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トナカイのお使い

ピクニック気分でおつかいに行こうとしたら、店の男に叱られたトナカイであった。

「となかいの旅は、まだ始まったばかりなのよ! 久しぶりに一人きりなのよ」

 トナカイは、ダンジョンを目指して歩いていた。

 久しぶりのトナカイ一人旅である。

 店の男やリリーと数ヶ月一緒にいたので、一人になると若干さみしいトナカイであった。

「この地図を持って歩いたら目的地にたどりつくってじいちゃんが言ってたのよ! 地図はすごいのよ!」

 トナカイは、目的地までの道のりが書かれた地図を眺めながら歩いていた。

 突然だが、トナカイはうっかりさんである。

 記憶力や物覚えが悪いわけではないのだが、うっかりミスが非常に多いのである。

「なーんて、地図を持ってるだけでたどり着くなんてことはないって、となかいにもお見通しなのよ! ちゃんと地図を見ながら歩くのよ! 既に何回か木にぶち当たったから、たまには前を向かないといけないことも学習済みなのよ! さすがとなかい、隙がないのよ!」

 そんなトナカイが、ちゃんと地図を見て目的地に到着できるだろうか。

「じいちゃんに投げ飛ばされた方向はこっちだから、このまま真っ直ぐに向かえばいいはずなのよ! ……ちょっとだけおやつを食べるのよ! 風呂敷を置いてよいしょーっと。もぐもぐ、おいしいのよ!」

 トナカイは食いしん坊なので、頻繁に風呂敷を広げてお菓子を食べていた。

「さて、旅を再開するのよ!さっきはたしか……あ、あった! たしかあの雲に向かって歩いていたのよ! ダンジョン目指してレッツゴーなのよ!」

 移動するものを目印にしながら進み、お菓子を食べるごとに進路が少しずつ変わっていく。

 目的のダンジョンとは違う方向に進んでいることに気付かないトナカイは、既に迷子である。

 まさか自分が見当違いの方向に進んでいるとは欠片も考えず、トナカイはどんどん歩を進めていった。

 店の男がこれを見たら、顔面チョップフルコースである。

「となかいの旅は始まったばかりなのよー!」



「となかいの旅はどこまでも続くのよー! 目的地まできっともう少しなのよー」

 出発してから数日、本来であれば既に目的地に到着しているはずなのだが、なかなか到着しない事実に気付かないトナカイ。

 トナカイは一体、どこに向かっているのだろうか。



「目的地に、到、着! なかなか大変な旅だったのよ……あのまま着かなかったら、またリリーに可哀想な子を見る目で見られちゃうところだったのよ!」

 更に一週間ほど歩いた結果、奇跡的にトナカイはダンジョンのある森にたどり着いた。

「本当に森の横に町があったのよ! あれが冒険者御用達の商店街なのねぇ。となかいもここに寄れば冒険者っぽいのよ! でも、あんまり遅くなるとリリーが寂しがりそうだから寄らないけど!」

 近くに、ダンジョンに通う冒険者をターゲットにした商店や宿泊施設が並ぶ街があるため、ダンジョンの位置はわかりやすいのだ。

 しかし、残念ながら目的のダンジョンではない。

 街の名前やダンジョンの名前を聞けば間違いに気付いただろうが、やっと着いたと安堵するトナカイはそこまで頭が回らなかった。

「はやくクリアして帰るのよー! そして新たなお菓子を作ってみんなで食べるのよ!」

 思っていたより時間が経っていたため、早く終わらせたい気持ちになっていたトナカイは、街に寄らずそのままダンジョンへと向かった。

「これがダンジョンなのねぇ。ただの穴にしか見えないのよ……でも確かに、ここの奥底から魔力を感じるのよ」

 ちなみにダンジョンは、何かが原因でたまった魔力によって生成される、ダンジョンコアが作り出している。

 そのため、たいていのダンジョンは魔力のたまりやすい森の中や、山脈の奥深くに存在しているのだ。

「立て札があるのよ。なになに……」

 ダンジョンの前には一本の立て札があった。

 ここから先は危険なこと、死んでも文句は言えないこと、拾った装備は自分のものにして良いこと等、ダンジョンに入る上での注意事項が書かれていた。

「いざ、ダンジョンに入るのよー! あ、でもちょっとご飯食べてから行くのよ! 腹が減ってはなんちゃらってじいちゃんも言ってたからね!」

 トナカイは一応立て札を見て、残っていた食べ物全てを腹の中におさめてから、ダンジョンに入っていった。

 物陰に隠れ、ダンジョンへと入っていく冒険者を品定めする視線に気づかないまま。



「なんじゃありゃ……」

 ダンジョンの前に立つ、奇妙な冒険者に動揺する見張り係。

「あんな変な格好のやつぁ今まで見たことがねぇな。人間にしては小さすぎるから、小型の獣人か? あんまり金にはならなさそうだが……まさか一人で入るのか!? よっぽど腕が立つか、ただの馬鹿か……」

