンの脅威は彼らを待ってはくれなかった。
騒ぎを聞きつけた魔物たちが、獲物を察知し向かってきたのだ。
「来るぞ、構えろ! 落ち着いていつも通りに戦うんだ!」
「前衛のあなたが潰れたらみんな終わりだからね! 耐えてよ!」
「無事に切り抜けられるよう、祈りましょう」
「祈ってないで回復してやれよ! お前ヒーラーだろう!」
身の丈に合わぬ階層の魔物は、冒険者たちには荷が重すぎた。
なんとか応戦するも、少しずつ追い詰められる冒険者たち。
早く倒して逃げなければ、更に魔物が駆けつけ襲ってくるかもしれない。
冒険者たちは焦っていた。
「まずいな。早く倒さないとさらに寄ってくる……!? ぐっ、しまった!」
「何やってるのよ! あなたらしくない! みんな、リーダーを守るよ!」
「リーダーの無事を祈りましょう……」
「祈ってないで仕事しろよ! 早く回復を!」
焦りが僅かな隙を生み、その隙を突かれて膝を折るリーダー。
全員で戦い何とか拮抗していたバランスが大きく傾き、パーティメンバーはダメージを受け始めた。
「ぐっ……魔力残量もそろそろ厳しいわ。ここまでかしら?」
「最後まで足掻いて見せるさ!」
「奇跡を祈りましょう」
「おれ、ここから生きて出られたら……彼女に告白するんだ」
「その彼女とは、想像上の人物ではありませんか? お薬切れましたか?」
「辛辣だなぁおい! 確かに言ってみただけで本当は彼女なんていないけどよ! というか祈る以外の言葉を初めて聞いたわ!」
「お前らときたら……お前らと同じパーティで良かったよ」
「そんな言葉はここを出てからにしなさいよね!」
もはやこれまでかと、故郷や家族を心の中で思いながら諦めかけたその時、冒険者たちは信じられないものを見た。
「ちょっとどいてね」
「グエッ!?」
「「!?」」
一匹の魔物が、何かに弾かれて壁に飛んでいき、潰れた。
その魔物がいたところには、一人の小さな女の子が立っていた。
「魔物だらけね。人間たちが襲われてる」
音の元を探って走っていたリリーは、魔物に群がられながら必死に戦うパーティを発見した。
「んー、よく見えないからちょっとどいてね……あ、潰れちゃった。まぁいいか」
リリーは、目の前にいる魔物を弾きとばしながら、店の男の言葉を思い出していた。
困っている人がいて、自分に余裕があるなら助けてあげた方が良い。
情けは人の為ならず、困った人を助けていると、巡り巡って自分に返ってくることもあるとのこと。
過程はどうあれ、結果的にトナカイに助けられたリリーは、その言葉に何か感じるものがあったらしい。
「……助けてみようかな」
目の前にいる冒険者は人間だが、困っているようなので助けてあげることにした。
冒険者たちに群がっていた大量の魔物は、派手に壁にぶち当たり潰れた魔物を見て、矛先をリリーに向けなおしていた。
「あなた達も壁のシミにしてあげる」
「「ガァアア!!」」
冒険者たちは、向かってくる魔物に全く動揺しないリリーを見て驚いていた。
「この数を相手取るつもりか!?」
冒険者たちの心配をよそに、魔物を迎え撃つリリー。
「……やっ! えい! しぬがよい!」
「なんだ、あの腕力は。あんなに強い魔物を一撃で潰しているぞ……」
数人の冒険者が負けるほどの敵を、特に苦戦することもなく簡単に蹴散らしていく。
姿形は幼女でも、ドラゴンは伊達ではなかった。
数分もしないうちに、大量にいた魔物たちは全て壁際で無残な姿に変わっていた。
全ての魔物を蹴散らしたリリーは、未だ転がっている冒険者に近づいた。
「……大丈夫そう。少し薬を持っているからあげる。使うといい」
「あ、あぁ……助かった。正直もうだめかと思っていたよ」
「私達は、生きて帰れるの?」
「祈りが通じたのです。さあ、皆で更に祈りましょう」
「た、たすかったぁぁ……今回ばかりは神に感謝したくなる状況だな」
全員が怪我を負っているが、命に別状はないようだ。
「俺たちは本来こんなところにいられるような実力ではないんだが、運悪く転移魔方陣を踏んでしまってな。あがいてはみたものの、見ての通りさ」
「大変だったのね」
「できれば地上に帰りたいんだが、また魔物に襲われたらもう対処できない。厚かましいことを承知でお願いしたいんだが、地上まで俺たちを連れて行ってもらえないだろうか?」
「私は最下層におつかいに行きたいんだけど……しょうがないから地上まで連れていく」
リーダーらしき男の申し出を、渋々引き受けるリリー。
せっかく助けたのに、簡単に死なれると残念な気持ちになるので、しょうがないのだ。
「ありがとう! 助かるよ」
「あなたは、とても強いのね! さっきの魔物を一撃で倒すなんて、すごいわ!」
「師匠のもとで訓練したから、このくらいは余裕」
「師匠がいるのか……俺も弟子入りすればそこまで強くなれるんだろうか」
「あんたにそこまでの才能があるように見えないぜ!」
「うるせぇ! お前にだけは言われたくないぞ!」
「ぐえぇぇ……ちょ、極まって……」
「彼の冥福を祈りましょう」
「勝手に殺すな! まだ死んでねーよ!」
「……賑やかな人たちだね」
こうしてリリーは、怪我の割に元気な冒険者たちを引き連れて、元来た道を戻っていくのであった。