 少し前から獲物となる手ごろな冒険者がいないか様子をうかがっていたのだが、今回の冒険者は予想外過ぎた。

 五歳児ほどの身長なので子供に見えるのだが、こんな物騒なところに来る子供はいない。

 大方、体の小さい種族なのだろうと見張りはあたりを付けた。

 奇妙な冒険者は、ダンジョンの前でおもむろに風呂敷を広げ、何か食料を取り出して食べだした。

 ここが危険な場所であるという認識がないのか、よほど自分の力に自信があるのだろうか。

「やつはただの馬鹿だな。こんなところで荷物を広げて、ピクニックのつもりか? 少しの食い物と薬と……! あの袋は金か? あれはそこそこの額が入っていそうだな」

 風呂敷の中身を見た見張りは、トナカイがただのバカであると結論付けた。

 風呂敷の中身がほとんど空っぽなのである。

 少量の薬と、少なくない額の金が入っていそうな大きさの巾着袋。(大きな文字でお金と書いている)

他には何も入っていないのである。

 金を持つ一人の冒険者となれば、恰好のターゲットである。

「おい、仕事だ。ターゲットは変な着ぐるみの馬鹿一匹だ……ぁあ? 見りゃわかんよ! さっさと準備しやがれ!」

 見張りは音声のみを届ける簡単な魔道具で、ダンジョンの中に潜んでいる仲間に情報を伝えるのであった。



「となかい、初ダンジョンなのよ! 壁とか床がほのかに光って綺麗……というほどではないね。歩くのには苦労しなさそうなのよー。となかい暗くても平気だけど」

 ダンジョンの中は自生するヒカリゴケや発光する鉱石のおかげで、意外と明るかった。

 店の男から事前に聞いた情報によると、階層によっては真っ暗な場所や、魔力を帯びて方向感覚を狂わせる霧が立ち込める場所もあるらしい。

「探検はとなかいゴコロをくすぐるのよ! お宝を求めてどんどん先へ進むのよ!」

 トナカイは初のダンジョンに心を躍らせながら、無警戒に奥へと進んでいく。

 しばらく進んでいると、何やら壁際にうごめく影があった。

 スライムである。

「あれが、かの有名なスライムなのね! なんかプルプルしてるのよ!」

 初のモンスターとの遭遇に、トナカイはテンションを上げて近寄った。

 スライムはダンジョンに発生するモンスターの中では弱い部類だが、決して安全ではない。

 万一まとわりつかれてしまえば、引きはがすことが困難である。

 店の男から学んだはずなのだが、テンションの上がったトナカイは完全に忘れていた。

「ぶぇぇぇ……スライムが飛んで来た! あ、これあかんやつや! くっつかれたのよ!」

 結果、当然体中にまとわりつかれて大変なことになった。

 これが物語に出てくるかわいい女の子とスライムなら年齢制限がかかりそうな展開になるかもしれないが、現実はそんなに生易しいものではない。

 スライムは獲物を吸収するために強力な酸を吐き出しとなかいを溶かそうとしている。

 服だけといわず全てを溶かされそうな酸を浴びるとなかい。

 元々服は着ていないし、酸を浴びたところで死にはしないのだが。

「そういえばじいちゃんが、スライムは弱いが、纏わりつかれると厄介だから不用意に近寄るな! 特にとなかい! おまえは絶対油断して張り付かれるから近寄んな! っとか言ってたのよ……こんなん見られたら確実に顔面チョップされるのよ……スライムは確か、核があるからそれを叩けって言ってたのよ。そいっ!」

 スライムの手荒な歓迎を受けたトナカイは、やむなくスライムの核部分を探し、小突いて破壊した。

 スライムはトナカイの一撃で核を壊され、絶命した。

 まとわりついていたスライムの体は制御を失い、落ちていく。

「スライム取れたけど、べっとべとなのよ。となかいぼでーが、粘液まみれでテンションが下がるね……」

 トナカイはべっとべとになった自分の体を見てしょんぼりした。



「魔法は本当に便利なのねぇ。お水は自分の力でつくりだせるのよ!」

 非常に不快だったため、教わった魔法で水を作り体を洗うトナカイ。

「となかいボディはもふもふを保つためにやさしく手洗いしないといけない! ……ってリリーがよく言ってたのよ。でもリリーがとなかいを洗うと、いつのまにかもふもふしていて二人ともビッチョビチョになるのよねぇ……となかいも、さすがに濡れたらリリーが好きなもふもふぼでーじゃ無くなるのにね?」

 一通り体を洗って綺麗になったトナカイは、ため息をひとつついてから、ダンジョン探索を再開した。

「この道はーどこまでもー続いてーいくのーよー。行き詰まったらー引き返すかー物理的に道を作って突き進むのよー」

 ダンジョンをどんどん進むトナカイ。

 ダンジョンは内部で通路が枝分かれしており、ちゃんとマッピングしていないと迷子になってしまう。

 では、トナカイがマッピングなどという高度なことをするだろうか。

 もちろん、全くしていない。

「森で培われたとなかいの方向感覚が火を噴くのよ!」

 生まれてから数百年の間、森の中で暮らしていたトナカイは森を端から端まで覚えており、どこにいても位置を正しく把握できた。

 そのため自身が迷子とは程遠い存在だと思っていた。

 実際は長い時間をかけて道を覚えないといけないほどの方向音痴だったのだ。

 その事実に気付かず、歩き続けるトナカイ。

 既に同じ道を何度も通っているのだが、トナカイは全く気付いていなかった。

 迷子になってから数時間、やっと次の階層への階段を発見した。

「やっと次の階層へ行けるのよ! とても広いダンジョンだからなかなか大変なのよ……」

 トナカイは、きっとここがとても大きなダンジョンなんだと思った。

 ちなみに、普通の人はここにたどり着くまで三十分もかからない。

「ん? なんかいるのよ」

 次の階に降りたトナカイは、薄暗い通路の少し先で倒れている人に気付いた。

「人が倒れているのよ。どしたーん?」

 倒れている人に駆け寄り様子を確認すると、所々が破けた際どい装備を着ている、女性だった。

「なかなか奇抜なファッションなのよ! おーい、こんな所で寝ていると風邪を引くのよ? となかいは風邪引いたことないからよくわからないけど。早く起きるのよー、つんつんっと」

 トナカイが倒れている女性の頬をつっついて生きているか確認すると、女性はわずかに身じろいだ。

「ん……助けていただいて……!?」

 女性は気が付いたらしく、よろよろと体を起こしこちらを見て、硬直した。

 貼り付けた笑顔のぬいぐるみが、じーっとこちらを見ているのである。

 丁度発光する鉱石の光を足元から受けて、顔の陰影がとてもこわい。

「となかいなのよ! こんな所でどうし……また倒れたのよ。となかい、そんなショッキングな顔じゃないのよ……」

 女性は、そんなトナカイをみて、再び意識を手放した。

 トナカイは再び倒れた女性に複雑な気持ちを抱きながらも、このまま放っておくことはできないので、もう一度起きるまで見守ることにした。

「あ、ありがとうございました」

 しばらくして目を覚ました女性は、なんとか気を確かに持ったまま、トナカイにお礼を言った。

「ぜひお礼を、と言いたい所なのですが、仲間とはぐれてしまっていまして」

「そうなん? 仲間はずれは悲しいのよ。みんなと仲直りして一緒に冒険した方がいいのよ」

「寡黙な方なんですね」

「となかいは割とおしゃべりなのよ。聞こえないだけで」

「私は数人の仲間とこのダンジョンに挑んでいたのですが、急にその階層に見合わない強さのモンスターと遭遇してしまいまして。逃げている間に仲間とはぐれ、ここで気を失ったようです。あなたが来て下さらなかったら今頃どうなっていたことか……」

「大変だったのねぇ。もう少しで風邪を引くところだったもんねぇ。風邪は辛いもんねぇ、となかい風邪引いたことないけど……って、さっきもこれ言った気がするね」

 女性は、こちらが聞いてもいないのに自身のことを語り出した。

 なぜ聞いてもいないのに語り出す人が多いのかと、疑問に思いながら聞いた内容によると、どうやら仲間とダンジョン攻略をしていたが、途中で強力な魔物に襲われ仲間とはぐれてしまったらしい。

「もしよろしければ……仲間と合流できるまで一緒にいてくださいませんか?」

 仲間と合流できるまで一緒に連れて行ってほしいと、女性が妙にくっつきながらお願いしてきた。

「ええけど、ちょっと近いのよ。そんなに近寄って喋らなくてもちゃんと聞こえてるのよ! となかい、ダンジョンのおつかい中だけど、ついて来てもいいのよ? 言っても伝わらないからうなづいておくのよ」

 割とトナカイは急いでいるのだが、放っておくのも可哀想なのでうなづき了承した。

「ありがとうございます! 実ははぐれた時のための合流地点がこの先にあるのです。こちらです!」

「早く仲間のところに行きたいのねぇ。ぼっちは寂しいもんねぇ」

「さぁ、こちらです! 行きましょう!」

「なかなか元気が良いのよ。きっと仲間にすぐ会えるのよ」

 女性はこの付近の地図を持っているらしく、トナカイを先導してくれた。

 女性に先導されつつ進むトナカイ。

 迷いを感じさせないしっかりとした女性の足取りに、トナカイはのほほんと付いて行った。

「ここを曲がって……あ、ここです。おーい!」

 しばらく進んでいくと、広い場所に出た。

 女性は何かを見つけたらしく、急に駆け出した。

「けっこう奥なのねぇ。あ、いたのね、お友達。よかったねぇ、もうボッチじゃないねぇ」

 その先には、十数人の男が立っていた。

 恐らく女性の仲間なのだだろう。

「あんまり邪魔するのも悪いし、となかいもなんだかリリー達に会いたくなったのよ。はやく終わらせて帰るのよ!」

 仲間と出会えてよかったねとほっこりした気分になったトナカイは、踵を返した。



 時は少し前にさかのぼる。

「何だい変な着ぐるみの馬鹿って……もうちょっとマシな報告出来ないのかい……」

 仲間から獲物の情報を聞いた女は、ダンジョン2層目の入り口で待機していた。

 なんでも、小さい種族で、着ぐるみのような装備を着たバカが一人でダンジョンに入ったとのことだった。

 こいつは一体何を言っているんだと思ったが、見れば分かるとのことだったのでやむなく指示通り待機したのだ。

「……これでよしっと。ふふっ、冒険者は見た目に騙される馬鹿が多くて仕事がしやすいねぇ」

 冒険者は弱った女を見ると高確率で助けようとするのだ。

 今回も仲間とはぐれ傷ついたか弱い女冒険者として獲物に接触し、仲間の下へ誘導するという作戦だった。

 ダンジョンの入り口からここまでは、普通の冒険者で大体三十分ほどかかるため、報告を受けてからすぐ移動すれば準備が十分にできるのだ。

「さて、そろそろ来る頃だね」

 そろそろかと思い自身の衣装を傷つけ寝転がる女。

 十分経った。

「……」

 三十分経った。

「………………」

 そして、数時間が経った。

「いくらなんでも遅すぎるじゃないか! 何時間待たせるんだよ!」

 いくらなんでも遅すぎると、女は怒りを露わにした。

「こんな薄暗い所でいつまで転がっていないといけないんだい! 何かが出てきたらどうしてくれる……でないよ、な?」

 薄暗いダンジョンの中で一人転がっているのは、正直怖いのだ。

 いつモンスターが沸いて襲ってくるかも知れないし、仲間に笑いものにされるため黙っていたが、この女は暗いところやお化けの類がとても苦手なのだ。

「しょうがない、戻るか。見張りの野郎……嘘教えて笑ってやがったら張り倒してやる! ……ん? 足音がする。やっとお出ましか」

 諦めて仲間のもとに帰りかけたとき、入口の階段から足音が聞こえてきた。

 予定通り転がった状態で待機する女。

 女の前に何者かの気配が近づいてきた。

 そして、頬を突っつかれる女。

 倒れている女になにしやがるんだと思いつつ、よろよろとか弱い女を演じながら体を起こし、獲物を見た。

「んっ……助けてくれてありが……ヒィッ!?」

 薄暗い中にまぁるい顔。

 下から光に照らされて不気味な笑顔を更に不気味にさせた、ぬいぐるみの顔がそこにあったのだ。


 数時間暗いところに一人でいて、極限まで恐怖心が高まっていた女は、簡単に恐怖の限界を超えて気を失った。

 しばらくしてから気がつくと、先ほどの不気味なぬいぐるみがこちらを向いて三角座りをしているではないか。

(確かに着ぐるみを着た馬鹿って感じだね。なんで薄笑いを浮かべてんだい……光が絶妙な加減で当たって不気味さを際立たせているじゃないか! 怖すぎるだろ!)

 正直もう相手をしたくなかったが、それでは仕事をこなすことができないので、予定通りぬいぐるみの誘導を始めた。

 なんの疑いもなく黙って付いてくるぬいぐるみ。

 女は見張りの言葉通りのバカで仕事がしやすいと思いつつ、仲間の元へと進んで行くのであった。



「およ? いつの間にか人がいっぱいいるのよ?」

 トナカイが感動の再会をしているであろう冒険者たちの元から去ろうと振り返ると、そこには、十数人の男が立っていた。

 後からここに入って来たのだろうか?

 たくさん人がいるのねと、トナカイが悠長に構えていたら、男たちがニヤニヤしながら近づいてきた。

「こいつが獲物か」

「ははっ! こりゃ楽な仕事になりそうだな。」

「多少強かろうがこの人数を一人で相手にできるやつなんざいねーよ」

「ちげぇねぇな! ヒャハハハ!」

「この人たちも仲間が揃って喜んでるのね。となかいは察しがいいから道を譲ってあげるのよ……およ? こっちに進路を変えたらぶつかるのよ? ありゃ?」

 若干気持ちの悪い笑みだが、きっと仲間にあえてうれしいんだろうと、トナカイが道を譲り進路を変えると、男たちも同じように進路を変えてきた。

 邪魔になってしまったかなと進路を変えるが、男たちも同じように進路を変えてきた。

 完全に、行先を阻まれている。

「というわけで、とうとう向かい合う形になってしまったのよ。譲り合いの精神が悲劇を生んだのよ……」

 トナカイが先に進めず困っていると、男の一人が話しかけてきた。

「馬鹿なお前もそろそろ気づいたとは思うが、まぁそういうこった。冒険者の男ってのは弱っている女に優しいよなぁ! 優しいついでに、俺たちに身ぐるみ全て恵んでくれや! なーに、どうせもうお前はもう金やら装備やらは使えなくなるんだ、問題ないだろう? ……なに間の抜けた顔をして黙ってやがる! つまり、お前の楽しい冒険はここでおしまいってことだよ! 怖くてなにも言えねぇか? そんなんでよくここまで来たもんだな!」

「話が長くて途中聞いてなかったけど、よく来たなって言ってたような気がするから、歓迎しているのね!」

 男と話がかみ合わないトナカイであった。

「なにヘラヘラ笑ってやがる! てめぇら! 一生笑えないようにしてやれ!」

 のほほんと突っ立っているトナカイを見て、男は自分がバカにされていると感じたらしく、急に皆をけしかけ襲い掛かってきた。

「となかい、もともとこんな顔なのぐえぇー! なんで急に叩いてくるのよ! もにょー! ちょっと、となかいを囲んで争わないでー! 完全にとなかいにヒットしてるのよ! ちょ、刃物は危ないから反則なのよ! となかいを斬っても何も出ないのよー!」

「少しは抵抗しねぇと面白みがねぇな!」

「へへっ、この数相手に反撃を期待する方がおかしいだろ?」

「おらおらぁ! 寝てんじゃねぇよ!」

 急に攻撃されたトナカイは、何がなんだかよくわからないままに攻撃を受けていた。

 殴られるわ、蹴られるわ、斬られるわ、刺されるわと、ひどい有様だった。

「せっかく仲間を連れて来たのに、なんという仕打ち! ……あ、よく考えたらトナカイ付いて来ただけだったのよ! あぁぁせっかくさっき洗ったのにもう泥だらけなのよぉ」

 泥だらけになったトナカイは、やっと男たちの正体に気づいた。

「……! もしや、これが噂のダンジョン盗賊ってやつでは! そういえばじいちゃんが言ってたのよ! ダンジョンには冒険者をねらう盗賊がたまにいて、身ぐるみ剥がされるからうかつにダンジョン内で他人に接触するなって! こんな姿を見られたら渾身の顔面チョップで右となかいと左となかいに分かれちゃうのよ! ……ま、幸いとなかいは食べ物を全部食べちゃったから、取られるものなんてなかったのよ。さすがとなかい! 隙がないのよ!」

 サンドバッグになっているトナカイは、相手の正体がわかってスッキリしていた。

 同時に、取られるものがないことがわかれば、きっと盗賊たちはあきらめて帰っていくだろうと考えたトナカイは、そのままされるがままになっていた。

 精霊であるトナカイは、死という概念がないため、非常にのんびりした性格だ。

 ぼっこぼこにされている現状すら、これもまた一興と特に抵抗しなかった。

 ちなみにトナカイは、自分の風呂敷にお金や薬が入っていることを完全に忘れていた。



 トナカイがサンドバッグになってから数十分が経った。

「……なんでまだ生きてやがるんだ。化け物か! まぁ、抵抗もろくにできない腰抜けがどれだけ頑丈でも意味はないがな! そろそろ持ってるもんを出してもらおうか!」

「となかいの風呂敷、そんな乱暴に引っ張ったら破けちゃうのよ」

トナカイを一通り攻撃した盗賊たちは、身ぐるみを剥ぐ作業に入った。

トナカイの持つ風呂敷を乱暴に奪い、中身を取り上げた。

「おい見ろ! 結構な額入ってんぞ! 今日はうまい酒が飲めそうだな!」

「あーそういえばお金とかじいちゃんから貰ってたのよ。お金が欲しかったなら最初から言ってくれればよかったのよ! さっきまでお金のこと忘れてたけど!」

そこそこの金額が入った袋を見て沸き立つ盗賊たち。

「あとは……おい、その首飾りは何だ? こいつ! 今更抵抗してんじゃねえよ!」

「このネックレスはさすがに渡せないのよ! 何となくだけど、となかいがこれを外したら、何かあかんことが起こる気がするのよ! それに、これなくしたらりりーがめっちゃ悲しむのよ!」

盗賊がネックレスを奪おうとしたところ、ここまでされるがままであったトナカイが意外な抵抗をみせたため、盗賊は更に攻撃を加えた。

「おい! お前らも手伝え! これだけ抵抗するんだ! さぞかし高い首飾りなんだろうよ!」

「ぶえぇぇ……これはプライスレスなのよぉぉ!」

 再び暴行を加えられるトナカイ。

「……クソが! もういい! あの転移陣まで連れて行くぞ!」

「やっと諦めたのよ。ぁぁーとなかいの足を持って引きずるのはやめてほしいのよー! 小石が口にもがあぁぁ。さすがのとなかいも地面はあんまり食べないのよ!」

 しばらく暴行が続いたが、一向にくじける様子のないトナカイに嫌気がさした盗賊たちは、トナカイを薄く光る魔法陣の前まで引きずって行った。

「これは転移魔法陣といってな、どこか別の階層に一瞬で飛ばされてしまう、厄介なトラップだ。ダンジョンには様々なトラップがあるが……こいつは別格でやばいんだよ。下手すりゃ最下層の付近まで飛ばされて、強力なモンスターに襲われておしまいだ。さて、ここでお前に選ばせてやろう。身につけている首飾りをよこして、無事にお家に帰るかそれとも……その変な着ぐるみ一丁で、人生をかけた運試しをするかだ。あんまり時間をかけるなよ? おれは気が短いんだ。」

「となかい、変な着ぐるみ扱いなのよ……これでもとなかい、人気者なのよ? サラとか、リリーとか、えっと……あ、じいちゃんもきっと、となかいかわいいって思ってるのよ! 聞いたことないけど。あれ? となかい、自分で思っているほど人気ない? そもそもとなかい知り合いほとんどいなかったのよ……悲しくなんか、ないんだか「もういい! 選べないならおれが選んでやろう。せいぜいそのみすぼらしい首飾りと変な着ぐるみで、頑張って来いや!」ぐぇっ! これからとなかいは友達たくさん作るんだからね! いっぱい世界回って!」

 トナカイがショックを受けている間にしびれを切らした盗賊が、トナカイを転移陣へと蹴飛ばした。

「さて、となかいの新たな目標が出来たところで、初の転移魔法陣なのよ! こんな薄暗いところじゃ友達できそうにないから、さっさと最下層に行くのよ!」

 なんとか気持ちを切り替えたトナカイは、どこまでこの魔法陣でショートカットできるのかとワクワクしながら、発動した罠の光に包まれていった。

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